カラメ、妄想マシ、捏造マシマシ
多分、そしかいから10年後くらい
なんやかんやあって付き合ってる
かなり糖度が高い(当作者比)
思ってたのと違ったらすぐにブラウザバックして他の作品読んで忘れてください
誤字脱字はスルー推奨、あまりに気になったらコメ欄にどうぞ(原文ママ)
前後編を繋げての投稿です。まともに書き終わっている作品がこれくらいしかないので投稿し系列すっ飛ばしてこちらを最初にします。次に投稿するやつは……書き直しが進んでないのでいつになるやら……
ブルーヘブンの花束を
降谷が珍しく2日続けて有給を申請した。部下からは2度聞きされ、上司にはもっと使えと怒られた。ちゃんと年休の5日は使っているし、そもそも働いている方が性に合っていてそこまで有給に魅力を感じていなかったが、もしかするとこの先は使うことが多くなるかもしれない。そんなことを思いながら一ヶ月後までの予定が順調であることを願った。こんな事になった理由は年貢の納め時というやつだ、降谷はそう思った。あのおてんば娘の手綱を握っておくのもここまでかも知れない。進むか、退くか、どちらになるかは彼女次第ではあるけれど。
ドアを開けると明かりのついた廊下にかわいい恋人が待っていた。半同棲している彼女――完全に同棲したら殺されそうだ、特に母親から――は玄関を開ける音で準備していたのだろうリビングから目を輝かせて飛んできた。
「ただいま」
「おかえり、なぁ、聞いてくれよ!工藤くんが蘭くんにプロポーズしたんだって。今日は園子くんと蘭くんと一緒にランチに行くって言ってただろ?蘭くんてばふわふわしてて可愛くてさあ……当てられちゃった」
定時に帰った降谷を迎えた世良はルームウェアを着ていて――この前降谷が買ってよこした可愛らしいオレンジ色はよく似合っている――挨拶もそこそこに工藤くんがここ一週間なんかおかしかった理由がわかったよ、と続いた台詞はただの憧れだったのだろうか。友人たちの慶事が報告したくて今日はソワソワしていたのか。そう思って降谷は相槌を打った。
「目出度いね。結婚式はいつになるか聞いた?」
「ああ、6月にしたいって言ってた。ジューンブライドっていうんだって」
「そうか。晴れるといいな」
「そうだね。おしゃれなレストランでプロポーズ、なんて意外と工藤くんもロマンチストだな」
一緒にリビングまで歩くと、ご飯どうする?と世良が上目遣いで聞いてくる。真純が食べたいかな、なんて親父臭い言葉を飲み込んで、一緒に作ろうか、とありきたりな返事をした。渡されたハンガーにジャケットをかける。ネクタイも解いて、少しシワを伸ばしてハンガーに吊るした。ボタンを一つ開けると、やっと家に帰ってきたという実感が湧く。先程までの話題でまだ気になることを一つ思いつき、そのまま口に出した。
「真純も、そういうの憧れる?」
「うーん、どうだろう。そんなこと考えたことないや。今が幸せならいいかな」
ぱちくりと瞬きをして笑う彼女はそう言って降谷に抱きついた。しっかり降谷も背に手を回すともう一回ただいま、と声をかける。くぐもったおかえり、にはずっと前から降谷が求めていた暖かさがあった。
「んふふ、零さん今日もお疲れさま」
「ありがとう。そうだ、何が食べたい?」
「えっと今日はオムライスが食べたい!あの、上にオムレツ乗っけるやつ!どうしてもオムレツがうまくいかなくてさあ」
大学生の時のバイトのおかげか、簡単な料理はできるようになっていた。もとより要領は良く、コツさえわかってしまえばなんとかなることを理解したのだろう。
「オムライス、ね。じゃあ僕は着替えるから先に準備しておいて」
「はーい」
いい返事が聞こえてパタパタと足音が遠ざかる。こんなに穏やかな日々を自分が送ることになるとは思いもしなかったな、と降谷は唇をほころばせた。
