侵入してきたSCAVをボコボコにする話   作:奥の手

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侵入者のSCAVに名前を教える話

 こいつの名前を知る必要がある。

 言語が違うとはいえ、喋れるなら名乗ってもらいたい。俺が付けて勝手に呼んでもいいが、それじゃこいつが俺の言葉を理解する足掛かりを失う気がする。めんどくさいが、手を抜けばやることが増えてさらにめんどくさいことになる。

 

 さてどう伝えるか。

 …………そうだな。

 

 俺は腰のホルスターからM9拳銃を抜き出して、左手で指差した。銃口は上に向けているが、銃を抜いたら少女はびくりと体を震わせた。だが逃げるそぶりはない。地べたに敷いた布の上からケツをずらすこともなく、俺と拳銃を交互に見ている。

 

「拳銃」

 

 俺はゆっくりと口に出した。口に出してから、タバコを咥えたままでは喋りにくいことに気がついて、左手の指に挟んでからもう一回指差して口にした。

 

「拳銃」

「け……ふ、じふ」

「拳銃」

「けふ……じう……」

 

 発音に癖がある。だが概ね意図が伝わっている。〝名前〟を教えていることを理解している。

 次に俺は拳銃をホルスターに戻してから、腰の後ろのナイフを取り出した。相変わらず目の前に出すとびくりと体を震わせて怯えたような目を向けてくるが、俺に敵意があるのではなく、単なる名詞の確認だとわかると肩の力を抜いて警戒心を解いている。

 

「ナイフ」

「なひふ」

「ナイフ」

「な……ないふ」

「そうそう」

「そふそふ」

 

 なんでも真似されちゃ意味がないが、とりあえず名前を言っていることは伝わっているな。

 ナイフを戻して、今度は俺自身を指差した。

 

「ラヴレンチー・ミハイロフ・イリニフ」

「ラヴ…………〜〜〜〜〜〜、〜〜〜…………」

 

 あ、こいつ今諦めたな。小さく首を振りながらこいつの国の言葉で謝るようなそぶりを見せた。

 まぁいきなりフルネームは難しかったか。知らない言語の知らない単語を組み合わせた言葉を空で復唱は無理がある。

 縮めるか。

 

「ラヴレフ。俺のことはラヴレフと呼べ。ラ・ヴ・レ・フ」

「ら……ゔ……りゃ……ふぉ……」

「ラ・ヴ・レ・フ」

「ら……ゔ……れ……ふ……」

「そうだ、そうだいいぞ。よくできている」

 

 俺が頷いてやると、少女は嬉しそうに同じく頷いた。

 

「らゔれふ。らゔれふ。…………〜〜〜〜〜」

 

 何度か俺の愛称を繰り返し、自国語で感想のようなものを呟いている。嬉しそうに笑う。意思が通じているからだろう。

 気持ちがわからんこともない。生殺与奪を握られている状況で、言葉も伝わらないというのは大変なストレスだ。命乞いもままならんのだからな。そんな中で、自らの命を握っている人間が名前を明かし、教え、言えるようにしてくれたというのは、なんというか…………関係構築のようなものがあるとしたら、これが第一歩なのだろう。

 

 こういう経験は今までなかったな。娘や息子に言葉を教えたのはいつも妻だった。当然、俺の名前や、パパと呼ぶのもいつも遅かった。それでいいし、別段気にも留めていなかったが。

 

 悪くない気分だ。

 

 俺はそれから、柔らかな笑みを浮かべながら何度も口元で「らゔれふ、らゔれふ」と繰り返している少女に指を刺した。

 

「お前の名前は?」

「…………? …………〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 

 名前を問われていると気がついたらしい。だが呟いた比較的長い言葉が聞き取れなかった。こいつ意趣返しのつもりかフルネームを言いやがったな。面白いやつだ。

 俺は半笑いで首を振って伝わっていないという顔をした。

 

「ニーナ! ニーナ!」

「…………ニーナ?」

「ニーナ!」

 

 包帯で巻かれた右手をゆっくりと自分の胸に当てて「ニーナ」と発音を繰り返す。

 ということはこいつの名前はニーナか? そうなのだろう。であれば今後はニーナと呼ぶ。

 愛称なのかファーストネームなのか略称なのか、あるいはもっと別の何かか。

 だがどうも言葉を聞いた時に感じた、ドイツ語圏のような勢いと抑揚を感じるのが当たっているのかもしれない。ロシア人にもいる名前だが、〝ニーナ〟というのは東欧ではよくいる名前のはずだ。

 

 だがおかしな点もある。東欧の人間は瞳が紫ということはない。いや言語と人種が必ずしも一致するわけではないから一概にはいえないが、どうもな…………ドイツ語〝のようななにか〟という感覚が拭えない。

 

 まぁあまり深く考えても仕方がない。ここから先は時間をかけてゆっくりと言葉を教えるしかない。

 こいつの言語を知るのも悪くないが、あまりにもわからなさすぎる。めんどくさくなっちまう。

 

「らゔれふ、らゔれふ」

 

 タバコをふかしながら考え事をしていると、ニーナが俺の名前を呼んだ。

 

「なんだ?」

「らゔれふ、〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 俺の名前の後に、自国語で喋りながら後ろを振り返りバックパックを見た。それからまた俺の目を見て「らゔれふ、〜〜〜」と繰り返す。

 

 あぁ、寝たいのか。バックが邪魔か。

 

 俺は頷いて、バックパックを退けてやった。すぐにニーナは仰向けで寝転び、顔を俺に向けながら、なぜか少し涙ぐんだ目で、

 

「〜〜〜〜〜〜。〜〜〜〜らゔれふ」

 

 何事か、静かで落ち着いた、鈴の音のような声で呟いた最後に俺の名前を入れてから、目を瞑ってすぐに寝息を立てた。

 

 寝る前の挨拶か。

 

「…………そうだな、ゆっくり寝てろ。俺が生きている限りは安全だ。おやすみニーナ」

 

 ここはタルコフ。

 いつ、どこから弾が飛んできてもおかしくない街だ。

 そんな街で誰かに就寝前の挨拶をするのは、いつぶりだろうかな。




ロシア語とドイツ語のようなものの話を日本語でやるのだいぶ無理がありますがこまけぇことは気にしないで。文化? 言語分布? 方言? 日本語ですらこんなに複雑なのにロシア語なんてわかりません。らゔれふらゔれふ(何かの鳴き声)
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