ガールズバンドクライ~砕けろハリネズミ~   作:エーデリカ

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原作タグもまだないし、多分これが初投稿です。


#1 忍耐-Patientia-

 

 

定位置になりつつある最前列。本来やる筈のなかったライブ。土砂降りの中で私はわざわざ傘を差しに来た。あぁいなくなるんだなぁ。名残惜しさを胸に秘めて此処に来たのだ。アゼリアのネオンが寂しく光る。彼女はもういない……その筈だった。

 

『本当に良いんですかッ? 終わったら終わっちゃうんですよッ!』

 

その声が鼓膜を叩く。昨日歌い上げた場所にある少女がいた。マイクに縋りつくように叫ぶ。何事かと観衆が思うだろうがそれはそれ。すぐに興味など消え失せて帰路につくのだろう。私も皆に倣った所だ。それを断ち切る様な音が響く。

 

『終わりって……自分で言ったら本当に終わっちゃうんですよッ!』

 

桃香さん。その名を聞いて立ち止まる。去りかけた足がまだ待てよと踵を返す。

 

『私、負けたくなくて此処に来ました……一緒に……中指立てて下さいッ!』

 

中指…………あぁ、そういう事か。年がら年中の癖を思い出す。彼女は事ある度に相手に見せていたっけ。そこにつかつかと歩むのは私が見知った相手だ。ご丁寧に相当な重さがあるミニアンプはスイッチまで入れている。よいしょと降ろした彼女は立てかけられたギターを手に取った。シールドを引き延ばして嗤う。

 

「歌えるよな?」

『ハイッ!』

 

まるで親鳥を見つけた雛のようだ。少女は快活な笑顔を見せる。そしてドッキリ仕掛ける方も楽しそうではないか。

 

空の箱。環境的にインディーズばかり聞いている私でも知っている。若者受けが評判と行く先々のライブハウスで紹介される事があったバンドの持ち曲。

 

必死に歌い上げるボーカルは何処にでもいる少女に見えた。粗削りだが良い声をしている。そもそも私だってその主義趣向を判断できる程の界隈に足を突っ込んでいる訳ではないが。

 

水粒に打たれる知人は本当に活き活きしていて。住み難いこの世の中だって変えられるんだって。そしてその中心に立って歌い上げるあの子は我武者羅で羨ましかった。

 

それから数日経った。今日も今日とて研究室とスーツを着て都心と往復する。そんな中でロインの通知を見て驚いた。これから呑みに行こうだなんて……帰省した筈ではなかったのか。

 

私は下宿先に帰らずに呼び出された先に向かう。いつもの店、空いていれば同じ席。カウンターに腰かければ、気を利かせた店員さんが早々とお通しを出してくる。

 

「地元、旭川でしたっけ。帰るって聞きましたけど」

「そうだな……そう思ってた」

 

一杯引っかけたい。それだけ文章を送ってきた相手は悪びれもなく話す。やっぱり今回も奢るんだろうかと思う。彼女は生ジョッキ、私は黒烏龍。乾杯の音頭なんて間柄必要ない。

 

「脱退したんですね。ダイヤモンドダスト」

「あぁ、らしくなく喧嘩してさ。飛び出しちまった」

 

詳しい内容は知らなかった。全国ツアーを控える中、突然の休止宣言。ガワは残しつつ再結成だのという噂話はもう聞き飽きた。きっとやんごとない事情があるんだろう。私も詳しくは聞かなかった。

 

最後のライブだというあの日もお捻りをちょっと多めに渡したくらいにドライだった。バンドが好きな私とバンドマン。彼女とはそういう関係で……。何を語るでもなくつまみが流れてくる。音楽談義に花が開く訳でもない。酒が継ぎ足される。そして……。

 

「結局こうなるじゃないですか!?」

 

勝手知ったるシェアハウス。私のうちじゃないんだけどなぁ。とはいえ実家に帰りたくない時には世話になっている縁がある。家主をトイレで吐かせて数分。ようやく戻ってきた彼女は大分顔色が良くなっている。

 

「実はさ……」

「厄介事は簡便ですよ」

「あのさ……」

「……頼まれなら聞きませんよ?」

 

そう言うなよ。何も問わずとも冷蔵庫から発泡酒が出てくる。これがゴング開始の合図だとは付き合いだから知っている。切符代を渡されてしまったのなら、話だけでも聞いてやろうか。

 

「癇癪持ちの年下とつるむコツが知りたくてさ」

 

思い起こすが短気な奴はこの人の周りにいただろうか。河原木桃香――――メジャーデビューを目前で蹴ったギターボーカルはアルコールで頬を染めながら話す。あれ、もしかして脱退って人間関係の拗れから?

