少女が目覚めてから、数日後。
元ミレニアム学区の中心部で、突如として激しい轟音が鳴り響いた。
まるで地震でも起きているかのような振動が地面を揺らし、崩れかけた建物からは次々と瓦礫が落ちていく。
音の中心では、謎の光や爆発が絶え間なく発生していた。
そこには数多くのロボットたちがひしめき合い、我先にと目の前の敵を破壊しようと、自らの武器を振るっている。
銃声、爆発音、金属がぶつかり合う音。
それらが絶え間なく響き渡り、まるで何かのイベント会場のように賑やかな時間が続いていた。
……もちろん、そこに歓声を上げる観客など一人もいない。
そんな時間が、三日間続いた。
そして、その時間は始まりと同じように、唐突な終わりを告げる。
□□□
ドサリ……。
少女の目の前で、今まで対峙していたソレが、力尽きたように地面へ倒れ込んだ。
倒れたソレの身体には、無数の傷や焦げ跡が刻まれている。
先ほどまで激しい戦闘が繰り広げられていたことを物語る、痛々しい姿だった。
中でも特に目を引くのは、胸の中心。
人間で言うならば、心臓があるであろう部分だ。
そこは何かに抉り取られたかのように、ごっそりと消失していた。
本来ならば外から見えるはずのない機械部分が露出し、内部からはバチバチと火花が散っている。
誰が見ても、もう動くことはない。
そう断言できるほどに、ソレは徹底的に破壊されていた。
ゆっくりと、ゆっくりと。
ソレの瞳が、人間が眠りに落ちる時のように閉じていく。
その途中、壊れたソレは最後に、自身を破壊した目の前の少女へと視線を向けた。
もはやまともに身動きすら取れない身体を、それでも精一杯動かす。
残されたわずかな力を振り絞り、口を開いた。
「ありが、とう……ございます……。」
たった一言。
少女に向けて、それだけを告げる。
そして、ついに限界を迎えたのか、ソレの瞳は完全に閉じられた。
もう、ソレが……天童アリスが動くことは二度となかった。
「…………」
少女は、動かなくなったアリスを見下ろしていた。
数秒間、ただその場に立ち尽くす。
やがて、ゆっくりと歩み寄ると、アリスの身体を両腕で抱き上げた。
だらりと垂れ下がる手足には、もう何の力も入っていない。
少女は抱えている腕に力を込め、落とさないように身体を支えた。
そして、アリスを抱えたまま歩き始める。
向かう先は、崩壊したミレニアムタワー。
かつて多くの生徒たちが行き交い、笑い声や会話が絶えなかった場所。
今では瓦礫の山と化したその建物の中へ、少女は足を踏み入れた。
瓦礫の隙間を縫うように、少女は廃墟の中を進んでいく。
崩れた壁を避け、天井から垂れ下がる配線をくぐり、時には積み重なった瓦礫を乗り越える。
その間、少女は一度もアリスを地面に置こうとはしなかった。
やがて、とある場所で少女の足が止まった。
そこは、ほぼすべての場所が瓦礫に埋もれてしまったミレニアムタワーの中で、唯一、部屋としての役割をかろうじて保っている場所だった。
歪んだ扉。
崩れ落ちた天井。
床に散乱するガラスや機械の破片。
それでも、その部屋には見覚えのあるものが残っていた。
机や椅子、棚に積まれたゲームソフト。
壁際には、何かの大会で使われたと思われる装飾品も残っている。
ゲーム開発部の部室。
アリスたちが集まり、ゲームを作り、遊び、笑い合っていた場所。
少女は部屋の中を見渡した。
そして、部屋の中央にあった椅子を一つ引き寄せる。
積もった埃を手で払い、座面を整えると、抱えていたアリスの身体をゆっくりと座らせた。
背中が倒れないように、椅子の背もたれに身体を預けさせる。
垂れ下がった腕を持ち上げ、膝の上に置く。
少し傾いていた頭の位置を直す。
そうして、少女はアリスの姿勢を整えた。
「…………」
まるで眠っているようだった。
