ソードアート・オンライン 心優しき阿修羅の男 作:路地裏の作者
東北、某県、某市。小さな田舎町の一角。長年暮らした一軒家の二階で、詩乃は布団にくるまっていた。
「……ぐすっ」
原因は詩乃の祖父。優矢が帰った後、詩乃は祖父の正月あいさつ巡りに付き合わされ、その中で年が近い相手とほとんど強制的に話をさせられた。最初は祖父の気持ちも考え、当たり障りのない対応をしていたのだが、その中にどうしても許せないことがあった。
『――君の事情はよく知っている。お母さんのこともそうだし、大変だったね』
……なんだ、それは。そう思った。その言葉を投げかけた男は、最初私の身体をつま先から頭のてっぺんまで舐め回すように眺めた後に、同情している風を装ってそう言ったのだ。私の事情?どう知っているって言うのか。お母さん?そこでどうしてお母さんが出てくる。目の前の男は自分の同情出来る『材料』を並べただけだ……!
『――君のお祖父さんとは懇意にしている。将来的に君と婚姻関係となれば、お互いの会社も安泰だよ』
その言葉は明らかに、自分を自分として見ていない言葉だった。見ているのは祖父の会社。この男の眼には自分は全く映っていない!
激昂して近くのグラスを男の顔面にぶっかけるのと、祖父の拳が飛んだのは全くの同時だった。
――まあ、その最悪な男のおかげで、今回の見合い紛いで即結婚などと祖父が考えていなかったこと、あくまで友誼を広めてほしい程度の考えだったと分かったのは良かった。
けどやはり、祖父に優矢が認められていなかったのも、一つの事実で。
「どうすればいいのよ……」
優矢とは一緒にいたい、けれども祖父も祖母もそして母もかけがえのない家族だ。板挟みになった感情は、堂々巡りを繰り返した。
携帯が、優矢からの着信を知らせたのは、そんな時だった。
『詩乃、ごめんね。もう寝てた?』
「……ううん、大丈夫。どうしたの?」
『うん、ちょっと大事な用があって』
「なによ。どんな用なの?」
珍しい。素直にそう思った。優矢は、何だかんだで自分の思いは真っ直ぐに自分に伝えてくる。口ごもるのは、本当に珍しかった。
『詩乃の声が、聞きたくなって』
その言葉を聞いた瞬間、彼女の心を幸福感が満たした。
「……恥ずかしいこと言わないでよ」
『はは、そう、かな』
「でもそうね。確かにこっちに帰ってから色々あったから、私も聞きたかったかな」
『……』
「うちの
『…………』
「あえて言うならGGOの地下ダンジョンにいたレアボスクラスよね……ALOの新生アインクラッドフロアボスの方が分かりやすいか」
『………………』
「≪金剛の阿修羅≫のお手並み拝見よね? 私も期待して――――」
『……………………詩乃』
滔々と彼女は続ける。滔々と。だから。だからこそ。
『――詩乃、泣かないで』
だから、そう言われてもまだ、彼女は自分が涙を流していたとは気が付かなかった。
「――――え? な、泣いてないわよ、ば、か、じゃないの?」
そう言いながらも、一度認識してしまうと、しゃくり上げることまでは抑えきれない。次第に、声は、言葉は途切れ途切れになっていった。
「ほ、ほらね。わた、し、全然、泣いてなんか、ない、でしょ。なに、が、あったって、一緒にいて、やるんだから」
『詩乃……』
「もう、決めた、んだから。例え、
『詩乃』
「どんなに、大好きな、
『詩乃!!』
いきなり出された大声に、言葉が止まる。思えば彼に怒鳴られたのは、BoBのあの洞窟以来ではなかったか。
『そんなこと、しなくていい! そんなこと考えなくたっていい! 君に絶対そんなことさせない! 絶対、僕が説得する! だからもう、泣かなくたっていいんだ!』
「優矢…………」
けれど、現実に涙は止まらない。優矢への想いと、自分の家族への想い。板挟みになった想いが、その瞳から涙となって零れ落ちる。
『それでもまだ、泣き止まないなら――――そのときは』
そこで言葉が切られるのと、窓にボスッという何かが当たる音はほとんど同時だった。振り返ると、窓ガラスに野球ボールくらいの雪玉がくっついていた。誰かが、投げつけた?けど、一体誰が?そんな素朴な疑問に彼女は窓へと近づいた。
『涙が止まるまで、僕もそばにいるから』
雪に埋もれた家の前の道路、そこに真っ白な雪を積もらせた優矢がいた。
「……………………」
『あ、あれ? どうしたの、詩乃?』
「…………………………………………」
気付けば、涙は止まっていた。成程、泣かなくていいとはよく言ったものだ。確かに泣き止んだ。だけど、その代わりに、沸々と燃え滾るこの思いはなんだろう?
