ソードアート・オンライン 心優しき阿修羅の男 作:路地裏の作者
Fブロック決勝戦。転送の光を抜け、着いた先は、廃棄された車両が乱雑に積み重なるコンクリートのステージだった。
「≪大陸間高速道≫ステージか……」
≪大陸間高速道≫ステージ。それは、数あるBoB予選用のステージの中でも、ある意味異色とも言えるステージだった。1km四方のステージの中央を、幅100mのハイウェイが直線に走っており、そこから降りることは出来ない。つまり遭遇戦やゲリラ戦を想定しているGGOの中でも、行動が『ハイウェイで身を隠しながら直進』に限定されてしまう
「……用意しておいて、正解だった、ってことかな?」
そう呟いて、後ろを振り向く。そこにあったのは、ハイウェイを横切る薄い光の膜。ステージの端であることを示すエフェクトだ。
「――シノン、ゴメン」
聞こえないと解っていても、口から謝罪の言葉が出た。
「ここで、君が勝てば、あの≪死銃≫に――ラフコフの生き残りに、余計に注目されることになる。そんなことになれば、あのラフコフなら、確実に君を標的にしかねない」
一番安全な方法は、シノンに事情を話し、明日の決勝戦への出場を辞退してもらうことだ。それは、解っている。……だけど。
「本当は止めたい……だけど、君がどれだけBoBに賭けているのかも、僕は知ってしまっている。止まらないだろうことも知っている。――だから」
そう呟き、地面に両手をつき、しゃがみ込む。その姿勢は、陸上競技で見られる、クラウチング・スタート。
「最初で、最後。完全に全力の僕で、君を倒す――――!」
その瞳に宿す、炎。それはかつて、SAOで死線を共にした、仲間達を護り続けた時代と同じ光。その光を宿しながら、僕は全力で地を蹴った。
SIDE:シノン
(――さて、どう出てくるかしらね?)
今、私は≪大陸間高速道≫ステージの東端、ハイウェイの上で廃車となっていた大型観光バスの二階部分で伏射姿勢を取っている。スコープの反射光で、此方の位置を気取られず、またステージのほぼ全面を見渡せる狙撃位置を選んだ結果、この観光バスが該当した。その中でいつでも狙撃できる姿勢を取り、集中力を高めているのは、もちろん対戦相手である零二を待っているためだ。
(少なくとも貴方なら、此方の集中力が切れて消耗するのを待つ、なんてことはしないでしょう?)
このGGOの世界に来た頃から、零二のことは良く知っている。彼はどちらかと言えば、相手が万全の状態のときにこそ、真っ向勝負を挑む人だ。……そういう性格だからこそ、前大会で闇風相手にいきなり特攻なんて仕掛けたんだろうけど。
(……恐らく、廃車を遮蔽物にして近付いてくるでしょうけど、少しでも足を止めたら、直ぐに車ごと撃ち抜いてあげる……!)
それが出来るだけの技量に自信はあるし、なにより今回は私がこの世界で見つけた≪ヘカートⅡ≫という相棒も一緒だ。どんな車両に隠れたって撃ち抜ける。勝てる、と感じた。
(――何で、こんなに、勝ちたいのかしら?)
少しだけ、疑問に思った。現実の彼は、東京での一人暮らしに慣れない私を、何かと助けてくれる数少ない『友人』だ。近所でどこのスーパーが安いなどの日常的な手助けもそうだし、私が発作を起こしたときも、こちらの事情には必要以上には踏み込まず、適度に心地良い距離感を保ったまま色々とフォローしてくれる。信頼感は抱いているが、そこに対抗意識が生まれたりはしない。
(………………いえ、
――そう、本当の理由は、このGGOで身近に感じていた彼のもう一つの姿。多くのモンスターやプレイヤーに囲まれた時、特に窮地に陥ったときに垣間見た、彼の姿。遊撃型と狙撃型という、近接距離では戦うことすら難しい私達を、背中に護りながら必死に戦う彼の姿が、目に焼きついて離れないのだ。
(まるで、『炎』みたいだった……)
ある意味、『冷たい氷でできた機械』のように心を硬く冷たく凍りつかせ、『あの記憶』からも逃れようとしている私とは、対称的にすら見えた。あれは、まるで自身の生命そのものを燃やしているかのような強さだったから。
「――私が、勝つわ。勝って、貴方と同じ強さを手に入れる」
それだけ口に出して呟き、再びスコープの中の風景に集中し始めた時、
「な…………!」
スコープの先、いくつもの車の陰に、それはいた。言うまでもなく、対戦相手の零二。だが、その姿は、その動きは、こちらの想定を外れたものだった。
「『直進』で突破する気!?」
スコープの中の彼は、ジグザグには動いていなかった。車両に、身を隠してもいなかった。ハイウェイの南端、こちらから見て左側の端をまるでなぞるように直進し、疾走していた。
(自棄になった? ――いいえ、違う!)
