以下ピクシブ投稿時のキャプションを転用
シリーズとうとう4作目(5作目)になりました。
険悪な男女が好きです。めちゃくちゃ探りあいしてほしいし、あしらわれて悔しがってほしい。その思いを込めて書きました。
今回のタイトルの説明を少々。
ドビュッシーの前奏曲集第一巻のとだえたセレナーデは2分半ほどの短い曲です。主題が他の曲のモチーフによって中断され、ついには途絶えてしまうという面白い構成になっています。横入りしてくるモチーフはスペインを連想させるようになっており、コントラストが美しいです。
互いの主張の違いがここまで美しくなくとも表現できていれば幸いです。
ふたり連なってドアをくぐり頬がピリつく夜風を浴びて、真純のおくれ髪が揺れた。外にでてしまえばあれほど煩かったホールが夢か何かのように音楽は聞こえなくなり、大通りを走る車の音と駅の方向からのさざめきが真純を日常に引き戻す。背を押す手はまだ離れず、介抱でもしているかのように真純の進路を固定して階段のネオンサインを後にした。されるがままに通りを一つ二つ越えるところまで歩き続け、大通りに出たところでふっと手から力が抜けて、真純はやっと操り人形ではなくなった。解放感から肩を回し、伸びをして気づかぬうちに入っていた力を抜いてからいちおう礼をするべく一歩前に出て振り返り、今日初めて降谷をまじまじと見る。今どきの大学生といっても違和感のないラフな格好をした彼が立っていた。柔和な表情は消え真純をじっと見返しているが、気に留めずに彼女は口を開いた。
「いやー、ありがとう!ちょっと危なかったけど、助かったよ」
歯を見せて笑う顔は先程のことをすっかり忘れ去って、晴れ晴れとしていた。すでに店の大半が閉まり光源は街灯と時折通る自動車のヘッドライトのみだ。ともにスリルのあるシーンを切り抜けた仲間は、真純が思ったよりも険しい顔をして先程までの人格とは不釣り合いなまでに厳しく低い声で咎める。
「ちょっと?どこがちょっとなんです」
「意外と運営に気に入られるのすぐいけるかと思ってたんだけだど、流石に無理があったな。まあボクの心象は悪くなってないと思うしまたチャレンジするか」
されど彼女には馬耳東風、降谷の小言を流し次の計画を立て始め、慣れないクラブが面白かったのか楽しげに口を回した。ちょっとした捜査のつもりでいるだろうことはすぐにわかる、軽い足取りで駅へと向かい始めた。歩道に伸びた規則正しく並んだ街灯の影を、サイハイブーツのヒールが何ごともないように横切った。対向には酔ってしまったのか揺すぶられても全く動かない男が座っていて、仲間が途方に暮れていた。昼間のニュースで見るのとは全く違った世界を歩いているようで何もかもが面白く見える。浮かれたまま進む真純にまた降谷が声をかける。
「ねえ、声聞こえてます?」
明らかに怒りのこもった声に思わず真純は足を止め振り返った。桜色のアイシャドウで彩られた双眸にきょとりと見つめられた降谷には、状況が把握しきれていないのだろうというお気楽な思考が見て取れた。
「だって、あのくらいボク1人でも抜けられたぞ。上に行けばステージの途中で誰もこっちなんて見てないし、女子のグループに紛れてしまえば声はかけられないだろ?」
そう主張する彼女は好みと違うように思える、サイハイブーツにミニスカート、ビッグシルエットのアウターといかにもクラブに興味のある少女といった服を着ていた。反駁すらもあまりの無知に呆れが顔を出すが、ここは言い聞かせるべきだと降谷も口角を緩めて声をかける。最初にひとつため息を付くことも忘れなかった。
「その程度の想定しかしていなかったんですか……それで、そもそも何をしにあのクラブにいたんです?男でも漁っていましたか?まあそんな度胸なさそうですけど。君にこんなところに来る趣味があったなんて驚きですよ。新しいご友人でもできました?」
「なんだよ!人のシュミを勝手に決めつけて、もともとクラブに興味があっただけかも知れないだろ!」
浅慮を嘆く少し高めの声に煽られて瞬時に彼女は言い返す。薄紅色に艶めく唇が不機嫌そうに曲がった。静かにまた一歩降谷が近づいて真純を見下ろした。
これからどこに顔を出すのか、顔の赤い男が足取りも怪しく二人に近づいてくる。通り過ぎざまに横目に見たが路頭で痴話喧嘩をする迷惑なカップルと一人合点し、迷惑そうな顔で歩いていった。それもそうだろう、と真純は思考を散らして思う。こんな場所でヒートアップする男女など、迷惑なだけだ。実際は付き合ってすらいないどころか、一回りも年が離れている知人にどうしてか叱られているわけでうんざりしているのだが。その現実逃避に気づいたかはわからないが、真純だけに聞こえる絶妙な声量で降谷は続ける。
