侵入してきたSCAVをボコボコにする話   作:奥の手

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侵入者のSCAVをボコボコにする話

 工場横のちょっとした倉庫街でデカい顔をしているゴロツキと、その護衛をしている警察の制服を着たならず者をぶち殺してくる仕事を終えた俺は、ふと考え事をした。

 

 モスクワに残してきた家族は元気にしているのかと。

 

 妻と、反抗期の娘と、まだ幼い息子。娘は14歳。息子は4歳になったばかりだった。俺がタルコフ市への派遣を命令されたのは、息子の誕生日パーティーを計画し始めた頃だ。

 軍から形だけの移籍だといわれ、書類にサインをして、まんまと俺はこの天国に閉じ込められている。

 

 いつどこからライフル弾と散弾が飛んできてもおかしくない。道端には穴だらけの死体が転がり、かつての警察は宿敵であったギャングの男を護衛してうまい汁をすすっている。

 まぁその汁もこれで吸いおさめだ。脳みそが出てちゃ食事もできねぇよ。

 

 ギャングの男の懐から趣味の悪い金ピカトカレフを抜き取り、自分のリグに突き刺す。ほかに使えそうなものはないかと軽く物色するが、まぁないわな。対して優秀な武器でもない。護衛の男共も、碌に整備されていない汚いライフルやサブマシンガンしかない。弾? あぁこいつはマシなものを持っているな。持って帰ろう。

 

 家族のことが頭によぎったのは、ほんの数秒の出来事だった。

 顔も。

 声も。

 しぐさも。

 匂いも。

 

 思い出せるが、それ以上は考えない。

 もう会えないだろうという諦めがある。諦めは、俺から生きる活力を奪いつつも、生き続ける身軽さを結果的にもたらした。

 

 生への執着とか、この街から脱出するためにあらゆる手を尽くすとか、そいうたぐいの〝無茶〟をしなくて済む。だからこそだろう。俺は今日もこうして自分が確実にこなせる仕事をこなし、食うには困らない報酬を商人どもからもらっている。

 

 何のために生きているのかはわからない。

 そもそも目的なんてない。楽しみも苦しみもない。絶望も尽くして枯れ果てた。今日の晩飯を食うために、明日の朝飯を食うために、俺は他人を殺して稼ぐ。

 優越感も達成感も焦燥感も罪悪感もない。何もない。ただ死んでいないから生きている。

 

 鈍く金色に輝くトカレフをひげ面のジジイに引き渡して、今回の仕事の報酬をもらう。9万ルーブルと、手術セットと弾薬用のガンパウダーと────あ? ガラスの板? 何に使うんだこれ。相変わらずこのジジイわけわからんな。まぁいい持って帰るだけ持って帰るか。

 

 ◯

 

 森林公園であるウッズからほど近い位置にある隠れ家へ俺は戻った。

 この街に5つ作ってある隠れ家のうちの一つだ。髭のジジイからの仕事をこなすためにこの場所に拠点を設けたのが今から3週間前。

 

 隠れ家と言えば聞こえはいいものの、実際は半地下の腐った防空壕を無理やり滞在できる形にした、お粗末なカビ臭い避難所だ。

 

 最低限の寝袋と銃の整備ができる机、寄せ集めた医療品、拾ったゴミを溜め込んで再利用する箱。あとは入り口に釘と爆薬で作ったセキュリティ装置。

 

 それだけだ。街の中心部にある俺の実家(ハイドアウト)とは比べ物にならないチンケな設備だ。あまり長く滞在する気もないし、正直寝る以外にすることもない。これで充分だ。

 

 と、思ったが今日は違った。

 

 入り口のセキュリティ装置が作動している。具体的には仕掛けたTNTが爆発して、ドアノブとその周囲をボロボロにしている。どうやら寝に帰るだけでは済まされないらしい。侵入者だ。

 

 俺はドアの周りをよく観察した。爆薬は即死させるほどの威力ではない。内側に仕込んだ釘やベアリングで、そうだな、ドアノブを掴んだ指を数本吹き飛ばす程度か。当たりどころが悪ければ腕が使い物にならなくなる。その程度だ。

 

 ゆえに、ドアノブと一緒に吹っ飛んだ鍵はもはや侵入者を阻む仕事を放棄しており、結果的に侵入を許している。改良が急がれる。俺は静かに自分の家へと侵入した。

 

