ソードアート・オンライン 心優しき阿修羅の男 作:路地裏の作者
ゲスの須郷の最期……
SIDE:キリト
折りしも降り出した雪の中、可能な限り急いでもらったタクシーの運転手に5千円札を押し付け、俺は足元の雪を跳ね上げながら、アスナのいる病院へと向かった。
夜間救急患者用の出入り口から中に入ると、既に受付は終了しているようで、非常電源くらいしか点かない廊下は暗かった。
どういうわけか夜間救急用の受付にも、途中のナースステーションにも、人影は見当たらなかった。……巡回にでも行ったのだろうか?
もっとも病院内に誰もいないとも考えられず、アスナの無事を確認するまで、出来る限り人目につきたくない俺は、近場の非常用階段を使いアスナの病室に向かった。
(アスナ……!)
現実の自分の身体が、もどかしい。階段を急いで上がったせいで、呼吸は乱れ、足をあげるのも辛くなってきた。それでも絶対に進むことは、止めない。
(もうすぐ、会える……! だから、無事でいてくれ……!)
脳裏にヒースクリフの言葉、そして現実の須郷の、虫唾の走る顔を思い出し、怒りに任せて階段を駆け上がった。
階段をのぼり、非常灯以外明かりの無い廊下を走り、ついに彼女の病室へと辿り着いた。
「……ッ」
今更ながら不安で一杯になる。ここ二ヶ月、俺は何度もこの病室を訪れ、そのたびに目覚めることの無い彼女の姿に打ちひしがれてきた。今度もまたダメなんじゃないか、まだ目覚めないんじゃないか、という想いが胸に広がる。
そんな時に、声が聞こえた。
「(――――ほら、待ってるよ)」
それは、誰の声だったか。ここまで俺を送り出してくれた
……病室の中、ベッドの上、ここ二ヶ月変わらず俺を苛んできた景色の中、たった一つだけ違うところがあった。それは何度も夢見た光景。眠り続けた彼女は、二年以上もの間彼女を異世界へと縛り続けた古ぼけたナーヴギアを外し、両手で抱え込んでいた。
「――――キリト、君」
彼女の現実の声は、どんな想像も追いつかないほどに俺の中に染み入り、すばらしいものに聞こえた。
「アスナ……!」
駆け寄り、抱きしめる。その腕の中の、余りにも壊れやすそうな、ガラス細工のような感触に、慌てて力を緩めた。
「ごめん、ね。まだ良く、音が、聞こえないの……だけど、解るよ。キリト君のこと……」
「アスナ…! アスナ……!!」
壊さないように、優しく。だけど二度と離れないように、しっかりと。俺は、彼女を二度と離すまいという想いとともに、彼女を抱きしめていた。
「――――――三文芝居は終わりでいいかい?」
その声に、振り向く。病室のスイッチ式自動扉をスライドさせ、入ってきたのは、茶色いコートを着た、痩せ型の男。
「――須郷ッ!!」
以前に会った時に感じたエリート特有の空気は、見る影もなかった。髪は乱れ、顔面の筋肉は奇妙に引きつり、左右の瞳で瞳孔の大きさも違った。
「全くひどいことをするよねえ、キミ達……剣で切り刻んだり、拳でバラバラにしたり……挙句の果てには世界樹の上から突き落とすだなんてさ」
落ちたのはコイツの勝手だし、完全に自業自得だとは思ったが、口には出さなかった。……その右手に握るものを見てしまったから。
「ああ、これかい? ここの看護師があんまり聞き分けないもんだからさ」
……そこには、赤い血のついたナイフが握られていた。
「道理で、看護師にも警備員にも会わないわけだ……」
「おいおい、皆殺しにしたみたいに言うなよ。僕はたまたま目に付いた二・三人を刺しただけ。他のヤツラは、今頃そいつらの手当てじゃないかな?」
余りにも軽い口調。それで、こいつは人を刺したことも、相手が死ぬかもしれないことも、大して重要視していないとわかった。
「……さて、君達のおかげで僕は国内にはいられなくなった。すぐにでも海外に逃げたいところだけど……」
そこで言葉を切り、舌で唇を濡らす。その動作が、何故か蛇のように見えた。
「その前に、キリト君。キミを動けなくなる程度にナイフで刺す。そしてキミの目の前で、後ろの彼女を犯し、嬲りながら殺してあげよう。なかなかいい趣向だろう?」
「「――――――ッ!!」」
何がいい趣向だ。確かにこいつはヒースクリフの言うとおり、執念深い最悪の人間だ。いや、もう同じ人間とは認めたくない存在だった。
「クククッ、いい表情だ。実にいい表情だよ、二人とも。もっともっといい表情にしてあげよう……」
まるで焦らすようにゆっくりと須郷が近寄ってくる。その手に握ったナイフを見せびらかしながら。
(何か、武器は……)
病院に来る前、直葉には万一のため竹刀を持っていかないかとも言われたが、そんなもの持って歩いたら言い訳が出来ないし、第一事情も説明できないとして置いて来てしまった。今手元にあるのは、持って歩いてもおかしくない紳士用の傘が一本だけ。俺はそれを右手に持ち、足を引いて構える。
「クヒッ、現実でもチャンバラかい? 勇者気取りのガキが……」
そう言って近付いてくる須郷の後ろで――――突然、扉が開いた。
「は?」
間抜けな声を出して振り返った須郷に、ブシュウッと言う音を立て、突如として真っ白な煙が降り注いだ。消火器か?
