「指名依頼、ですか?」
ダストとパーティー交換をしてから数日後。
俺は突如ギルドから呼び出しがかかり、行ってみると受付のお姉さんから一枚の紙を貰った。
この街から少し離れた森に、キールのダンジョンという駆け出し冒険者達の初めてのダンジョン探索の練習場と名高い、初心者用のダンジョンがあるという。
その昔、キールという名の希代の天才アークウィザードが、誘拐した貴族令嬢を連れて立て籠った際に創られたダンジョンだと言われているが、実際の所はどうなのか、真実は知られていない。
なんでもそのダンジョンで、最近新たに隠し通路が発見されたらしい。
ギルドで調査してみた所、駆け出し冒険者には荷が重そうな強力なモンスターが散見されたとか。
そこで、魔王軍の幹部を倒した俺達に、隠し通路の調査を依頼してきたというわけだ。
「むう、ダンジョン探索は私の存在価値皆無ですし、あまり気乗りしないのですが……」
「そうは言っても指名依頼だからなあ。流石に突っぱねる訳にもいかんし…」
その言葉に、めぐみんは納得しつつうな垂れる。
「ですよねえ……。でも、何の役にも立てませんよ?荷物持ちぐらいしかできませんし………」
諦めの表情をにじませ、めぐみんが言ってくる。
というか…。
「何が起こるか分からないし、アクアとダクネスは連れてきたいんだ。流石にめぐみん一人を地上で待たせたくないし、めぐみんは屋敷に残っててほしいんだが……」
俺がそういうと、めぐみんは怒ったように頬を膨らませ、
「それは嫌ですよ!なぜ皆が冒険に行くのに私だけ留守番になるのですか!そんなの絶対に認められません!もし置いていこうとしたら、意地でもダンジョンまでついていきますからね!!」
そう言って怒鳴ってくる。
「めぐみんのいう通り、流石に一人でお留守番は可哀そうなんじゃないかしら。あ、でも留守番させたいとかなら、私が喜んでその役を引き受けるわよ?」
「お前はクエスト行きたくないだけだろうが!ていうか最近は暖炉前占拠して酒飲むかだらだらするかしかしてないんだから、ちょっとくらいやる気だそうぜ?」
俺がそう言ってやると、アクアは最近だらけすぎている自覚があるようで、観念してソファから立ち上がった。
「よし。アクアもやる気になったし、早速ダンジョンに行く準備をしよう。さっき言った通りめぐみんはるすば…」
言い切る前に、めぐみんが俺に掴みかかってくる!
「ちょっと、何話は終わった感出してるんですか!まだ話は終わっていませんよ!荷物持ちとかアイテム使ったりとかもそうですが、普段のクエストのトドメは私が刺しているのです。だから私はこの中でも一番の高レベル、ステータスもかなり上がりましたし、色々できるじゃないですか!私も連れてってくださいい!」
「お前さっきまで気乗りしないとか言ってたじゃねえか!暇なら小遣い多めに渡しとくからそれでどっか遊びに行けって!」
「皆行くのに私だけ留守番なのは違うでしょう!…あっ、その構えはバインドでも使う気ですか!?もしそんなことしたら分かってますか?私とカズマが同じ部屋で寝泊りしてた時の、あることないことギルド中に言いふらしますからね!」
こいつ一体何言う気なんだ!?
