ソードアート・オンライン 心優しき阿修羅の男   作:路地裏の作者

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「私が欲しかったものは、ナイフでもなんでもなくて、ただその掌だったんだ」(空の境界より両儀式)

作者が考える純愛は、これがある意味究極と考えています。



030 告白

 

SIDE:シノン

 

「ここならしばらく大丈夫かもな。次のスキャンで情報が得られないのは痛いけど……」

 

「仕方ないよ。こっちも態勢を立て直さないと、とてもじゃないけどあいつらとは戦えない」

 

「………………」

 

 今、私たちは砂漠地帯に点在する洞窟の一つにいた。あれから道路を滅茶苦茶に走り、気づけばバギーは砂漠地帯に侵入していた。とりあえずの休息地に二人が選んだのが、この洞窟。零二に助けられながら何とかバギーから降り、今も彼の肩に寄り掛かるように座っていた。……私は、誰かに寄り掛かっちゃ、いけないのに。それでも今は、とてもじゃないけど身体を離す気力が湧いてこなかった。

 

「髑髏マスクはともかく、ジョニー・ブラックの方は、≪忍び足(スニーキング)≫持ちだから、下手なところじゃ休めないしね。ここは下が砂地だから、まだ安全とは思うけど……」

 

「正直、SAO(むかし)ALO(いま)も、≪聞き耳≫の類を取ったことがないから分からないんだが……やっぱり聞き取りづらくなるのか?」

 

「いや、全く聞こえないね。おそらくアイツの熟練度は、完全にマスターだと思う」

 

「おい……お前に聞こえないんじゃ、俺なんか察知することも出来ないじゃないか。何か対策とかあるのか?」

 

「いや、今のところは……攻撃も無音だしね。SAO(むかし)と違って、感情の声もよほど強くないと聞こえない。現状打つ手なし、かな」

 

 そこで、のろのろと、どうにも動かし辛い唇を、ほんの少しだけ動かして、会話に加わった。

 

「アイツらは、生きてるの……?」

 

 その質問に、意味はなかった。だって、アイツらは、『あの銃』を持っていた。自分がいつか立ち向かえると…向き合えると思っていた、自分の罪そのもの、本物の『亡霊』のように今は思えた。

 

「爆発の直前に、馬とバイクから飛び降りるのが見えたよ……」

 

「……そう」

 

 やっぱりだ。アイツらは、死なない。私が忘れようとして、蓋をし続けてきた、罪の証。『亡霊』そのもの。……だったら、私は。

 

「とにかく、作戦を練らないとな」

 

「うん……キリトに察知が出来ない以上、ジョニーは僕が――――シノン?」

 

 不意に立ち上がった私に、零二が心配そうに声をかけてくる。――やめて。ダメだよ。私に、そんな資格はない。

 

「――私、逃げない」

 

「え?」

 

「私が、アイツらと外に出て戦う」

 

 ――そうだ。ここで戦わないと、多分自分は、二度と戦えない。己の分身のように感じていたヘカートは、強張った指が引き金を引くことを拒み、二度と標的に弾丸を届けてくれなくなるだろう。『氷の狙撃手』だったシノンは……完全に消えてしまうだろう。

 

「――――だめだ」

 

 だけど、そんな思いは拒まれた。この東京に来てから、親身になってくれていた大切な友人に。

 

「アイツらのうち、ジョニーの方は、この世界でも近接戦と暗殺のエキスパートなんだ。接近戦の心得がないシノンじゃ、戦いにすらならない。――最悪、あっという間に殺される(・・・・)

 

 厳しい言葉だった。分かってる。そんなことは、初めから分かってる(・・・・・・・・・)

 

「…………死んだって、構わない」

 

 そうだ。私はここで怯えて逃げることは出来ない。五年前の自分より弱くなって、怯えて、怖がって、逃げて……そうやって生きていくことに、疲れた。ここで逃げて、いつかあの記憶の中の男が、ドアの向こうから、『死』を運んでやってくる……そんな未来に怯え続けるくらいなら……だけど、そんな自分を、想いを、この人は否定する。

 

「――……君は、死んじゃ駄目だ」

 

「……なんでよ」

 

「僕は、君に何があったのか知らない。何度か聞いた『五年前』に何が起こったのかは分からないし、君が今抱いてる苦しさも……多分、完全には分かることなんて出来ないと思う」

 

「…だったら――」

 

「――だけど! 今まで君が、『それ』を克服しようとして! 懸命に生きてたことくらいは分かる!!」

 

「――――――ッ!!」

 

「懸命に生きてきた人は――何があっても、生命を投げ捨てちゃ(・・・・・・)駄目だ」

 

「――っ、知っ、たことを……」

 

 空っぽだった感情に、火が灯る。気づけば、激情のままに叫んでいた。

 

「知ったようなことを、言わないで! 分からない癖に、何も知らない癖に! 私がどれだけ、苦しんだか、今だってどれほど苦しいか! 貴方に一体、何が分かるっていうのよ! この――――」

 

 自分の手に視線を落とす。デジタルデータで形成されたその手の平には何もなかったが……現実のそこには、今も、拳銃の火薬の粒子が入り込んだ黒子がある。

 

「この、ひ――――『人殺し』の手を、握ってくれる人なんて…………私を、一生守ってくれる人なんて、どこにもいないんだから………………」

 

 視界が、溢れ出した涙で、どうしようもなくぼやけた。言って、しまった。この東京に来てから助けてくれた、大切な友人に。……いつの間にか、自分にとって『かけがえのない人』になっていた彼に。

 