「それでわざわざ招待制のパーティーに来たんですか。随分と手間を掛けますね?どうせ、探偵ゴッコでもしているんでしょう」
おさなごを叱るように眉を下げ、問いかけるその目線が煩わしく、へそを曲げたままの真純は体を回転させて再び歩き出した。どうしても速度が上がらないままヒールの音だけが高く響く。後ろから降谷がついてきている気配がした。真純は降谷に聞かせるように胸を張って口を開いた。
「ごっこじゃないぞ!ボクはちゃんと依頼を受けて……」
「依頼を受けたから、なんです?危険度も推し量れないアマチュアが一般人の依頼を受けたからって、のこのこと警察の領分に入れると、本気で思ってます?ただの一般人が?」
被せるように追撃をする降谷はゆっくりと追い立てるように足をすすめた。わざと立てられた足音から真純は逃げるようにピッチを上げるが慣れない靴では思いの外速度が出ない。あかりの消えた百貨店のガラス扉がロービームを反射して2人を照らした。一瞬目の前が眩しくなり、すぐ闇に切り替わる。
「ボクだって探偵だよ」
つい零れた言葉は彼女の本心だろうか、しかし降谷は鼻で笑い軽く流した。
「バイトで不倫の証拠を撮っているだけの大学生が探偵ですって?じゃあ聞きますけど、あのパーティーの運営に参加人数と客層、チケットの頒布経路からトラブルの発生状況まで調べました?」
答えられない真純はただ足を動かした。すぐそこにせまる駅前の電気の落とされたビジョンがただただ光を吸収して黒に染まっている。
「企画会社の登記情報なら調べたぞ。あとは代表の経歴も。ただ規模が大きいだけあっていろんな大学にチケットが回ってる、ことしかわからなかったけど」
でも一週間じゃそんな余裕なかったし、と言い訳じみた蛇足がついた。彼女は振り向かずに信号を見て止まる。降谷の思ったとおり、所詮は学生の調べ物だったということだ。わざとらしくため息を漏らし、己でも気づいているだろう穴を
「工藤くんなら、もっと調べてきますよ。少なくとも代表の出身校で聞込みはするでしょうね。親しい人間もそこで固まっている可能性が高い、そうは考えませんでした?」
「だって工藤くんなら警察からも情報をもらえるだろ。ボクだってそれならちゃんともっと情報を精査できるし」
「でも、だってばかりでは自分の身は守れませんよ?事実、君の情報は全く足りていない、もっと時間をかけて集めるべきだった。どういう依頼を受けたかは知りませんけど、少し調べておかしいと思いませんでした?SNSに上るのは女性の投稿ばかり、企画会社が取り上げているのも同様で女性が集まって撮った写真ばかりだったでしょう。男がチケットを使って入ったって投稿ありました?ないですよね、だってあのチケットは女性専用で男が入るためにはまた違うクチが必要ですから」
論点をずらそうとしたが降谷に姑息な手が通じるわけがない。正論を返され何も言えずに信号を見ていた真純を後ろから降谷が手を伸ばし抱きすくめた。きっちりと肘を固定し手が出ないようにしてから、彼女の片足にするりと降谷の足が巻き付いた。傍から見れば恋人同士がいちゃついているようにしか見えないが、腕を振り切ることも急所を蹴ることもできない。反撃しようともできない真純の耳元でヒヤリとした声が囁く。
「いま僕は君を簡単に殺せるわけです、首を絞めるも頸動脈を掻き切るも思いのまま。男女の体格差があればあの場にいた人間二人もいれば完全に君くらい抑え込めるでしょうね。ねえ、この姿勢で脅されたらどうします?相手が武器を持っていたら?その慣れていない靴で応戦できていましたか?」
青に変わった信号を渡る人間はいない。真純は動けずに降谷の爪が首筋をなぞるのに鳥肌を立てるしかなかった。チカチカと明滅し始めたアンペルマンが赤く立ち止まる。
「僕があの場にいなかったらどうなっていたでしょうね。薬でも飲まされて犯されていたかも知れませんね。君を犯したい男はいっぱいいましたし」
真純は、そこまで想定できていただろうかと自分に問いかけてゾッとした。たかが学生の催しと侮っていたわけではないが大規模であることで一定の保障がされているとどこかで思っていた。広告をてらす白熱灯が翠の虹彩を輝かせる。
「世良さん。君は自分の顔が他人にどう見られているかぐらい把握したらどうですか。今日は特に女性らしい格好をしていること忘れてません?使おうとしているならまだしも無意識にひきつけているようじゃ一般人と変わりませんよ」
