———…ま、——————……ズマ!———
遠くから声が聞こえる。
「…ズマ!起きてください!カズマ!」
俺に縋るめぐみんの声。
……?
俺は頭の上に気配を感じ、そちらに視線をやる。
と、俺を見つめるめぐみんと目が合った。
「カズマ!起きてくれましたか!!」
俺は…どうやら気絶していたらしい。
俺はそんなめぐみんの言葉を聞きながら、後頭部が温かいのが気になっていた。
めぐみんが膝枕してくれていたようだ。
「…すまんめぐみん。あの後って結局どうなったんだっけ?まだ混乱してさ……」
「この高さから落ちてきたので無理も無いですよ…。……私とカズマがダンジョンの崩壊に巻き込まれた後、ここまで落ちてきたのです。落下途中、カズマがかけてくれた風魔法が風のクッションを作り出し、ここに着地したのでお互い怪我はありませんでした。しかしその時の魔法で相当な魔力を消費したらしく、ここに着地してからカズマは気を失ったのです」
めぐみんの説明で、ようやく現在の状況を思い出す。
そうだ、ブラックオーガの攻撃で床が崩れて、俺達はそのまま……。
「アクアとダクネスは!無事なのか!?」
「落ち着いてください。ここに落ちて直ぐに二人には交信用の魔道具で連絡を取りました。二人はどうやら無事で、二人でいるようです。ただ……」
ただ?
「落下した時に枝分かれしていた別の穴に入ったみたいで、ここにはいないのです」
二人と別れちまったのか…。
俺は頭を抱えつつ、ふと周囲を見回すと、先ほどの通路同様石畳式であることに気付く。
装飾とかも見ると、今いるここはダンジョンの中に見えるが…。
「ここはダンジョンの地下の空洞というわけではなく、先ほどの階層の下、ダンジョン内ではあるようです。もしかしたらあの床が崩れてこの階層に来るのは正規ルートだったのかもしれません。ですので進みさえすれば二人と合流は可能なはずです」
「いや、ここは進まないでテレポートで帰るべきじゃないか?全員がいるならいざ知らず、流石に離れ離れになるのは不味いぞ」
俺のその言葉に、めぐみんが悲壮感のある顔を作り、
「なぜかここではテレポートのスクロールが使えないのです。……いえ、これだと言葉足らずですね。スクロール自体は使用できるのですが、テレポートのスクロールだけが、使用できないのです。先ほどアクア達にもテレポートのスクロールが使えるか尋ねた所、使用できなかったそうです。この現象が新発見エリアだけか、今まで攻略されてきた全てのエリアがそうなのかは分かりませんが、このダンジョンは、テレポートそのものを阻害する特殊効果があるのかもしれません」
そう、とんでもない事を言ってくる。
確かに、駆け出しの街のダンジョン攻略に、テレポートなんて魔法を使うことはないだろうし、今までこの効果が見逃されてい来たのも納得できる。
もしくはめぐみんのいう通り、この新発見エリアのみの効果なのかもしれないが…。
「テレポートの使用不可って、そんなの聞いたことないぞ!?ギルドで色んなダンジョンの資料とか読み漁ったけど、せいぜい魔力の流れが乱て魔法が使いにくくなる事例があるくらいで……」
「しかし、実際テレポートだけが使えないのです。先ほど魔力を練ってみたのですが、魔法の使用は特に問題なく可能でした。つまり、この階層は転移系統の魔法のみ使用を阻害する特殊階層の可能性が高いと思います」
俺は言われて、テレポートの魔法を使うために魔力を練るが、魔法が発動する直前に練っていた魔力が霧散するのを感じ取った。
…おいおい嘘だろ?
「やはり推測は正しかったようですね……」
魔法が発動しないのを確認しためぐみんが、悔しそうに呟いた。
……クソ!!油断していた!テレポートが使えなくなる事態を考えていなかった!
