ソードアート・オンライン 心優しき阿修羅の男   作:路地裏の作者

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ついに、ここまで来た……!



018 はじまり

 

SIDE:キリト

 

 12月。東京。

 

「≪死銃≫、ね……」

 

 俺は今、ALO事件の際にアスナを探すのに協力してもらった、元SAO対策チームの菊岡サンに呼ばれた喫茶店で、相談事を受けている。何でも、≪ガンゲイル・オンライン≫と呼ばれるゲームで、実際に現実に存在するプレイヤーを殺害したのではないかと疑える事件が発生したと言うのだ。

 

「正直、眉唾だと思うけどな……SAOの時は、脳をマイクロ波で焼き切るという方式だったけど、今回は心臓発作なワケだし……」

 

「まあ、それはそうなんだけどね……」

 

 ナーヴギアみたいにマイクロ波を発生させる装置でもなければ、プレイヤーの殺害なんて不可能だ。その上現行のアミュスフィアは、悪魔の機械呼ばわりされたナーヴギアのイメージを払拭するため、いっそ過剰なくらいの安全装置(セーフティ)が付いている。それを潜り抜けて、装置に直接繋がっていない心臓を止めるなんて、それこそ『魔法』でも使わなければ不可能だろう。 

 

「でも、正直この事件で、VR業界が縮小するのも避けたいと言うのが上の見解なんだよね。眉唾だって言うならそれでよし。何とかその確信が欲しいんだよ」

 

「ふうん……」

 

 この菊岡サン、時折こうした厄介ごとを持ってくるが、正直なところ、全面的に信頼することは出来ないとも思っている。今回も、裏に何らかの思惑が見え隠れしているわけで……

 

「どうかな………調査協力費として、GGOのプロプレイヤーが稼いでいる、これだけ出すけど」

 

 出された三OOK日本円を示す三本の指に、俺の彼への不信感は、銀河系の彼方へと消え去るのだった。

 

SIDE OUT

 

SIDE:詩乃

 

 六畳間の安アパートの一室。そこに設えたユニットバスの中で、私は力尽きていた。

 

 学校からの帰り道、クラスメートの待ち伏せにあい、そこを助けてもらった恭二と喫茶店に入り、先日死闘を繰り広げた≪ベヒモス≫というプレイヤーが、集団戦では無敵とまで呼ばれた人だと聞き、今ならば『銃』へのトラウマも乗り越えられるかもと思ったのだ。

 

 私は、十一歳の頃、人を殺した。東北の小さな郵便局を襲った強盗を、『銃』で撃ち殺したのだ。それ以来、銃に類するものを見ると激甚なショック症状に襲われ、酷い時には嘔吐してしまうことまであった。

 

 ……そんな自分の例外は、あの≪ガンゲイル・オンライン≫の世界だけだった。あの世界で戦い続ければ、いつかはこのトラウマとも向き合える、とそんな風に思っていた。なのに…

 

「助けて…誰か……たすけて…」

 

 視界が涙でゆがみ、うわごとのように呟きながら、私は『銃』に触った手を何度も洗い、最後に顔を洗った。部屋に戻って忌まわしいモデルガンをタオルでくるみ、再び引き出しの奥底へとしまった。

 

 そうして制服を脱ぎ、ベッドに力尽きて横になろうとしたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。のろのろと緩慢な動作で、玄関まで近付くと、ドアの向こうから聞きなれた声が聞こえてきた。

 

『朝田さん、大丈夫?』

 

 それは、ここに引っ越して以来何かと助けてくれる、隣人の声だった。なぜ、とも思ったが、すぐに自分の悲鳴を聞きつけて心配してくれたのだと察した。

 

「あ……大丈夫。ごめんね、私の声、迷惑だったでしょう?」

 

『そんなのは全然大丈夫だよ。それより……よければ、開けてくれる?』

 

「え……う、うん」

 

 促されるまま、ドアを開ける。この時には、まだ思考能力がちゃんと戻っていなかった。ドアの隙間から差し出されたのは、ミネラルウォーターのペットボトルだった。

 

「ちゃんとした水分を取った方がいい。それと……」

 

