戦闘が始まっておよそ1時間が経っただろうか。妖怪の群れが1万を超える軍勢に対して俺たち人間側はわずか数十人だ。それなのにこうして都への侵入を許さず持ちこたえられているのは都周辺に張られている妖力を制限する結界と司令部からの援護射撃のおかげだった。都がもつ高度な文明を活かした対妖怪迎撃システムによる後方支援によりなんとか現状維持までもちこめている。
「司令部より報告! あと数分で民間人の転移が完了します! 転移が完了次第総員戦線を離脱するように!」
「了解した! 全員聞いたな!?ここが踏ん張りどころだ!死力を尽くせ!!」
「「「「了解!!」」」」
あと数分…この調子ならなんとかなるだろう。しかしなにか妙だ。月へ移住するこのタイミングで突然妖怪の群れが現れたこともそうだが、群れを率いて都を襲おうとするほどの知能をもつなら迎撃システムのことを知らないはずがないだろう。この群れを率いているやつはいったい何のつもりで…。
そうやって俺が相手の意図を考えているときだった。群れの後方で突如とんでもない妖力をもつ”なにか”が現れ、一直線にこちらに向かってくる。
「!? 総隊長!群れの後方に突然とんでもない妖力が!」
「ああ、分かっている。私も感じたよ。おそらくあれがこの軍勢を率いている群長だろう」
すぐに総隊長に知らせたが総隊長も感知していたようで俺たちはそれを全力で警戒する。
そしてその妖力をもつ”なにか”が現れた。
「あら、たったこれだけ? ふうん、数人でこの群れを食い止めていたの…いや、違うわね。後ろのほうから嫌な感じがする、人間の技術によるものかしら」
それは一見するとただの少女だった。妖力の感知ができなければここまで警戒することはなかったかもしれない。しかしそれは民間人だったならの話だ。民間人なら異形の見た目をしている妖怪を恐れるかもしれない。だが警備隊に所属するものはみな妖怪の脅威を嫌というほど実感しており、だからこそ分かるのだ、人間に近い見た目をしている妖怪のほうが何倍も恐ろしいと。妖怪が異形ではなく人間の姿をしているということは高い知能と圧倒的な力を備えていることの証明であり、事実大妖怪と呼ばれる存在はほとんど例外なく人間に近い姿をしている。
よって目の前に現れた少女も間違いなく大妖怪でありこの少女こそが群れを率いている元凶であることは間違いないのだがそんなことも考えられないほどに俺たちはこの存在を警戒していた。 なぜならその少女にはある種族であることを証明するものがついていたのだから。
それは角だった。少女の額から二本の角が生えていた。 角が生えていて人間の見た目をしている妖怪の種族など一つしかなかった。
「その角…貴様、鬼だな?」
「ええ、そうよ? ついでにいうとこの群れを率いてあなたたち人間の集落を襲おうとしたのも私よ」
鬼。高い知能と力をもち妖怪のなかでも上位に位置する存在。上級の妖怪の群れが一人の鬼に蹂躙されたという話もあるほどだ。そんな存在がなぜわざわざ他の妖怪を率いているんだ?
「まったく集落に近づかないからなにかあったのかと思ってここまで来たのだけど…、まさかたったこれだけの数の人間に足止めされてるなんてね、所詮は雑魚の集まりってことかしら。それで…一番強そうなのはあなたね?」
そう言った瞬間鬼の姿が消えた。その直後…
「ぐぅ!?」
「あら意外。てっきりはじけ飛ぶと思ったのだけど」
総隊長の腹を鬼のこぶしが貫いていた。
「!? 父上!」
すぐそばで戦っていた依姫が総隊長に駆け寄ろうとする。
「次に強そうなのはあなただけど…あまり期待はできそうにないわね」
そう言って鬼がさっきと同じように依姫の腹を貫こうとする。
「させるかああああ!!」
俺は身体強化で依姫の前に飛び出し鬼の攻撃をギリギリで防いだ。
「…へえ?」
「奏さん!」
「全員総隊長連れて退け!もう全員の転移も終わってるはずだ!こいつは俺が止めるから早く!」
俺は他の仲間に撤退するように言う。司令部からの報告からすでに数分経っている、もう地上に残っているのは俺たちだけのはずだ。後は俺たちが撤退すれば作戦完了だろう。だが目の前のこいつが簡単に見逃してくれるはずがない。だから俺が食い止める。総隊長がやられていなければ絶対あの人が食い止めようとしてただろうが。
俺が鬼と向かい合っている間にほかの仲間は撤退していった。
「意外だな。簡単に撤退なんてさせてくれないと思ってたんだが」
