書斎の扉から現れ、玄関を目指して礼拝堂に出たリーニエの目に入ったのは、女神像の前でボードゲームで遊んでいる3人の子供達だった。元々は僧侶の勉学や修行の場で娯楽など少ない修道院であったが、孤児達を引き取っていると聞きつけた近所の村からこういった娯楽物を貰う事があるらしい。
そうなったのはリーニエの指導により林檎を売れるようになり、近所の村との交流が増えたおかげなのだが、その功労者たるリーニエはそこに関心は抱いていなかった。一応、アンジュから礼を言われたこともあって、その事実自体は認識しているのだが。
「あ、リーニエ姉ちゃん!」
そんなリーニエの視線に気が付いたのか、3人はボードの上の駒を動かすのをやめて、リーニエの元へ駆け寄ってくる。
リーニエは面倒くさそうに眉を顰めつつも、足の向きを玄関から駆け寄ってくる子供達へ向けた。
「リーニエ姉ちゃんも遊ぼうよ! 丁度あと1人足りない所だったんだ!」
「・・・・・・カール、アベルにエルゼか。他のみんなはどうしたの?」
駆け寄ってくる3人の名前を思い出したリーニエは、いつもここで遊んでいる面子が少ない事が気になり、3人に聞いてみる。
「他の奴ら、姉ちゃんの
「アンジュ姉ちゃんも暫くぐったりしていたし、ちょっとくらい手加減してほしいなー」
「で、でも・・・・・・皆でおいしい林檎、作れるようになったから、ありがとう、リーニエ姉ちゃん」
最後の1人はともかく、前半の男の子2人は本人を目の前にしていい度胸だと言いたかったが、なぜだかそんな気力も湧かなかったリーニエは興味なさげに答える。
「だったら、誰か叩き起こして遊べば良い。私は興味ない」
そう言いながら3人から背を向け、リーニエは玄関の方へ向かっていく。
誘いを断られた子供達の内、男の子2人、カールとアベルは残念そうに顔を見合わせる。
その一方で、最後の1人、女の子であるエルゼは玄関の方へ向かっていくリーニエの背を見つめ、やがて声をかけた。
「あの・・・・・・リーニエお姉ちゃん!!」
一歩踏み出して響き渡る呼び声に、リーニエは玄関の前で足を止め、首だけを動かしてエルゼの方へ振り向く。
光のない、気怠げな目がエルゼを射貫くが、エルゼは臆することなくリーニエへ問いかけた。
「また、悪者をやっつけに、行くんだよね? あの時、アンジュお姉ちゃんを、助けてくれたみたいに・・・・・・」
何やら期待の込めた眼差しを向けられたリーニエは目を逸らして、エルゼが何を言いたいのかを考える。彼女が言う“ワルモノ”とやらは何を指して言っているのか。アンジュを助けた時に殺した魔族たちの事を指しているのだとしたら、確かにエルゼの言う通り、自分はその悪者とやらをやっつけに行くのだろうか。
彼女の言わんとしている事は間違っていないと判断したリーニエはコクリと頷こうとして。
────下らない。
────正義の味方など、所詮は矛盾の体現そのものだというのに。
「・・・・・・?」
そんな、霞がかった思考が過ぎると同時に、リーニエはそれに頷くことができなかった。
今の思考はなんだとリーニエは頭に手を当てる。
時折、こんな風に思考に霞がかかることがあるのだ。まるで重大な何かを見逃してしまっているかのような、そんな感覚。
一方、返事を返さないリーニエの反応を肯定と捉えたのか、エルゼは更に前に踏み出して言い出した。
「やっぱり!! また、アンジュ姉ちゃんを襲った奴らや、お父さんとお母さんを殺した奴らみたいな悪者を、やっつけに行くんだよね!?」
興奮して言い出すエルゼの言葉を前に、リーニエは内心で更に首を傾げた。
てっきり魔族のことを言っているのかと思いきや、後半に訳の分からない台詞が出てきた。アンジュから聞いた話と摺り合わせるのならば、エルゼの言う「お父さんとお母さんを殺した奴ら」というのは人間の事だろう。