ただ、もう二度と目を覚ますことはない。
少女はアリスを見つめたまま、しばらく動かなかった。
やがて、口を開く。
「……ここが、あなたの場所」
それだけ呟くと、部屋の中をもう一度見渡した。
机の上には、途中まで作られていたらしいゲームの資料。
床には壊れたコントローラー。
棚には、いくつものゲームソフト。
ここには確かに、誰かが生きていた痕跡が残っていた。
そして、その誰かたちはもういない。
少女はアリスの前に立つと、静かに頭を下げた。
「…………」
何も言わない。
何も語らない。
ただ、しばらくその姿勢を保っていた。
それから顔を上げ、アリスの傍に置かれていたものへと視線を移す。
一台の携帯型ゲーム機だった。
画面には大きなひびが入り、外装もあちこちが破損している。
電源を入れても反応はないだろう。
おそらく、もう二度と使うことはできない。
少女はそれを手に取った。
「……アリスのもの」
確認するように呟く。
そして、壊れたゲーム機をしばらく眺めた後、自分の荷物へとしまった。
「回収、完了」
それだけ告げると、少女は部室の出口へ向かった。
最後に一度だけ、振り返る。
椅子に座ったアリスは、何も答えない。
少女はその姿を見つめた後、再び前を向いた。
そして、部室を後にした。
それから、少女は当てもなく歩き始めた。
ミレニアムの学区を抜け、崩れた道路を進み、かつて人々が行き交っていた街並みを通り過ぎる。
そこには、もう誰もいなかった。
道路には放置された車両が転がり、建物の窓はほとんど割れている。
看板は倒れ、信号機は明滅することもなく、ただ沈黙していた。
時折、道端には破壊されたロボットの残骸が転がっている。
少女はそれらを一瞥するだけで、特に何をすることもなく通り過ぎていった。
「…………」
歩きながら、少女は荷物に手を入れる。
そこには、先ほど持ち出した壊れたゲーム機があった。
それを取り出し、ひび割れた画面を眺める。
当然、何も映らない。
少女はそれを再び荷物へ戻した。
そして、また歩き始める。
どこへ向かえばいいのか。
何をすればいいのか。
少女には分からなかった。
ただ、一つだけ分かっていることがある。
『……誰か、アリスの仲間を……助けて、ください』
あの時、最後に聞こえた声。
それが誰の声だったのか、少女には分からない。
しかし、その願いは確かに少女へ届いていた。
アリスは、仲間を助けてほしいと願っていた。
ならば、その仲間を探す必要がある。
少女は歩きながら、頭の中で情報を整理する。
天童アリス。
ゲーム開発部。
仲間。
そして、先生。
アリスの仲間であり、彼女たちを導いていた存在。
先生。
「……捜索対象。先生」
少女はそう呟いた。
名前も、居場所も分からない。
それでも、探すべき相手は決まった。
少女は再び歩き始める。
□□□
どれほどの時間が経過したのだろうか。
少女は、かつて大きな道路だったと思われる場所を歩いていた。
周囲には崩れた建物が並び、遠くには倒壊した高架橋が見える。
そんな崩壊した世界の中に、それはいた。
黒いデスマスクを取り付けた、棺のような異形。
その傍らには、白い髪をした少女が一人立っている。
少女は足を止めた。
目の前の存在を観察する。
棺のようなものからは、時折、何かが作動するような低い音が聞こえてくる。中に何かがいるのか、それとも棺そのものが動いているのか。少女には判断できなかった。
そして、その隣に立つ白髪の少女。
彼女もまた、こちらに気付いていた。
「…………」
白髪の少女は、何も言わずにこちらを見つめている。
その目に浮かんでいるのは、警戒と敵意。
少女は構わず、一歩前へ進んだ。
「質問があります」
「……何?」
返ってきた声は、ひどく冷たかった。
「天童アリスという人物を知っていますか?」
