剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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未遂の一射

 

 今更言うまでも無い話かもしれないが、リーニエの貯蔵する武器の中には当然幾つかくせ者が存在する。

 強力な代物であるが、魔力の消費が激しい故に乱発する事は叶わず、ここぞという時にしか使えない武器。

 1番のやり玉にあげられるのは、やはり神話の時代において山を砕いた剣「神紀の砕剣(シュヴェア・ヴォルケ)」の贋作兼改造品である「偽・神紀の砕剣(シュヴェア・ヴォルケII)」などがそうだろう。ダンジョンの宝物庫に取り残されていた残骸から解析して模倣した劣化品に、改造を重ねる事でどうにか扱えるようにしたこの偽・神紀の砕剣(シュヴェア・ヴォルケⅡ)はオリジナルに比べれば粗悪な改造品に過ぎないが、それでも神話の剣を元にしただけはあって強力な破壊力を持つ事に代わりはなかった。

 だが、貯蔵した武具の中に更にそれを上回るくせ者が存在する。

 定義としては防具なのだが、構造上、最早防具と呼んで良いのかすら分らない代物が。

 

 混沌花と呼ばれる植物型の魔物が存在する。

 呪いによって周囲一帯の人間たちを眠らせ、魔力を養分として吸い取り、養分となった人間達を殺す魔物だ。

 この植物型の魔物の特徴として、その地の原生植物と交わることで亜種を生み出すことがある。故に、様々な特徴を持った亜種の混沌花が生まれてくるが、亜種によっては強力な防衛能力を持つ個体が生まれる事がある。

 例えば、鏡面のような性質を持つ葉を操り、魔法攻撃を跳ね返してしまう個体も、交わる植物によって生まれ得るだろう。

 

 そして、かつて神話の時代において植物でありながら霊的存在でもあるという意味の分らない植物と交わった混沌花が存在した。

 そうして生まれた混沌花の亜種もまた霊的存在となり、実体のない、結界のような光の葉っぱを持ち、先に説明した亜種と同様に鏡面のような性質も併せ持つようになる。

 ようするに、神話の時代にトンデモ亜種が存在したのである。

 

 そして、かつてその魔物を捕らえた人間達の発想もまた狂っていた。

 そのとんでも混沌花亜種の葉っぱを利用して盾を作ってしまおうという考えに至ったのだ。

 だが、魔物は討伐してしまえば魔力の粒子となって霧散する。素材として利用するためには生きたまま捕らえて加工するしかなかった。

 故に、捕らえた混沌花の亜種の核を生きたまま加工し、自らに接近する攻撃に対して葉で守るという防衛本能以外をオミットし、青銅の盾に組み込む。そして核に接続した葉を盾の内側に折りたたんで潜ませ、いざ脅威が迫ったときに七枚の葉が出現して巴状に重なり、巨大な光の盾となる。

 

 そうした神話の人間たちの狂った発想によって生まれたこの結界宝具こそが、この“応報せし魔花の葉鏡(ローア・ケイオス)”であった。

 迷宮(ダンジョン)というのは本当に度し難いものだ。そんな盾の残骸すら、宝物庫には残っていたのだから。しかも盾に組み込まれていた混沌花亜種の核はまだ死んではいなかった。

 如何なる誕生経緯であれ、それが人の手で作られた防具であるのならば、例えそれが「剣」の形状からかけ離れていようと、時間と労力をかければ模倣する事は不可能ではなかった。リーニエ自身が人ではなく、魔族という同じ魔物の一種だからこそ、可能にした側面もあっただろうが。

 

 故に、“偽・神紀の砕剣”がリーニエの持ちうる最強の矛ならば、“応報せし魔花の葉鏡(ローア・ケイオス)”はまさしくリーニエが持ちうる最高の守りと言えるだろう。

 

 

『■■■■■■■■■■ッッッッ!!!!!???』

 

 

 竜の悲鳴が街中を木霊する。

 巴状に重なった七枚の光葉は、竜の放った熱線を余すことなく乱反射した。

 ソリテール戦の時は急造の模倣であったため、弾ききれずに破壊されてしまったが。

 今回は、リーニエが唱えられる限りの詠唱をつぎ込んで模倣した、限りなく完全に近い反射結界。

 

