王都につく前に、トーチィと戦った山賊は指名手配であったらしくある程度の金額をもらった。あちらで生活するには金銭が必要だったし、自分だけでなく彼女の分もと考えるとかなりありがたかった。
田舎と王都では生活様式やルールがかなり異なっているだろうし、食事や宿屋など考えることが様々ある。王都につくことがゴールではない。それを知っててもなお、僕は感嘆の声をあげてしまう。
「「おおー」」
二人そろってなんて間抜けなんだろう。それでも、ずっしりとした石造りの建物がずらりと並んでいる姿。大通りを通る様々な人間、商人、市民、衛兵、奴隷……圧倒的な情報量を前に僕とトーチィはただ立ち尽くすことしかできなかった。
王都ノーベル。世界で最も大きな都市の一つ。何といっても、一つの都市の中に王城とダンジョンが二つ存在する異形の町。若者たちの夢の場所である。
「ヴァンハット!早く行こう。あれもこれも私が見たことのないものばっかりだよ」
尻尾を左右に振りながらトーチィは言った。彼女は犬の獣人で、犬人族と呼ばれている。獣も耳と尻尾を持ち、そのほかにも人間とはかけ離れた能力を有している。
「それはそうだけど……行くってどこへ?」
「もちろん冒険者ギルドでしょ」
冒険者、あらゆる荒事をこなす職業であり、ここ王都ノーベルでは特別な身分にある。例えばここが田舎であるなら、冒険者事態はそこまで重宝されることはない。だが、ダンジョンが近くに存在するこの場所では、彼らは貴重な資源を運んでくる英雄であった。もちろん、彼らを管理する組織も存在していて、それが冒険者ギルドである。
僕としては冒険者ギルドに行く前に、宿屋などの生活に必要なほうを確認しておきたかったけど、それらの情報を集めるにしてもまずは彼女の案に乗った。
東の城門から入って、そのまま大通りに沿って歩く。右手側には王様の住む城が、左手側には冒険者の挑むダンジョンがそれぞれ見えていた。正反対の力の象徴が対をなすように存在するのがこの都市の特徴だった。
「ここかな」
目の前にはここらで一番大きな建物があった。出入りする人の装備からおそらくここが冒険者ギルドなのだろう。早速入っていこうとすると、トーチィに袖を引かれた。
「どうしたの」
「あの人を見てみて」
彼女が目で促す先には一人の青年が立っていた。短くそろえた前髪と大きなリュックを背負っていて、緊張の面持ちである。王都に来て一番王都らしくない人間であった。
「多分あの人も始めて王都に来たと思うの」
おそらくそうだろう。彼もまた王都の魅力にひかれてやってきた一人の青年に違いない。
「ねえ、話してみようよ」
「うーん」
僕が迷っている間にトーチィはさっと前に出て彼の前まで行ってしまった。どうにも彼女は他人との距離感が短いらしい。あるいは警戒心が少ないというのか。
「あなたも冒険者になるの?」
「あっ?……おう」
彼は一瞬話しかけられたことに動揺にしたが、相手が自分と同じような少女とわかるとほっとしたように緊張を解いた。そのまま自尊心に満ちた笑顔を見せる。
「俺の名はスピアだ。あんたらは」
「犬人族のトーチィだよー」
「……ヴァンハットです」
彼女が間髪入れずに答えるから、僕も名乗らずにはいられなかった。僕たち三人はそのまま冒険者ギルドに入りいくつかの手続きを踏んだうえで正式に冒険者となった。ただ、ギルド内にいる間他の人から注目されるのは居心地が悪い。警戒、というよりは品定めのようである。
「このままダンジョンに潜ってしまおう」というスピアにトーチィが賛成したが、僕が嫌がったのと一応初心者向けのガイドを翌日行うことになっていたので取りやめになった。
ひとまずはギルドの受付に聞いた宿舎に向かう。
「さっさとダンジョンに潜らせろってんだ」
スピアが不貞腐れたように言う。
「僕としては安心したけどね。まだ勝手がわからないから」
「勝手?」
トーチィが聞き返す。確かに今のはわかりにくいなと思い言い直す。
「ルールといった方がいいかも。冒険者の間にも暗黙の了解というか、守るべきおきてがあるだろうから。よそ者の僕たちはそれがわからないでしょ」
