ガールズバンドクライ~砕けろハリネズミ~   作:エーデリカ

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#2 憤怒-Ira-

どうしようどうしようどうしようどうしよう。あれだけ初対面で喧嘩を売ってしまった相手を今更家に招く? おまけに桃香さんの仲介もなしに?

 

「どうして受け入れちゃったのさ私ィ!?」

 

身から出た錆であるが、あまりの事態に脳が追いついていない。朝5時に起床し、トーストを2枚食べた。有り余る雑念を振り払おうとランニングに勤しみ、汗を流す為にこれでもかと熱湯を頭から浴びた。

 

「我ながら健全過ぎる生活…………って、違う違うそうじゃない!」

 

この時点で何もかも噛み合っていない。こんな状態で他人と会うなんて一体どうすればいい!? 無情にも時間通りに鳴るドアベルの音。私の返事は金切り声に近い物で、ご近所迷惑にならないのが心残りだ。

 

「ふぁい…………どうじょ…………」

「前と随分キャラが違うよね?」

 

ドアの向こうにセミロングを春風に晒す女性が見えた。その姿は決して可愛い系じゃない、清楚でもない。でも、ナチュラルメイクっていうのかな。あまり私も化粧に詳しくないけど、確かに容姿は整っている……正直言うと私には死神の鎌を持った天使とか、待ち構える地獄の門番に見えるんだけど。

 

「命だけはこさがんでください……」

 

もう私の足は生まれたての小鹿のように貧弱である。その様を見て彼女は仮面に張り付けた暗黒微笑を浮かべる。ほら、やっぱり死神だ。

 

「朝から運動なんて偉いね。私なんてスポーツは大嫌いだからさ」

「あ……中へどうぞ……」

 

居た堪れなくてさっさと通すに限る。まるで家庭訪問みたいだ。そんな相手に不精な恰好で相対するのも我ながら気が抜けていると思う。

 

「……髪くらい乾かせって言わないんですね?」

 

そう自嘲すれば、彼女も困ったようにはにかんだ。

 

「さしずめ良い所のお嬢様って感じだね。井芹さんは」

「それっ! 桃香さんからも言われました!」

 

なしてそげなことに。私が眉を顰めて彼女を睨むと、肩を竦めてはぐらかされる。

 

「両親とかは口酸っぱく言うだろうね。髪を大事にしなさい、お嫁行くには身だしなみって」

「女の子の価値って嫁ぐだけじゃないですよね?」

「まぁ時代が変わったというか、共働きじゃないと生きられないくらい家計は厳しいとはニュースじゃ聞くね」

「勉強するって、勉強できるって何ですか!? それは働く為には必要なんですか!?」

 

父も母も先生も。周りから蔑まされて机に齧りつけなかった私を不適合者だと糾弾する。大学に行くのだって、これからの生活を保証するには必要な道だからというだけ。そんなボヤキを受けて目の前の家庭教師は困った顔をした。

 

「まず井芹さんは勘違いしてる。生きる為には学なんて必要ない」

「でも……学歴って必須ですよね!?」

「河原木さんが中卒なのは知ってるでしょ。それでもあの人は精一杯生きてる。でも井芹さんは()()()()()相手に心を動かされて東京まで来たんでしょ」

 

そう、まるで私の事をしったかぶって宣う。

 

「学や知識っていうのは、所属するコミュニティを決める価値観や基準になるんだよ。頭が良い人同士が集まって仕事するとどうなると思う?」

「……そりゃあ効率よく片づけて、お金もウハウハだっ! ってなりません?」

「皆が仲良くできればね……そんな平和な世界なんてありゃしないけどさ」

 

労働にしかり音楽にしかり。ずっと仲が良い者同士で進むとは限らない。

 

「相手を出し抜こうと……足を引っ張り合おうとする訳さ」

「そげなこと……」

「学や知識って言うのは自分を武装する為の物だ。バンドもそう。ライバルっちゃ聞こえは良いけど、ようするに観客っていうパイを奪い合う敵って訳よ」

 

ミュージシャンって、それぞれ夢を追いかけているんだと思っていた。孤高の存在。理解して貰えた者だけにファンがついていく。そうじゃないというのか。

 

