剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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最後の星屑

 

 南へ降りると決めたのは、南側諸国の国々が一時休戦になったと耳にしてからだった。

 南側諸国においては滅多に降らない大雪。

 寒さに慣れない南側諸国の人間達にとっては、戦いよりもまずこの寒さを乗り越えて次なる戦に向かって英気を養うより他なかった。

 フリーレンとて、進んで人間の戦争に関わろうとは思わない。

 現場に遭遇したら、「勇者ヒンメルならばどうするか」と思考し、何らかの形で介入するかもしれないが、進んでその現場に飛び込もうと思わない。

 

 ────私は、人間を知りたいと思う。

 

 それでも、その目的のためならば、休戦状態の今となれば少しは赴いてみてもいいかもしれないと判断したのだ。

 勇者ヒンメルが死んで、自分は彼と過ごした幸福を、やっと実感するに至った。だが、その思いを、言葉を届けたい相手は既にこの世にいない。

 胸に渡来したのは、ただただ、後悔だった。

 

 後悔しても遅いのは分かっていた。

 でも、後悔を、後悔のままにはしたくないのだ。

 

 ────知るのは、今からでも遅くはないはずだ。

 

 己はヒンメルの事を知れたわけではない。

 後悔はしたが、それが何だったのかを知れたわけではない。

 知ろうすらしていなかったのだから、当然だ。

 それで後悔なんて、馬鹿げている。

 

 それでも、己の生は続いている。

 後悔したなら、後悔した分だけ知るしかないじゃないか。

 ・・・・・・棺の中に納まったヒンメルの遺体を見届けた後、そうして己はまた旅を再開した。

 

 南側を訪れたのもその一環のつもりだった。

 休戦状態とはいえ、戦争時の人の心は荒んでいて、どうなるか分かったものではない。

 だから相応に覚悟して、気を張って南に足を踏み入れたのだが・・・・・・。

 

「・・・・・・なんで、こんな所にまでいるのかな?」

 

 嫌でも感知に入る、複数の魔力。

 恥ずかしげに隠すこともなく、これ見よがしに己の力を誇示せんと言わんばかりに感じる魔力の数々。

 その方向に見える、煙の上がった修道院らしき建物。

 教会とは異なり、修道院は僧侶が聖典の解読や修行のために建てられる関係上、人里離れた、厳しめの立地に建てられる傾向にある。

 そのためか、助けが入ることはまずないだろう。

 

「・・・・・・間に合えばいいんだけど」

 

 馬車が通れるくらいの道は舗装されていたものの、悠長に辿っている時間はない。

 『空を飛ぶ魔法』で浮き上がったフリーレンは、真っ直ぐに修道院の方へと飛んでいく。

 すると、まるで追い詰めた獲物を逃がさないとばかりに修道院の周りを囲み、逃げ場を塞いでいる魔族達が目に入る。

 よほど逃がしたくないものが、あの中にいるのか。

 気になったフリーレンであったが、それももうすぐ知れると思い、ゾルトラークを放ち、魔族達を葬っていく。

 

『ッ!?』

 

 気を取られていた魔族達は突然の奇襲に茫然となるのも束の間、魔力の塵となって消えていく。

 

(余程、この修道院の中にいる奴にご執心みたいだ。この調子なら魔力制限していなくても気付かれることはなかったかも)

 

 最早常態化している以上、必要に迫られない限り魔力制限を解く気はないフリーレンだったが、柄にもなくそう考える。

 

(・・・・・・修道院の中の、大きな魔力が一つ消えた。一体、あの中で何が起こっている?)

 

 魔力探知を駆使して修道院の中の状況が動いていることを察知したフリーレンは玄関の前へと着地し、玄関を開ける。

 ・・・・・・そこには────

 

 

 ・・・・・・奥に見える、人間の死体の数々と。

 

 剣を持ちながら、それらを見つめる、桃色のツインテール少女の姿をした魔族がいた。

 魔族と認識した途端、フリーレンの中に躊躇の文字はなくなった。

 なぜ、この修道院を襲ったか、などという問いかけなどしない。

 奴らからどんな答えが返ってきた所で、それは無意味だ。

 言葉という鳴声(うそ)を発するだけの獣、それが彼らなのだから。

 

 完全な奇襲のつもりだった。

 

 魔力を消し、一切の躊躇もなく放ったゾルトラーク。

 彼方は死体に気を取られ、此方は何の予備動作もなくその隙だらけの背中に放ったというのに。

 