 物音がする。奥からだ。奥ということは置いてあるのは医療品と食料か。

 俺は両手の中に収まっているAK-12のセレクターがすでにフルオートになっていることを再確認する。弾も充分。銃口を突き出して上部に乗せている視界の広いホロサイトのレティクルを右目で覗き、左目で薄暗がりの自分の家をしっかりと見据える。

 

 足音を殺す。どうも侵入者は家主の帰宅に気付いていないらしい。空き巣ならもう少し警戒心を持つべきだろう。

 緩やかなカーブになっている自宅の壁、カビ臭く泥汚れだらけの汚いコンクリ壁に右腕を接近させたまま、ゆっくりとリーンした。

 

 赤いレティクルに、人影が収まる。

 

「…………」

 

 スカブだ。地べたに座って忙しなく左手を動かしている。右手は…………真っ赤に染まってだらりと垂れている。

 ずいぶん華奢なシルエットだな。頭には薄汚れた灰色のベースボールキャップをかぶっており、そこから垂れている髪の毛はずいぶんと長い。肩より長い。薄暗いのでよく見えないが、くすんだ汚い金髪に見える。

 

 あれ女じゃないか? なんか線が異常に細いぞ。スレンダーというよりは栄養失調の中学生みたいな体に見える。服装は一世代前のスポーツウェア────手首や足首、首元にゴムがあるタイプの。言うならば……体操服だろう。だからこそ右手の力の入らない様子と、隠すことのできない出血が目立つ。

 

 まぁいい殺すか。侵入者であることに変わりはない。

 

 引き金に指をかけて、レティクルを頭に置く。死体をどうするか? 若い女で顔が良かったら、その筋に高く売れるかもしれない。

 

 そう考えると頭の形を変えるのは少々もったいないな…………じゃあ足にするか。左足なら見えている。そうしよう。

 

 レティクルを侵入者の左足に合わせた時、黙々と何かをしていた銃口の先の人間が、不意にこちらへ振り返った。

 

 目が合う。ばちりと、ホロサイト越しに。俺の開けている左目と、あぁやっぱり若い女だ。というか子供かもしれん。十代中頃、瞳は青いように見える。なんか顔立ちがロシア人じゃない気がするな。

 

 そこまで考えてから俺は引き金を引いた。ちょうど弾が二発だけ出るように。一瞬引いてすぐにトリガーから指を離す。

 防空壕の奥の方で、距離にして三十メートルほど先で、薄暗い非常電源のフィラメント電球に照らされながら侵入者は高い声で悲鳴を上げた。

 

 狙い通り左足の足首のあたりから出血している。機動力を大幅に削いだ。

 と、侵入者は左腕で何かを掴んでこちらに向けた。俺は曲がり角に身を引いて背中を預ける。

 

 しかし待てど暮らせど銃声がない。恐ろしく消音効果の高いピストルでも使っているのか? だとしたら俺のアーマーは抜けないから顔面に当てるしかないぞ。それに弾が出たなら風切り音なり着弾音なり響くだろう。この場所をなんだと思っている。風通しの悪いクソみてぇな防空壕だぞ。

 

 ということは弾も出ていない。俺は念の為警戒しながら、銃を左肩にスイッチして左目でサイトを覗き、角から身を出す。

 

 直線三十メートル先で、荒い呼吸と声にならない声を上げながら侵入者がこちらを半狂乱で見ていた。俺は右肩に銃を移しながら全身を出す。相変わらず侵入者はスライドストップのかかった拳銃を何かの儀式のようにこちらへ向けている。

 

 どうも引き金は引き続けているらしい。だが見ての通り弾は一発も入っていないし、ほかに武器らしい武器は────おっと、MP5Kが近くに落ちている。しかもマガジンが刺さっている。この侵入者がなぜこちらを持っていないのか理解できないが、これは危ない。脅威だ。充分、ばら撒かれたら俺も死ぬ。

 

 であれば排除する必要がある。俺は前進する足をやや左前に進路変更して、こちらに拳銃を向け続ける侵入者の左腕に発砲した。

 

 拳銃と一緒に何本か指も弾け飛び、侵入者は耳をつんざくような甲高い声で悲鳴を上げた。

 座ったまま、左手と左足から血を流しながら吹き飛んだ手を守るように胸の辺りに持ってくる。もう治療なしに銃は撃てないだろう。

 

 だがこれで体に爆薬を巻きつけていたら俺も死ぬし、ワイヤーくらいならまだ左手に残っている指で引けるはずだ。距離は十メートルほど。この辺で止まっておこう。覚悟の決まった自殺志願者だったら目も当てられない。

