『貞蔵さん、あの人負けてしまいそうですよ?』
志籐夏樹は、眼前で繰り広げられている命のやり取りをぼんやりと見ながら、傍らにいる鳶コートの男を見やった。
鳶コートを着こなす継麻貞蔵は、『そもそも助ける義理がないだろう』と言う。『ここのところ東京エリアで数を増してきている非合法な傭兵……民警崩れや自衛隊崩れが多いと聞く。奴らはただの敗北者だ。ペアのイニシエーターを失いまともに戦えなくなった者、あるいは国防という使命から逃げた臆病者――そのどれもに、もはや価値はない』
『言っている事が分かりません』
『すでに負けている者に手を差し伸べる必要はないという事だ』
脱獄したアンドレイ・リトヴィンツェフ及び、彼を救出しにきたユーリャ・コチェンコヴァ。彼らと運悪く鉢合わせた民警と傭兵は、ユーリャとの圧倒的な戦力差を前に、成す術もなく蹂躙されていった。
プロモーターと思しき男が首を刎ねられ、それを目の当たりにしたイニシエーターが戦意喪失し、残った傭兵が単独でユーリャ・コチェンコヴァの対処に当たったが、結果は火を見るより明らかだった。
致命傷こそ避けてはいるが、脇腹を負傷し、倒れ伏したミリタリージャケットの傭兵はもはや反撃に転じる余裕もない。勝敗はすでに決している。
『それでー、ここからどうするのー?』間延びした声で春樹が問いかける。『今ならどっちかは殺せると思うけどー?』
傭兵と交戦しているユーリャも、それを傍観しているリトヴィンツェフも――まさか自分達の喉元に手がかかる距離にもう一組の侵入者がいるとは思っていないだろう。
継麻達は最初からここにいた。リトヴィンツェフ達と傭兵達が会敵してからここに至るまで、ずっとこの場で死闘を観戦していた。
にも関わらず、誰一人として継麻達の存在に勘づく事はなかった。
継麻は少しだけ考える素振りを見せてから、『いや、ここで乱入するのはやめておこう』と口にした。『仮にどちらかを処理できたとして、残ったもう片方に逃げられては元も子もない。……癪ではあるが、タネが割れたあとに攻め切れる相手でない事は確かだ』
『それでは』と夏樹が視線を遠方に移す。『当初の予定通り、モニター管制室の方を襲撃――でよろしいですね?』
『ああ』継麻が首を縦に振る。『あの場を護衛しているリトヴィンツェフ一派の内、二人を先に片付ける。まずは削れるところから削る。そして対策を固めた上で本命を叩く。いつものやり方だ。行くぞ、夏樹、春樹』
踵を返し、モニター管制室の方向へ歩き出した時、不意に、『ていぞーさん、あれ』と夏樹が何かを指差した。釣られて継麻も指先が示す方向を見やる。
次の瞬間、『……ははっ』と継麻は笑った。『敗北者同士で傷を舐め合うか。面白い。その邂逅がのちの運命を変える事になるのなら、僕はその未来のレールに同乗するのを楽しみにしておこう』