それもそっかとトーチィが納得した。ただ、スピアは不満げである。
「俺はそういうみみっちい約束事が嫌いだから故郷を飛び出したんだよ。あいつら伝統とか掟とかにうるせえんだ。単純な強さでは絶対に見ない」
吐き捨てるようなセリフに共感する点もある。確かに、田舎では一人で生きていく強さよりも集団で生きる協調性を重んじることは多々ある。結果として各々の役割が変わることはない。村長の息子は村長に、花屋の娘は花屋になる。個人の能力ではなく、今までそうだったからで物事が決まるのはスピアのように我が強い人間には向いていないだろう。
とはいえ、ある程度の集団にはどうしてもルールが必要である。
「僕はある程度規則に従うよ。余計な争いはしたくないし」
「ヴァンが言うなら私も」
「ちぇ」
宿屋につく前に軽く食事をすることになった。冒険者ギルドにも食堂はあったけど、じろじろ見られながら食事をするのは抵抗がある。結局、大通りに面しているそこそこ大きい大衆食堂に入った。料金は高めについたが、王都の相場はわからないし量も質もよかったのでトーチィは見るからにご機嫌になった。
これからもスピアとは行動を共にするだろうから、三人の境遇を話し合うことになり、ここまでのあらましを一通り語った。
「道中で山賊と戦ったのか。いいなそれ」
「いいことではないよ」
「そうか?金も手に入ったんだろ。それに、冒険の始まりって感じもするし」
彼はそれが本音であるのを示すように、目を大きく開いて興奮したようにいった。けど、こちらにしてみれば迷惑なだけである。いや、僕はまだいい。けどトーチィはどうだろう。彼女はただでさ奴隷にされかけただけでなく、山賊にひどい目にあわされそうになったのだ。配慮のないスピアの発言にちょっと不快になる。
しかし、トーチィは口をへの字に曲げ「いい人そうに見えたのになぁ、あの商人」と自分をだました奴隷商人にの感想をこぼしている。思ったより平気そうである。
「スピアはどーなの?」
「俺はまあ普通だよ。道中も面白いことなかったし、村自体もなぁ」
「君以外に王都に行った人はいないの?同じタイミングじゃないにしてもさ。先輩に色々聞いておくのが一番いいと思うから」
「確かに伝手とかあればいろいろ楽だよな」
あーと少し考えて
「いないな。俺が知らないだけかもしれないけど、頼りになりそうな人は誰も」
「私もー」
同郷の人がいればあやかろうと思ったけど、いないのならしょうがない。意気消沈した二人に申し訳なくなって僕は慌てて言葉を付け足した。
「僕の方には少し心当たりがあるからさ。まだ王都にいたら紹介するよ」
でも、だいぶ前から手紙が届かなくなったからまだ生きているわからない。あまり希望を持たせるようなことはしたくなかったけど、一応二人に伝えておいた。
「へーそれはありがたいな。名前はなんていうんだ」
「トーチィだよ!」
「お前に言ってんじゃねえ」
「ガースさんだよ」
頭の悪い会話を置いておいて、ガースさんは僕と同じ村で育ちみんなの兄貴のような存在だった。たぶん、僕が会いに行っても嫌な顔をしないだろう。豪快な性格で夢見がちだったけどだからこそ王都が似合うような気がした。まだ生きてるならもう一度会っておきたい。
「じゃあー、当分の間はギルドが開く初心者ガイダンスに参加して、できるならヴァンの先輩であるガースさん?を探すことになるね」
「そうだね」
「はあ」
スピアは不満たらたらのようだけどひとまずそういうことになった。
会計を済ませて食堂を出ると、そのままギルドに紹介された宿屋に向かった。宿泊代と食料代を考えるとあまりゆっくりすることはできなさそうだ。山賊の賞金をもらった僕たちでさえきついからスピアはもっとつらいだろう。
重い足を引きずりながら宿屋の手前まで行くと、路地に人が座っていた。シートを広げ上に様々なものを置いてある。おそらく商人なのだろう。
「いろいろおいてあるな」
真っ先に興味を示したスピアは、あれこれ手に取る。商人はにやりと嫌な笑顔を浮かべ嬉々として説明した。
「へへっ、あんたら冒険者の卵だろ。ここら辺の宿屋にはあんたらのような奴が良く泊まるからさ、冒険者向けの商品をそろえているんだぜ」