つまり、エルゼの言う“悪者”とは、必ずしも魔族のみを指す言葉ではない? リーニエの頭は軽く混乱する。“悪者”という言葉の意味、概念自体は理解している。だが、言葉というのはその時の状況によって意味もニュアンスも変わってくるのだとも理解していた。
この時、リーニエとエルザの間では“悪者”という言葉に対して、齟齬が生じていた。
エルゼにとって、自分達を襲った魔族も、自分の両親を奪った人間の魔法使いたちも、さして変わりない存在であることだ。自分の大切な存在を奪おうとした存在と、実際に奪った存在。この両者を悪者といわずして何というのか。
エルゼにとって、人間の道徳を理解しない魔族たちも、戦争で道徳が欠如した人間たちも、さして変わり映えのしない存在だったのだ。人間の生活を豊かにする筈の魔法で、人の命を奪う。その一点において両者に差は存在しない。
兎にも角にも、リーニエは積極的に人間を狩ることはない。魔族としての食欲が欠如しているので、食べたくないものを態々殺す意味などない。しかも、死体が残らない魔族と違って、人間は死体が残るから色々と痕跡が残って面倒なのだ。その狩りのスタイル上、執行者時代、戦いの後は必ず1人になるしかなかったリーニエはその後処理を全て1人で
その時にかかる手間を考えれば、人間を狩りの対象にするのは悪手と言わざるを得ない。下手をすれば、またソリテールみたいな輩を引き寄せる可能性だってある。
だから、エルゼの言う、両親を奪った奴らは、狩りの対象じゃないと答えようとして。
「────」
不意に、ある魔族の顔が浮かんだ。
自分の屈辱の、過ぎる光景の、元凶。
あの時、農園に火を放ち、そこに居合わせたリーニエを従わせた魔族の男の顔が浮かんだ。
あの男はもう、既に殺した。
オリジナルの『ダッハの宝剣』を伯爵領から盗み出し、その後シュベア山脈の頂にて、リーニエの反乱により倒れた魔族。
なのに、何故いまになってあの男の顔が浮かぶのか。
リーニエ自身、それが分からなかった。
・・・・・・色々と、考えるのが面倒になったリーニエは、ようやく、コクリとエルゼの言葉を肯定するように頷いた。
「じゃ、じゃあ・・・・・・私も・・・・・・行く」
何を言い出すのか、そんなエルゼの発言に他の男の子2人がぎょっとエルゼの方を見つめる。
「お、お前何言ってんだよ・・・・・・」
「そうだよエルゼ。ボク達が一緒に行ったって」
一体何ができるんだよ、とアベルが言い綴る。
3人は、アンジュを襲う魔族を倒した時のリーニエの強さを知っている。遙か遠くに置いた林檎を正確に射貫くリーニエの弓を知っている。
「だ、だって・・・・・・リーニエお姉ちゃんだって、いつまで、ここにいてくれるか分からないし。私達、アンジュお姉ちゃんに守られてばかりで、このままじゃ何もできないから・・・・・・だから・・・・・・」
エルゼの言葉に2人はハっとなって俯く。
分かってはいた事だった。
リーニエはいつまでもここにいてくれる訳ではない。それでも、アンジュですら追い払えない敵から、アンジュを救ってくれたのは他ならないリーニエだった。
もしあの時リーニエが来てくれなければ、自分達の大好きなアンジュ姉ちゃんは今頃ここにはいなかったのだと、彼らは理解している。
既に失った身だからこそ、その事実から目を背けることはできない。
彼らの目から見ても、アンジュとリーニエはとても仲がよかった。
リーニエと一緒にいるアンジュはいつも楽しそうに笑っているし、リーニエも無愛想にしながらも決して自分たちやアンジュを拒絶するような事はしてこなかった。
それでも、リーニエはいつまでもここにいてくれる訳ではないという事を、3人はちゃんと理解していた。
「もう、林檎の作り方だけじゃ、駄目、なの。だからお願いお姉ちゃん・・・・・・私にもお手伝いをさせて下さい・・・・・・」
頭を下げてエルゼはリーニエに懇願する。