「夢や希望なんて着飾ってもしょうがない。争いってのは同じレベルの者同士でしか発生しないんだ」

「じゃあ……一般的ないじめとかってありますよね。そういうのって対等とは思いません」

「そうだね、争いというより嗜虐であって一方通行だ。立場や環境を理由にした上下関係が存在する」

 

その為に相手から何をされても立ち向かえなければ……法律やしがらみとか全部ひっくるめて味方にしなきゃならない。だから勉強は必要だと説く。きっと桃香さんが彼女を私の家庭教師に指名した意図はそこなのだろう。他人に後ろ指をさされても、したたかに立ち回れるようにしろって事で。

 

「でも、勉強すれば本当に闘えるんですか?」

「…………じゃぁこの第7問。作者の気持ちを答えなさい」

 

私は机の上に解きかけた古文漢文のテキストを見て彼女は指を突く。唐突な話題変更に一体何の意味があるというのか。

 

「今、そんな話してましたっけッ!?」

「良いから解く!」

「え………………っと、えーっと…………んもう!? 私、作者の考えを述べなさいって問題は嫌いなんですッ!」

「ムキになって諦めるなよ? 孤客最モ先ニ聞ク。こりゃ、基礎の基礎からだね……漢文にしかり起承転結の最後をベースに解け。そこから遡って本文を推測しろ。書き下せなくても文脈を理解しろ!」

 

『馬鹿にする奴は馬鹿にするしな』桃香さんの台詞が頭の中で反芻する。できない私に学力でマウント取らなくたって良いじゃないか! そう臨戦態勢の私を見て彼女は肩を竦めた。

 

「こんなエピソードって知ってる? 受験問題には著作権ってあんまり仕事しなかったりするんだけど」

「それとこれとがどんな関係が!?」

「黙って聞きなって……つまり作者に利用申請しなくても流用OKなルールがあるの」

 

つまり作者は問題文なんて作ってない。全部設問者が作った後付けだ。そう目の前の家庭教師は嗤う。

 

「きっと小説の作者は締め切りがヤバいとか、誤字脱字誤用があったらどうしようとかだと私は思うんだよね」

「そんなの書いたら、絶対先生にバツつけられるじゃないですか!?」

「……というのは冗談で、問題文にストーリー性を勝手に持たせるの。それが当たり外れかは答え合わせまで分かんないけどさ。自分が組み立てた話なら、きっと頭の中に入ってくるよ。古文漢文は特にね。助動詞や句形さえ覚えればグンと世界が変わるの。翻訳しながら自分だけのストーリーを練り上げる。それって作詞作曲と似てるんじゃないかな」

 

気に食わない。勝手に想像した文章が設問者の答えになるなんてあり得ない。それが全部自己責任になった時に読解力はより一層キレが増すだなんて、設問を解く行為を無視するという意味で矛盾している。それに意にも介せず相手は続けた。

 

「学がない河原木さんだって、曲という作品を創造している訳だ。努力もしているし、それを誰にも否定させやしない。語彙力と経験と。それを武器にして日々書き殴ってるんだ」

「桃香さんの事、どこまで知ってるんですか!? ダシにして代弁してるみたいで複雑なんですけど!?」

「それはこっちの台詞だよ!? 推しのメンバーに出会って揶揄われるて、あまつさえ同衾して! それ、コアなファンから刺される案件だって分かってる!?」

「せからしかったい! 私は! 根っからのダイダスのファンで! 桃香さん単推しですッ!」

 

これだけは譲れない。いっそ夜まで私の桃香さんLOVEを語り明かしてやろうか。私の反応を何処まで予想していたのだろうか。彼女はしてやったりという顔。

 

「世界で一番、河原木桃香が好きです! って胸張って言えるなら大丈夫か」

「どういう事ですか!?」

「私が厄介オタクだったら、まず()()()みたいなのに嫉妬するって話だよ。推してるバンドのご主人・奥様とかの身内以外。それも()()()ファンだけを特別扱いされてみ」

 

愛憎入り混じって狂うだろうね、私が同じ立場なら……夜道に気をつけろって言っとかないとと意味ありげに嗤う。

 

「実は恵まれてるって事ですか?」

「自覚なしかよ……推し活してるならSS席以上のご褒美だろうに。宿がなくて互いに泊まり込んで、奢って貰って同じ鍋をつついて。世の中に()()()みたいな有象無象のがゴロゴロいる中で、河原木さんは井芹仁菜を敢えて選んだんだ」

