新しくケイの体を手に入れた少女たちは、三人揃ってゲーム開発部の部室へ向かうため、ミレニアムの校舎内を歩いていた。
道中、アリスは三人で一緒にいられることが嬉しくて仕方がないのか、満面の笑みを浮かべながら、ケイと少女の腕を片方ずつ抱きしめていた。
その様子からは、二人と少しでも離れたくないという気持ちがひしひしと伝わってくる。
少女も、そんなアリスの様子が嬉しかったのか、自分からさらに体重を預けるようにして、ぎゅっとアリスに抱きついた。
一方のケイは、自分から積極的に抱きつきに行くようなことこそしなかったものの、やはり新しい体を手に入れたことが嬉しいのか、それともアリスと少女が喜んでくれていることが嬉しいのか、口元には自然と笑みが浮かんでいた。
三人は、傍から見れば少々歩きづらそうなほどにくっつき合い、まるで押しくらまんじゅうでもしているかのような状態で廊下を進んでいく。
それでも、ケイは特に嫌がる様子もなく、むしろどこか満足げな表情を浮かべていた。
そんな風に三人でじゃれ合いながら歩いているうちに、目的地であるゲーム開発部の部室へとたどり着いた。
しかし、扉の向こうからは何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「……?」
少女はその声に反応すると、部屋の中の様子が気になったのか、アリスからそっと離れ、扉の前へと近づいていった。
そして、中の様子を確認しようと扉を開けた、その瞬間――。
「だあああ~~~~っ!!またゲームオーバー!!しかも、またこのプレイヤーだし!!めっちゃ煽ってくるし、こいつっ!!~~~~っ、こんちくしょおおお!!!」
扉越しに聞こえていたものよりも、さらに一段と大きな声が少女の耳に飛び込んできた。
「モ、モモイちゃん、落ち着いて。そんなに暴れちゃ危ないよ――って、あっ!コントローラーが!あ、危ない!?」
少女が部屋の中に目を向けると、そこにはPCの画面を前に、興奮した様子で騒ぎ立てるモモイと、それを必死になだめようとしているユメの姿があった。
そして――。
二人の視線の先から、何かが勢いよく飛んでくる。
どうやらモモイが暴れた拍子に、思わず手放してしまったらしい。
黄緑色のゲームコントローラーが、少女の顔面めがけて一直線に飛んできていた。
「―――っ!?」
突然、自分に向かって飛んできたコントローラーに少女は驚く。
しかし、日頃からサオリ主導の軍事式戦闘訓練をこなしているおかげか、ユメの警告が聞こえたのとほぼ同時に反応。
持ち前の身体能力をフルに発揮し、素早く身を屈めることで、飛んできたコントローラーを見事に回避した。
少女は、見事な身のこなしで突然襲いかかってきた危機を乗り越えた。
……しかし、ここで一人の人物に不幸が重なってしまう。
一つ目は、その人物の体格が少女とほとんど同じだったため、少女の陰に隠れてしまい、部屋の中の様子が見えなかったこと。
二つ目は、つい先ほど自分の体を手に入れたばかりだったことに加え、未だアリスに片腕を抱きしめられていたため、少女のように咄嗟に身をかわすことができなかったこと。
そして何よりも不幸だったのは、その人物が少女のちょうど真後ろに立っていたことだ。
少女が屈んだことで、コントローラーはその頭上を真っ直ぐ通り抜けていく。
そして、その直後――。
(ゴンッ!!)