 

「惚気なら他所でやって下さい」

「彼氏じゃねぇよッ!」

「どうだか」

 

確か共用キッチンの上棚に…………あった。秘蔵の軽食コレクション。どうしてそれをという顔をしているが知った事か、容赦なく封を切った。観念した彼女はホールドアップをする。

 

「なぁ委員長……」

「次にそう呼んだら絶交するから」

「じゃあどう呼べば良いんだよ!」

 

せめて一般名詞じゃなくて良いだろ。私は感情に任せて2缶目のプルタブを捻る。

 

「お前……アルコール苦手だろっ!?」

「誰が自分で飲むって言った!?」

「私が処理すんのかよ……」

 

流石に辛いという彼女がうへぇという顔をするのを見届けて、私はようやく話を聞く体制を取る。

 

「まだ此処でやりたい事ができた」

「へー、男女交際について?」

「だから勘違いだ! そしてそのジェスチャー辞めろ!」

 

へぇ違うのか。私は両手で行為を表すのを渋々と取り下げた。

 

「初めて会った時にはこんな奴だと思わなかったんだけどなぁ!?」

「好みに染めたのは何処の誰かさんでしたっけ?」

 

否定できねぇ。そうだ私たちの馴れ初めを今更話しても仕方がない。

 

「猫被りしないお前みたいな奴と関わるようになった」

「へぇ……猫被りしない私ですか」

 

半分悪口に片足突っ込んでる自覚あります? そう目で問う。口元を塞いで言い過ぎたというジェスチャー。それに免じて話だけでも聞いてやろう。

 

「私のファンを名乗る子に付き纏われてな」

「それ何回目ですか?」

「えーっと……」

 

両手で数え始めた彼女に私は呆れて溜息を吐いた。確か……。

 

「12回です。少なくとも私が助け舟出したのは」

「じゃあこれで13回目だな」

「……もう帰って良いですか?」

「お願いだから話だけでも聞いてくれ」

 

そう酔っ払いが縋ってくる。まぁもう乗りかかってしまったのだ。駄賃代わりに耳に流しておこう。

 

「バンドを組む事になった」

「男と?」

「ちげーよ。ファンの女子、上京してきてたばかりってのに成り行きでな」

 

その台詞を聞いて合点がいった。あの雨の日に、機材故障なんかにも目にくれず歌い切った子か。

 

「その子な……高校中退して予備校通う事になったって話で」

「勉強は専門家に任せるのに限るでしょ」

「……まぁ、何というか。性格に難有りって奴でさ」

 

拝借したコップに水道水を並々と注いで席に戻る。叩きつけようかと思ったがギリギリで控えた……決して同居人に配慮した訳ではない。

 

「剥き出しの刃の塊っていうの? あるいは破裂しそうな風船みたいな奴でさ」

「それを河原木さんは、ただ()()()()って理由で私に押し付けようとしている訳ですか」

 

これが嫌味だと分かるくらいの信頼関係は築いている。どうせ軽口叩いでないでさぁといつものノリで……。

 

「すまん、この通りだ。アイツを助けて欲しい」

 

そう絵に描いたように彼女は膝を折った。あまりの事態に以降はあまり覚えていない。脳が拒否したのか、はてさてアルコールが回ったのか。

 

待ち合わせの日も私はファミレスでただボーっとしているだけ。おかげでゼミの中途報告は散々だった。履歴書も何枚やり直した事か。手書きで用意しろって文化はいい加減に絶滅してくれ。

 

「すまん、遅れた」

 

少し気まずそうな表情を醸し出す河原木さん。それに無理矢理連れて来られた表情を浮かべているのは、まさしくアゼリア前でボーカルをやっていたあの子。年の頃は高校生だろうか。そういえば中退していたと話していた気がする。

 

「桃香さん……家庭教師ってどういう?」

「仁菜、お前本気で大学行きたいんだろ?」

「まぁ……」

「そして学費も浮かしたい」

「……はい」

 

そこで私に考えがある。そうわざとらしく彼女は胸をはった。注文を取りに来た店員さんに私らは会釈をするが、少女は見向きもしない。協調性や愛想は絶望的。中々ハードルが高そうだ。

