ソードアート・オンライン 心優しき阿修羅の男 作:路地裏の作者
そして、明かされる真実――――
SIDE:キリト
「はあはあっ……」
「どうにか、なったな……」
75層、ボス部屋。あの後、回復不能時間から解放されたレイジが、すばやく動き回る尻尾の防御を担当し、残った左の鎌はヒースクリフが担当することによって、ボスの致命的な攻撃は防ぐことが出来た。それでも犠牲者は出てしまったが……
「何人、死んだ……」
「7人だ……それも、一流どころの壁戦士ばかり……」
「ウソだろ……」
RPGで皆がやりたがるのは主に攻撃役(アタッカー)だが、ボス戦でより重要視されるのは、実は仲間を守る壁戦士(タンク)なのだ。その分危険度も高いが、この先もボス攻略は続くのだ。壁戦士にばかり犠牲が出たのは、余りにも大きな痛手だった。
(でも、レイジがあの切り札を切らなかったら……)
その場合は、もっと犠牲者が出ていただろう。実際今回亡くなったプレイヤーは最初の落下からの攻撃を除けば、ほとんどレイジの回復不能時間中にやられた人間だけだ。間違いなく、あの判断が攻略組の精鋭たちを救ったのだ。
「お疲れ、レイ――――」
ボスの最前線で攻撃を防ぎ続け、さらにはボスを半壊までさせた戦友の労をねぎらおうと、声をかけたところで……そいつが、一人の男を睨んでいるのに気が付いた。
(? ヒースクリフ…?)
視線を追っていくと、その先で≪聖騎士≫ヒースクリフが、疲労困憊の攻略組に慈母のような視線を向けていた。――そう、あれは、まるで。
―――まるで、天上から見下ろす、≪神≫であるかのような。
(―――ッ!)
声を上げなかったのは、我ながら褒めてやりたい。それほどまでに衝撃的な疑念だった。普段の攻略への姿勢、異様に詳しい生き字引のような基本システムの知識、そして何よりもあのコロシアムでのデュエルが、今抱いた疑念を確信へと後押ししていた。
「……レイジ」
「……」
態度と敵意から、こいつも同じ結論に至ったと判断し、短く名前だけを呼ぶ。それに対しての返答は――短い頷きだった。
それを視界の端で確認した瞬間、携えた剣を握り替え、走り出す。それと並走して、レイジのやつもヒースクリフへと向かっていく。ヤツのHPは、既に半分のイエローだ。…もし、もしも俺の仮説が正しければ――!
レイジのやつが出した、盾狙いの大振りの蹴りと同時に、俺も二本の剣を前へと突き出す。一本がヒースクリフの剣に打ち返され、もう一本は…………ヒースクリフの胴体の前に生じた、【Immortal Object】――不死存在を示す文字に跳ね返された。
「…………やっぱり、アンタだったんだな。『茅場晶彦』……!!」
俺の呪詛のような言葉に、ボス部屋にいた全てのプレイヤーが、静まり返った。それはそうだろう。コイツこそが、俺たち全員を閉じ込め、命がけで戦わせていた張本人なのだから。
「…何故気づいたのか、参考までに聞かせてくれるかね?」
「デュエルのときの、明らかに異常な速さの超反応と……あとは、レイジが睨んでたアンタの横顔が、まるで天の上から俺たちを見下してるように見えたことだ」
「やはりか。あの≪オーバーアシスト≫の使用は、私にとっても痛恨事だった。しかし……」
そう言って、俺の横のレイジへと視線を向ける。その視線に宿るのは……何だ?
「よもや、『君』の存在が命取りとなるとは……つくづく君という存在を、早めに『処理』しなかったことが悔やまれる」
「――ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は二本の剣を持ち替え、かばうようにレイジの前に立った。レイジには攻略のときも、サチのときも助けられてばかりなんだ。その恩人を、『処理する』なんていってるヤツには渡せない!
「フム、そういう選択肢をとるかね、キリト君」
そう言って、まるで値踏みするかのように、ヒースクリフ――茅場晶彦が、視線を向けてくる。この視線は、先ほどまでの≪神≫の視線とも違う。明らかに興味の対象を見つけた、≪研究者≫の視線だった。
「しかし……いいのかね、キリト君。君は果たして、後ろの『彼』がどういう存在か、分かった上で守ろうとしているのか?」
……何だ。この茅場の口ぶりは。まるで俺たちの知らない何かを、レイジについての何かを知っているかのような―――
「後ろの『彼』は――――――『人間ではない』のだよ?」
………瞬間、ヤツの言っていることが、理解できなかった。今、アイツは、何て言ったんだ?
