剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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明けましておめでとう御座います


応報せし光の盾

 

 魔物という存在は、基本的に北へ行けば行くほどに強力な種が分布するようになる。そのカテゴリーの中に属する魔族もまた同様だ。死者が眠るとされるオレオールにて魔王が魔王城を建て、魔王軍という一大勢力を築き上げたのも然り。この大陸は北上すればする程に人智の及ばない領域での怪物たちの脅威は跳ね上がる。

 魔物の中でも食物連鎖の頂点にいる竜と呼ばれる者達もまたその例に漏れない。

 中央諸国の(こう)(きょう)(りゅう)、北側諸国のザオム湿原などに潜む(どく)(ごく)(りゅう)、北部高原に至っては最強の竜種と呼ばれる(こう)(ごく)(りゅう)、一個体は皇獄竜に及ばないまでも紅鏡竜と同クラスの竜種が群れを作って行動している所も確認されている。

 

 ────だからこそ、リーニエにとって、この事態は予想できぬ事態だった。

 

(・・・・・・なぜ、このクラスの竜種が南側諸国に存在している?)

 

 しかも、明らかに本種の紅鏡竜よりも強力な魔力を感じる。雰囲気だけで見るならば、北部高原に住む上位の竜種に勝るとも劣らない猛者だ。

 ・・・・・・これが亜種だと? 冗談じゃない。これだけの亜種を産み落とせるだけの生態と繁殖力が竜種に備わるモノか。

 

「・・・・・・これは、不味いかな」

 

 手元に模倣の魔力を潜ませながらも、リーニエは人前が災いしてあの竜に対抗できる武器を取り出せずにいた。

 だからと言って、このままでは後ろのアンジュを守ることもできない。

 

「■■■■■■■■■ッッッッ!!!!!」

 

 蒼き紅鏡の竜が雄叫びを上げる。

 南側諸国に彼の天敵が存在しない以上、この周辺の食物連鎖の頂点に立つのは間違いなく彼の竜に他ならず。

 蒼い竜はそれは自覚しているのか、その威厳を雄叫びを以て眼下の人間達に知らしめる。

 紅鏡竜の鱗は生半可な魔法など通さない。亜種であるあの蒼い竜もその例に漏れないだろう。あの竜を傷つけられる存在がいるとすれば、それは凄腕の戦士──それこそアイゼンのような一撃を放てる最強クラスの戦士でなければならないだろう。

 ────近場に対応できそうな人間の衛兵は……当然いるはずもないか。

 元より期待していなかった当てを切り捨て、リーニエは街中に降り立った巨竜を再び見上げる。

 ────さて、どうするか?

 一番の案配は、今すぐアンジュを連れてこの街を見捨てて逃げ去ってしまうことであるが、この群衆の中で大きな魔力を持っているリーニエとアンジュのみがそこから抜け出せば、あの竜がどのように打って出てくるか分かった物ではない。

 特に今の自分は執行者時代とは違い魔力制御がまるでなっていない状態だ。その状態であの竜の魔力探知の中を動けば、嫌でも自分は目立つだろう。そうなれば自分の巻き添えを食らうのはアンジュだ。

 ……となれば。

 ────こいつらとアンジュを、どうにか遠い所に退かして。人目がない内にコイツを討ってしまうのが一番か。

 問題はその手段を如何するかという話であったが。

 そんなリーニエの悩みを察してか、アンジュは既に行動に移っていた。

 

「皆さん、落ち着いて避難してください!! 私が魔法で皆さんを竜の脅威から守りますので、皆さんはなるべく固まったまま行動して下さい!!」

 

 聖典を掲げながら、周りの住民たちに声をかけるアンジュ。

 そのおかげもあってか、住民達は幾ばくか落ち着きを取り戻したようだった。

 

『アンジュちゃん? ……そうか、確かアンジュちゃんは僧侶だったよな?』

『頼めるかい、アンジュちゃん?』

 

 修道服を着こなすアンジュは聖典を掲げていることもあってか、職業が僧侶であることが目に見えて分かりやすい。魔法使いと戦士の兼業という分かりづらいリーニエとは異なり、民衆に頼りにされやすい見た目をしていた。

