剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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終わり

 

 きっと、間違いだったのだろう。

 最初の在り方からして、私は間違ったのだろう。

 魔族としても、人間(あの2人の家族)としても。

 私はきっと間違ったのだろう。

 

 満たされたことなんて一度もなかった。

 私自身が決めた行動や決断の中で、私自身が歩いた地獄の中で、満たされた感覚なんて一度もなかった。

 ただ、漠然とした衝動に突き動かされたまま行動して、執行者(わたし)という存在ができあがったのだ。

 きっと、それも間違っていた。

 

 いまは、きっと満たされているのだと、思う。

 ・・・・・・でも、満たされれば満たされる程、己の間違いをこれ見よがしに突きつけられる。

 こんな思いをするくらいならば、気付きたくなんてなかった。

 己が正しいと信じて邁進できることが、どれだけ楽で、甘美な逃避であることか。

 

 あの時、アンジュに聖書の意味を問うたことが、決定的な崩壊の始まりだった。

 口の中に残り続ける苦い味の正体。

 幻肢痛という言葉を、人間が書いたどこかの医学書で読んだことがある。

 怪我や病気、またはその部位を呪いに侵された人間がやむなく自身の体の部位を切除した後、既にその部位に痛みを感じる神経がなく、その痛みを感じる肝心の部位が失われているのも関わらず、あたかもその部位の痛みを感じてしまう症状らしい。

 なくした体の痛み(ファントム・ペイン)

 

 あの2人の肉は既に私の胃の中に消化され、溶け込んでいるだろう。

 味を感じ取る器官である口の中にはもう存在しないのだから、そこに味なんて残っている筈がない。

 それでも、私は既に(なく)した肉の味を未だ感じている。

 私を魔族という在り方から切り離してやまない幻肢痛の如く、残り続けている。

 

 その時点で、本当は分かっていた筈だ。

 でも、認めたくなんてなかった。

 

 だから、逃避に走った。

 一度目の逃避は見事に成功した。

 私の、執行者としてのスタイルの、その第一段階を確立させたあの戦い。

 あの村を焼いた魔族を、今や愛用の得物となった宝剣のオリジナルで、刺し仕留めた、あの感覚。

 そこで、私はきっと味を占めてしまった。

 

 甘美な逃避の味を占めた獣は、次の狩り(逃避)を求めた。

 次に、効率を求めた。

 効率を求めた代償に、余計にナニカがすり減っていくような感覚を感じるようになった。無力を演じ、後援に徹するフリをして漁夫の利を狙うようになって、あの人達と同じ人間達を、後掃除という名目で手にかけるようになって。

 その感覚からすら、逃避した。

 

 逃避に、逃避を重ねて、私という執行者は完成した。

 人間の上層部たちが、とりわけ帝国の貴族たちが進んで贄を差し出すようになってから、ある種の安心感すら、得ていたのではあるまいか。

 これは、私の所為じゃない。

 奴らが進んで餌を差し出してくれるのだ・・・・・・だから、自分は悪くないって。

 

 

 ・・・・・・吐き気が、する。

 

 

 魔族としての己は、魔族として破綻した私を嫌悪し。

 人間に近付いた己は、魔族としても人間としても醜悪な私を貶し見下げる。

 

 

 なんで、自覚なんてしてしまったんだろう。

 このままずっと、たとえ分からないナニカに燻られるようなもどかしさを抱えたままであっても、気付かない方が万倍もマシだった。

 

 

 ・・・・・・ねえ、アンジュ。

 

 

 アナタ達と出会えて、本当によかった。

 でも・・・・・・アナタに、アナタ達にさえ、出会わなければ、私はこんな思いをしないで済んだのに。

 

 なんであの時、剣を止めて、貴女に話しかけてしまったんだろうね。

 魔族の言葉は人間を騙すためのもの。

 なのになんで、騙す意図もない会話なんてしてしまったんだろうね。

 

 ・・・・・・本当の所、理由なんてとっくに理解しているのだけれど。

 

 逃避もそろそろ許されなくなってくる。

 私は今、選択を迫られている。

 ずっと選択を間違え続けた私に、また迫られてくる。

 

 考えれば考える程、自分とアンジュたちが一緒にいるのは危険だという現実を突きつけられる。

 だから、私は決断しなければならない。

 この幸福を手放してでも、私はアンジュたちと別れなければならない。

 

 その選択すら、結局は自覚から逃れたいための逃避なのではないかと頭に過ぎるけれども。事実として危険な以上、別れる他ない。

 私の顔を知るソリテールの存在。

 私が利用し、私を利用し続けた帝国、その他北側諸国。

 贄に交じって私を葬ろうとし、返り討ちにしてきた影の戦士たち。宮廷魔法使い。魔導特務隊。

 私という自国の暗部を隠匿したい連中は山のようにいる。

 同じ魔族でありながら私という魔族に欺かれ、裏切られ続けた元魔王軍の連中は尚更だ。

 

 逃避を重ね、間違え続けた私は、もう誰かと一緒にいていい存在ではなくなっている。

 

 ならば今度こそ、間違うわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・アン、ジュ?」

 

 

 

 

 

 

 ────ほら。また間違えた。

 