 その光は、一閃の元に消された。

 驚くフリーレンであったが、表情は変えない。

 

 だが次の瞬間。

 己のゾルトラークを弾いたその剣を目にして、フリーレンは目を細めた。

 

 あの形状、見違える筈もない。

 木の枝のように細く、頭にこれまた細く鋭い突起がついた柄。女性が握るには丁度いい細さだろうか。

 鞘と相まって細い十字架のようにも見えるその細い柄から生えているのは、細めの、そこそこの長さの刀身。

 細い柄の規格に合わせてか、その刀身は根元が柄に向けて更に急激に細くなっている。

 

 全体的に細い、という印象を受けるその剣に見間違いはない。

 かつて名だたる魔族が振るったと言われ、その魔族を討伐した戦士の末裔である貴族が、現在自身の領の屋敷にて「家宝」として所有している剣でもある。

 魔族を惹き付ける性質のためか、度々魔族から盗み出されてもいるその剣を、フリーレンほどの魔法使いが見違う筈がなかった。

 

 前言撤回、今し方この魔族に聞くことができたフリーレンは杖を向けたまま、振り向いた桃色の髪の魔族に問う。

 

「なぜ、お前がその剣を持っている?」

 

 言い訳は許さない。

 そんな思いを、込めてフリーレンはリーニエを見据えた。

 

「それは、ヒンメルが取り返した剣だ」

 

 態々、シュヴェア山脈の頂上まで捜索して、ようやく見つけ出した宝剣だった。

 宝剣を盗み出した魔族の姿は終ぞ見つけることはできなかったが、自分達は無事宝剣を伯爵の元へ取り返すことに成功したのだ。

 ・・・・・・それをまた、どことも知れない輩に盗み出され、この南側諸国くんだりまで持ち込まれ、また人を斬ることに使われているなど、フリーレンにとっては看過できない状況だった。

 

「・・・・・・」

 

 フリーレンの問い、一瞬だけ目線を向けていた魔族であったが。

 再び、杖を向けられている状況に関わらず、無表情のまま礼拝堂の一角に散らばった死体たちを見つめ始めた。

 魔族らしく、その目からは感情が読み取れないフリーレン。

 しかし、その状況にフリーレンは困惑した。

 先ほど、殺意を込めたゾルトラークを放たれ、そして今なお杖を向けられているにも関わらず、目の前の魔族の少女はそれに意識を引く様子もなく、彼らにとっては既に無意味な筈の死体たちに目を向けているのだから。

 

(・・・・・・何だ、こいつ)

 

 目の前の妙な魔族を観察していく内に、益々訝しく思うフリーレン。

 仕草だけではない。

 ・・・・・・剣に気を取られて一瞬気付かなかったが、この魔族から感じられる魔力が可笑しいことに気付いたのだ。

 

(これは、揺らいでいる? まさか魔族が、魔力を制限しているというのか。いや、それにしてはこの揺らぎは少々拙い。これでは、そこいらの魔族までは誤魔化せても、将軍級や一線の魔法使いまでは誤魔化せない。だが・・・・・・一番魔力が低いときの魔力制御の精度は・・・・・・)

 

 ────間違いなく、私よりも上だ。

 

 魔力そのものの振れ幅よりも、魔力制御の精度の振れ幅にどうしても目が向いてしまう。

 困惑に頭が支配されるフリーレン。

 魔族が魔力を制限したり消したりすることは別に不思議じゃない。

 だが、彼らは魔法使いが相手となれば、それを解いて姿を現す。それが彼らの習性だ。

 己の魔法に誇りを持つ魔族は、相手が魔法使いとなれば、それを競わんと、まずは魔力の大きさで勝負に出る。同じ魔族たちの間でも、彼らはそうやって互いの格差を測り、上下関係を決定する。

 そんな魔族が、フリーレンという魔法使いを前にしても魔力制限を解くことなく、しかも時にはフリーレンすら凌駕する精度の制御をやっているという事実が、フリーレンの心を酷くザワつかせた。

 

 ────コイツは、危険だ。

 

 その不安定さも含めて、フリーレンは目の前の魔族がとてつもなく不気味に感じられた。

 

「答えろ、なぜその剣をお前が持っている?」

 

 それでも、その宝剣のこともある。

 いつ、どこで、どうやってその宝剣を持ち出したのか聞き出さなければならない。

 

