諏訪の国で暮らし始めて数日、翠さんに呼び出された。預けておいた服の修復が終わったらしい。
「すみません奏さん。預かった服なんですが完璧に元通りにはできませんでした…。なにせ元の形が分からないくらいボロボロだったので…」
「いえいえ、気にしなくていいですよ。むしろこっちが謝りたいくらいです。あんなにボロボロなのに直すの頼んじゃって」
「いえ、私が自分から頼んだことですから。あ、それでこちらになるんですが」
そう言って翠さんは包みを渡してきた。
「なるべく元の形に近いようにはしてみたつもりなんですが、元の形を知らないのでなんとも…」
包みを開けるとあのぼろきれとは思えないほどに修復されている服が入っていた。
「これでも十分ですよ!あんなぼろきれがちゃんと服に戻るなんて…」
「大きさなどは合ってると思うんですがどうでしょうか?もし違和感があれば遠慮せずおっしゃってくださいね」
確認のため一度部屋をでて着替えてみる。前の形より和服に近い形になっていた。
「うん、サイズも問題ないし、特に問題はな…い…」
着替えて始めて分かったが羽織らしきものに彼岸花があしらわれていた。
もとが黒い服に赤色の装飾だったのだから直したあとの色もそうなるのは当然だ。しかし黒の服に彼岸花…。嫌でもあいつを思い出す。
俺が思い浮かべたのは化物じみた力をもったとある鬼だった。たしかあいつの服も黒に彼岸花の模様が入った着物だったはず。何の因果か俺はあいつとペアルックじみた格好になったわけだ。辛い。
とは言えあいつがいたのは一億年も前だ。どんな化物じみた力をもっていても一億年も生きていられるはずはないだろう。そうだ、そうに違いない。だからもうあいつとは会わないに決まってる。
そう自分を納得させつつ翠さんに改めてお礼の言葉を告げた。
「おおー、服直ったんだ。よかったね」
諏訪子がそう言いつつ眠そうに目をこすりながら部屋に入ってくる。ちなみに今はもう昼だ。こいつついさっきまで寝てたな。
「おはよう、もう昼だぞ。お前いつもこんな時間まで寝てるのか?」
「しょうがないじゃん。どうせ早起きしたってやることないんだし。そんなことよりさ、服直ったってことはもう出て行っちゃうの?」
諏訪子が若干寂しそうに聞いてきた。たしかに服が直るまではここにいるって話だったな。でも今出て行っても他に行くところもないしなあ、もう少しの間はここにいてもいいか。
「それなんだけどさ、他に行くところもないしもう少しここで世話になってもいいか?」
俺がそう言うと諏訪子の顔がみるみるうちに明るくなった。
「もちろんだよ!なんならここに永住してもいいんだよ?」
「はは、それもありかもな。この国居心地いいし」
そうして俺の諏訪の国滞在はもう少し続くことになった。
諏訪の国に滞在して1ヶ月、俺は近くの森を散策していた。最近はこうして諏訪の国周辺を散歩して過ごしている。最初は町を散策していたのだが目ぼしいところはだいたい巡ってしまったので最近はこうして町以外を見て回っているのだ。
ちなみに散歩して過ごしていることを諏訪子に話したら老人みたいだと言われた。たしかに年齢だけみたらそうかもしれないが体と中身はまだまだ若いはずだ。というか一億年前からまったく変わっていなかった。これも現人神になった影響だろうか。
そんなことを考えてつつ森を進んでいくと開けた場所にでた。
「おお…、すごいなここ。こんなところにこんな立派な花畑があったのか」
そこには一面の花畑が広がっていた。色とりどりの花が咲き誇っており見事な風景を作り出していた。
俺がしばらく花畑を眺めているとどこかから話し声が聞こえてきた。
「へへ、今日もしっかり咲いてるじゃねえか。じゃあいつも通りやるとするか」
「おう、ここは何度持って行っても次の日になりゃ元通りだからな。おかげでいい稼ぎになるぜ」
二人組の男がそんなことを話しながら茂みからでてきた。たしかあの二人は町で花を売っていた男だ。
俺がいることに気づいていないのか男たちは突然花畑を荒らし始めた。
「!? おいおい!何やってるんだあんたら!」
「ああ?誰だてめえ?」
「見てわかんねえのかよ。花持っていくだけだろうが」
「持っていくって…、だからってそんな風に荒らさなくたっていいだろう!? 持っていくにしてももう少し丁寧に…」
「うるせえんだよ!別に誰の場所ってわけでもないんだから俺らがどうしようが勝手だろうが!」