ぎゃあぎゃあと騒いでいると、話の成り行きを見守っていたダクネスが俺達を止めると、
「ま、まあテレポートのスクロールがあるし、最悪逃げれるのだからいいじゃないか。地上に一人待たせるよりは、私達と行ったほうが安全だろ?」
そんなことを言ってきた。
……まあ、一理あるけどさ。
めぐみん一人残してダンジョンに行っても後が怖い。連れてったとして地上に一人残すのもリスクがある。何かあったとしても、テレポートのスクロールで逃げられるし、ダクネスの言う通り俺らと行動していた方が安全か。
見るとめぐみんはその言葉を待ってた!とばかりにキラキラと顔を輝かせている。
はあ。
「しょうがねえなあ!」
俺がそう言うと、三人は笑顔で旅の準備を始めるのだった。
――――――
街から半日ほどかけて山へと歩き、その麓にある獣道を進んだ先。
山の岩肌に、風化したのか、襲撃でも受けたのか、ボロボロになった神殿のようで、地下へと続く階段を覗かせる真っ暗なダンジョンの入口が、ぽっかちと口を開けていた。
俺達は初のダンジョン攻略ということもあり、意気揚々と突入したのだが……。
ダンジョン入口から続く階段を、どれだけ降りてきたのだろうか。
薄暗い中を結構な時間降りたはずなのだが、未だに通路に出られない。
駆け出し冒険者が使う練習場的なダンジョンだと聞いていたので、もっと小さな所かと想像していたのだが、これは思った以上に探索に時間がかかりそうだ。
背後に三人が危なげなくついて来ているのを確認しながら、俺は千里眼と暗視を使いモンスターが来ないか見張りつつ、階段を降りていく。
「なあお前ら、明かりはこれくらいで大丈夫か?暗くて見えないとかだったら言ってくれよ?」
俺はダンジョンに入ると使用者の周囲に光の球を出す魔道具を使い、暗がりを照らしていた。
俺は暗視スキルがあるが、他のメンバーは光が無いとなにも見えないため、街の魔道具店でダンジョン探索前に購入しておいたのだ。
「私は女神様なのよ。地上に堕天して力が弱まっても、神様らしい力の一つや二つは残ってるの。闇を見通すくらいお茶の子さいさいよ!」
そう言って胸を張るアクアと、それを可哀想な子でも見るかのような目をして見る二人。
仮にも女神、どうやらアクアは素で暗視能力があるらしい。
だが、めぐみんとダクネスはもちろん暗視系の能力を持っていないので、この魔道具が無駄な買い物というわけではないだろう。
「おかげさまで見えてるので問題ないですよ。それにしても便利な道具ですね。高かったのではないですか?」
「まあな。ただ、その分高性能でさ。この光の球は使用者の言葉に反応して、分裂したり明暗の調整ができるんだぜ?使用者から三メートル以上は離れられないけど」
「それは……また随分と高性能ではないか。ダンジョン探索では必須級といってもいいのではないか?」
「今までそんな魔道具は見た事も無かったのですが…」
そう言って驚く二人。
確かにここだけ聞くと高性能だし、ダクネスのいう通り必須級といってもいいだろう。
しかし、
「この魔道具高いわりに使い捨てなんだよ。効果は三日持つらしいけど、値段が値段で全然売れないって店主が嘆いてた」
この魔道具は消耗品で、一つのお値段が百万エリスを超えるのである。
こんな駆け出しの街に、ダンジョン探索の度に百万エリスを超える品を買うやつはいないだろう。
「念のため四つに分けて皆に付けておくか。これで明かりには困らないだろうからな」
言いながら、俺は光の球を四つに分け、全員の頭上三十センチ位のところに浮かばせる。
これで目が見えないとかの問題は解決だろう。
そんな事をしている間に、漸く長い階段を下り終えた。
階段を降りると通路が左右に分かれている。
