剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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魔族の”罪”、”(救い)” 後

 

 己の行いを間違いだ、と思ったことは幾度だってあった。

 例えば、あの獲物を仕留める時はこういう技を使えばよかっただとか、この武器を使えばもう少し効率よく片付けられただとか。

 でも、行いそのものを間違いだと思ったことは一度も無い。その行為がやがて、頭を過ぎるあの光景を払拭できる唯一の手段だと信じてリーニエは前進してきた。

 その行為の密度は執行者時代に比べれば格段に薄くなってしまったが、リーニエの行動原理自体は今も昔も変わっていない。

 

 だから、己の行動自体に間違いなど、ない筈なのだ。

 ましてや、狩りに関わりがない所で人間を殺すことなど、本来、ありえない、筈なのに。

 

 ────この不快感と、充足感は、なんだ?

 相反する感覚がリーニエに胸中を駆け巡り、彼女の心境をかき乱す。

 

 別に、あの人間達に自分の姿を見られたわけじゃない。

 南側諸国に潜伏する魔族達は総じて人間達同士の紛争から身を隠してきた狡猾者ばかりだ。自分だってその例に漏れないと自負している。おそらくソリテールだってそうだろう。

 そのような下手を晒したわけでもないのに、何の利益もないのに、なんで自分は人間達の争いに介入した?

 

 ────そして、どうしてあの親子だけは、生かした?

 

 やってしまった事自体は、仕方ない。

 だが、やるならば徹底的にやるべき筈だったとリーニエの理性は、合理的にそう判断していた。

 距離からして、あの親子が自分を視認できていたとは思えない。

 それでも、あの親子には自分の矢を見られてしまった。例えか細く、とうてい個人の特定に至れるような代物ではないにせよ、それでも見られてしまったからには、禍根は断っておくべきだったとリーニエは考える。

 それなのに、リーニエは見逃した。

 間違いなく、リーニエの価値観の中で一番間違った行動の筈なのに、不思議と胸にスッと納まるような感覚がする。

 そんな感覚に、何故か逆に吐き気さえ覚える。

 

 

 

「分からない、なんだ、こんな、感覚、今まで一度だって・・・・・・」

 

 塔から離れ、木の幹に寄り掛かりながら呟くリーニエ。

 

「今まで、一度、だって・・・・・・」

 

 言いかけて、リーニエは言い淀む。

 本当に、一度だけだったか?

 一度だってなかったと断じたい一方で、別のナニカがそれは違うと訴えかけてくる。

 

「・・・・・・違う・・・・・・そういえば、前にも、こんな・・・・・・感覚・・・・・・」

 

 一番、直近で覚えているのは、自分が北行きを断念した時の事。

 北部高原への合流を目指す魔族の部隊に潜り込んだ際に、魔力制限がバレてしまい、北部行きを断念せざるを得なかった時。

 その後、進路予定だったルート上にあった、人間達の村を見た時のこと。

 

 もっと前で言えば────自分がまだ、執行者と呼ばれる前。

 狩りに人間を利用する事無く、まだまだ自力で潜り込んだ魔族の部隊を殲滅していた頃。

 ────ふと、その時も進行予定だった人間の街の灯りを、遠くから眺めた時。

 

 どれも、リーニエの心境に共通点はない。

 今回も、前者も、後者も。

 前者はむしろ己の失敗の苦い思い出として。

 後者は何も思う訳でもなく、ただ己の行いの結果がそれとなしに目に入っただけで、その時のリーニエの心境に共通点など一つもなくとも。

 

 

 

「────あ・・・・・・」

 

 

 

 ふと、思い至る。

 ・・・・・・その時の心境に共通点はなくとも。

 その結果に、ある一つの共通点があることに。

 

 ────自分の行いによって、本来死ぬ筈だった人間たちが、死ななかった事。

 その事実に、リーニエはようやく気付いた。

 そこから、更に疑問が進む。

 