彼は、そんな人間ではない。予選開始前に全力での勝負を誓った以上、必ず正々堂々勝負を挑んでくる。そういう
(だとしたら…………あの、何のひねりもない『直進』で、私を倒せると確信している、ということ……!)
そうだとしたら、あまりにもこちらを侮りすぎではないだろうか?そこに考えが至った時、腸が煮えくり返りそうだったが、狙撃手としての自分を保ち、怒りを大きく飲み込んだ。
(――いいわ。そんなにその行動に自信があるなら、こっちも正面から、貴方もその直進も撃ち抜いてあげる!)
そう考え、集中力をさらに高め、さらに待つ。狙撃を完璧に成功させる、絶好の
――そして、その機会が、来た。
ハイウェイに散乱したコンクリートの塊をジャンプで跳び越えた零二が、バランスを崩したのか、上体を大きく沈み込ませたのだ。
(――――今!)
意識するよりも早く指が動き、零二を倒す必殺の銃弾は放たれた。方向は左斜め前、照準は胴体、心臓ど真ん中だった。万に一つも無いだろうが、万全を期すため、再びスコープに集中し、私は――――――――その光景を、見てしまった。
「…………!!」
声が出なかった。スコープの中の零二は、沈み込んでいた姿勢を一瞬で立て直し、額から心臓までを、今日初めて装着した≪クリスタル・バックラー≫で覆った。この行動で、ようやく零二の意図に気づく。彼は避けることなど、
まるで、雷が当たったかのようだった。スコープの中を奔った私の銃弾は、炎の閃光となって炸裂し、零二の盾の正面に紅い華を咲かせた。光を覗き込んでいたため、一瞬私の視界が明滅する。これ以上ない手応えだった。
(――勝った! これで、これでやっと私は…………)
勝利を確信し、これで『あの記憶』にも打ち勝てる、と考えようとした時……
「―――――――え?」
視界は、私の銃弾で巻き起こった土煙のエフェクトが、蠢くのを捉えていた。その動きは風などではなく、明らかに何か中で動いているかのような動きだった。
「…………そんな、ウソ、嘘よ……」
手応えは、あった。確実に、相手を倒したと確信した。それなのに、生きているはずなんてないと、必死になって否定していた。
「――――クッ!」
だが、遂に土煙を引き裂いて、疾走する零二の姿が現れた。おそらく完全にはヘカートの威力は殺しきれず、かつ大型狙撃銃特有の『インパクトダメージ』をも受けたのだろう。その姿は、身体のあちこちから血のような真紅のライトエフェクトが散り、まさしく満身創痍というに相応しかった。
その姿に向けて、さらに第二射、第三射を叩き込む。今度は単発ではなく、出来る限り急いでの連射で。
「――ああ、もうっ!!」
スコープの中の零二は、今度は受けなかった。インパクトダメージを受けないよう、大きく身体を反らしてかわした。最初の狙撃で此方の位置を知られている以上、≪弾道予測線≫ありの狙撃では零二に当てるのは不可能といえた。
急いで伏射姿勢の方向を修正し、観光バスのリアガラスを撃ち抜く。そのまま零二の視界に入らないよう、二階建てバスの後ろから地面へと飛び降りた。
「…………!」
周りを見渡しても、さっきのバス以上の狙撃場所は見当たらない。それでも諦めず、車両の影を決して零二に見つからないよう細心の注意を払いながら走り抜けた。そうして、いくつかの車両を盾にし、大型の軍用ジープの横に着いたときだった。
「――――――シノン」
ジープの影、ちょうど反対側から、このGGOで聞き慣れた声が響いたのは。
「……見つかっちゃった、か…………」
お互い視認してはいないが、確実に確信する。このジープの影、ちょうど自分と同じように隠れている相手がいるだろうことを。
「……ねえ。聞いていい? どうして、あんなコトをしたの? 貴方なら、私の弾丸くらい避けられるんじゃない?」
「……シノンが、僕を一体どんな
なにを、と問う前に、その答えは相手からもたらされた。
「避けられないなら、受け止めてしまえばいい――――ってね」
「いや、その発想はおかしい」
思わず、突っ込んでしまった。しかしその発想で、成功してしまっているのも事実である。
「…………ハア。第一それにしたって、結局私の銃弾が、『
「いや、だからね。その三つは、『最初から分かってた』んだよ」
「……は?」
思わず戦闘中であることも忘れ、呆然としてしまった。分かっていた?