そして俺は、階段を降りてすぐのところに、何かがある事に気づいた。
「……何だこれ?」
俺は目をこらし、足元にあるそれをよく見ると……。
…………。
「ふわーっ!!」
それは、朽ち果てた冒険者の死体だった。
一人でダンジョンに挑戦しようとしたのか、はたまた死んで仲間に置いて行かれたのか。
どういう経緯でここに放置されたのかは知らないが、そこには確かに人の亡骸が横たわっていた。
突然俺が変な声を出したからか、戦闘態勢に入るダクネスとめぐみん。
そんな二人を他所に、アクアが死体の傍に近づき、
「……アンデッドに成りかけてるわね。皆、ちょっと待っててね」
言いながら、アクアが何やらぶつぶつと祈りの様なものを捧げると、亡骸を淡い光が包み込む。
迷える魂を導いて、アンデッド化を防いだのだろう。
神々しくも、どことなくはかない雰囲気を醸し出すアクアに、俺達は思わず見惚れてしまっていた。
「でも、ふわーっ!!はないわよ、ふわー!!って!入る前に殿は任せろとか強がってた人が、ふわーっ!!は。……プークスクス!」
そんな、雰囲気をいきなり台無しにしたアクアに、俺達は微妙な表情になった。
さっきまでの空気を返してほしい。
……と、何か来ているな。
敵感知スキルでこちらに近づいてくる敵に気づいた俺は、動きを止めた。
俺達の話し声、もしくはアクアが死体を浄化した際に出た魔力の流れを感じ取り寄ってきたのかもしれない。
俺は背後にいる三人を見ると、敵が近づいてくる方向を差し、戦闘態勢の合図をするためジェスチャーする。
ダクネスはそれを受けて前に出て剣を構え、めぐみんは俺の後ろに付き、攻撃用のポージョンを構える。
そしてアクアが…、
「なになに?変な動きして、この私に指芸披露?ちょっと、こっち見てみなさいよ。この光の影で、狐や兎なんてぬるいのじゃなく、機動要塞デストロイヤーを見せてあげるわ!」
「違うわ!てかデストロイヤーって何なんだよ!敵が来るから構えろってジェスチャーしたんだ!くそっ、ほら来たぞ!手伝え、迎え撃つ!!」
思わず大声でツッコんでしまった自分が情けない。
俺はダクネスの背後でワンドを構えると、こちらに気づいて襲い掛かる小さな人型のモンスターに向って魔法を放った!
――――――
「……ふう、ダンジョンに降りて早々、グレムリンに襲われるとは…。もう少し静かに進むべきだろう」
そう言って、足元に転がるモンスターの死骸を見るダクネス。
襲ってきたのはグレムリンという、地上より魔力の濃いダンジョンによく湧く下級の悪魔だった。
ダクネスのいう通り、いつ襲ってくるかも分からないダンジョンの中、騒がしくするのは論外だ。
「う、ご、ごめんね。煩くしすぎたわ」
「悪い、騒がしくしすぎた。よし、こっからは戦闘時以外なるべく声を出さないように進もう。進むとき、止まるとき、逃げるとき、敵の気配がした時と、戦闘態勢に入るとき、あと罠を見つけた時もジェスチャーするから、そのつもりで頼む」
俺とアクアが謝罪し、これからの方針を決めると、全員で頷き合う。
グレムリンの血の臭いで他のモンスターが寄ってくるかもしれない。
俺達はそっと、その場を後にした。
――――――
「くそっ!?どうなってやがる!」
先ほどなるべく声を出さないようにしようと言ったばかりだったが、俺はこの異常事態からつい悪態をつき、声を上げてしまう。
「この暗く冷たいダンジョンで、彷徨い続ける魂たちよ。さあ、安らかに眠りなさい。『ターンアンデッド』!」
俺の眼前には、迷えるゴースト達を、光を放って広範囲に渡り浄化するアクアの姿があった。
先ほどからモンスター、それもアンデッドに遭遇する数がおかしい。
ダンジョンとはこんなにもアンデッドに遭遇するのか?
