めぐみんとのデートから数日が経ったある日、遂に冬となり冒険は一時お休みとなったため、俺は気分転換に街を散歩していた。
決して先ほど異世界版チェスで盤面返しを喰らい、嫌になって逃げてきたわけではない。そういうわけではないが……くっ、めぐみんの高笑いが耳から離れない…!
街の中は雪が積もり、寒さの為かあまり人も出歩いていない。
この世界の住民達の常識では、冬は引き籠るもの。
この時期は狂暴で危険なモンスターしか活動しておらず、そのような中クエストに出るのは、日本から来たチート持ち連中ぐらいらしい。
俺もチート持ちではあるが、態々この寒い中クエストに行く必要もないし、冒険は一時休憩となったのである。(この前の戦いのせいで強制的に休まされているとも言うが)
暇になった俺はこうして街をふらついているのだが…、前方に不審な動きを見せている、とても見たことのある顔が目に入った。
俺は道の住来でコソコソしながら、路地裏にたたずむ一軒の店の様子をうかがっている二人の知人に声を掛けた。
「キース、ダスト。お前らこんな所で何やってんの?」
「「うおっ!?」」
背後から声を掛けられ、キースとダストが飛び跳ねた。
今日の二人は、冒険者には似つかわしくないラフな恰好をしている。
「な、なんだよカズマか、驚かすなよ。全く、潜伏スキル持ちはこれだから全く…」
キースが俺を見て安心した様に言ってくる。
が、もちろん俺は潜伏スキルなんて使っていないのだが。
「よう。あれか?今日はあの三人は一緒じゃないのか?」
ダストが気にした様に俺の周りをチラチラと見てきた。
こいつは皆にえらい目に遭わされたからな、警戒する気持ちもわかるが…。
「いや、今日は俺一人だよ。なんだ、そんなにあいつ等が苦手になったのか?俺は家にいるのも飽きてきてさ、散歩してたんだよ。…で、お前らはこんな所で何してんの?」
俺の言葉に安心した様子で、ダストがホッと息を吐きながら。
「いや、まあ…俺たちはその、なあ?まああの姉ちゃん達がいないなら別にいいんだ。というか、女連れじゃないなら別に気にすることはねえよ」
…?
なんだそりゃ、女がいるとマズイことでもしてるのか?
俺もそんな感情が顔に出ていたのか、キースがにやけた表情で言ってきた。
「日頃綺麗どころに囲まれているカズマには縁の無い事だよ。俺とダストは寂しく……」
周りに女がいると関係ない話…?
「おい待て」
キースが何かを言いかけ、今何が起きているのか察しがつきそうになった瞬間、ダストがそれを遮った。
「ここでコイツを帰す方がマズくないか?カズマは頭がキレるし、もう何なのか察しもついているんだろ?」
「…まあ、ある程度なら」
俺がそう言うと、キースがギョッとした表情でこちらを見てくる。
いやまあ、女がいたらマズイ、女が近くにいるなら関係ない、大の男二人がモジモジしている、街の路地裏、ときたらある程度何なのかは察しがつくだろ。
俺がそう考えていると、ダストとキースは俺の方に腕を回し、内緒話をするような態勢を取ると、
「なあカズマ、お前、口は堅いだろ?」
「何だよ、改まって。まあ堅いとは思うが…」
「———カズマ、この街には、サキュバス達がこっそり経営してる、良い夢を見させてくれる店があるって知ってるか?」
「———詳しく」
————--------
ほんのりと赤い顔のダストが、ジョッキを置いて教えてくれる。
「この街にはサキュバス達が住んでいる、っていうのは、この街の男性の中では暗黙の了解なんだが…」
「っていうのも、連中は人間の持つムラムラする欲望の感情、つまり男の精気を吸って生きる悪魔だ。となると当然、彼女たちは人間の男って存在が必要不可欠になるだろ?」
ふむ。
俺は酒場の中で熱心にダストとキースの言葉に耳を傾けた。
「で、だ。当然彼女たちは俺達から精気を吸う訳だが……。ここの男性冒険者達とこの街に住むサキュバス達は、共存共栄の関係を築いている。……ほれ、俺達は基本馬小屋暮らしだろ?つーとだ、その、色々と溜まってくるじゃないか。でも周りにはほかの冒険者達が寝てるわけだ。ムラムラ来たってナニする事もできないだろ?」