 

 

 

 

「みん、な・・・・・・?」

 

 

 

 

 

 ────(お前)はどこまでも間違えたままだ、魔族リーニエ

 

 

 

 

 

 

 そう、どこかの諦観した自分が嘲笑った。

 

 

     ◇

 

 

 あれから数日が経ち、子供たちが眠り静まり返った修道院。

 その玄関の前に立っている2人の姿を、綺麗な月の光が照らす。

 1人は修道服を纏った、淡い金髪が目を引く僧侶の少女。慈愛とも取れるその優しい瞳は、しかし今にも泣きそうでもあった。

 もう1人はゴシック風の給仕服のようなモノを身に纏い、首元に赤いマフラーを巻き付けた少女。一見、人間の少女のように見える彼女の頭には2本の角が生え、明らかに人間ではないものの、ツインテールの結った艶やかな桃色の髪と人形のように整った可愛らしい容姿がソレを感じさせない。

 されど、その魔族の少女の表情もまた人形のように“”無“”であった。

 

「・・・・・・本当に、行くのですね?」

 

 僧侶の少女──アンジュの絞り出したような言葉に、魔族の少女──リーニエはこくり、と返した。

 

「子供達には、何も言わないのですか? こんな、みんな寝静まった時間にこっそり出ていくなんて・・・・・・」

「こういう時、どんな言葉をかければいいのか分からないから」

 

 目を細め、僅かに目線を下げながらそう言うリーニエの言葉に、アンジュは納得していない様子だった。

 

「不便だよね魔族って。噓をかける言葉は簡単に出てくるのに、いざ本心となると何も言えないなんて」

「・・・・・・それは、人間も同じですよ」

 

 唐突に出たリーニエの自虐の言葉に、アンジュは困ったように笑いながら返す。

 

「これから、どうなさるつもりですか?」

 

 以前、聞いたまま「分からない」と返された質問を、アンジュはもう一度問うた。

 これからリーニエが行こうとする道を察しながらも、その自覚に至るまではまだ時間が掛かるであろうと考えていたアンジュは、それでもリーニエは何をするつもりなのか、それがリーニエの中で決まったのかが気になったからだ。

 

「北に向かう」

「ッ、それは、また執行者に戻るという事、ですか?」

 

 不安になったアンジュは、胸に手を押さえながら、僅かに身を乗り出して聞くと、リーニエは首を横に振って否定した。

 

「それはしない。結局何がしたいのか、自分でも分からないから。だから・・・・・・」

 

 リーニエは目を伏せて一息置き、次の言葉を発した。

 

「一度、あの村に戻ろうと思う」

 

 その答えに、目を見開くアンジュ。

 

「もう、何も残っていないのかもしれない。・・・・・・でも、きっと戻る意味はある」

 

 大凡、魔族としてはありえない言葉だった。

 

「戻れば、分かる気がするんだ。本当は何がしたいのか」

 

 それは、合理も何もあったものじゃない、魔族らしからぬ希望じみた予測だった。

 それでも、リーニエの目には不思議と確信めいたものがあった。

 それを聞いたアンジュは目を伏せて寂しそうに、「そう、ですか」と歯切れの悪い様子でまた笑った。

 

「いろいろ、ありましたよね」

「そう、だね」

 

 短すぎるけど、あまりにも幸福過ぎる時間。

 その時間に、2人は思いを馳せる。

 それが始まると、互いに何も言えない時間が続いた。

 実の所、子供達が寝静まり返ってから今に至るまで、2人は既にいっぱい“お話”をしていた。

 来るべき別れであると、2人とも分かっていた。

 その覚悟をしていたからこそ、たくさん楽しいことを話した。

 でも、その話題も尽きようとしている。

 これ以上、互いに言える言葉は出尽くしているのだ。

 

 なのに、いざ、こうしてまた別れるとなると。

 中々切り出せない。

 

 最後の、別れの言葉を。

 

 もう交わることはない。

 交わるべきではない。

 

 リーニエは、己と共にいることの危険性をアンジュに散々諭し、アンジュもそれに納得していた筈だった。

 だから、あとはもう互いに「さよなら」をするだけで、すむ話だった。

 

「アンジュ」

「ッ、は、はい・・・・・・」

 

 先に切り出したのはリーニエの方だった。

 その声にビクリとなってアンジュは見上げる。

 かろうじて笑みを保ってはいるものの、その口元は恐怖で引きつっている。

 次に、リーニエから切り出されるであろう別れの言葉が、本当の最後になるであろうと予感して。

 別れなければいけないという恐怖で口元を引き攣かせながらも、それでも涙だけは見せまいとリーニエの言葉を待った。

 

「ありがとう」

「────────え?」

 

 なのに、突如として出された予想外の言葉に、アンジュは今度こそ口元を上三角状に歪めて唖然となった。

 

「初めて貴女に会ったとき、私は貴女に向けた剣を止めた」

「・・・・・・」

 

 目を閉じてポツポツと話し始めたリーニエの話を、アンジュは茫然としながら聞く。

 

「ただの気紛れだと、貴女達には見えたかもしれない。でも、違う」

 