 乱反射された熱線は、竜の露出した肉に次々と浴びせられていく。

 これが、鱗を剥がされていなければ、竜はまだ立てていたかもしれない。悲鳴を上げずに耐えられることができたかもしれない。

 だが、リーニエに散々鱗を砕かれ、そこに自身の放った渾身の熱線が跳ね返され浴びせられたとなれば、さしもの竜といえど一溜まりもない。

 

 “応報せし魔花の葉鏡(ローア・ケイオス)”の盾は、無慈悲にも、容赦なく応報の光を竜へと浴びせ尽くした。

 

「■■■ッ、■■■ッ、■■■ッ─────!!!!!」

 

 肉筋を直々に焼かれた竜は、光の盾が消えた後も尚も悲鳴を上げ続ける。

 その様子を、一番前で見ていたアンジュと、後方で見守っていた人々が呆気に取られたように見つめた。

 彼らがその光の盾を視認できたのはほんの一瞬の出来事。

 その光の盾を呼び出した張本人であるリーニエはアンジュのすぐ後ろでしんどそうに息を吐きながら膝を突いた。

 

「■、■■■ッ……」

 

 そして、竜は膝を着いたリーニエを睨み付けたのを最後に、ズシン、と地を慣らして崩れ落ちた。

 アンジュも、後ろの、人々も呆気に取られたまま静寂な時が流れていく。

 そして────

 

「……ウ、」

 

 最初にその声を発したのは、その中の誰だったか。

 やがて、伝播するようにその熱は広がり始め。

 

 

 

 

『ウゥオオオオオオオオオオオオオーーーーーーッッ!!!!』

 

 

 

 

 一気に歓声が上がった。

 納まることのない熱狂。

 周囲の惨状など気にするものかと言わんばかりに、彼らの熱狂的な視線はただ一人の少女へと注がれる。

 堪らず、先の奇跡を目の当たりにした観客たちは一斉にその少女の元へと駆け出し始めた。

 

 ……本来の功労者である筈の、もう一人の少女の傍を通り過ぎ、彼らの足は一番前に立っていた修道服の少女の元へと向かっていく。

 

「すげぇえええ、今の女神の魔法って奴なのか!!?」

「竜の攻撃も跳ね返すとは、さすがアンジュちゃんだのぉ……」

「アンジュお姉ちゃん……かっこいい……!!」

 

 リーニエの策略により、先の光の盾の仕業をリーニエではなくアンジュによるモノと勘違いした民衆たちの称賛の対象はアンジュへと注がれていた。

 リーニエの言う通りに聞き慣れた女神の魔法の詠唱を唱えていたアンジュの姿だけが目に留まり、その後ろでひっそりと小声で唱えられていたリーニエの詠唱など彼らに聞こえる筈もなく、彼らはすっかり、自分達を守ってくれたのはアンジュなのだと勘違いしていた。

 

「へっ、えっ? いや、皆さん、今のは私じゃなくて……何が何だか……ッ」

 

 自分によってたかって来る称賛の声に、覚えのないアンジュは意味が分らずに言い淀む。

 しかし、聡明なアンジュはその原因にすぐに思い至った。

 先のリーニエの言葉……見せかけの防壁を展開するだけでいい、攻撃自体は自分がなんとかすると。……そして、先ほどの光の盾を発動するために唱えられたであろう、自分の耳にだけに入った、リーニエによる言語不明の詠唱。

 ……リーニエの意図を察したアンジュは、咄嗟に口を噤むより他なかった。

 リーニエの魔法の異様さは、アンジュもいい加減理解している。明らかに少ない消費魔力から作り出される、魔力と神秘の籠もった宝剣や魔剣の数々。剣を作り出している術式自体は、戦士タイプの魔族ならば誰でも使える、人間の武器を模倣して魔力で編み出す魔法と何ら変わらないというのに。そこから出力される代物はそのような術式だけでは到底作れないであろうモノばかりだ。

 飛行魔法とまでは行かないものの、魔族の中でも基本とされる、彼らの中ではおそらく魔法とも呼べない魔力行使から出力される結果が、他の魔族とは明らかに一線を画している。その異様性をアンジュは間近で何度も見てきた。