 そこで、彼の言葉が止まった。視線を追い、自分の制服へと目をやると、自分が制服を半分脱いだ状態だったことを思い出した。

 

「―――ッ!」

 

 声にならない悲鳴をあげ、急いで身支度を整えた。そうして彼に向き直ると、律儀というか何と言うか、ちゃんと後ろを向いてくれていた。

 

「…………見た?」

 

「……見てません」

 

 この辺りはもはや、テンプレというやつだろう。見えてはいたのだろうが、それでも面と向かって言われるのは恥ずかしい。

 

「あ、あの、ともかく、一度中に入って……?」

 

 流石に玄関先で応対もまずいだろうと、中へと促す。女の子の一人暮らしの部屋に入るのはマズイ、と散々固辞していたが、この間恭二だけ置いていったことを言ったら、渋々室内へ入ってきた。

 

「……大丈夫? 朝田さん」

 

 何も言われはしないが、自分はやはり酷い顔をしているのだろうと察する。正面の彼が本当に自分を心配してくれているのが分かるから。

 

「う、うん、大丈夫。本当に、大丈夫だから」

 

 やせ我慢だと自分でも分かっている。それでも、なんとなく目の前の彼にこれ以上の心配はかけたくは無かった。

 

 

「でも……何も、聞かないんだね」

 

 

 彼は実のところ、自分が起こした五年前の事件については、何も知らない。自分も恭二も話さなかったし、彼とは学校が別なので、昼間のクラスメートが流した噂も一切知らないのだ。それなのに、自分のトラウマやショック症状については、まるで先回りしたように対処してくれていた。

 

「……つらい事って、口にするだけでも、結構なエネルギーが必要になるものだよ。朝田さんが話したい時に、話してくれれば良い」

 

 ……本当に、そんな少しばかりの心遣いが、心地よかった。同時に、目の前の彼に多大な迷惑をかけていると、申し訳ない気持ちにもなってしまう。

 

「……ありがとう」

 

「あー、いや。それよりペットボトルはここに置いて行く。良ければ、何か消化に良いもの作るけど……?」

 

「あ、ううん。今日はこのまま何も食べないで、GGOに入ろうかと…」

 

 そう言った途端、彼がしかめっ面になった。

 

「……やっぱり、お粥作っていく。今すぐにはムリでも、ちゃんと食べないとダメだよ? それとゲームは、体調が落ち着いてからにするよーに」

 

「……はい」

 

 どうにも厳しかった祖父母に叱られている気分になってしまい、素直に答えてしまっていた。

 

SIDE OUT

 

SIDE:死銃

 

「まずは、上々の、首尾だな」

 

 ゼイゼイと苦しそうな呼吸音を響かせ、部屋の中のPCの前に座った青年は、口の端を上げた。

 

 ――彼、新川晶一は、都内でも中々の高級マンションに住み、病院の院長である父の渡すそれなりの金銭で自宅療養している……ように周囲に思わせ、実際のところはVRMMOというもう一つの世界で、『殺人』という恐ろしい犯罪を犯す犯罪者でもあった。あの伝説となったデスゲームにおいて、彼がその手にかけた人間の数は、余りにも多い。

 

「ヒャハハ、今度からは、俺も加われんだろ? 久しぶりのコロシだ、楽しもうぜー?」

 

 部屋の中央、ソファに座っているのは、やややせぎすな身体にラフなジーンズを纏った青年。金本敦というその青年は、かつてのデスゲームでは、≪ジョニー・ブラック≫を名乗り、晶一のアバター≪ザザ≫と共に毒ナイフで多くの人の命を奪ってきた男だ。

 

「ああ、そうだ。存分に、楽しんでくれ」

 

 金本の言葉を受け、今回の計画の首謀者である晶一が僅かに笑む。かつてのSAOで、この二人は悪名高い殺人(レッド)ギルド≪笑う棺桶(ラフィン・コフィン)≫の幹部として、その名を轟かせていた。攻略組との戦いで虜囚とはなったが、その殺人への欲求は冷めることは無かったのだ。

 

「あの、兄さん……」

 