とろりとした卵のかかったオムライスは世良の前に、少し固めに仕上がったオムライスが降谷の前に置かれた。いただきます、と声が揃うと二人は目を合わせてくすりと笑う。スプーンを手にとって卵をつつき始めた世良が納得がいかなそうにつぶやいた。
「んー、やっぱり難しいな」
「焦がさないだけうまくなったと思うよ。肉じゃがが真っ黒になったときはどうやって生きてきたんだって本気で気になったくらいだ」
「もー、昔のこと蒸し返すなよ!いまは上手くなったんだからいいじゃないか」
「昔って、まだ5年しか経ってないのに」
カフェでバイトしていたから、と台所を任せた記憶を浮かべながら降谷が揶揄う。料理ができないことはどうやら自覚があったようで、挟むだけでできるサンドイッチしか手を出さないようにしていたのだとか。ケーキはほかから仕入れていたから皿に乗せるだけで、パスタは麺を鍋に入れることくらい。コーヒーの淹れ方を覚えられたのが奇跡のようにも思える。それを聞いて自分の料理ができなかった頃を思い出した。中火だとか、とろ火だとかレシピを読んでもよくわからなくて、できた美味しくもない料理を景光は文句を言わずに食べてくれた。どこが悪かったのか、一緒に手順を確認しながら何度も同じ料理を作ったこともあった。世良には降谷でさえ最初は手際が良くなかったし、見た目だって悪かったと言えば嘘だと疑われてしまったが。一口掬ったスプーンを口に運ぶときちんと味の決まったチキンライスがふわりとほどけた。降谷の教えをまもったようでしっかり焼かれたケチャップは甘くなり、コクを増している。
「美味しいよ」
「本当?よかった。ボクも食べよ……おいしい!やっぱりこのとろとろオムレツは零さんじゃないとだめだ……うーん、同じようにやってるつもりなんだけど」
そうやって悩む彼女は話す合間にもスプーンを手放さず、降谷もそれに速度を合わせた。冷蔵庫に残っていたプチトマトと玉ねぎのスープはかつおだしが香ってなかなかに美味しい。降谷が作らなくても食材が減っているのは一人でも彼女が料理をしている証拠だ。大学生のときは栄養補助食品で食事と言い張っていたことからすると、ちゃんと彩り良い食事を取るようになったのは大変な進歩だろう。
「真純も何度が作ればできるようになるよ。なれてないだけさ」
「そうかな?まあ、チキンライスは美味しくできたし、及第点はとれるだろ?」
「僕としてはちゃんと一人でも料理してるところが高得点かな」
「まあな!零さんに追いつきたいし、せっかく作るなら美味しいもののほうがいいじゃないか。……ママは、そうなる前に諦めたみたいだけど」
「完璧な献立を毎日作ろうと思うとなかなか大変だからね。君のお母さんは、全か無かって感じだったのかな」
「All or nothing?まさにそうだね。何事もきっちりできないことは何も意味がないんだって。だから、才能がないなら別の方法でリカバリーすればいいって言ってた。でもさ、手作りではないけど、ちゃんとバランスの整った食事だったんだよ。ボクたちのことを考えてくれてた」
少ししんみりしてしまった空気を切るように勢いよくスープを飲み干した。
「まあ、自分でやってみて思ったのはそんなに怖がることないってことだね!そのおかげで、ほらこんなに美味しい料理が作れるようになった。先生が良かったのもあるな」
ね、せんせい?と世良がいたずらぽく口角を上げる。それを拾って真面目くさった顔の降谷が返した。
「とても教えがいのある生徒だったよ。今度はケーキでもつくってみる?」
「うん!作りたい!」
「最初だからガトーマジックにしようか。ほら、ポアロで出してただろ?半熟ケーキ」
お菓子の名前を言っても頭に浮かばないようでちょっとヒントを出す。途端に彼女の顔は明るくなりぽんと手を打った。
「あれか!ちょっとプディングみたいなやつ」
「そう、あれはわざと焼き加減を調節してだけど、ガトーマ
ジックは最初から層になるように作るから焼くのはそんなに難しくない。真純でも一回でできると思うよ」
