「あの~ヒフミ。そろそろ離してくれませんか。」
「ええ~、もう少しだけお願いします。」
意気揚々とクラスチェンジをして来た少女は現在なぜかヒフミに抱きつかれていた。
普通の常識?を持っているヒフミにしては珍しく、少女を抱きしめたまま一向に離そうとしない。
普段から自分のパーティーメンバーやおばあさんに抱きついている少女からすれば、別になんて事のない状況ではあるのだが、今はこれから要塞化してしまった駄菓子屋の片付けをしなければならない為、出来る事なら早目に解放して欲しいと少女は考えながら、突然のヒフミの行動に小首を傾げる。
そしてここに一人、今の状況を面白くないと思っている人物がいた。
「……少女姉さんの言う通りです。貴方いい加減離れたらどうなんですか」
いつの間にか瞳の色が澄んだ青から鮮やかな赤へと変えたアリス、いやケイが腕を組みながら少女とヒフミを見つめていた。
その目は若干睨んでいるように細められ、声のトーンからも今の彼女の機嫌が決していいものでないことが伝わってくる。
そんなケイの様子に気付く事なくヒフミは少女を抱きしめたまま会話をはじめる。
「それにしてもこんなに素敵なペロロ様のグッツがあったなんて……私ですら知りませんでしたよ~初めてに会った時持っていたペロロ様ショルダーバッグといい、少女ちゃんペロロ様のことほんとーーに好きなんですね!!分かりますよその気持ち!ペロロ様可愛いですもんね!!」
「おお……ヒフミがおかしくなってしまいました………。この装備に魅了でもあったんでしょうか。」
そんな訳ないと言いたいところだが、今の現状を見てそう言える人物がどれだけいるだろうか。
少女は離して貰う事を諦めてそのままヒフミの抱き枕になる事を決め、ヒフミは一向に興奮が治まらないようで、それどころかドンドンヒフミのテンションがヒートアップしていくようだった。
一方のケイはというと…………
「~~~~~っ!!」
自身の発言がスルーされたこともあって、若干顔を赤くしながら握った拳を振るわせており、明らかに先ほどより不機嫌そうな雰囲気を漂わせていた。
このままでは今度は物理的にヒフミを排除しかねないため、早目にどうにかして欲しいところである。
まあ、彼女がこうなってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
ケイにとって少女という存在は決して軽いものではない。
確かに半強制的に姉妹になった姉の一人なので、軽い存在でないことは当たり前なのだが、そういう意味ではない。
これはアリスや少女自身ですら知らない事であるが…………実はケイは少女がこれまで歩んできた道(物語)を全て知っているのだ。
その原因は少女が目覚めた場所……あの廃墟の地下よりずっと共にあったケイのメンテナンスデータにある。
あのデータにはケイというAIを修復するために必要なケイの根幹に結びつくデータ。言わばケイの種のようなデータが入っていた。
勿論あくまで修復用であり、そこからケイのような自我をもったAIが生まれるわけではないのだが…………確かにそれはケイの心の一部であるのだ。
そんな一部と共に少女は多くのことを経験し、数多くのまるで奇跡のような素敵な出会いをしてきた。
時に喜び、時に悲しみ、時に怒り、時に楽しむ…………色鮮やかで賑やかな毎日を精一生きることでレベルアップ(成長)してきたのだ。
そしてそんな少女と文字通りずっと一緒であったケイのメンテナンスデータにもある変化が起きていた。
本来メンテナンスデータは使用すれば、ケイの一部に統合され修復に扱われるだけなのだが、少女と共に多くの冒険をしてきたメンテナンスデータにはそれだけ多くの経験、言わば植物を成長させる養分が蓄えられている状態にあったのだ。
先ほども言ったようにメンテナンスデータの中にある種はあくまでもメンテナンスにしか使用できない育たない種。しかし、それでもずっと養分を注いで貰っていた。
しかも決して悪いものなどないどこまでも暖かく明るい養分(思い出)。
ここで思い出して欲しい…………そんな養分を目一杯ため込んだ種は果たしてどうなったのか。
……そう、そのメンテナンスデータ(種)を使い少女はケイの蘇生を行ったのだ。
決して芽吹くはずのない種に注がれた無駄な養分は、既にアリスから受け取ったケイの心……既に芽吹いていた芽を急速に成長させ、花を咲かせる。
ケイというAIは完全に感情と呼ばれるものを認識し、心をものにして自身をAIからケイというこの世でただ一人の存在へと変えることが出来た。
本人達は気づいていないようだが、あの時アリスの深層心理で起こした奇跡は、ケイの蘇った日であると同時にケイという新たな仲間が生まれた日でもあるのだ。
そうして生まれたケイには、メンテナンスデータ時の記憶はないが、蓄積された想いはちゃんと入っている。
つまりケイにとって少女は目覚めてからずっと一緒にいたアリスとはまた違った半身であり、自分に多くのものをくれた恩人であり、自分を救ってくれたヒーローであり、大切な姉の一人なのだ。
そんな滅多に会えない大切な存在が目の前にいる自分でなく、ましてやもう一人の姉であるアリスでない人に付きっきりであるのは大変面白くないことなのだ。
大切なことなのでもう一度言うが、自分が目の前にいるのに!!である。
まあ早い話……姉が取られたような気がして腹が立っているだけである。
そんなケイの心境を知ってか知らずか少女とヒフミは未だくっついて会話を楽しんでいる。
いい加減無理やりにでも引きはがしてやりましょうか……と、不意にケイは腕を掴まれ引っ張られた。
「きゃっ!?」
突然のことにケイも対応する事が出来ずそのまま引っ張られた方に倒れてしまった。
そしてケイは、そのまま床に倒れる。
(……ポスン……ぎゅ!)
「……っ!?///」
ことなく引っ張った張本人である、少女の胸に顔を埋めるような形で抱きしめられた。
抱きしめられたケイは何が起きたのか理解出来ずに固まってしまう。
少女は固まったケイを気にすることなく、そのまま抱きしめながらケイの頭をなでなでし始めた。
「あの……少女姉さん。いきなり何を………」
「なんだかずっと抱きしめられていたので、私も抱きしめたくなってきちゃいました。ですから少しの間体力回復に協力して下さい。」
ケイの言葉にそのように返してきた少女にケイはやれやれと思いながら特に嫌でもないので抵抗なく受け入れる。
しかし突然のことで驚かされたことに少し小言でも言おうかと、顔を上げると満面の笑みの少女と目が合った。
「それにこれなら皆一緒で寂しくないですからね!」
「…っ。気付いていたんですか。」
「?何にですか。」
「…………いえ、何でもありませんよ。」
そうやって再び少女の胸の中に顔を埋めながらケイはゆっくりと瞳を閉じた。
今尚自身の頭に感じる優しい感覚に心地良さを感じながら、ケイはこのひと時を楽しんだ。
「本当に………かなわない人ですね…………少女姉さん。」