 

 

「だから、なんだ」

 

 再び地面を見下ろしながら呟く。

 

「それが、なんで、こんな、気持ちに・・・・・・」

 

 分からなかった。

 なんで、関係がない筈の人間達のことで、こんな感覚になるのだ。

 こんな、満ち足りたような気持ちになれる。

 純粋に魔族を狩っていくだけでは、明らかに得られないような充足感を、己は確かに抱いていたのだと、リーニエはようやく気付いた。

 

 なのに、その理由が分からない。

 なぜ、なんで、どうして。

 

 そんな煩悶が頭を駆け巡っていたその時────ある男の言葉が、脳裏に響いた。

 

 

 

『────子供の頃ね、正義の味方になりたかったんだ』

 

 聞き覚えのない、男の声。

 見た事も無いその男の声は、リーニエ自身も知らない、何処かの記憶から引き出されたもの。

 

『────なら、俺が代わりになってやるよ』

 

 その声に答えたのは、またリーニエの知らない、男の子の声。

 他愛もない会話の筈のソレは、月の明かりに照らされているせいか、遠く、尊く、儚い。

 

『任せろって。爺さんの夢は、俺が────』

 

 声は、そこで途切れる。

 

 気持ち悪い。頭痛がする。吐き気がする。

 

「・・・・・・るさい」

 

 額を左手で押さえて、食いしばりながら、リーニエは呟く。

 

「うるさい、うるさい・・・・・・うるさいッ」

 

 そんなモノ、私は(いだ)いてなんかいない。

 そもそも、夢なんてモノ、持ち合わせている訳もない。ましてやそれが、自分ではない他の誰かの夢などと。

 

 

 

 ────そうだ、私はただ・・・・・・意味が欲しかった。

 

 ────だって、あんなに優しい人達だったんだ。

 

 ────なのに残ったのは、2人の屍を踏み台に生き残った自分だけ。

 

 ────だから、ソレを抱いたのではなくただ・・・・・・ありもしない筈の、模倣した正義(すが)り付いて・・・・・・。

 

 

 

 混濁した意識の中で、霞がかった思考がリーニエの脳裏に漏れていく。魔族としての正常な理性が曖昧な状態だからこそ、深層意識にあった想いが吐露されていく。

 されど、霞がかっているが故、自覚には至らない。

 それでも、その自覚の外で、思考は更に煩悶の奈落へと誘われていく。

 

 

 

 

 ────でも、それじゃあ・・・・・・私が利用してきた人間たちは一体、何ノタメノ犠牲ニ────

 

 

 

「──────────ッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 耐えきれず、リーニエは声にならない悲鳴を上げながら、発狂したように体中を弄り始める。

 体中が、耐えきれないように痒い。

 絶対的な不快感が、嫌悪感が、己という存在がただただ、気持ち悪くて仕方なかった。

 

 痒みに耐えきれなくなったリーニエはやがて弄る手の爪を、自分の体に突き立てる。

 

 そして────獣の爪は、リーニエ自身の脇腹の皮膚を、衣服ごと引き裂いた。

 途方もない痛みが襲いかかるが、リーニエはそれに構わず両手の爪で体中をあらゆる箇所をひっかき始めた。

 

「────ッ、────ッ、────ッ!!」

 

 痛みが好きな訳ではない。だが今はただ、この痛みがなければどうにかなってしまいそうだった。自分を痛めつけなければ、気が済まなかった。

 周囲の草や木の幹、葉っぱが、返り血の色で染まっていく、血の匂いに誘われた獣が近づいてきたのも束の間、尋常ではないリーニエの様子に気付いて即座に退散していく。

 

 やがて体中に傷を負わせたリーニエはとうとう、その爪を自身の首元に突き立てようとして。

 

 

 

『無様だな』

 

 

 

