キミと歩む『日常』   作:ただのおーとりかぶと

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 ピッ······ピッ······ピッ。
 一定間隔で規則的に響く電子音に、薄っすらと深く沈んでいた意識が僅かに浮上する。
 まるで夢を見ているように。或いは夜中に金縛りに遭った······脳だけ目覚めている状態のように、私は世界を視認する。
 視界に写るのは真っ白な天井。或いは壁だろうか? 兎も角、正面にある色彩は白のみ。それも白だと思う。程度の曖昧な感覚だ。
 『ここは?』
 声を出そうとして、ピクリとも口が動かないことに気づく。口だけじゃない。眼球すら、舌先すらも動かないようだ。
 耳は規則的に響く電子音を聞き取っている。目も白らしき色を映している。いや、これらの情報も脳が映しているだけのイメージかもしれない。
 規則的な電子音の隙間から、不意にパタンと分厚い本が閉じられるような音が聞こえた。
 『誰かいるの?』
 問いかけようとして、されども声が出力されることはない。
「目覚めたようだね。とはいえ一時的なものだろうし、どうせここでの事は向こうに引き継がれることは無いだろうが······まぁいいか」
 右耳が声を捉える。少年の様な、けれどもどこか大人びた落ち着いた声音だった。
 空気が揺らぎ、視界の端に人影が映った。
「──さて、ここは何処か······だったか。
 ここは······まぁ言うなれば生死の狭間。わかりやすく例えれば三途の川の現世側といったところだよ」
 『なんでそんなところに?』
 また問いかけようとして、けれどやはり出力されることはなく、心中で歯噛みする。
「ん······あぁ、安心し給えよ。声にならずとも聞こえているよ。夢であり現でもある世界だからね」
 『どういうこと?』
 声の主が言うように、ただ心のなかで言葉を紡ぐ。······本当に届くのだろうか?
「──そうだね······まだ夢にも現にもなり得る世界······というのが正確か。序に言えば、それの選択権は君が握っているらしい」
 くつくつと面白そうに笑う声の主。
「······む、そろそろリミットのようだね······まぁ致し方ないことだ。······最後にひとつだけ助言しておこうか」
 『助言?』
「あぁ、飽くまでヒントだよ。過去に寄り添うか、未来と歩むか。まぁ受け取るも捨て去るも君次第だがね」
 そう前置きして、声はこう言葉を紡ぐ。
「『記憶を探れ。違和を感じろ。君と世界との間違い探し。答えを選ぶは君次第』」
 こんなところかな。
 再びくつくつと声は笑う。
 そうしていつの間にか、私の意識はそこから消えて────────




キミと歩む『日常』ー2

 

 

 ────ピピピピピピピピピ!

 目覚まし時計の音が部屋中どころか家中に響き渡る。

 うるさい。止めないと。動きたくない。頭に響く。もっと寝たい。止めないと。どこにある。

 安眠を妨げる目覚ましを黙らせようと寝ぼけた脳が高速で回転する。僅かにでも音を遮ろうと布団を被り、片腕を出して目覚ましを探す。同時に並行して脳は時計が何処にあったかの記憶を探る。