そんなエルゼを見ていた、カールとアベルも一端目を見合わせた後、意を決したように前に出て、彼らもエルゼと同じ目でリーニエに懇願した。
「オレもお願い、リーニエ姉ちゃん!!」
「ボク達も、アンジュ姉ちゃんを、守りたいんだ!!」
3人の目線を受けたリーニエはと言うと。
「・・・・・・そう」
何を考えているか分からない、気怠げな目で3人を流し目で見ていたリーニエはその目を逸らし、暫し思案する。
そして。
「貴方達は、アンジュの噓に気付いている?」
『ッ!?』
その言葉に、3人の魔力の流れの乱れをハッキリと視認したリーニエはへぇ、と感嘆の声を小さく漏らした。
自分の扱きを受けて未だ遊んでいられる体力といい、アンジュの「崖の上の1番岩を打ち抜ける」という噓に気付いていた事と良い、少しはマシな餓鬼共かもしれないとリーニエは3人を見直す。どうやら、この3人の感じている危機感は本物のようだ。
だが────。
「貴方達に、私の手伝いをしようなんて百年早い」
リーニエはきっぱりと、その要求を拒否する。
自分の狩りに足手まといなどいらないし、自分は一匹のままでも魔族を狩っていける。むしろ今までが今までなだけに、変に仲間がいてもペースが乱れるだけだ。
リーニエの容赦のない言葉に3人は目に項垂れて落ち込んでみせるが、次のリーニエの言葉で再び顔を上げることとなった。
「・・・・・・でも、そこまで言うのなら、農園のお守りをできるくらいにはなって貰おうか」
ハっと顔を上げる子供達。
あの農家の夫婦の家の中に入れて貰い、農作業を教えて貰うようになる前は、リーニエも1人あの農園を魔物から守っていた。
この子供達も、自分とは順序が逆になるが、そろそろ何人かはそういう役割の人間がいてもいいだろう。
「現状、今の農園の防衛機能は私が設置した模倣具と、アンジュの女神の魔法くらいしかない。特に後者はアンジュの負担も大きいだろうね」
今、この修道院の庭で育てている林檎農園の現状を述べたリーニエは、再び子供達を一瞥する。
「もしアイツの負担を減らしたいというのなら、魔物の一匹や二匹、追い払えるだけの人員は確かに必要だ」
まるで白羽の矢が立ったかのようなリーニエの目線に3人の顔は段々明るくなってくる。
「いいよ。それくらいの
続きは帰ってから、と言い残したリーニエはそのまま背を向けて修道院の玄関から出て行った。
扉が閉まり、その背中を見送り終わった3人の子供達は一斉に喜びの声を挙げ、互いにハイタッチをするのであった。
◇
3人に戦う術を教える約束をして修道院の外へ出かけたリーニエは、獲物である魔族を探して辺りを探索し始めた。
その最中で、リーニエは出かける前の修道院での出来事を振り返った。
(・・・・・・なんで、あんな事を聞いたんだ、私)
アンジュと共に書斎で書物を読み漁っていた時、ふとした拍子にアンジュから言われた言葉。その言葉に対して、意味不明な疑問をぶつけた自分。考えて出た言葉ではなかった。・・・・・・気付いたら、自然とあんな疑問を口にしていた。
『人間をたくさん殺した私に、貴方達の言う罰は下るの? 『親』すら食べて、出会ってきた全てを踏み台にしてきた私に罪はあるの? 罰が下れば、私にも救いはあったという事なの?』
自分でも、意味の分からない質問だった。
罪? そんな物、自分にある訳がない。魔族として見れば、なるほど己は確かに罪深いのかもしれない。魔族同士のヒエラルキーにおいて、その上下を決定づける魔力量を偽装し、欺き続けてきたリーニエ。魔族として、否、魔法使いとして風上にも置けない存在だろう。だが、そんな事は分かり切っていること。
ならば自分が口にした疑問、決してそこに由来したモノでないことは明白だった。
アンジュが語った罪は、あくまで人間の価値観で見た場合の物だ。
なぜあろうことか、自分はアンジュの語った『人間の罪』に己を当てはめ、あろうことか疑問を投げかけたのだ?