俺の敵感知スキルの精度がもっと高ければこんなことには……。いや、そもそも俺の魔法が中途半端に効いて、オーガを怒らせたのが良くなかった。もっと威力が高ければこんなことにならずに済んだんだ!切断の合体技を避けられたのも原因の一つだ、あれが当たってオーガを倒すこともできたはずだ。ダメだ、レベルが、力が足りない!俺がもっと強ければ、俺がもっとしっかりしてればこんなことには……。
「カズマ!」
「ッ!」
俺が自己嫌悪に陥っているのを感じ取ったのか、思考の海からめぐみんが現実に引き戻してくれた。
めぐみんは膝に載せた俺の頭をぽんぽんと叩きいてくれる。
って、いつまで寝てるんだ俺!?
俺は途端に小恥ずかしくなり、バッと音がなるほどに素早く起き上がる。
そんな俺の様子を見ためぐみんが、少し残念そうにするも、すぐに気を取り直して真面目な顔を作って空気を変えた。
「ちなみに探知魔法は使えますか?」
「そっちは……『サーチ』っと、使えるな。この階層の構造はあるざっとだが程度把握できた。……本来だったらあの通路の先にあった階段から、ここまで降りてこられたっぽいな。それと、俺の魔法がおかしくなければ、ここが最終回層みたいだ」
俺は探知魔法を唱える。
魔力が乱れることもなく上手く作動した探知魔法により、この階層の構造が脳内に作り出される。
これまで進んできた階層とは違い、この階層は三叉槍のような形だ。
並列する三つの部屋と、そこから同じ方向に伸びる通路がまっすぐ一つの部屋に繋がっており、更にその部屋から最奥の部屋に通路が伸びている、という構造になっていた。
部屋数は全部で五つと、今までの階層と違ってかなり小さい。もしかしたらここが最終階層かもしれない。
現在俺達がいるのは、このダンジョンの最奥から反対側にある三つの部屋の真ん中。
ふと横を見ると、上へと続く階段があるのが分かる。
そしてここから真直ぐ進むと大きな一本の通路、その先には他の部屋から繋がる通路全てと接した部屋があり、その奥にはもう一つの部屋がある。
「アクア達には、カズマが目を覚ましたらもう一度連絡と取ると伝えておきました。とりあえず、アクア達との合流を最優先に、合流したらこのダンジョンの最奥を目指すのを提案します」
言いながらめぐみんが続ける。
「ダンジョンに付与されている特殊効果というのは、呪いや魔法によるものなのです。そして、ダンジョンのこういった特殊効果を発生させているのは、ダンジョンコアと呼ばれるものです。ダンジョンコアは全てのダンジョンに例外なく一つは存在し、構造上必ず最奥の部屋にあります。アクアならそういった魔法や呪いを解呪することができますし、二人と合流して皆で奥に進むべきだと私は思いますが、どうでしょうか」
めぐみんの提案を聞いて、俺は顎に手を添える。
階段は残ってるし、最悪特殊効果を消せなくても上に登れさえすれば、俺の氷結魔法で崩れた通路の床を補強して帰還することは可能。
しかし大分少なくなった魔力で、再びこのダンジョンを戻るよりは、テレポート阻害をなんとかして転移でアクセルに戻るほうがリスクは低い。
もし一番奥にヤバイのがいたとしても、俺だけ突入すれば最悪の場合でも逃走スキルで逃げることができる。
…ふむ。
「よし、めぐみんの提案を採用しよう。それじゃあ通信用の魔道具で二人に連絡を取るか」
——————
アクア達に連絡を取った俺たちは、二人と合流するためにダンジョンを進んでいた。
どの部屋に居たとしても、この階層は全ての通路が中央の部屋に繋がっている。
アクア達がいる部屋も通路は一本のみだったらしいので、俺は二人に通路をたどり、最初に着いた部屋に向かってくれと伝えたのだ。
さっきまで戦闘ばかりだったのが嘘のように、この階層では全く会敵せず、また罠も全くないため平和に進んでいる。
特になにもないことに安心したのか、ずっと無言だった中、めぐみんが口を開く。
「……こうして二人でいると、パーティーを組んだばかりの頃を思い出しますね」
あの頃を思い出しているのだろう、めぐみんが懐かしそうにそう呟いた。
俺とめぐみんが出会い、パーティーを結成したのは今から一か月以上前のこと。
