深夜のミレニアムタワー。
セミナーをはじめとした、ミレニアムの主要な部活や委員会が入っている、キヴォトスで技術の最先端を担うミレニアムの象徴ともいえる巨大タワー。
昼間は、多くのミレニアム生が、日々未知の追求や新技術の開発に尽力し、活気があるを通り越して、暴動一歩手前の騒ぎすら起きるくらい、慌ただしい場所。
そんなミレニアムタワーも日も暮れ、深夜となった今の時間では、生徒たちは下校し、自分たちの寮へと帰ったためか、すっかりその喧噪も消え失せている。
いつもであれば居残りの生徒も数名はいるのだろうが、今日はもうタワー内に誰も残っていないのか、部屋や廊下を照らす照明は全て消され、真っ暗な暗闇が続くその場所は、ほんらいなら正反対である廃墟と同じくらい人の気配を感じられない空間となっていた。
普段のミレニアムタワーを知る物がみれば、異常と言えるであろうその廊下を、少女は一人歩いていた。
少女は、あの一室から飛び出るとミレニアムタワー正面入り口に向かった。
いくら少女自身があまりこの場所に近づこうとしなかったとはいえ、ミレニアムタワーは普段から多くの人の出入りが行われているため、どこから入ることが出来るのかは少女も知っていた。
少女は中に入ろうと扉に近づくが、当然ながら開くわけがない。
「…………むぅ。開きませんか。」
少女はどうしようかと周囲を見渡すと、扉の横に施錠や開閉の操作を行うための電子パネルがあることに気が付いた。
「おお、なるほど扉を開くための謎解きですね。」
少女が電子パネルの下に行き、操作を行うとパスワードと学生証の認証を要求されるが、少女はそれを無視しパネルの操作を続けると、なんと扉のロックを解除することが出来た。
そして、開いた扉より中を覗き込み、辺りに人の気配がないことが分かると少女は慎重にタワーの中へと歩を進めていった。
「んーーー。これは、スニーキングミッションのようですね。」
そんな訳で、タワー内への侵入に成功した少女は、特に目的地があるわけでもなく、あてもなく施設内を歩いていた。
第三者が聞けば、わざわざ夜中に侵入したのに目的は無いのかよ!!っと突っ込まれるかもしれないが、少女はまだ目覚めて日が浅く、キヴォトスの事どころか一般常識すら曖昧な部分もあり、今自分が行っている行為に問題があることだと思っていない。
そもそも少女がここに来るのは初めてのことであり、建物内部のことは全然知らない。
その上、来た理由がここに来れば何かが変わるんじゃないかという少女の願望が多分に含まれた、予感から来た突発的な行動なので、明確にここに行こう意志を残念ながら少女は持っておらず、只時間だけが過ぎていく。
しかし、少女はそんなこと気にした様子もなく、ミレニアムタワー内を進んでいく。
普通のミレニアム生であれば、暗いとはいえいつもと変わらないミレニアムの風景であり、なんら特別なことは無いのであろうが、少女にとっては初めて目にする光景に興味深々なのか、せわしなく首を振りながら周囲を見て瞳を輝かせている。
その瞳の中に、なぜか若干の懐かしさを感じさせながら…………。
その様に少女が歩いていると、まるで何かに導かれるようにとある一室の前で、少女の足が止まった。
「ぁ、…………ここは。」
その扉は、廃部予告書やゲームのポスター、そして『開発中 邪魔しちゃダメ!』と書かれた看板が下げられている。
少女は、一度視線を扉の上に取り付けてあるネームプレートに向けると、目の前の扉に手をかけた。
不思議なことにその扉には鍵やロックは掛かっておらず、何の抵抗もなく扉は開いた。
少女は、扉が開くことが分かると、一度小さく息を吐き意を決して部屋の中に入っていった。
少女の入った扉のネームプレートには、『ゲーム開発部』と書かれていた。
