花畑から戻ると諏訪子が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「奏ー!大変だよ!大変なんだよ!」
「いきなりなんだよ、何があったんだ?」
俺がそう尋ねると手紙らしきものを突き付けられた。
「なんだこれ、手紙?」
「さっき大和の使者がやってきて渡されたんだよ! この国と戦争するぞって!」
「はあ?」
手紙を読むと確かに宣戦布告の旨が書かれていた。というよりかなり挑発的な内容だ。
「なんだこれ、いきなりやってきてここまで挑発してくるなんて。大和の国っていうのはそんなに礼儀知らずな連中なのか?」
「ね、いくら大国だからって失礼にも程があるよ! ってそんなことよりやばいんだよ。大和の国を治めてるのは軍神なんだ。それにさっきも言ったけど大和はかなりの大国で国盗りをすることで勢力を拡大してるんだ。ここに戦争吹っ掛けてきたのもきっと諏訪の国を乗っ取って信仰を奪うつもりなんだよ」
神にとって信仰は命そのものなんだったか。信仰を得られない神は人々に忘れ去られいづれ消滅する、だから神は人々から信仰を集めるために国を興しそこに住む民を守護することで信仰を得る。人と神も持ちつ持たれつの関係というわけだ。
その国を乗っ取るということは信仰を奪われることを意味する。国を失えば信仰を得られず元居た神は消滅してしまう。逆に乗っ取った側はさらに多くの信仰を得ることでより強大な力を得る。
そして大和はその国盗りによりこの辺り一帯を支配しているそうだ。俗に言う軍事国家、国盗りで繁栄してきた大国というわけだ。
軍事国家といわれるだけあって大和の国はかなり大規模な軍を持っているらしい。しかも軍を形成する兵士は全員神の力を授かっているのだとか。そんな連中と真正面から戦っても勝てる見込みはない。諏訪の国にもそれなりに兵士はいるが全員ただの人間だし軍と呼べるほどの数もない。
「ただ規模が大きいだけの軍勢だったら私一人でなんとかなるけど、全員が神の加護を受けてるんじゃ話が別だよ。せめて一騎討ちとかならまだ何とかなるかもなのに…」
「…ん?一騎討ち…それだ!」
「え、それって?」
「だから、一騎討ちさせればいいんだよ。諏訪子と大和の大将の一騎討ち。それならまだ勝ち目はあるんだろ?」
「いやいやいや、無理でしょ! わざわざ一騎討ちなんて受けてくれるはずないしそんなことしなくても向こうはただ軍をぶつけるだけで勝てるんだから」
「そこは俺に考えがある。諏訪子はただ相手に勝てばいいだけだ。あ、それと大和への返事の手紙書いといてくれ。諏訪の使者として持っていけば話も通りやすいだろうし」
「ええ~? ほんとに大丈夫かなあ。というかなんでそこまでしてくれるのさ。奏は別にこの国の民でもないし言っちゃえば他人事なのに」
「友達が困ってるのに見捨てるほど人でなしじゃないさ俺は。それにこの国気に入ってるんだ、ここを守りたいのは俺も同じなんだよ」
「そ、そっか。ありがとう。でも実際どうするのさ。考えがあるっていっても何するつもり?」
「大和からの手紙の内容思い出してみろ。俺はやられたことはきっちり返す主義なんだ」
「うわあ、奏がやろうとしてることなんとなく分かった気がする。すごい悪い顔してるよ?」
失礼な、俺は純粋にこの国のためにやろうとしてるというのに。
三日後、俺は諏訪子が用意した返事の手紙を持って諏訪の国からの使者として大和の国を訪れていた。
「さすが大国というだけあるな。町も神社も規模が諏訪の国とは段違いだ」
大国と呼ばれるのも納得できるほどの大きさであり戦争を前にしているとは思えないくらい活気に満ちていた。軍事国家だから慣れているのだろうか。
「まあとりあえずその軍神様とやらに会いに行くかな」
俺は町を通り過ぎ神社に向かった。
「貴様何者だ。ここは我らが八坂様が住まう場であるぞ。貴様のような者が気軽に立ち入れる場所ではない」
「これは失礼した。私は諏訪の国の使者でございます。この度諏訪の国を治める洩矢諏訪子様からの書状を届けに参りました」
