『アトラ・ハシースの方舟』
それは少し前、キヴォトスの空が赤く染まり、各地で『虚妄のサンクトゥム』を始めとした色彩によって引き起こされたキヴォトス全土を巻き込んだ大騒動。
間違いなく、あと一歩でキヴォトスが滅亡してしまっていたかもしれない。そんな事態の中心部となっていた場所。それこそが『アトラ・ハシースの方舟』と呼ばれる空中要塞だ。
いま私の視線の先にそれとよく似た強大な球体が、あの時、上空75,000メートルで見た時と同じように、静かに鎮座している。
いや、しかし――――
「あり得ないよ!だって、あれって先生やみ私たちみんなで壊したはずだよ!!」
モモイが目の前の光景が信じられないと言った表情を浮かべている。
他のゲーム開発部の皆もモモイに賛同するように激しく首を縦に振るっている。
ネルは、ああ、そうらしいな……。といいながら苦虫を嚙み潰したような表情で、あの球体を見ている。
「だが、現にあたしらの目の前にあれがあるのは事実だ。一体どういう訳なのか見当もつかねえが、あれがこの異常事態の現況なのは間違いねえ。その証拠に……ほら、あそこ見てみろ。」
ネルが示した方向には、同じくC&Cメンバーであるカリンとアカネが大量のAMASやドローンの軍隊を待機させており、その横でトキが自前のパワードスーツ『アビ・エシュフ』を装備した状態で周りを警戒している。
「他の地区とは違って、この廃墟区内ではどういう訳か電力を吸われねえみてえだ。だからドローンやAMAS、トキの武装を使うことが出来る。……アカネが言うには、ミレニアム中の電力が集まって来てる中心がここらしいから、影響が出ねえじゃないかって言ってた。」
「じゃあ誰かが、あれを使ってミレニアムの電気を盗んでるってこと!?一体なんのためにさ!」
「んなこと、あたしの方が聞きてえよ!とにかく、いま分かってることはあれをどうにかしねえと不味いつうことだけだ。」
ネルの言うことは正しい。今までの状況から判断して、あれが間違いなくこの異常事態の元凶である可能性は高い。
となると、あれが本当に『アトラ・ハシースの方舟』である可能性も上がる。
しかし、先ほどのモモイの言う通りでもある。
あの時出現した『アトラ・ハシースの方舟』は、それに対抗する兵器『ウトナピシュティムの
だというのに……なぜここに。――――まさか……。
私があまりの状況に頭の中で情報が処理しきれなくなっていた時、突然隣にいたアリスが苦しそうに頭を抱えうずくまってしまった。
「うっ、うううう……っ。」
「アリスちゃん!?どうしたの!?しっかりして!」
「ッ!おいっチビ!しっかりしろ!」
アリスの様子に傍にいたユズとネルが慌てて駆け寄り、アリスに呼びかける。
モモイとミドリ、アスナの三人もアリスの下に駆け寄ると口々に心配そうに声を掛ける。
しかし、余程痛みがひどいのか、アリスはみんなの声に反応することなく、依然として頭を抱えている。
「あ、たまの中に……なんなんですか………こ、れ……。」
“アリス!!しっかり!一体なにが……。―――みんな、いったんここから離れよう!”
「うん!早くアリスをお医者さんに連れて行かないと!!」
私はこの場所に居るみんなと一緒に一旦ミレニアムタワーに戻ることに決めた。
来たばかりで、とんぼ返りになるが、正直今すぐあれをどうにかできるとは思えないし、何よりもアリスの体調の方が心配だ。
私は未だ苦しそうにしているアリスを抱えようと手を伸ばした。―――その時
『ヒヒッ……、見つけた……。』
そんな不気味な声が聞こえたと同時にあの黒い球体が脈動するように動き始めた。
“え……。な、なに?”