「その剣で、一体何人殺してきた?」

 

 フリーレンにとって、その少女はただ不気味だった。

 それでもフリーレンは聞かなければならなかった。

 ・・・・・・少女から漂う、大魔族にすら劣らぬ、血の匂い。

 一体、何人殺してきたのだろうか。

 一体、何人食ってきたのだろうか。

 魔族に問うだけ無駄だと分かっていても、ヒンメルがせっかく取り返したその剣を持っている以上は、問わないわけには行かない。

 ・・・・・・それでも、少女はフリーレンに一瞥もくれることはなく、奥の死体たちをただただ見つめていた。

 痺れを切らしてきたフリーレンは語気を若干強めて問う。

 

「答えないと、さもなくば────」

「・・・・・・うるさいな」

 

 そこまで言いかけて、ようやく少女から返答が返ってくる。

 ・・・・・・心底怠そうな、不機嫌で、しかし力なさそうな声。

 その声と同時に、ようやく魔族の目線は再びフリーレンの方へと向いた。

 

()()()()()()()()()だろ、そんなの」

「・・・・・・」

 

 何ということもなく言ってのけた魔族に対しフリーレンは、そうか、と納得したといわんばかりに目を静かに据わらせた。

 

「答えてやったんだから、()せろよ。こっちは・・・・・・色々あって頭の整理が追いつかないんだ。見逃してやるから、とっとと消えろ」

「・・・・・・そうだね。でも────」

 

 そう言って、フリーレンは杖を握り直し。

 

「消えるのは、お前()だ」

 

 そう言って、ゾルトラークの光を放つと同時。

 ・・・・・・フリーレンの視界から、その魔族の姿は消えていた。

 反射的に、背後に防御魔法を作り出す。

 

 パリン、と。

 

 ナニカが砕け散るような音。

 咄嗟に空を飛んで身を翻して振り返ると、先ほどまで己のいる位置にその剣を振り下ろしていた魔族の姿がいた。

 肩を掠め、僅かに出た血を一瞥しながら、フリーレンは魔族を見下ろす。

 魔族もまた、フリーレンを見上げる。

 

「だから、失せろって言ったんだよ」

 

 気怠げそうに宝剣を引き抜きながら、此方を見上げてくる魔族にフリーレンもまたこの魔族に対する警戒度を更に上げた。

 ────今のは、完全に見誤った。

 ・・・・・・あと少しでも、距離が縮まっていれば。

 ・・・・・・この魔族の魔力制御が拙くなければ。

 自分はきっと、反応できる間もなくそのガラ空きの首を狩られていただろうから。

 あの見た目で、この魔族は魔法使いタイプではなく、むしろ白兵戦を鍛えた戦士タイプなのだ。

 

(欺くのは、本来こっちの本領なのにね。粗いとは言え、常時魔力制限していることに加え、相当に磨き上げた戦士タイプ)

 

 それも将軍クラスによくいるような巨躯のパワーで押してくるタイプではなく、スピードと技巧で攻めてくるタイプと来た。その足りないパワーも、手に持った宝剣によって補われている。

 いくら対ゾルトラーク用の防御魔法が物理攻撃を防ぐのに向いていないとはいえ、それはあくまで魔法攻撃に対する防御力と比べて、という話であって物理攻撃に対する防御力が絶対値として低い訳では決してないのだ。

 それでも、あっさり破られた。

 宝剣の力に溺れているようにも見えない。

 

(・・・・・・これは、相当に相性が悪いかもね)

 

 戦士の距離で、魔法使いは戦ってはいけない。

 魔法で反応する間もなく、距離を詰められ、為す術なく殺されるだろう。

 

 だが、戦士もまた魔法使いを相手にする上で留意すべき点があるのは忘れてはいけない。

 ────即ち、魔法使いに時間を与えてはいけないと。

 

(今の一撃で仕留められなかった事、後悔するよ)

 

 下にいるリーニエに向けて杖を向けると同時、フリーレンの周囲に複数のゾルトラークの術式が展開される。

 

「探知できる魔力の量と、()()()()()()()()()()が一致しない。・・・・・・・・・・・・・・・姑息な奴」

「ッ!」

 

 ────気付かれた?

