たった一つの目的。
名前も知らない誰かの願い。
長い人生において、ほんの一欠片でしかない、普通の人から見ればちっぽけなもの。
しかし、何もない空っぽの人間にとって、そのちっぽけなものは、何よりも大切な寄る辺となる。
そう、とても大切なもの。
たとえ、どんな罪を重ねようとも。
どれほど苦しく、辛い目に遭おうとも。
必ず成し遂げなければならないもの。
学園都市キヴォトス。
数千もの学園がそれぞれの自治区を統治し、数多くの学生たちが暮らす、澄み渡る青春の舞台。
そこに住む学生たちは、それぞれの学園で日々を過ごしている。
時には騒動が起こり、時には混乱が巻き起こり、またある時には、何もない退屈な日常が訪れる。
そんな、慌ただしくも賑やかで、どこか火薬の匂いが漂う毎日の中で、彼女たちは自分だけの青春を彩っていく。
時折、大変なことや困難に道を塞がれてしまうこともある。
しかし、心配する必要はない。
何故なら、彼女たちには頼りになる味方がいるからだ。
キヴォトスにおいて、唯一彼女たちに寄り添うことのできる大人。
『先生』という存在が。
時折、おかしな言動をしたり、少しおっちょこちょいなところがあったりする先生だが……彼は、生徒が困っているのなら何処へだって駆け付けてくれる、生徒たちの味方だった。
そして、多くの生徒たちはそのことを知っている。
先生と一緒なら、どんな問題だって解決できる。
そう信じていた。
事実、これまで先生は数多くの問題を解決し、最後には生徒たちと共にハッピーエンドを掴み取ってきた。
だからこそ、彼女たちは先生を信じ、毎日を精一杯楽しく生きていく。
明日もきっといい日になると、希望を持つことができる。
明日も平和であることを疑いもせず、安心して眠りにつき、今日という一日を終えることができる。
───しかし、そんな毎日は、ある日あっけなく崩れ去った。
□□□
その日は突然訪れた。
シャーレで発生した、突如として起こった大爆発。
それに巻き込まれ、意識不明となった先生。
悲しみに暮れる生徒たち。
混乱に陥る各学園。
そして、まるでその時を待っていたかのように……奴らは突然現れた。
丸いボディの下から伸びる、紫色の触手のような管。
まるでクラゲを思わせる姿をしたロボットの群れが、各学園に突如として出現し、手当たり次第に攻撃を開始した。
学生も、市民も、子供も大人も。
果ては猫などの動物に至るまで、何一つ区別することなく、まるで生きているものすべてが敵であるかのように、奴らは攻撃を繰り返した。
当然、学生たちも黙ってやられるわけではなかった。
この都市では、学生の誰もが銃火器を携帯し、日常的に銃撃戦が繰り広げられている。
襲われたからといって、ただ逃げ回るだけではない。
それに、各学園にはこのような事態を収めるための組織が存在する。
ゲヘナの風紀委員会、トリニティの正義実現委員会など、各学園には自分たちの自治区を守るための戦力が備わっている。
そう簡単に攻め落とされるはずがない。
むしろ、こんな連中などすぐに鎮圧してみせる。
彼女たちはそう意気込み、反撃を開始した。
……しかし、現実は残酷だった。
先生という支えを失った彼女たちは、自分たちが思っていた以上に不安定になっていた。
普段なら決してしないようなミスを連発し、仲間との連携もまともに取れない。
冷静な判断を下すこともできず、ただ無駄に資源を消費していく彼女たち。
その一方で、敵は何処から湧いてくるのか、無尽蔵に増え続けていく。
そんな状況下でも、決して諦めず、ハッピーエンドを目指して戦い続ける平凡な学生たちもいた。
だが……。
───三大校と呼ばれる学園の一つが陥落するまで、そう時間は掛からなかった。
そこから先は、あっという間だった。
キヴォトス各地で怒号、怒声、嘆き、絶叫。
そんなものばかりが鳴り響くようになった。
ある場所では、怪我を負い、動けなくなった生徒たちの呻き声が響く。
ある場所では、自分を庇って動かなくなった友人を前に、意味もなく泣き叫ぶ声が響く。
またある場所では、泣くことにさえ疲れ果て、ただ呆然と目の前の現実を眺めながら、掠れた声で笑う者がいた。
キヴォトスは。
彼女たちの青春の舞台は。
そんな生徒たちで溢れ返ってしまった。
そして、それはこの学園都市で最も優れた技術力を誇る、ミレニアムサイエンススクールも例外ではなかった。
ミレニアムサイエンススクール。
学園都市でも屈指の研究・開発力を誇り、発明と未知の探求を追い求める学園。
キヴォトスにあるどの学園にも引けを取らない技術力を持ち、その学区内には近未来を思わせる建造物が立ち並んでいた。
しかし、それも今や過去のものとなってしまった。
近未来的な学区内は、もはや見る影もない。
ほぼすべての施設が崩壊し、辺り一面には瓦礫の山が広がっていた。
そこら中に散らばっているのは、この事態をどうにかするために生み出された無数の機械たち。
千切れた配線、凹んだ基盤、砕け散ったガラス。
そんな残骸ばかりが、そこかしこに転がっていた。
