ソードアート・オンライン 心優しき阿修羅の男 作:路地裏の作者
ついに決着する最終決戦……
目の前に広がるのは、幾十、幾百のウインドウ、手元にはホロキーボードを呼び出し、それらに操作を加える。横ではキリトもアスナさんも同様の処理を行っており、僕たちの後方では、リーファを初めとするALOプレイヤーと、脳をオブジェクト化された状態のSAOプレイヤーも一緒だ。
『茅場、手順はさっき確認した通りでいいんだね?』
「ウム、まずはSAOプレイヤーを、一度現在より深いノンレム睡眠の状態に持っていく。その後ログアウト処理を行う。万が一にも監禁と実験の影響が無いようにな」
「ALOプレイヤーは?」
「彼らは、現在立っている一角を『転移トラップ』に変え、三種族最寄の中立村に移送。その後各自でログアウトしてもらうさ」
「にしても、量が膨大ね。処理するにしても結構時間かかるわよ?」
「仕方ないさ。流石にALOプレイヤーに、一時的とはいえ、GM権限を渡して手伝いをお願いするわけにもいかんからな」
「頑張ってください、パパ、ママ、レイジ!」
もはや、てんやわんやと言った状態だ。ここにいるキリトもアスナさんも、一度ヒースクリフからGM権限を受け取り手伝うことになっているが、それでも圧倒的に手が足りない。……ユイ姉は、ただのチアリーダーと化してるし。
「……それにしてもサ、幽霊君。このコ、本当に貰っちゃってイイノ?」
このコ、というのは、僕のテイムモンスター、メアのことだ。正直僕はこのALOに何時までとどまるかも分からなかったので、ケットシーで、なおかつ信頼できそうなアリシャさんにメアを預けることにしたのだ。…メアは、滅茶苦茶嫌がってたが。
『はい。僕と一緒だといつまでいられるか分かりませんし、メアのレア度を考えれば、大事にしてくれるテイマーは多いと思いますし。信頼できるアリシャさんにお預けします』
「……ハア、分かったヨ」
そう言ってアリシャさんは、メアの手綱を引っ張って行った。メアの瞳に、少しばかり寂しそうな色が浮かんでいた。
『……。さっ! 早いところ処理を終わらせて、皆を安全な場所に――――』
そう言ったときだった。
「オ゛、オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォーーーーーー!!」
地の底からうめくような、声が響いたのは。
「「「『なッ!?」」」』
全員が振り向くと、そこには倒したはずだった須郷が操るモロクが立っていた。
「オ゛、オマ゛エ゛ラ゛アアアアアアアァ!!」
もはや言葉にもなっていなかった。右眼は未だにダークリパルサーに貫かれた傷が残り、身体のかけた部分はモロクがばら撒いた泥状の取り巻きを取り込むことで補完しているようだった。――――なにより。
「イデエ、イデエエエエエエ!」
「ッ、ざけん、な、須郷オオオ!」
「イダイイダイイダイ……」
モロクはその口に、瀕死状態だったはずのバフォメット二体とタナトスをくわえ込み、ゆっくりと咀嚼していた。三体を噛み砕くたびに、身体に緑色のライトエフェクトを輝かせながら。
『……回復、しているのか?』
「どうも、そうらしい。味方を咀嚼・吸収することでHPを回復するボスとは……私に、この発想はなかったな。すばらしいボスだよ、須郷君。少々、悪趣味とは思うがね」
やがてモロクは三体のボスを咀嚼し終わり、ゆっくりと此方に向かってきた。その下半身は未だに泥を寄せ集めたような状態で、動きが早そうには見えない。
『…ヒースクリフ。皆は動くことが出来る?』
「正直、厳しいな。単純に処理が多すぎて、全員手が離せない状況だよ。その上処理を行っているキリト君やアスナ君が下手に動けば、処理に不具合が発生する可能性もある」
ALOには転移が存在しないこともあって、位置情報とプレイヤーを指定して処理を行わなければならない。SAOプレイヤーはALOでの記憶が残らないようにしなければならないし、ALOプレイヤーは、一度三種族の領地に近い中立村に転移させてそれからログアウト処理を行う。これは、ログインした時に再びここに侵入してしまうことのないようにだ。
