南雲龍一というトレーナーは苦労人である。たまたまそこを通りかかったという理由でダスクユートピアに目をつけられることになり、最終的には担当契約を交わすことになった。もっとも、これは双方合意の上なので大丈夫である。
さて、南雲龍一だが。彼は省エネで生きていたいスタイルだ。やる時はやるが、それはそれとして面倒事には関わりたくないタイプである。
「ま~そこそこに有名になれればいいかな~。上は上でめんどくさそうだし、程よく目立たないレベルの実績を上げることができればそれで」
程度ぐらいにしか思ってないほど。ただ、ウマ娘に対する熱意はあるし、地頭も良いためトレーナーになることができた。先輩トレーナーは南雲のそんな性格を見抜いていたのか、呆れていた。
そんな彼だが。ダスクユートピアをスカウトして間もない頃にとあることに気づいた。
「……そうだよ!ダスクって言えば、あのダスク家じゃねぇか!?」
トレーナーどころか世間にも広く認知されている名家。トップが捕まって没落することとなった家でもある。ダスクユートピアは捕まったトップの娘だということを南雲は忘れていたのだ。そこに加えて、ダスクユートピアは理事長によって保護されており、戸籍上は理事長の娘となっていることも。
忘れていたことに気づいて顔を青ざめさせる南雲。
(絶対めんどくさいことになるじゃねぇか!?俺、なんてやつに目をつけられたんだよ!)
間違いなく厄介ごとが向こうから飛んでくる。でも今更契約の話を無しにするのは南雲としても絶対にしたくない。なにより……確実に理事長に目をつけられる。そうなったらできるだけ目立ちたくないという南雲のトレーナーライフは終わりだ。
「ま、まぁでも?アイツは基本的に何も言ってこないしな。芋の料理が好きみたいだし、ご機嫌取りに終始しとけばいいだろ」
ダスクユートピアは南雲に対して厳しいことは要求してこない。もっと熱くなれよ!とか二人三脚で頑張りましょう!みたいな熱血タイプでもなければ、誰かや特定のレースに対して拗らせた感情を持つウマ娘でもない。トレーニングの指示を出して、見守って、料理を作って。それだけをすればよかったので南雲としては気が楽だった。
しかもダスクユートピアは桁外れに強かった。楽ができるので南雲としても万々歳だったのである。
「インタビューの対応をして、このまま日本のレースを勝って。それぐらいで良いか!」
なお、メイクデビューの時は理事長に詰められたので顔を青ざめさせていた。
ただ、南雲にとって予期せぬことが起こった。それが……ダスクユートピアの海外遠征である。
「なんっっで!日本のクラシックじゃなくてイギリスのクラシックなんだよ!?しかもサウジかUAEどっちか選べなんて言ってくるし!イギリスのクラシックに微塵も関係ねぇだろうが!」
それだけじゃない。海外のレース制覇は、ダスク家の悲願でもある。つまりはまぁ、世間的に
「どうする……どうするっ!?ただでさえ理事長にも詰められる案件だし、世間からの反応がとんでもねぇことになる!バッシングされるじゃねぇか!主に俺が!」
ダスクユートピアへのバッシングは絶対にない。あるとすればダスク家に対する批判と──南雲個人への中傷。しかも、この後危惧した通り理事長に詰められたので南雲の心労は溜まる一方だ。
だが、仕方ない。ダスクユートピアの素性を知った時から覚悟していたことだ。これも大切な担当ウマ娘のため。腹を括ろう──
「これじゃあ嫌でも目立つじゃねぇか!なんで俺に厄介ごとを押し付けるんだよアイツは!」
なんてことにはならなかった。境遇には同情するし、どこまでも着いて行くとは言ったがそれはそれ、これはこれだ。面倒事に巻き込まれたくない南雲にとって、今の状況は最悪に等しい。
「しかも契約解除もできない……!今契約解除なんてしたら、俺は間違いなく路頭に迷うことになる!」
今更契約解除しようもんなら明日の朝日は拝めなくなること確定。面倒なのは嫌だけど逃げる術なんてどこにもない。ほぼ詰みである。
「なんで……なんでこんなことになるんだよぉ……!そもそもアイツ、ダスク家の悲願とかどうでもいいとか言ってたじゃねぇか!」
もしや洗脳教育でもされてたのか?と南雲は一瞬だけ思った。
「いや、アイツの図太さ考えたらねぇだろ。人が忙しそうにしているところにソファでだらけながらおやつ要求するようなヤツだぞ」
まぁダスクユートピアの普段の態度からそれはないと断言したが。
現在、南雲の状況は絶体絶命だ。海外で結果を出すことに対しては微塵も心配していないが、自分の体裁を保ちつつ、理事長や報道陣に怪しまれないようにする必要がある。
「ダスク家の悲願なんて言おうもんならジ・エンドだ……!どうする、どうすればいいっ!?」
頭をフル回転させて言い訳を考える。報道陣が納得して、理事長達も説き伏せることができる一発逆転の言い訳を。
考えて考えて……天啓を得た。
「待てよ?確かアイツ、トレーニングはほぼ自主トレだったって言ってたよな?ならそれを軸にして……!」
今の状況を打開する術を見つけたのである。南雲は何とかなるかもしれないとほくそ笑んでいた。
◇
「ダスク家が間違っていた?それは、どういう形で証明するのでしょうか?」
戸惑っているような記者の言葉に南雲は毅然とした態度で答える。
「ダスクユートピアはダスク家のトレーニングではなく、自主トレで技術を磨いてきました。つまり彼女の実力は家のトレーニングではなく、ほぼ独学でついたものです」
南雲の言葉にざわめき立つ現場。初めて知る情報に戸惑いを隠せなかった。