 

一緒に中指立てて下さいとかご褒美でしょ。そう意味ありげに彼女は私の痛い所を突く。

 

「……ッ!? なして知っとうと!?」

「若気の至りを叱ってくれるし、こうして人脈も広げてくれる。もうアンタは()()()の特別なんだよ」

「気に食わないです……栗原さんって桃香さんのなんなんですか!?」

「何……って?」

 

自分だけ知ってる桃香さんの内情をひけらかして……我が物で後方腕組顔してる彼氏みたいだ。それが狡いという一種の僻み。そんな子供じみた私の糾弾に彼女は肩を竦めて返す。この際、自分が桃香さんに特別扱いされているというのは一旦棚に上げる。

 

「ライブハウスのデビューがほぼ同期ってよしみもあったかな。ダイダスのメンバーとも話した事もあるけど……まぁ馬が合わなかったね。音楽で観客を捻じ伏せるって気概? 売れるってのをそういう風に解釈してた感じもあるし、実力主義って言われれば当たり前」

 

そういえば栗原さんもバンドマンだっけ。そんな話を確か桃香さんとしていたような。

 

「河原木さんも最初は上京してきて気が張ってたと思うんだけどね。お互いに喧嘩ばっかしてた」

「……てっきり、昔から親友みたいだったと思ってました」

「人には触れられたくない過去ってのがあるのよ…………大雪で都内の電車が殆ど止まった日があってさ。私も待ちぼうけで偶々入った知り合いのライブハウスに避難した訳。そこで河原木さんが出演する予定だったらしいんだけど」

 

前日ツアーの下見に行ったメンバーを他所に、自分だけバイトを理由に残っていたらしい。

 

「でも天気なんてお客さんにとってはそんなの関係ない訳。ダイダスの子達も帰りが間に合わないって状態で人はいるけど開店休業中。あの時の空気はお通夜そのものだった」

 

今でも鮮明に思い出せる。地下鉄ならどうにかなるんじゃないかとスマホ相手に悪戦苦闘していたと。

 

『音楽ってのは音が楽しいって書くんだよ……私らがお客さんを退屈させてどうすんだよ!』

 

拳を握って呪詛のように呟いた言葉。その本音はまさしく私がかつて信条としていたそのもので……だから声をかけたという。

 

『今日、何の曲やるの?』

『はじめてのハコだからコピー3曲、最後にオリジナル』

『……空の箱。アレンジマシマシならどうにかするけど』

『お前、どうにかって……』

『京急も止まってるから立ち往生してるギターを一人ヘルプで呼んだ。私ベースやるから…………準備して』

 

捨てる神あればとやらだ。そう呟いた彼女の表情は本当に幸せそうで。桃香さんも同じ気持ちだったのだろう。懐かしむ表情はきっと誇張じゃない。きっと歯車が噛み合った瞬間。

 

「河原木さんも勝手な事をって怒ってた……でも始めて心が通じ合った気がしてさ。そっからは時間との勝負。店長に頼み込んで試奏用のベースを借りて、知り合いにはこっちに来る迄に頭に叩き込んどけって本当に必死だったなぁ」

「それで……どうなったんですか!?」

「間に合わせたよ。あんだけ酷い演奏したのも久しぶりだったけど」

 

結局メンバーは間に合わなかった。というよりも、店内のテンションも平時と違っていたらしいけれどというオマケ付き。

 

「即席でよっぽどやらかしたのにさ。お客さんは『次の曲やれー!』『MCまだかー!?』って騒ぐ訳。アルコールの売れ行きが好調だったって店長は言ってたね」

 

そんな非日常のおかげで大層盛り上がったと。他のバンドも公共交通機関の運休を理由にすっぽかされてるから、喉が枯れるまでずっと演奏に明け暮れていたと。

 

「それからかな。連絡先交換して、偶に飯でも食いに行くかってなって」

「なんか……振り回されてる桃香さんって新鮮ですね」

 

桃香さんは誰よりも音楽が好きだ。音楽が好きな自分が好きだ。一緒に闘ってくれる観客が大好きだ。そう語る栗原さんの声に胸がチクリと痛む。そうか、あの人は私と会う前からずっと闘ってたんだ。