 目を開けたリーニエの表情は、優しげだった。

 最近になってようやく子供達に向けるようになったモノに近い、そんな表情を。

 

 

「──多分、嬉しかったんだ」

 

 

 確かに、林檎の味は拙かったし、リーニエは容赦なくその味を酷評した。

 それでもリーニエはアンジュ達を殺すことはなく、農園の栽培の仕方を指導し、農園を襲う魔物の対策や、撃退の方法や鍛錬まで施し、今に至る。

 林檎の味も評判となり、近くの村や町との交流も増えた。

 食い扶持も安定するようになり、子供達の笑顔も増えた。

 ここまでやって気紛れと言い張るのはさすがに苦しいことは、リーニエだって理解していた。

 それでも理由が分からなかったから、気紛れという他なかったのだが、今なら言える。

 

 

「あの農園。建物との位置関係とか、柵の形状だとか、木の本数だとか・・・・・・何もかもが同じだった。今にして思えば、アンジュは聞かされていただけなのに、あそこまで再現していたなんて」

「それは・・・・・・」

 

 

 言い淀むアンジュ。

 あの「農園の魔族」の話が大好きだったアンジュは、確かに頑張って聞いた通りの農園をできる限り再現することに努めた。

 子供達には内緒にしたまま、そうするように指示していた。

 

 

「あの農園を覚えてくれている人がいたんだって。今からあの村に戻っても、影も形もないだろうから。・・・・・・だから、きっと嬉しかったんだ」

 

 

 今なら、あのエルフの言葉も理解できる。

 何かが残らないことは、誰からも忘れ去られてしまうことは、きっと寂しくて、悲しいことなのだと。

 あの僧侶もどきのモンクエルフは、今何をしているのだろうか。

 出会いがあまりにも物騒だったが、もしまた会う事があるならば、今度は話をしてみたいと、そう思っている自分がいることにリーニエは驚いていた。

 ────あぁ、本当に、今まで一番会いたくないと思っていた敵に対してそう考えるようになるなんて・…………。

 本当に、いよいよ己は魔族として壊れているのだと痛感させられる。

 ・・・・・・まあ、今更の話ではある。

 

「だから、ありがとうね。アンジュ」

 

 ────あれ、おかしいな?

 その言葉を聞いたアンジュは咄嗟にそう思考する。

 

「こんな私にも、ちゃんと救いはあったんだって。・・・・・・そう、分かったから」

 

 ────何で、視界が霞んで・・・・・・?

 満月に照らされたリーニエの微笑は、今までにないくらい、美しくて、綺麗だった。

 淡い金の光が、その陶磁器のような白い肌を、可愛らしい桃色の髪を、紫暗の瞳を(ほの)かに輝かせる。

 もう、我慢の限界だった。

 

「・・・・・・なんでっ」

 

 溢れる涙を、抑えられない。

 嗚咽に咽ぼうとする口元を両手で必死に抑えながら、アンジュは俯いてリーニエの顔から目を逸らして。

 

「アンジュ?」

「どうしてっ、貴女という人はっ」

 

 確かに、この娘を笑顔にしたいという、細やかな願いを抱いて生きてきた。

 あの両親ですら叶わなかった偉業。

 それを成し遂げられたら、どれだけの優越感に浸れるだろうかと。

 でも・・・・・・。

 

「そんな・・・・・・私は貴女のそんな笑顔が、見たかったんじゃないッ!!」

 

 涙のダムが決壊したアンジュ。

 地を蹴って飛んだその体は、リーニエの体へと抱きついた。

 

「たったそれだけの事でっ、満足したような顔にっ、なってほしくなんてないっ!!」

 

 その顔はもっとずっと、これから長い時を過ごして、満ち足りた最後の時に浮かべるべき顔だ。

 何気ない幸せを享受し、無邪気に浮かべる笑顔。それこそが、貴女が浮かべるべき顔だ。その顔をずっと見たいと、願っていたのに。

 最後にみる貴女様の顔が、よりにもよってそんな笑顔などと。

 なにより、アンジュにとって受け入れ難いのは。

 

「せっかくっ、笑えるようになったのにっ、どうして・・・・・・どうして、一緒にいてくれないの!? どうして、一緒に来て欲しいって言ってくれないの!?」

「アンジュ、それは・・・・・・駄目。分かってるでしょ?」

 

 アンジュの背中を摩りながら、優しくアンジュの耳元で諭す。

 それは、ともすればいつもの立場が逆転しているようにも見えた。時には母親のようにリーニエに情を注いでいたアンジュを、今度はリーニエが、我が儘を言う娘を諭すように嗜めた。

 

「アンジュには、あの子達がいる。あの子たちには、貴女が必要だ」

「それは・・・・・・リーニエ様だってそうでしょう?」

「・・・・・・私はいい。貴女から、もう十分過ぎるくらい貰って」

「違う!!」

 

 リーニエの言葉を、アンジュは大声で遮る。

 ああ、やっぱりこの子は何も分かっていない。

 自分が必要とされていることを、どうして理解してくれないのだ。

 

「リーニエ様も、必要なんです。私にも、あの子たちにも・・・・・・」

 

