ソードアート・オンライン 心優しき阿修羅の男   作:路地裏の作者

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皆さんお待ちかね、現実での戦いです!


036 詩乃と優矢

 

(――どうしよう)

 

 死闘を繰り広げたBoBの舞台から、現実へと回帰する中、詩乃は頭を抱えていた。それの原因は、数分前の自分の行動。

 

 

『大好き』

 

 

 何と言うか、洞窟でのお互いの過去の独白やら、零二の想いの告白やらで、完全に衝動的に告げてしまったが、あれは紛うことなく告白だった。おまけによくよく考えれば大会中の衆人環視の中である。間違いなくこれからのGGOに影響は多いだろう。今後を考えると頭の痛くなるような状態だった。

 

(――――それに)

 

 GGOだけでなく、現実でも一つ問題を抱えていた。それは、自分と零二の共通の友人である新川恭二の存在である。

 彼は、勘違いでもなんでもなく、間違いなく自分に思いを寄せている。今回の自分の行動を彼も中継で見ていたのなら、彼も自分の気持ちに気づいてしまうだろう。そうなれば、彼との関係にも変化が生じる。もしかすると、もう友人ではいられなくなるかもしれない。

 

 待合室に佇む自分の前にあるリザルト画面と、強制自動ログアウト予告時間はもう100秒を切っている。1分半ほどで自分は現実に帰ることになるだろう。その数字を見て、彼女はある程度覚悟を決めた。

 

(やっぱり、自分の正直な気持ちを話そう。そして、分かってもらおう。私が好きなのは零二――銅島さんだけど、新川君のことだって、大切な友人だって―――――――、っ?!)

 

 そこまで考えたところで、自分の身体を猛烈な浮遊感が襲った。間違いなく現実に戻る前兆。だけど、自分の前にある予告時間はまだゼロにはなっていない――――!

 

(何!? まさか、現実(むこう)の私の身体に何か――――)

 

 その恐ろしい結論に至る前、彼女の身体は現実へと舞い戻った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――――はっ!!」

 

 現実に戻ったとき、彼女はまるでフルマラソンを走った後のように息を乱していた。荒れた息を整える間、現状を確認しようとし、身体に違和感を感じた。

 

「えッ?!」

 

 両腕が動かなかった。視線を落とすと、そこには部屋に置いてあったケーブルタップが巻き付いており、身体の後ろを通して固定されている。明らかな、拘束。その事実に身体を硬くしていると、すぐ近くから見知った声が聞こえた。

 

 

「朝田さん…………」

 

 

 熱に浮かされたようなその声に視線を巡らせると、ベッドのすぐ脇に友人であるはずの新川恭二が、見たこともない恍惚とした表情を浮かべていた。その視線は拘束された自分の全身を舐め回すように動いている。見知っていたはずの友人の見たことのない視線に、詩乃は初めて嫌悪感を覚えた。

 

「新、川くん……?」

 

 聞きたいことはたくさんあった。なぜ、自分は両手を縛られているのか。鍵のかかった自宅にどうやって入ったのか。だがあまりにも疑問が多すぎ、彼女は問いを投げかけるよりも、視線を動かして必死に現状を確認しようとしていた。

 

 

 そうして、見てしまった。

 

 ベッドとは反対側の壁のそば。そこに、二人の女性と無精ひげの男性が、まるで死んだように転がされているのを。

 

 

「ひッ――――」

 

 思わず喉から引きつったような声が出た。だが、それを耳にしても、目の前の新川恭二の表情は変わらない。いや、せいぜい「どうしてそんな声をあげるんだろう」と疑問を抱いた程度だろう。

 

「心配いらないよ、朝田さん。こいつらは、まだ生かしてある。こいつらにはまだやってもらいたいことがあるからね」

 

 詩乃の混乱は、いよいよ頂点に達した。自分の知る新川恭二という少年は、多少頼りなく弱弱しい印象はあるものの、どこにでもいるただの誠実な少年だったはずだ。だが、今、目の前にいる少年は誰だ?本当にあの少年と同一人物なのか?