これだとパーティーに一人、アークプリーストかプリーストが必須だろう。
この数十分で悠に三十を超えるアンデッドを浄化したアクアの姿は、普段の姿では想像できない、立派な女神様そのものであった。
「まさかこれ程アンデッドに遭遇するとはな…。正直ダンジョンを舐めていた。アクアがいて本当に助った」
ダクネスの労いを受けたアクアが、満更でもなさそうに。
「あら?嬉しいこと言ってくれるじゃないの!……それにしても、お宝はどこかしら。まあ、まだ新発見の通路には入ってないし、ここじゃ期待できないけどね」
俺達は今、ダンジョンのかなり奥まで潜っている。
奥とは言っても、まだ新発見エリアには入っていないが。
本来ならダンジョン探索とは、罠を警戒しモンスターにも神経を尖らせて、松明に火をつけ、マッピングでもしながら恐る恐る進むものなのだろう。
しかし、光源となる魔道具で周囲を照らし、ギルドから貰ったマップを見ながら罠探知と敵感知、潜伏スキルを使う俺達は、ドンドン奥へ進んでいた。
「…ギルドから貰った地図を見た感じ、この先の部屋に新発見エリアに繋がる隠し通路があるみたいです。そろそろお宝とかも見つけられそうですね」
そう言って地図を見ながら前方の部屋の前に立つめぐみん。
俺は部屋の中に敵の気配や罠が無い事を確認すると、音を立てない様に慎重に部屋の中に入る。
部屋を見回し……。
「……ちっ、ろくな物がないな」
「ねえカズマ、そのセリフのでいで、私、コソ泥の気分になったんですけど」
「う、うむ…。探索方法的にも冒険者というより強盗のように見えてしまうな……」
言うなよ、俺もちょっとそんな気分になっちゃっただろ。
真面目に頑張って少しずつ探索している同業の人達に、ちょっと後ろめたい。
「……えっと。隠し通路は、この部屋に入って前方左奥にある、棚の裏に隠れている突起したレンガを押せばいい見たいですが……」
この通路を見つけた冒険者は、どうやってそんなのに気づいたんだろう。
俺とダクネスが棚を確認し、裏にあるレンガを押すために動かしていると、
「……?ねえカズマ、あそこ。あそこに何かあるわよ」
アクアが俺達のいる反対側の隅に、何かを見つけたようだった。
棚を動かし、全員で部屋の隅に行くと、そこには……。
「ちょっと、宝よ宝、宝箱よ!やったわカズマ、もう宝箱なんて見つけちゃったわ!」
喜々として宝箱に近寄ろうとするアクアを、俺は慌てて止めた。
「おいおい待て待て。こんな何度も探索されたダンジョンに、唐突に宝箱がおいてあるっておかしいとは思わないのか?……うん、やっぱり敵感知スキルに反応があるな」
スキルで感じる敵の反応は、勿論目の前の宝箱からだ。
なるほど、これがよく聞くミミックてヤツか?
「あー……。それじゃあこれは、ダンジョンもどきですね。残念ですが、しょうがないです」
言って、めぐみんがポンと何かを宝箱の近くに放った。
それは、先ほどの戦闘でめぐみんが使い、空になった敵を状態異常にする効果のあるポーションの小瓶。
ぽんと報られ、宝箱の傍に放物線を描いたそれは……。
床に触れた瞬間に周囲の壁と床が突然蠢き、瓶と宝箱を丸呑みにする様に包み込んだ。
今までただの床や壁だと思っていた部分が、取り込んだ小瓶を咀嚼する様に、まるで生き物のようにぐにゃぐにゃと動いている。
「き、気持ち悪っ!何だこれ!」
ダンジョンもどきってこんな感じなの!?