 人間の視点から見てみれば、魔族の魔法などそんな出鱈目なモノばかりだろうと納得できるかもしれないが、魔族の視点から見てみれば不特定多数が息を吸うようにできるような術式行使でこのような事をされては仰天モノだ。特にオリジナルの作り手からしてみれば逆鱗に触れられた所では済まされない。

 ましてや、今のリーニエは人間に扮して街に来ている状態だ。魔族の証である頭の角が小さいお陰で、フードで隠すだけでバレずに済んでいるが、そもそも同族からすら訝しげに見られるであろう魔法を人間に見られては、正体が魔族と露呈してしまうリスクが高くなってしまうだろう。

 幸い、あの光の盾は見た目こそ神聖さが漂っていたため、女神の魔法と誤認させるのは容易いとリーニエは判断したのだろう。

 とはいえ────。

 

(女神の三槍ならまだしも……あんな凄い盾を出せるなんて聞いてませんよぉ……)

 

 いくら魔力の等価交換の法則から逸脱している魔法だからと言って、それでも作り出せるのは『剣』かソレに準ずるモノだと高を括っていた矢先に、これだ。まさかあんなとんでもないモノまで出せるなんて、誰が予想できようか。

 

『聖女だ!! 聖女アンジュはここにいたんだ!!』

『我が聖女の誕生だ!!』

『アンジュッ、アンジュッ、アンジュッ!!』

 

「ッ、いやー、アハハハ……」

 

 ともかくアンジュは、皆さんが無事なのは自分ではなくリーニエのおかげなのだと、そう叫びたい衝動を呑み込み、苦笑いで応じるしかなかった。

 本来、賞賛を受けるべき者がソレを受けれず、彼らと同じく守られた者の一人でしかない自分がその賞賛を貰っていくのは、体の傷以上に心が痛んだ。

 しかし、こうして自分が生きているのはリーニエのおかげだ。

 そのリーニエが、注目される事を良しとせず、それでも自分と住民達を守ってくれる選択をしてくれたのであれば、この痛みは甘んじて受けるしかない。

 

 ────あぁ、でも……。

 ────今この時ばかりは、貴女を恨まずにはいられません、リーニエ様。

 

 押しつけられたと、守られた身でそう考えるのは贅沢であると自覚しているが。

 この賞賛は本来貴女様が受けるべきで、ましてや私には“聖女”なんて肩書き、荷が重すぎるというのに……。

 

「……」

 

 一方で、本来の功労者であるリーニエはハァ、と疲れたようにひと息ついて何とか立ち上がった。

 今の模倣で、魔力の半分ほどを消耗してしまった。『剣』という属性から離れた代物であればある程、リーニエの模倣の魔力消費は増す。モノがモノであったことに加えて、通常の3倍ほどの魔力消費。“応報せし魔花の葉鏡(ローア・ケイオス)”の「あらゆる魔法攻撃を跳ね返す」という特性故に防御と反撃を両立させる事ができたおかげか、ほんの短時間の展開で済んだが、もしあれが魔法攻撃ではなくただの強力な物理攻撃であれば展開時間と消費魔力を更に延長させて「防ぎ続ける」という選択肢しかなかっただろう。そうなれば、大半の魔力を持って行かれた上に反撃もできず、結局全滅は免れなかっただろう。

 そういう意味では、相性に助けられたとも言える。

 

 ヨロヨロと立ち上がったリーニエは、振り返って、アンジュ達の方を見つめる。

 アンジュを取り囲んで、賞賛の声を上げて騒ぎ立てる民衆たち。幸いにも、彼らは興奮状態にありながらもアンジュの傷の深さを理解しているのか、下手に触れるような真似はしていない。

 群衆から飛び出し、急いで救急用具を取りに行っている人間もいたので、大丈夫だろうと判断しつつ、リーニエは暫くその様子を見つめた。

 

 

『■■■ッ……』

 

「……ッ!?」

 

 