楽しみだ!と話す彼女も降谷もちょうど食べ終わったところで、ごちそうさまでした、と声を揃える。穏やかな夜だった。きっと家族とはかくあるのだろうと思える夜だった。片付けを終え、各々風呂から上がって湯冷ましにバラエティ番組を流し見ながら降谷がいつものように尋ねた。
「明日の予定は?」
「んーと、明日は依頼を一件と事務処理かな」
そろそろやらないととんでもない量になっちゃうから、と言い出した世良はできないわけではないのに机に向かうのを苦手としていた。手に掴んでいるクッションはいつかに彼女が持ち込んだ柴犬で、むにむにと変形させながら問い返された。
「零さんは?」
「僕は……少なくとも定時まではかかるかな」
「ん、わかった。じゃあ明日はボクが作っておくよ!零さんは次の土曜日が休みだっけ?」
「そうだね、ケーキ作りはその日にしようか。材料は一応メモを作るけど、今あるもので足りるはずだよ」
「楽しみにしてる。ところで、このまま寝てもいいの?」
「……珍しいな、真純から誘ってくれるなんて。寂しかった?」
「ボクだって欲求不満になるんだよ。零さんの仕事が忙しいのはわかってたことだけど」
クッションに顔を押し付けながらそういう世良の耳は暗くてもわかるほど赤い。
「かわいい。」
そっと頭を撫でながら言うつもりのなかった言葉が漏れ出 た。ますますクッションをへこませるせいでくぐもった声が返ってくる。
「なんか文脈おかしくないか!?」
「んー?寂しいって直接言ってくれてもいいのに。今は書類仕事ばっかりだし忙しいのは確かだけどね。恋人に構えないほどでもないんだよ。ちゃんと鍛えてるし一回でへばるなんてしないだろう?」
「うわ、おじさんくさい。まぁ、その、だからこそ、というか……ボクから誘うと、離してくれないんだもん」
「だってせっかく真純がやる気出してるなら満足してほしいんだよ。それに……やっぱりなんでもない」
「えっなんだよ?気になるじゃないか」
「君に対して言うことじゃないし、改めて言うことでもないから内緒。よし、ベッドに行きましょうか?お姫様」
「うわ、なんか鳥肌立った!あ、ちょっといきなり抱っこは……!」
そんなふうに言われても照れているのはわかりきっていて、落とさないようにしっかり抱き上げてベッドルームの扉を開けた。
土曜日のケーキ作りは大成功に終わった。彼女は意外と素直な質であるし、指示はしっかり聞いてくれる。上部はふわふわ、下部はカスタードクリームのようになめらかでしっとりとしたケーキは世良の口にあったようでついでに作ったフルーツソースとともに一切れが消えていった。まだ切っていないケーキに熱い視線を送る彼女にケーキナイフを持って尋ねる。
「まだ、食べる?」
「どうしよう。なんかもったいなくなってきたんだ。ほら、安室さんがいなくなったから、このケーキは今やとても貴重なんじゃ……」
睨む目はそのままに、悩まし気な声が上がる。ちくたくちくたく、壁掛けの時計から針が回る音が聞こえる間を挟んで、今日はもういいや、と食べ終えた皿にフォークを置いた。降谷もその意志を尊重してカバーをかけてケーキを冷蔵庫にしまった。
「そんな大げさに言わなくても。今までだって何回か作っているだろ?これからもずっと真純の為に作ってあげるのに」
「うーん、それもそっか。いつも美味しいご飯作ってもらってるし、ボクだってこれからもっと料理がうまくなってフルコースだって作れるようになる予定なんだからな!」
「フルコースじゃなくてご飯を炊いて主菜に汁物を作ってくれるだけで僕は嬉しいんだけど」
負けん気が強いからか降谷よりも凝ったものを作ることを最終目標にしたいらしい。いつぞやかフルコース紛いの料理を作ったことがあることは伏せておこうと決意した。
「あー、でも零さんの料理ってなんか落ち着くんだよな……食べ慣れた味ってこういうことなのかな」
「それは……」