「僕はこの決勝戦開始からずっと、ハイウェイの右端を走ってたんだ。そうすれば、銃弾が飛んでくるのは、左側だけに限定できるでしょ?」
「あ……!」
あの直進にはそんな意味があったのか。だけどそれだけでは、銃弾の方向を
「それでもまだ駄目でしょ。まだ正面か側面か、それとも後方か、三方向のどこから飛んでくるか分からないじゃない」
「ああ、それは大丈夫。試合前に『全力での真っ向勝負』を挑んでるから、シノンの性格なら、必ず正面側からの攻撃になるから」
「…………コノヤロウ」
そうだった。現実での日常生活ではそうでもないが、GGO内の零二は、結構腹黒だったんだ。まさか開始前のあの挑戦に、そんな意図があったとは。
「――――ってことは、あのバランス崩したのも全部計算づくね。あのタイミングで、盾のある左腕がブレて、頭部や心臓が曝け出されたのも、全部あのタイミングでこっちに攻撃させる誘い……」
「こっちの『受け止める』作戦がバレたら、それこそ終わりだからね。早めに誘いをかけたんだよ」
…………やられた。最初から最後まで、見事に零二の作戦にハマって、いいように動かされてしまった。
「全ては、私の性格や情報を、貴方に与えてしまった私の甘さか……」
「? ……シノン、勘違いしているようだから言っておくけどね、僕は何も君の性格だの情報だのから、こんな作戦立てたわけじゃないよ」
「じゃあ、どういうわけだって言うのよ」
ついつい口を尖らせて、聞いてしまう。その不満を色濃くした問いに、零二はいつもの口調で、答えた。
「シノンのことを――――信じてただけさ」
不意にかけられたその言葉に、心拍と体温が上がってしまう。これは、違う。そんなんじゃない。そういう意味じゃない!落ち着かない鼓動に、必死になって深呼吸を繰り返す。この世界では意味が無いかもしれないけれど。
「――――さて、そろそろ決着をつけようか」
深呼吸より何より、その言葉のほうが効果的だった。そうだ。私は、まだ負けてない。零二もこのジープの影にいる以上、私の姿は視認できなかったはず。それなら第一射をぶち込めば、私の勝ちだ。
「別にいいけど……勝つのは、私よ?」
「いいや、僕が勝つさ」
お互いに軽口を叩き、集中を高める。大丈夫。ジープから離れ、反転して相手の胴体があるであろう位置に銃弾を撃ち込むだけだ。そう思い、その時を待つ。
「じゃあ……」
「ええ、そうね……」
「「勝負!!」」
掛け声とともに、ジープから離れる。だが、次の瞬間――
真後ろから
「な!!」
身体を持っていかれながら、必死になってジープを見る。よく見ればジープは零二がいた方向から爆炎があがっており、その衝撃で飛ばされたことがわかる。
(一体、どうやって――――)
その思考は、目の前に迫ってきた他の廃棄車両によって遮られた。
Fブロック・決勝戦、勝者零二。
SIDE OUT
というわけで、零二勝利!!
まあ、格闘型が狙撃型に勝つには、≪When≫や≪Where≫をきっちり潰さないと勝てません。そして防御型だから、ハナから避ける選択肢も無し、と……
そして、最後の『ジープ爆発』。零二が予選で使っていたハンドガンでは、あんなこと出来ません。お気づきの方も多いでしょうが――――『切り札』です!
ここで、お知らせです。またもや来週、土日に仕事が入ってしまい、投稿できなくなってしまいました……。折角いいところだったのに、本ッ当に申し訳ありません!次回は再来週投稿予定です。