 子供に必要なのは母だけではない。父だって必要なのだ。

 アンジュを母とするならば、リーニエはまさしく子供達にとって“父”だった。

 時には厳しく、時には突き放しながらも、生きる術と戦い方を伝え、時には母と子供達を守る父親そのものだった。

 

「なのに・・・・・・なのに、なんで・・・・・・」

 

 反語を復唱するばかりで、これ以上リーニエを引き留める言葉が出てこないアンジュ。

 分かっている。生半可な決意でリーニエが「自分達と別れる」と言い出した訳ではないことに。

 その理由だって、理屈の上では分かっている。

 魔族の怖さをアンジュは知っている。人間の醜さをアンジュは知っている。

 その双方から牙を向けられる存在であるリーニエと共にいるのは危険であるという事くらい、理解している。

 

「貴女の、家族になりたかった」

「・・・・・・もう、なってくれた。十分」

「あの子たちだって、同じ筈です」

「・・・・・・ごめん、ごめんね・・・・・・アンジュ」

 

 

 暫く抱き合う2人。

 この温かみも、互いにこれが最後だった。

 せめてこの熱を忘れないように、互いの体に覚え込ませるように。

 

 

「さようなら、アンジュ」

「・・・・・・はい」

 

 

 離れた2人は、互いに手を握りながら見つめ合う。

 せめて、最後は笑顔で見送ろうと、アンジュは必死に優しい笑顔を取り繕う。

 そんなアンジュの手をそっと離したリーニエは、アンジュから背を向けて立ち去っていく。

 月光を背景にしながら、遠ざかっていくリーニエの背中を、アンジュは見えなくなるまで送り出した。

 そして、リーニエの背中が見えなくなった時。

 

 アンジュは顔を俯かせ、口元を歪めて涙をこぼす。

 

 

「さようなら、リーニエ様」

 

 

 ────ずっと、愛しています。

 

 

 今までも、そしてこれからも。

 たとえもう道が交わることがないのだとしても、己は生涯この気持ちを忘れないと胸に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

「フフフ、いけないわね」

 

 

 

 

 

 遠くの木陰からその様子を伺っていた、“元”無名の魔族が笑う。

 

 

 

 

 

「これだけ・・・・・・弱ったっ、“私”の魔力なら、たとえ貴女の・・・・・・魔力探知でも、気付かれ。ることはない、か・・・・・・。怪我の功名、とはよくっ、言ったわね。おかげで、貴女に、恨みをっ、持つっお友達にっ安心して、知らせて・・・・・・あげられる」

 

 

 

 

 

 途切れ途切れの息。

 その笑みに、悪意はない。

 その笑みに、自分をここまでにした相手に対する復讐心はない。

 その笑みは、無邪気で、虚無な、好奇心に溢れていた。

 

 

 

 

 

「“今の”私と・・・・・・連れてきた友達・・・・・・束にしても、おそらく・・・・・・衰えた君には、それでも敵わないだろう」

 

 

 

 

 

 この身に受けた惨状で、散々にそれは思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

「ふふふ・・・・・・私も、けっこう・・・・・・大変、だったのよ? 動けない・・・・・・状態で、人間達に、捕まって・・・・・・拷問・・・・・・された、こと、あったし・・・・・・たくさん、命乞いも、しちゃった・・・・・・それでも、ここまで生きながらえたのは・・・・・・(ひとえ)に、君への好奇心だ・・・・・・理解できないし・・・・・・おそらく違うのでしょうけれど・・・・・・“恋”って、こういう感覚に、近い、の、かしら?」

 

 

 

 

 

 尤も、相変わらず貼り付けたような笑顔での命乞いは、拷問する側の人間達にとってこの上なく不気味に映っただろうが、それを知る由は本人にはない。

 

 

 

 

 

「ずっと、この時を、待っていた、わ・・・・・・さぁ・・・・・・人に近付き、再び失った貴女はどうなるのか・・・・・・お姉さんにぜひ見せてちょうだい?」

 

 

 

 

 

 最早、彼女の興味の対象は“人間”のみならず、“魔族”という彼女自身の種族にすら向けられていた。

 魔族は人に近づけない。収斂進化によって形や構造は似せられたかもしれないが、根本的に違う生き物。

 でも、共存を目指す魔族(マハトや魔王)、そして実際に人に近付いた魔族(リーニエ)という存在を見せつけられ、彼女の中でその価値観は変わろうとしている。

 前提として、結局「人と魔族は共存できない」という結果は変わらないにせよ・・・・・・“魔族はどれだけ人間に近くなれるのか”、という新たな興味を抱いてしまった。そしてそれは、彼女が主題にしている人間に関する研究にも欠かせないだろうから、認識してしまった以上は避けては通れない課題でもある。

 ある意味では、人間に関する研究以上の禁忌に、彼女は踏み込もうとしている。

 これから、彼女が探し求める“話し相手”は最早人間だけではない。

 これから、同族すら彼女の“話し相手”の対象となる。

 

 ある意味では、両方から恨みを買い兼ねない危険な領域に彼女は足を踏み入れようとしていた。ともすればそれは、両方に仇なした執行者と何ら変わりない。

 無名というアドバンテージを失って尚、それを止められそうにない。

 