 ふと、聞こえてきたその声に、その爪は止まった。

 気が付けば、リーニエの目に入る風景は先ほどの森の中ではなく、白い霧に包まれた空間が広がる場所であった。

 その霧の奥に、薄らと見える人影がいた。いや、薄れているのは、彼の存在そのものか。まるで崩れかけのガラス細工のように、魔族の死体のように今にも塵となって消えていきそうな存在感。

 

 

 

『生きているのが嫌になったか? それも結構。このままでは腐っていない俺どころでは済まんだろうしなぁ?』

 

 

 

 まるリーニエを嘲笑するかのような、そんな嗤いを含んだ男の声が、リーニエの脳裏に刻まれる。

 いや、実際にリーニエを嘲笑しているのだろう。

 皮肉気に歪められた口元が、それを雄弁にも物語っている。

 

 

 

『行為だけを切り取れば、お前は既に俺寄りの存在だ、模倣者。その首を掻ききって楽になれるのならば、それが一番上出来だろうよ』

 

 

 

 ククク、と男の嘲りは止まらない。

 模倣元は違う自分の筈なのに、どうしてこうも自分寄りの存在になったのやらと、嘲りと自嘲を含んだ嗤いが止まることはない。

 

 

 

『────だが、“まだ”違うだろう?』

 

 

 

 嘲るような口の歪みが消え、声はリーニエにそう問い質す。

 確かに己の領域に片足を踏み込んでしまっているが、完全ではない。

 だからこそ、腐ってしまったその男は、リーニエに忠告する。

 

 

 

『この砂の城のように、何もかも無くなった訳ではあるまい? お前にはまだ、残っているモノがあるんじゃないのか?』

 

「・・・・・・残って、いるもの?」

 

 

 

 男の言葉に、リーニエは虚ろな目で見上げながら、自分に残っているモノを思い出す。

 そもそも、何も失ってなんていない筈だ。男の言葉にそんな反論がでかけるが、ふと、リーニエの脳裏にある人間達の存在が過ぎる。

 

 ────アンジュと、修道院の子供達。

 

 例え、失っていなくとも新しく得たモノは、ある。

 それを自覚できないリーニエであったが、その足は確かに、立ち上がろうとしていた。

 

 男の言葉の影響だろうか、先のような激しい自傷衝動は既に鳴りを潜めていた。

 立ち上がったリーニエは生気のない、覚束ない足取りで、男の背中を通り過ぎる。

 まるで亡霊のような足取りであったが、その足は確かに、彼女の“帰るべき場所”を目指して進み始めていた。

 

 それを背中で見届けた男はふんッ、と皮肉げに鼻を鳴らし。

 

『────それでいい』

 

 男はリーニエのその歩みを是とした。

 自覚のない行動だからこそ、その歩みは確かに、今の彼女自身の願いに根ざした行動に他ならないのだから。

 

『魔道に墜ちていく獣の末路ほど、見ていてつまらん物はないからな。

 ────今度は、手放すんじゃないぞ』

 

 それきり、男の声は聞こえなくなった。

 その言葉は確かに、不器用ながらもリーニエを気遣い、残していった助言だった。

 例え、その助言が()()()()()()()()()と分かっていても、それは確かに、何もかも失った男に残されていた、僅かながらの優しさだった。

 

 

 気が付けば、リーニエの視界は元の森の風景に戻っていた。

 それに構わず、リーニエは歩き続ける。

 燃えるような夕日を背に。

 

 

     ◇

 

 

 その背中を追いかけるべきだったと、今になって後悔する。

 無理にでも引き留めて、抱きしめてあげるべきだったと、後悔する。

 最初に抱いたのは、不信だった。

 でも、本来ならばそれが当たり前だろうと納得もした。

 だって、彼女は魔族で、自分達は人間だ。

 それなのに、今まで当然のように一緒に過ごせていたこと自体がおかしかったのだと、自分に言い聞かせる。

 同時に、もう少し待っていれば帰ってきてくれるという、そんな期待を持っている自分もいた。

 