 なら、自分もまた頼りにさせてもらおうと、リーニエは決断して一歩前に出る。

 

「アンジュ、周りは任せた」

「え、リーニエ様ッ!?」

 

 群衆の注目がアンジュに集まっている隙に、リーニエはその場から跳び去って、建物の上へと駆け上る。

 途端に、蒼い竜の目線がアンジュ達から自身へと移動していくのをリーニエは肌で感じ取った。

 ────ああ、やはり一番の脅威は私か。ある意味安心したよ。

 自分の拙い魔力制御故に目立ってしまうという側面もあるのだろうが、それでも眼前の蒼き竜は眼下の獲物よりも、立ち塞がるリーニエを脅威として認めたようだった。これだけでも、アンジュを巻き込む危険性は格段に減るのだから。

 

『■■■■■■■――――ッッ!!!』

 

 巨竜が更に吠える。

 途端にその身を翻し、その巨木のごとき太さと、鞭のようなしなやかさを持つ尻尾を横へと振るう。

 その尻尾の範囲にリーニエはいなかったものの、巻き込まれた建物がバラバラになり瓦礫となってリーニエたちに襲いかかる。

 

「ッ、模倣(トレース)開始(オン)……“攻撃を旋風に変える刀(メドロジユバルト)”」

 

 魔力で模倣した刀は、いつしか魔王軍の戦場で見た、とある魔族が振るっていた極東の刀に酷似した剣。

 それを横薙ぎに振るうと同時に発生した旋風がリーニエに向かっていた瓦礫の軌道を逸らす。

 

「ッ」

 

 瓦礫の軌道を逸らしたのも束の間、リーニエは肩の力を抜く間もなく下の様子を見下ろす。

 そこには、魔法による障壁を展開して住民を瓦礫から守るアンジュの姿があった。

 物理に弱い防御魔法では防げないと考え、女神の魔法による障壁の方を使う判断は流石は僧侶と言うべきか。

 アンジュの無事を確認し肩の力を抜いたのも束の間、蒼き竜は更に尻尾の振るう力を強め、リーニエに向けて瓦礫を飛ばしてくる。

 

 予め竜の体内の魔力の流れから次の行動を読んでいたリーニエは、迫り来る瓦礫を足場にしながら跳躍する。

 瓦礫の雨をくぐり抜けてきたリーニエを認めた竜は即座に右腕を振るい、その巨大な凶爪を振り下ろした。

 瓦礫を足場に飛び乗ったリーニエは空中で体を横にずらしながら回避しつつ、振り下ろされた竜の手の甲に飛び乗り、身体強化の魔法を自身にかけ、風をも置き去りにする速度で竜の体を駆け上る。

 

模倣(ソード)変化(シフト)……“ダッハの宝剣”」

 

 手元の“攻撃を旋風に変える刀”を魔力に分解し、再模倣して作り出したのは、リーニエが最もよく愛用する宝剣。

 その刀身に魔力を込めながら、力一杯、蒼い竜の体表にその刃を突き立てた。

 

 結果として、その体表には一ミリたりとも宝剣の刃を食い込ませることはなかった。

 

『■■■■■■……?』

 

 竜の瞳がリーニエへと向く。

 その眼はまるで、『それがどうした』と言わんばかりにリーニエを嗤っていた。

 

(普通の紅鏡竜の鱗なら軽く通る筈なんだけどな……やはり、本種とは比べものにならないくらい硬い)

 

 “ダッハの宝剣”の素の切れ味と威力は、それこそ回転による威力増強や戦士アイゼンの技との組み合わせがなければ、リーニエが次に愛用する“旋撃の巨斧”を優に上回るものとなっている。魔力を込めて叩き込めば、地面を揺らす程の斬撃を繰り出すことなど訳はない。

 その宝剣ですら、一ミリも食い込ませることができない。

 ────暗黒竜や、毒獄竜でもここまで硬くはない。これはもしや……。

 鱗の堅さを確かめるための一撃だったが、易々と懐に踏み込みすぎたかもしれないとリーニエは自分の判断を悔やむ。

 再び竜が腕を振るう、その体表の上に立っていたリーニエの体は遠くへ振り払われるが、リーニエは風を受けつつ冷静な表情で空中で体勢を立て直す。

 そして、瓦礫の衝突で今にも崩れ落ちそうな高台へと着地する。

 