 そんな中にあって、唯一SAOに直接は関わっていなかった少年、新川恭二は、その顔に動揺を隠しきれてはいなかった。

 

「彼女も…シノンも、今回殺すの?」

 

 ≪死銃≫計画を立てた当初から、ターゲットは、現実での住所が首都圏在住、独り暮らしで旧式電子錠をドアに使用している者としていたが、さらにキャラのステータスが非AGI型とフィルターをかけると、残った八名のメンバーの中に彼女も存在したのだ。

 

 彼女は稀少(レア)な女性スナイパーで、既にGGO内では有名プレイヤーの一角だ。それが≪死銃≫に『殺された』となれば反響も大きい。それは、分かっているのだが。

 

「んー? やっぱ惚れたオンナ殺すのは、抵抗あっか?」

 

 兄である晶一の昔のギルドメンバーである金本が、実に軽薄そうに聞いてくる。彼自身は、その女性プレイヤーに何の面識も無く、例えあったとしても、『殺人』という昏い欲望を満たすため止まることは無いのだ。

 

「……、恭二。その、女は、≪死銃≫伝説に、供えられるべき、『華』だ。それは、分かって、いるのだろう?」

 

「……うん」

 

 彼女が既に、現実でもGGOでも、身も心も自分の物であったなら迷わず反対した。しかし実際には、後一歩のところで踏み込めないでいる。

 

「……、分かった。恭二、そいつは、ターゲットから、外してもいい」

 

「え……?」

 

 恭二は、今の言葉が信じられなかった。≪死銃≫計画において、彼女の殺害は、ある意味でメインイベントだ。彼女ほどの有名プレイヤーが、『殺された』と言われてこそ、≪死銃≫は伝説となりうる。そう言っても過言ではないはずだが……?

 

 

「その代わり、コイツは、確実に、殺す」

 

 

 そう言って、差し出されたのは、GGO内で隠し撮りされたと思しき、ゴーグルとブラウンのロングマフラーを纏い、ホットドッグを銜える男性プレイヤーの姿であった。それは紛れも無く、シノンとは違い、余りの異端性ゆえに有名プレイヤーとなってしまった零二の姿であった。

 

「え? 兄さん?」

 

「そいつも、シノンと、同じアパートに、住んでいるんだろう。調べるまでも無く、旧式の、電子錠の部屋に」

 

「そ、そうだけど。彼は、彼女ほどには有名じゃないよ? 兄さんがそこまで注目するほどの相手じゃ……」

 

 彼が有名なのは、あくまでその異端性。知名度という点においては彼女に数段劣っている。それなのに、この兄の執着はなんだ?

 

「問題、ない。俺の勘が、正しければ、コイツは、誰よりも、俺やジョニーに、殺される理由(・・)がある」

 

「あー、確かになあ?」

 

 晶一のそんな言葉に、金本が薄ら笑いを浮かべて答える。この二人は、一体彼の何を知っているのだろうか?

 

「兄さん、何を……?」

 

「覚えているか、恭二。第二回BoBでの、コイツと、≪闇風≫との、戦い」

 

「う、うん。アレのおかげで、AGI一極型もまだまだ捨てたもんじゃないって気分になれたし」

 

 実際あの対戦は、多くのAGI一極型プレイヤーを熱狂させた。片方はとても二極型とは感じさせない高速ショートステップ、もう片方はAGI型の売りである超高速ダッシュによって、信じられないほどの高速戦闘を繰り広げたのだ。あれによって、プレイ次第で、命中の高い銃など無くても、あそこまで戦えるのだと多くのプレイヤーに知らしめた。もっともすぐにその後、チャンピオンとなった≪ゼクシード≫が、あっちこっちでAGI一極型をこき下ろしたので、余計に彼への憎悪が高まったのだが。

 

「……違う、恭二。俺が、覚えているかと、聞いたのは、ヤツが右手のライフルを、捨てた後の、戦い方だ」

 

「え。ああ、左手のショットガンと、素手で戦い始めた時のこと?」

 

 実に30分以上にも渡る激戦だったため、ライフルの弾が切れ、また彼得意の接近戦(インファイト)に入っていたこともあって、銃身が長くて邪魔な光学式レーザーライフル≪サイクロン≫を捨てて、素手で戦い始めたのだ。それも五本の指をそろえた貫手の形で。

 

「何かおかしなところでもあるの? そりゃ、手刀なんて珍しいとは思うけど……」

 

「違うぞ、恭二。珍しいんじゃ、ない」

 

「え?」

 

「むしろ、よく見慣れてる(・・・・・・・)から、問題なんだよなー?」

 

 二人の言っていることが分からなかった。見慣れている?

