第十九話 鬼との出会い
諏訪の国を旅立って数ヶ月、俺はとある山を歩いていた。
「あー、腹減ったなぁ。あ、そうだ、昨日魚釣ったんだった。瓢箪に水と一緒に入れてるからまだ生きてるだろ」
俺は早速瓢箪から魚を取り出し焼こうとしたのだがなぜか酒の匂いがした。この瓢箪に酒を入れたことはないから匂いが残っていたなんてことはないはずだ。
「ん?なんで酒の匂いが…水と酒を間違えたなんてことないよな。魚生きてるし」
不思議に思った俺は好奇心で瓢箪の水を掬い舐めてみた。するとどういうわけか瓢箪の水は酒に変わっていた。
「なんだこれ、今まで飲んだどの酒より美味いぞ!? ただの水だったはずなのに…というかなんで酒の中で魚が生きてるんだ?」
普通の魚なら酒のなかに一晩漬けられたらとっくに死んでいるはずだ。しかし俺が釣った魚は今も酒の中を悠々と泳いでいる。
「あー、まてよ。たしか神奈子が言ってたな。水に一晩漬けたら水を酒に変える生き物がいるって」
たしかその生き物は酒虫とかいう名前だったか、実際は魚だったわけだが。名前に虫と入っているのだからこれを探すやつは皆虫の形だと思って探すんだろうな。俺も知らなかったら酒虫が魚だなんて信じないだろう。
偶然とはいえせっかく手に入った酒虫を食べるのはもったいないので俺は近くの川で魚でも釣ろうかと思い川を探すことにした。
「…釣れないなあ」
川を見つけて数十分、俺は未だに魚が釣れずにいた。もう諦めて木の実でも探そうかと思っていたら茂みから声が聞こえた。
「ねぇ、勇儀。ほんとにこっちにいるの?さっきからずっと同じところグルグル回ってない?」
「山なんてどこも似たような景色なんだからそう感じるだけだろう?それとあれがどこにいるかなんて私も知らないよ。知ってたらとっくに見つけて…あれ、珍しいね。こんなところに人間がいるよ」
「え?…うわホントだ。人間いるじゃん、迷い込んだってところかな?」
声のほうを見ると茂みから二人組がでてきた。俺はとっさに霊弾を準備する。
「…鬼か」
「あれ、霊力使えるんだ。それに鬼を見て逃げ出そうとしないなんて、ますます珍しいね。久しぶりに楽しめそうだ」
「待ちな、萃香。こいつは私が見つけたんだから先に私が…ん?この匂い…あんた酒持ってないかい?それも上等なやつ」
「持ってるけど、それがどうした」
「そんなに警戒しなくてもいいよ。なにも取って食おうってつもりじゃないんだ。もしよかったらさ、あんたが持ってる酒をちょっと分けてくれないかい?私らが持ってた分は全部飲んじゃったんだ」
俺は警戒しつつも酒の入った瓢箪を渡した。
「いやぁ悪いね。こんなに上等な匂いがする酒は久しぶりなもんだから…さ…」
俺が渡した瓢箪を開けたとたんに鬼の一人が黙り込んだ。酒が気に食わなかったのか?