 

「まあ、とりあえず……朝田さん、BoB優勝おめでとう。これで『シノン』は、名実共にGGOの最強ガンナーだね。僕も嬉しいよ」

 

「………………」

 

 手放しの賛辞にも、一切心が動かない。むしろその言葉の一つ一つが、自分の身体を這い回るナメクジのように、不快感しか感じなかった。だがそんな彼女の内心も、次に投げかけられた言葉に吹き飛んだ。

 

 

「本当に嬉しいな……GGO最強のシノンが、これから永遠に僕のものになるんだからね」

 

 

「えっ――――」

 

 喉から漏れた絶句への答えは、不意に伸ばされた新川恭二の手の平だった。その手はフルダイブ用に纏ったショートパンツのすぐ下、太もものあたりを撫でまわし始める。詩乃の背筋を、更に倍する猛烈な不快感が襲った。

 

「い、嫌ぁっ!」

 

 その手から逃れようと這いずるように壁の側へと移動する。しかし、その動きは、首筋に押し当てられた冷たい銃型の何かによって遮られる。

 

 

「動いちゃ駄目だよ、朝田さん。これは無針高圧注射器――中身は≪サクシニルコリン≫っていう薬品なんだけどね。これを打てば朝田さんの心臓は簡単に止まっちゃうんだよ?」

 

 

 そのあまりに平坦に告げられた事実に、彼女の身体が硬直する。今、彼は何と言ったのだ?心臓が止まる、つまり殺すと言ったのか?誰を?ほかでもない自分をだ。

 

「…………逃げロ、シーちゃん」

 

 硬直を解いたのは、部屋に転がされていた女性の一人の声。姿は似ても似つかないが、その口調に彼女が情報屋アルゴだと悟る。

 

「ソイツが………………『最後の死銃』ダ」

 

 告げられた事実に、新川恭二が笑みを深める。『死銃』。自分の信じてきた友人が、その一人だったと知り、今度こそ彼女は石のように動けなくなった。

 

「……はは、お見事ですね、アルゴさん。ショウイチ兄さんやジョニーが、真っ先に貴女をターゲットにしたのも頷けます。でも、ダメですよ。皆さんは、僕ら二人の『立会人』であり『媒酌人』なんですから。だから黙って見届けてくれないと、困りますよ?」

 

 そう言って銃型の注射器を手の中で弄ぶ彼の目の中には、確かに≪死銃≫の二人と同じ狂気が見て取れた。詩乃は何よりもその狂気を感じ取り、確信する。彼が≪死銃≫の一人だということを。

 

「ああ……でも嬉しいよ、朝田さん。ようやく僕のものになってくれるんだね? ずっとずっと憧れていたんだ…………君の、あの事件の話を聞いたときから」

 

「え……?」

 

 すでに限界近かった詩乃の精神は、不意に告げられたその言葉に、大きな衝撃を受けた。手足が冷たくなり、現実感が薄れつつある。

 

「ま……まさか…………君は、私の事件のことを聞いたから、私があの事件を起こしたから、声を掛けたの……?」

 

「そうだよ、もちろん」

 

 余りに平坦なその言葉は、詩乃にとって、死の宣告にも等しかった。魂は、やがて現実を拒絶し始める。父を奪われ、母は壊れ、私は幼い手を血に染めた。自分の精神が、ガラガラと音を立てて崩れるかのようだった。その瞳からは一切の意思が失われ、太腿を変わらず撫でまわされる不快感も、トレーナーをたくし上げられ、タンクトップ一枚の胸を晒した羞恥心も、何も感じなくなっていった。

 

 心の裡では、詩乃はあの日の姿に戻っていた。あの日、両手を真っ赤にし、心の底からの叫び声を上げた少女。今も泣きじゃくる姿こそが、彼女の本質であるかのように。周りに絶えず映し出される幼い日からの様々な苦難が、絶望が、彼女から力を奪い始めた。

 

 と。

 

 そんな苦難の映像の中で、彼女の裡に、一つの声が響いた。

 

『それで、いいの?』

 

 泣きじゃくりながらも、彼女は声に顔を上げる。声は、一際小さく、それでいて暖かさを感じる映像から流れていた。涙もまともに拭かず、その映像へと近づいていく。

 

 

「………………零二」

 

 

 それは今日までのGGOでの映像。まだまだ一年にも満たない思い出たち。だけれどもそれは、この映像たちのどれよりも暖かさを与えていた。

 

(……そうだ)

 

 不意に胸に宿った熱が、力を戻す。手足に力が宿っていく。

 

(私は、彼みたいになりたいって思ったんだ……)