そうであったら嬉しい、と呟いた声は彼女には伝わっていなかった。世良は満足した表情でコーヒーを啜る。彼女は紅茶派だが、降谷の作る菓子を食べるときに合わせるのはコーヒーが多かった。
「最近、工藤くんに自慢されてさ、蘭くんのお弁当。高校のときに味見させてもらったときのことを思い出したんだ。お店で買うお惣菜とは違う柔らかい味だった。いつ食べても同じ味のするお惣菜とは何が違ったんだろう」
「甘さじゃないか?日持ちさせる必要のあるお店の惣菜は家で作るより多めに砂糖を使う。だからとても甘いことが多いんだ、意外と気づかないけど」
「へえ……知らなかった。そういうのって自分で作ると気がつくことなのかな」
コーヒーマグを包み込んだまま、首を傾げている彼女は今までレシピ通りに作るように厳命されていた。基本の感覚が身につくまではアレンジを禁止され、降谷お手製のレシピに適量の文字はない。はかりまで使う必要はないが計量カップとスプーンを使うことにだいぶ慣れてきていた。そのおかげか、最初の頃とは見違えるほどに失敗がなくなったのだから降谷の教えは適切だった。そのこともあって好みに調節する感覚がまだついてない彼女の注意をひくように手持ち無沙汰になっていた降谷がコツコツと机を突く。
「惣菜を成分表を見ると上の方に砂糖が載っているだろ?それって砂糖が原材料の中でもかなりの割合を占めてるってことなんだ。でも甘さは
「え、そんなに量違うのか!……今度試してみよ」
入れなくていいならそれに越したことはないんだけどね、と付け足したのは聞こえていたようで自分の分だけにするよ、と返事が返ってきた。
「真純の作ったものなら僕も食べたいんだけどなぁ……」
「ボクの適量ってやつを見つけたいんだよ。それが零さんと一緒だったらうれしいよ。でも、ボクがおいしいと思う味を見つけたら食べてくれよ」
「わかった、楽しみにしてる。……こうやって家庭の味ができてくのかな」
しみじみとそう口に出す。親というものを知らずに育ってきた降谷は幼なじみの家で食べたご飯が一番それに近いものだった。自分の生まれは軽く話してあったがそこまで知らない世良はオウムのように繰り返す。
「家庭の味?」
「自分の家の味ともいうのかな。家族が作る食べ慣れた味付けっていうのをそう称することがあるんだよ。僕には縁のないものだと思っていたけれど」
外国籍の両親を持っているとはいえ日本で成長してきたはずの彼女もまたふつうとは言い難い暮らしをしてきたからか、実感のなさそうな相槌がうたれた。
「ふうん、ボクにもエンがなさそうだな」
「そうだね、これから、作っていくものだから。そういえば蘭さんの味は毛利さんの味なのかな」
「どうかな?工藤くんのお母さんが料理上手って聞いたし、案外工藤くんのお母さんに習ってたりして」
「ああ、そうか。彼の好きな味のほうが喜ばれるだろうしね」
「好きな味、かぁ~ボクは今のところ零さんの作るご飯が好きな味かな。これからもずっと食べたい味っていうか」
「…………それは、うれしい。僕の料理をそう言ってくれる人がいるって、幸せかも」
「ボクになかったものだからかな。あ、でもちょっとしたスリルは人生のスパイスだし、今までが幸せじゃなかったわけではなくて。今はなんにも起こらない幸せっていうのを噛み締めてる。のんびり零さんと過ごす時間が終わらなければいいのに」
「うん、僕も何にもない幸せを大切にしたい。こうやってのんびり休日を過ごすのも真純とだからできること、だと思ってるんだけど」
「えへへ。そうかな」
ふにゃりと崩れた彼女の顔も自分だけのものなら良い。そう思いながら降谷は世良にコーヒーのおかわりを注いだ。ありがと、とといって最後の一杯に口をつけるのを見て、己の幸せはここにあるのだと実感する。できることなら一生を己のものにしたい。なしくずしの半同棲ではなくて、毎日、朝起きて彼女の顔を見たい。その思いは、己の技術でもってしっかりと内側にしまい込んでいた。それが、抑えきれなくなるのは案外直ぐだった。
