道の真ん中を歩けば気にならないが、端っこに近づくと木々が日光を遮り僕に影を落とす。
人生みたいだな、と何気なく思った。
今までの僕はまさに道の真ん中、正道を歩んでいた。
とある貴族の使用人の息子。両親は先代と仲が良く、信頼しあっていたため息子の僕は当然のように使用人になった。とは言え、両関係にはある程度の年の差があったため、僕は先代の孫を主様としてお使いしていた。なんと同年齢。彼女の良いも悪いもすべて知っている。ずっと一緒に生きてきたし、これからもそうなると思っていた。
しかし、先代の急死、途端に本性をむき出しにした当主は、先代が愛していたものをことごとく破壊して回る。もっとも彼の寵愛を受けていたのは間違いなく僕だったし、真っ先に被害を受けたのも僕だった。
そしてついに、僕は首を宣告されたのである。
「はあ」
僕はため息をつきながら日陰を歩く。足を引きずるように、靴底を減らしながら。ざわざわと木々が揺れる音も、道端に咲いた花の色も、なんだか現実ではないような気がした。
だからだろうか、目の前にある光景を僕はすぐに理解することができなかった。
「ん?」
ボロボロの馬車だった。一見、走れるような状態ではないし、実際に走ってはおらず道の中心でただたたずんでいた。どうやってここまで来たのだろうか。この町と町の中心距離によくもまあ、と考えたところで、人が寝そべっているのが見えた。
いや、寝そべっているのではない。だが、僕はそれを信じたいと思えなかった。なぜなら、うつぶせになった人の腹部から、どくどくとどす黒い水たまりができていたのだから!
「……」
それでも僕が悲鳴をあげなかったのは、その死体が一つではなかったことと、明らかに争った跡があったからだ。
死体は大きく分けて二つにわけられる。身なりがしっかりしており、明らかにまっとうな職に就いているだろう少数の死体と、ぼろ布をまとい農具を武器にしてたたかった大多数の死体。
山賊だ。農民が食うに困り、ついぞその身を外道に落とした姿。もう一方はおそらく、商人とその護衛だろう。いくら、護衛と言えど多勢に無勢ではしのぎ切ることができなかったらしい。彼らの奮闘は、そばに落ちている血まみれの剣が証明していた。
「相打ちかな。報われない」
声にならない独り言をつぶやいた、その時だった。
かちっかちっ。
馬車の中で音がした。金属と金属をぶつけ合った音。火打石の音によく似ていた。大きくない音なのに、乾いた空気の中で嫌に耳に残る。
かちっかちっ。
青々とした自然の中、人工物の音が場違いのように響く、なら、きっと鳴らしている原因もまた人口であるだろう。
かちっかちっ。
僕は見たくなかった、だけど、その最悪の音が僕を馬車の中にいざなった。
かちっ、がちゃ。
「ああ」
声を出せば存在がばれる。そんな当たり前のことすら僕にはなかった。実際、奥にいた男はのそりと僕の方を振り返り、腐った瞳で僕の全身をなめ回した。
けど、そんなことに気が付かないくらい、気が動転していた。
なぜなら、大男がまたがっている下には、自分と同じくらいかそれより幼い少女の姿があったから。
「奴隷商人」
この馬車の持ち主は、そう呼ばれる職業だった。
彼女の首には赤く跡が残っており、その大男が手に持っている首輪が先ほどまで残っていたのは想像に難くない。先ほどまでの金属音は、首輪に鍵を入れる際に出ていたものだったのだろう。
しかし、それは善意で行ったものであるとは到底思えなかった。
「坊主、利口だな。そう奴隷商人。俺が何なのかわかるか」
汚い男だった。そして、威圧感あるこの声を当然汚かった。
「山賊……の親頭」
「そうだ、やはり利口だな。でももっと利口なら、お前のするべきことはそこで立ち尽くすのではなくさっさと逃げ出すことだったなあ」
男はにやりと笑うと、巨体を不自然に揺らしおもむろに立ち上がった。そこで初めて気づいた、彼の左腕には本来ついてあるべきものがないのである。
それでもなお、右手で腰の剣を引き、こちらに身構える姿には、自分一人では到底かないそうにない威圧感があった。