 臆病な彼女は、その危険性を十二分に理解していた。

 ・・・・・・だが、その臆病すら凌駕する、果てしなき探究心を持つのがこのソリテールという魔族に他ならない。

 彼女もまた、執行者(リーニエ)とは違った形の、魔族の異端者に成り果てようとしていた。

 

 

     ◇

 

 

 

 重く、覚束ない足取りだった。

 “別れ”というのは、こんなにしんどいものだったのか。

 結局の所、覚悟なんてできていなかったのかもしれない。

 それでも、覚悟ができている風に取り繕うことはできただろうか。

 一瞬でも素振りを見せてしまえば、アンジュはもう私を離さないだろうから。そして、私も離れられなくなるだろうから。

 

 子供達のことを、アンジュに押しつけてしまった罪悪感もある。

 自分の自惚れでなければ、アンジュ以上にあの子達は納得してくれないだろうから。それを嬉しいと思ってしまっている自分に、不思議と笑ってしまう。

 結局、魔法らしい魔法を教える事はできなかったし、教えられたのは自分が模倣してきたほんの一部の技だけだ。

 積み上げてきた集積回路の、一端にすら及ばぬモノ。

 叶うならば、もっと教えてやりたかったと思っている自分がいる。もう少し、彼奴らがどこまで行けるか見届けたいと思っている自分がいる。

 

「・・・・・・未練がましい」

 

 反吐が出ると言わんばかりに眉を顰めて自己嫌悪に浸るリーニエ。

 結局、別れる覚悟などできてなかったではないか。

 

「・・・・・・でも、楽しかったな」

 

 きっと、自分は楽しんでいた。

 林檎の育て方を教えることが、彼奴らに戦い方を教えることが、きっと楽しかった。

 あの地獄にはないもの。

 己を満たしてくれるモノすべてが、あそこにはあったのだ。

 

 でも、先ほど自分はあの場所に別れを告げた。

 自分は彼らと一緒にいるべきではなかった。

 そして、己は一刻も早く答えを出すべきだった。

 

 目指すべきは、北側。

 

「・・・・・・また、戻るのか」

 

 まだ魔力制御の乱れをなくす事も、固有結界の展開もできていないのに、北へ向かう。

 これら二つの課題をどうにかするために南に潜伏したというのに、当初の自分の目的とは本末転倒になってしまうが、仕方なかった。

 克服以前に、己は今、何をすべきなのか分からないのだ。

 

 己が間違え続けてきたことは、もう十二分に理解した。

 だが、それを修正するためにはどうすればよいのか。

 そもそも、今からでも道を修正できるのだろうか。

 

「…………いっその事」

 

 呟いて、魔力で模倣した短剣を取り出し、吟味するリーニエ。

 月光を反射し、その刀身に映った自分の目は、自嘲するように(ほそ)まっていた。

 ────あそこで、自分を終わらせるのも、いいのかもしれない。

 死に場所を探しにいくわけではない。

 でも・・・・・・もし自分にケジメを付けに行くのだとすれば、あの村以外、リーニエは考えられなかった。

 尤も、まだそうすると決まったわけでもないが。

 

 

 

 

 

 いずれにせよ、あそこに戻れば、とりあえずの結論は出る。

 そう結論付けたリーニエは、再び顔を上げて歩こうとした。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、はァッ、ハァッ!」

 

 

 

 

 

 聞き覚えのある、声が。

 途切れ途切れの声で。

 覚束ない足取りで、背後から走ってくる音が、聞こえた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・?」

 

 

 

 

 

 敵襲、ではない。

 殺気はない。

 その勢いは、かなり弱っている。

 そしてなにより、その、声。

 ────まさ、か。

 嫌な予感がして、振り向く。

 

 

 

 

 

「ハァッ・・・・・・リーニエ、お姉、ちゃん・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 全身から血を流し、息も絶え絶えの様子で己の名を呼ぶ、自分と同じ髪型の少女が走り寄ってきた。

 

 

「・・・・・・エルゼ!?」

 

 

 信じられないように、その名を呼ぶリーニエ。

 エルゼのただ事ではない状態にリーニエは焦燥した様子で、エルゼの元へ駆け寄る。

 

 

「何があった? お前等は寝ていた筈だろう?」

「ハァッ、ハァッ・・・・・・リーニエ、お姉ちゃん・・・・・・」

 

 

 倒れ込む所だった体をリーニエに支えられ、息絶え絶えながら何かを伝えようとしたその時。

 

 自分とエルゼを狙った魔法攻撃の光が、飛んできた。

 咄嗟の攻撃に反応したリーニエは、エルゼごと魔法の攻撃範囲から脱出する。

 魔力探知が、三つの魔力反応を探知し、リーニエは上空を見上げた。

 

 

「貴様が、ソリテールの言っていた“執行者”か」

「こんな若い魔族が、“執行者”だと? 信じられんな」

「だが、魔力に“揺らぎ”を感じる・・・・・・卑怯者め、そうして我らを騙し討ちしてきたのか」

 

 

 各々がリーニエを見下ろしながら、怒り、疑念、侮蔑をぶつけてくる。

 その会話に目を見開くリーニエ。

 ・・・・・・ソリテール、という単語。

 あの胡散臭い、虫のような笑みを浮かべた無名の大魔族の顔が思い浮かぶ。

 