だから、大急ぎで絶対頷かせるためのプロポーズプランを考えることになったのだ。
そうやって平行線の関係を過ごしていた週末が終わり、また二人会う時間の少ない一週間が始まった。降谷の業務は定時で終わることも多いが、世良の探偵という仕事はものによっては夜がメインのこともある。そうやってすれ違いながら、時間を捻出して逢瀬を交わすその日々は忙しいながらに穏やかだった。
週の中日、昼時に私用のスマホを開くとどこから聞きつけたのか、彼女の長兄から出世を祝うメールが届いていた。まだ内示が出た段階で明らかに警察内部の誰かからの漏洩だが……それはどうでもいい、どうせおいおい知られることだからだ。問題は追記の降谷の神経を逆なでする一文にあった。曰く、いつになったら妹を幸せにするのか、と。まるで己と付き合っている状態が幸せではないかのような言い方に久しぶりの突沸がおきそうになるのをスマホをあらん限りの力で握り込み、深呼吸をすることで抑え込んだ。そのせいでスマホが少し歪んだかもしれない。少なくともお前よりは真っ当に幸せにしている、そう打ち込みたい指を無理やり動かして覚悟は決めてますとだけ返す。言われなくとも、そろそろ進退を明らかにすべきリミットは迫っている。だが、聡い脳はだましだましこの関係を続けることを選んでいた。二人にとってちょうど良くて、唯一無二の距離感はたしかに普通の交際関係とは違うかもしれない。ただそれを自身も例外のような人生を歩んできた長兄に指摘される筋合いはない。それから、この昇格でもはや現場とは完全に離れ、仕事は政治がメインになる。すべての危機がなくなる訳では無いが、この機会なくして彼女との関係を変えることはできないと思っていた。それはこの安寧と別れを指す可能性もあり、行動の早い彼には珍しく踏み出す足が上がらなくて思いに留まったまま。悲しいまでにそりの合わないお陰で最後の覚悟が決まるのは皮肉だ。部下に二度見され、どこか悪いのかと心配されながら取った連休は最高の舞台を整えて迎える事になった。もちろん長兄に情報の漏れないよう細心の注意を払い、口止めをした。ヤツのことだ、サプライズをバラされかねない。予定調和より不測の事態を好む彼女を満足させるだけのことはした。それを告げるのは直前、しかし準備が出来るくらいの期間を開けて3日前にすることにした。
平日の世良は自分の家――まあほとんど仕事場として使っているが――で過ごすことが多い。工藤たちと共同で借りているオフィスは依頼者との面会と資料室のみで、個々のスペースはなかった。降谷が面倒な案件を持ち込んだときに確認した間取りからして間違いない。メッセージ履歴だけが伸びていく平日はいつもながら会いたいという欲求が募っていく。それとなく同棲を提案してみたが、降谷の生活リズムが崩れることを気にして断られてしまって以来、再び口に出せていない。どこからともなく聞きつけた彼女の身内に釘を刺されたことは関係ない。車の中でメッセージを送るとすぐに世良から既読がついた。
ポンと気の抜けた音と共にメッセージアプリの通知が来る。アプリを開くと降谷からのもので、この時間に送ってくるなんて珍しい、と思いながらルームをタップした。
〔真純、今週の木曜空いてるよね〕
〔え?うん、休みだけど〕
〔久しぶりにデート、しようか〕
〔デート!いいね、どこ行くんだ?〕
〔それは当日まで内緒。〕
〔え、場所に合わせて洋服決めようと思ったのに〕
結構変わるだろ?と彼女は少し頬を膨らませた。それが見えていない降谷からの返答が届く。
〔僕があげた青のワンピース
それを着てほしいかな〕
〔え、あれを着てくようなところってことか?〕