思っていたよりも時間が経っていることに気付き、俺も少し感慨深くなる。
「覚えていますか?私達が初めて会った時の事を」
懐かしむようなその声に、
「それはもちろん覚えてるよ。俺がこの街に来て始めてきいた緊急アナウンスで行った先に、お前が悪魔と戦ってたんだからさ。でもまさか魔法一発放ったらぶっ倒れるとはおもってなかったけどな」
「あの時のことは本当に感謝しています。鮮明に覚えています。突然現れた貴方が、ホーストを相手に正面から引き付けてくれて、魔法を放つチャンスをくれたのを。……あの時の貴方は、本当にかっこよくて、物語の勇者みたいでした」
そんな突然の誉め言葉に、俺は少し照れくさくなり頬を搔いていると……。
「でもカズマ、私はそれより先に、あなたのことを 知っていましたよ」
めぐみんが突然そんなことを
「カズマは知らないでしょうが、実はあの時悪魔と戦う前から、あなたの事は知っていたんです」
「ほう。それはつまり、俺はそんな昔から人々の目を引くような存在だったってことか?」
「……言っておきますが、変に目立っていたというのもありますからね?カズマが寝間着に使っているあの服、あなたの国では普通なのかもしれませんが、ここだと物珍しすぎて目立っていましたから。私もすぐ覚えられましたよ」
「おい、それあんま良い意味で覚えられてないんじゃないか」
俺の言葉にめぐみんは、クスクスと楽し気に笑い出すと。
「私があなたとパーティーを組みたいと思ったのは、あの時、あなたとパーティーを組めれば、どんな楽しい冒険ができるんだろうと想像したからなんです」
そんな事言われたら、怒ることもできないじゃないか。
「それに、私はあの時からどんどん貴方に…」
え、貴方に?貴方になんだ!?はよう!はよう続きを!
顔を赤くし、視線を下に向けていためぐみんが口を開こうとした時、
——ピリッ
狙ったかのようなこのタイミングに、電流が走った様な感覚が脳をよぎる。
これは……。
「待て」
俺の緊張感が籠った言葉で、場の雰囲気が一変する。
「何か真っ直ぐこっち向かってきてる……!?おいめぐみん後ろに避け……っ!」
まだ敵との距離があるにも関わらず、敵感知がブレたと思った瞬間。
並列して歩く俺とめぐみんに向かい、一本の細い光線が走った。
ダメだ、反射魔法が間に合わない!!
俺は超回避スキルをフルに使い、咄嗟にめぐみんを庇って避けるが……。
「カズマ!…あぐっ」
「っ!めぐみん!!」
高速で迫るそれを避けきることができず、赤黒い光を放つ一閃が、俺とめぐみんの肩を貫いた。
「クソッ!!『セイクリッド・ハイネスヒール』ッッ!!『セイクリッド・ハイネスヒール』ッッッ!!!!」
咄嗟に回復魔法をかけ、肩の穴を塞ぐ。
直ぐに回復魔法をかけたおかげで出血量は少なくすんだが、しかし回復魔法では血までは戻らない。
「おいめぐみん大丈夫か!?」
「私は大丈夫です、カズマこそ血が……!」
「俺は大丈夫だから隠れてろ!!」
俺はめぐみんの無事を確認すると、まだ敵感知に反応があることを確認して視線を向ける。
よくも俺の仲間を傷つけたな……!!!
視界の端では再びこちらに向かう光が見える!
「『リフレクト』ォ!!!」
多くの血が急に流れた事で、少し立ち眩みを起こしながらも俺は体を起こし、再び迫る光線を跳ね返す。
向かってくる反応は、攻撃を跳ね返されても全く怯まない。
時間がたつにつれ反応は増々大きくなり、やがてソイツの足音と叫び声がここまで聞こえてくる。
「あれだけダメージを負ったのにまだ生きてんのかよ……。ブラックオーガ!!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
俺は向かってくる傷だらけの黒い巨体を目に、めぐみんを庇うように前にでて剣を構えた———。
———————
「ガアアアアウ!!」
「お前の相手は俺だ!『デコイ』!!!!」
俺は囮スキルを使用しブラックオーガの注意を引くと、俺に振り下ろされる拳を剣で受け止めた。
攻撃が重い!!
少しでも力を抜くと直ぐに押し返されちまう…!