「名前の通りのモンスターよ。歩いたりする事は出来ないけれど、身体の一部を宝箱やお金に擬態させて、そのうえに乗った生き物を捕食するの」
「場合によっては体の一部を人間に擬態させて、冒険者を襲うモンスターも捕食するらしいです」
「モンスターまで!?タチ悪いな!」
そういやギルドで、ダンジョンもどきには気を付けろって言われていた。
敵感知スキルがあるなら簡単に分かるとは言われていたのだが……。
「こ、これがダンジョンもどきか…。中々にそそるヤツではないか……っ!」
「お前、捕食されに行くなよ?」
「くっ…!」
ふと隣を見ると、もぞもぞと動いているダンジョンもどきを前にしたダクネスが、一体何を考えているのか、赤い顔でアホな事を言っていた。
うちのクルセイダーは本当に……。
――――――
「『ターンアンデッド』!」
アクアの魔法で、ゾンビがその身体を消滅させた。
隠し通路に入り、新発見エリアに突入した俺達に待ち構えていたのは、初心者ダンジョンと言うには無理のある、大量の凶悪な罠と強力なアンデッドモンスターの群れだった。
「『カースド・ライトニング』ッ!おいアクア、お前魔力は大丈夫か!?」
「まだまだ全然平気よ!それよりダクネスとめぐみんは平気ー?怪我とかしてないでしょうね?」
「問題ない!むしろもっと私にモンスターを寄越してもいいのだぞ!!」
「モンスターは全くこっちに来てないので大丈夫です!アイテムもまだまだあります!」
アンデッド系はアクアに任せ、それ以外は俺が対処する。もし俺とアクアの弾幕から抜けたヤツが居れば、ダクネスが対処しつつめぐみんのアイテムで倒す。
そんな陣形を組んで戦っているのだが、現状特に問題は起きていない。
数が多すぎて悪態をつくぐらいで、皆大した怪我無く進むことが出来ている。
俺達はこの通路にいる最後のモンスターを倒すと、通路を進み新たな部屋へと入った。
宝感知を発動しても特に反応はなく、更に進むため奥へと歩みを進める。
しかし……。
「本当にどうなってるんだ?余りにも数が多いし、出てくるモンスターは結構強い奴らばかりだし…ここって本当に初心者用のダンジョンなのか?」
ここは駆け出し連中が練習台にしているダンジョン。
だが、これだけのモンスターを駆け出しが相手にできるとは思えない。
数も多けりゃ質も高い。俺がチート持ちだったから良いものの、もしなんにも能力を貰ってなかったらどうなっていたのか想像するだけでもゾッとする。
「別エリアとはいえ、これ程出現モンスターが違うのは違和感があります……一体どうなってるのでしょうか」
「うむ。ここまで来たが、いよいよ不味くなったら直ぐに撤退できるよう準備しておくべきだな」
「そうねえ、お宝は見つからないけど、アンデッドを沢山浄化できたし私的には満足したわ。なんならもう引き上げても全然良いわよ!」
「そうだなあ……。探知魔法で確認した感じだと、そろそろ階段が見えてくるはずだ。まだまだ下の階層があるみたいだし、ここの奥見たら一旦帰るか」
探知魔法で感じ取った通り、俺達から五メートル程離れた先に、下へと続く螺旋階段のようなものが見えた。
「あれだな。よし、そしたら階段を下ったら、一旦アクセルに戻って…」
そう言って、通路を進んでいるその時だった。
先頭にいる俺から丁度三メートルほど前にある地点、下へと続く階段のある目の前に突然魔法陣が現れたのは。
探知魔法や罠感知、敵感知にも反応を示さなかったそれは、なんの前触れもなく突然出現し、そのまま怪しく光始める。
「おい、何か出た!皆にげっ…」
俺が言い切る前に、その魔法陣は光を放つと――、
「ガアアアアアアアアアアアアアアーッッッ!!!!!」
黒いオーラに包まれた二本の角を持つ巨大な鬼が、姿を表したのだった。
――――――
「ガアアアアアアアアアアアアアアーッッッ!!!!!」
突如現れた鬼は、身を竦ませる様な威圧感のある咆哮を上げる。
「こ、これは…ブラックオーガか!?」
ブラックオーガ。
それは、通常のオーガが膨大な量の瘴気を吸い、理性と知性をなくしてただただ暴れるだけの姿になった存在。
理性と知性を引き換えに、通常のオーガより力が何倍も強く、その硬い皮膚から高い物理攻撃への耐性を持つ強力なモンスター。
また瘴気の影響か、魔法抵抗力も非常に高いという。
その凶暴性から、所謂上級者と呼ばれる腕利き冒険者ですら手を焼く、文字通りの怪物である。
「な、なんでこんな迷宮にブラックオーガなんかが……」
そう呟いたのは誰なのかは分からない。
しかし、この場にいる全員が全く同じことを心の中で同じことを呟いたに違いない。
唐突な強敵の出現に、俺たちは一瞬思考が止まってしまう。
「ッ!考えてる場合じゃない!来るぞ!!ッッ!!!」
その一瞬の停止の中、ブラックオーガはこちらに向かって駆け出し、その剛腕を振るう。
最初に我に返ったダクネスがその殴撃を食い止めるが、その強力な攻撃性から少しずつ体が後退している。
クソッ!!敵を前に止まるなんて、完全に不覚を取った…!