じゃあ楽しみにしてて、という文字列をあとに既読がつかなくなる。真純の了承は見ることなく業務についてしまったようだった。あの青のやつかぁ、とクローゼットに目をやる。丁度一年ほど前にパーティードレスが必要になり、降谷に見繕ってもらったワンピース。羽織るものによっては少しカジュアルにもなるだろうがそのものはかなりフォーマルな装いだ。てっきり、どこかへでかけて軽く食事する程度だと思っていた世良は期待と困惑を半分ずつ抱いた。急に出かけることは初めてではない。むしろほんのひとときを抽出しては世良から言い出すことのほうが多いくらいだ。世良は堅苦しいディナーより体を動かすことが好きで、たいてい、野外活動を提案する。急に登山して山頂で夕日を見に行ったり、朝早く起きて釣りに行ったり、はたまたドライブをしたり、ツーリングをしたりなど思いついたままに過ごすのだ。夕日を見に行ったときはお弁当を二人で作り、ドライブをしたときは道の駅でアクティビティをしたこともあった。彼も内勤になって未だに鍛えることをやめていないため、40に近づいているとは思えない身のこなしだった。無論、予め予約してから行くこともあるがそういう時は前々より二人で計画を練ってから行くようになっていた。今日のような、決まりきった予定を告げられることは初めてだった。
どうして急に世良の反論を出せないようなタイミングで言ったのか。きっと否定されたくなかったからだ。付き合い始めてから降谷が案外子供っぽいことに気がついた。褒めると満足そうに口が緩むし、喧嘩すると拗ねて無口になる。その反応は近しい位置にいることの現れ……ならいいな、と世良は考えている。彼が否定されたくないようなことを考え始めてすぐにサプライズは当日の楽しみに取っておくことにした。そのほうが自分のためにもなる。なんの記念日でもない日に気合いを入れてデートに行く意味がなくたっていい。
カフェオレを片手にラップトップを開いた。新しく探偵の依頼は特に届いていない。一応、所長たる工藤にも伺いを立てるが、現行の依頼を進めることが目下の目標になっていた。これなら予定通り、木曜日は休みが取れそうだ。せめて遅れぬように今日こなすべき書類に手を付けた。パソコンのアラームが12時を告げる。目を瞬かせて伸びをしてデスクを離れた。報告書はあと半分が残っているが、進捗は問題ない。昼食は降谷に分けてもらった作り置きの惣菜と味噌玉を溶かした味噌汁、朝多めに炊いておいたご飯で済ませる。ノマドにちかい勤務実態を持ったこの探偵事務所は世良に良くあっていた。日常が特別になるワクワク感に心が浮つき、いつもより書類仕事のモチベーション維持も楽にできそうだった。
いつもは日焼け止めくらいしか塗らないところを時間をかけて顔を彩る。アイシャドウはブラウンにして、リップは少し濃い目の色でバランスを取る。髪型は手早く櫛でとかしてスプレーで固めておいた。さて本命の洋服に着替えようとするとノック音が三つ聞こえてきた。聞こえてきたのはいつもの彼の声。
「準備できた?入っても良い?」
「もうちょっとで出来るからリビングで待ってて!」
どうせなら完璧な姿を見られたいという乙女心からそう世良は答えた。ピッタリのワンピースをホックで留めて、ちょっと寂しい首元に去年の誕生日にもらった一石のダイヤモンドのネックレスをつける。外の風が強いことを見越してジャケットを羽織ればロイヤルブルーをかっこよく着こなした女性が姿見に映る。ふよふよとはねる髪が落ち着くだけでいつもより大人っぽくなった気がした。きっとディナーだけでなくその前のデートでも彼に見劣りしない格好になっている。そう自分に言い聞かせて寝室の扉を開けた。
「おまたせ。こんな感じで大丈夫か?」
「……びっくりした。いつもよりかわいい」
仕事へ行くときよりは少しカジュアルなネクタイにハイブランドのジャケットを合わせた降谷が一つ瞬きをした。
「えー、かっこいいだろ?テーマは“ホテルのバーで一杯飲んでる大人の女性”なんだけど。こんな感じで良かったのか?」