 暫く間が置いたその時、リーニエは咄嗟に竜の方へと振り返る。

 そこには音なく、力なく、なんとか立ち上がった竜がいた。

 だが、その様相は最早無様と称する他ない。

 多くの鱗を剥がされ、下の肉はリーニエとアンジュによる魔法攻撃、果てには“応報せし魔花の葉鏡(ローア・ケイオス)”により跳ね返された自身の熱線に焼かれ、殆ど黒く変色して焦げている。

 それでも、竜はなんとか立ち上がり、その翼をはためかせ────。

 

 

 リーニエ達に背を向け、飛び去っていた。

 未だ騒ぎ立てていた民衆達は、その事に気付かない。

 魔物は死ねば魔力の塵となって霧散する。故に、その骸が気付かぬ内になくなろうと、誰も気にしないのだ。

 

 しかし、リーニエは。

 

「……逃がさない」

 

 そう呟き、建物の上を跳躍しながら竜の跡を追いかけた。

 アンジュを傷つけた落とし前だけは、何としてでも付けさせねば気が済まなかった。

 

 

 

「……」

 

 

 

 その一部始終を、別の人影に見られていた事に気付かぬ程、リーニエの腹の内は煮えくりかえっていた。

 

 

      ◇

 

 

 その竜は、生まれながらにして本能で己は異端であるという自覚はあった。

 一匹の紅鏡竜の卵から生まれし子供達。通常は赤い鱗を持って生まれてくる種の中で、一匹だけ、紺の鱗を持つ異物が生まれてきたのだ。

 同じ巣の中で生まれ育った同胞達の中で、その紺の亜種たる竜はさっそく異端視されたが、別にそれを竜は理不尽とは感じなかった。

 竜種の中には群れを作って行動する種も存在するが、紅鏡竜に限ってその傾向は存在しない。魔族と同様、魔物である竜たちの見る世界もまた弱肉強食だ。

 そして亜種として生まれた紺色の鱗を持つその紅鏡竜は、その異端さを見た目のみならず、竜種としての力強さにおいても発揮した。

 他の紅鏡竜の鱗に通じる強力な物理攻撃さえ、その紺の鱗は通さない。同胞の紅鏡竜の爪や炎すら通さぬ。そして彼に牙をむいた同胞達に待っているのは、炎ではなく、空気さえ溶かし尽くす熱線の応酬だ。

 同胞の中で彼に牙をむこうとする存在は瞬く間にいなくなった。

 その紅鏡竜の亜種は、生まれてすぐに天敵がいなくなった。

 

 飽いた竜は、すぐに新天地を求めて中央から南へと下った。

 別に、竜は好戦的だったわけじゃない。新しい天敵が欲しいとも思わなかったが、それはそれとして刺激が欲しかった。

 新天地に降り立てば、この退屈な気分も多少は紛れるだろうと思っての事だった。

 案の定、その新天地にも竜の天敵はいなかった。それも当然だろう。別に竜は戦いを求めていた訳ではない。己が食物連鎖の頂点に立つことは前提の考えの上で、態々北部の修羅に身を投じるという考えはなかった。竜のポテンシャルは高く、北部へ赴けば皇獄竜との生存競争も叶っただろう。

 だが、竜はソレ自体にはさして興味はなかった。

 

 ただ新しい景色に根を張りたい。根本の所はただそれだけである。

 暫く居着いている内に、人間達が争いを始めた。それでも、竜は人間同士の争いに関心を示さなかった。

 だが一度だけ、“ミーヌス”と名乗るエルフの魔女が竜の元を訪れる。

 

 その魔女は、一冊の魔導書を竜へ(さず)けた。

 魔導書はそれそのものが魔力の込められた素材だ。故に、魔力の籠った物を営巣の素材とする習性のある竜にとっては貰うに一定の価値がある代物だ。

 だが、賢いこの亜種は、それだけでは終わらなかった。

 竜は、この魔導書の中身を理解し、そして取得した。

 

 この南側諸国の争いにおいて猛威を振るう、“人を殺す魔法(ゾルトラーク)”を。

 竜の賢さを見抜いていた魔女はほくそ笑み、竜に囁いた。

 

 ────汝もまた、この終わりなき戦乱の歯車の一つとあれ。

 