 リーニエの発言に驚きつつも、フリーレンは手を緩めることなくゾルトラークを連射する。

 だが、それと同時に・・・・・・向こうからも同様の黒い光が、フリーレンに襲いかかる。

 フリーレンのゾルトラークを的確に相殺し、やがてその光がフリーレンへと向かうが、フリーレンは咄嗟に、防御魔法を展開しようとして・・・・・・即座にそれをやめて飛び回りながら避け、追いかけてくる光をゾルトラークで相殺し返した。

 

 防御ではなく、回避からの相殺を選び取ったフリーレン。

 その訳とは。

 

(魔族が人類の魔法(ゾルトラーク)を・・・・・・いや、そんな事はどうでもいい。)

 

 再び魔族を見下ろすフリーレン。

 そこにはいつの間にか左手に握られていた白い弓があった。

 フリーレンは思い出す、先ほど、眼下の彼女が放ったゾルトラークの正体を。

 

(正確には、ゾルトラークを纏った矢だった。魔族が、人類の魔法を改良して自らの武器に組み込むなんて・・・・・・)

 

 防御魔法ではなく、咄嗟に同じゾルトラークによる相殺を取ったのは、これが理由だった。

 普通のゾルトラークならば防御魔法で防げるが。

 質量を内包したゾルトラークであれば防御魔法など簡単に破れてしまう。

 ゾルトラークに質量を内包させることで防御魔法を突破できるようにし、矢にゾルトラークを纏わすことである程度の追尾を可能にする。

 正に合理的な改良と言えた。それを成したのが魔族という点を除けば。

 

「・・・・・・本当に、何なんだよ、お前」

「・・・・・・?」

 

 咄嗟に、絞り出すように口を開いた魔族に対し、フリーレンは杖を向けつつ身構える。

 

「こんな事、している場合じゃないってのに・・・・・・でも、お前を殺しても解決する訳じゃない・・・・・・戻ってくるわけじゃない・・・・・・本当に、どうすればいいんだよ・・・・・・」

 

 顔を俯かせながら、苛立ち気に頭をかき始める少女姿の魔族。

 

「あの時と、あの日と、何も変わっていない・・・・・・ただ違うのは、戦えていることだけ・・・・・・でも、違うだろう・・・・・・やり直したいのは、そこじゃない・・・・・・あの日も、今も、それじゃ意味がない・・・・・・もう、遅いってのに・・・・・・なんで・・・・・・」

 

 ────お前みたいな奴と、戦ってるんだよ。

 その言葉は、フリーレンにとっては皆目意味が不明だった。

 魔族が発する言葉に、意味などない。

 だが、それは彼らの言葉が噓しかないからであって、魔族側からしてみれば「相手を騙す、欺く、人間に擬態する」といった意味を持つ行為ではある筈なのだ。

 つまり、此方にとって聞く意味はなくとも、言葉そのものにはちゃんと意味がある。

 

 だが、目の前の魔族の独白はまったくもって理解不能だった。

 自分に向けたものだとは思えない。

 そんな無意味なこと、魔族がする筈がない。

 

「・・・・・・もう、いい。何もかもが、どうでもいい」

 

 先ほどまで頭を掻いていた右手を力なく下ろす魔族。

 同時に、左手に握られていた白い弓も黒い魔力の塵となって消えていく。

 

 ────その次に、フリーレンはまたあり得ないものを見た。

 

 力なく垂れ落ちた魔族の右手に黒い魔力が現れたかと思えば・・・・・・その魔力が、先ほど魔族が握っていた《ダッハの宝剣》と寸分違わない形状を象ったのだから。

 異変はそれだけではない、魔族の周囲の空間にも同じような黒い魔力が四つほど出現し、それぞれ別の剣を象り、その位置に浮いたまま停止した。

 

(何だ・・・・・・これ、いや・・・・・・さすがにあり得ない)

 

 今度こそ、フリーレンは目を見開き、目に見えて分かるほどに動揺した。

 それくらい、目の前の魔族の魔法は異様そのものだった。

 

(携帯魔法を解いて取り出した訳じゃない。間違いなく、一つ一つが魔力で一から生成されている筈なのに・・・・・・)

 

 ────間違いなく、()()()()()()

 

 その手に握られた、あの日ヒンメルたちと一緒に取り返した《ダッハの宝剣》だけじゃない。魔族の少女の周囲に浮き上がっている4本の剣も、それぞれフリーレンがダンジョンの宝物庫で見た記憶のある代物だ。