 そうして手の届かないところに配置していたことを思い出した脳は、目覚めへの僅かな抵抗とばかりに両手で耳を塞ぐことを選んだ。

 直後、私の視界に陽光が突き刺さる。

「······まま。あさ」

 引き剥がされた布団を取り返そうとして伸ばした手は柔らかな頬をつついた。

「······ん······ケント? おはよう〜」

 寝ぼけ眼だからか、ケントの輪郭がブレる。ピントが合わず、ゆらゆらとまるで像を結ばない。

「おはようハナちゃん。······いつもなら僕たちが起こされる側だからちょっと新鮮な朝だね」

 家中に響くアラーム音を止めて、居間の方からりゅーくんがやってくる。その頃にはケントのブレも収まり、ピントが合うようになってきていた。

「折角の休日なんだから、たまには親子三人で公園に行って目一杯遊ぼう?」

「······そう······だね〜」

 起き上がって大きく息を吸うと、ほんのりと小麦の匂いが鼻腔をくすぐる。

「朝ご飯はパン?」

「うん。朝は簡単なものの方が良いだろ?」

 食卓に並ぶトーストにはちみつを三者三様に塗り、齧り付いた。

 私は全体に塗ってから二つ折りにして。ケントはこぼれる程べとべとに塗りたくって。りゅーくんはバターナイフを使って均等な薄塗りにして。

 それぞれの食べ方で、それぞれのトーストが、それぞれの胃の中に消えていく。

「ご馳走様でした」

 食べ終わった食器を粗って、乾燥機にかけて置いておく。

 起きてすぐのご飯だったので、顔を洗ったり着替えたりして外に出る準備を整える。行き先は公園。つまりケントの······子供の体力に付いて行かなければならない訳で、スポーツウェアで行くのが一番だろう。

「行くよー!」

「はーい! 今行くよー!!」

 昨晩、私達が眠ってからりゅーくんが作ってくれたらしいお弁当と他にも色々持って、家族三人で近所の公園に向かう。

「──到着! それじゃ私は場所取ってくるから、りゅーくんはケントと先に遊んでて」

 りゅーくんに声をかけつつ、公園のベンチをなるべく邪魔にならないような形でコンパクトに荷物を置く。

 さあ、とそよ風が草葉を揺らす。

「なんか、今日も静かだなぁ······日中いつもだったらもっと······うるさいくらいなのに······痛っ」

 ズキリと頭に電流のような痛みが走る。

 まるで、なにかを思い出せと言っているように。

 小鳥のさえずりが聞こえない。日中なのに道中含め車通りもない。人通りも一切なく、道中誰かとすれ違うことすらなかった。

「······おかしい。──あっ!」

『記憶を探れ。違和を感じろ。君と世界との間違い探し。答えを選ぶは君次第』

「記憶······記憶を探る」

 なんの記憶を探ればいいんだろう? そう思いながら、とりあえずで何かを思い出せないかと周りを見る。無音と言っても過言ではないような閑静な住宅街の、それなりの広さがある公園。その運動場で走り回るケントとりゅーくん。

 ······そういえばあの子が生まれる前の日くらいのこと。私は寝ちゃってよく覚えてないけど、台風ってくらいのすごい風と大雨で、りゅーくん曰く何事もなく病院まで行ったって言ってたなぁ。

「······はぁ······はぁ······一旦休憩! ハナちゃん······交代お願い」

 ぜーはーと息を乱しながら、りゅーくんが私のもとにやってきた。

 時計を見ると公園に着いてから既に三十分くらい経過していた。体感的にはまだ五分くらいしか経っていないハズなんだけどな······

「ん、おっけー! それじゃあ荷物は任せるよー」

 立ち上がり、ぴょんぴょんと軽く調子を整える。最近はケントと遊んでるからか体が軽いような気がするなぁ······

 ケントの方に合流して鬼ごっこしたり、遊具を使ったりと色々な遊び方をして遊ぶ。

 私自身あまり体力はなかったはずなのだが、継続的にそこそこの動きができていたように思う。

「ケント! 次は何して遊びたい?」

「······まま。つかれた」

 はーはーと肩で大きく息をするケント。流石にりゅーくんと続けて遊んでいるのだから子供だと言えど疲れるか。

 ──そういえばもうお昼だね。続きはお弁当食べて、一息ついてからだ。······でもあれだけ動き回ったのに私はあんまり疲れてないのはおかしいな。

「······ま、いいや。パパの所に行ってお昼ご飯にしよっか」

 そうしてケントを連れてりゅーくんが荷物番をしてくれてるベンチに戻る。

「おかえり。二人ともこれで手を拭いて、お弁当食べよう」

「······おべんとうっ」

 キラキラと目を輝かせるケント。やっぱり子供だとなおさら、外でのお弁当というのはワクワクするんだろうな。なんて思いながら、いつの間にか広げられていた大きめのレジャーシートに座る。

「······いただきますっ!」

 しっかりと消毒付きウェットティッシュで手を拭いて、自分の分を食べ始めるケント。あれだけ動き回った直後だと言うのに······恐るべし子どもの食欲である。

 そんなことを考える間に、二人はお弁当を食べ終えたらしく、ケントはもう遊具で遊び始めている。······流石に早くないかな?