 そう言い残し、魔女は去って行った。

 それが切っ掛けだったのかは分らない。

 結局、人間の魔法を覚えたところで、それを振るう天敵がいなければ変わらなかったし、暫くは竜にとっても変わらない日常が続いた。

 

 だが、ふと、このように自分のような竜でも理解できる術式を編み出し、同胞同士で殺し合いをする人間たちに、竜は段々と興味を持つようになった。

 そして竜は、自分の縄張りに入り込んだ人間たちに対しての攻撃を始めた。

 恐慌した人間たちはゾルトラークで応戦するが、強固な鱗にソレが通る筈もなく、何十倍にも大きくなった竜のゾルトラークによって消し炭になった。

 以降、縄張りに入る人間達の音沙汰はまた消えた。

 

 暫くして竜は考えた。

 己は色々な同胞や魔物と生存競争を繰り広げ、常にその頂点に立ち続けてきたが、人間相手にはまともに戦ったことがないと。

 先に戦った人間たちだけが全てだとは思わない。

 

 近くに人間の街があったことを思い出した竜は、今一度確かめたくなった。

 ────この世界における、自分の立ち位置は如何なのか。

 中央にいたときと変わらず、己は食物連鎖の頂点で在り続けるのか、それともソレは覆るのか。

 幸い、ここ(南側)の人間達は好戦的だ。あの魔女の言う通りに戦乱の歯車とやらになってみるのも面白いかもしれない。

 そんな退屈しのぎで、竜は人の街を襲った。

 

 

 

 襲った先で、痛いしっぺ返しを受けた。

 気まぐれのゾルトラークは全て躱され、今まで傷一つ付くことがなかった鱗を剥がされ、鱗の下の肉を焼かれ続けた。

 その成した敵の正体は、人間ではなく、何故か人間の街に紛れ込んでいた、異物(いぶつ)。魔族と呼ばれる、人間の形をしたナニカ。

 人間の敵を求めてやってきたのに、それに形を似せただけの魔物に痛い目に遭わされ、竜は初めて己のプライドに傷を付けられた。

 

 だから、もろとも消してやろうと思った。

 ────なのに、そんな己の一撃すら、突如として現れた光の盾に跳ね返され、こうして自分は撤退を余儀なくされていた。

 

 ────アイツは、一体なんだ?

 魔力の揺れが拙く目立ち、なのに出で立ちはそこらの人間と変わらない、どこにでもいる魔物。

 なのに、アレが生み出す武器は、常軌を逸していた。

 視認すら叶わぬ飛来物、その正体は一振りの剣。その剣を矢として幾度となく飛ばし、己の鱗を次々と砕き、近くにいた一人の人間と共にこの鱗の下の肉を焦がしていった。

 

 果てには、あの光の盾。

 

 もう何が何だか、竜には分らなかった。

 だが、街から遠くまで逃げてきて、自分の巣も近くなってきた所で、頭が冷えてきた竜はふと考え、納得した。

 ────ああ、己は、頂点に君臨してなどいなかった。

 竜としてのプライドはその事に酷く落胆していたが、同時に胸を馳せる思いもあった。

 ────でも、ようやく己の立ち位置を知れた。

 その事に、安堵している自分がいた。ようやく、この世界に地に足を付けて生きて行けそうだ。

 ……そんな思いに馳せていた、その時だった。

 

 

 ────あれは?

 

 

 上空を飛んでいた最中、地上を見下ろすと、そこには竜の自分でもすっぽりと入りそうな位の隙間の渓谷が走っていた。

 それ自体は別に何の代わり映えもしない光景だったが。

 

 その渓谷の底、そして側面、大量の剣が突き刺さっていたのを竜が目撃した。

 それだけならば、竜は気にも留めなかっただろう。

 だが、その剣に籠っていた魔力に、竜の目は眩んだ。

 

 

 ────あぁ、丁度いいな。

 

 

 竜は渓谷の底へと降りる。

 今でさえ飛ぶのがやっとだ。今まで姿を見せるだけで魔物を追い払えた状態とは訳が違う。

 丁度、魔力の籠った素材がこんなに大量にあるのだ。

 自分の巣の増築の素材にして、当分は英気を養おうと、渓谷に突き刺さった大量の剣を持ち帰ろうとして。

 