「……な、何言ってやがんだ、テメエ!! レイジは、俺たちと同じ人間だ! そいつは同じギルドの俺たちが良く知ってる!!」
横合いから声を上げるのは、クラインだった。アイツも今の茅場の言葉には我慢ならなかったらしい。
「フム、そこまで違和感を感じないほど、人間に成り切っていたのか。実に興味深い存在だ」
「だからテメエ、ふざけたこと抜かすんじゃ―――」
「ならば、順を追って話そう。『彼』が一体何なのか」
そう言って、やつが空中に呼び出したのは……≪はじまりの街≫、黒鉄宮に鎮座する、死亡者が書かれた≪魂の碑≫のウィンドウだった。
「そもそも――このSAOに存在するアカウントはデータサーバーに一括管理され、そこに登録されたキャラクター名は、死亡者の確認のため、この碑石に必ず記載される。それは
その言葉と共に、画面がスクロールする。映しているのは……『R』の頭文字のプレイヤー?
「では、彼のスペルを探してみると……」
……そこに、≪Reiji≫の名前は無かった。
「……んなバカな」
「レイジは……ここに、こうしているじゃないか! 何で書いてないんだ!」
「……いえ、多分システムのバグよ。多分、彼だけ数え忘れたとか―――」
「いや、そうではないよ、アスナ君。単にデスゲーム開始の時点では、彼というプレイヤーが、
アスナの反論をさえぎる形で、茅場の言葉が響く。…存在しなかった?
「彼は……元々、私が作った
「「「……は?」」」
意味が、分からなかった。レイジが、ただのプログラム? そもそもこんな人間らしいプログラムなんているわけが……
(………っ!!)
そこまで、考えて、気づいた。
「そもそも彼は、プレイヤーの精神疾患をカウンセリングする目的で、カーディナルに組み込んであった専用AIだ。データを照合するまで、流石の私も気づかなかったがね」
「ふ、フザケンな! こんな人間らしいプログラムなんて―――」
「そう感じるように、我々『アーガス』が作りあげたのだよ。『彼』―――≪メンタルヘルス・カウンセリングプログラム≫試作二号、識別番号MHCP-002≪Reiji≫をね」
「「――――ッ!!!」」
その言葉に、俺とアスナは息を呑んだ。…そうだ。あの時、ユイはレイジを知っているかのような反応だったし、レイジもまたユイを知っているようだった。それは、それは多分同じプログラムだからで……
「……だったら。だったら何で、レイジ君はプレイヤーになってるの?」
そう呟いたのは、アスナだった。その顔色は蒼白で、多分俺と同じで、レイジがプログラムだなんて、認めたくないんだろう。
「…私も、それが疑問だった。そもそもMHCP全てが、デスゲーム開始の時点でサーバー内に隔離され、出てくることはおろか、プレイに関わることは出来ないと考えていたからね」
そうして語られるのは、今まで知ることの出来なかった真実。
「だが、一部のMHCPは、その存在理由(レーゾンデートル)に従い、プレイヤーの精神状態をモニタリングし続けたらしい。その結果……残念なことだが、プレイヤーの感じる過度のストレスに耐え切れず、やがて崩壊を迎えることとなった」
そう話す茅場の眼には、一切残念さも、悲しみも無かった。コイツは……ユイのことも、『モノ』としか見ていないのか?
「そんな中、既に基幹プログラムまで崩壊しかけていた二号機≪Reiji≫が、第一層で同じように崩壊しかけていたプレイヤーを見つけた。……『彼』については、君のほうが詳しいだろう? キリト君」
そう言って、俺のほうに視線を向けてくる。……まさか。
「『彼』の名前は、≪
「――――ッ!!!」
予感は、あった。髪の色こそ、黒と白で違うから別人だとは思ったが、関係があるんじゃないかとは思っていた。しかし、これは……
「既に重大なバグを抱えていた≪Reiji≫は……こともあろうに、接触を禁じられていたプレイヤーを助けようとした。欠損していた人格や記憶の一部を、自身のデータで補完する形でね。その結果、彼の髪は一切の色素の混じらない髪色となり、一人と一体の混ざり合った、新たなプレイヤー≪レイジ≫が産まれたのだよ」
そう言って、視線を再びレイジに向ける。
「何とか命だけは助けようと、SAO開発時のデータまで持ち出したようだね? 君が持つ≪鉄拳術≫は、デスゲーム内では余りに危険と判断して、私自ら封印したソードスキル――――いわばこの世界唯一の、
……そこで、話は終わった。俺たちは、何も言えなかった。レイジがどんな気持ちなのか、推し量ることが出来ずに、何も―――
「……話は、終わった?」
……? レイジ…?