「かっこいいけど、僕にはかわいいんだよ。うん、今日は〇〇ホテルでディナーの予約を取ってるから、ドレスコードは適当だし、その前に丸の内で少しショッピングをしようと思ってる」
世良の頭に疑問符が浮かぶ。はてさて己が丸の内で見るものなどあるだろうか。それを見透かしているのか、降谷はこう続ける。
「スーツがほしいって言ってただろ、だからセミオーダーの店を見つけたんだ。生地も色々あるみたいだから真純に似合うのが作れると思うよ」
「え?でも高くつくじゃないか。そんなに着るわけでもないし……」
「でも放っておいたら、男物を選びそうだからさ。先手を打って僕が見繕ったほうが良いかなって」
せっかく飾られた顔がむくれる。降谷の本意は伝わっていないようだった。
「オーダーのほうが着てて疲れないんだよ。それは警察で作ってる僕が保証する。動きにくいのはいやだろ」
「そりゃそうだけど、…………まあいっか!楽しみにしてる」
切り替えが早いのが彼女の美点だ。さっくり丸め込めたことに喜びながらエスコートするために彼女に手を伸ばした。
スーツのオーダーは大成功で、降谷は上機嫌で代金を支払った。世良はされるがままに着せ替え人形となっていたせいで、店を出る頃にはぐったりしていた。
しっとりとした生演奏の流れるレストランでは適度に離れたテーブルで和やかに歓談が展開されている。予約していた席は窓際で東都の夜景を楽しむことができる。これほどかしこまった場に食事に来るのは久しいからかそわそわしている世良に食前酒のシャンパンを勧める。そっとグラスを掲げて乾杯の声が重なった。
「今日の良き日に乾杯」
「久しぶりのデートに乾杯」
おしとやかに一口飲み込んで香りを楽しんでいると視線がこちらに向いていることに気づいた。なに、と目線で問うと少し申し訳無さそうに一言こぼした。
「寂しかった?」
「うん?まあすこし……休日がかぶるとは限らないし、しかたないよ」
この前が運が良かっただけ、そうだろ?と問いかける世良の顔は本当にそう思っているからだろう、いつも通りだった。それは降谷にとってありがたくて、少し不満だった。ここで考えることでもない、と切り替えて眼の前の恋人と料理を楽しむことにした。
彼女も己も酒精には滅法強く、料理に添える程度の酒を摂取した彼女は少し上機嫌に見えるくらいだった。予定通り物足りなさを訴える彼女にバーラウンジにしようかそれとも、と誘った。キラリと輝いた瞳が降谷に近づく。そのまま顔が通り過ぎて首に手が回ってピッタリと密着した。
「やった、もうちょっと楽しみたかったんだ。せっかくのデートだし。明日は仕事だからゆっくりはできないけど……」
「ゆっくり、したらいんじゃないか。ほら、スマホ見て」
「うん……うん?………………いつのまに」
「さあ、いつだったかな?…………実は、ホテルに部屋をとってある。続きは部屋で、どう?」
するりと束縛から抜け出した降谷が世良のバッグを指差す。ずっとしまい込まれていたスマホには新しいメッセージが一件来ていた。工藤から[おまえ明日も休みだから楽しんでこいよ]……根回しはいつも通り完璧だった。行き先は決まって、一旦ロビーに戻りチェックインを待つ。世良はいつになく落ち着かなかった。母と娘の二人でホテル暮らしをしていたときはもっとカジュアルな場所であったし、これほど格式のあるホテルに泊まった記憶は数少ない。マナーはしっているし堂々としていればいいとわかっているが、表立ってこの場に居ることが幻か何かに思われた。
部屋はゆったりとした広さで、このホテルらしい豪奢な作りのリビングと寝室に分かれていた。世良がジャケットを脱いでいると、先に入った降谷が寝室に消える。世良もついていくと目の前にペールブルーの花束が現れた。
「わ、なんだ!?」
「僕もね、覚悟を決めたんだ。君をこんな曖昧な関係に縛っておくのはもう辞める。この薔薇は真純といつまでも一緒にいたいと思う僕の気持ち。受け取ってくれますか?」