少女が入った部屋の中は、そこそこ大きな部屋であるが、壁には何かゲームキャラクターのイラストやポスターが所狭しと貼られ、床は一面にゲームのコントローラーや雑誌、何かの企画書、携帯ゲーム機、飲みかけのペットボトルやお菓子の袋、エナドリの缶が散乱し、なんだかごちゃごちゃした空間であった。
少女は、興味深そうにぐるりと見まわすと、部屋の奥に備えてあったテレビとそれに接続されている一台のゲームが目に留まった。
「あれって…………。」
少女は、床に散らばっているものを踏まないように注意しながら、そのテレビに近づきゲーム機を手に持ってみる。
観察するように持っているゲーム機の隅々までよく見ると、『テイルズ・サガ・クロニクル3 試作品!』との文字が刻印されていた。
「…………。」
少女は、ジッとそのゲーム機の文字を凝視すると、やがてゲーム機を元の位置に置くと、ゲーム機を起動した。
『GAME START』
ゲーム機の起動音と共に、接続されていたテレビ画面にゲームが起動したことを告げるメッセージが表示される。
その画面をじっと見つめながら、少女は近くに置いてあった青色のコントローラーを握り、その場に座った。
少しすると、ロードが終わったのか、画面のメッセージが変化しタイトル文字とゲームの開始画面が表示される。
『テイルズ・サガ・クロニクルー3-』
▶ New game
Continue
少女は、表示された画面を見て、一瞬迷ったがNew gameを選択した。
――――それから、数分後。
GAME OVER
少女の操作するキャラはあっけなくやられてしまい。ゲームオーバーになってしまった。
「あぅ…………。やられてしまいました。」
少女は、少し肩を落としながらも、やる気の籠った目で、GAME OVERと表示されている画面を見つめている。
どうやら少女は諦めるつもりはない様子で、すぐさまリトライを選択し、ゲームを続行していく。
―――――――それから更に数時間が経過した。
朝方になり、外が少しずつ明るくなってくるころ、少女のゲームプレイは終盤に差し掛かっていた。
流石、あのテイルズ・サガ・クロニクルの続編ということもあって、シナリオは一部何が何だか分からないとんでも展開が繰り広げられているは、クリアさせる気があるのか分からないような難易度のステージはあるは、そもそも試作品ということもあり、バクによる進行不可などといったことも頻発するは…………とにかく楽な道ではなかったらしく、少女の瞳は若干すすけていた。
それでも少女は、投げだすことも諦めることもなく、最後までこのゲームをプレイしようとしていた。
その理由は少女自身もわからない。…………しかし、どうしてもそうしたいと少女は自身の中にある感情に従って、コントローラーを操作していく。
そしてついに―――――――
「…………あと、もう少しです。――――これで、とどめです!」
『GAME CLEAR!!』
ラスボスであろう魔王に最後の一撃を決めて、見事エンディングにたどり着くことが出来た。
画面内では、勝利のファンファーレが流れ、勇者とその仲間たちが互いの健闘を讃え喜び合っている様子が流れる。
少女は、疲労感を感じつつも最後までプレイし、ゲームクリア出来たことに嬉しそうな笑顔を浮かべ、その画面内の…………自分が操作していた勇者と仲間たちを眺める。
どこか眩しい物を見るように瞳を細くしながら、ジッと画面を見ていると、エンディングも終わりタイトル画面に戻ってしまった。
少女は立ち上がり、ゲームの電源を落とそうと立ち上がると、先ほどは気付かなかったが横の壁に一枚の写真が貼られているのに気が付いた。
少女がゆっくりとその写真に近付き、写真に写っているものを見ると、
「―――ッ」
そこには、ゲーム開発部全員と先生が嬉しそうに一枚の賞状を掲げている様子だった。
この写真はあの時、アリスがゲーム開発部の仲間になって初めて成し遂げた、勇者アリスの始まりの物語。
ゲーム開発部の廃部と言うピンチを仲間たちと協力し、『テイルズ・サガ・クロニクル2』と言う功績を生み出し、見事ピンチを乗り越えた。