「……………………優矢」
『は、はい!』
「……どうやって、ここに、来たの」
先程までと同じ、ぶつ切りの言葉。しかしそれは決してしゃくり上げているからではない。心の底から迸る思いが、言葉を相手の脳髄に刻み込むため、あえてぶつ切りにさせていた。
『え、えーと、見ての通り、バイクで。雪山を少し舐めてました』
「……………………」
やっぱり、彼の下で雪だるまみたいになっているのは、エギルの友人からもらったというガソリンバイクか。いや、むしろそれが半ば分かっているからこそ、こう、沸々と思いが湧き上がってきているのだが。
『あ、あのー、詩乃……?』
「…………優矢」
『はい!』
「つまり、アンタは、途中の雪道とか、雪山とか、考えずにバイクで来たと?」
『はい……』
「今は1月で、雪国、それも東北の道が、バイクで走れるような状態じゃないってことも、忘れていた、と?」
『は、ははは……』
「……………………」
かつてここまで、ただの沈黙に、感情が乗ったことはあっただろうか?兎にも角にも、詩乃は徐に近づいていた窓から数歩離れ、机へと近づくと…………
英和辞典を掴み、窓から全力で放り投げた。
「この、バカーーーーッ!!」
「ほぐッ!?」
惚れ惚れとするほど理想的なオーバースローで投げつけられた辞典は、下で見上げていたバカの顔面に着弾したが、詩乃はそれを確認すらしなかった。投げつけると同時にダッシュで部屋か飛び出し、階段を駆け下りて、玄関を出、ダメージでひっくり返ったバカへと駆け寄る。
「……! !! ……ッ!!」
「ちょ、待、……! って、無言で攻撃はストップ!」
万感の想いを込めた、
「何考えてんのよ?!」
「痛、え、何って?」
「ここ東北よ!? 今真冬なのよ!? もしも山の中で、立ち往生したらどうすんのよ!!」
「あ…………」
詩乃は、父親を山中の交通事故で喪っている。そのことは既に優矢も聞いていた。だというのにこんな無謀な真似をしたのは、確かに彼の落ち度だろう。
「そんなにまでして、何で来たのよ!!」
――――理由。
それは、どうしても譲れなかった理由。
「詩乃が……泣いてるんじゃないか、と思って」
「…………!!」
ぽすん、と最後の拳は力なく胸板へと落ちた。
「……バカ」
「はい、バカです」
「アホ」
「はい、アホです」
「だから『罰』を与えるわ」
「……あの、これ以上の肉体的ダメージは、さすがに」
そんな言葉を聞かず、胸板に置かれた手で胸倉をつかみ――――そのまま覆いかぶさるように抱き締めた。
「――――一生、私を大事にしなさい」
雪の降りしきる中、言葉を放った女と、言葉に撃たれた男だけが熱かった。
「手を離したら…………絶対許さないから」
「……それはこわい」
深々と雪はつもり、一面の白の中でまるで二人きりの世界のようだった。
◇ ◇ ◇
……もっとも、そんな雰囲気はあくまで比喩的表現だと気づいたのは、数分後のことだった。あの後とりあえず家に入ろうと身を起こすと、玄関先でニヤニヤ笑っている詩乃の祖母を目撃し、二人して盛大に雪の中に突っ伏すことになった。
再起動後に二人がかりで当座の宿を確保、その日は詩乃の家の客間に布団を敷いて就寝となった。そして翌日詩乃とともに東京へ戻ることとなったが、バイクは春になるまで動かせず、詩乃の実家のガレージに放置となった。
……これらの話がまとまる間、終始詩乃の祖父は無言だったが、宿泊やバイクの駐車に関しては認めてくれた。終始不機嫌ではあったが。
「まったく
宿泊を認める辺りで交際も認めてほしかった、と愚痴る詩乃。
「大丈夫大丈夫。絶対認められるように、頑張るからさ」
それをなだめながら歩く優矢。そんな二人の視界に、ようやく約一年過ごしたアパートが見えてきた。
家に帰りついたのは午後1時過ぎ。少ししか離れていなかったが、詩乃にはなんだかとても懐かしく感じた。
「……ただいま」
小さく言ったその言葉に横を歩いていた優矢が振り返り、笑む。
「おかえり、詩乃」
その返しに少しばかり照れくさくなり、さっさと家に入ろうと階段を上る途中、優矢の携帯が鳴り響いた。
「……キリト?」
次の戦いは、もう目の前まで迫っていた。
さあ、みなさんご一緒に、『レイシノ爆発しろ』!こういう絆の再確認の回は、作者として一番好きです。逆に、カップル成立までの過程を描くラブコメだと、全く描かれない場面でもありますが……昔のラブコメだと、『ラブひな』でおばあちゃん相手に啖呵を切るシーンww
今回詩乃の見合い相手は、仕事先のアホを参考にしましたが……うん、殴りたい★親切装って周りの点数稼ぎに来る相手が一番ムカつきます★あらかじめ自分はこんなに親切なんですよ、って周りに根回ししてる辺りが余計に……
さて、最後の場面。原作読んでる方なら分かるかと。そう、あのシーンへ!