「た、確かに」
俺はコクリと頷いた。
気持ちはわかるのだ。俺も今までほとんどめぐみんと同じ部屋で寝ていたせいで、何とは言わないがナニすることもできず、ずっと悶々としていた。
ここ最近も修行だなんだのでそんなことする暇もなかったし、休みに入ってからというもの遅くまでめぐみんが部屋に来るせいでそんなことする時間もない。
ああ、やましい事なんて何一つもないが、俺の頬を一筋の汗が流れる。
「かといって、その辺に寝ている冒険者に悪戯でもしてみろ。そんなもん即座に他の女冒険者に気付かれて袋叩きにされるか、もしくは悪戯しようとした相手が隠し持っていたダガ―で、逆にアレを切り落とされそうになったっておかしくねえ」
「お前、まだリーンにちょっかい掛けた時のトラウマ、治ってなかったのな…」
あ、あの有名な噂話ってダストのだったのか…。
「う、うるせえ!……で、そこでのサキュバス達だ。こいつらが、俺達が寝ている間に凄いのを見せてくれる訳さ。俺たちはスッキリできて、彼女達は生きていける。彼女達も、俺達が干乾びたり冒険に支障をきたさない程度に手加減してくれる。精気を吸い過ぎて冒険者がやばい事になった例は無い。…………どうだ、誰も困らないはなしだろ?」
ダストのその言葉に、俺はコクコクと何度も頷いた。
す、素晴らしい!素晴らしすぎる!!!
サキュバス達もむやみに人を襲う理由がなくなり、馬小屋で悶々とする冒険者達もいなくなる。きっと性犯罪の抑制にだってつながるだろう。
この街は他の街に比べてえらく治安が良いというが、もしかしたらこのサービスが大きく貢献しているのかもしれない。
ああそうだ、誰もが常に賢者タイムでいられれば、争いなんて起こらない!
素晴らしい!世の中ってのはちゃんと上手い事成り立っているものなのだ!
そんな軽い感動を覚えていた俺の様子を見て、キースが言った。
「実はその店のことを教えてもらったのって、俺達も最近なんだ。で、今日初めて、俺達もその店に行こうってなって、」
「俺に遭遇したと」
「そういう事」
俺が納得したように頷いていると、ダストがクイっと酒を呷った。
そして、俺に言ってくる。
「と、いう訳だ。………どうだ、お前も一枚、噛まないか?」
「是非行きます」
俺は即答した。
—————------
「いらっしゃいませー!」
ギルドの酒場を出た俺達は、緊張をにじませながらも足早に目的の店へと歩を進め、遂には入店にまで至った。
きっと俺一人では、こういった店には入れなかっただろう。
だが、今の俺には頼もしい仲間がいる。
外から見ると何の変哲もない飲食店に見えたこの店だが、中に入ると、そこには男たちの理想郷があった。
仮にも飲食店だというのに、周囲にいるのはものの見事に男のみ。しかもそのテーブルには飲み物すらなく、男たちは一心不乱に何かを書いているようだった。
「こちらへどうぞ」
「「「は、ハイ!」」」
多くの男が、女性の体はこうあるべきと夢見る様な、そんな魅惑の体をした女性。
そんな体のとてつもなく綺麗なお姉さんの出迎えを受けながら席に着く。
「お客様は、こちらのお店は初めてですか?」
お姉さんの言葉に、俺達はコクリと頷く。
お姉さんは微笑を湛え、メニューを手にすると、
「……では、ここがどういうお店で、私たちが何者かもご存じでしょうか?」
俺達は再び無言で頷いた。
それに満足したかのように、お姉さんがテーブルにメニューを置く。
「ご注文はお好きにどうぞ。勿論、何も注文されなくても結構です。……そして、こちらのアンケート用紙に、必要事項を記入して、会計の際渡してくださいね?」
俺達はアンケート用紙を受け取った。
つまり、サキュバスのお姉さんたちの中で、アンケートに合わせて好みのタイプに沿った人が相手をしてくれるって事だろうか?