皆目、意味不明だ。
「・・・・・・そもそも、親なんて、いない」
生まれた時、リーニエは既に一匹だった。
生まれた時にすぐ傍にいた存在を、親と認識するのが生物だというのであれば、魔族に親などいよう筈もない。
なのに、なんであろう事か、自分は『親』などと口にしたのだ?
「・・・・・・分からない。最近、こんな変な事ばかりだ」
いや、最近どころか、執行者としての戦いを終えてから、ずっとこんな事が続いている。
結局、自身の魔力制御の乱れの原因も見つからず、頭に過ぎるあの光景が消えない
その原因を探るために、魔族が潜伏するのに適した南側の戦域に身を潜めたというのに、むしろ分からない事が増えていくばかりだ。
それなのに。
「・・・・・・本当に、何をやっているんだ」
自分の掌を見つめながら、リーニエは眉を顰めながら呟く。
その内に流れる魔力の制御は、未だ安定しない。リーニエを執行者たらしめた最大の武器。
魔力が制御できるという事は、潜伏する魔族の軍勢の中で、自分のヒエラルキーの位置を調整できることを意味する。これにより、リーニエは様々な魔族の軍勢への潜入を可能にした。その武器を、リーニエはあの時から失ったままだ。
それ以降も、己は目も当てられない失態を
ソリテールとの戦いで、彼女を見逃してしまったこと。魔力制御どころか、自分の力量不足すら露呈してしまったというのに、それらの解決策すら見いだせていない。
結局、自分は落ちぶれてから、一歩も前進できていないのだ。強いて言うのならば、弓の腕だけは無駄に鍛えられたくらいか。
そんな煩悶を抱えながら、リーニエはいつものように魔力探知で魔族の潜伏場所を見つけては、刈り取っていく。
この南側諸国の地域に潜伏してから何の代わり映えもしない、光景。
「今日は、この辺でいいか」
遠くで霧散していく魔族たちの体を確認し、模倣した弓を消したリーニエは呟く。
「あまり遅すぎると、アンジュ怒るんだよな」
彼女を怒らせると、微妙に面倒くさいことを身に染みていたリーニエは、今日はこの辺で切り上げて修道院へ戻る決意をする。
「・・・・・・やる事も多いな、ここ最近」
アンジュや子供達に農作業を教えること。書斎の書物から、どうにかして「女神の三槍」の改良に繋がる手がかりを見つけ出すこと。
そして、あの3人に戦いの術を教えること。
勿論、鍛錬の日課も怠ってはいけない。
(教えるとして、どうする)
帰路に就きながら、リーニエは夕暮れの空を見上げて考える。
農作業なら、自分も教えられた経験があるからこそ、彼らに教える事ができた。
だが、他人に戦う術を教えられることも、教える経験もなかったリーニエにとって、彼らにどう鍛錬を付けるかは簡単に答えを出せない。
(とりあえず、模倣した技の中から適当なモノでも教えるか・・・・・・)
できる事ならば、前衛2人と、後衛1人くらいのバランスにはしたいと考えてはいるが、問題はあの3人にそんな都合良く資質が割り振られているとも限らないという事。
後衛に関しては、女神の魔法が使えるアンジュがいればいいが、そもそもアンジュの負担を減らしたいという彼らの動機を考えれば、一先ずアンジュを当てにした想定の鍛錬はしないべきである。
(アンジュにも一声かけるか。一応、女神の魔法以外にもゾルトラークとか使える筈だし)
自分と同じように魔力の流れを視認できるような目を持たない以上、『
そうなると魔法の指南役としてはアンジュも頼ることになるかもしれないのだ。一応、対ゾルトラーク向けの防御魔法は自分も使えるのだが、教えられる自信は正直ない。
・・・・・・思った以上に面倒であることに、リーニエはここに至ってようやく気付いた。
(・・・・・・面倒臭いな)
だが仕方ないとも、リーニエは割り切る。