 その同時、リーニエは、信じられないモノを見た。

 

『■■■■■■―――ッ!!』

 

 雄叫びを上げると同時に、その竜の隅々の体表から大量の魔法陣が浮き上がり始めたのだ。一つ一つが一軒家を軽く飲み込む程の大きさを誇るその魔法陣。

 

「なっ……」

 

 思わず、リーニエは目を見張った。

 その魔法陣に刻まれていた光る術式は、紛れもなく。

 驚愕するのも束の間、頭の中でその正体の答えが出る前に、その閃光は蒼き竜の巨体を中心に四方八方へと放たれる。

 迸る閃光が街を焼き、断ち切っていく。

 更にその閃光は一方向に向かうだけでは飽き足らず、方向を変えてリーニエに追いすがるように襲いかかってきた。

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)ッ!?」

 

 その正体に行き着いたリーニエの表情が、僅かにだが崩れる。

 到底信じられない話だった。

 魔法に特化した魔物の、しかもその頂点に立つ竜種が、態々人間の魔法を使うなど。

 しかも放った後のモノを操って敵に追尾させる程の精度。

 

「まさか……学習した? 人間たちから……」

 

 竜の魔力で放たれるソレは、威力も、精度も、人間が放つモノとは段違いだが、術式そのものは間違いなく人間が放つ人を殺す魔法(ゾルトラーク)と相違ないものだった。

 おそらく、学んだのだ。

 この南側諸国の戦乱の中で飛び交う、人間達の放つゾルトラークを見て。

 自身の磨き上げた渾身の魔法を繰り出さず、人間の魔法を使って遊ぶその姿は、どこかソリテールの影がチラついて、リーニエは思わず眉を顰める。

 自身の魔力や手札を隠蔽して同族達の不意を打ち続けてきたリーニエも人のことは言えないが。

 

「……成程。いざやられてみると、確かに腹が立つ」

 

 地上に着地したリーニエは身を翻しながら飛び交う極太のゾルトラークを回避していく。幾多にも重なる閃光の僅かな間を潜り抜け、刹那の間に自身の生存経路を見出して回避し続ける。

 やがて、最後の閃光を、地面に背を付けて滑るように潜って回避したリーニエは、左手に模倣した愛用の洋弓と。

 

模倣(トレース)開始(オン)……“皮剥豹剣(カッツバルゲル)”」

 

 その右手には豪奢な装飾が施された柄に、3本ほどの窪みが走る幅が4-5 cm程の広めの刀身を持つショートソード。かつてリーニエが魔王軍に所属していた頃に、潜伏先の部隊が根城にしていたダンジョンの宝物庫に納められていた、人類の作り出した宝剣の一種。

 その名の通り、獲物の皮を剥ぐことに特化した魔剣を、リーニエは愛用の弓に番えた。

 弦を引いた途端、その剣は弓矢として最適の形状になるように、その形状は捻れ細っていく。極限までねじられ、弓矢と遜色ない形状に変化したその()を、リーニエは蒼き竜の鱗目がけて射る。

 続けて二発、三発と。

 一秒とない間に同じ()を十何発と鱗に当てるリーニエ。

 

『■■■■■■ッ』

 

 ダッハの宝剣の時と同様に、その鱗には傷一つ付かない。

 いくら皮剥ぎに特化した剣とはいえ、宝剣としての格は何ランクも下がる筈の皮剥豹剣(カッツバルゲル)では傷を付けられないのも道理。

 ……しかし、その手応えとは裏腹に、蒼き竜の反応はダッハの宝剣の時とは異なる。

 その目は、何処か不快げに顰められていた。

 

(ダッハの宝剣の時よりは、手応えあり、か。とはいえ、皮剥ぎに特化した宝剣でも傷自体は付けられないとなると……)

 