「先生まで……なにかあったか!」
「いや、なにか声が聞こえたような気が……。」
私がそう答えようとした時、モモイとミドリの焦った声がその場に響き渡る。
「先生!みんな!あれ見て!!あれ!!」
「何かこっちに向かってきます!!」
ミドリが黒い球体がある方向に向かって、指を指している。
その先に私たちが視線を向けると…………今まで一体何処にいたのか、大量のオートマタの軍団がこちらに向かって走って来ていた。
「リーダー、大変!!あいつら真っ直ぐこっちに向かって来てる!!」
「チッ!こんな時に――アスナ!お前はカリンとアカネと合流して、あいつらをここに近寄らせるなって伝えてこい!!あたしはトキとあのポンコツロボ共を掃除する!!」
「オッケー、リーダー!すぐ伝えて戻ってくる!」
C&Cとして今まで数多くの戦場を経験している二人は、こんな状況においても極めて冷静に行動を開始する。
アスナは、カリンとアヤネのもとにいち早く駆け付けると、大量のAMASを殿として向かって来るオートマタにぶつけ時間を稼ぐ。
ネルはアスナたちの方を一瞥したのちトキと合流すると、オートマタの軍団に向かって行った。
残された先生とゲーム開発部は、動けないアリスと戦えない先生を守るように銃を構えて、オートマタの軍団が向かって来ている方向を警戒している。
先生も現状をなんとかしようと苦しんでいるアリスを庇うように前に立ちながら、必死に戦場を把握し打開策をを考えている。
全員が、アリスを守るように彼女の前に立っていた。
…………それが、いけなかった。
「きゃああああーーーーーーー!!!」
突如、アリスの絶叫が先生たちの
先生たちが驚き後ろを確認すると…………そこには先程までそこに居たはずアリスの姿がなかっく、いつもアリスが持っていたレールガンだけが横たわっていた。
「「「“アリス(ちゃん)!!?”」」」
アリスが消えたことに驚いた先生たちが焦って辺りを見まわすと、少し離れたところに複数のオートマタがアリスを抱えて、廃墟区の中心部に向かっている姿があった。
アリスは必死に抵抗しようとしているが、本調子でないことと複数のオートマタで抑えられているせいで、抵抗できずに連れ去られている。
「先生!!あそこにアリスちゃんが!!」
「連れ去られてる!」
「この~~っ!アリスを返せ!!」
アリスを取り戻すためにモモイが先頭でオートマタ達に駆け出し、その後を追うようにミドリとユズ、先生が走っていく。
しかし、その行く手を阻むようにどこからともなく現れた別のオートマタ達がモモイ達を邪魔するように立ちはだかる。
「ッ!?どいて!!」
モモイが目の前に現れたオートマタに向かって銃を乱射する。
意外なことにオートマタは撃たれてなお、特に反撃してくる様子もなくまともにモモイの銃弾をあびる。
しかし、いくらも相手が無抵抗で弾丸を受けてくれるといってもモモイの銃では、一発で相手を破壊できるほどの威力は出せない上に邪魔するオートマタの数が多い。
モモイも一生懸命前に進もうとオートマタを倒すが、直ぐに先に進むことができずに立ち止まってしまう。
「~~~っ、この!」
“モモイ!”