アンケート用紙に目を落とすと……。
「あの、夢の中の自分の状態、性別と外見、っていうのは…?」
そんな、よくわからない事が書いてあった。
状態はともかく、自分の性別や外見って…?
「状態とは、夢の中で王様とか英雄になってみたい、等ですね。性別や外見は、たまに自分が女性側になってみたい、というお客様もいらっしゃいますので。……年端もいかない少年になって、強気の女冒険者に押し倒されたい!というお客様もいらっしゃいました」
大丈夫なんだろうか、この街の冒険者は。
しかしなるほど、夢だもんな。本当になんでも設定できるのか。
すると隣にいるキースがおずおずと、お姉さんに質問するために片手を挙げた。
「……あの、この相手の設定っていのは、どんな所まで指定できるんですかね?」
「どんな所まででも、です。性格や口癖、外見やあなたへの好感度まで、何でも誰でもです。実在しない相手だろうが、何でもです」
「「「マジですか!?」」」
「マジです」
あまりの内容に驚いた俺達に、お姉さんは即答してきた。
「……あの、それって大丈夫なんですか?肖像権とか、条例とか、色々」
「大丈夫です、だって夢ですから」
「「「ですよねー!」」」
そう、夢なら何も問題無い!なんてこった、最強じゃないか!サキュバスの淫夢サービスッッッ!
そうして、俺達三人は無言でアンケ―トを書き続けた。そう、店にいる他の客と同じように。
「では、皆様三時間コースを御希望ですので、お会計、それぞれ五千エリスをお願い致します」
安いな!
俺は会計で財布を出し、その値段に驚いた。
「では最後に、お泊りのご住所と本日の就寝時刻をお願いします。その時間帯に、当店のサキュバスが就寝中のお客様の傍へ行き、希望の夢を見せて差し上げます。できればお酒等は控えめにしておいてくださいね?泥酔されて、完全に熟睡されていると、流石に夢を見せる事ができませんから」
お姉さんからの忠告を受けて、俺達は店を出る
時刻はもう夕方だが、店を出た俺達は、なんとなくそのまま解散することになった。
「そ、それじゃあ、またな」
「お、おう!」
「ま、またな!」
二人はなんとなくソワソワして早く帰りたそうにしている。
というか、俺も同じ気持ちだ。
指定した就寝時間まではまだ大分時間があるのだが、早く帰って準備して、今日は早めに寝ておきたい。
俺はどこかへ寄り道することもなく、そのまま急いで帰宅するのだった。
—————-------
「あ!カズマお帰りなさい!喜びなさいな、今日の晩御飯は凄いわよ!カニよ、カニ!!!さっきダクネスの実家の人から、っこれからそちらでダクネスがお世話になるのならって、引っ越し祝いに超上物の霜降り赤ガニが送られてきたのよ!しかもすんごい高級シュワシュワまでついて…!パーティーメンバーの皆様に、普段娘がお世話になっているお礼ですって!」
屋敷に帰ると、アクアが満面の笑みで出迎えてくれた。
この世界でも、カニはどうやら高級品らしい。
日本にいたころでもカニなんて碌に食えなかった身なのだが、まさか異世界で食う事になるとは…。
「あわわ……、この苦労の連続だった人生で、まさか霜降り赤ガニにお目にかかれる日がくるとは…!これは人生でも最上位に食い込むほど最高の瞬間と言っても過言ではないです…!」
「そんなに高級なカニなのか?」
霜降り赤ガニとやらに手を合わせて拝みだしためぐみんに、俺は気になって尋ねてみる。
「当たり前です!このカニを食べる代わりに今日は爆裂魔法を我慢しろと言われれば、大喜びで我慢して、食べた後に爆裂魔法をぶっぱなします!!!それぐらい高級なカニなのですよ!」
「おお!そりゃすご…あれ?お前今最後なんて言った?」
俺の言葉を無視して、めぐみんはアクアと共に早速カニを頬張った。
「「ほおぉ…」」
その余りの美味さからか、二人は頬を押さえてとんでもなくだらしない顔を晒している。
……ゴクリ、
美味そうに食う二人に当てられ、俺もパキッと割ったカニの脚から取り出した、白とピンクの身を酢につけて、そのまま頬張ると……。
「アカン!!!」
そのあまりの美味さに驚いた。
ふんわり甘く、濃縮されたカニ特有の旨味が口に広がる。
こ、これは止まらん!