 ────もう、特効効果など関係なしに強力な物理に振り切って砕いた方が早いか。

 その結論に至ったと同時に、思わぬ援護射撃が別方向から飛んできた。

 

 

「─────女神(めがみ)の、(さん)(そう)おぉぉおぉッ!!」

 

 

 力強いかけ声と共に、放たれるは三条の光。

 その光はそれぞれ違う軌道を描きながら、やがて一点へと集まるように、蒼い竜の鱗へと命中する。

 舞い上がる煙と、爆発。

 しかし、それを以てしても、竜の鱗に傷が入ることはなかった。

 

 

「ようやく会得できた『女神の三槍』も通じないなんてッ……」

 

 

 そんな悔しげな声を吐きながら、リーニエの隣に降り立ったのは、リーニエにとってはとても見慣れた人物。

 予想外の人物による援護に、リーニエは思わず立ち上がってその人物を見やる。

 

 

「アンジュ、どうして……?」

「遅くなって申し訳ありません。街の人達の避難は粗方済ませました。私も、リーニエ様と一緒に戦います。

 それに、リーニエ様に何かあった時の回復係は必要でしょう?」

 

 流し目でにこりと微笑みかけながらそういうアンジュに、リーニエはそっとため息を吐きつつ、再び蒼い竜の方を見上げる。

 先ほどの女神の三槍などダメージにもなってないのか、彼の警戒の目線は未だリーニエの方へ注がれている。

 

「……私の女神の三槍でも、駄目ですか。リーニエ様、何か手立ては?」

「……手立ては、ある」

 

 息をハァと吐きながら、リーニエはアンジュの切迫した疑問にそう答える。

 

「アレにダメージを与えるためには、奴の硬い鱗を貫通する威力が必要になる。アンジュじゃそれは無理。多分、私が模倣できる殆どの宝剣でも無理だ。

 あの竜は、中央諸国にいる本種や、北部高原に数いる竜だって目じゃない。学習能力とか、硬さとか、総合的に考えれば皇極竜にだって引けを取らないだろうね」

 

 皇極竜────北部高原での最強の竜種の名前を引き合いに出され、アンジュは余計に戦慄する。勇者ヒンメル一行での旅路ですら、その討伐の武勇伝の相手として真っ先に名前が挙がる程の猛者なのだ。

 

「……それじゃあ、どうやって」

「……人類の宝剣で無理なら。()()を使うしかない。私が出せる()()()()()()では、とっておきの奴だけれど」

「……その剣なら、あの竜の鱗を貫通できるのですか?」

「いいや。多分、それでも剥がす所までが限界。アンジュには、鱗が剥がれた箇所への追撃をお願いしたい。鱗の下なら、アンジュの魔法でも十分ダメージが通る。十分な量を剥がせれば、私も一緒に追撃に移る」

「……分かりました。それで行きましょう」

 

 作戦会議が終わると同時に、リーニエとアンジュは左右に分かれて、跳んだ。

 ────結局、リーニエ様お一人でもどうにかできる作戦、なのですね。

 僅かに表情を曇らせながらも、今精一杯リーニエの助けになろうと奮起したアンジュは、魔力探知でリーニエの位置を把握しつつ、いつでも『女神の三槍』を放てる準備をする。

 最近会得したモノだが、魔族でありながら同じ魔法を行使できるリーニエの存在により、それを参考に修行したアンジュの『女神の三槍』は既に世に数いる僧侶の中でも高精度にまで練り上げられている。

 その魔法なら、鱗の下に当てさえすればあの竜にも効くと、リーニエから直々のお墨付きを頂いたのだ。ならば、あとはリーニエの事を信じるのみ。

 

模倣(トレース)開始(オン)

 

 再び右手に黒い魔力を集め、リーニエは頭の中でその構造をイメージする。

 弓矢として用いるには、おそらくこれ以上ないであろう威力を発揮する剣。

 特別な効果や呪いがある訳でもなく、ただ威力を上げるという一点のみにその効果を注がれた魔剣。

 その設計図を頭に思い浮かべた。

 やがて、黒い魔力は形となって、リーニエの手元に一振りの剣として現出した。

 