「ぐはっ……!」
何か鈍い音とともに、誰かのうめき声が聞こえてきた。
「……え?」
少女が慌てて後ろを振り返ると、そこには時すでに遅く、コントローラーが頭に直撃し、そのまま仰向けに倒れ込んでいるケイの姿があった。
「――あっ!ケイ、大丈夫ですか!?」
いきなりの出来事にフリーズしていたアリスも、ようやく我に返ると、慌てて倒れたケイに駆け寄った。
少女も心配そうにケイの様子を覗き込む。
どうやらコントローラーが直撃したせいか、おでこの辺りが若干赤くなってしまっているようだった。
部室の中にいたモモイとユメも、少女たちの存在に気づいたらしい。
先ほどまで騒いでいたのが嘘のように静まり返り、二人揃って少女たちの方を凝視していた。
そんな中、倒れていたケイがゆっくりと立ち上がる。
そして、コントローラーを投げた状態のまま固まっているモモイの方へ、スタスタと歩いていった。
モモイは、恐る恐る頭だけを動かし、自分の目の前までやってきたケイの表情を窺う。
すると、そこには――。
にっこりとした笑みが張り付いていた。
一見すれば、見る者に安心感を与えてくれそうな、優しげな微笑みである。
しかし、今のモモイには、その笑顔がまるで地獄の鬼か、怒れる大魔王のように見えていた。
……まるで、どこぞの冷酷な算術使いを彷彿とさせるような、恐ろしい笑顔だった。
「(あ……これ、マズイやつだ……。)」
モモイは冷や汗を流しながら、何とかこの状況を打破しようと必死に頭を回転させる。
しかし、残念ながら答えを見つけるための時間は残されていなかった。
「モ~~~モ~~~イ!!!!」
「ぎゃああああああああ!!!」
こうして、ケイの初顔合わせは、特大の雷が落ちるという結果に終わった。
その後。
ゲーム開発部の部室では、モモイ、ミドリ、サオリ、シロコの四人が横一列に並び、正座させられていた。
そして、その目の前では、ケイが腕を組みながら四人に向かって説教をしていた。
「……ねえ、ケイちゃん。お姉ちゃんはともかく、なんで私たちまで正座させられてるの?」
買い出しから戻ってきたところ、何の説明もないまま否応なしに正座させられ、怒られているミドリが、おずおずと尋ねる。
「そんなの、あなたたちが姉さんたちに悪影響を与えているからに決まってるじゃないですか!」
ケイは目元をつり上げながら、モモイとミドリを指差してまくし立てる。
「毎日毎日、ポテチやらコーラやらジャンクフードばかりで、野菜を全然食べようとしませんし!夜更かしに朝寝坊は日常茶飯事!酷い時には徹夜でゲーム三昧!!」
ケイは一度息を吸い込むと、さらに言葉を続けた。
「前々から思っていましたが、少しは自分たちの健康を気にして生活習慣を改めてください!!」
ケイの言い分は至極もっともなものであり、モモイとミドリも反論できないのか、それぞれ気まずそうに視線を逸らす。
「うぐっ……。」
「そ、それはその~~……。」
そんな二人の様子を見ていたシロコが、横から口を挟んできた。
「……でも、それは私たちには関係ない。私たちはちゃんとバランス良く食べてるし、夜もしっかり寝てる。」
シロコは、自分たちは別に不健康な生活を送っているわけではないのだから、自分とサオリは無実であると主張する。
しかし、ケイは先ほどのモモイたちと同じような鋭い目つきで、勢いよくシロコの方へと視線を向けた。
「あなたたちは、モモイたちとは別の意味で悪影響を与えていますよね!!」
「……え?」
「少女姉さんから聞きましたよ!日頃から傭兵術やゲリラ戦術を教え込んでいるそうじゃないですか!おまけに、先日の駄菓子屋の要塞化といい……!」
ケイは一度言葉を区切ると、さらに声を大きくした。
「いえ、そこまではまだいいです!ですが、なんで銀行強盗の計画案や、そのやり方までレクチャーしているんですか!?あなたたち、人の姉を犯罪者かテロリストにでもしたいんですか!!?」
「…………。」
ケイの言葉に心当たりがあったのか、サオリは半目になってシロコの方を向く。
一方のシロコは、二人の視線から逃げるように、何も言わず明後日の方向へと顔を向けた。
そんな五人のやり取りを、少し離れたところから楽しそうに眺めていた少女のもとへ、ユメが近づいてくる。
「ふふっ♪ケイちゃんも、みんなと仲良くできそうで良かったね!」
「はい!皆とっても楽しそうですし、私も嬉しいです。これからもっと楽しいことが起きそうな気がします!」
「そうだね~~。せっかく仲良くなったんだし、今度はみんなでどこか遊びに行くのもいいよね!」
ユメは楽しそうに笑いながら、少し考えるように視線を上へ向ける。
「そうだ!この前行った海辺の洞窟みたいに、普段はなかなか見られないような素敵な景色を見に行くのもいいよね!」
「いいですね!絶対に行きましょう!」
二人は、これからの楽しい予定を思い浮かべながら、楽しそうに笑い合った。