俺は他の皆と同様一心不乱にカニを頬張りつつ、カニの甲羅をパかっと開くと、そこについていたカニ味噌を……。
「カズマカズマ、ちょっとここに火を頂戴!私が今から、これの美味しい飲み方を教えてあげるわ!」
アクアがそう言いながら、小さな手鍋の中に炭を入れ、その上にカニを置いた金網を乗せながら、高級シュワシュワを持って火をせがんできた。
「ほら、『ティンダ—』」
言われるままに炭に火をつけてやると、金網の上にわずかにカニ味噌の残った甲羅を置く。
そのまま甲羅の中に、高級酒だと言っていた、日本酒の様な透明な酒を注いでいった。
アクアは上機嫌で軽く熱した甲羅を一口、口に運ぶと……。
「ほぅ……っ」
実に美味そうに息を吐いた。
こ、これは…。
実におっさん臭いが、それでも余りの美味そうな様子に俺は喉を鳴らし、同じように実行しようとするが——————
———これは罠だ!!!
カニの美味さにすっかり忘れていたが、これからサキュバスのお姉さんが来るのだ。
お姉さんが言っていたじゃないか!酒を飲んで泥酔していたら夢が見られないと!
落ち着け、俺は我慢ができる男だ、鋼の精神を持ち、耐える力を持つ男だっ!!!
「!?これはいけるな、確かに美味い!」
惑わされるな!!!
ダクネスのあんな声に惑わされるんじゃない!
きっとあれを口にしたらもう止まらない!!!!!!
そのまま勢いで、いいや、もうどうにでもなれとばかりに飲み続けてしまうだろう…!
「ダクネス、私にもください!いいじゃないですか今日ぐらいは!私だってお酒を飲んでみたいです!」
「ダメだ、子供のうちから酒を飲むとパーになると聞くぞ」
その言葉に、めぐみんがふと上機嫌で酒を飲むアクアに目をやり、ダクネスも無言でアクアを見た。
「……?何かしら」
そんなやり取りをよそに、ひそかに我慢している俺を見ためぐみんが首を傾げ。
「……どうしたのですかカズマ、顔色が悪そうですが…調子でも悪いのですか?」
そんなことを言って、心配そうに顔を覗き込んでくる。
違う、そうじゃない、そんな罪悪感が募るようなことを言ってくれるな!
「いや、調子が悪いわけじゃないよ、カニが凄く美味くてさ、感動してただけだ。ただ、昼間ちょっとキース達と飲んできててさ、今日のところは酒は良いかなって思って。…明日!明日もらうことにするよ!」
俺の言い訳に、そうですか、と安心したようにホッと息を吐き、屈託なく笑うめぐみん。
やめろ、そんな純粋そうな顔で笑わないでくれ、もとはと言えばお前が警戒心も欠片もなく俺の部屋に毎晩のように来るからこうなってるんだぞ…!
ああ、もう…!!!
「ほーん?あんた、明日までこのお酒が残っているとでも思ってんの?勿論私が全部飲んでやるわよ!これを飲まないとはとんでもない!カズマの分まで私が飲もう!」
くそっ、安定のバカがこの上なく憎たらしい!!!
欲望と欲望で葛藤している俺に、ダクネスが笑いかけ、
「……ん、そうか。なら、せめて沢山食べてくれ。日頃の礼だ」
その言葉に、なんだか後ろめたい事をしている気がして胸が痛んだ。
わざわざ来てくれるサキュバスのお姉さんには、明日謝りに行こう。
こいつらと楽しく飲んで、また明日サービスを受けよう。
そうだ、たかがあのアンケートの内容が、そのままリアルな夢になって出てくるだけの話だ。
そして、見た夢は朝起きても忘れる事はないらしい。たかがそれだけのことだ。
目の前の皆の顔を見ろ、一体どちらが大切かを考えろ!
サービスはまた明日受ければいい!