農園を守ると宣ったのならば、せめてそれ位は自分抜きでもできるようになって貰わねば困る。
ならば、一応経費と割り切ろう。
・・・・・・そんな事を考えていた、その時だった。
不意に足を止める。
(・・・・・・この魔力)
探知した魔力の方向へ顔を向けたリーニエは、近くにあった古びた石造りの塔に一足で飛び乗り、再びその方向を見やる。
そこには────。
「う、うわああぁぁあッ!!」
「逃げろ、逃げるんだッ!!」
「ハァッ、ハァッ、飛んでくる、また、あれが・・・・・・」
逃げ惑う人々。
「追え!追え! 決して逃がすな!!」
「生存者は一人として残すなと、陛下からの通達だ!!」
「狙い討て! 皆殺しだ!」
そして、それを追う兵士達。
逃げ惑う人々は、魔法も、武器も持たない村人たち。老若男女、様々な人々が、恐怖と焦燥から必死に逃げ惑っていた。
それに対して、兵士達はみな魔法の杖を携えながら、それを逃げ惑う人達に向けている。
その杖から、放たれるは、この南側諸国の戦争において幾度となく飛び交ってきた、見飽きた殺意の光。
その光は、『
如何なる平凡で、若手で、成り立ての魔法使いであろうと簡単に習得できる攻撃魔法。
(────またか)
そんな光景を、リーニエは塔の上から冷めた目で見下ろしていた。
木々の中に隠れた塔に身を潜めるリーニエの姿に、彼らは気付く様子はない。そもそも人影を視認できる距離ですらない位置から、リーニエは難なく彼らを詳細に観察している。
彼らの放つゾルトラークは、やはりアンジュが言っていたような一人前の魔法使いのレベルには到底及ばない。
だが、そもそもそのレベルに至る必要などないのだ。人体を打ち抜くことを目的としているのに、態々遠くの岩を打ち抜けるようになる必要などない。
そこまで高めるまでもなく、ゾルトラークは早く、簡単に人を殺せてしまうのだ。
リーニエの目から見て彼らは、命令を遵守する兵士というよりも、まるで手にした玩具を誇示して回る餓鬼のようにも見えた。
「・・・・・・戻ろう」
既にここに用はなくなったリーニエは、踵を返した塔から飛び降りようとした。
しかし、そこである光景がリーニエの目に入った。
「────あ・・・・・・」
1人の兵士が放ったゾルトラークが地面に着弾した衝撃で、1人の子供が前のめりに転んでしまったのがリーニエの目に入る。
修道院にいる子供達と、さほど変わらない女の子だった。
一緒に逃げていた村人たちは、もうほとんど残っていない。
その転んだ女の子と、彼女の両親らしき人物を除いては。
衝撃で身動きが取れないのか、転んだ女の子はその体勢のまま動けないでいる。
それを見た彼女の両親らしき夫婦が、急いで女の子の元へ駆け寄る。
父親が女の子を抱き上げようとするが、既に逃げ場はなく、親子3人が杖を向けた兵士達に囲まれていてしまった。
『後は、お前達だけだ』
親子を囲んだ兵士達が、一斉に固まる3人に杖を向ける。
怯える子供。
それに対して両親は必死に子供を抱き寄せ、四方八方を囲む凶器から自身の体を守るようにしながら、兵士達を睨み付けた。例え自分達の身を盾にしてでも、我が子だけは守ると、強い意思を抱きながら。
その行為は、リーニエから見て何の意味もなさない物だった。あれしきの事で、ゾルトラークから女の子を守り抜ける筈がない。
兵士達も同じ感想を抱いたのか、そんな親子3人の様子を嘲笑いながら杖を向けた。
それぞれの杖に、一斉に魔力の光が集まり始める。
「──────」
その親子の行為は、リーニエにとって何の意味も成さない、筈だった。
とっくの昔に、忘れ去っていた筈の光景が、頭を過ぎる。
“ごめんね・・・ごめんねぇ・・・・・・気付いて、あげられなくて・・・・・・ッ!!”
“ありがとう・・・・・・今までオレ達の農園を、守ってくれて・・・・・・!!”