そんな会話を少女たちがしていると、部屋の中にピロリンッという電子音が鳴り響いた。
「!あっ、これアリスのじゃない?」
ケイの説教がどんどんヒートアップしていることに危機感を覚えていたモモイが、これ幸いとばかりにアリスへと声をかける。
アリスはモモイの言葉に頷くと、手に持っていたスマートフォンを操作し始めた。
画面に表示された着信相手を確認すると、アリスは少し驚いたような声を上げる。
「この番号は……?先生からです!!」
先生からの通信に、アリスをはじめとするゲーム開発部の面々は嬉しそうな反応を見せる。
そしてアリスは、嬉々として通話を繋いだ。
「もしもし、先生!」
『こんにちは、アリス。』
久しぶりに先生と話せることが嬉しいのか、アリスは楽しそうな表情を浮かべている。
しかし、それとは対照的に、先生の声色にはどこか緊張感が漂っていた。
「…………。」
「?ケイ。どうかしましたか?」
少女は、ふと隣にいるケイの様子がおかしいことに気づき、首を傾げる。
「……いえ、何でもありません。気にしないでください、少女姉さん。」
ケイはそう答えると、わずかに視線を落とした。
「《xsmall》……一先ず、話を聞いてみてからですね。[/xsmall]」
少女がケイの様子を不思議に思っていると、先生が部屋にいる全員に向けて話を切り出した。
『みんな、よく聞いてほしいんだ。』
…………そこから先生による、これまでに起きた出来事、そして現在進行形で起きている問題についての説明が始まった。
キヴォトスにおいて、神の存在を証明するために神を研究し、その構造を分析、再現する。
そして、その研究の果てに、新たなる神を作り出すことを目標として、長い年月にわたり稼働を続けてきた超高性能人工知能。
それは、ついに自らが新たな神になろうとしていた。
その存在の名は――。
『デカグラマトン』
「氷?」
「河!」
「探?」
「索!」
数分後。
一通り先生からの説明が終わったところで、ゲーム開発部の面々から返ってきた反応は、見事なまでにバラバラだった。
モモイとアリスは、氷河地帯に行けるという話に目を輝かせており、ミドリとユズは、何やら危険そうなことが起きていると分かって不安そうな表情を浮かべている。
……というか、モモイに至っては氷河地帯に行けることばかりに気を取られており、肝心のデカグラマトンについては、あまり話を聞いていなかったようだった。
「…………取り敢えず、先生の話を整理すると……。」
そんな頭の上に疑問符を浮かべている仲間たちを見かねたのか、サオリが話の進行役を買って出た。
「現在、先生たちは突然現れた謎の存在……確か、『デカグラマトン』だったか。それを調査するために氷河地帯へ向かった。しかし、そこで何らかのアクシデントが発生し、調査の続行が不可能になった。そして、その問題を解決するために、アリスとケイ、そして少女の協力が必要になった……ということで間違いないか?」
サオリの確認に、先生は同意するように頷いた。
そして、今回の調査はゲームのような仮想の出来事ではなく、実際にキヴォトスで起きている問題であり、未知の部分も多く、危険が伴うものであると改めて説明した。
『だから、よく考えて決めてほしい。』
先生は最後にそう告げると、アリスたちの返答を待った。
先生としては、本当なら生徒たちを危険な目に遭わせたくはなかった。
確かに、今の状況を打開するためには、アリスとケイ、そして少女の協力が必要であることは分かっている。
しかし、だからといって、仕方がないという理由だけで大切な生徒たちを危険に晒したくはなかった。
だからこそ、先生は三人が断るのなら、無理に引き留めるつもりはなかった。
その場合は何も言わず、すぐに別の解決策を探すつもりだったのだ。
…………しかし。
アリスと少女の中では、既に答えは決まっていた。
大切な仲間が。
自分たちにとっての恩人が。
そして、共に過ごしてきた戦友が助けを求めているのなら。
自分たちの力が必要だというのなら。
二人に迷う理由などなかった。
アリスと少女は、互いに顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく頷き合った。
そんな二人の様子を見て、ケイは小さく息を吐く。
どうやら、二人の意思は固いらしい。
それならば、自分が止めたところで意味はないだろう。
ケイは少しばかり諦めたような、それでいてどこか誇らしげな表情を浮かべると、二人に向かって口を開いた。
「姉さんたちの思うようにしてください。……私も、それに異論はありません。」
ケイの言葉に、アリスと少女は再び頷く。
そして、二人は先生に向かって力強く声を上げた。
「「先生!!私たちに任せてください!!」」
鋼鉄大陸に少女含めた『万事屋フェリクス』がダイナミックエントリー!
この先、どうなってしまうのか!?