自分がアンケートに何を書いたかを思い出せ!
……そう、最初から悩む必要なんて無かったんだ。
俺はカニをたらふく食うと、立ち上がり、
「それじゃ、ちょっと早いけど俺はもう寝るとするよ。ダクネス、御馳走さん、皆!…お休み」
俺は迷う事なく、入浴と歯磨きを済ませ足早に自分のベッドに飛び込んだ!
———————-----
ベッドに飛び込むと、近くの窓の鍵を開ける。
別に鍵を外せとは言われた訳ではないが、念のためだ。
わざわざ来ていただくのに、これ以上お手数かけては申し訳ない。
時計を見ると、指定した時刻が刻一刻と迫ってきているのがわかる。
それまでに眠らなければならないのだが、色んな興奮と緊張で眠れない。。
ヤバい、ドキドキしてきた!
ああどうしようどうしよう、緊張と期待で興奮して眠れない!!!
俺は一体どれぐらいそうしていたのだろうか。
俺が布団でゴロゴロとしていると、唐突に、コンコンと、部屋のドアからノックされた音が響いた。
……なんだ、こんな時間に。
俺はなんだかふらつく頭を押さえつけながら、布団から這い出てゆっくりとドアに近づいていく。
やけにボーッとする頭をよそに、俺は何も考えずにドアを開くと…
「やっぱり起きてましたか」
そこには赤いパジャマに身を包み、顔を少し赤く染めためぐみんが立っていた。
俺が驚いたような、納得したような顔をすると、めぐみんは少し心配した様子で顔を覗き込んでくる。
「さっき、いつものカズマらしくなくて、少し心配したのです。最近は全く冒険に出てませんし、何か悩みでもあるのかなと思ったのですが…」
言いながら部屋に入って首を傾けるめぐみんに、俺は愛らしさを感じ、ドアを閉めつつ、思った。
ああ、これは夢だ。
こんな時間にめぐみんが俺の部屋に来るわけないからな、ベッドの上で暴れていた時に、そのまま寝てしまったのだろう。
そうと決まれば…。
「私たちは仲間なのですから、何でも話して……きゃっ!」
なにやら話し続けるめぐみんを他所に、俺は力一杯、それでいて、この小さくて可愛い存在が潰れないように、優しく抱きしめた。
「夢なのに凄いな…本物みたいだ」
おっといかんいかん、夢だとか空気をぶち壊すようなこと言ってしらけさせるのはもったいないな。
抱きしめたときの感触や反応のあまりのリアリティに感動していると、顔を真っ赤にしためぐみんが面白いように動揺している。
「か、かかかかカズマ!?一体なにを…」
「めぐみんは可愛いなあ、それに凄くいい匂いがする…」
「…!……!!………!!!」
そう耳元で囁くと、恥ずかしいのか、暗闇でもわかるほどに顔を真っ赤にさせためぐみんが、慌てる様な、諦めたようなよくわからない動きをして俺の抱擁から逃れようともがき始める。
そんな様子に一層愛らしくなって、俺がギューッとめぐみんの腰に回す手に力を込めると、逃げようとしていためぐみんは飽き溜めたかのように脱力し、逆に俺の背に手を回してきた。
ああ、これやばい、まだハグしているだけなのに、とんでもない満足感がある!
い、いかんいかん、夢の中なのにハグだけで満足するとか、それこそ勿体ないぞ佐藤和真!