傷を負い。意識を失う最中に、2人の腕に抱きしめられた記憶。
零れ落ちる2人の涙。
その時の、暖かい感触。
その時の光景が、我が子を抱きしめるあの夫婦と、なぜか、重なって。
「────
それは無意識の反応だった。
おもむろに愛用の改造弓を魔力で作り出したリーニエは、もう片方の手に模倣した弓矢を即座に番える。
通常ならば、間に合う筈がない。
向こうにいる兵士達は、既にゾルトラークを光を杖に集めている。あとコンマ一秒でもあればそれらの光は一斉に親子へ殺到することだろう。
だが、その時間はリーニエには十分過ぎた。
まずは一射、放たれた弓が1人の兵士の後頭部に命中し、倒れる。
飛んできた方向も分かりやすいように、態々手前側の兵士を最初に狙ったのだ。
仲間の1人が倒れた事に気付いた兵士達は一斉に矢が飛んできた方向へ顔を向けるが、その瞬間、彼らは向いた方向から飛んでくる筈の矢に反応すらできず、1人、また1人と、次々にその凶矢に倒れていく。
気付けば、親子を囲んでいた筈の兵士達は、何が起こったかも分からぬまま息絶えていた。
「────あ・・・・・・」
事が終わってから、リーニエはハッとなり、いつの間にか自分の手に握られていた愛用の弓にようやく意識が向く。
(私、何をして、なん、で・・・・・・)
次に目に入ったのは、何が起こったのか分からず、呆然とする親子達。
だが、リーニエはそれ以上に何が起こったのか分からなかった。
「どうして、人間達を・・・・・・」
必要ないのに。
別に、見られたわけでもないのに。
別に、食べたいと思っていたわけでもないのに。
なんで、殺した?
なんで、生かした?
なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんんでなんでなんなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。
────なんで?/同じだったから。
────何が?/あの兵士達が。
────何と?/あの魔族と。
────なんで?/同じだったから。
────何が?/あの両親が。
────何と?/あの2人と。
「何が、同じ? どういう、こと・・・・・・」
同じだから、何だ。
それがなんで、先の行動に繋がる。
“また、悪者をやっつけに、行くんだよね?”
出かける前に言われた、エルゼの言葉が過ぎる。
「悪者、だから、なんだ」
“やっぱり!! また、アンジュ姉ちゃんを襲った奴らや、お父さんとお母さんを殺した奴らみたいな悪者を、やっつけに行くんだよね!?”
「悪者って、なんだ」
悪者。エルゼの言っていた悪者が「両親を奪った者」ならば、あの兵士達は、確かに当てはまるだろう。
あの兵士達と、あの魔族が同じだというのならば、両者とも悪者とやらになるのだろう。
それが、なんだ?
なんで、悪者だから、殺す?
────もし、悪者は殺さなければいけないというのであれば・・・・・・。
────もし、親を殺す者を、悪者と呼ぶのであれば。
“『親』すら食べて、出会ってきた全てを踏み台にしてきた私に罪はあるの?”
自らの掌を見つめる。
何も汚れていない、真っ白な手の筈なのに、何故だか血に塗れているような錯覚を覚える。
────ここに、『親』を
「─────え?」
気が付けば、いつの間に模倣していた宝剣の刃が、自らの首筋に食い込んでいる事に気付くリーニエ。その宝剣の柄を握る手は、紛れもなくリーニエ自身のもの。
「────ッ」
慌てて剣を手放したリーニエは、いても立ってもいられず、ここから立ち去った。
その後ろ姿を、幼き瞳に見られていた事に気付かず。
◇
もし、人生で一生忘れられない光景がどのような時だったかと問われたら、私は迷わずこの出来事を思い浮かべるでしょう。
私の故郷がある南側諸国は当時、激しい戦乱の中に見舞われており、私の故郷もまたその戦火に巻き込まれてました。
ゾルトラーク────私達の世代では一般攻撃魔法と呼ばれるこの魔法によって、この戦争で多くの人達が命を奪われました。
私も、お父さんとお母さんも、そうなりかけました。
「ハッ、ハッ、ハッ!」
息を上げる自分の体。
そんな私の手を握り、引っ張りながら一緒に逃げるお父さんとお母さん。