「お姉ちゃん!」
「モモイ、アリスちゃんは!」
そんなモモイの下に先生たちも追いつき、今度はミドリとユズを含めた三人がかりで、オートマタ達を退けようと攻撃する。
先程のモモイだけとは違い、自分と息の合うミドリの援護や、固まっているオートマタには効果抜群のユズのグレードランチャー、その上先生の指揮も加わったことでオートマタを撃退するスピードは格段に早まった。
しかし、先生たちは依然としてアリスとの距離が縮まらない。
「くっそー!こいつら一体何体いるの!ゾンビゲーだってもうちょっと沸き数おさえるってのさあ!!」
「……いや、お姉ちゃん、何か可笑しいよ。このオートマタ、もう動けるはずないのに何故か動き続けてる!!?」
「まるでゾンビみたい……、それにさっきから倒しているのに寧ろ数が増えてってるみたい。」
“ーーーっ!?まさか!このオートマタ達はどこからやって来たんじゃなくて、今、
モモイ達の戦闘を一歩引いた目線で見ていた先生は、一向に数の減らないオートマタを見てそのように考察する。
……そして、実際には当たって欲しくないという先生の思いを踏みにじるかのように、先生たちの目の前で破壊したオートマタの部品が集まり、組み上げられ一体のオートマタが新たにモモイの行く手を阻む。
「そ、そんな……これじゃあ倒しても倒してもきりないよ!!」
こうして、先生やモモイ達が立ち往生している間にもアリスはドンドン廃墟区の中心部に連れて行かれてしまう。
「っ!チビ!邪魔だ!!どけーーーー!!」
「アリス!どいていただきます!!」
それに気付いたネルとトキが急いで、アリスの下に助けようよするが、オートマタの軍団がそれを阻む。
いくら、ネルといえど、無尽蔵に湧き出るオートマタの軍団を一掃しながら、アリスの所に行くにはアリスとの距離もあり、時間がかかり過ぎる。
それなら私が!とトキがアビ・エシュフの機能をフルに使い、オートマタを押しのけて行こうとす
(ピ―――――………。)
「なっ!アビ・エシュフの機能が……全停止!動力源が動かない!そんな、どうして!!」
突然、トキのアビ・エシュフから機械音が鳴ると同時に動かなくなってしまう。
まるで、何者かか外からハッキングでもかけてたかのようになんの前触れもなく止まってしまった自信の武装にトキは信じられないといった感情を隠せず、いつもの彼女なら決して言わないような焦った声を漏らす。
ネルたちの更に奥でオートマタ軍団の相手をしているアスナとカリンとアカネの三人もアリス達の状況に気付き、なんとか助けようとカリンはアリスを抱えているオートマタを狙撃しようと銃を構える。
しかし、それを邪魔するように何かが、カリンの視界を遮ってくる。
「くっ……。なにが……なっ!」
「大変!AMAS達が!」
「そんな、オートマタに向かわせていたAMASが一斉にこちらに…っ!」
カリンの視界を遮った正体は、なんと自分たちが連れていきたAMASの一機だった。
いや、邪魔してくるのは、一機だけでなく、先程までオートマタと戦わせていたはずのAMAS全機が進路をアスナたちの居る方に変更し、アスナたちの動きを遮るように纏わりついてくる。
オートマタに続いて、AMASの大群の相手もすることになり、アスナたちは身動きが取れなくなってしまう。
“こうなったら……!”
先生は懐から一枚のカードを取り出す。
それは、このキヴォトスにおいて先生のみが持っている反則札。
通称『大人のカード』
曰く、「先生だけの武器」であり、「根源も限界も把握できない不可解な物」である最後の切り札。
あまたの不可能を覆すことが出来るその力なら、確かに今の状況をひっくり返すことが出来るかもしれない。
しかし、それは先生自信の何かを削る行為であり、大きなリスクが先生に振りかかる行為でもある。
“構うものか!生徒の安全に比べたら安いものだ!!”
そう決意し、先生が自身の切り札を使おうとする。
しかし、それすらも邪魔をするように、そんな希望などないというように…………先生たちの立っている地面が大きく揺れた。
“……っは!しまった!?”
突然、襲ってきた揺れに対応できず、先生はバランスを崩して地面へと転倒してしまう。
その際、手に持っていた『大人のカード』が先生の手から滑り落ち、それを一体のオートマタが拾い上げると一目散に逃げ去ってしまう。
“あ、返して!!”
先生が追いかけようとするが、時すでに遅し、逃げさるオートマタと先生との間に別のオートマタ
が割り込み先生の行く手を阻んだ。
そして、もう先生に手段の無くなったころ、アリスを連れたオートマタは、あの黒い球体のすぐ目の前にまでたどり着いてしまった。
“アリスーーーーー!!!!”
先生は届かないことを分かっていながら、必死に声を張り上げ、アリスに向かって手を伸ばすが…………当然、その手が届くはずもなく、
「せんせーーーーーーい!!!」
その言葉を最後にアリスはあの黒い球体の中に飲み込まれてしまった。