どちらも、不具合を許容できるような、簡単な仕事じゃなかった。
『――――分かった。アイツの相手は、僕がやる』
「ちょっと、レイジ君!?」
「待て、レイジ! それなら、俺も行く。一人でやることは――」
そう言ったアスナさんやキリトの足元から、SAOの転移を思い出させる青い光の輪が立ち上がった。
「キリト君。既に君たちも含めて、転移とログアウト処置が始まっている。ユイ君は転移する君の傍から離れられんし、動けるとしたら、この場で唯一プレイヤーではない、レイジ君だけだ」
「――――ッ!」
それは、どうしようもない事実。動かすことの出来ない現実。だというのに……キリトはどうしても納得出来ないと、顔を歪めていた。
『……はあ。あのねぇ、キリト。言っとくけど、あんな泥の寄せ集めみたいなボスに、僕が負けるわけないでしょ』
「それは……」
『……問題ないさ』
そう言って僕は、振り返ることなくモロクへと足を向けた。
SIDE:キリト
それは、凄まじい戦いだった。
モロクの身体から泥が迸るたび、レイジは的確に捌き、打ち据え、決して俺たちにも、ALOプレイヤーにも触れさせることはなかった。正直俺みたいな攻撃型のプレイヤーには、絶対に出来ない真似だった。
……だが、それよりも。
(何だ、この感覚……)
攻撃を捌くたび、反撃するたび、段々と漠然とした予感のようなものを、俺は感じていた。
――――何より、レイジの身体が、どんどん透明になっていっているような、そんな感覚。
そんなときだった。
「グアアア!?」
レイジのカウンターが決まり、この戦いで初めてレイジとモロクの距離が大きく開いた。モロクはダメージで起き上がれず、動けない。
「フゥッ!!」
短い気合とともに、レイジは片膝をつき、地面を強く殴りつける。それは明らかに、≪鉄拳術≫最大のソードスキル、≪アシュラハオウケン≫の事前モーション。
(勝負を決める気か…!)
モロクは、移動が遅く、今からではもう間に合わない。これで勝負は決まった、と俺は思っていた。
……上体を大きく仰け反らせ、肺一杯に空気を吸い込んだ、モロクを見るまでは。
「ッ! ブレスだ、避けろおおおッ!!」
スキル中は、イレギュラーな動きは逆に自分を硬直させることになる。それは、わかっていた。それでも叫ばずにはいられなかった。
叫びは、業火に飲み込まれた。そこは、さながら地獄のようだった。高熱の蒼い炎が迸り、レイジがいたところだけではなく、あたり一面を火の海に変えていた。
……そんな光景に、俺は手足から力が抜けるのを感じていた。大事な時に、親友とともに剣を振ることすら出来ず、ただ立って見ていることしか出来なかった。俺は、無力だった。どうしようもないほどに…
「………愚かなことを、したものだな」
場を制する、静かな声が響いた。
「ん゛~? 何がだよ? それより焦らなくていいのか、アンタ。アンタの仲間はたった今やられちまったんだ。まあ、この僕にかかれば―――」
「彼が持っているエクストラスキル≪鉄拳術≫は、SAOで唯一つの
全く、意図の分からない話題。だがその言葉が、須郷の足を止めさせた。
「一つには、デスゲームではあり得ない、防御力ゼロというリスクの高さ。それと、もう一つは……≪鉄拳術≫最大のソードスキル、≪アシュラハオウケン≫に、重大な『バグ』が発見されたことだ」
その声に、まるで反応するように、部屋全体が少しずつゆれ始めていた。始めはゆっくり、徐々に激しく。
「≪アシュラハオウケン≫は、全てのスキルの中で唯一、プレイヤーの防御力だけではなく、自身の保有するHPまでも攻撃力のブースト値として利用することが出来る。発動中にHPが1まで減るのは、その威力に応じたリスクを伴うデメリットということだ」