「“神技の砕剣(レヴォルツヴァイ)”」

 

 其は、蛇のような下半身と4本の腕を持った巨躯を持つ、現在北部高原にてその猛威を振るう魔族、将軍『神技』のレヴォルテが振るう、この世ならざる物質で作り出された魔剣。かの将軍は自らの魔法で作り出したこの魔剣を、4本の腕にそれぞれ持って戦う。

 リーニエの手で模倣されたその一振りは、元の持ち主の巨躯に合わせて巨大だったオリジナルに比べれば、その華奢な片手で振るえる大きさにまで縮んでいる。故に、オリジナルと区別を付けるために、リーニエは元の持ち主の名前に因んで、「レヴォルツヴァイ」と呼ぶことにしていた。

 この剣の効果は至って単純で分りやすい。

 時には羽根のように軽く、時には巨岩のように重い。自在に重さを変えられる特性を持つ魔剣なのだ。

 かつて神話の時代において山を砕いた剣に因んだ呼び名であるが、その名に恥じない扱いやすさと威力を兼ね備えた代物なのである。

 そして、その剣をリーニエの改造弓で放てば、一体どうなるのか。

 

「────往け」

 

 弓を引き、極限まで捻れて矢の形状になった“神技の砕剣(レヴォルツヴァイ)”の柄を離すリーニエ。

 羽根のように軽くなった()は、かの魔族の作る強力な糸を用いた弦で放たれれば、最早竜の動体視力ですら視認するのは不可能であった。

 そして、その鱗に着弾する瞬間に、矢はその速度エネルギーを保ったまま、巨岩のような重さへと変化する。

 

「■■■■■■■■■ッッッッ!!!?」

 

 一瞬、蒼き竜には何が起こったのか分らなかっただろう。

 視認できぬ早さで飛んできたその矢は、着弾と同時に、その箇所の鱗を粉々に打ち砕いた。

 着弾した腕の鱗を剥がされると同時に、竜の体は大きく後退する。

 

 焦燥する蒼き竜の目線の先には、底冷えする目で此方に弓を構える狩り人の姿があった。

 その右手は既に二発目を放たんと同じ矢を引き絞っていた。

 

「根こそぎ剥ぎ取ってあげる」

 

 続けて二発、三発、四発。

 自在に重さを変えられるレヴォルテの剣と、試行錯誤した改造弓、そしてヴァールハイトの弓術。これらの組み合わせによる生み出される運用法は、ともすればオリジナルより遙かに有効的な使い方と言える。

 一発着弾する毎に、それを中心にして当たった箇所の鱗が砕かれていく。

 

「■■■ッ!■■ッ!!■■■■■ッーーーー!!!!!???」

 

 まるで、巨大な陶器が次々と割れていくような音を周囲に響かせながら、鱗を砕かれる度に、蒼き竜は悲鳴を上げて後退していく。

 剥がれた鱗の下からは次々とグロテスクな肉の筋が露出していく。

 ……その光景を、暫く呆気に取られて見ていたアンジュであったが、即座に見惚れている訳にはいかないと(かぶり)を振り、空を飛んで、懐の聖書に魔力を込める。

 

 竜は未だアンジュなど眼中になく、自身の鱗を次々と砕いていくリーニエに釘付けだ。

 苦し紛れに巨大ゾルトラークを放とうとする竜を、アンジュは見逃さない。

 

「余所見は……禁物ですッ!!」

 

 聖書から再び放たれる“女神の三槍”。三条の光は鱗が剥がれ、露出した肉の筋に向けて一点集中で着弾する。

 爆発、舞い上がる煙。

 

『■■■■■■■ッ!!!!???』

 

 更に、竜の大きな悲鳴が木霊する。

 鱗を砕かれた時よりも、更に悲痛な叫び。

 

『通ったっ……!!!』

 

 思わず、喜色の声を上げるアンジュ。

 先ほどまでビクともしなかった攻撃が、与えられるようになった喜び。

 その喜びに呼応してか、リーニエの攻撃もまた勢いを増していく。

 また1本、2本、3本と、模倣した「神技の砕剣(レヴォルツヴァイ)」を矢の形状に捻って飛ばしていく。

 このままでは丸裸にされるのも時間の問題だろうか。

 アンジュは賺さず女神の三槍を放ち、次々と露出する肉の筋に三条の光槍を叩き込んでいく。

 