「知らねえようだから教えてやるよ。この花畑はなあ、どんだけ滅茶苦茶に荒らしても次の日になりゃ元通りになってるんだ。だから多少乱暴にしたってかまわねぇんだよ! これ以上俺らの邪魔すんならちょっと痛い目見てもらおうか?まあ、見られたんだからどっちにしろただじゃ済まさねえけどなあ!」
そう言うと二人組がいきなり殴りかかってきた。こいつらの言ってることは滅茶苦茶だ。いくら元通りになるからといってそれは花畑を荒らしていい理由にはならない。二人には悪いがすこし懲らしめたほうがいいかもしれない。
俺は殴りかかってきた二人を躱して逆にその腕をつかみ投げ飛ばした。もちろん花畑とは逆の方向だ。
「ぐあっ!」
「くそっ、なんなんだよこいつ…。おい!もう行くぞ!」
すこし投げ飛ばしただけで二人はすぐに逃げるように引き返していった。
「はあ、せっかく綺麗な場所見つけたのに…。あんな奴らが来るんじゃここの花も不憫だな」
俺がそう言いながら花畑を後にしようとすると…
「あ、あの!」
「ん?」
突然話しかけられた。声が聞こえたほうを見るとそこにはいつの間に来たのだろうか。少女が一人立っていた。
「あの、あの人たちから花を守ってくれて、ありがとう、ございます!」
「いや、俺が勝手にしたことだしそんなお礼なんて…。というか、そんな風に言うってことはこの花畑は君の?」
「は、はい。ここの花畑は私が作ったものです。そういう妖怪なので…」
妖怪。少女がそう言うまで一切気づかなかった。よく見ればわずかだが少女から妖力が感じられる。だがあまりにも弱かった。よく注意しなければ分からないくらいに。
俺が警戒したのを察したのか少女は慌てだした。
「ま、待ってください!妖怪といっても人を襲ったりだとかそういうことはしません!私は花妖怪ですし力も弱いのでそんなことできないですし、考えたこともないです!」
まあ、言われてみればそうか。もし本当に人を襲うような妖怪ならさっきの二人組はとっくに生きていないだろう。
「あの人たちにはずっと困ってたんです。いつも勝手に花を持っていくし、花畑も荒らされて…。そのたびに花を植えなおしたりしてたんですけど、最近は毎日来るようになってこれ以上荒らされたらどうしようって思ってたんです」
話を聞くとあの二人はこの花畑を見つけてから何度も花を持っていっているようだ。日に日にその頻度も増しており最近は毎日来るので困っていたらしい。
「そうだったのか。でも妖怪なら人間を追い返すくらいできるんじゃないか?」
「む、無理ですよ。私は妖怪のなかでも特に力が弱くて…。人間にだって勝てないんです…」
まさか人間を恐れる妖怪がいるとは。なんでも昔花畑を荒らしに来た人間を追い返そうとしたら逆に返り討ちにあったらしくそれがトラウマらしい。
「それで…、あなたに頼みたいことがあるんです」
「頼みたいこと?」
「あの…、わ、私を強くしてほしいんです! 自分でも花を守れるくらいに強くなりたくて、さっきあの人たちを追い払ってくれましたし、妖怪の私の話をちゃんと聞いてくれたのはあなたが始めてなので…」
うーん、強くするっていってもなあ、妖怪を強くしてもいいものかな?もしそれで近くの村とかを襲い始めても困るし…、あ、そうだこうしよう。
「君が花を思う気持ちはよく分かった。俺もこれ以上この花畑が荒らされるのは見たくないし君の修行に付き合ってあげてもいい」
「ほ、本当ですか!「ただし条件がある」条件、ですか?」
「そうだ、修行して強くなっても絶対に自分から人間の村とかを襲いに行ったりしない。あくまでも花畑を荒らしに来た人間を追い返す力をつけるための修行だ。それと人間を必要以上に痛めつけるのも駄目だ。この二つを守れるなら修行に付き合う」
「守ります!もともと人間を襲うつもりもないですし、争いごとは苦手なので。花畑を守れるようになりたいだけなので」
嘘は言ってなさそうだった。本当に花を守りたいだけなんだな。それなら俺が断る理由もない。最近は散歩にも飽きてきたからやることができてちょうどよかった。この花畑が荒らされるのは俺も嫌だし。
「じゃあ明日から修行始めるか。俺は月雅奏。しばらくよろしくな」
「風見幽香です!よろしくお願いします、師匠!」
「し、師匠?なんで?」
「だって修行をつけてくれるんですよね?なら師匠って呼んだほうがいいかなって」
まあ、本人がそれでやる気になれるならそれでいい…のか?
そんな感じで俺にこの世界に転生して初めての弟子ができたのだった。