僕は腰に差している片手剣を引き抜き、相手に投げつけた。できることなら、たったの一撃で戦うことなくこの脅威を退けられたなら。しかし、そんな思いとは裏腹に山賊は軽く身をこなす。
「やはり坊主はバカだなっ」
奴が武器を失った僕に襲い掛かる。僕は慌てて馬車の外に飛び出し、落ちていた剣を拾った。
「意外と動けるな坊主。田舎のガキが王都に行って名をあげようってか?そうだよな、この道は王都に続く道だ。お前のような勘違いしたガキがな、この道を何十人何百人と通ってきた。けどなっ、誰一人としてガキがこの道を帰ることはない!」
大男は叫びながら剣を振り下ろす。僕は両手であるにもかかわらず、彼の一撃を受けきれずにいた。
「なぜだかわかるか!それはな、王都で野垂死んちまうか、帰ることにはすっかり
僕はうすうす、彼が僕に話しかけているのではなく彼自身に話しかけていることに気が付いた。彼の声には深い後悔があった。叫ぶ言葉の中には獣の慟哭に似た何かがある。
「田舎の馬鹿なガキはなっ、おとなしく田舎にいればよかったんだ。そうすりゃ、人手が足りなくなることもなかった!飢饉だってもう少しましになっていただろうさ、あと一年でも早く帰っていればな、あと一年でも早く夢をあきらめていれば!」
何度も衝撃を受けていると両手がしびれてくる。骨に伝わる衝撃が、男の強さを物語っていた。片手でこの威力、そしてこれ以上でも通じない王都の壁に、思わず負けてしまいそうになる。けど――
「けど、あなたには剣があった。夢を叶えずとも手に入れた強さがあったはずです!こんなことをして何になるのですか。あなたは夢を失い、部下を失い、片手を失った。それで、それで心まで失ってどうするのですか」
「ああっ!?そうだよクソ坊主、俺には強さがある。少なくともお前よりかはなぁ!この力を使ってどうしようが俺の勝手だろうがっ」
もう限界だ。汗がほおを伝い呼吸が荒くなる。きっと僕はさっさと逃げ出してしまうべきだった。来た道を引き返し、故郷に帰るべきだったのだろう。けど、僕はここから動くわけにはいかなかった。馬車の真後ろ、山賊が僕の方を向き、馬車に背を向けるこの場所から、逃げ出してしまうわけにはいかなかった。
僕は空気をいっぱいに吸い込み、叫んだ。
「いいですか、力とは!剣とは!ただやみくもに振るうものでありません。それは正しい心のもとに振るうべきなのですっ。弱者を助けるため、約束を果たすため、自分の身を守るためっ」
かつて、貴族の心構えを説いた先代、彼の教えは今でも胸に焼き付いている。貴族の義務を、強者の責任を、幸運の還元を僕に教えてくれた。
「クソ坊主が俺に説教を垂れるなあ!!」
「あなたに言ったのではありませんよ」
この場には、僕と、大男と、あと一人。
振るう剣は、最初に僕が与えた。
「くそ犬っ」
彼は即座に理解し振り返った、でも振り返らない方が良かったのかもしれない。そんな無防備に、首をさらしてしまうなら。
一突き、彼女にとっての戦いは、たったの一撃で決まってしまった。
鮮血が舞う。大男は倒れその上に彼女、先ほどまで首輪をつながれていた女の子が勢いのまま覆いかぶさった。
「っぁ」
大男は口を動かすが声は出ない。のどに剣が突き刺さっている以上、呼吸すら難しいだろう。そうしてしばらくけいれんしたと思うと、そのまま動かなくなってしまった。
僕と彼女は男がただの肉塊なるまで、動かず黙っていた。
そして完全な姿態になるのを確認してから彼女はゆっくり立ち上がる。僕はようやく、彼女の全身を見ることになった。
白い髪を短くそろえぼろ布を身にまとい、両手には血まみれの僕の剣が握られていた。けど、それよりも目を引くのが頭にあるその獣の耳だった。
「名前、教えて?」
高い声だった。
「僕はヴァンハット。人間のヴァンハットだよ」
「トーチィだよ。犬人族なの」
そう言って耳をぴょこぴょこと動かした後、腰から尻尾を手繰り寄せて「ほら」と見せてきた。