その名前を聞いた瞬間、白髪の少女の表情がわずかに変化する。
しかし、それは驚きというより、聞き覚えのある単語を思い出そうとしているような反応だった。
「……アリス?」
「はい。天童アリスです」
少女は手に持っていた携帯型ゲーム機を見せる。
画面は割れ、電源も入らない。もう二度と起動することはないだろう。
「この所有者です」
「…………知らない」
白髪の少女は短く答えた。
「名前なら、先生から聞いたことがあるかもしれない。でも、会ったことはない」
「そうですか」
少女はゲーム機をしまった。
「では、先生について質問があります」
「……先生?」
「はい。私は、天童アリスから願いを受け取りました。アリスの仲間を探しています」
その言葉を聞いた白髪の少女の目が、わずかに細められる。
「……あなた、何者?」
「不明です。自身の情報を確認できません」
「そういうことを聞いてるんじゃない」
白髪の少女が、ゆっくりとこちらへ向き直った。
その手が、銃へと伸びる。
「どうして、ここにいるの?」
「アリスの願いを遂行するためです」
「……邪魔」
次の瞬間、白髪の少女の姿が消えた。
少女がそれを認識したときには、すでに目の前まで接近されていた。
銃口が向けられる。
回避行動を取るよりも早く、白髪の少女の指が引き金にかかる。
――しかし。
ガシャン。
背後から、重い金属音が響いた。
同時に、白髪の少女の動きが止まる。
彼女のすぐ後ろにあった棺が、わずかに動いていた。
まるで、彼女の行動を妨げるかのように。
「……先生?」
白髪の少女が振り返る。
棺は何も答えない。
ただ、内部から不規則な駆動音が響いている。
「…………」
白髪の少女はしばらく棺を見つめていたが、やがて銃口を下ろした。
「……何なの、今の」
少女はその様子を静かに観察していた。
攻撃が中断された理由は不明。
ただし、棺の動きと白髪の少女の行動停止には関連性があると推測できる。
「あなたは、アリスの仲間ですか?」
「……知らないって言ったでしょ」
「では、あなたの隣にいる存在は?」
少女の視線が棺へ向く。
「先生。私と一緒に行く」
白髪の少女はそう答えた。
「先生はもう、普通の先生じゃない」
棺のデスマスクが、こちらを向く。
その奥に何があるのかは分からない。包帯に覆われた異様な姿が、わずかな隙間から覗いていた。
「私たちは、別の世界へ行く。そこにいる先生たちを全部壊すために」
「……破壊活動ですか?」
「そう」
白髪の少女は、淡々と答えた。
「もう、何も残ってないから」
その言葉に、少女は特に反応を示さなかった。
彼女にとって重要なのは、目の前の少女が何を考えているかではない。
アリスの願いを遂行すること。
そのために必要な情報を得ること。
「確認します」
少女は白髪の少女を見た。
「あなたは、天童アリスの仲間ではない。ですが、先生と呼ばれる存在を知っている」
「……だから?」
「私は、アリスの仲間を探しています。あなたたちと行動を共にすれば、捜索対象に接触できる可能性があります」
「……勝手にすれば」
白髪の少女は興味を失ったように視線を外した。
「ただし、次に近づいてきたら撃つ」
「了解しました」
少女はそれ以上、何も言わなかった。
やがて、棺がゆっくりと動き始める。
白髪の少女も、その後に続いて歩き出した。
少女は少し遅れて、その背中を追う。
先ほどの攻撃を止めたのは、棺の中にいる存在なのだろうか。
それとも、別の何かが作用したのだろうか。
現時点では判断できない。
ただ一つ確かなことがある。
この二人は、アリスの願いを遂行するために必要な存在かもしれない。
少女は手に持った携帯型ゲーム機を確認し、再び歩き出した。
「……クエストを続行します」
こうして、目的も事情も異なる三つの存在は、同じ道を進み始めた。