 今まで一人きりで、この修道院と子供達を守ってきた。それが苦痛だとは思わないけれど、相応の苦労はしてきた。それでも、それが女神様が自分に授けた試練なのだと言い聞かせ、乗り越えてきた。

 でも、そんな自分の生活も一転した。

 

 その魔族の少女は確かに、失うばかりだった自分の人生に、色彩をもたらしてくれた。

 無愛想で、気怠げだけど、すごく頼りになって。

 自分と一緒に、子供達を守ってくれる存在。

 農園の指導は厳しいけれど、聖書の解読と僧侶としての修練に身を窶すこの身に、充実感を与えてくれていた。

 

 でも、魔族だ。

 彼女は、親は自分で食べたと言った。

 考えれば、それは当然のことだった。もし彼女が本当にあの林檎農園の魔族なのだとしても、結局、最後は機を見て捕食するつもりで一緒にいたというのであれば、それまででしかないのだろう。

 

 でも、彼女の言葉が脳裏から離れない。

 

『人間をたくさん殺した私に、貴方達の言う罰は下るの?』

 

 きっかけは、自分の下らない言葉だった。

 理解してもらおうとは思っていない。でも、自分の生きる理由が少しでも、彼女の脳裏に残っていてくれればと思っての発言だった。

 

『「親」すら食べて、出会ってきた全てを踏み台にしてきた私に罪はあるの? 罰が下れば、私にも救いはあったという事なの?』

 

 なのに、返ってきた言葉はまるで救いを求める幼子のようで。

 己は、かける言葉を間違えてしまったのだと、アンジュは理解してしまった。

 それでも、『親』を食べたという絶対的な罪は覆らない。例えその罰が下る事が救いなのだとしても、その救いを女神様が与えてくれるわけがない。

 

 ────どうしてですか、リーニエ様?

 

 心の内で、アンジュは何度もリーニエに問いかける。

 

 ────どうして、親を食べたりなんてしたのですか?

 

 他の魔族とは違う。

 魔族に親の概念など存在しない。

 自分には確かに、『親』がいたという認識を持ちながらなぜそれでも食べたりなんてしたのだ?

 例え多少の違いはあれど、やはり魔族にしか過ぎないのだろうか?

 

 でも、それでも既に自分にとって彼女は────。

 

「・・・・・・何をバカな事を。リーニエ様もただ魔族だっただけのこと。ただ、それだけじゃないですか」

 

 己に言い聞かせるように呟いたその言葉に、力はない。

 どうせ、私達も最後には食べるつもりなのだろうと、その心を訴えかける。今、共に過ごしているのも、暫くはおいしい林檎に困らないからというだけなのだろうと己を諭す。

 だが一方で、もう一つの心は、きっと何か事情があったのだと己に訴えかける。祖母から言い聞かせられた昔話の内容だけが全てではない。きっと他に何か事情があって、やむを得ず食す事態になっただけなのだと。

 

 2つの心がせめぎ合うのを感じながら、アンジュは現実逃避するように聖典を読み耽った。

 その一方で、彼女の頭の中には諦観と希望がせめぎ合っていた。

 ────あんな事を言ったのだ、もう帰ってはこないだろう。

 ────きっと、いつものように澄ました顔をしながら帰ってくるに決まっている。

 

 だって、もし、帰ってこないのだとしたら。

 

「・・・・・・私は、なんて、事を言って・・・・・・」

 

 聖典を握る手の震えが止まらない。

 自分は彼女を傷つけたまま、別れてしまうということに。

 

 その先を考えたくなくなったアンジュは、ふと立ち上がり、空から差す窓の光を見上げた。

 

「────あ」

 

 その淡い光を見て、聖典が手からボトン、と零れ落ちる。

 

「・・・・・・もう、夕方」

 