「なに?諏訪の国からの使者だと? 笑わせるでないわ、あのような小国ごときの使者を相手するほど我々は暇ではないのだ。まあ、貴様らのような矮小な国の輩には想像もできんだろうがな。はははははは!」
よしよし、やっぱりこちらのことをなめ切っているな。あんな挑発的な宣戦布告をしてきたのだからもしやとも思ったが予想通りだった。これでやりやすくなった。
俺は意を決して作戦を実行する。
「やれやれ、かの大和の国の者はどれだけ聡明かと思ったらこんな馬鹿が顔役とも言える門番を勤めているのか。よほど人員に余裕がないのか、それとも上が馬鹿だと下も全員馬鹿なのか?」
俺の作戦はシンプルなものだった。徹底的に煽り倒し騒ぎを起こして相手の大将を引きずり出す。場合によってはこの場で斬り捨てられてもおかしくないがこの程度の相手にやられるほど弱くはない。
「な、なんだと貴様!今八坂様を愚弄したか!到底許されることではないぞ!」
「馬鹿にされたくなかったらそれなりの態度を見せればいいだけだろ?そんなことも分からないから馬鹿なんだよ。部下がこんなんじゃその八坂様とやらも程度がしれるな。まあいきなりやってきてあんな書状を突き付けてくるようなやつなんだから当然と言えば当然か」
「貴様…!もう我慢ならん!使者だろうが知ったことか!今すぐたたっ斬ってくれる!」
そう言うと門番は顔を真っ赤にして斬りかかってきた。俺はそれを躱し足を引っかけて転ばせてやった。
「き、貴様ぁ!おい、集まれ!この輩を始末するんだ!」
門番がそう呼びかけると他の兵士たちも集まって一斉に襲い掛かってきた。しかしどいつもこいつもまるでなってない。いくら激昂しているとはいえ足さばきや太刀筋もお粗末としか言えなかった。こんなのが本当に軍事国家の兵士なのか?
俺が連中を適当にあしらっていると神社から突然声が聞こえてきた。
「うるさいねえ! さっきから人の家の前でなに騒いでんだい!」
「や、八坂様!申し訳ございません、今この不敬者を捕らえますので…」
「不敬者ぉ?…こりゃ驚いた。人間なのに神力を持ってるじゃないか。その剣…いやそれ以外からも感じるね」
「へぇ、やっぱり神だと分かるんだな。あんたの言うそれ以外っていうのは多分俺がもつ神力だな」
「そういうってことはあんた現人神とかいうやつかい。ホントにいるとはね。それで、この状況についてはどう説明するつもりだい?」
「ああ、そこも含めて話すよ。俺は別に争いにきたわけじゃないんでね」
「ふーん、ま。いいさ。上がんな、茶くらいはだすよ」
「八坂様! こんな素性も知れない者を上げるなど…」
「あたしがいいって言うんだからいいんだよ。それより全員さっさと持ち場に戻んな」
「は、はっ!申し訳ございません!」
軍神様がそう言うと兵士たちはすぐに散っていった。
「とりあえず名乗っておこうか、あたしは八坂神奈子、大和の国を治める神さ。それじゃあさっそくだけど聞こうじゃないか。まずあんたは何者だい?」
「俺は月雅奏。諏訪の国からの使者だ。諏訪の神からの書状を持ってきたんだが小国の輩に付き合う暇はないって相手にされなかったんでな、ちょっと騒ぎ起こしてあんたに直接出てきてもらおうとしたってところだ」
「諏訪の神からの書状ねぇ、それで、内容は?」
「この前そっちがしてきた宣戦布告への返事だ。ここで言うのもなんだが宣戦布告というには内容が酷すぎたぞ。いつもあんな感じで戦争吹っ掛けてんのか?」
「…待ちな、諏訪の国への宣戦布告?あたしはそんなの知らないよ。確かに信仰を譲るように呼びかけはしたけどさ、そんないきなり戦争なんて野蛮なことしないよ」
「え?でもたしかに宣戦布告されたって…」
「そのうちの国から渡されたって書状、あるかい?」
「あ、ああ。これだ」
俺は神奈子に大和の国からの書状を渡す。諏訪子に念のためと渡されたが持って来てよかった。
「…確かにうちの国からの書状だ。でもあたしはこれを知らない、ということは完全にこっちのやつが勝手にしでかしたことだね。大和を治める者として謝罪するよ、すまなかった」