彼のいう通り、売っているものは冒険者に必要そうなポーチ、武器、よろいやマントなどである。ただどれも使った形跡があり中にはかなり年季の入ったものもある。
「どうせなら新品を買いたいなー」
トーチィがのんきそうに答えた後「ねっ?」とこちらに同意を求めた。
「俺も最初はいい武器が買いたいぜ」
得物は冒険者のほこりだからな。ロマン派のスピアらしい答えだ。けどあまりお店の前でそういうことは言わないでほしい。完全に冷やかしみたいだから。
「手痛いねぇ、ならさっさとどっか行っちまえ。うさぎちゃんたち」
商人は手で僕たちを追い払う。うさぎちゃんという言い方に違和感があるがあるが、王都版のひよっこみたいな意味だろうか。
彼に背を向けて宿屋に向かうと、僕に向けてささやくように言った。
「うちは買取もやってるぜ」
まだ冒険者をやめる気はない。彼を無視して先に進んだ。
宿屋は意外と小ぎれいであり、値段もそこそこだった。手元にあるお金を計算すると食事も含めて三日は持ちそうだ。
三人分の部屋を借り、中に入ると狭いものの寝泊まりするには十分であった。無理をすれば二人ぐらい入れる。鍵付きであることも大きい。
ベットに腰掛けると木のきしむ音が小さな部屋によく響いた。日が沈み窓からは何も見えない。寒そうな風がガラスをがたがたと揺らしていた。
「寝よう」
明日からギルドのガイダンスだ。あれこれ考えるのは明日からでいい。
シーツの上に寝っ転がると清潔な布のにおいがした。なれない寝具を使うとたまに自分が何者かわからなくなる。自分のにおいがしない新品のベットは他人みたいでよそよそしかった。いつか、この部屋になれる日が来るのだろうか。
不安を抱えながらもやはり疲れていたのか、気が付かぬ間に眠りに落ちていた。
がちゃり。
扉の開く音で目を覚ました。同時に失敗に気づく。僕はこの部屋の鍵を閉めなかったのか。自分の愚かさに嫌気がさす。
ぎぎっ。扉のきしむ音が心臓に響く。武器は手に届く位置にない。相手は僕が起きていることに気が付いているだろうか。
足音が近づいてくる。僕のすぐ横まで来て、肩に手を置いた。
僕は手を握り侵入者の顔を殴りつけようと思った矢先――
「ヴァン?」
「驚かせないでよトーチィ」
暗がりにいたのはトーチィであった。彼女は僕が起きていたことを理解するとそのままベットの中に潜り込んだ。ぬくもりが肌に触れ、柔らかいにおいがした。あまりに予想外な行動で僕は何もできずにいる。
「どうしたのー?」
彼女は何でもないように聞いた。
「それはこっちのセリフです」
同じベットに二人で寝るのはいつ以来か。少なくともまだ男女の垣根があいまいだったころである。
トーチィは尻尾を僕の腕に絡ませて、少し考えて「ダメなの?」と聞いた。
「理由によります」
本当は理由の有無にかかわらず断りたかった。彼女の考えがわからない。というか普通に怖い。
「理由が必要?」
「当たり前です。怖いので」
「そう。私も怖い」
じゃあ潜り込むなよ。そう言いかけた。でも、彼女が震えているのを見て何も言えなくなった。
「怖いよヴァン。村でいじめられて、それが嫌で飛び出して、信用した商人に裏切られて、山賊にひどいことされそうになって。誰を信用したらいいのかわからないよ」
昼間は平気そうに見えた。今までだってそう。でも、きっと無理をしていたのだろう。誰も信用できない村で生まれて、それが嫌で飛び出した世界が信用に値しない。外の世界にも求めていたものがないと知ったとき、彼女はどれほど傷ついただろうか。
「大丈夫だよトーチィ」
頭をなでながら、何の確証もない言葉を吐いた。
「大丈夫」
僕だってこれからどうなるのかわからない。もっとひどい目に合うかもしれない。大丈夫な要素なんて一つもなかった。それでも、僕は繰り返し呟く。
「大丈夫」
半ば自分に言い聞かせるように、何度も何度も。
「ありがとう。ヴァンがいて本当によかった」
彼女は消え入るような声でそう言ったきり、眠ってしまった。僕もそうした。できることなら、早く朝日が昇ってほしかった。