「尻尾。ここらへんじゃ獣人は珍しいかな。特別に触ってもいいよ。助けてくれたから」
お礼に差し出されてた尻尾に気持ちがゆれるが、初対面の女子に触るのは抵抗があった。
「気持ちはありがたいけど」
「でもお礼はしたい」
彼女は少し顔を曇らせた。その顔が幼なじみに似ていたからつい、口を開いてしまう。
「僕はこれから王都に行くけど、一緒に行かない?知り合いがいるのは心強いから……もちろん迷惑なら大丈夫だけど」
獣人の女の子はぱあと顔を明るくさせると尻尾を振る。
「私もねっ、ちょうど王都に行くところだったんだ。一緒に行こう?」
田舎の子供が二人。あの山賊が曰く、王都につながるこの道で僕たちのような子供はきっと何十何百人と通ってきたのだろう。同じような夢を掲げて。それでも僕は、自分の夢がちっぽけなものだとは思わない。
「トーチィさんは」
「トーチィ」
「……トーチィは、なぜ王都に行くの」
「うーん、私はねー」
ふと気になった。彼女もまた王都に向かう途中なら彼女は何を望むのだろう。
トーチィは首を傾げた後、過去を振り返りながら答えた。
「ここら辺ってさ、獣人の差別が根強く残ってるんだよねー。私も差別されて育ったから、強くなりたくて」
強さ、それを求めるのも当然のことだろうと思う。特に差別された側にとっては。
「強くなってどうしたいの?」
「私がねー強くなったらねー、あの時誰も助けてくれなかったけど、今度は私が助けるの。同じ目に合ってる獣人に手を差し伸べたいの。だから強くなるんだー」
その答えが僕の胸を強く打つ。何が正しくて何が正しくないのかわからない僕だけど、それはとても正しいことのように思えた。
トーチィののんきな、それと同じぐらい凛々しい顔がこちらを向いた。
「ヴァンは?」
「僕も……強くなるためかな。強くなって名を広めないといけないから」
「どうして」
彼女の単純な質問に、やはり単純な答えを返した。
「約束だから」
時間は少しさかのぼり僕が首を言い渡された後、僕の主人になるはずだった幼なじみはこう言った。
「これであなたとは他人ね」
「……そうだね」
彼女の言葉には何のとげもなく、ただ事実を確認するようであった。その淡白さに僕は少し悲しくなる。
他人、生まれてきてからずっと一緒にいる、これからも一緒にいると思っていた相手が他人。胸にぽっかり穴が開いたような、あるいは心に影が差したような、そんな憂鬱な気分になる。
彼女はどうだろうか。彼女には悲しい思いをしてほしくないのに、僕と同じぐらい悲しくあってほしいと少し考えた。
「知っていると思うけど、貴族と平民が友人になるのは難しいわ」
淡々とそう告げる。
「何の力もない平民と一緒にいると不平等だもの。そうなったら、浅はかな人間たちが次々と私に押し寄せて、なんなかの恩恵を受けようと必死になるでしょう。私そんなのごめんよ。私は私と特別な人間たちだけと過ごしたいもの」
「そうだね。君はそういう人間だ」
ならばこれでお別れだろうか。彼女の顔を見ると、唇がふるえ、涙がにじんでいた。
「だから、強くなりなさい。特別な人間に、貴族に見合う人間になりなさい。これは命令よ」
ほぼ叫ぶように続けた。
「私もすぐに後を追うわ。だから王都に行って強くなりなさい。わかったわね!約束よ」
約束されたのならしょうがない。僕は彼女の使用人だし、幼なじみだから。
「わかった。待ってるね」
そうやって僕たちは分かれた。再会を誓って。
「約束かー」
トーチィは考えるように上を見ると、ニコッと笑った。
「じゃあ、守らないとね」
「そうだね」
僕たちはまた道の真ん中を歩き始めた。日光が心地よい。
そこでふと思い出したことがある。町を出発する前に、幼なじみにこういわれたのである。
「仲間を作りなさいよ。あなたと私に釣り合うぐらいの」
これもまた難しい注文だった。僕は置いておいて、彼女に見合うだけの人間がいったいどれほどいるというのだろう。
横目でトーチィの顔を見た。
「なにー?」
「いや、なんでもない」
それでも彼女は大丈夫だろうな、根拠もないけどそう思った。