 いつもならば、とっくに彼女が帰っている時間だ。

 この前、深夜にひっそりと平気で帰ってきた時には、耳にタコができるぐらいに厳しく言いつけたつもりだ。

 それ以降、最低でも昼頃には帰ってきてくれるようになったのに。

 

「ッ、リーニエ様ッ」

 

 耐えきれず、アンジュは書斎から急いで出る。

 ロビーを兼ねた礼拝堂を出る。

 すると。

 

「ッ、アンジュ姉ちゃん!!」

 

 アンジュを見掛けたカール、アベル、エルゼが急いでアンジュの元へ駆け寄ってきた。

 子供達の手前、焦る気持ちを何とか抑え、アンジュは身をかがんで視線を子供達へ逢わせる。

 

「3人とも、リーニエ様はもう戻ってきたの?」

「それが・・・・・・おかしいんだ」

 

 カールが不安そうに答える。

 

「帰ったら、オレ達に戦い方を教えてくれるって言ったのに・・・・・・全然帰ってくる様子がないんだっ!!」

「アンジュお姉ちゃん・・・・・・リーニエお姉ちゃん、どこかに行っちゃったの?」

「やだよ僕、リーニエお姉ちゃん抜きの農園なんて、考えられないよっ・・・・・・」

 

 不安に揺れる子供たちの目が、真っ直ぐにアンジュを射貫く。

 先ほどまでリーニエを疑っていた自分とはほど遠く、その目は純粋に、家族としてリーニエを心配する清き心だった。

 そんな彼らの心を垣間見たアンジュは、俯き、心内で自分を責める。

 

(・・・・・・あぁ、私は、なんて事を・・・・・・)

 

 未だ、リーニエに対する疑いが晴れた訳でもない。

 それでも、これからも彼女と一緒にいたいという心は、この3人と変わらない筈なのに、それなのに自分は。

 無責任に持論を説いて、無責任に去って行く彼女の背中を放置して────。

 

「3人とも、ここはお願いします」

 

 決意したアンジュは立ち上がり、佇まいを正して玄関へと向かう。

 

「姉ちゃん、何処に!?」

 

 アベルの声に振り向く。

 

「リーニエ様を捜してきます。これは・・・・・・私のせいですから・・・・・・」

 

 私はバカだった。

 例え親を食べていたのだとしても、私は確かに見たんだ。

 まるで、罰を求めるかのような、彼女の表情を。

 本当は分かっていた。何か事情があるのだろうって。何せ、彼女を親を食べたと口にしてはいたが、()()()とは一言も言っていなかったのだから。

 それなのに、食べた、という一点だけで疑って。

 たった、そのせいだけで、自分はまた失おうとしている。

 

「だから3人とも、留守番は頼みます」

 

 そう言い残して、アンジュは玄関の扉を開けて修道院の敷地へと出る。

 不安を煽るような夕日の光に照らされながら、アンジュは敷地の外を目指して走る。

 幸い、リーニエの魔力は覚えている。どこか揺らぎがあって安定しない彼女の魔力ならば、探知内に捉えれば容易に捕捉することは可能だろう。

 そう思いながら、敷地を出た、その時だった。

 

 夕日の向こうから、見覚えのあるシルエットが見えた。

 

「────あ」

 

 やがて、そのシルエットは、近付いてくる度に、見覚えのある色を付けていく。

 スラリとした袖の、ゴシック風の服装。

 可愛らしい、桃色の髪を下ろした少女。

 頭に生えた、子鬼のような小さい角。

 

 その人影は確かに、アンジュがこれから捜そうとしていた人物そのものだった。

 

 ・・・・・・その、ズタズタに引き裂かれた衣服と、そこから流れ出ていた大量の血を除いては。

 

 

 

「リーニエ様ッ!!!」

 

 

 

 悲痛な呼び声を上げると同時、アンジュは青ざめた表情で近付いてくるリーニエへと駆け寄った。

 まるで無理矢理動かされた死人のような足取りで近付いてくるリーニエに、余計に顔を顔を青ざめさせるアンジュ。

 