「『カースド・ライトニング』ッッ!!」
俺はワンドを手に、ダクネスと鍔迫り合いになっているブラックオーガに向けて紫に光る電撃を放つ。
雷速の攻撃に対応出来るはずもなく、ブラックオーガは無防備にその稲妻を身に浴びるが…。
「ガアウァ!」
「どうだ!…!?」
しかし、俺の電撃がオーガにダメージを与えたのか怪しいほどに、そいつはピンピンしていた。
「おいおい嘘だろ……」
ブラックオーガは瘴気を大量に取り込んだことで魔力量も上がり、魔法抵抗力も高いとは聞くが、これは流石に……!
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
俺の攻撃に怒りを感じたのか、ブラックオーガは唐突に叫ぶとダクネスを放って駆け出してくる!
「貴様の相手は私だ!『デコイ』ッッ!!」
「ガアウ!?!!」
俺に攻撃しようとするオーガは、ダクネスの囮スキルの影響を受けて行動が止まった。
「アクア!瘴気を浄化できれば魔法攻撃も効くようになるはずです!」
「任せなさい!!『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!!」
アクアの神聖魔法が炸裂し、ブラックオーガが纏う瘴気が消え去っていく。
ナイス援護!
「『ライト・オブ・セイバー』ッ!『ルーン・オブ・セイバー』ッ!!」
俺はちゅんちゅん丸の刀身を魔力の光で覆い、ブラックオーガに向かって振りかぶる。
オーガもこの魔法の危険性に気づいたのか、俺の攻撃が当たる直前に無理やり体をひねり、大きく後ろへ後退した。
オーガの動きの軌道を考えろ、ヤツが降り立つ地点はどこだ!
俺は頭をフル回転させ、後ろに飛び退いているオーガが降り立つ地点を計算する。
そして…、
「逃がさねぇ!『カースド・クリスタルプリズン』ッ!!」
俺は左手に持ったワンドから、かなりの魔力を使って氷の上級魔法を発動した。
予測したオーガが降り立つであろう地面から、鋭い分厚い氷の刃を生み出す。
背後に突然現れた氷刃を予測できるはずもなく、ブラックオーガはそのまま地面に降りると、そこに立つ氷柱に左足を貫かれた!
「ーーーーーーーーー!!!!!」
オーガは声にならない声で悲鳴を上げる。
機動力は潰した!もう一度ライト・オブ・セイバーを当てれば……。
俺がそう考え、剣を構えた瞬間だった。
ブラックオーガはこちらを向くと、その大きな口を開けて……、
「「な!?」」
「これはっ!」
「不味い!!みんな逃げっ…」
一瞬、オーガが魔力を吹き出すと、その口から赤黒い光の柱を辺り一面に撒き散らした!
ビームか!?だが…!