話の間も、異常なゆれは続く。『仮想世界』で地震が起こることの異常に、俺たちは、ようやく気がつき始めていた。
「そして、≪アシュラハオウケン≫の抱えるバグとは――――――モーション中に負った、
その言葉とともに、灼熱が迸った。
それは、太陽。
もはや単純な光の演出ではなく、辺り一面に熱を伴った光の風を振りまく、恒星。それが今のレイジだった。圧倒的な威力はもはや拳だけには収まりきらず、部屋どころか世界樹全体を揺るがしていた。
『――――お前は、許さない』
それは、とても静かな声。だけれど、その声が響くとともに、空気が変わり、闇の異形を誇っていたあの須郷までも、一歩後ずさった。
『お前は……他の誰かに、無力に傷付けられたことはあるのか』
そうして語られた言葉は、多分他の誰にも紡げない言葉。
『身体が失われていく恐怖は、どうしようもない絶望は、感じたことがあるのか』
一度でも消えていく恐怖を、絶望を味わい、そこから再び這い上がった者でなければ紡げない言葉。
『この世界にも、現実世界にも――――――お前が弄んでいい『生命』など無いッ!!』
瞬間、解放。
それは、まさに爆発だった。右手で解き放たれる瞬間を待っていたエネルギーは、部屋全体に吹き荒れ、余波だけで壁を砕いた。もはやレイジの右手はそれ自体が発光体で在るかのように輝き、視認しようとするだけで眼を焼いた。
「ヒ、ヒイイイイイイイィッ!!」
モロクは必死に再生しきらない両腕に炎を巻き、前へと突き出したが――――レイジの拳は、接触すらも許さなかった。
「ヒアアアアアアッ?!」
モロクの両手は一瞬で蒸発し、レイジはそのままその拳を、モロクの胸の中心へと突き刺した。
『――――≪アシュラハオウケン≫』
その名とともに、モロクの身体は内部から迸った白い炎によって焼かれ、幾つものポリゴン片へと姿を変えた。
「あ、あっ、ああああっ――――――…………?! 」
最後に残ったモロクの首だけは、砕け散った悪夢の実験室から吹き飛ばされ、やがて雲海の下へと消えていった。
……そして。
どこかで、ガラスにヒビが入ったような音がした。それは始めは小さな音だったが、やがてその数を増していった。
「――――ッ、レイジ、君……!」
アスナの小さな声に、俺もまた視線を向けた。そこにいたのは――――
身体中に微細なヒビを入れ、末端からポリゴンへと変わっていくレイジの姿だった。
「ッ、オイ、レイジ!」
『…………あー、少しムリ、しすぎちゃった、かぁ…』
それは、まるで、他人事のようで。
「お前、ふざけんなよッ! SAOのときも、今回も! 勝手に助けて……勝手に消えるなよッ!!」
『……はは。うん、そうだね』
こんなときだというのに、まるで満面の笑みみたいなコイツに腹が立って。
『――――――キリト、アスナさんと幸せに、ね』
最後まで、他人の幸せを願う言葉を残し…………MHCP-002≪Reiji≫は、消えた。
SIDE OUT
最終決戦、終了の話でした。
実はプロット当初から、≪アシュラハオウケン≫にはバグが設定してありました。コレくらい無いと、茅場ならリスキーなスキルでも嬉々として実装しかねないので…
結果、(アシュラハオウケンのダメージ)は、(合計防御力)+(最大HP)+(モーション中に相手から食らったダメージ)と、これら三つの要素を足して、『ダメージ倍率』でかけたものというとんでもないものになってしまいました。
たいていRPGって攻撃力3ケタでも、4ケタ5ケタのダメージは普通に出るので、『100倍返し』のスキルなんですよ、コレ……
ここで須郷の話。ボス化したせいで、キリトの≪スターバーストストリーム≫食らってバラバラにされた後、≪アシュラハオウケン≫で全身粉砕、さらに世界樹から『自由落下』という原作以上にヒドイ目にあいました。……少し、スッキリした。元旦の朝に、新しいパンツを履いたみてえによォーー。
さて!レイジはどうなるのか!須郷は、果たして動ける状態なのか(全身くまなく痛めているので)!乞うご期待!