 あの日見た、本物と寸分違わぬ。

 いや、それだけならまだいい。

 

(特別な術式を・・・・・・用いていない。使っているのは、魔族がよく使う、魔力で武器を生成する魔法と同じように見えるのに・・・・・・出力される結果が段違いだ。行使される魔法と、生成される武器の魔力量が、決定的に釣り合っていない。魔力を制限してるにしても、この釣り合わなさはさすがに無理がある)

 

 明らかに今までの魔法の常識が通用しない事態に内心困惑するフリーレン。

 魔法を探求する者として、魔法については無限の可能性があると、そう信じているフリーレンであったが、明らかに等価交換の法則すら逸脱した目の前の魔法は容易に認め難かった。

 優れた魔法使いであるフリーレンだからこそ、気付けるその異常性。

 だが、それに煩悶する時間はなかった。

 

「────まず、お前を殺してから・・・・・・考えることにする」

 

 その紫暗の瞳を真っ直ぐにフリーレンに向け、宣言した。

 その殺意を受け、フリーレンは目の前の魔族が今まで本気で自分を殺そうとしていたわけではなかったと悟る。

 

(・・・・・・先生の教えに反することは、あまりやりたくはないけれど。モノは試しか)

 

 どの道、魔力制限は見抜かれている。

 どのような手品かは分からないが、先の彼女の発言から考えるに、通常の魔力探知とは別の、ナニか別の方法で魔力量を量る術を持っているのだとすれば納得できる。

 ・・・・・・問題は、彼女がどこまでそれを見抜けているかという点についてだが。

 

 だから。

 

 フリーレンは、一瞬だけ、魔力制限を解く。

 通常の魔族ならば、否、大魔族ですら跪き屈服する程の圧が、魔族の少女に襲いかかる。

 だが、それを前にしても。

 目の前の魔族はただ気怠げにフリーレンを睨み付けるだけで、フリーレンの膨大な魔力の圧にはどこ吹く風といった様子だった。

 

(・・・・・・見抜いているとはいえ、こうして()()()()眉一つ動かさないか。本当にいるのか、こんな魔族)

 

 既に同じだけの魔力量を持つ相手と戦ったことがあるのか。

 それとも、そんな力量差のある相手を前に戦い慣れているのか。

 どちらにしても魔族の生態からは考えづらいことだった。

 

 魔族は、ある意味では分かりやすい生き物だった。

 ずる賢いが、生きづらそうな生き物だった。

 だから、フリーレンの魔力制限に簡単に騙されてくれるし、行動原理自体が単純で分かりやすかった。

 

 だが、フリーレンは目の前の魔族に関する情報は一つも得られていなかった。

 今までフリーレンが見てきた魔族達の行動原理と、目の前の少女の魔族は決定的に合致していないのだ。

 まさしく、不気味な相手だった。

 

(でも、こいつの魔法の特性を考えれば、ある程度納得はいく)

 

 フリーレンは思い返す。

 先ほどの、ほとんどないに等しい魔力消費で、明らかにそれと釣り合っていない魔力が籠った宝剣を作り出した彼女の魔法を。

 

(こいつにとって、単純な魔力量の差なんて、大した物差しにならないんだろう。十の魔力で十の魔法を行使する相手を前にしても、こいつは一の魔力で十の武器を生み出して対抗できるのだから)

 

 それでも、眉一つ動かさないという、魔族の本能に完全に逆らっている反応については、さすがに不気味さを感じはするが、単純な魔力量の差を前にして臆さない理由としてはある程度納得はいった。

 ────おそらく、コイツは珍しいタイプの魔族。魔法を研鑽してきたという点では他の魔族と同じでも、自分で生み出した魔法を研鑽するのではなく、魔族の中では魔法とも呼べない、極めて基本的な魔法の一つを研鑽してきたのだろう。

 とりあえずはそう納得して、フリーレンは目の前の魔族への対処に臨んだ。

 基本を極めた魔法使い、と言い換えてみれば、確かにその厄介さはフリーレンにとっては納得できるものがあった。

 

 

破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)

 

 

 フリーレンが杖を向けたその瞬間、この礼拝堂一帯を何十条もの青い稲光が支配した。

 見るものによってその点滅だけで、目を灼かれかねないほどの、大魔法使いフリーレンの容赦ない雷撃だ。

 

(ゾルトラークでの速射勝負は不利、と分かったからね)