「なら、此方も」

 

 もう十分だと判断したのだろうか。

 飛び上がったリーニエもまた、アンジュと同様にそれを放つ。

 

『擬・女神の三槍』

 

 アンジュの女神の三槍と同時に放たれたそれは、一カ所の背中にある露出した筋肉に向かって進んでいく。

 アンジュの女神の三槍と合わせて、合計6条の光槍が一斉にその箇所へと叩き込まれる。

 

『■■■■■■■■■■■■ッッッッッッ!!!!!』

 

 間違いなく、今までで一番の悲鳴が街中へ鳴り響いた。

 さすがにまともに立ってはいられなくなったのだろうか、蒼き竜はヨロヨロと体を揺らしながら、痛がるように全身を振り回すように藻掻いていた。

 勝負あったかと、アンジュはリーニエの隣に戻る。

 

「終わり、でしょうか」

「……いいや。でも、そろそろ退()いてくれても可笑しくはない」

 

 竜は賢い生き物だ。

 形勢が不利と判断すれば、撤退してくれてもおかしくはない。

 自身の強靱な鱗が通用しない事が分かり、痛手を負った現状、この場は退いてくれるのが無難であったが。

 

「──────」

 

 突如として感じた魔力反応に、リーニエは思わず眉を顰めた。

 ……そして。

 咄嗟に、リーニエはアンジュの体を引き寄せ、その場から全速力で退避した。

 

「……え?」

 

 呆然となるアンジュの声。それに構う事無く、リーニエは先ほどまで自分達がいた場所を見やる。

 その光が通り過ぎた後の軌跡────それが丸ごと抉れてなくなっていた。見えるのは、抉れて焦げた大地の断面と、高熱に揺れ動く空気の歪みだけだった。

 

「そんな……こんな、事って……」

 

(やっぱり、ゾルトラークは只の遊びだったか)

 

 心中で悪態を吐きながら、リーニエは再び蒼き竜を見上げる。

 蹌踉めいた体勢から立ち上がった紅鏡竜の亜種の目は、憤怒に歪められていた。

 よくも虚仮にしてくれたな、と。ここからはもう容赦はせんと、そう言っていた。

 追い詰められた獅子は、ここに来てようやく、二人を敵と認めたのだ。

 今の光線こそが、あの竜の本来の攻撃方法。

 本種の紅鏡竜の攻撃方法は口から炎玉を吐くブレス攻撃だったが、この亜種はよりにもよって大地すら溶かす熱線を放ってくると来た。

 

「……アンジュ」

「リーニエ、様」

「やる事は変わらない。コッチの攻撃は通っている。あとひと息だから、頑張ろう」

 

 リーニエなりに、震えるアンジュの肩を優しく叩きながら、鼓舞の言葉をかける。

 その暖かさにアンジュは震えつつも、幾ばか冷静さを取り戻したのか、立ち上がって竜を見上げる。

 

「もう鱗は十分剥がれてる。後はひたすら叩き込んでやるだけ」

「……そう、ですね」

 

 震える体を精一杯鼓舞させながら、アンジュは再び聖書を手に構える。

 そして、二人は再び散開し、竜の周りを飛びながら、再び攻撃の準備に入る。

 竜もまたソレに応戦しようと、先ほどと同じ光線の魔力を開けた口に溜めていく。

 

 そして────口に魔力を溜めた竜の目線が、自分達に向いていないことに、アンジュは気付いた。

 そして、その目線の方向を見やると、そこには。

 

 

 

 

 

 逃げ遅れた、老若男女の人々が……崩れた瓦礫の隅に怯えながら、固まっていた。

 

 

 

 

 

 

「いけないっ!!」

 

 

 

 

 

 それに気付いたアンジュは大声を上げて、竜の光線の射線上に立つ。

 そして、全魔力を注いで、女神の魔法による障壁と防御魔法を同時に展開して、瞬時に自身が持ちうる限りの防御を敷いた。

 竜の口から放たれた光線が、アンジュへと襲いかかる。

 