 

「・・・・・・ふん、まあいい。ソリテールの言葉の真偽はどうにせよ、魔法使いでありながら、同じ魔族でありながら魔力を偽る卑劣者を生かしてはおけん。お前はここで────」

 

 そう言いながら、杖を取り出す魔族たち。

 だが、言いかけたそれよりも早く。

 

 

「喋り過ぎだ」

 

 

 戦闘態勢に移行する、その一瞬。

 たとえリーニエが魔力量を偽る卑怯者と認識していたとしても、それでもなお力でねじ伏せようとする、驕り。ある意味での潔さ。

 その一瞬の隙を、執行者(リーニエ)は見逃さない。

 

 

人を殺す矢(ゾルトラーク)

 

 

 いつのまにか手元に模倣した、魔族の角を彷彿とさせる白い弓。

 鋼鉄のごとき頑強さを持つ紫色の弦を引いて放たれるは、「人を殺す魔法(ゾルトラーク)」の魔力を纏った矢だ。

 何も、アンジュの下で穏々と暮らしていた訳ではない。

 ゾルトラークの術式を学んだリーニエは、その術式を込めた矢を自作し、自己模倣できるようにしていた。

 ゾルトラークの弱点である、対ゾルトラーク防御魔法を突破するために、ゾルトラークそのものに物理エネルギーを付与する。

 そしてただの矢ではなし得ない、追尾能力を付与する。

 これら二つの弱みを補い合い、かつ二つの強みを合わせた魔法。

 

 一度に同時に放たれた三発の、ゾルトラークの光を纏った矢が各々に襲いかかり、それに気を取られている内に。

 本当の、殺意そのものを込めた普通の矢が、容赦なく、魔族達の心臓を撃ち抜いた。

 変わったのはあくまで、ゾルトラークの性質を付与させたという一点のみ。

 通常の矢でも、凶刃な弦により放たれたソレの威力は据え置きのままだ。

 

「ガッ」

「アァッ!?」

「き、貴様ァッ・・・・・・」

 

 彼らが得物()を出すよりも早く、それらの行動に瞬時に移ってみせる早業を見せたリーニエを睨みながら、彼らは魔力の塵となって消えていった。

 

「えへへ・・・・・・やっぱり、お姉ちゃんは、すごい、や・・・・・・」

「喋るなエルゼ、今手当を」

 

 力なく笑うエルゼ、リーニエはエルゼの傷を見ようとするが。

 その手を・・・・・・エルゼは振り払った。

 

「・・・・・・エルゼ?」

「・・・・・・おね、がい。お姉ちゃん」

 

 途切れ途切れの声の、エルゼ。

 傷を抑えていた手を、リーニエの手を振り払う事に使ったためか、リーニエは見えてしまった。

 エルゼの胸に深々と負わされた、傷が。

 

「エル、ゼ・・・・・・うそ・・・・・・」

 

 茫然となるリーニエ。

 それに構わず、エルゼはリーニエに伝える。

 

「みん、なを・・・・・・アンジュ、姉ちゃんを、助け・・・・・・て・・・・・・」

 

 茫然とするリーニエに向かって伸ばされていた手が、パタリと落ちる。

 ドクドクと流れる血。

 冷たくなっていくエルゼの体。

 

 その、命がなくなり行く感触を、リーニエはよく知っている。

 

「・・・・・・エルゼ?」

 

 それでも、受け入れられず、リーニエはエルゼの名を呼ぶ。

 

「エルゼ、エルゼ・・・・・・エルゼ」

 

 名前を繰り返し叫んでも、エルゼはピクリとも動かない。

 同時に、動かなくなったエルゼの体を支えたリーニエも動くことが、できなかった。

 暫く、受け入れることができずに、固まっていたリーニエの目を覚ましたのは。

 

 

『みん、なを・・・・・・アンジュ、姉ちゃんを、助け・・・・・・て・・・・・・』

 

「っ!」

 

 先ほど、息絶える前に言われたエルゼの言葉が、脳裏に過ぎった時だった。

 正気に戻ったリーニエは、再びエルゼの顔を見下ろす。

 

「・・・・・・ッ」

 

 僅かに、眉を顰めつつも。

 リーニエは、エルゼの両瞼の上に手を乗せ、優しくその目を閉じてあげた。

 エルゼの死体を地面に寝かせたリーニエは、振り返ることなく、来た道を目指して全速力で戻った。

 

 

 

 

 

 ────ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。

 

 走る。

 ただひたすら走る。

 致命傷を負いながらも、エルゼはそれでも必死に自分を追いかけて助けを求めてきた。

 ならば、走らずしてなんとなるのか。

 

 息が上がるたびに、リーニエの中の焦燥と、悪い予感が積み重なっていく。

 絶え間なく迸る動悸は、リーニエの歩を確実に蝕んだ。

 それでも、リーニエは負けじと走った。

 

 突如として、リーニエの目に別の光景が映った。

 火に包まれて、倒壊していく建物。

 燃やされ、刺され、食われていく人々の悲鳴。

 

 ──タスケテ。

 ──助けて。

 ──たすけ・・・・・・ッ

 

 ──逃げて、リーニエちゃん・・・・・・!

