ソードアート・オンライン 心優しき阿修羅の男 作:路地裏の作者
SIDE:アルゴ
三日月が僅かに雲間から照らす薄暗い夜の中、私はさらに暗い路地裏の闇の中で息を潜めていた。
(――――あれが、≪死銃≫カ……)
視線の先、更なる暗闇を進んでいく、髑髏を模した仮面の男がいた。
(全く、今回の
そう思い、改めて自分の現状を思い浮かべる。
(マサカ、伝説の『みかん箱』に隠れる日が来るなんてナ~)
彼女が隠れている路地裏の一角、そこに置かれている茶色い箱。周囲の砂で汚れた建物と、違和感がないソレ。背景か
(フフフ……コイツに隠れている限り、街中や施設内での≪
まあ、その性質上、砂漠や
(今回は、万に一つも見つかるわけにはいかないカラナ……)
そう考えて、少し先を歩く≪死銃≫――――いや、≪Sterben≫を見る。
(医療用語で『死』カ……あんまりにもそのまんま過ぎナイカイ?)
あのレイジやキリトとの打ち合わせの後、すぐさま自分は≪死銃≫の足跡を追った。どんな人間であれ、どんな世界であれ、そこで生きていく上で、情報を完全に封鎖するのは不可能だ。彼の外観は余りにも特徴的で、それらの入手先を一つ一つ調べ、最終的にあの装備一揃いを全て購入したことがあるプレイヤーは、彼一人だけだった。
(に、しても……情報を隠そうとした跡が、あまり見受けられなかっタナ…………。もしかすると、最初からあのキャラは捨てキャラなのカ?)
最初からある程度騒ぎを引き起こしたら、アカウントごと削除するつもりだったとしたら、一応の辻褄は合う。もっとも一キャラ固定のSAOでは、絶対に取れない手段だが。
(そうだとすると、余計に妙ダ……こんなにセンセーショナルな殺人を成し遂げた≪死銃≫というキャラを、自ら手放すナンテ…………)
今回のBoB決勝戦で、もしも≪死銃≫が『殺人』を成し遂げたなら、≪死銃≫の名はGGO内に轟くだろう。もしかしたら、今存在するネット世界全てに波及するかもしれない。
SAO内で、ショッキングでセンセーショナルな『殺人』ばかりを嗜好していた≪
(イヤ、もしかシタラ――――)
そこまで行き着いた思考は、≪死銃≫の次の行動で遮られた。≪死銃≫は街から出て、荒野へと歩き出したのだ。
(……チェッ)
口内でほんの僅かに舌打ちし、段ボールを解除し、インベントリに仕舞いこむ。荒野では、段ボール箱が追いかけてくるなど、何処にいるか教えているようなものだし、第一シュール過ぎる。
≪
(こんな所に、何の用ダ?)
壁から顔を半分だけ覗かせると、≪死銃≫は何をするでもなく、床に積みあがったガレキの小山に腰掛ける。まるで誰かを待つように。
(……やっぱり、協力者がいるノカ? ≪Sterben≫の装備を保管し、これからズット、≪死銃≫を存在させ続けるタメニ)
そう考えれば、さっきの『捨てキャラ』という考えも辻褄が合う。協力者があの≪死銃≫装備一揃いを保管し続け、新キャラに渡し続ければ≪死銃≫は消えない。行き着く先は、このゲームの運営中止だろう。
(どんな奴かも分からないケド、SAOから引き継いだオイラの≪索敵≫からは、逃れることナンテ――――――)
そう考え、視線を再び≪Sterben≫に戻した瞬間――
トスン、と首筋に、余りにも軽い衝撃が奔った。
「な……?」
口から出たのは、それだけ。身体はすぐに横倒しとなり、指一本動かなくなった。視線に入っているHPゲージに、点滅する緑色の枠が発生している。
(この世界で……≪
銃のゲームであるこのゲームで、毒を使うプレイヤーはほとんどいない。しかも元SAOキャラである『鼠のアルゴ』の耐毒スキルを超えるとなると、相当にハイレベルな毒を使用しなければ不可能だろう。
そんな思考は、次に聞こえてきた声の衝撃で、停止してしまった。
「
その声のもたらした効果は、絶大だった。血の気が引き、動かぬ身体は必死になってその声の主を探した。そこへ次の声が響く。
「
しゅうしゅう、という呼吸音とともに、言葉をぶつ切りにする独特の口調だった。……思い出した。コイツは、いや、
「本来、なら、貴様はこの場、で殺しておきたい、ところだが…。先約は、BoBだ。……貴様は、そこの地下で大人しく、していろ」
そう言うと同時に、顔面に麻袋が被せられ、上からロープでグルグル巻きにされた。そのままガレキだらけの床を引きずり、床下の貯蔵庫に放り込まれる。さらに、袋から出ていた右足の内腿に、不快な衝撃が走る。……≪麻痺毒≫付きの凶器で、弄んでやがるナ、クソッ!