「だったら……いい加減、アンタの話をして欲しいんだけど? 茅場晶彦」
「なに……?」
そう言って、レイジは困惑する茅場に、拳を向けた。
「このSAOの世界から……みんなを今すぐ解放する気があるのかどうか、それだけ答えてもらう」
レイジは、こんな状況で、拳を腰だめに構え、ヒースクリフに対して臨戦態勢をとっていた。
「君は……今の話が理解出来なかったのかね? 君は人間ではないと―――」
「――――――知ってたよ」
…
……
………え?
「……いつから、かね?」
「つい、この間。第一層の隠しダンジョンで、死神型の異常に強いボスと、戦った辺りから」
「「――――ッ!」」
つまり、この間ユイに出会ったときに、もうレイジは全てを思い出していたのだ。自分が……半分は人間でないことも。
「っ、だったら……だったら何でそれをオレらにも黙ってやがったんだ、レイジ! オメエは、オレのギルドの仲間で! オレらはダチだろうがよぉ!!」
クラインが、激昂する。面倒見の良いクラインにとって、大事な仲間に隠し事をされたのが……何よりもショックだったのだろう。
「ゴメン、リーダー。本当は、このままゲームクリアまで言う気は無かったんだ。こんな状況でもなければね」
「だから! 何で……」
「まあ、落ち着きたまえ、クライン君。彼の気持ちは、十分に分かる」
そう言って、茅場は今度は沈痛な面持ちを浮かべていた。何だ? 何が……
「なにせ………他のプレイヤーが全員外に出られても、彼だけは帰る場所がないのだから」
「「「…………え」」」
呆然とする俺たちの前で、茅場は再び告げる。…余りにも、余りにも残酷な現実を。
「彼の元になった、≪コペル≫なるプレイヤーは、間違いなく『死亡』したとシステムに認識されている。それは≪魂の碑≫でも確認済みだ。それならば、彼の肉体も死亡していることだろう。……自動的に、ゲームがクリアされたとしても、彼が帰るべき肉体は、永遠に喪われたことを意味する」
……そんな。そんなの……
「…なんで? なんでよ?!」
「フザケんな! オレらはなぁ、≪風林火山≫はなあ、全員そろって外に出るって約束してんだよ!! そんなのがあるか!」
アスナとクラインが、レイジの残酷な現実を、必死に否定しようと声を荒げている。俺は……俺は、その光景をただただ呆然と眺めることしか出来なかった。
「叫んだところで、今更≪コペル≫君の肉体は生き返らない。さて、そこで問おう、レイジ君。君は……真に、ゲームクリアを目指すのかね?」
そう言ってレイジに尋ねる。……そうだ、このSAOが終わらなければ、レイジはこの世界で生きていける。何も、クリアを目指す必要は……
「―――もちろん」
即答、だった。
「なぜかね? このままゲームが続けば、君は……」
「一つには、プレイヤーとして。ゲームのクリアを目指すのは当然のことでしょ?」
そう言ってレイジのやつは苦笑した。何で、なんでそんな風に笑えるんだ?
「もう一つは……やっぱりMHCPの本能なんだろうね」
「…つまり、どういうことかね?」
茅場の疑問に、レイジは。
「この世界にいる皆が…………本当の『笑顔』になって欲しい。それだけだよ」
そう言ったレイジの顔は、今まで見たことがないほどの満面の笑みだった。
SIDE OUT
連続投稿第二弾終了です!
ちなみに題名の『二つの真実』は、ヒースクリフとレイジの二人分を示してます。
――さて、主人公は今のままでは、現実に戻れません。なのに、GGOのシノンがメインヒロイン……
この辺りは、ALOで!