もはや、この場所に科学も、探求も存在していない。
建物も、技術も、そして……人も。
ミレニアムに通っていた、数多くの学生たち。
研究や実験、その他さまざまな事情によって、自分の家にも帰らず、学校に寝泊まりしていた生徒たち。
半ば学校に住んでいると言っても過言ではない、そんな彼女たちは……もう何処にもいなかった。
『ミドリ!? 逃げて!!』
妹を守るため、とっさに我が身を顧みず盾となった姉。
『えっ、……そ、そんな……。お姉ちゃん! お姉ちゃん!!』
動かなくなった姉に縋り付き、必死にその名を呼び続ける妹。
『う、あぁぁ……。ど、どうして……なんで、こんな……』
目の前に突き付けられた、あり得ない現実に絶望する部長。
『ノア、あなたはみんなを安全に避難させるために、指示をお願い』
『……ユウカちゃんは、どうするんですか?』
『……あの子たちを残して、行けないわよ。だから、ちょっと行って、全員連れ帰ってくるわ。……他の生徒のことは頼んだわよ! コユキ! あんたもセミナーなんだから、こんな時くらいしっかりしてよね!』
『ユウカ先輩……。ニハハ、しょうがないですね。こんな時くらい、少しは頑張りますよ』
誰よりも生徒たちの中心に立ち、一人でも多くの生徒を逃がそうとしたセミナー。
事態の原因を突き止めるため、片っ端から情報を集め続けるヴェリタス。
自分たちの発明品で、何とか未来を切り開こうと頭と手を動かし続けるエンジニア部。
有り余る体力を生かし、情報の橋渡しや逃げ遅れた生徒の救援に奔走するトレーニング部。
そして、押し寄せる謎の兵器たちから、学園の生徒を、市民を、ミレニアムに生きるすべての人々を守るために戦ったC&C。
────全員、死んだ。
生徒たちの必死の奮闘は、虚しく、あっけなく、すべて崩れ去り、瓦礫の中へと消えていった。
そして、ただ一人生き残った、この学園で最後の学生もまた、今まさに力尽きようとしていた。
類い稀な戦闘力と生命力を持ち、誰よりも多くの敵を蹴散らしてきた彼女。
彼女の周りにいた、自分を信頼し、共に戦ってくれた仲間たちは次々と倒れていった。
最後にはたった一人取り残され、それでも孤軍奮闘を続け、戦い続けた彼女。
そんな彼女にも、度重なる戦闘によって、ついに限界が訪れた。
彼女の両手から、彼女の相棒とも呼べる、龍の意匠が刻まれた二丁のマシンガンが滑り落ちる。
生きる力も尽き果て、目の前が霞んでよく見えなくなった彼女。
それでも最後の足掻きとばかりに、残された体力を振り絞り、重い身体を前へと引きずっていく。
そして、目の前にいる“存在”へと手を伸ばした。
パチンッ。
小さく乾いた音が、瓦礫に囲まれた空間に響き渡る。
デコピン。
それが音の正体であり、ミレニアム最後の生き残り……ミレニアム最強のコールサイン00、美甘ネルが放った、最後の一撃だった。
「……へ、へへ。……やっと、一発だな。……ち、び」
そうして、ミレニアムサイエンススクールは瓦礫の山へと消えた。
そんな瓦礫の中で、ただ一人、涙を流す者がいた。
真っ黒なドレスに、反比例するかのような白い肌。
頭から地面にまで届く、真っ黒な長髪。
小柄な体躯に不釣り合いなほど、能面のように何の感情も感じさせない顔。
この場所には不気味なほど似つかわしくない、そんな少女。
その大きな瞳からは、何故か涙が次々と溢れ出し、頬を伝って地面へと落ちていく。
何に対して泣いているのか。
何がそんなにも悲しいのか。
何故、こんなことになってしまったのか。
それを尋ねてくれる人は、聞いてくれる人は、もう何処にもいない。
何故なら、他ならない彼女自身が、すべて奪ってしまったのだから。
だから、彼女は一人、涙を流し続ける。
「嫌です!! 止めてください!! 止まってください!!」
「そ、そんな……。モ、モモイ……皆、こんなの嘘です!!」
「もう、止めて、ください……。誰か、■■■を■して下さい……」
「あ、ああ、ネル、先輩……。……ああ、あああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアア亜亜亜亜阿阿阿阿阿阿阿阿アアアア亜亜アア阿アアアアああ!!!!!!!!!」
「嫌です!! 嫌です!! 嫌です!! 嫌です!! ■■■はこんなこと望んでません!!!! 誰か■■■を■■して!! 誰か!! 誰か!!!!! アア阿アア阿アアああああ!!!!!」
「………誰か、アリスの仲間を………助けて、ください。」
誰にも届くはずのない、願いを抱きながら。
───そう、誰にも届かないはずだった。
ピッ、ピピピッ。
――起動完了。
とある地下深く。
そこで、一人の少女が目を覚ました。
少女は辺りを一瞥すると、すぐさま眠っていた台から飛び降り、自分がいた部屋を後にする。
すべては、自分の目的を果たすために。
自分が受け取った願いを叶えるために。
「……クエストを開始します」
これは、本来なら決して目覚めることのなかった、もう一人の少女の奮闘記。
長くは続きません。
多分、次回で終わりです。