「……じゃあ、な。お前は、『知り合い』の、『死』に、散々、絶望するがいい」
そう言って、地下貯蔵庫の扉が閉められる。袋越しに伝わる光もなくなった中、私は人知れず涙を流した。
(駄目ダ………………BoBに、出場しちゃ駄目ダ! 逃げてクレ、シーちゃん、キー坊、それに――――レイ坊)
その声は、誰にも届かない。内腿には相変わらずの不快な感覚。どうやらご丁寧に、≪麻痺毒≫付きの凶器を一本、突き刺していったようだ。
(……オイラはもう、昔の皆には、関わらないつもりダッタ)
身体を巡る不快な毒が、感情まで苛立たせた。
(けど……けど! そんなこと、もう言ってる場合じゃないダロウ!)
怒りに任せ、感情も心臓の鼓動も高めていく。この状況から脱出するために。
(『私』は、友達を、助けたい!)
≪鼠≫のアルゴ――『有田沙耶』は、鳴り響く鼓動の音と共に、現実へと帰還した。
◇ ◇ ◇
「ぷはアッ!」
ぜいぜいと、まるでフルマラソンを走ったかのような荒い呼吸とともに、ベッドから飛び起きた。ここは、SAO解放後、復学した大学に通うために借りた自宅のマンション。東京都杉並区の一角にある、それなりにセキュリティのしっかりしたマンションだ。
「上手くいったわね……まったく、≪アミュスフィア≫様々よ」
SAOで使用されたナーヴギアと違い、アミュスフィアには、強化されたセキュリティ機能群が存在する。そのうちの一つが、『本人に肉体的な異常が発生した場合、即座に現実に戻る』という機能だ。これは特に、本人の心拍数に反応しやすく、
(こうなってしまった以上、ゲーム内で皆に情報を渡すことは出来ないわね……)
歯噛みする。これでは何のために、あいつ等を調べ上げたのか分からない。
(……いや、絶望するのは早いわね)
そう考え、机の上に置かれたPCの電源を入れる。ネットブラウザを立ち上げ、しばらくあちこちを検索。遂には、その情報に行き着いた。
「――――あった! ≪ダイシー・カフェ≫!」
画面に映っていたのは、こじんまりしたバー兼カフェの小さな店。その画面の端には、顔写真つきの店主のオススメ商品と、店舗の連絡先が書いてあった。
「以前にレイジから聞いていた、エギルの店……行く気はなかったけど、話だけでも聞いておいて良かったわ」
そう呟き、携帯で店舗に電話をかける。スピーカーから聞こえてきたのは、懐かしい声にも似た、バリトンの渋い声。
『はい、≪ダイシー・カフェ≫です。申し訳ありませんが、当店の営業時間は午前11時から――――』
「そんなテンプレ、どうでもいいわよ、エギル!!」
思わずマイクの向こうに叫んでいた。今は本当に時間が無い。
『……あ? 誰だ? 俺をそう呼ぶってことは、SAOのプレイヤーっぽいが……どうにもお前さんは、記憶にないんだが』
「ああ、モウ! それどころじゃないノニ! こっちで話せばいいんダロウ!! オイラだ、アルゴダヨ!!」
その言葉に、スピーカーの向こうから驚くような声が聞こえた。
『あ、アルゴか? お前、一体どうしたんだ。
「今、それどころじゃないって言ってるダロウ?! 急いで、レイジの現実での連絡先教えてクレ!!」
スピーカーの向こうからは、若干だがいぶかしむような声。こちらの意図が図れないからだろう。
『……何か、あったのか?』
「いいから、早く! レイジが……ラフコフに狙われてるンダ!!」
『ッ!?』
驚愕に息を呑んだ後、エギルはレイジの連絡先を教えてくれた。急いでその番号に、コールする。
(あいつ等は、私が『鼠のアルゴ』だって知ってた……)
GGOでのアルゴは、SAOとは似ても似つかない。フェイスペイントにしても、あの世界では普通に存在する
(私の『知り合い』が、BoBに出場することまで知ってた……!)
明らかに、GGOでのこちらの交友関係を把握した上での発言。だからこそ、気がついた。
(レイジやシノンのすぐ近くに、ラフコフの『共犯者』がいる!!)
知らせなければ。『共犯者』は………………多分、『彼』なのだと。
そんな思いを裏切るように、コール音は、無情に鳴り響き続けた……。
SIDE OUT
サスペンス要素に入る前に、ネタで軽いジャブ。スネエェェク!
そして、満を持して、『彼』がGGOにログイン!ここまで、一言も『ザザと戦う』と言わなかった甲斐がありました……。GGO編は、『ダブルボス』でいきますよ!……トリプル?はて、あと誰かいたかな……。
『彼』もザザも、当然決勝に参加。ですが、この時点で殺害方法の謎は一切解けてません。つまり二人を拘束することも、逮捕することも出来ません。アルゴが焦ってレイジの方に連絡しようとしたのは、レイジやシノンの安全のためだったりします。
アルゴのリアル、有田沙耶。アルゴの現実での本名は、作中一度も語られていなかったこともあって、しっくり来るのを探していました。そんな時、目に飛び込んできたのが、この名前。まあ、つまり――――≪鼠≫は、数年後、≪銀翼の鴉≫を産んだ、と。