 避ければ、後ろにいる、逃げ遅れた人達に当たってしまう。

 それが分かっていたアンジュはその場から一歩も動くことなく、展開した防壁ごと、吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

「────」

 

 

 

 

 

 その光景を、リーニエは目を点にしながら、呆然と見つめた。

 何が起きたのか、リーニエの脳は暫く理解するのに時間を要した。

 まるで、世界が時を止めたかのように、リーニエは目撃したその一瞬が映ったまま、時が止まっていた。

 やがて、我に返る。

 

 

 

 

 

 

「アンジュッ!」

 

 そして、焦燥の表情で、リーニエもまた地を蹴ってアンジュが吹き飛ばされた方向へと向かう。

 竜の体を素通りし、リーニエは全速力で地を蹴りながら、噴煙が舞い上がる場所へと飛び込んだ。

 そして、見えてきたのは。

 

 

 

 

 

 血を流しながら倒れているアンジュと、その後ろで未だに怯えている逃げ遅れた住人達の姿だった。

 

「アンジュッ」

 

 リーニエは急いでアンジュの体を抱き起こして、声を掛ける。

 体中が埃と血に塗れていて、左腕は焼け焦げている。

 

「……ハァ、ハァッ……リーニエ、様……」

 

 ……それでも、アンジュは生きていた。

 あの一瞬で、竜の攻撃を防ぎきれないと判断して、防ぐのではなく、防壁の向きを調整して受け流すという方法へシフトしていたアンジュは、辛うじて致命傷を免れていた。

 それでも、息は耐え耐えでやっとと言った所か。

 

「……アン、ジュ」

 

 アンジュの存命に肩の荷が下りるのも束の間、リーニエの胸の内に、蛇に締め付けられるような苦しみが襲いかかる。

 

「……ハァ、ハァ……リーニエ様、逃げ、て……」

 

 息も耐え耐えなアンジュの目線は、リーニエの背後にいる竜の方へと向いている。

 それに釣られてリーニエも竜の方へ振り向くと、先ほどとは比べものにならない程の魔力を口の中に溜めている竜の姿があった。

 

「……ほんッッと、嫌な奴、ですよね。リーニエ様が、私の所へ、駆け寄っていくのが分かってて……態と、手加減していた……なんて。このままじゃ、私も、リーニエ様も、一網、打尽に……」

 

 ────どうする?

 リーニエは考える。

 ────どうすれば、いい?

 このままアンジュを見捨てて、逃げるのは簡単だ。

 でももしそうした時……果たして自分は、どのような気持ちになるのか。正直想像も付かない。

 

 本当は、分かっている。

 今、取るべき手段。

 だが、それをするという事は……自分の特異性を、後ろにいる逃げ遅れた住民たちに晒してしまうことになりかねない。

 

 それだけは避けたい。

 でも、アンジュを見捨てることだけは、絶対にしてはならない。

 

 ……どうすれば。

 

「……アンジュ」

「リーニエ、様?」

「見せかけだけでいい。もう一度だけ、防御結界張れる?」

「……? はい……本当に、見せかけだけ、なら……」

 

 なら、なんとかなると。

 努めて冷静に、リーニエは結論を出す。

 

「なら、私の前に立って。防御をお願い。攻撃自体は、私がなんとかする」

「……リーニエ、様が?」

「うん。だからもう少しだけ、頑張って」

 

 アンジュに負担を強いてしまっている自覚は、リーニエにはあった。

 本当は、人目なんて気にせずにとっとと自分で何とかしてしまうのが一番だという事は分っている。

 それでもリーニエは、執行者としてのリーニエはそれだけは駄目だと訴えかけていた。

 葛藤した末に出した中途半端な結論。

 だが、結果的にアンジュを守れるというのであれば。

 少なくとも、間違いではない筈だ。

 

 リーニエの言葉を信じてか、アンジュは再び聖書を手に詠唱を唱え始める。

 幸い、竜は魔力を溜めている最中だ。展開まで時間は稼げるだろう。

 

 そう楽観視していた直後、アンジュの身は震え上がった。

 

 

「────I am the bone of my sword.」

 

 

 突如として、背後から聞こえてきたリーニエの声。

 

 

「────Steel is my body, and fire is my blood.」

 

 

 まるで世界ではなく、己の内に語りかけるような詠唱。

 華奢な少女から、空気を揺らすような無機質な声が、アンジュにだけ聞こえる音で紡ぎ出される。

 

(……なに、一体、何処の言葉なの……?)