そう、これは夢なんだ。俺がやりたいようにやればいい。
意を決した俺は、ゆっくりと顔を動かし、めぐみんの耳元にまで口をやると、ふぅっと息を吐き、反応を楽しむ。
「あぅ、か、かずま?なにをやって…ひゃぁっ!?」
息を吹きかけられ悶えるめぐみんを他所に、今度はその耳に沿うように舌を伸ばし、その甘味に酔いしれる。
「だ、だめぇ、かじゅま、それいじょうは…」
今までに聞いたことのない、とんでもなく艶めかしい声で静止するめぐみんに、俺はより一層欲望を迸らせ、その小さな耳を味わっていく。
顔をずらし、なんとか逃げようとするめぐみんの顔を手で押さえつけ、その動きを固定する。
ゆっくり、ゆっくりと浅い表層から、耳の深いところまで舌をチロチロと動かしていくと、めぐみんの動きが何かを我慢するかのように、ビクビクと痙攣を始めた。同時にめぐみんが俺を抱きしめる手に力が入る。
…愛おし過ぎる。
俺はめぐみんの頭を押さえている手とは、反対の手での位置をゆっくりと下へずらしていく。腰から、ゆっくりとその小さな果実へと場所を変え、愛撫するようにゆっくりとそれを撫でまわす。
ひとしきり満足の行くまでその耳を味わうと、俺はゆっくりとめぐみんをベッドへと押し倒し、そのままその唇へ……、
「だめ、ですぅ…まだ、すきって、いわれてないのに…」
行こうとして、目が覚めた感覚にっ、て…………!?
「あれっ、これもしかして夢じゃ……」
俺の意識がはっきりとなった瞬間、
「曲者ォ!!!」
唐突なアクアの叫び声が、この屋敷を包み込んだ——————!!!
————————------------
くそっ、なんだ今のは、ずっと夢だと思っていたのはもしかして夢じゃなかったのか!?
いや、だとしても既に指定時刻は過ぎているし、一体何が…くそッ!!
わからない事だらけで頭が混乱するが、アクアの元に行けば真相がわかると感じ倒れは、めぐみんを連れて屋敷の広間に出た。
するとそこには、昼間見たお姉さん風のサキュバスよりも幼げな、小柄なサキュバスの女の子が、アクアが貼ったであろう魔法陣の上に縛られていた。
それにダクネスがパジャマ姿のまま、拳を構え威圧している。
「あ、カズマにめぐみん!見てみて!私の結界に引っかかって身動きが取れなくなった曲者を捕まえたわ!」
目の前に繰り広げられる現実に、俺の才能開花された知力が、嫌でもここまでの現実を冷静に教えてくれる。
こ、これは……。
「実はこの屋敷には強力な結界を貼ってあるんだけどね?結界に反応があったから来てみれば、このサキュバスが屋敷に入ろうとしていたみたいで、結界に引っかかって動けなくなっていたの!サキュバスは男を襲うから、きっとカズマを狙ってやってきたのね!でももう大丈夫よ、今、サクッと悪魔払いしてあげるから…!」
アクアの言葉にサキュバスが、小さくヒッと声を上げた。
こ、これは、まずい。とんでもなくまずい。
ってことは、隣にいるめぐみんは……!
いや、今はそれよりもまず目の前のサキュバスだ。
俺の知らない間に結界だとか、相変わらず余計な事をしてくれることにかけては定評のあるアクアが、サキュバスから一旦距離を置き、そのままビシと人差し指を突きつけた。
「さあ、観念するのね!今とびきり強力な対悪魔用の…。……?カズマ、いくら魔法抵抗力が高くても男のあんたはこっちには来ないほうがいいわよ?でないとサキュバスに操られて…」
俺は無言でサキュバスの前に立つと、その手を取り玄関に向かって連れていく。
「ちょ、ちょっとちょっと!カズマったらなにやってんの?その子は悪魔なの。カズマの精気を狙って襲いに来た悪魔なのよ!?」
アクアが鋭く叫ぶ。
そしてダクネスも、最初は俺の様子にあっけにとられていたようだが、拳を構えてサキュバスに鋭い視線を送っていた。
サキュバスが、俺にだけ聞こえる小さな声で、
「お、お客さんすみません!私の事はいいんです、どうせモンスターですから!結界は予想外でしたが、こっそり枕元に立つのは私たちの一番得意とするところ。こんな状況になったのは、侵入できなかった未熟な私が悪いんです。お客さんに恥をかかせる訳にはいきません、私は街に迷い込んだ野良サキュバスって事で退治されますから、お客さんは何も知らないフリをしてください!」