「へ、……これってぷ、プロポーズ」
「……そうだよ。流石にここまですれば気づくだろ。真純のことだから、ちゃんと言わないとなあなあにして後回しにされそうだなって」
まだ受け取ってもらえない12本を抱えながら降谷が少し意地の悪い言い方をすると、固まっていた世良は食い気味に否定した。
「そんなコトない!ちゃんと考えて返事するよ。少し、時間は、かかるかもだけど」
「その時間すらも、惜しくなっちゃって。君に合鍵を渡した、それだけじゃ足りない。毎日真純の顔が見たい」
「〜〜!!」
ゆっくり区切りつつ彼女の目を見て言い放つ。決めた笑顔より、自然に緩んだ顔で花束を差し出しそっとかしずいた。案外ロマンチックなことに弱い世良の顔がみるみる赤く染まる。手は胸元で握り込まれてしまってまだ零の方に伸びてこない。仕草から感情を割り出そうとするクセを知らん振りして、どう、と言わんばかりに首を傾げた。今までこちらの作った壁をなんなくすり抜けて懐に入ってきたのに、最後の障壁で踏みとどまるつもりだったのだろうか。もう遅いというのに。引く気のない零にやっと気がついて、ふぅ、と気合の入った深呼吸を一つする。強く目をつぶって、ゆっくり開いたとき、もう迷いはなかった。
「えっ……と、その、ふっつかものですが?よろしく、おねがいします?」
いや、台詞には迷いがあった。うっすら混乱したまま手を彼の手に重ねる。零がそっと花束を握らせると、その真っ赤に彩られた唇に己のを重ね合わせた。軽く触れたあと、耳元でありがとう、とつぶやいた。少し震える真純の声がこぼれ落ちる。
「嬉しい、うれしいけど本当にボクでいいのかな」
「真純じゃなきゃだめなんだ。きっとこの機会を逃したらもう結婚はできないと思ってた。僕が幸せにしてもらった分を真純に返したいんだ」
きっと降谷の感情は半分だって伝わってない。そう思うのに彼女はあっけらかんと言い返す。
「充分返してもらってるのに」
「まだまだ、幸せになってもらわなきゃ。それに何かあってからじゃ遅いって知ってるから。きっと僕らは一人でだって生きていけるけど、二人ならずっと幸せな家族になれる」
「そうかな」
「そうだろ」
「そっか」
普通の幸せなど定められるものではない。普遍など個人の感情にはないのだから。何秒か何時間か経ったのちに、先程までの穏やかさを何処かにやっていつもの調子で真純が零と目を合わせた。
「ところでこれ、なんて花なんだ?」
ブルーグレーの花弁を撫でて真純が問うた。急に変わった雰囲気に今度は零が目を瞬かせてゆっくり真純から離れる。咲かせるのが難しい大輪の花弁はしっとりとして美しく真純の腕に収まっている。
「そこ?ブルーヘブンという種類のバラだよ。今まで持っていないとされていた青い色素を持つ、夢をかなえられるバラかな」
「ブルー・ローズの花言葉か、不可能にならなくてよかったな?」
持ち上げた花からかすかな香りが放たれる。真純の太陽のような暖かい香りと混ざり零に届く。いたずらな台詞と相まって妖しげな香りへと変わってゆく。するりと自信を持って降谷はいらえる。
「そりゃまあ、勝算はあったからね。僕が離してあげられないから、君だって離れようがないって」
「何だそれ。ボクが断ったらどうする気だったんだ?」
あまりにも彼にしては根拠なく見える自信に、思わず増えた問は零には愚問だった。ジャケットをドレッサーの前の椅子にかけると真純の手から誓いを取り上げて大切に机の上へ置く。それから彼女をエスコートしてベッドに落ち着けた。
「そりゃもう、はいって言わせればいい、だろ?今からでも試してみる?」
「そうだなぁ、せっかくだし零さんの本気、見せてもらおうかな」
「ふ、言ったな?僕の本気で真純がいつまで持つか観物だな」
「すぐ、降参しちゃうかも。だって零さんのことが大好きだから!」
2025/03/30 誤字脱字、もろもろ修正しました