これは、その時の写真。
その写真の中の皆は全員嬉しそうな笑顔を浮かべ、互いに喜び合っているのが容易に想像できた。
………まるで、先ほどのゲーム内に出てきた勇者たちの様に。
「…………やっぱり………わたしは、貴方では…………アリスではありませんね。」
少女はそういいながら、写真をいとおしそうに撫でると、今度こそゲーム機の電源を落とし、ゲーム開発部の部室から退出した。
その時、少女の耳にこちらの方に向かって来る複数人の足音が聞こえて来た。
少女は慌てて、足音の反対側にある廊下の曲がり角まで走って身を隠した。
なぜ身を隠したのか、少女は理解出来ていないが、今は誰にも出会いたくなかった。
それでも誰が来たのか気になったのか、少女はコッソリと廊下の角から顔をだし、先ほどの部室の方をみた。
「はぁ~~~。昨日も結局手がかりゼロか~~~。」
「まあ、しょうがないよおねえちゃん。見たって人もまばらなんだし。」
「う、うーーん。それでも、結構な人数なのに…………ここまで手掛かりがないなんてね。」
そこに居たのは、互いにそっくりな見た目の猫耳のヘッドホンを付け、片やピンク色のラインが入った尻尾をなびかせている活気そうな少女、片や緑色のラインが入った尻尾をなびかせている落ち着いている少女、そして長くもこもこな赤髪を生やし、オドオドしている少女。
――――――そして。
「はい!この探索クエストは、中々難易度が高いとアリスは思います!」
自分とそっくりな見た目をした少女。
写真で見た見た目そのままのアリス含めたゲーム開発部のメンバーがそこには居た。
「あの人、たちが………。」
ゲーム開発部の皆は何か話し合っているようだが、少女のいる位置が離れており、会話を正確に聞き取ることが出来ない。
いやそもそも今の少女にはそな余裕のなどないのだろう。
少女はゲーム開発部のメンバーが見えてから目を離すことなく、彼女たちの方を見つめている。
はっきり言って、自分と彼女たちとは、何の関係もない赤の他人同士だ。
自分がアリスと同じ見た目をしているからと言って、だからどうしたと言われれば、それはその通りなのだろう。
そのことに少女は分かってはいないが、直感的に察していた。少女は無垢ではあるが、決して無知ではない。
もし万が一にでも、彼女たちに拒絶されたかと思うと…………自分をアリスと間違われてしまうと思うと、どうしても踏み出す勇気が湧いて来なかった。
だから、少女は今こうして眺めることしか出来ない。
その様に眺めていると、ゲーム開発部の皆がやって来た方からまた複数人の足音が聞こえて来た。
その足音の主は、どうやらゲーム開発部の皆に用事があるらしく、迷うことなく真っ直ぐアリス達の下にやって来た。
“やあ、おはよう皆。今日も朝早くからだね。”
「あ!先生、おはよう!」
やって来たうちの一人は、このキヴォトスに一人しかいない大人の男性。
先ほど写真にも写っていた、言動や表情から優しそうな雰囲気を感じさせる『シャーレの先生』だ。
先生がアリス達と挨拶を交わしていると、少し後ろから来た生徒達ががアリス達に声を掛けた。
「――ッ!!」
その生徒達の姿を見て、少女は息が止まりそうな衝撃を受けた。
なぜならその生徒達は…………、
「やあやあ!ゲーム開発部の皆、朝から元気が良くていいね!!でも廊下のど真ん中で騒がしくしちゃいけなよ!」
「一番騒がしくしてるのは部長ですよ。先生、ゲーム開発部の皆さん、おはようございます。」
「はーはっはっは!我、降臨!!皆の者出迎えご苦労!!」
「あら~~、本当に朝からみんな可愛いわ~~。………今から転部ってできないかしら。」
つい先日、少女と一緒に過ごしたあの新エネルギー開発部のメンバーたちであったからだ。
少女の目の前では、合流した新エネルギー開発部の皆と先生、そしてアリス達ゲーム開発部の皆が何かを話し合っているが、少女の耳には届かない。