けど、さっき交戦した時よりも威力が低いように見える。息も上がっているし、ビームも弱くなっていた。
確実にアクアの浄化と俺の攻撃が効いている証拠だ。
現にその左足は俺の氷が貫いたため、足裏から腿にかけて大きな穴が空いている。
「クソッタレ!」
俺はなんとか拳を弾くと、剣舞スキルを発動して斬りかかる。
「ガアアアアアアアア!!!!!」
傷だらけで、足には大きな穴が空いているにも関わらず、ブラックオーガはその両爪を使い俺の剣戟を弾く。
切り返しスキルで軌道をずらしても、天眼スキルで隙を見つけて斬りかかるも、その全てを弾き返される。
ブラックオーガも防御が手一杯の様で追撃や反撃はしてこないが、その防御力は高く傷を与えることができない。
このままじゃ埒が明かねえ!!
俺は剣と爪がぶつかり合う反発を利用して、後ろに跳び上がる。
そのまま左手にワンドを構え――、
「『カースド・ライトニング』ッ!!!」
俺は黒い稲妻を作り出すと、そのままブラックオーガに向かって解き放つ。
さっきは効かなかったが、瘴気が浄化されている今なら魔法抵抗力も下がってダメージが通るはず!
「ガァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
左足に風穴が空いているため回避力が落ちたブラックオーガは、そのまま俺の電撃を受けると悲鳴を上げる。
先程とは違い確かな手応えを感じてオーガを見ると、二の腕に穴が空いて左腕がちぎれかかったオーガの姿があった。
次で終わらせる!
「『ライト・オブ・セイバー』!!!」
俺は確かな勝機を感じ、痛みから動きを止めたオーガに魔法を振ろうとするが……。
「発動、しない…?」
俺の左手からは何も発生しなかった。
まさか、魔力切れか!?
「グォオアアアアアアア!!」
魔法が使えず、困惑して隙だらけの俺に、オーガは再びその拳を振るう。
「しまっ……!」
なんとか剣で受け止め、ダメージを抑えるも威力を殺しきれず俺は後方に吹き飛んでしまう。
「ガォォォォォオオオアアア!!!」
オーガはそのまま口を開くと、俺に対しビームを放つ。
避けられない……!
「ガゥ!?」
俺はこちらに迫るビームを、すんでのところで躱す。
自動回避が発動したようだ。
「ウガァァァアアアアアアアアアアアア!!!!!」
避けられたことで怒りを覚えたのだろう、今度は大量のビームを間隔を開けて放ってきた。
あぁ、これは無理だ……。
死にさえしなければポーションで回復できる。ここは耐え切るんだ……!
ダメ押しと言わんばかりのビームの弾幕を見て、回避を諦めた俺は痛みを覚悟して致命傷にならないような動きを計算すると……!
「『リフレクト』!!!」
俺に攻撃が当たる直前、突然視界に飛び込んできた影がスクロールで反射魔法を起動した。
まさか……。
「め、めぐみん!?」
霞む視界で捉えた影を見ると、そこにはリフレクトのスクロールを使って俺を庇うめぐみんの姿があった。
「これで早く回復してください!リフレクトの効果時間はそんなに長くないのです!」
めぐみんはそう言って俺に疲労回復、魔力回復とダメージ回復のポーションを投げる。
俺は瞬時にそれを受け取って飲み干すと、
「悪い、助かった。あとは俺に任せてくれ。『リフレクト』ッ!!」
言いながら、反射魔法を使って迫り来るビームを防ぎきる。
大量のビームを防がれたオーガは、流石に疲労が溜まったのだろう。
片膝をつき動きを止めている。
今度こそ決める!
「『ルーン・オブ・セイバー』!!!」
俺は回復した魔力を使い果たすが如く剣に魔力を集中させ、オーガ目掛けて全力で振るった!
