鬼の集落で一晩中飲み明かした俺はいつの間にか眠っていたようで目が覚めたころにはすっかり日が昇っていた。
「頭痛ぇ…飲みすぎたか」
「あ、起きた。いやー、びっくりしたよ。いきなり倒れたかと思ったら寝てたんだもん」
「俺は倒れるほど飲んでたのか…ところでやけに騒がしいな、なんかあったのか?」
「ん?ああ、実は近いうちに集落を移そうと思ってたんだよ。この前いい場所見つけてさ、今はその準備だよ。明日にでも移動するつもりさ」
「ふーん、どこに移すんだ?」
「向こうにある山だよ。なんでも天狗が仕切ってるらしいよ。他に妖怪がいるんなら退屈しなさそうだからあそこに決めたのさ。そうだ!せっかくだし奏もいっしょに来なよ!そのほうがあたしらも楽しいし!」
萃香からそう誘われた。特にこれといった用事もないし旅をすることを目的で旅立ったようなものだ、このまま萃香たちについていくのもありかもしれない。
「そうだな、じゃあせっかくだし一緒に行かせてもらうよ」
「よし決まり!じゃあ勇儀にも言っとくよ、こりゃ明日が楽しみだ!」
そう言うと萃香は準備をしている鬼たちのほうに行ってしまった。それにしても天狗か、今まで見たことないな。萃香も言っていたが山を支配しているということはそれだけの力があるということだ。一応警戒しておいたほうがいいかもな。
「あはははは!軽い軽い!もっと必死になってかかってきな!」
「逃げんなぁ!もっと遊ぼうや!」
「天狗ってのは速いだけが取り柄かと思ってたけどなかなか楽しいじゃねえか!」
「くそっなんだこいつら!いきなりやってきたかと思ったら突然攻撃してきた!」
「ぎゃあああ!!岩投げてきたぞあいつら!滅茶苦茶だー!!」
…なんでこうなったんだろう。
――数時間前――
「お、見えてきたよ。あれが妖怪の山さ!」
「へぇー、あれが。たしかに妖怪の山って呼ばれるわけだ。物凄い数の妖力を感じるな」
「この感じだと天狗以外にも色々いそうだね。ますます楽しみになってきた」
俺は鬼たちと一緒に妖怪の山に向かっていた。するともうすぐ山の麓にたどり着くといったあたりで鬼たちの歩みが止まった。
「ん?どうしたんだよお前ら。行かないのか?」
「あんたら、準備はいいかい!」
「「「おおー!!」」」
「自分らの住処なんざ自分らでもぎ取るのが当然ってもんさ!ここの天狗どもに鬼の強さってやつを教えてやりな!先に天狗の大将倒したやつが勝ちだ!さあいきな!」
「「「うおおおおお!!!」」」
勇儀と萃香がそう言うと鬼たちは妖怪の山になだれ込んでいった。
「いやいやいや、どういう状況だよこれ」
「ああ、奏には言ってなかったね。実はさ、前に一度天狗にこっちに移り住むって書状を送ったんだ。そしたら天狗の奴ら、『我ら天狗は貴様らのようなよそ者を受け入れるつもりはない』って返してきたんだよ。だからもう自分らの住む場所は自分らで奪い取るしかないねってことになったんだ」
よそ者どうこうよりそんな感じだから拒否されたんじゃないだろうか。三度の飯より酒と喧嘩が好きで他の妖怪をはるかに上回る強さ、そのせいで酔っ払ったら手が付けられない。うん、俺だって嫌だ。
「なあ、俺やっぱり別のところ行ってもいいか?そんなに暴れた後で何事もなくここで暮らせそうにない」
「えー!?なんでさ、ここなら他にたくさん妖怪がいるし絶対退屈しないよ!それに天狗の大将の天魔ってやつはかなりの強さらしいし!なんでも大昔に起きた人間と妖怪の戦争にも参加したらしいよ」
大昔の人間と妖怪の戦争…?もしかして人妖大戦のことだろうか、もしそうだとしたら話を聞いてみたい。
「萃香、前言撤回だ。俺もその天魔ってやつに会ってみたくなった。どうすればそいつに会える?」
「お、突然やる気になったね。いいねいいね、その意気だよ!天魔がどこにいるかは知らないけど、天狗で一番偉いんだからあそこにいるんじゃない?ほら、あの一番上に見える建物」
萃香が指をさすほうを見ると確かに他より大きめの建物があった。たしかにあそこなら天魔じゃなくてもそれに近い身分のやつがいそうだ。
「お、奏も参加するかい?それならあたしらもうかうかしてられないね。先に行くよ萃香!悪いけど一位は私のもんだ!」
「あ!ずるいよ勇儀!抜け駆けするなー!」
勇儀と萃香もそう言って行ってしまった。天狗からすればいきなり鬼の集団に攻め込まれることになるのだからたまったものじゃないだろうな。
そんなことを考えながら俺も妖怪の山に向かって進んでいった。天魔が人妖大戦に関わっているというのなら会って話を聞いてみたい。
そして現在、俺は妖怪の山に入って啞然としていた。先に入った鬼たちが天狗たちと遊んで、もとい蹂躙していた。
天狗は多数で鬼に挑んでいたが鬼は数の不利をものともしていなかった。さすがに殺しはしないよう手加減はしているようだったがそれでも天狗には十分脅威だったようで鬼にやられた天狗は死んではいないが全員気絶しているようだった。
「改めてみるとやっぱり鬼って滅茶苦茶だな…まあこいつらが騒いでいるうちに天魔に会いに行くか」