少女は、目の前の光景、皆が楽しそうに会話している様子を見ると、俯きながら走ってその場を後にした。
もうこれ以上、あの光景を見ていたくないように、否定するように、
少女は、逃げるようにミレニアムタワーを飛び出していく。
今はもう………何も考えたくなかった。
□□□
少女が行き着いた先は………廃墟区内。
新エネルギー開発部の皆と共に実験を行った、少女が初めて誰かと過ごした場所。
少女はそこで一人、へたり込むように座っている。
思い出すのは、先ほどの光景。
アリス達と先生、そして新エネルギー開発部の皆が
その光景をみて、少女は…………羨ましいと感じてしまった。
ゲーム開発部の部室で、少女はアリスではないことを、アリスにはなれないことを改めて実感した。
しかし、それでも、いやだからこそなのかもしれない。
少女にはない物を持っているアリスが、少女の居たい場所にいるアリスのことが、どうしようもなく眩く見えてしまった。
そして何より、新エネルギー開発部との繋がりは自分が紡いだものだったはずだ、…………しかし、それすらアリスの物になってしまっている、他でもない自分が付いた噓のせいで。
きっとこの数日間自分が関わってきた他の皆もそうだ。
皆と繋がっているのはアリスの方だ。…………自分ではない。
「…………私は…………どうすればいいんですか。……どうしたら良かったんですか。」
誰に言うでもない、そんな言葉がポツリと少女の口から漏れだす。
その声は誰にも届くことなく、あの夜と同じように廃墟の空間へと消えていく。
『それなら………あなたがアリスになればいい。』
少女が廃墟の中で膝を抱えうずくまっていると、突如そんな声が少女の頭に響いた。
「え!?だ、誰ですか!?」
少女は辺りを見まわすが、そこには来た時と変わらない廃墟の風景がただ広がっているだけで、少女以外の気配は無かった。
しかしそれでも少女の頭の中の声は治まることなく、言葉を続けていく。
『あなたがアリスとして生きればいい。アリスの物を全て奪い、アリスとして、あの空間にあの陽だまりの中で過ごせばいい。』
「そ、そんなのダメです!そんなこと!!」
『なにをためらう必要がある。あなたなら十分にアリスになれる。いや、あなただからこそアリスになる事が出来る。』
「ち、ちがっわたしは、アリスじゃ………」
『羨ましいのだろう………妬ましいのだろう、アリスのことが…………。だったら、いいではないか、欲したものを手に入れても。邪魔なものを全て排除して、あなたのなりたいものになっていいじゃないですか………。』
「そ、それは………っ」
『自分が誰なのか、自分自身で決めるもの………だから自分のなりたいものなっていい。でしたか、ならあなたも遠慮などせず、自分の心に正直になっていいんですよ。』
「ちがう!ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!!!わたしは…………アリスになりたいわけじゃっ!」
少女は自身の頭に響く声を必死に否定する。
違うと何度も何度も頭振るい、その声を聞かないように耳を閉じる。
しかし、その声は止むことなく、それどころか少女自身にはっきり伝わるよに最後の言葉を言った。
『………いいえ違いませんよ。…………何せ、あなた。』
『
「あ、ああ…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!」
それは少女にとって決して気づいてはならなかった真実。
少女自身が薄く気づいていたがそれでも目を逸らし続けた残酷な現実。
それは、幼いと言う言葉では、足りないくらい、未熟な少女にとって耐えられない現実であった。
ガシャン…………
いま、少女の中で何かが砕ける音がした。
「プロトコル……ATRAHASIS…………起動開始。」