 

 助けを求める声が、リーニエの歩を阻害する。

 リーニエが今走ってるのは森林地帯だ。あの村の中ではない。

 

「ッ!!」

 

 それを己の不安が生み出した幻視であると断じたリーニエは、あの時と同じように、それらの声を無視しながら、農園へと向かう。

 途中で、赤い外套を着て佇んでいた何者かの背中が見えた気がした。

 炎との保護色だったので、気のせいかと頭を振り払い通り過ぎようとして。

 

 

『────おい』

 

 

 今度こそ、その声に、一瞬だけ、足が、止まる。

 

 

『その先は、地獄だぞ』

 

 

「・・・・・・違う」

 

 止まったのも、束の間、リーニエはまた走り出す。

 地獄であって堪るか。

 決して、あんな地獄がもう一度起こるなど、あっていいはずがない。

 

 燃える村の幻視を振り払うリーニエ。

 遠くにある修道院の、影が見えてくる。

 その影から立ち昇っていた煙を目にしたリーニエは、目に見えて顔を強張らせた。

 それでも、足は止めない。

 近付いて、間近で確認するまで、リーニエは信じる気はない。

 

 足に回す魔力量を惜しむことなく注ぎ込みながら、リーニエは駆ける。

 そして、火元へと辿り着いた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ」

 

 

 燃えていた。

 赤く、燃えていた。

 真紅に包まれ、焦げ付いた林檎が、ぽとりと、燃える地面へ落ちていく。

 

 燃えていた。

 アンジュ達と、生きていた証が。

 アンジュと、子供たちと一緒に作り上げた農園が。

 

 燃えていた。

 アンジュが教えてくれた。

 リーニエにとっての、救いが。

 

 立ちすくむリーニエ。

 再演された地獄を前に、空白の意識へ落とされる。

 

 

「いたぞっ!」

「貴様がソリテールの言っていた“執行者”か!?」

「ようやく見つけたぞ、裏切り者め!!」

「貴様のせいでオレ達は!!」

 

 

 そのリーニエの意識を引き戻したのは。

 皮肉にも、農園に火を放ち、リーニエを待ち伏せていた魔族たちだった。

 

「ッ!」

 

 意識を現実に引き戻されたリーニエは、一斉に襲いかかる魔族達の魔法攻撃を掻い潜りながら、一目散に修道院の玄関へ駆け出す。

 彼らに構っている暇はない。

 幸い、農園と修道院は同じ敷地内であっても距離が離れているせいか、燃え移ることはまずない。

 今の内にアンジュたちを助け出し、裏口から抜け出す算段を立てて、玄関を蹴り開ける。

 

 バタリと、玄関が閉じる音が、構内に響き渡る。

 見慣れた修道院の、ロビーも兼ねた礼拝堂。

 静けさに包まれた全体を見渡す前に、足下にナニカが落ちてることに気付いたリーニエは、それを拾い上げた。

 

 

「────」

 

 

 それを見て、目を見開く。

 それは、アンジュがいつも、首に下げていた十字架のアクセサリー。

 いつも、女神像に祈りを捧げる時に、アンジュが手に握っていたソレだった。

 

 そのアクセサリーは、今は血に濡れており。

 ・・・・・・その血は・・・・・・まだ、温かった。

 

 

 

 

 

 おそる、おそる、前を見あげる。

 

 

 

 

 

 礼拝堂の奥の一角。

 そこから広がっていた、血の池を、リーニエは目撃してしまう。

 

 

 

「・・・・・・アン、ジュ?」

 

 そこには、見慣れた金髪に、見慣れた修道服を着た少女が、倒れている姿が。

 

「みん、な・・・・・・?」

 

 そして、そのアンジュを守っていたかのように倒れている、カールと、アベルが。

 ・・・・・・そして、3人の奥には、物陰からはみ出すように見えていた、子供達の手足らしき、パーツが。

 

 

 

「・・・・・・あ・・・・・・ぇ・・・・・・なん、で・・・・・・」

 

 

 

 立ちすくむリーニエ。

 外には大勢の敵が待機しているにもかかわらず、それすら忘れて、リーニエは動けなかった。

 再演されてしまった地獄を、受け入れられなかった。

 

 

 

「────お前が、”執行者“か」

 

 

 

 声が、する。

 リーニエは、立ちすくんだまま、顔だけを、声がした方へ向ける。

 魔族らしい、無表情のまま。

 まるでブリキの人形のような鈍い動作で。

 

 

「ソリテールの言う通りにしてみれば、まさか本当に戻ってくるとはな」

 

 

 巨躯の、全身を鎧で覆った魔族の男。

 魔王軍時代の魔族たちを彷彿とさせる重装備に加え、背中に見える巨大な大剣。

 魔力の大きさといい、間違いなく将軍級の魔族だ。

 

 

「笑止。今までこざかしい手を使って魔族たちを葬ってきたようだが、今度は貴様が網にかかる番だ」

 

 

 ────オマエ、カ?

 

 ────アンジュタチヲ、ヤッタノハ?