「これまでの結果は彼女が持つ才能、ひいては彼女が独学で身につけたものです。そこにダスク家の関与はないと断言できます!」
「そ、そこまで言い切るのですか?」
「はい。他ならないダスクユートピア本人から聞いたことですので」
なお、南雲の心臓はバクバクしている。どうかこの言い訳が通ってくれと天に祈り、今後のためにと口を開き続ける。
「今の実力は自主トレと学園でのトレーニングによって得たもの!それで結果を出すことで、ダスク家は間違っていたと証明することにもつながると俺は考えています!」
「ぐ、具体的には?」
「ダスク家が問題視されているのは、虐待じみたトレーニングが原因です。ダスクユートピアが彼らのトレーニング法によって結果を示したなら、状況はまるで違ったでしょう」
「まぁ、そうですね」
「しかし!彼女の強さにダスク家が一切関与してないことが分かった今、もし彼女が海外で結果を出すことができたなら!彼らのトレーニングは間違っていたことになります!」
「お、おぉ……!」
正直本当にそうか?と思わなくもないが、報道陣は自信満々に力説する南雲の言葉にそうかもしれないと思い始める。
「海外で勝てば、それはダスクユートピアの功績でありダスク家の功績にはなりません!彼女が勝ち取った努力の証です!」
「おぉっ!」
「また、この海外挑戦はダスクユートピアの意思でもあります!彼女自身がダスク家から解放されるために、自分の家は間違っていたことを証明するために、またこれまで犠牲となったウマ娘達のために!海外に挑戦するべきだと!私は相談を受けました!」
嘘である。ダスクユートピアはそんなことは言っていない。ただ、ダスク家に対して何の感情も抱いてないとは口が裂けても言えないため、少しばかりの嘘を付け加えることにした。また、海外挑戦はダスクユートピアから持ち掛けたことでもあるため全部が間違っているわけでもない。
「ダスク家を否定するために!なにより彼女がダスク家という呪縛から解放されるために!私は──海外挑戦をすることが適切だと判断しました!」
「「「おおおぉぉぉ!」」」
報道陣をその気にさせた南雲。彼の自信に満ちた立ち振る舞いが、なによりウマ娘の意思をちゃんと尊重していることが分かり、真実味を帯びてきた今、大多数は南雲の言葉に耳を傾け、本当にそうじゃないかと思う。
だが、肝心なピースが欠けている。
「……ではダスクユートピアさん。南雲トレーナーはこのように申していますが、全て事実でしょうか?」
本当にダスクユートピアの意思なのか?という問題だ。悲しい現実だが、南雲の信用はないに等しいためダスクユートピアの口から真実であると証言してもらう必要がある。
(頼むユートピア!)
スーツの下は汗でびっしょりであり、手汗も酷い。ドキドキする気持ちを抑えながらダスクユートピアの言葉を待った。
「……えあっ?」
(おいテメェ、今の今まで寝てただろ)
さっきの大立ち回りを返してほしいと思わずにはいられない南雲であった。
◇
「……ピアさん。南雲トレーナーはこのようにおっしゃっていますが、全て事実でしょうか?」
「えあっ?」
ハッ!?寝てない、寝てないですよ?あまりにも話を振られなさ過ぎて暇だったからって寝てたとかでは決してないですよ?まぁ仮にね、仮にですよ。ちょっと寝てたかもしれませんけどね?それも仕方ないと思うんですよ。だって暇なんですもん、話を振られないから。こんなうるさい状況でよく寝れるなって?フフン、凄いでしょう?いや、寝てないですよ?
「何故無言なのでしょうか?もしや、南雲トレーナーの言葉は間違っていると?」
いや、単純になんも分からんだけです。へいPoto、どういう状況?
“え?分かんない。寝てたし”
何だお芋さんも寝てたんですか。似た者同士ですね私達。しかし話の流れが分からない……南雲っちがどうしたって?
事実でしょうか、ねぇ。ま~多分、南雲が私に対してなんか物申してたんでしょう。マジで見当つきませんけど。なのでここの最適解は1つ!
「
よく分かんねぇけど適当に肯定しとけばいいや!だ!悪いようにはならないでしょう。だって南雲だし。なんか色めきだったな報道陣。嬉しいことがあったみたいで。
「南雲トレーナーのことは信頼していますので。ここまでついてきているのが何よりの証拠なのでは?」
芋の料理とか芋のスイーツとかたくさん作ってくれるからな!いつも大助かりだぜマイブラザー。おっと、オーディエンスが湧いてんな。そんなに嬉しいことでもあったん?
「ま~問題はありません。
ここで南雲も立てる!これで彼の名声も上がるって寸法よ。フフン、そんな驚いた表情してどうしました?私がこんなことを言うなんて……って感動してくれました?おっと言わなくても良いですよ。大学芋をたくさん用意してください。
報道陣の反応は好感触!大盛況でインタビューは終わりましたね。
「それじゃあ年明けも頑張りましょうか」
「……おう」
何ですかそんな疲れた顔をして。仕方ありません、大学芋は勘弁してあげましょう。
ユーちゃん
インタビュー中に寝てた神経図太すぎウマ娘。別に疲れてたとかではなく暇だったから寝てたという剛の者。
お芋さん
干渉できるわけじゃないからインタビュー中はほぼ寝てる。
南雲トレーナー
ユーちゃんが肯定してくれたので事なきを得たがここから彼の苦労はさらに加速する。
理事長
感激ッ!まさかそこまでユートピアのことを思っていたとは……!謝罪ッ!今までの非を詫びよう!
掲示板民
今回の報道でチラホラと南雲トレーナーアンチが反転した。なおまだアンチの方が多い。