「そうね、たしかに止めようと思ったけど…そんなことどうでもいいわ。今はあなたに興味があるの。初めてよ、私の攻撃を受け止めて生きている人は。何をしたのか聞きたいところだけど、そんなこと戦っていればそのうち分かるわよ…ねっ!」
そう言うとまたしても鬼の姿が消えた、と思ったら俺の目の前まで迫っていた。実際に対峙して分かった、こいつは消えたんじゃなくただ有り得ない速度で移動しただけだったんだ。それこそ相手に消えたと思わせるほどのスピードで。
身体強化による動体視力の強化でギリギリ反応できた俺はなんとか鬼の攻撃を防ぐ。能力で衝撃を吸収していなければとっくに剣は折れてそのまま俺の腹にこぶしが突き刺さっているだろう。今ほど自分の能力に感謝したことはない。
「ふふふ、また防がれたわ! しかも今度は正面から!あなたはいったいなんなのかしら!ただの人間がここまで楽しませてくれるなんて思ってなかったわ!」
そのまま同じように鬼の攻撃をなんとかしのいでいると急に鬼は黙り込んだ。
「ふぅ、このままずっと同じことの繰り返しだとつまらないわね…決めたわ。今からちょっとだけ本気でいくけど…簡単に壊れないでね?」
俺は本気でいくと言われた瞬間に同じように能力で防ごうとした。しかし…
「がはっ…ぁ?」
できなかった。能力で衝撃を吸収したはずが気づけば相手のこぶしを防いだ剣はへし折れ俺の体に刺さり衝撃を吸収できなかった俺はそのまま後ろに吹っ飛ばされる。
何だ?何をされた?能力が使えなくなったわけじゃない、今もこうやって能力で刺さった剣を体から取り除けた。だとすると考えられるのはただ一つ。
「能力で吸収しきれないほどの衝撃…ってことか?」
それしか考えられなかった。かつて永琳に俺の能力には上限がないと言われたが実際に試したことはなかった。今まで限界以上の量を吸収したことがなかっただけで実は上限が存在していたと言われれば納得するしかない。
「あら、思ったより近かったわね。もっと遠くまで飛ばしたと思ったのだけど。でもまだ無事なのね、やっぱりあなたは素晴らしいわ! 私の本気を喰らってまだ生きているなんて!」
鬼はそう言ってはしゃいでいる。今の俺を見てどう考えたら無事だと思うんだろうか。これが人間と妖怪の価値観の違いってやつか…。
「げほっ、どこを…どう見たら、無事に見えるんだ…」
すでに満身創痍の体に鞭を打って立ち上がる。すでに体はボロボロ、武器だってへし折れてもうない。鬼相手に素手でやれることなんてほとんどない。今の体じゃ霊弾もたいした威力もないだろう。
…いやまて、武器ならあった。今まで一度も使わずに忘れていたあれが。
俺は能力でずっとしまいこんでいたそれを取り出す。そのとたん鬼は目を見開いた。
「あなた、そんなものまで持ってるのね…ますますあなたが何なのか気になってきたわ」
「別に、ただの人間だよ。神の力が使えるなぁ!」
俺が取り出したのは布津御魂剣。俺を転生させた爺さんからの貰い物。全てを絶つこの剣ならこいつとも戦えるはずだ。それに布津御魂剣に宿っている神力によって体の傷も多少は癒えた。
だがいくら神器を持ったところでただの人間がこの化物に勝てるはずがない。
なら、人ならざる者なら?
ずっと人間として生きていたし転生してからも人として過ごしてきたから忘れていた。思い出せ、今の俺はなんだ?
言われたはずだ、俺は人の身でありながら神の力を使える存在だと。
「神力…解放…!」
そう呟いて俺は自身に宿る神力を解き放つ。今まで感知すらできなかったそれを今でははっきりと認識できる。今の俺は現人神。人と神の挟間に生きる者。
神力と霊力を混ぜ合わせ霊弾を作り出す。
作り出した霊弾はなぜか剣の形をしているが布津御魂剣のもつ神力にイメージが引っ張られたせいだろうか、まあ形なんてなんでもいい。今はただ目の前のこいつを倒すことだけを考えろ!
「ふふ、ふふふ、ああ、素晴らしいわ!まさか神だったなんて!」
そう言うと鬼の妖力が膨れ上がる。さっき感じたとき以上だ、文字通り全身全霊で俺を殺すつもりなんだろう。
「本気で殺り合うというのに名乗らないのは失礼よね。改めて、私は紅櫻 蓮華。鬼よ」
「月雅奏。現人神だ」
互いに名乗り改めて向き合う。もう仲間の撤退も終わってるだろうし俺の目的は時間稼ぎなのでこれ以上蓮華と戦う理由はないのだがこいつが簡単に逃がしてくれるわけないだろうし今逃げたら本気で月まで追ってきそうだ。
「じゃあ、改めて…本気でいくわ」
「上等、こっちも死ぬ気でやってやる」
「いざ…」
「尋常に…」
「「勝負!!」」