「ガァァァァァァァァァァ!!!!!」
力を使い果たし、抵抗すら出来なくなったオーガは、そのまま俺の剣に切り裂かれるのだった。
————————
危なかった……。
本当に、ギリギリだった。
俺は戦いから来た疲労からその場にへたり込んでしまう。
「すまんめぐみん、本当に助かった」
「謝らないでくださいよ、カズマこそありがとうございました。あなたがいなければ私はとっくに死んでいたのですから」
めぐみんはそう言いながら俺の隣に座る
自分が本当に不甲斐ない。
アクアからチートを三つも貰ったにも関わらず、仲間を傷つけてしまったこの体たらく。
自分が弱すぎて嫌になる。
強い能力を持っているのに、俺はそれらを使いこなせていないのだ。
まだ組み合わせや同時使用が上手くいかないとかで眠らせているスキルだって沢山ある。
今の合体スキルだってもっと工夫できたはずだ、魔力の喰いすぎは前からの課題だったのに全然改善できていないし……。
「カズマ」
「なんだ?」
名前を呼ばれたことで、思考を止めて反応してしまう。
自己嫌悪に陥ったのが分かったのだろうか、めぐみんが俺を心配するような、怒ったような顔で見つめてくる。
「前にも言いましたが、私は貴方に感謝しているのです。落ちこぼれと言われた私を拾ってくれて、こんなにも活躍させてくれる。そんな人、きっとこの世界で他にいませんよ!」
そこは言い切ってくれよ…。
俺が微妙な表情を作ると、めぐみんからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
楽しそうに笑っていためぐみんは突然笑うのを止め、俺の顔を見上げて。
「……私は貴方に感謝しているのです。だから、貴方も自分を卑下しないでくださいね」
めぐみんの言葉に、思っていたよりも心配をかけていたことに気づく。
もう長い付き合いだ、俺の考えていることは、全てお見通しらしい。
…めぐみんには心配されてばっかりだな。もっと自重した方がいいかもしれない。
そんなことを思いながら、
「…ああ、約束する」
もっと、強くなろうと心に誓ったのだった。
—————————
「『ハイネスヒール』!」
ブラックオーガを倒した後。
特に敵と戦うこともなく、無事アクア達と合流することができた。
「うん!これで体力も完全に回復したでしょ。…それにしてもこのダンジョン、本当にアンデッドが多いわねえ。本来なら地上にいるモンスターのアンデッドもいるし、ちょっと妙だわ」
「え?アクアとダクネスはまたアンデッドに遭遇したのですか?私達は全く会いませんでしたが…」
「何?こちらは相当の量のアンデッドと出会ったぞ。アクアの冒険者カードの討伐欄はとんでもないことになっているのだが…」
言われて俺とめぐみんはアクアのカードを見ると、その討伐欄にはとんでもない数のアンデッドの名前があった。
どうなってんだこれ。トラウマになってもおかしくないくらい異常なアンデッドの数じゃねえか。
「……幾らなんでもおかしくないか?流石にアンデッドの数が異常すぎるだろ。何かあってからじゃ遅いし、奥まで行かないで引き返さないか?」
ある程度回復したとはいえ、俺の魔力残量は四割程度。
アクアはまだピンピンしているとはいえ、これ以上進むのも少し億劫だ。
「そうですね。カズマの言う通り何かあってからでは遅いですし、引き返して外に出ましょうか」
「そうねえ。結局お宝は見つからないし、私もそれに賛成よ。……でも待って?なんか、まだその辺にアンデッド臭がするわね」
俺の敵感知には反応しないが、アクアは何か感じ取ったらしい。
最奥へと続く通路に近寄ると、マタタビに興奮した猫の様に、辺りにむかって執拗にクンクンしだした。
「お、おいアクア!敵の気配があるのにプリーストが前へ出るな!まず私が前に……」
無防備に隙を晒すアクアを見て、ダクネスが困ったように言いながらアクアの前に出たその時だった。
先ほどオーガが出てきた魔法陣と同じものがアクア達の前に出現すると、黒いローブを着た骸骨が姿を表した。
その存在を確認した俺達は瞬時に戦闘態勢に入ると、黒いローブの奥からくぐもった低い声が聞こえてきた。