「あと少しで中央諸国の検問に到着する・・・・・・聖都にさえたどり着ければッ・・・・・・」
「もう少し・・・・・・もう少しよ!!」
逃げながら、何やら話し合うお父さんとお母さん。
2人とも、私が愛してやまない、尊敬すべき自慢の両親です。優しくて、私を愛してくれる、大好きな2人。
それ以外に、一緒に逃げていた人達は、もうほとんど追手の兵士達によって途中で打ち抜かれて倒れてしまいました。
大人達は、なぜこうも残酷になれるのでしょうか。
同じ人間の筈なのに。
ゾルトラークという、簡単に人を殺せる玩具を手に入れた途端、彼らはいとも平気でソレを放つようになる。
その光景を、私はもう何度も見てきました。
それでも、私は2人を失わずに済んでいるだけ、ずっと幸運だったのでしょう。
「────あ」
その時でした。
後ろの兵士の1人が放った攻撃魔法が、私の足下の地面に命中。
その衝撃で、私は2人の手を離してしまい、地面の上に転んでしまいました。
爆破による衝撃と、すりむいた痛みで、幼き体が動ける筈もなく。
「フェルンッ!!」
泣くような声と共に、慌てて戻ってきた2人が転んだ私に駆け寄ってきます。
あぁ、どうか来ないで下さい。足手まといの私なんて、置いて逃げて下さい。このままじゃ2人まで殺されてしまう・・・・・・そんな私の願望も空しく、私達親子3人は、杖を構えた兵士達に囲まれてしまいました。
「クソッ・・・・・・フェルンだけは・・・・・・!!」
「アナタッ!」
私を守るように、私の体を抱きしめる2人。
「お願い、この子だけは見逃して!」
「フェルンに手を出してみろクソ野郎ども。必ずお前達に女神様の天罰が下るぞッ!!」
取り囲む兵士の方たちを睨み付けるお父さんとお母さんの、私を抱きしめる腕の力は弱まる事が無い。
この暖かさを死ぬまで感じていたいという誘惑と、私なんておいて逃げてくれという願望の間で板挟みになって、もうどうしていいのか分かりませんでした。
そして、そんな私達すら嘲笑う兵士の方達の笑い声が聞こえました。
あぁ、もし、この願いが、どこかにいる誰かに届くというのであれば。
────誰か、誰でも良いから。
「パパとママを、助けて下さい!!」
耐えきれず、涙を流しながら大声でそう叫んだその時でした。
遠くにある、森の方向から、高速でナニカが飛んできたのでした。
ゾルトラークに匹敵、いや、それすら凌駕しているかもしれない速度で、その飛来物は真っ直ぐ、私達を取り囲んでいた兵士の1人に命中し、その兵士は声も上げずに倒れたのです。
「な、なんだ・・・・・・グワッ!?」
「い、一体どこかr・・・・・・」
「う、うわああぁ、逃げ───」
それは、一瞬の出来事でした。
最初の1人が倒れたのを機に、注意が私達親子から逸れたその一瞬で、ソレは次々と此方へ飛来していき、1人1人、瞬く間に倒れていきます。
同じ方向から飛んできたかと思えば、虚を突くように真上からも“ソレ”は降り注ぎ、最後の1人は混乱して逃げようとしましたが、間に合わず、真上から降ってきた“ソレ”が刺さり、倒れました。
気が付けば、残っていたのは呆然とする私達3人と。
飛んできた矢が突き刺さったまま絶命した、兵士達のみ。
「弓矢?」
「い、一体誰が・・・・・・」
あまりにも突然の事に、お父さんとお母さんが混乱する中。
抱きしめる2人の腕の中で、私だけは、ソレを目撃してしまいました。
矢が飛んできたであろう、遠くにある森。
その木々の間に隠れていた古くさい塔の天辺の上に立っていた、人影がいたことに。
距離が距離であったこともあり、その方の詳しい容姿は分からなかったものの、その方の手に握られていた白い弓だけは、鮮明に記憶に残りました。
目にできた奇跡も束の間、その人影は背中を見せたままどこかへ消えてしまいました。
その方向を、私は暫く夢中になって見つめてしまいました。
あの方がいなくなった後も、あの塔の天辺を飽きることなく見続けました。
その背中は、今にして思えば、弱々しい物だったかもしれません。
ですが、当時の私にとってはその背中は紛れもなく・・・・・・
正義の味方、そのものだったのです。
Q.幼フェルンなんでリーニエ見つけられたの?
A.ゾルトラークスナイパーの才能の片鱗。