 

 さて、会話を試みてみるか。今のところ悲鳴しか上げていないからな。

 

「殺す前に聞いてやる。どこから来た」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 なるほど。

 浅い呼吸、開き切った目、額どころか全身に浮かぶ汗。金切り声のような悲鳴こそ収まったものの、歯を食いしばって漏れ出る呻き声と痛みに耐える押し殺した叫び声、全身の震え、それから失禁。あぁ、涙も流し出したな。まだ無事な右足を必死に動かして後ずさっているのか。詰めよう。

 

 俺はまだ警戒を捨て切らないまま、前進した。銃口は万が一に備えて頭に合わせてある。自爆か、この恐怖に染まったリアクションも演技だとしたらあり得ない話ではない。

 ここはタルコフだ。死に方すら選べない場所で、覚悟が決まった者は時として恐ろしく鋭い牙を剥く。

 

 この目の前の侵入者、十代中頃の女でも、俺を殺すことはできる。可能性はゼロじゃない。

 

 大粒の涙を流しながら後ずさっていた侵入者は、ついに俺に背中を向けて地面に這いつくばり、手首から先の形がずいぶんスッキリした左腕と、まだ無事な右足を器用に動かして地面を這いずって俺から距離を取ろうとした。

 

 取ったところでもう一メートルもなく壁である。なるほど、もうこの侵入者にまともな理性や思考回路は残っていない。

 かろうじて生きていて、かろうじて意識があって、もうまもなく失血で失神するかそのまま死ぬ。

 

 侵入者が壁にたどり着いた。背中を壁にぴたりとつけて、全身を恐怖か失血の影響で震わせ、灰色の汚れたベースボールキャップの下端からボロボロと涙を流しながら俺の方を見上げてきた。案外しぶといな。まだ死なねぇのか。

 

「〜〜〜〜〜! 〜〜〜〜〜!! 〜〜〜!!!」

 

 ……………………? 

 何語だ? ロシア語じゃない。英語でもないぞ? 

 聞いたことのない発音だな。あと若い。やはり十代中頃。そうか、娘と同い年くらいだろう。ただしロシア人でないのは間違いない。ドイツか? 俺はドイツ語はわからんぞ。まぁいい。

 

「悪く思うな。人の家へ勝手に入ってきたお前が悪い。今のこの街は丁寧に法で裁いてくれる優しさを失っている。タイミングが悪かったな」

 

 俺の言葉は通じていないだろう。ただ、俺が喋っている間、全身を震わせながらこの娘は俺の目を見つめていた。すがるように、祈るように、まるで、私はあなたのいうことを聞きますと訴えかけんばかりに。

 

 ふと、モスクワにいるであろう娘の顔を思い出した。

 反抗期で、わがままで、口も態度も悪い娘だ。なんなら素行も悪い。警察の世話になったのは片手じゃ足りないくらいだった。

 そんな娘も小さな頃は可愛かった。俺の後を一生懸命ついてきて、五歳でマカロフを撃って遊ぶような溌剌とした子だった。俺の銃を勝手に持ち出して見よう見まねの記憶だけで三発撃てるくらいには賢い娘だ。

 

 反抗期ってのは等しく訪れるだろう。どこの家庭にもある。この目の前の侵入者も、こんな街で生きていなければ立派に反抗期をやっていたかもしれない。

 こいつの親もいたかもしれない。どこで、なぜ、どうなってコイツは俺の家に入り込んでいるのかはわからない。

 

 わからない。どうでもいい。どうでもいいはずだ。気にするようなことでも、気になるようなことでも、気にして何か得をするようなことでもない。

 ただ気にしたら損をするかというとそうでもない。今ここでこの娘を殺して死体を売り捌くのと、

 

「…………」

 

 この娘を生かして、ある程度の時間をかけて情報を得るのとは、どちらが得をするだろうか。

 どちらでもいいな。別に得をしたところで何か目的を達するわけではない。

 

 暇を潰せるのか否か。そうだな。生かせば暇を潰せるのか。

 

 俺はAK-12の銃口を下ろし、セレクターをセーフティに入れた。

 震えていた少女は、少しばかり驚いたように一瞬目を見開き、その後に安堵したように口元を綻ばせ、

 

「…………〜〜」

 

 何か呟いた後、意識を手放した。

 俺はプロピタル注射器を取り出して、少女の首に突き刺してやった。

 

 

 

 

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