 

 

「モノに目が眩むのは、竜も魔族も同じか」

 

 

 

 そんな声が聞こえたと共に。

 

 

 

 

 

魔力を爆発に変える魔法(エクスファンタズマ)

 

 

 

 持ち帰ろうとした大量の剣が、一斉に砕かれ、爆発を起こす。

 

 

 

「■■■■■■■ッッッーーーーーーー!!!!!!???」

 

 

 

 鱗の下の全身の肉を焼かれる感覚に、竜は思わず悲鳴を上げた。

 

 

     ◇

 

 

 先回りして竜の巣を探し出し、竜の逃げ出すルートを予め逆算し、ルート上の渓谷にリーニエは罠を仕掛けていた。

 これは、執行者時代にも同族を不意打ちする時によく仕掛けていた罠の一つだ。

 魔族の目を引く宝剣を放置し、ソレに惹かれてやってきた魔族が近付いてきたら、宝剣に込められた魔力を爆発させ、一網打尽にする戦法。

 この戦法をよく使うのに用いられた剣が、リーニエがよく愛用する『ダッハの宝剣』なのだが、今回の相手は竜。

 

 魔力の籠った素材を積極的に持ち帰る習性のある相手ならば、グレードを落とした宝剣でも十分に目を眩ませてくれる。

 雑多に模倣した宝剣を渓谷の底、崖面に至るまで隅々に刺し、巻き餌にした。

 そして、リーニエの狙い通りに宝剣たちに目を眩ませて降りてきた竜は、一斉に爆発したそれらを鱗の剥がされた生身で直に受けてしまった。

 

「■■■■■■■ッッッーーーーーーー!!!!!!???」

 

 竜の悲鳴が木霊する。

 その悲鳴すら、もう聞き飽きた。

 爆破の衝撃で竜の体が再び崩れ落ちていく。

 元々飛ぶのもやっとの体だ。故に先回りするのも容易だったし、その状態で全身に宝剣の爆発を受ければああなるのは必定だろう。

 

 竜の体が崩れ落ちていくと同時に、爆破の衝撃で崩れた瓦礫の数々が竜へと襲いかかる。

 

 ……これで気の治まるリーニエではなかった。

 リーニエは自分も瓦礫に潰されるリスクすら知ったことかと言わんばかりに、崩れ落ちる瓦礫群の中を疾走する。

 狙いは一点。

 地面に落ちるであろう竜の頭の顎下。

 その顎下の落下地点に向かい、予め手元に模倣していた“旋撃の巨斧(ベルヴィント)”の柄を両手で回転させながら、墜ちていく瓦礫を足場に、僅かな生存圏の隙間を潜り抜けて跳び、疾走する。

 

 そして、竜の顎下のすぐ真下にまで辿り着いたリーニエは、回転により魔力が充填された旋撃の巨斧(ベルヴィント)の刃を竜の顎下へ潜らせ────

 

 

 

 是・光転斬

 

 

 

 その柄を思い切り蹴り上げ、竜の顎下へ押しつけるように斧を振った。

 戦士アイゼンの技の一つ《光転斬》。

 強烈な斧の振り上げによる一撃必殺の技に、更にリーニエがかつて模倣した戦士の技の一つである蹴り技を合わせる事で威力を増大させた技。

 模倣技同士の組み合わせによってなるアレンジ技を、リーニエは竜に容赦なくお見舞いした。

 

 そして、更なる悲劇が竜を襲う。

 是・光転斬による切り上げと、頭上から落下してきた瓦礫。

 上下からの強烈な衝撃を味わい、竜の脳が大きく揺らされる。

 それでも僅かにリーニエの是・光転斬の衝撃の方が上回ったのか、竜の頭は今一度持ち上がり、その隙に体勢を立て直したリーニエは即座にその場から離脱した。

 

 

 

「■■ッ……■■■ッ……」

 

 

 

 最早、悲鳴すら上げられないのか。

 瓦礫に押しつぶされたまま、竜は渓谷の底で一歩も動けぬ体となった。

 それでも、まだ僅かなうなり声がその凄まじき生命力を証明する。

 

 

 

「まだ生きているのか」

 

 

 