 

「かつて、SAOで……多くの、プレイヤーが、武器の補助に使った、≪体術≫のソードスキル、≪エンブレイサー≫」

 

「それもあんなに使い慣れてるとありゃ…十中八九、≪SAO生還者≫だぜぇ?」

 

 恭二の目が驚愕に見開かれた。シノンとの会話の中で、確かにそんな推測を立ててはいた。しかしまさか、彼もまたあの伝説のデスゲームからの帰還者だとは想像できなかったのだ。

 

「じゃ、じゃあ……彼は……」

 

「ああ、俺達と、同じ、だ。もっとも、GGOでは姿が、変わっているだろうから、一体どこの誰なのかまでは、分からんが、な……」

 

「そ、そうなんだね……」

 

 ≪ソードアート・オンライン≫。いまや伝説となったデスゲーム。尊敬する兄もいたその世界に、彼もまたいた。その事実に、恭二は知らず拳を握り締めていた。

 

 

「しっかし……あのヤロウ、どっかで見た気がすんだよな……」

 

 

 そんな事を言ったのは、横合いにいた金本だった。

 

「え?」

 

「――――≪攻略組≫に、『素手』で戦うイカレ野郎がいたんだがよ? なんか、アイツに似てる気がすんだよな」

 

「はあ!? ≪攻略組≫?!」

 

 ≪攻略組≫とは、SAOのクリアを目指して未踏の最前線を進む、文字通りのトッププレイヤーであるはず。当然危険度も何倍にも跳ね上がる。そんな中で『素手』で戦うなど、本当に理解不能の生物だ。

 

「だが、アイツは確か、死んだんだろ?」

 

「あー、そうらしいな。まあ元々どんなヤツだったのか、顔もあまり知らねえが」

 

「え? ≪攻略組≫なら、兄さん達の宿敵でしょ?」

 

 それなのに、金本は顔もよく知らないとは?

 

「確かにいる事はいたが……そいつは、素手つっても憎悪値(ヘイト)稼ぎにしか使わねえヤツだったし、そんなに強くねえんじゃねえかって事で、重要度は低かったんだよな……弱小ギルドのメンバーだったし」

 

「ただ、経緯は、よく分からんが、SAOクリアの、立役者となったのは、そいつらしい。もっとも、完全な道連れで、生きては戻れなかったらしいが」

 

「そう……」

 

 死んでいるのならば、やはり違う人間なのだろう。恭二は、彼が≪攻略組≫の一員などとはどうしても考えられず、知らずにその可能性を排除しようとしていた。……彼に感じる、大きすぎる『劣等感』ゆえに。

 

「まあ、いい……女を、殺すか決めるには、まだ時間は、ある。大会までに決めて、連絡してくれ」

 

「あ、うん……」

 

 そこで話は終わり、金本もまた席を立つ。恭二はそこで、不意に浮かんだ疑問を、兄にぶつけてみた。

 

 

「兄さん、そのクリアした人、名前はなんて言ったの?」

 

「……≪レイジ≫、だ。もう、死んだがな」

 

 

 こうして、第三回BoBに、≪死銃≫という暗雲がかかり始めたのであった。

 

SIDE OUT

 




GGO開始フラグと、シノンとレイジの関係強化、そして、≪死銃≫さん達がウォーミングアップを開始しました!な、話でした。キリトはあそこだけ切り出すと、完全にただの金欠少年だなぁ……

そして、ラブコメってる、シノンとレイジ。ゴメンよ、シュピーゲル。君に恋愛フラグは立たないんだ……

ザザとジョニーは、少しばかりレイジの正体に気づき始めています。フフフ、どうなりますかね?
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