紫桜は血の付いたフルートの掃除棒をやっとのことで見つけた小さな溜池で洗っていた。すこし赤が漂って下の方へ消えていく。この溜池はどれだけの深さがあるんだろう。
考え事をしていた紫桜は無意識のうちにつぶやく。
「・・・竜人間がいるってことは、悪魔とか天使とか鬼とか、いるんだろうか」
「うん、いるよ」
呟いていたことも返答が返ってくることも予測していなかった紫桜は何センチか飛び上がり、掃除棒を溜池の中から引き抜いて後ろを振り向いた。
目の前にいたのは、黒い狐のお面を被った青年だった。見た目的にはアーズと同じぐらいの年齢なのだが、竜人間の平均的な大きさやこの青年の正体を紫桜は知らないため、正確な年齢はわからなかった。いや、年齢も性別もどこから来たのかもわからない。青年と言ったが髪が短いだけで体つきも女と言われればたしかにといえる。声も中性的だ。
「いるよ。悪魔も天使も鬼も。ただし、この世界にいることはないはずなんだけどねぇ」
そういって青年は含み笑いをする。
「・・・誰」
「ああ、まだ言ってなかったね。僕は語り部。君を主人公とする物語の語り部さ」
「・・・?」
わけがわからなかったが、真実だと思えた。もしこれがまだアーズと出会ってなかったら、想像が達者な人とか厨二病だとか思えたんだろうけど。
「悪魔や天使や鬼だけじゃない。神様だっているし、エルフ、妖精、オーガ。皆いるのさ。だけど、それらを創ったのは君のような人間さ」
そう言って、青年は腕を少しだけ動かす。その時、ジャリッという音がして青年が手首に鎖を巻きつけているのがわかった。その鎖の片方は青年の手の中に、もう片方の先には飴のような、おいしそうな、大きな球があった。
「・・・語り部って」
「君の思ってるような感じであってるよ。物語を読んで、聞かせる。その物語の大抵は教訓があって、すべて実在する」
それから青年はしばらく考え込むようにして、そして言った。
「たとえばね、お祭り好きの少女の話とか、悪魔の親を持つ兄妹の話とか」
そこまで言って、青年は思い出すかのように目を細めて
「創造者・・・イーニアスの話とかね」
と言って森に吹く風に溶け込んでいった。
帰り道、綺麗になった掃除棒を握りしめて紫桜は青年の言ったことを考えていた。
(僕を主人公とする物語、語り部が語るのだったらそれにはきっと教訓があるのだろう。教訓があるからには、なにか試練がある・・・。いやな三段論法だな)
しばらく行くと、森の中央のものすごく広いはずだった空間はアーズが狩ってきた鹿や熊などでいっぱいだった。
「おー、お帰りー」
もともとアーズは全体的に赤かった。だが今やただの赤い塊と化していて、どっちが狩られたかわからないほどの血が付いていた。
「いいから、洗ってきなよ。あっちのほうに溜池あったから」
「じゃあ行ってくる。火の番たのむ」
そう言ってアーズは飛び立った。翼に付いていた血が広げた時に周りに散らされ、飛び立つと体のいろんなところから血がぽたぽたと落ちてくる。
紫桜はまた溜池に行きたくなかったので必死にそれを避けた。そして鹿を焼き始めた。
語り部
本名、性別、年齢すべて不明。どちらかといえば男性っぽい。
見た目は人間のようだが、実際はわからない。