「ん?どうしたの勇儀。急に黙り込んじゃって」
「萃香、これ見てみな、酒の中で魚が泳いでるよ」
「あれ、ホントだ…ってことはもしかして!?」
「私らが探してたやつってことだ!やったー!ついに見つけたー!」
もう一人の鬼に酒を見せたとたんに二人ははしゃぎだした。なにがなんだか…
「いやー、すまないね、いきなり騒いじゃって。あんたが持ってた魚が私らがずっと探してたやつだったもんだからつい…」
「ごめんごめん。全然見つからなかったもんだからつい、ね」
「探してたって、酒虫のことか?」
「そうそう、虫っていうからずっと森の中探してたんだけどまさか魚だなんて思わなかったよ」
「それで、本当にいいのかい?酒虫譲ってもらっちゃって」
「いいよ別に。そこまで酒が飲みたいってわけでもないしな」
「そうかい。それじゃあ遠慮なく貰っておくよ。代わりって言ったらあれだけどさ。お礼に私らの集落に案内するよ。貰ってばかりっていうのは性に合わないんだ」
「集落っていうと…やっぱり鬼の集まりだよな」
「そりゃそうさ。あたしらは鬼なんだから。心配しなくても酒を譲ってくれた恩人に手を出すような連中じゃないよ」
「いやそうじゃなくて…まあいいか。じゃあせっかくだし案内されようかな」
「いいねいいね、じゃあ案内するよ。あ、そういえばまだ名乗ってなかったね。あたしは伊吹萃香、見ての通り鬼だよ」
「私は星熊勇儀、しばらくよろしく!」
「俺は月雅奏だ。こっちこそよろしく」
そうして俺はどういうわけか鬼の集落に案内された。
「お前らー!持って帰ってきてやったぞー!」
「「「うおおおおおお!!酒だあああああ!!!」」」
「ここにいる人間が親切に譲ってくれたんだ、感謝するんだよ!」
「まじか、人間が!?」
「人間にも気前のいいやつがいるんだな!」
鬼の集落に着いてまず思ったことはどいつも酔ってるなってことだった。見ればそこらに酒瓶が転がっている。鬼は無類の酒好きというがどうやら本当だったらしい。
「勇儀の姐さん!その人間連れて来たってことは腕試しするんですか!」
「腕試し?」
「なんだ知らないのか人間。腕試しっていうのはな、たまに腕っぷしが強そうな人間を連れてきて俺らの中から一人選んで戦うんだよ。楽しいぞー!なにせ人間との真剣勝負だからな!」
それは真剣勝負と呼べるのだろうか。人間からしたらいきなり攫われて鬼と戦わされるなんてたまったものじゃないだろう。
「そうだねー、そういえばしばらくやってなかったね。よし!じゃあせっかくだしやろうじゃないか!奏もやるだろ?」
断れる雰囲気じゃないなこれ。手を出したりはしないと言っていたがこいつらにとってこれは手を出すというより純粋に娯楽として楽しんでるんだろう。付き合わされる人間の身にもなってほしい。
「はあ、わかったよ。やればいいんだろやれば」
「よし!じゃあ早速始めるよ!誰がいく?」
「「「はーい!!」」」
「全員じゃないかい。あのねぇ、奏は人間なんだからあんたら全員とやれるわけなi「いいよ」…え?」
「全員とやってやるよ。どうせお前ら自分がやるまで気済まないだろ?」
「おいおい兄ちゃん、いくらなんでも俺たちを舐めすぎじゃねえか?後で後悔しても知らねえぜ?」
「舐めるも何もないだろ。言っちゃ悪いけどあんたら全員、俺が昔戦った鬼より弱そうだ」
ここに来てから感じる妖力を全部合わせても蓮華の足元にも及ばない。こいつらがかなり強いことは確かだろうがあいつと比べるとさすがに劣る。逆に言えばそれぐらい蓮華は鬼の中でも規格外ということになるが。
「…へぇ?まさか人間に弱そうなんて言われるとは思ってなかったよ。そこまで言われて下がったんじゃ鬼の名が廃るってもんだ。ならお望み通り、あたしら二人を除く全員と戦ってもらおうか」
「ん?萃香と勇儀は戦わないんだな」
「私らはいいよ。どうせならあんたとはサシでやりたいからね」
「姐さん!もういいだろ、早く始めようぜ!」
「はいはい、あいつら全員を倒せば奏の勝ち、途中で倒れたら奏の負けだからね。あと奏は人間だから武器とか霊力とか使っていいよ」
「いや、俺も素手でいいよ」
「ふーん、やけに自信ありげだね。ま、いいや。で、あんたら誰からいくの?」
「まずは俺からだー!」
「はいはい、じゃあ準備はいいよね?じゃあ始め!」
ドンッ
「「「「…え?」」」」
「よし、次」
うん、やっぱりだ。この程度の連中なら身体強化なしでも十分だな。