 

 その詠唱の意味を、アンジュは理解できない。

 何処の言葉かさえ、分らない。

 

 

「────I have created over a thousand blades.」

 

 

 なのに、なぜこんなにも、胸を締め付けられるのだろう?

 なぜこんなにも、悔しくて、悲しい気持ちになるのだろう。

 

 

「────Unfaced to darkness.」

 

 

 やがて、その詠唱はかの男の物から外れ、彼女自身を綴る物へと入る。

 

 

「────Nor faced to light......」

 

 

 そして、詠唱がそこまでで終わり、アンジュの魔法による防壁が展開されると同時に。

 その防壁よりも更に前方に、翠色の魔力の光が現れるのを、アンジュは目撃した。

 

(これは、光の……葉っぱ……?)

 

 まるで幻霊のような透明さと、魔力でできたかのような光で構成された、光の葉っぱ。

 よくよく見ればまるで()()()()()()()()を持っているようにも見えるそれらは、僅かな螺旋を描きながら、外側から巴状へ重なっていき、巨大な盾のようなモノへと変わっていく。

 

 

 

 

 

「────”応報せし魔花の葉鏡(ローア・ケイオス)”」

 

 

 

 

 

 そして、その真名解放と共に現れた、巨大な翠色の光の盾は。

 眼前に迫っていた竜の光線を乱反射し、その光は逆に、竜自身へと浴びせられることとなった。

 




今回の複製武器解説

皮剥豹剣(カッツバルゲル)
 名前の通り皮を剥ぐのに特化した剣。
 モデルは現実に存在していた神聖ローマ帝国の皇帝マクシミリアン1世によって編成された傭兵集団「ランツクネヒト」が装備していたショートソード「カッツバルゲル」で見た目もまんま。
 ちなみに「カッツバルゲル」はそれぞれドイツ語で「カッツ」が猫、「バルゲル」が皮を剥ぐという意味がある。
 ドイツ語の名前の剣でフリーレンの世界観にも丁度よかったので、「皮を剥ぐのに特化した剣」という宝剣扱いで登場。

神技の砕剣(レヴォルツヴァイ)
 原作8巻で登場した魔族の将軍、レヴォルテが魔法で作り操る魔剣。その贋作。
 時には羽根のように軽く、時には巨岩のように重くできたりと、重さを自在に操れる剣。要するにGNバスターソード。
 リーニエが作る贋作は自身の体格に合わせてショートソードサイズまで小型化しているため、「レヴォルテ」と「ツヴァイ(二番目)」を合わせて「レヴォルツヴァイ」とルビを振って区別している。
 重さを自在に操れるという、矢にして放つにはこれ以上ないくらいに最適な剣でもある。

 また、「神技の砕剣」に限らず魔族によって作り出されるこの世ならざる物質で作られた魔剣の類いは、無限の剣製の特性上、とある部分においてオリジナルに存在するデメリットが贋作の方では踏み倒され、明確に上回る。

応報せし魔花の葉鏡(ローア・ケイオス)
エミヤの使うロー・アイアスポジの盾。詳細は次回解説。
日本語表記とドイツ語表記の名前、そして「光沢のある葉っぱ」から、何が元になっているかは、フリーレンを読み込んでいる読者ならお分かりだろう。


無限の剣製詠唱
今回、リーニエは少なからず自分を自覚し始めたことで、詠唱もエミヤの「Unkonwn to death~」に相当する下りから、自分自身の詠唱を一節だが唱えられるようになってる。
今回、展開した光の盾はそんなリーニエが今自分が唱えられる精一杯の詠唱をつぎ込んで模倣したモノ。
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