「そこにいるのは、アークプリーストだね…」
—————————
突然出現した骸骨――本人曰くリッチーらしいアンデッドに、俺達は最奥の部屋に案内された。
部屋の中には、小さなベッドとタンス、そしてテーブルとイスがあるのみだった。
ベッドの隣に置かれた椅子に、リッチーは腰かけている。
テーブルの上に置かれているのはランプだろうか。
アクアがいるとはいえ、リッチーはラスボス級の超危険モンスター。
向こうに戦闘の意志はなく、またアクアもそれを感じ取ったようなので、無駄な戦闘を避けるために俺達はリッチーの案内に従いついてきたのだが……。
「やあ、初めましてこんにちは。外の時間は分からないから、今はこんばんはかな?」
そいつは、リッチーとは思えないコミカルな口調で挨拶をした。
「私はキール。このダンジョンを造り、貴族の令嬢をさらって行った、悪い魔法使いさ」
—————————
——その昔、キールという名のアークウィザードが、たまたま街を散歩していた貴族の令嬢に一目惚れをした。
しかし、身分違いの恋であるため決して叶うことは無いと知っていたキールは、ひたすら魔法の修行に没頭した。
月日は流れ、キールはいつしか、国一番のアークウィザードと呼ばれていた。
キールは持てる魔術を惜しみなく使って国に貢献すると、人々に称えられ、王族からもその功績を認められたという。
王は言う。『その功績に報いたい。どんなものでも望みを一つかなえよう』と。
その言葉を聞いたキールは言った。
『私が愛する人が、幸せになってくれる事——』
「そう言って、私は貴族の令嬢を攫ったのだよ!」
キールがそんな事を自慢げに語った。
「……つまりなんだ。あんたは悪い魔法使いじゃなくて、良い魔法使いだったって事か?その貴族の令嬢は、親にご機嫌取りの為に王様の妾として差し出され、でも王様には可愛がられず、正室や他の妾とも折り合いが上手くいかず。で、虐げられてる所を、要らないんなら俺にくれと言って攫っていったと」
俺の言葉にキールが、カタカタと喉の部分の骨を鳴らした。
「少し違うな。確かに儂が攫った理由はその通りだが、良い魔法使いでは無いのさ。……その攫ったお嬢様にプロポーズしたら、二つ返事でオッケー貰ってなぁ。お嬢様と愛の逃避行をしたのだが、いかんせん王族が容赦なくてな。儂はこの迷宮を造り、リッチーと成りその力を十全に使って対抗したのだよ。…そのせいで大勢王国軍兵が死んだろうから、儂はどちらかといえば悪い魔法使いだろう」
キールはそういうと、小さなベッドの方を指さす。
「おっと、ちなみにその攫ったお嬢様が、そこにいるお方だよ。どうだ、鎖骨のラインが美しいだろう?」
キールが指さす方を見ると、小さなベッドに白骨化した骨が、綺麗に整えられて横たわっている。
この人がこのダンジョンに立てこもってから長い年月が過ぎただろうに、それでもこうして原形を留めているということは、それほどまでに大事にここを守っていたからなのだろう。
この迷宮にアンデッドが多かったのは、リッチーの力でアンデッドを生み出し、王国軍に対抗するためだったというわけだ。
「お嬢様は安らかに成仏してるわね」
何時の間にやらベッドの傍にいたアクアが、白骨化したお嬢様をみてそんなことを言ってきた。
その言葉を聞くに、キールの言ってることに嘘はなく、二人は本当に愛し合っていたのだろう。
つまりこのリッチーは、愛する者を守るため、人間を止めてまで守り抜いた漢だというわけだ。
不覚にも、このリッチーのことをカッコいいと思ってしまった。
俺と同じ思いなのか、隣にいるめぐみんとダクネスも真剣な表情でキールを見ている。
「でだ、ちょっと頼みがあってね」
突然、キールがそんな事を言ってきた。
「頼み?」
俺の言葉にキールはコクリと頷き——
「私を浄化してはくれないか。彼女はそれができる程の力を持ったプリーストだろう?」
—————————
アクアが一つ一つ、言葉をかみしめる様に魔法の詠唱を行う中。
歴史に名を馳せた魔法使いだったその男は、ベッドに横たわるお嬢様の腕の骨に手を置いた。