 渓谷の崖の上に立ち、瓦礫に埋もれながらも生きている竜を見下ろしながら、リーニエは呆れたように呟く。普通の紅鏡竜なら、もう何十回と息絶えている所か。

 竜を見下ろすリーニエの目は、底なしに冷えている。

 同情の欠片もない。ただひたすら、排出された汚物を見るかのような目で見下す。

 最早、リーニエにとって竜の存在すら不快だった。

 

 

 

「─────なら、消し飛ばしてあげる」

 

 

 

 そう言ったリーニエの左手には、愛用の白い洋弓。

 そして右手には……禍々しい稲妻のような魔力を纏った剣が浮き出すように現れる。

 

「■■■ッ」

 

 その禍々しい魔力を感じた竜はその剣を見上げると同時に────ただでさえ動かぬ体が、更にすくみ上がった。

 あの剣だけは、まるで別格だと魔物としての本能が訴えかける。

 自分の鱗を続けざまに砕いたあの剣すら、アレの前では霞むだろう。

 

 かつて神話の時代において山を砕いた剣が今再び、リーニエの手元に模倣されていた。

 

 

 

「────跡形もなく」

 

 

 

 そう言って、リーニエはその魔剣の柄を弓に番える。

 弦が引かれると同時に、その剣は段々と捻れ細っていき、やがて矢という殺意そのものへと姿を変えていく。

 ソリテールの時とは違い、今回は的が大きい。

 しかも宙に向けてではなく、大地に向かって打ち下ろす形での一射。その威力は遺憾なく発揮される事だろう。

 そして、その矢に魔力が注がれようとしたその時。

 

 

 

 

 

 

「────もうよい」

 

 

 

 

 

 いつの間にか、リーニエの背後に立っていた老人の制止の声が聞こえた。

 

 

 

 

 




今回の複製武器

応報せし魔花の葉鏡(ローア・ケイオス)
全開の前書きでも軽く紹介したが、今話で詳しく解説。
初登場自体は実は七話のソリテール戦で既にしていたりする。
その正体は神話時代のとんでも霊的植物と融合した混沌花のとんでも亜種。その核を加工し、「迫り来る脅威に対する防衛本能」のみを抽出して青銅の盾に埋め込んだのがオリジナルの設定。
リーニエが模倣する贋作では更に盾本体を省略し、加工された核のみを模倣。
展開時に七枚の葉状のビーム結界が外側から巴状に重なり、鏡面の性質を持った巨大なビームシールドになる。

エミヤのアイアスが投擲に対する防御特攻ならば、此方はあらゆる魔法に対する反射特攻を兼ね備えた盾。
尚、「魔法と認識できない攻撃」は跳ね返せず、不完全な模倣だと強力な魔法を跳ね返しきれない場合もある。
また、魔法以外の攻撃や、間接的な魔法を伴う強力な物理攻撃などは跳ね返せないが、特攻を除いた単純な防御性能も高いので、大抵は防げたりする。……が、それくらいならば普通の防御魔法の方が魔力効率が全然良い。

エミヤのアイアス同様、模倣(投影)には通常の三倍の魔力を要する。

名前の由来は、アシの茂みなどを意味する「ローア(Rohr)」と混沌花の混沌を意味する「ケイオス(Chaos)」を合わせたもの。


・「偽・神紀の砕剣(シュヴェア・ヴォルケⅡ)
 七話のソリテール戦の後書きでも紹介したが、今回は久々の登場なので今話でも軽く説明。
 原作の一級魔法使いゲナウの、魔族レヴォルテに関する説明で出た「かつて神話の時代において山を砕いた剣」。その贋作改造品。名前は今作オリジナル
 今作の螺旋剣ポジ。
 虹霓剣や偽・螺旋剣みたいに刀身がドリルみたいに捻れている訳ではないが、矢として番える時はやっぱり捻る。
 結局は捻れ狂うのである。

 七話のソリテール戦では空に向けて放たれたため本来の威力はお披露目ならず、今話でも模倣(投影)のみで使用は未遂に終わったため正確な威力の程は不明。

 山を砕く地形破壊宝具として本来の威力を拝める日は果たしてくるのだろうか……?
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