その日は昨日と同じ、なにも変わらない日だった。
ホシノは、今日もいつもの時間に家を出て、いつも通りの道を歩いて学校に向かった。
今日もまた騒がしい一日がはじまりますねと、若干の面倒くささとどこか嬉しそうな思いを持ちながら、ホシノは生徒会室の扉を開けた。
「ユメ先輩、おはようございま……いませんね。まだ来ていませんでしたか。」
ホシノが生徒会室に入ると、そこには誰もおらず、静かな空間が広がっていた。
これは別に珍しいことではない。
今日は偶々ホシノの方がユメより早く登校したというだけであり、別に朝早くから何かあるわけでもないので、気にするようなことでもないはずだ。
……しかし、この時ホシノは妙な胸騒ぎを感じた。
なにか良くない事が起きそうな、そんな予感を。
馬鹿馬鹿しい……。一体なにが起きるって言うんですか。
ホシノは自分の胸に湧いた良くない予感を気のせいだと切って捨てると、いつもアリアが寝泊まりしている空き部屋に向かった。
「アリア、起きてますか?今日は午後から積み込みのバイトが入っているので、暇なら手伝って……?アリアも……ですか。」
空き部屋のなかも先ほどの生徒会室同様にもぬけの殻であり、誰かいる気配は無かった。
いつもこの時間は部屋にいるはずのアリアまで居ないことにいよいよホシノは不安感が無視できない程に膨れ上がった。
ホシノは自分の携帯を取り出すと急いでユメに連絡をかけた。
きっと気のせいだ。心配性な自分の単なる思い過ごしだ。と、自身に言い聞かせてホシノはユメが通話に出るのを待った。
……しかし、いくら待っても毎日聞いていたあの賑やかな声が聞こえてくることは無かった。
「―――い、いえ落ち着きましょう……。まだ何かあったと決めつけるのは早計です。ユメ先輩の事ですからどうせ寝坊でもしてるに決まってます……。」
そう無理やり結論付けると、今度はアリアの携帯に連絡をかけた。
ユメはともかく、アリアがここに居ないということはおそらく出かけているのだろう。
だったら、携帯は持ち歩いているはずだし、ああ見えて意外としっかりしているから、携帯を忘れるといったようなことはしないだろう。
すぐに出るはずだ。その後二人でユメ先輩の家に様子を見に行こう。っとホシノはアリアの携帯に電話をかけた。
……しかし、こちらも着信音が鳴るばかりで、アリアが電話に出ることは無かった。
「―――――っ、ユメ先輩……、アリア……。いったいどこに行ったんですか……。」
ホシノは自分一人しかいない、静かな校舎でそう呟いた。
―――――その声は、不安そうに震えていた。
□□□
ホシノが二人が居なくなった事に気づく少し前。
アリアは、アビドスのとある一角にそびえ立つビルの一室にやって来ていた。
なぜこんな所に一人でやって来たのかというと、それは前日アリアがいつもの様に図書館で本を読んでいた時、受付の人がアリア宛の手紙を持ってきたことから始まる。
その手紙には、手紙とこのビルまで地図が同封されており、差出人には『貴方の隠れファン』と記載されていた。
アリアが同封されていた手紙を読むと、そこには丁寧な文章であれこれ書かれているが、要約すると、私は貴方のことが予てより気になっており、是非一度お話がしたいと書かれていた。
アリアは手紙を読み終えると、もう一枚の地図を見ながら首を傾げた。
普通であれば、何だこの手紙と不気味に思い、早々に破り捨てるか、見なかったことにするであろうが、この純粋な機械少女は取り敢えず会いに行こうという結論に至ってしまい、手紙の送り主が待っているであろうこのビルまでやって来てしまった。
彼女の行動をホシノが見たら、知らない人にホイホイついて行かないで下さい!と、 って止めてくれるだろうが、残念ながら今のアリアは一人で行動しており、彼女を止める人はいなかった。
「ええっと……ここみたいですね。」
アリアは手紙に指定されていた部屋に着くと、警戒心のかけらもない様子で扉を開け、中に入っていく。
「……?暗いですね。」
アリアの言うとり、部屋の中は明かりをつけておらず、部屋の間取りのせいか外の明かりも満足に入ってこず、薄暗い空間が広がっていた。
アリアは足元に注意しながら、部屋の奥へと進んで行くと、奥の方に一つの大きなデスクとそこに座る黒い人影のようなものが見えてきた。
その黒い人影は、やって来たアリアの姿を確認すると、座っていた椅子から立ち上がり、アリアの前へと移動してきた。
アリアは改めて目の前の大人の姿を確認するようにジッと眺める。
それは黒のスーツに身を包み、手には黒い手袋をはめている。
スーツから見える体は影のように黒く無機質な印象を抱かせる。
右目にあたる箇所には発光部があり、そこから顔全体に亀裂が走っている。また、頭部の亀裂からはモヤのようなものが出ている。
アリアが今まで出会ってきたどの人物の特徴とも合致してない、それは酷く丁寧にそれでいてどこか達観したしぐさで、アリアに向かって頭を下げてきた。
「クックック……。ようこそアリアさん。お会いできるのを楽しみにしておりました。」
まるで、舞台上で女性をエスコートするかのように紳士的に挨拶をした黒い人影は、その態度と真逆なように不気味に笑っていた。