 私は、いつかのように、故郷で自分を罵った誰かのように、彼もまた、自分を罵ると覚悟し、その身を固くした。溢れ出した涙を拭うこともせずに。

 

 

 ――だから。地面についた、現実には黒子の残る手を、彼がそっと握り締めてきたのは、本当に予想外だった。

 

 

「――――守るよ」

 

 

 静かな一言が、沁み渡っていく。氷が、溶ける。

 

「僕に……そんな資格はないかもしれない。それでも、僕は、君を守りたい」

 

「――どう、して…………」

 

 縋っちゃいけない。頼っちゃいけない。私に、そんな資格はない。だけど、止まらない。どうしようもない私は、止めることができなかった。

 

 

この世界の君(シノン)のことが――現実の君(詩乃)のことが、大好きだから」

 

 

「――あ……う………う、あああああッ!」

 

 その言葉を、聞いて。その言葉が、届いて。私の中の『氷の狙撃手』は、どうしようもなく溶かされ(コロサレ)た。――なんだ、なんてことない。この人の言葉の方が、≪死銃≫なんかよりずっとこわい。だって、私は今、自分でもどうしようもないくらい愛され(コロサレ)ているんだから。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 とめどなく溢れた涙を流し切った後、私は数メートル先にいた黒ずくめのKYのせいで、羞恥に悶えることになった……。この馬鹿は、気を利かせるということを知らないのだろうか?

 

 とりあえず馬鹿のことは極力考えず、私は零二に、ぽつり、ぽつりと話し始めた。そうして、話したのは――――――私が、五年前に犯した罪。私が、かつて東北の小さな郵便局で、強盗を撃ち殺したこと。それ以来、銃に過剰な反応をしてしまうようになったことも……すべて、話した。

 

 話し疲れて、私は自分の頭を、隣に座った彼の肩へともたれさせた。――ねえ、あなたは。これでも私と、ともにいてくれる?

 

 そんな心の中の問い掛けには、予測すらしなかった答えが返ってきた。

 

 

「――僕は――僕も、人を殺してる」

 

 

「………………え?」

 

 一瞬何を言ったのか、分からなかった。零二が、人を殺した?

 

「SAO時代……僕は、≪笑う棺桶(ラフィン・コフィン)≫の掃討戦に参加して、そのメンバーを五人、この手で殺した」

 

 信じ、られない。だけど、何よりも辛そうな彼の横顔が、この話が冗談でもなんでもなく、真実なのだと告げていた。

 

「どう、して……?」

 

「どうして、か。理由は、あるかもしれないけど――それも決定的な理由じゃないよ。いくらでも相手を無力化して、殺さずにすますことだってできたはずなんだから」

 

 多分、ウソだ。どうしても殺さずに済ますことができなくなったから、あなたは、ころした。だけど、それを、『理由』のせいにしたくない。そうでなければ…………そんなに、辛そうなわけがないじゃない。

 

「言い訳は、しない。あの日、僕は、命を『選択』し………………彼らの命をこの手で断ち切った。冷静に、冷徹に、冷淡に。どんな理由があろうと、許されることじゃない」

 

 辛そうにする彼には……だけど、私には決してないものが、確かにあった。それは自分の罪と向き合い、乗り越える強さ。過去に打ち勝てる、私が求めた強さ。それを確かに、垣間見た。

 

「零二…………私、貴方に、貴方のしたことに、何も言えない。だけど、訊かせて。あなたは――どうやってその過去を乗り越えたの? 何で今、そんなに強くいられるの……?」

 

 こんなこと、聞いちゃいけない。だけど聞かずにいられなかった。今も、過去に……鎖に囚われた自分だから。

 

 だけど、彼の答えは、今にも消えてしまいそうな、儚すぎる笑みだった。

 

「――――……強く、なんて、ないよ」

 

「え……?」

 

「今も、過去(むかし)も、片時も彼らのことを忘れたことはない。彼らの死に顔も、最期の怨嗟の声も、今まで消えたことはない。多分これからも消えたりしないし、不意に夢に見たり、うなされたりはあるんだと思う」

 

「そ、そんな……」

 

 それなら、私は、一生このまま……?

 

「だけど、僕は、覚悟を決めたから……あの日、彼らの命を奪った日。どれだけ罪に押しつぶされそうになっても、どれだけの人に罵られることになっても――最期まで、この命と人生を力一杯生きて、完遂する。それが、仮想(この)世界に生まれて、現実世界で生きることになった、僕のたったひとつ出来る生き方だと思うから」

 

 辛そうにしながら、それを隠して、懸命に笑う。その笑顔を見て……ああ、やっぱり強いな、と思ってしまった。

 

 そして、悟った。ああ、だから私は、この人に惹かれたんだ。自分の過去を、その重さを飲み込んで、懸命に立っている人だから。重くのしかかるそれを背負ったままで、他の誰かを想うことのできる人だから。そして私の心の重石を……ほんの少し和らげてくれた人だから。

 

 

 ああ、なんだ。とっくの昔に、惚れ(コロサレ)てたんだ、わたし。

 

 

SIDE OUT

 




「剣と心を賭して、この戦いの人生を完遂する!」(るろうに剣心より緋村剣心)

どういう形で償うか。それは人によって違うし、正解なんてありません。服役だって償いだし、何かの行動をするのも償いです。

だけど一つ言えるのは、罪から逃げるのは、絶対に違うし、命を投げ出すのも違うということ。死は、何の償いにもなりません。

ここで、お知らせ。来週土日に仕事が入ってしまいました……次回更新は再来週の予定です。お待ちの皆さん、本ッ当に、スイマセン!
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