「りゅーくん、片付けはやっとくから、ケントのこと見てて。あの感じだと動き過ぎでちょっと危ないかもだから。お願い」

「······そうだね。じゃあ残りの片付けは任せるよ」

「当然、任せとけってね。······そういえばさ、ケントが生まれる前の日ってどんなだったっけ? 歳なのか忘れちゃってて。······車で行ったのと雨降ってたのは覚えてるんだけどさ」

「······どんなだったかって言われても······何事もなく病院まで行った。くらいしか言いようないかな」

「そうだよね。······それじゃあ、ケントをお願い。荷物は任せろってね」

 りゅーくんをサムズアップで送り出し、私は自分の食を進める。

 ······そういえば、あの日は何かにぶつかったような衝撃を受けたような記憶もある。

「······あれ?」

 もう一度、あの日の車内を最初から思い返す。りゅーくん実家からりゅーくんが運転して、私はなるべく後ろに下げた助手席に座って病院へ向かっていた。

 りゅーくんの実家はそこそこの過疎地域にあるのだが、人の目は多いほうがもしもの対応がしやすいだろうとそっちに一時引っ越ししていた。そこから行きつけの病院までは、あぜ道やしっかりとは舗装されていないが車二台は通れる広さの獣道と多少不便なところを通らなければならなかった。

「うん、うん。どっちも無事に通ったよね······となるとその先······かな」

 うーんと唸りながら、鮮明に詳細に記憶を探る。獣道、あぜ道、小さな橋、あぜ道、普通の道路······あれ?

「崖沿いにある道路を通ったような記憶がふたつある······あっ!」

 記憶が鮮明に引き出される。

 対向のトラック。吹き荒れる風によって飛び交うビニール袋や新聞紙。

「······そうだ! 思い出した!!」

 あの後、トラックのフロントガラスに新聞紙が張り付いて、横からぶつかられて······ガードレールを突き破って崖下に落ちていく車。

「······つまり私は······りゅーくんも死んでるってこと? ······だとしたらここは天国? ならなんでケントもここにいるの?」

 至った真実に、私の脳は止まることなく思考を続ける。

「気付いたならしょうがないよね」

 囁くように耳元で聞こえた声に、靴を履き直すことなく反射的に飛び退いた。

「まぁまぁ、一旦落ち着いて。ハナちゃん」

「······落ち着けっていうのは無理かな。むしろりゅーくんは······龍矢はなんでそんなに落ち着けてるのかな?」

「······珍しいな。そこまで警戒するなんて······それはそれとして、話し合いは落ち着いてやるもんだから落ち着いてるんだ。初めての家族会議だしね」

「家族会議? なんのための?」

「君に選んでもらうための会議だよ。って言ってもわからないだろうし、経緯を話すよ」

 そうして聞いた話を端的にまとめると、あの日の事故でりゅーくんは死亡、私は生死の狭間にいるらしい。それになんの因果かカミサマと名乗る存在が介入し、このままだと一人孤独に生きることになる私に家族と一緒にいられる選択肢を与えようとこの空間が形成された。らしい。

「ならどうしてケントが居るの? あの子はまだ生まれてない。だから生きるも死ぬもないはずでしょ?」

「それがそうもいかないみたいで······水子の霊って知ってるだろう? 生まれることができなかった子供の霊が云々ってやつ。あの原理で魂だけはあったから、それで生者に迷惑をかけないようにってカミサマが連れてきてくれらしい」

 つまりは一人で自分だけの人生を歩むか、死後の世界ではあってもりゅーくんやケントと寄り添って生きるか。それを選べるようにこの空間が生み出されたってことらしい。なんともファンタジーな話だ。

「······大体は理解できたみたいだし、急かすようで悪いけどカミサマがハナちゃんの······花御の魂を向こうに戻せなくなる前に選んで欲しい。僕たちとこの世界で生き······いや、過ごすか、それとも向こうで一人でも生きて、頑張り続けるか」

 そっと、りゅーくんが私に手を差し出す。

 手を取ってここに残るか、それとも取らずに現世へ帰るか。ってことなのだろう。

 だとしたら······答えは決まった。

 私はその手を────

 

 




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