 

 彼のように絶望と向き合いたい。苦難に負けない自分が欲しい。その思いがGGOへと挑むきっかけであり、彼に惹かれた理由だった。

 

(守ってくれるって、約束したんだ……)

 

 彼は、一度だって諦めない。そして、今まで一度も約束を違えることはしない。

 

 だったら、自分が先に諦めるわけにはいかない。

 

 そう決意した少女の手に、他の誰かの手が触れた。それは、青い氷のようなショートヘアをなびかせる孤高の狙撃手。長大なヘカートを肩に担いだ一人の少女。GGOでのもう一つの写し身(アバター)、シノンがそこにいた。

 

 

 さあ、行こう。

 

 

 手を取り合った二人は、再び現実に向かって走り出す。今度こそ諦めないために。

 

 一瞬後、彼女は現実へと回帰し、太腿を撫でまわし続けていた新川恭二の股間を思い切り蹴り上げた。

 

「ぐッ――」

 

 くぐもった声とともに、不快な手から逃れ、ベッドからずり落ちる。新川恭二が滅茶苦茶に振り回した腕に弾き飛ばされ、ライティングデスクに衝突する。一瞬息が止まったが、反動で開いた引き出しの中を見て、咄嗟にそれを取り上げた。

 

「何のつもりだい、朝田さん……?」

 

 彼女が手に持っていたのは、前回大会で手に入れた参加賞。≪プロキオンSL≫のモデルガン。現実では精々BB弾を撃つ程度の代物を、詩乃はカッターで拘束を解いた両腕に、全精力で捧げ持っていた。

 

「新川くん……」

 

「そんなモデルガンなんかでどうする気なの? 僕の手にあるのは本物の『力』――≪死銃≫だ。玩具なんかで止められるワケが――」

 

「私、貴方のものにはならないわ」

 

 銃よりも、何よりも、彼女が投げかけた言葉が、相手を貫く魔弾となった。言葉が届いた瞬間、新川恭二の動きが止まる。

 

「……………………なんだって?」

 

「私には……本当は『力』なんて、ない。GGOで得たものも、現実ではこのプロキオンと同じ、ハリボテみたいな『力』かもしれない」

 

 言葉を投げかけ、視線で射抜く。それだけが、今、彼女に出来る戦いだった。

 

「だけど、守ってくれるって、言ってくれたもの」

 

 その言葉にピクリと、新川恭二の身体が反応する。そうして、表情からは徐々にすべての感情が抜け落ちたかのようだった。

 

「私は、彼を信じてる」

 

「黙れ……」

 

「だから、きっと来てくれる」

 

「だまれええええええッ!!!」

 

 激昂した新川恭二が向かってくる。それよりわずかに早く、詩乃の声が響き渡った。

 

 

「助けて、優矢!!」

 

 

 その叫びとともに、玄関のドアが蹴破られ、見知った少年が全力で駆け寄ってきた。

 

 

「詩乃に、手を出すなああああああッ!!」

 

 

 駆け寄った優矢の姿に、新川恭二は右手に≪死銃≫、左手にスタンガンを出し、まるで闘牛のように向かってきた。しかしその致命の両腕は、一瞬早く滑り込んだ左腕によって上へと跳ね上げられる。

 

「ああああああああッ!!」

 

 その拳は、ライトエフェクトなど出なかった。それは、GGOで見た一撃には見劣りした。

 

 

 ――――けれど、人間(ヒト)の魂がこもった、渾身の一撃だった。

 

 

 拳はがら空きの顔面へと突き刺さり、その身体をベッドわきの壁へと吹き飛ばした。壁にぶつかった新川恭二の身体は、一度反動でバウンドし、そのままズルズルとベッドの上へと崩れ落ちた。

 

「――大丈夫、詩乃?」

 

 真っ先に聞いてきたことが、この現状でなく、自分の安否。そのことに、心の奥にまた灯が灯り、その胸へと縋りつく。

 

「うん、うん……!」

 

 こうして、≪死銃≫事件は幕を閉じた。

 




これにて≪死銃≫事件、一応の終了!まあ、原作でもアリシに関わってきますので、『一応の』ですね。

原作以上にやばかった詩乃の現状。オマケに新川くんのヤンデレ度が二割増しです。

あとはエピローグ。アリシには行かないので、この小説も終わりが見えてきました……
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