信号はまた青に変わる。くすくすと笑う降谷はぱっと真純を解放した。ふっと切れた緊張によってまろび出るように横断歩道を渡る。靴なんてお構いなしに歩く音は大きい。客はいないが駅は眠らずに働きつづけている。まだ閉まっていなかった通路に入れば壁際にお目当てのロッカーが何事もないように置かれていた。ここで決着をつけるべく、ロッカーに体を預け降谷を待つ。先程までと変わらないペースで歩いてきた彼に真純から切り出した。
「でも、もうこれでボクだって当事者だ。関わっちゃったんだから、ボクが調べたってなんの問題もないだろ!?ボクがやってるのは人探しだし、あんたには関係ない。あんたが見ないふりすればいいんだ。それか、ボクに手伝わせてくれないか?せっかく同じものを調べてるんだし」
「手伝わせるわけ無いでしょう。ただの生娘に」
「じゃあボクはボクで動くから指図しないでよ!」
「そうやって他人の忠告を無視するところは赤井そっくりですね。ただ能力もないのにそのふるまいを許されていると思っているのはどうしようもなく愚かだ」
「うるさい!」
響いた声に改札にいた駅員が何事かとこちらを伺っている。降谷はそちらに会釈をして牽制してから真純に向き合った。眉尻を釣り上げ降谷を睨むその視線をものともせずに降谷も真純を見つめていた。
「せっかくボクに来た依頼なんだ。何か……成果を出さなきゃなんだよ。ボクだって探偵なんだからちゃんと調査できるって」
「まあ相手も大学生に頼んでいる時点でそんなに期待してないと思いますけどね」
柔らかい笑みとともに言われる言葉は冷たく真純に突き刺さる。
「ボクに頼ってきてくれたなら、ボクだって相応に返さなきゃ。そうじゃなきゃボクはシュウ兄にも工藤くんにも追いつけない」
足元にかかる影の輪郭がぼやけているのは無数の蛍光灯で作られるゆえにか、真純の焦点がぶれているのかわからなかった。うつむいて何も言わなくなった彼女になおも降谷は実に優しく問いかけた。
「ただの大学生なら大人しく学業に励んで、友人たちと友好を深めたらいかがです?こんなのに手を出すことないでしょう。その方がよほど建設的だ」
「こんなのって何だよ。あんたの仕事じゃないか!」
「学生の領分を超えていると言っているんです」
さきほどの繰り返しだったが、真純には届いていなかったようで再びかみついてきた彼女に身をすくめた。成果さえ出せば学生であろうがその領分に踏み込んでも赦されると思っていた節があるのは自覚していた。今までがそうであったように今回も、とそう思っていた真純がそっと様子を伺った降谷は真剣な顔をしていた。
「言い方を変えましょうか。邪魔なんですよ、一般人が探りを入れるのが。貴方の安全を確保できない上にこちらも危険にさらされる可能性が増えるなんてまっぴらごめんです。警察は
真純はそれに言い返せる言葉を持たなかった。何を言い連ねても、降谷の閉ざした門を開く鍵にはなり得ないとわかっていた。降谷はもう何も言い募ることのない真純を見てまたため息をつくともう帰りなさい、と一言かけた。
「終電もないのにどうやって帰るつもりなんです。まさかバイクでここまで来たなんて」
「そんなことしないって、ネットカフェかカラオケにに泊まろうと思ってたんだよ」
力なくそう言いながら背にしていたロッカーから荷物を取り出す。リュックを背負うと降谷の横をすり抜けて再び繁華街の方向に歩いて行こうとしたが、腕をつかまれ、タクシープールのある反対側に連れていかれた。先ほど目線を投げかけてきた駅員はもう二人に興味を失って業務に戻っている。痴情のもつれなど日常茶飯事なのか、通行人は誰も気にするものはいない。ロータリーにで目についた一番近いタクシーに真純を放り込み降谷は乗らずに運転手に声をかける。
「彼女を――までお願いします。お金はこれで、お釣りがあったら彼女にわたしてください。……これで、もうかかわらないように。いいですか」
「……」
こちらを覗う気配は感じていたが、反応を返さず行儀悪く肘をつき真純は窓の外に顔を向けている。窓ガラスに写る不満げな不良娘に返事を期待していなかった降谷は運転手に会釈して離れていった。ドアが閉まり静かになったタクシーはウインカーを出して走り始める。窓の外を眺めていても先ほどまでの高揚感はなくなってしまって、真純は無意識に握り込んでいた手を緩めた。何の曲かわからない古いダウナーな洋楽が流れていた。
思ったよりも長くなりました。多分読みやすさとト書きになりがちな地の文を直しはじめたらきりないですね。完結させることを目標にしているので書けるだけ書くのが第一ですが。
一応目処はたっているので一週間ごと1話なら来月には新しいシリーズに手を付けられそうです。いや手を付けるために書ききります。