 

「私の古い知り合いだ。委員長って呼んでやると喜ぶぞ」

「誰が委員長だッ!」

 

そんな他己紹介は不要です。そうお互いにツッコむが同伴してきた少女の顔は一向に晴れない。こんな漫才っぽいのを導入しても一切入って来ないようだ。間の悪さを嫌ったのか河原木さんも口を挟む。

 

「仁菜……」

「すみません。井芹仁菜です、17歳」

 

ここで高校3年生と言わないあたり、相当なコンプレックスを持っているとみた。

 

「井芹さん……だっけ。受験勉強大変でしょ」

「いえ……まぁ……」

 

想像以上に歯切れが悪い。というか、滅茶苦茶警戒されてるな。

 

「……河原木さん。私の事、何て言って紹介したんですか?」

「え……何でも屋さん?」

 

胡散臭い説明だ。そんなんじゃ誰だって……違うな、生粋の本能で異常さに気付いているんだろう。本当に目聡い子だ。

 

「桃香さん……私、今日は勉強の参考になるからって聞きました」

「あぁ。人生の先輩の話は聞いて損するモノじゃない」

「それって……田舎から出てきて……金欠で……思い通りに勉強もできない私を憐れんでるって事ですか?」

 

ドクンと鼓動が聞こえる。自分の心臓じゃない。それが目の前の子から発せられるプレッシャーだと理解する。早口ばかりで捲くし立てたが、彼女の片鱗が垣間見えた。()()()()()()が疼きだす。成程、河原木さんが会わせようとする理由が分かった気がする。

 

「私の事なんて何にも分かんない癖にッ!」

 

そういうのはお断りです、そう口を尖らせる。鞄を引っ手繰って離席する彼女を慌てて河原木さんは捕まえた。振り返る少女に対して私はせめて届くようにと声を張り上げる。

 

「……そうだね。私は貴女の事を知らない、分からない」

「だったらっ」

 

嗚呼、これは分かってしまう。まるで鏡合わせだ……唯一の違いは、私が偽物で彼女が本物だと言う事。

 

「それは相手を学んでから言う台詞だ、井芹仁菜」

 

私はこの少女が嫌いだ。きっと彼女もそう思っている――それは反面教師ではなく……同族嫌悪って奴だ。

 

「河原木さんとバンドやってくんでしょ。()()態度一つでファンが離れてでもみろ。その時にメンバーにごめんなさいができるのか!?」

「私が直感で思った事を口走って何が悪いんですか!? そんな事までやせ我慢してバンドやるなら意味がないですッ!」

 

これは確かに重症だ。そして、彼女は想像以上に子供だった。大人へと背伸びしていた私と違って。それが微笑ましくて、思わず唇が歪んだ。おそらく河原木さんも釣られた事だろう…………一体誰の話なんだろうなって。

 

「……なんで二人して笑ってるんですか」

「嗤うって字は嘲るって意味もあるんだよ」

「もーッ! ちゃんと説明して下さいッ!」

 

どうやら活字は嗜まないようだ。それだけでも十分に収穫である。彼女は私と違う……それが理解できていれば何とでもなる。

 

「いや~悪い悪い。仁菜も委員長を見習わないとだな」

「委員長?」

「そっ、コイツの渾名」

 

それはライブハウスの皆で勝手に一人歩きした奴ですよね。

 

「バンドマンってさ。枠に嵌まるのが嫌だって奴の集まりだからさ。コイツは結構浮いてた訳よ」

 

いい加減にハっ倒しますよとは流石に言えなかった。事実だから……気難しい奴だから。その一言で片付いてしまう程に私は生真面目だった。

 

だから委員長――私は勉強しかできない。いや、それすらもどうだろうか。何にも取り柄のない私だってバンドをやれば何かが変わるかと思っていた。

 

「仁菜は中指立てるの鵜呑みにして覚えてたろ? そういうのを予防するにはまず勉強だって話」

 

少しは人生に失敗した奴の話を聞いて、視界を拡げてみようって訳だ。河原木さんは悪びれずに語る。

 

「やせ我慢なんてもんじゃない。これから先……少なくとも大学に入って社会に溶け込んでいくなら、そんだけの態度をとっても周りを納得させなきゃ干されるからな」

「それって自分を押し込めろって事ですか!?」

「噛みつくなよ。コイツが先生してくれるって」

 