「「「『リフレクト』ー!!」」」
俺とアクアは魔法を、めぐみんはスクロールを使いこちらに向かうビームを弾き返す。
しかしブラックオーガの乱射したビームは周囲の石畳に亀裂を作り、壁や床がどんどん削られていく。
まず、床が崩れっ…!
「皆逃げろ!後退!!」
俺の指示を皮切りに全員が後ろに向かって駆け出す。
先程まで戦っていた場所の床がどんどん崩れていく。
この石畳の下は空洞になっていたらしく、崩壊した床の瓦礫は真っ暗な闇の中に消えていった。
当然、ブラックオーガもその崩壊に巻き込まれ、真下の闇に呑まれるはずだったのだが。
「グガァァァァァァァァァ!!!」
自身に傷を与えた俺たちを道ずれにしようとする執念からか、まだ無事であった右足で大きく跳躍し、通路を走る俺たちに向かって再びビームを放とうと口を開ける。
「ッ!『狙撃』!!」
敵感知によりいち早くブラックオーガの動きに気付いた俺は、後方の空中にいるオーガの目に目掛け、矢を射った。
やつの攻撃より、一瞬早く放たれた俺の矢は、寸分たがわずオーガの目に命中し、その黒く濁った瞳を貫いた。
「アアアアアアアアアアアアア!!!!????」
目を潰された痛みから、ブラックオーガは一際大きな叫びをあげると、そのまま重力に従って落ちていく。
危なかった。あと少し遅かったら俺たちが立つ床も崩れていた…。
「あ、危なかったですね…。ダンジョンも崩れてしまいましたし、一度アクセルに戻りませんか?」
「そうだな…、このダンジョンにブラックオーガが出現したことも報告すべきだし、一度戻るべきだ」
言いながら俺たちは足を止め、息を整え始めた。
「そうだな。よし、テレポートの詠唱をするからちょっと待っててくれ」
俺はそう言ってテレポートの準備を始めた。
……敵感知も罠感知も反応はなく、命の危険が去ったことで気を抜いてしまった。
それがいけなかったのだ。
そのせいで、真下から迫るブラックオーガの攻撃の残りに気付かなかったのだ。
地下に落ちていったオーガが再びビームを放ったのだろう、俺たちがいる石畳を、一筋の光が貫いた。
幸運なことに、それで誰もダメージを負わなかったが、しかしその一閃は、風化したダンジョンの床を崩すには十分な威力であった。
床の一部が抜け、そのまま崩れ闇に消えていく。
「ッ!?か、カズマぁ!!!」
「めぐみん!!」
俺たちが立つ床が崩れたことにより、最初に足場を失っためぐみんが落下を始める。
俺はめぐみんに手を伸ばし、空中で無理やり動いてめぐみんを抱き寄せる。
「めぐみん!カズマ!っく!!??」
「ちょ、ちょっと!どんどん足場が崩れてくんですけど!?」
同じく足場を失い落ちてきたらしい、アクアとダクネスの悲鳴が聞こえてきた。
足場が無けれ人間は立っていられない。
床が抜けたことで、俺たちは抵抗することもできず、重力に従って下へ下へと落ちていく。
「『ウインド・クッション』———!」
俺は空中でなんとか動き、共に落下するめぐみんを腕に収めたまま、全員に風の着地魔法をかける。
全員に魔法がかかったのを確認した俺は、そのまま闇へ落ちていくのだった。
ブラックオーガは完全オリジナルモンスターです。
また、めぐみんが持つスクロールやポーションもオリジナルのものです。
ご容赦ください。
裏設定
瘴気とは、一定以上の濃密な魔力と、怨念が混ざりあい発生する淀んだ魔力の霧。生者に対する呪いが込められており、魔法抵抗力の低い者が当てられると発狂して死に至る。
魔法抵抗力が高い者がこれを取り込むと、呪いにより理性や自我を失う反面、多大な魔力を得て全体的にステータスが強化され、魔法抵抗力が底上げされる。