 

「・・・・・・アン、ジュ」

 

 

 自分の名を呼ぶ、リーニエの弱々しい声が耳に入る。

 その途端、ゆっくりと前のめりに倒れ込み始めたリーニエの体を、すんでの所で駆け寄ったアンジュが受け止めた。

 

「リーニエ様・・・・・・どうして、あぁッ・・・・・・こんな傷・・・・・・」

 

 あまりにも痛々しいリーニエの姿に、アンジュは胸が引き裂かれる思いに駆られた。

 急いで懐から聖典を取り出し、アンジュは治癒魔法の詠唱を唱え始める。

 やがて、聖典から輝きだした光が、優しくリーニエの体を包み込み、心なしかリーニエの顔が穏やかになっていく。

 その一方で、アンジュは心配そうにリーニエの体を見つめ、その傷の原因を推測する。

 

(リーニエ様が、これほどの傷を負うなんて。相手は一体何者・・・・・・え?)

 

 何かに気付いたように、口を開けるアンジュ。

 まず目に付いたのは、衣服の下にある、大量の切り傷。

 切られたというよりも、引っかかれたかのような、平行に並んだ切り傷がいくつも散見される。

 だが、傷の深さに対して、傷の線幅自体はそんなに太くはないという事だった。もしこれが魔物の爪に襲われた傷なのだとしたら、もっと、大きく抉れていても可笑しくはない。

 そして、次に目に入ったのは、リーニエの手に付着した返り血。

 正確には、その爪の中にまで食い込んだ血の色。

 

 そこから、導き出された答え。

 

「あ・・・あぁ・・・・・・まさか・・・・・・」

 

 ようやく、頭の中で合点のいったアンジュは再び顔を青ざめさせる。

 締め付けられる胸は、悲しくて、苦しい。

 思い至ってしまった。

 この傷の犯人も。その原因も。

 

 この傷の犯人は、他ならぬリーニエ自身の手によるものだという事実に。

 そして、リーニエがそんな行為に至った原因は。

 

 

「・・・・・・ごめん、なさい」

 

 

 治癒魔法の光に包まれながら、目を瞑って眠るリーニエに、ポツリ、とアンジュは漏らす。

 なんで、あんな酷い事を言ったのに、自分は引き留めもしなかったのだ。

 なんで、あんな酷い言葉をかけたのに、それでも彼女は戻ってきてくれたのだろうか。

 嬉しさと、罪悪感で、締め付けられた心から、絞り出された涙が、アンジュの頬を流れる。

 

 

「ごめんなさい、リーニエ様・・・・・・ごめんなさい・・・・・・私は、貴女を・・・・・・苦しめて・・・・・・勝手に、疑って・・・・・・私は・・・・・・!!」

 

 

 震える手で、やさしくリーニエの体を抱きしめる。

 

 

「ごめんなさい・・・・・・そして、ありがとう・・・・・・帰ってきてくれて・・・・・・」

 

 

 親を食べたとか、そんな事実はもうどうでもいい。

 今はただ、それだけが嬉しかったのだから。

 

 抱きしめる腕の中で彼女は、まるで安心した幼子のように眠っていた。

 




作者A「オレ、最初はリーニエに無限の剣製を使わせたいだけだったのに、なんでこんなに長々としんどい話書いてんだろ?」
作者B「リーニエに無限の剣製を使わせるためには必要なことだから、何も可笑しくない」
作者A「そっかー、なら仕方ないねー(白目)」

エミヤでないキャラクターに無限の剣製を使わせるのならそれ相応の説得力が必要なのは仕方ないんだけどさ・・・・・・ただでさえ人間とは違う精神構造を持つ魔族にエミヤをインストールなんて絶対碌な事にならないって、なんで書き始める前に気付かなかったんだ、と少し後悔中。
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