その後も俺は相手の鬼を片っ端から吹っ飛ばしたり蹴り飛ばしたりした。全員倒すのに五分もかからなかったな。
「えっと…じゃあ次…ってさっきので終わり!?」
「みたいだな」
「いやいやいや、おかしいでしょ。あんた霊力も使ってなかったでしょ!それなのになんで人間が鬼を一方的に…」
「まあ半分は神だしなあ」
「え?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!ていうか半分神ってどういうこと?人間じゃないの?」
「現人神なんだよ、俺。半分人間で半分神、だから霊力と神力両方使える」
「へぇー、そんな存在いるんだねえ。ま、それならあの強さも納得だ。なにせ神様なんだもんねぇ。ま、そういうことならいいや。おーい!腕試しも終わったんだし飲みなおすよー!」
「「「いぇーい!!!」」」
さっきまで伸びてた鬼たちが飲みなおすと聞いたとたんに起き上がってきた。どれだけ酒が好きなんだこいつら。
「にしてもあれだねえ、酒虫からできた酒がここまで美味しいなんてね。しかも水さえあればいくらでも飲めるときたもんだ。あたしら鬼にとっちゃ財宝よりお宝だね」
「鬼だとしても萃香は飲み過ぎだと思うけどな。お前ここに来てからずっと顔赤いぞ」
「うまい酒があるんだから飲まないなんてお酒に失礼じゃん?それに鬼はみんなこんなもんだよ。皆暇さえあればお酒飲むか力比べするかの二択なのさ」
「二人ともこんなところにいたのかい。私とも飲もうじゃないか」
「あ、勇儀。どこ行ってたのさ」
「奏に聞きたいことがあったんだよ。あんた言ってただろ?昔鬼と戦ったって。どんなやつだったか覚えてるかい?」
「ん?ああ、もうずっと昔だけどな。あいつより強いやつは見たことないな。まああんな滅茶苦茶に強いやつが何人もいてたまるかって話だけど」
「奏がそこまで言うってことはよっぽどなんだろうねそいつは。で、どんな奴だい?名前とか言ってなかった?」
「あんなやつ忘れたくても忘れられないよ。名前はたしか”紅櫻蓮華”だったかな」
俺があいつの名前を口にした瞬間騒いでいた鬼たちが急に黙り込んだ。
「ん?どうしたお前ら」
「ね、ねえ奏。その鬼の格好ってさ、もしかして黒に彼岸花の模様の着物じゃないよね…?」
「あれ、なんで知ってるんだ?もしかしてお前らの知り合いだった?」
「うわあああああ!やっぱりだああああ!」
「おおお落ち着きな萃香、とりあえず落ち着くんだ、お、おち落ち着け」
「お前が落ち着けよ」
「噓だろ…あの兄ちゃん紅櫻様と戦ったって言ったのか?」
「じゃあなんで生きてるんだ?もしかしてあいつ亡霊なんじゃ…」
おい誰だ今人のこと亡霊って言ったやつ。
「なあ、なんでお前らそんなに怯えてるんだ?」
「そりゃ怯えるさ…紅櫻様は私ら鬼の頂点に立つ御方、鬼子母神なんだ」
「ふーん、鬼の頂点ねえ…ま、それならあのでたらめな強さにも説明がつくか」
「それより聞きたいんだけどさ、あんた紅櫻様と戦ったんだよね?その、勝敗ってどうなったの?まさかとは思うけど…」
「勝敗?蓮華が俺の勝ちだって言ってたけど正直あれを勝ったとは言いにくいんだよな」
「か、勝った?負けたけど見逃されたとかじゃなくて?紅櫻様に勝ったって言ったの?」
「だからそうだって。少なくともあいつにとってはあの勝負は俺の勝ちなんだろうさ」
まあ最初から本気でこられてたら間違いなく死んでたけどな。最後だって俺が気絶してたときに殺そうと思えば殺せただろうし、見逃されたっていうのも間違いではないな。
「そりゃあの連中が勝てないわけだよ。紅櫻様に勝つようなやつにあいつらが束になったってねえ」
「でもそういうことならもったいないねぇ、奏がここに来るのがあと少し早かったら紅櫻様と会えてたのに」
「え、あいつここにいたのか?」
「うん、ついこの前までいたよ。突然どこかに行っちゃったけどね」
まじか、危なかった。あいつのことだ、再会しようものならその瞬間殺し合いを始めるに違いない。
「ま、今はいないんだから考えてもしょうがないよ。いつ帰ってくるのかも分からないし。そもそも帰ってくるとも言われてないしね。そんなことより飲んで飲んで。まだまだ宴は始まったばかりだよ!」
「それもそうだ!よし、奏私とどれだけ飲めるか勝負しようじゃないか!」
「俺そんなに飲めないんだけど…まあいいか、こうなったらとことん付き合ってやる」
そうして俺は鬼の集落で一晩中飲み明かしたのだった。