なぁ、委員長――そう呟いた悪友の目。それは真剣な時にだけ見せる表情で……。妬けるな本当に。河原木さん程の才能を引き寄せる彼女が羨ましくなった。

 

「私はさ……高校時代。井芹さんみたいに頑固になれなかったんだ」

 

皆の顔色を伺って、取り繕いの笑顔だけ表面に貼り付けて……そして疲れてしまった。

 

丁度、貴女と同じ17歳の時だ。そう貴女を見据える。なんだ、そんな顔を見せてくれるのか。正直な子だ、きっと形が違えば可愛がってくれる人も増える筈。

 

「その時にバンド始めたんだよね、転校生に誘われてさ。アイツの友達になってくれませんか……から始まって付き合ったら相当ヤバいやつでさぁ」

 

今でも容易く甦る。苦虫を噛み潰した高校生活。その中で一際光を灯したのはバンドに関わってからだった。

 

「たった数曲だよ、本気で()ったのは」

 

それだけが私の生き甲斐になった。そして忘れられない爪痕を残した。

 

「楽しかったんだよ、あの時は。まぁ大学は成り行きで軽音部に入ったけど、すぐに辞めちゃった」

 

私があっけらかんと言えば、彼女は机を両手で叩いた。そんなに羨むなよ。それは本当は私がしたい事だ……だが残念ながら、そう出来ない程に私は大人になってしまった。

 

「なんで……そんな風に言えるんですか。勉強頑張って! 夢を叶えて! その先で思うように行かなくて笑えるんですか!」

 

大学は本来勉学に勤しむ所です――そう返す訳には行かないだろうな。そして彼女に対して茶化すのは失礼だ。

 

「やりたい事が軽音部(ソコ)になかったからだよ。あんなのとつるんでたら人生勿体ないって思って。だから逃げ出したんだ」

 

友人だったギタボの後輩を思い出す。他人の事を笑えない。私も結局はニンゲンとして生きようとしていたガワはそこで剥がれてしまった。

 

「どうする? 貴女よりちょっと先輩の失敗談。聞くだけなら得だと思うけど」

「語ってどうなるんですか?」

「何にも? 私は特にメリットがある訳じゃないし」

 

それって爪で傷口を抉る様なものだし。貴女の目の前にいるのはよくできた人間じゃないんだよ。

 

「私は栗原佳……雑草みたくそこら中に転がってるヒトモドキだよ」

「ヒトモドキ?」

「そ。誰かのフリして他人行儀みたく振舞う空気みたいな存在」

 

自分という個を持てなかった人間のナレノハテ。君とは違う。本気で闘っている貴女と同じ土俵にすら立てない軟弱者。その台詞に彼女はキョトンとする。ようやく私を見てくれた。色眼鏡抜きで目の前の相手を。

 

「こんなのがあと一年もしたら世に放たれると思ったら夜しか眠れないな」

「カーワーラーギーさーん!?」

 

一言余計だと額にデコピンを向かいの席にお見舞いする。満更でもない表情を浮かべているが、最初からこれを狙っていたのか。ひとしきり笑った私たちに気味悪さでも感じたのだろうか。仁菜さんは咳ばらいを一つしてドリンクを取りに行くと早足で駆けていった。

 

「河原木さん」

「なんだよ? 改まって」

「私、井芹さんを矯正するって件からは降りますよ」

 

それでも家庭教師は受けるのか……そう聞き返してきた彼女の口角が上がっているのは見なくても分かる。

 

「こんな原石見つけたら何も言えませんよ。勿体ないです」

「だろ? 最高にロックな奴だ」

 

それに、あの子がどうなってもお前の人生には関係ないからな。そう呟いた河原木さんはきっと私と同じ先を見ている。

 

「彼女の()()抜くのは辞めときましょう」

「だよな。毒はないが相当骨が折れそうだ」

 

その役割を私に押し付けようとした彼女に私は中指を立てる。

 

「私は見てみたいですね。きっと禍々しい花が咲きますから」

「そこはお世辞でも綺麗って言ってやれよ」

 

数年来の悪友は今までで最高の笑顔を見せた。




昨日の夕方に取り始めた分を含めて見始めました。まさか翌朝には投稿してるとは露ほど思わなかった。

別作品の連載再開をする前にどうしても書きたい。その思いで頑張ります。
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