「キ、リ……ト」
聞き覚えの無い、男の声が響いた。それは、消火器を持ち、身体を支えきれないのか扉の端に身体を寄りかからせた少年からの声だった。黒い髪は伸び、手足は折れそうなほどにやせ細り、それでもなお眼光は衰えない。
「レイジ……?」
髪の色こそ違うものの、それは間違いなくレイジだった。だけど、どうして?コペルの身体は死んだはずじゃ?
「こ、このガキィィィィッ!!」
消火器に怯んでいた須郷が激昂し、左腕を滅茶苦茶に振り回し、レイジを打ち倒してしまった。
「……っ、あ………」
「お前ぇ、思い出したぞ。散々邪魔してくれたあの幽霊だな?」
そう言って須郷が、レイジの腹を蹴り飛ばす。余りの痛みにレイジの顔がゆがんだ。
「須郷、やめろおっ!」
瞬間、引き絞られた弓のように、走る。後ろに振りかぶった傘を、あの世界と同じように、解き放った。
「ヒ――――、ギャアアアアッ!」
≪ヴォーパル・ストライク≫と全く同じ動きで繰り出された傘は、須郷がとっさに突き出した右腕に突き刺さり、そのまま須郷の身体を廊下へと押し出した。その勢いのまま、須郷は廊下の壁に激突し、白目を向いて動かなくなる。
「―――っ、はっ、はっ……」
知らず詰めていた息を、吐き出す。ナイフという現実の凶器を持った相手に、勝つことが出来たと抱いていた緊張が抜けていく。
「……けほっ」
近くで響いた咳に、目を向ける。そこには間違いなく、何度も俺とアスナを助けてくれた、掛け替えの無い親友。
「レイジ、なんだよな…?」
「まあ、一応、ね……」
レイジはいまだ横たわっていたが、それでも緊張を解いたように、大の字になる。
「とりあえず、さ。キリト……」
「ん? 何だ、レイジ?」
「医者を、呼んでくれ……」
そう言って、レイジは気絶した。って、おい!?
「おい、レイジ?! しっかりしろ、オイ!」
駆け寄って揺さぶるが、反応が無い。視線の端ではアスナが何とか手を伸ばし、ナースコールを押していた。
「オイッ、オイッてば! 死ぬなよ、絶対死ぬなよ!」
「それ、死亡フラグみたいだよねえ……」
薄目を開けて、呟いたレイジの言葉が静かな廊下に響いていた。
SIDE OUT
と言うわけで、須郷は一般社会からログアウトしました。
ナイフで人を刺してるから、もはや言い逃れも不可能。なおかつアスナのナーヴギアに、レイジが渡した様々な証拠も存在するため、確実に懲役♪さらには現実に人を刺しているため、保釈も認められない可能性が非常に高い……☆
このシリーズでは、二度と書きたくないひとですから♪ゲスに、容赦はしません☆
次回はエピローグ!これでようやくALO編も終わりです!
ただ、まだ忙しいから来週投稿できるのだろうか…?