俺は鬼と天狗の戦いを尻目に山を登って行った。最初は空を飛んでいこうかとも思ったが天狗相手に空を行くのは相性が悪いと思い歩いて登ることにした。
「止まれそこの…え、人間?」
しばらく山を登っていると天狗に見つかってしまった。ここまでは騒ぎに乗じて登ってきたがここより上にはまだ誰もたどり着いていないようで山の上部を警備していたであろう天狗が続々と集まってきた。
「下で鬼が騒ぎを起こしていると聞いて向かってみればまさかこんなところまで人間が忍び込んでいるとはな。答えろ人間、この騒ぎに乗じて何をするつもりだ!」
「待ってくれ、俺は別にこの山になにかしようってわけじゃないんだ。ただ天魔ってやつに会って話を聞きたいだけだ」
「なんだと貴様!天魔様は我ら天狗の頂点に立つ御方、貴様のようなただの人間ごときが天魔様に会えるはずがないだろう!身の程を知れ!」
「そもそもなぜ人間ごときが天魔様の存在を知っている!怪しい人間め、おとなしく帰るなら見逃そうとも思ったが天魔様に危害を加えようというのなら話は別だ、今ここでひっ捕らえてやる!」
そう言うと天狗たちが襲い掛かってきた。妖怪の中でも最速の種族と呼ばれるだけのことはありその速度は今まで見たなかでもかなりの速さだった。なるべく騒ぎを起こさずに行きたかったが襲い掛かってくるのならしょうがない。
俺は弾幕を展開し天狗の前に広げる。天狗には簡単に避けられたがそれでいい、天狗が避けた弾幕は時限式の霊弾だ。時間経過で破裂し周囲にさらに小さな霊弾をばら撒く。
「ぐあっ!」
小さいとはいってもその火力は馬鹿にできない。中級の妖怪程度なら簡単に吹き飛ぶ威力だ。今回は威力をかなり制限したが本来の威力ならこの天狗は今ごろ体のどこかしらが消し飛んでいるだろう。
「悪いな、通してもらうぞ」
俺は気絶した天狗たちを通り過ぎ再び山を登り始めた。
―勇儀・萃香side―
「ふはははは!楽しいね勇儀!久しぶりに存分に暴れられるよ!」
「多少は加減しなきゃだけどね!じゃないと私らの住む場所が妖怪の山じゃなくて死体の山になっちまうよ!」
「あははは!たしかに!」
「気を付けろ!あの二人の鬼は他のやつより別格だ!距離を取って戦うんだ!」
「あの二人だけで仲間が何人もやられたんだ!油断するなよ!」
奏が山の上部で天狗に見つかる数分前、山の麓から中腹にかけて鬼たちも暴れまわっていた。
特に暴れていたのが勇儀・萃香の二名である。二人は奏との腕試しに参加しなかったことを後悔していた。鬼にとって喧嘩とは酒に並ぶほどの娯楽、特に強者との戦いは極上の酒に匹敵する(勇儀談)。
しかし鬼の中でも上位の力をもつ勇儀と萃香が強者と思える存在はそうはいない。同じ鬼の中でも二人と互角以上に戦えるのは互いを除けばそれこそ紅櫻蓮華ぐらいだろう。
だからこそ二人は後悔した。その紅櫻蓮華に勝利した奏との腕試しに参加しなかったことに。一度辞退した以上後からやっぱり参加するなんてことは許されない。それをすれば嘘をついたことになる、それは嘘を嫌う鬼にとっては死よりも耐え難いものだ。
ゆえに今の二人は表面上は冷静に見えるが実際はかなり荒ぶっている。目の前に自分以上の強者がいるのに戦えないというのは鬼にとって拷問に等しい。人間で言えば極限の空腹状態で目の前に極上の食事があるのに食べることを許されずただ見ているだけしかできないようなものだ。
そんな状態の二人が思うがままに暴れられる状況が手に入ればどうなるか。
「うわあああああ!助けてくれー!」
「ぎゃあああ!!命だけは、命だけはー!」
地獄絵図である。萃香と勇儀の通ったあとには二人にやられた天狗で山ができていた。
「なんだい、山を支配してるとはいってもこんなもんか」
「どいつもこいつも威勢がいいのは最初だけ。だいたい一撃か逃げるんだもんねぇ。暴れがいがないよ」
「となるとやっぱり狙いは…」
「天魔しかないね。曲がりなりにもここを支配してる種族の長なんだ、少なくともほかの連中よりはましでしょ」
「そうじゃなきゃ困る。そういえば奏の姿が見えないね」
「奏も天魔探しに行ったんじゃない?なんか話が聞きたいとか言ってたし」
「ってことは先を越されたってわけかい。ならこんなとこで遊んでる場合じゃないね。ほら萃香、さっさと行くよ!」
「うへぇ、また山登りか~」
勇儀と萃香が天魔を探し山を登ろうとしたそのとき、二人は”それ”を感知した。
「ねぇ勇儀…」
「ああ、分かってるよ。なんで今まで気づかなかったのかねぇ。よっぽど隠すのが上手いみたいだね、天魔とやらは」
「いや、それもそうだけどさ、もう一つ感じない?」
「あん?…言われてみれば妖力以外に別のなにかがあるね。これは…霊力? というかこれ、この山の頂上より上にある気が…」
「上?頂上より上なんて空しかな…い…」
二人は空を見上げ絶句した。
「くはは、人間ごときが我が領域たる天空を舞うとは。退屈しのぎ程度にはなりそうか」
そこにいたのは天を覆うほどに巨大な翼を広げた天狗と
「ほざけ鳥女。今すぐ地上に叩き落してやるからせいぜい最後の空を堪能しておくんだな」
怒りの感情を剝き出しにした奏だった。