 

「だからダイダス辞める直前が一番やばかったかな。自棄酒に巻き込まれたし何度タクシー呼んだ事か。でも、井芹さんと組み始めたって聞いて安心したんだ。馴染みの店から呼び出される回数も減ったし」

「いつのまにか回収係に任命されてたんですね……」

「そんな生活も悪くなかったんだけどね、それもぱったりなくなった。最近は憑き物が落ちたみたいな表情でさ……ほら、早速だよ」

 

鞄から取り出したスマホのマナー音。その着信を受けて、栗原さんはスピーカーフォンのスイッチを押し込んだ。

 

『あー、委員長。まだ仁菜の家にいる?』

「委員長言うなッ! いるけどどうしたの?」

『講義料代わりに夕飯でもどうかってね。アイツに代わってくれる?』

「聞こえてます桃香さん!」

『なら丁度良かった。食材買い込んだらそっち行くよ、すばるも一緒だ』

 

日に日に増えていく家財道具はこの為か。()()()()春のパン祭りで仕入れたという強化ガラス製の平皿が食卓に並ぶ機会も増えた。

 

「ちなみに聞いてない? 私が家庭教師を引き受けた条件」

「いえまったく……」

「これからの河原木桃香をよろしくお願いします……かな。そのかかるべきであろう迷惑料って事で」

「えっ!? 桃香さんを!?」

 

そんなウチの娘をお願いしますみたく言わなくても……って、二人はそういう関係なんですか!? 私の反応を揶揄うように続ける。

 

「確かに今のバイト先は新宿のライブハウスだけど、大学と下宿は埼玉だよ? 川崎って実は遠くってさぁ。同じ()なら川越の方が良い。酔い潰れる度に呼ばれるとこっちの身が持たないって」

「ちなみに夜遅い時はどうしてたんですか……」

「終電間に合うなら伊豆に行ってお()ぃの所。まぁ……大抵は河原木さんの所に泊まり込みだけど」

 

高校時代の友人は本当によく電車通学していたと遠い目をした。

 

「そういう事で……私は大学四年生で卒論やら就活に忙しいんで、井芹さんにはお世話係を引き継ぐって事で。憧れの河原木さんと距離詰められるまたとないチャンスなんだけど?」

「あのーその。実はですね……もう色々と喧嘩する中でして」

 

私も勉強をそっちのけで話す。熊本から来た日。途方にくれる私に手を差し伸べてくれた。もう要らない物だと押し付けられたギター。雨の中、私を待っていてくれた。呑み明かした次の日には、そこのトイレに籠るようになった。田舎にいたままならきっと起こり得なかった奇跡って奴で。一通り私の独白を聞いて、なら安泰だねと彼女の口角が緩む。

 

「井芹さんってやっぱりロックだね、()()は誰にも止められないよ」

「仁菜って呼んで下さい。私も桃香さんに倣って委員長って返しますんで!」

「せめて下の名前にしてくれませんかね……」

「じゃぁ、ケイさんで!」

 

そう他愛のない話を何度も繰り返した。それを断ち切るのは聞き慣れたバンマスの声。

 

「よーお前ら、ちゃんとお利口に勉強してたか?」

 

相変わらずドアベルも鳴らさず桃香さんは入ってくる。部屋をぐるりと見渡した。そして余計な一言。

 

「部屋の中の物……何も壊れてないな?」

「ちょっと桃香さん!? いつ私が衝動破壊モンスターになったんですかッ!?」

「なーんだ。ニーナが暴走してるって聞いてたのにつまんなーい」

「すばるちゃんもッ!」

 

相変わらずこのドラマーはズケズケと踏み込んできてもう!

 

「お前らファミレスの時は散々険悪だったのに……どんな魔法使ったんだ委員長?」

 

何だか気持ち悪いな。その台詞に私はケイさんと顔を突き合わせて笑った。

 

「はいッ、同担歓迎って事で!」「まぁ……同担歓迎って事で」




でも予測可能回避不可能だかんね(プロット大幅に練り直す羽目になった)

頼れる大人が実際はクズなパターンをガルクラでもやるかって正直引いてる(相対的に常識人がプレアと智ちゃんに寄る)
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