俺はそんなことをいってくるサキュバスと、背中に庇う様にして、アクア達に対して向き直った。
そのままサキュバスを玄関に向けてドンと押し、アクア達に向かって拳を構え、そのままファイティングポーズを取る。
「お、お客さん!?」
サキュバスが小さな悲鳴じみた声を上げる中、
「……ちょっと、一体何のつもり?仮にも女神な私としては、そこの悪魔を見逃す訳には行かないわよ?カズマ、袋叩きにされたくなかったら、そこをどきなさい!」
アクアが眉をひそめて、チンピラみたいなことを言ってきた。
「アクア、今のカズマは、恐らくそのサキュバスに魅了されて操られています!先程から夢だとか口走ってて、様子がおかしくて……おのれサキュバスめぇ、よくも…よくも、あんな……!ぶっ殺しますよ!!!」
先程まで呆然としていためぐみんが、顔を赤くし涙目を作りつつサキュバスに向かって叫んできた。
「カズマ、何をとち狂っている!例え見た目が麗しかろうと、そいつは悪魔、モンスターだぞ!冒険者にとって倒すべき敵だ!」
ダクネスが呆れたように、そして、冷たい目線で突き放す様な声で言った。
その視線が心にくるが、それでも俺は引き下がらない。
後ろ手に、サキュバスに早く行けと手を振った。
それを見たアクアが一歩前に出て腰を落として身構える。
「どうやら、カズマとはここで決着を付けないといけないようね……。いいわ、貴方を3人でボコボコにした後、そこにいるサキュバスにも引導を渡してやるから!」
そして叫ぶと同時に、三人で俺に向かって飛びかかってくる!
それを見たサキュバスが小さな声でつぶやきながらも悲痛に叫ぶ。
「お、お客さーん!?」
絶対に、守るべきものがある……!
それは、寂しい男たちの哀しい欲望を満たしてくれようとする、俺の背中に隠れるやさしい悪魔。
俺は、拳を握りしめて、
「かかってこいやー!!!」
屋敷中に轟く大きな声で、熱く、熱く叫んだのだった。
―————————
「…………………」
背中に無言の視線を感じながら、俺は庭の隅にかがみこみ、黙々と作業を続けていた。
ここの所俺の日課となっている墓掃除だ。
「なあ、そろそろ口利いてくれよ。俺も悪かったけど、あんな簡単に流されるめぐみんも問題があると思うんだ」
「……ッ!………!!!」
背後にいるめぐみんが、一瞬俺に何かを言い掛けるも黙り込んだ。
先ほどからめぐみんは、木の裏に隠れ無言で俺を見つめてくるのだが、おかげで凄く作業がやり難い。
あの後、多勢に無勢で取り押さえられた俺だったが、なんとかあのサキュバスの女の子だけは逃がすことに成功した。
そしてめぐみんは、あの時俺がサキュバスに操られていたと、都合の良い解釈をしてくれているのだが。
「……本当に、昨夜のことはおぼえていないんですか?カズマは、サキュバスに操られていたせいで、記憶がないんですね?」
念を押すように、ようやくめぐみんが口を開き、そう尋ねてきた。
「ああ、残念ながら覚えてないよ。良い夢を見ていたとしか覚えていない」
せっかく都合の良い解釈なので、俺もそれに乗っかっておいた。
その方が、お互いの為にもよさそうなので。
…それにしても、取り返しのつかないところまで行かなくてよかった…。あの時アクアの声がなかったらどうなっていたか……。
「そ、そうですか…。なら、良いんですけど。ま、まあしょうがないです。事故みたいなものですし、私も忘れるとします。……昨夜の強引なカズマに凄くドキドキしたのは内緒です」
聞き耳スキルのせいでしっかりと聞こえていた俺は、二度と忘れないように今の発言を脳内フォルダにしまい込んだ。
…強引な方が好きなのか。
まあ、何にせよ特に問題なく事が済んでよかった。
…次あの店に行く際は外泊するようにしよう。てか最初からそうすればよかった。
解決策も編み出せたし、これで俺の最大の悩みも解消するわけだ。
今夜は、とてもよく眠れそうだ。
そう、街中に轟いた、全てをぶち壊そうとするアナウンスさえ流れてこなければ———
『デストロイヤ―警報!デストロイヤー警報!機動要塞デストロイヤーが、現在この街へ接近中です!冒険者の皆様は、装備を整えて冒険者ギルドへ!そして、街の住人の皆様は、直ちにひなんしてくださいっっっ!!!』