 

 

模倣(トレース)重装(フラクタル)

 

 

 唱えると同時、禍々しい稲妻と共に、リーニエの手元にその魔剣は現出する。

 かつて、神話の時代において山を砕いたと伝えられる、その魔剣の贋作を。

 

 

「それはまさか・・・・・・ッ!?」

 

 

 その剣を目の当たりにした将軍が驚くのも束の間、魔剣を手に握ったリーニエは既に将軍の懐まで肉薄していた。

 将軍はこの修道院を襲撃する直前、ソリテールからある忠告を受けていた。

 ────曰く、魔剣が番えられし弓には気をつけろ、と。

 てっきり弓を使って撃ってくると身構えていた直後、その予想を裏切り、剣の主はそのまま無謀にも将軍の懐まで潜り込んだ。

 

 

「嘗めるなッ!!」

 

 

 背中の大剣を引き抜き応戦する将軍。

 しかし、その動きは、幾たびの戦場を乗り越え、あらゆる戦士達の動きを記憶したリーニエにとっては、止まっているも同然だった。

 その魔力の流れから、将軍のこの先の動作が手に取るように分かった。

 振り下ろされる大剣、迫り来る暴風に対し、躊躇もなく紙一重に避けながら、カウンターで魔剣を、鎧を貫通して将軍の腹に突き刺す。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

 それは、将軍を死に至らしめる一撃ではない。

 確実に殺すならば、心の臓を突かねばならない。

 それでも、かつて山を砕いた魔剣の一突き、将軍にただならぬダメージを与えたようだが、死には断然遠い。

 

 ────だが、リーニエにはそれで十分だった。

 

 

「I am the bone of my sword」

 

 

 魔剣を将軍の腹に突き刺したまま、リーニエがそう唱える。

 宝具の、最小出力での解放。

 それと同時に、将軍の体に異変が起こった。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・なんだ、これは、刺された腹の部分が、重ッ・・・・・・!!」

 

 

 途端に、将軍の体が、突き刺された魔剣に向かって潰されていくように縮んでいく。

 

 

「アァァアッ、ナンダ・・・・・・剣に、吸われ・・・・・・いや、体が重・・・・・・吸ワレルゥッ!?」

 

 

 『偽・神紀の砕剣(シュヴェア・ヴォルクⅡ)』の能力。

 レヴォルテが操る神技の砕剣が、自在に重さを変えられる剣ならば。

 こちらは、自らが重力を発生させる魔剣だ。

 最大出力で放たれれば、空間すら歪めるほどの重力波を放出する。

 たとえ最小出力でも、体内に突き刺された状態で解放されればこうなるのも無理はない。

 

 

「アァァ、体が、吸ワレェ・・・・・・イヤ、潰サレテイクゥ・・・・・・タ、タスケ・・・・・・」

 

 

 突き刺された箇所に向かって全身を押しつぶされ、最早肉塊となった将軍はそれでもリーニエに向かって助けを求める。これ以上放置すれば。刀身に纏わり付くだけの小さな肉塊と成り果てても生かされ続けるだろう。

 普通に殺すだけでは足りない。

 精々、内に向かって自分の体が押しつぶされる感覚を味わうといいという思いを込めて見つめていたリーニエだったが。

 

 ・・・・・・やがて、その悲鳴すら不快だったのか。

 

 リーニエは表情一つ変えることなく、魔力で《ダッハの宝剣》を手元に模倣し、片手で切り払い、押しつぶされた肉塊を両断する。

 それはまるで家に侵入した害虫を追い払うような動作だった。

 将軍の肉塊は魔力の塵となって消えるまで、その悲鳴を止めることはなかった。

 

 

 

 ・・・・・・敵の消滅を確認したリーニエはまた、血の池の方へ振り返る。

 その表情は動かない。

 まるで、人形の様。

 

 かろうじて、動こうとしていた口が、僅かに、震えている。

 その時だった。

 修道院の周りを囲んでいた、魔族の魔力が、立ち所に消滅していくのを、リーニエの魔力探知が捉えた。

 

 ぞわり、と。

 開けられた玄関の隙間を通じて入ってきた空気が、リーニエの体を冷やす。

 それと同時に。

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 息をつく間もなく、無動作に、躊躇なく、玄関の隙間から放たれたその光を。

 リーニエは咄嗟に切り伏せた。

 

 玄関の方へリーニエが振り向く。

 そこにその白い魔法使いは、立っていた。

 

「なぜ、お前がその剣を持っている?」

 

 感情のない、冷たい、無慈悲な声。

 常熟した雰囲気ながら、どこか幼さを感じさせる声音は、どこかリーニエと似ている。

 

「それは、ヒンメルが取り返した剣だ」

 

 そこに立っていたのは、かつて勇者ヒンメルたちと共に、魔王を討伐した大魔法使い。

 『葬送』の名を持つ、エルフの魔法使い。

 その赤い宝石を埋め込んだ杖をリーニエに向けたまま、冷たい氷のような目で睨んでいた。

 




続き書くのしんどい・・・・・・でも、新年明けに体に鞭打ってなんとか書いた。
曇らせ書くの向いてないのかな自分。
いや、書き始めるときは曇らせ書くつもりすらなかったんですけどね?

次回、「最後の■■」
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