どうやらアクアは愛に生きたキールの事が気に入ったようで、気合を入れて浄化魔法を拡大して行使しようとしているらしい。
この部屋全体を覆う魔法陣を描き、魔法を唱えるその姿は誰が見ても女神と答える程に、神聖なものであった。
妾となってから、ろくに屋敷の外にも出られなかったお嬢様は、国を相手どり、世界を飛び回った逃走劇の果てに、このダンジョンで最期を迎えたらしい。
不自由な逃亡生活の中、彼女は文句の一つも言わず、絶えず幸せそうに笑ってくれていたのだとキールは言う。
「私は、お嬢様を幸せにできたのだろうか」
そう呟くキールに、ダクネスは何を思ったのか近づくと、ぼそぼそと何か呟き再びこちらに戻ってくる。
キールは、そうか、だといいなあ…と呟くと。
「いや、助かるよ。アンデッドが自殺するなんてシュールな事は流石にできないのでね。じっとここで朽ち果てるのを待っていたら、とてつもない神聖な力を感じ、思わずテレポート禁止の呪法を解き、貴女の前まで転移してしまったのさ」
部屋を満たす魔法陣の柔らかな光に包まれながら、キールはカタカタと笑いながらそう言った。
アクアが、唱え続けていた詠唱を終える。
そして、俺が今までに見たこともない慈愛に満ちた表情で、キールに向けて笑いかけた。
「神の理を捨て、自らリッチーと成ったアークウィザード、キール。水の女神アクアの名において、あなたの罪を許します。…目が覚めると、目の前にはエリスという不自然に胸のふくらんだ女神がいるでしょう。たとえ年が離れていても、それが男女の仲でなく、どんな形でも良いというのなら…。彼女に頼みなさい。再びお嬢様に会いたいと。彼女はきっと、あなたの望みを叶えてくれるわ」
女神がその名において罪を許すと言ったのだ、きっとアクアの言っていることは実現するのだろう。
普段のアクアとの違いに困惑しつつも、その振る舞いを見守っていると、キールは光の中深々と頭を下げた。
「『セイクリッド・ターンアンデッド』」
――真っ白の光が消え、光源の魔道具の明かりで照らされる部屋の中。
そこいはあのリッチーと、お嬢様の骨も消えてなくなっていた。
俺達は何ともいえない雰囲気の中、静まりかえる。
俺は皆に静かに告げた。
「…帰るか」
—————————
テレポートによってアクセルの正門まで来た俺達は、今回の報告のためギルドに向かっていた。
ダンジョンにいる間に何時の間にか外は夕方ごろとなっており、沈んでいく夕日が俺達を照らしていた。
「キールは、お嬢様を幸せに出来ただろうかって言ってたけど、実際厳しい逃亡生活を過ごしたお嬢様は、幸せだったのかねえ…?」
なんとなく俺は呟いた。
窮屈で不幸な屋敷での生活よりはマシだろうが、それでも不自由な生活であったことに違いはないのだ。
少しは、もっと大手を振って誰からも咎められずに生きたいと望んでも不思議ではないだろう。
「幸せだったに違いありませんよ。あれほどまでに自分を想ってくれる男性と、自分の思うがままに生きることが出来たのですから。間違いないです、あのお嬢様は、幸せだったでしょう」
「そうねえ…。アンデッドになってでも守ろうとする愛を一身に受けてたんだもの。きっとあのお嬢様は幸せだったに決まってるわ!」
めぐみんとアクアそう言って頷き合っている。
やはり女性陣は満場一致で幸せだったと思うのだろうか。
「ダクネスはどう思う?」
俺はダクネスにも同じように聞くと、ダクネスは一瞬だまりこみ。
「…幸せだったさ。幸せだったに決まっている。断言できる。そのお嬢様は、逃亡生活の間が人生の中で一番楽しかったに違いない」
ダクネスが、そんな意味深な事を口にしながら、少しだけ寂しげな笑顔を見せた。
納得できてない部分が多々あるため改稿の際に内容が変わっている可能性がありあますのでご容赦ください。
ダンジョンコアに関してもオリジナル設定です。ご容赦ください。
裏設定
キールが最終階層にかけていたテレポート禁止の呪法は、キールが独自に開発したオリジナル魔法。ダンジョンコアに魔法をかけることで、その迷宮全体、もしくは一部にコアに掛かった魔法の効果を付与することができる。