そう言うと神奈子は頭を下げる。どうやらあの書状について神奈子はなにも知らされていなかったようだ。でもだとすると誰が何のためにあの書状を用意したのだろう。
「そんな謝らなくていいよ。知らなかったんならしょうがないし、それより問題は誰がその書状を用意したのかだ」
「それなら心当たりがある。うちの連中の中でもかなりの過激派なやつさ。今すぐ話をつけてくるからちょっと待っててくれないかい?」
そう言って神奈子は部屋を出ていった。
一時間後、ため息をつきながら加奈子が戻ってきた。
「すまないね、長いこと待たせて」
「いいよそれぐらい。それより話はどうなったんだ?」
「ああ、あたしが諏訪の国に信仰を譲るよう呼びかけるって言ったのを曲解したのか戦争を仕掛けるってことになってたんだよ。まったく、勝手に宣戦布告までするなんてねえ」
そいつただ暴れたいだけじゃないのか?いつの時代も戦闘狂はいるんだな。
「とにかく、うちの連中が迷惑かけたね。宣戦布告についてはなかったことにする…と言いたいんだけどねえ」
「出来ないのか?」
「あの馬鹿が国中に言いふらしてたんだよ。近々諏訪の国に戦争を仕掛けるって。今さら宣戦布告を取りやめたりしたら民からの信仰に関わる。一応軍神として信仰されてるわけだしね。その代わりといっちゃなんだけどさ、戦争の取りやめ以外ならそっちの要求をできる限りのむってことでどうだい?」
俺は心の中で密かにガッツポーズをした。願ってもない申し出だ。
「それならこっちから一つ要求がある。今回の戦争、互いの大将どうしの一騎討ちっていうのはどうだ?もともとそれを頼みにきたんだ」
「へぇ、一騎討ちとはね。確かにそれなら互いに徒に兵を消耗せずにすむね。もともとする気がなかった戦争なんだ。それぐらいなら喜んで引き受けるよ。でもいいのかい?知ってると思うけどあたしは仮にも軍神なんだ、戦う以上は全力でやらせてもらうよ。簡単に勝てるとは思わないでくれよ?」
「それならこっちも失礼ついでに忠告だ。あんまり諏訪子を舐めないほうがいい」
一騎討ちの約束を取り付けた俺はそのまま諏訪の国に戻った。
「奏ー!無事!?大和の連中に何もされなかった?」
「大丈夫ですよ諏訪子様。奏さんは何かされるようなことをする人ではないですし」
「とりあえず向こうの兵士滅茶苦茶に煽ってやった」
「奏さん!?」
諏訪の国に戻ると諏訪子と翠さんに出迎えられた。俺は大和の国での出来事を二人に話す。
「ほんとに一騎討ちの約束取り付けるなんてねえ。ていうかほんとにあの作戦やったんだ。下手したら今ごろ死んでたよ?」
「結果的に上手くいったんだからいいだろ。それにあの程度の連中に殺されるような修行はしてないさ。俺を殺したきゃ鬼でも連れてこいっての」
「奏を倒すなら鬼でも四天王ぐらいじゃないと話にならなそうだねえ。ま、いいや。それより今は軍神にどうやって勝つのかだよ」
「それはもうお前が死ぬほど頑張るしかないな。能力も道具も全部使って勝つ。戦いなんて最後まで立ってたやつの勝ちなんだ、とにかく相手の嫌がることで攻めまくればいい」
「奏って戦いのことになったら性格悪いよね」
人がせっかくアドバイスしてやってるのになんてこと言うんだこの幼女は。
「ま、奏の言うことにも一理あるか。とにかく相手の調子にさせなきゃいいんでしょ?祟り神の本領発揮といこうじゃないか」
「そうそう、それくらいの気持ちでいいんだよ。負けたときのことなんか負けたとき考えればいいんだから」
「それもそうだね。よし、じゃあ今日は景気づけに宴といこうじゃないか! 翠ー!お酒持って来てー!」
「ほどほどにしてくださいよ諏訪子様。飲みすぎて二日酔いになっても知りませんからね?」
「大丈夫大丈夫。神がそんな簡単に二日酔いなんてならないって。ほらほら、翠も飲みなよ。今日は前祝いだー!」
「そうだそうだ飲め飲めー!あははははは!」
「はあ、奏さんまで…。まあ、たまにはいいか…」
翌日、俺と諏訪子は昼まで起きれなかった。酒は飲んでも吞まれるなという言葉が身に染みた。
私はまだお酒飲めないんですけど二日酔いってほんとに辛いらしいですね。皆さんもお酒はほどほどに…