 

 それは何も魔法使いとしての技量が劣っている、という意味ではない。

 それぞれの扱うゾルトラークの性質の差と、何より此方は基本的に魔法使いで、相手は戦士でもあるという点だ。

 相手は魔法としてのゾルトラークを行使しておらず、ゾルトラークの術式を込めた矢を放っている。要するに、ゾルトラークを放つ瞬間までの出だしのスピード勝負において戦士としての技を行使する向こう側の方が遙かに分があるということだ。

 いくらゾルトラークそのものが速射性に優れていると言っても、面と向かっての射撃勝負では戦士としての反射神経を持つ彼方の方が早いのは自明の理だ。

 両者のゾルトラークの違いとして、本来ならば彼方は矢がなければ放つことができないので、それが切れれば此方のモノであるのだが、魔力で一から矢を生成できる関係上その欠点はないに等しく、此方の優位性は実質皆無。

 

(時折、一瞬だけ感じる魔力量の最大値は、私や、大魔族のソレには及ばない。逆に言えば、現状私の優位性はソレによる力押ししかないわけか)

 

 ────考えれば考える程、相性悪いな。

 冷静に悪態を吐いている最中、フリーレンは自身の放つ雷撃に数条の乱れがあることに気付いた。

 その原因にすぐに思い至った。

 あの魔族が周囲に展開していた剣を宙に放ち、避雷針代わりに用いたのだと。

 

(通常の避雷針ならとっくに破壊されてるけど・・・・・・あれは一つ一つが魔力と神秘の籠った宝剣。破壊し切るのは困難か)

 

 そして、そこに生じた淀みに、あの魔族がつけ込まない筈がないと、フリーレンは読んでいた。

 だが、これまた予想外の飛来物が殺到してきた。

 目前まで迫ってきたのは、先ほどのようなゾルトラークを纏った矢ではなく・・・・・・捻れた宝剣そのものだった。

 無論、防御魔法で防げる代物ではない。

 

(宝剣じゃなくてこれらは・・・・・・魔族が作り出す、この世のモノならざる物質の剣?)

 

 間一髪で避けたフリーレンは雷撃で再び牽制しつつ、背後の壁に刺さったソレを解析する。

 

(間違いない、私が知る限りで、みな覚えのある魔族たちが魔法で作っていた特殊な剣。実在する宝剣だけじゃなくて、この世ならざるモノまでコピーできるのか・・・・・・しかも・・・・・・)

 

 いよいよ、フリーレンはこの魔族の行使する魔法の異様さに困惑を覚えざるを得なかった。

 

(これだけ複数の種類の魔剣が、手を離れているにもかかわらず、未だ形を保っている。魔族が魔法で作る、この世のモノならざる物質の武器は・・・・・・その形状の維持に膨大な集中力と魔力制御を必要とする。なのに・・・・・・これらの剣は、術者の手を離れているにも関わらず、崩壊していない。明らかに、オリジナルにあったデメリットが踏み倒されている)

 

 この世のモノの物質でないがゆえ、魔力制御による形成という形でしか存在を許されない魔剣が。

 まるで・・・・・・世界から一つの物質として存在することが許されているかのように、通常の剣と同様の振る舞いをしている。

 明らかに魔力消費と釣り合っていない、破格な創造系の魔法。種類によってはオリジナルにあったデメリットすら踏み倒している。

 魔法だけでなく、立ち振る舞いから垣間見える在り方すら、フリーレンの知る魔族から逸脱している。

 既に、目の前の魔族を己の知る魔族に当てはめて挑みかかるべきではないと覚悟していたフリーレンであったが、その覚悟は甘かったと認識せざるを得なかった。

 防御魔法による防御は敵わず、雷撃は宝剣で相殺され、呪いを乗せた魔族たちの魔剣が矢となって襲いかかる。

 雷撃で逃げ場を無くすはずが、逆に追い詰められていたフリーレンに対し、魔族は《ダッハの宝剣》を片手にフリーレンへ接近するが、

 そう易々と、歴戦の大魔法使いたるフリーレンは、そんな戦士の接近を許すはずもない。

 

 

地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)

 

 

 杖から放たれるは、牽制というにはあまりにも苛烈な業火の放射。

 一切合切を焼尽くす程の熱を帯びた地獄の業火そのものだ。

 だが、その業火の範囲から、魔族は既に逃げおおせていた。

 業火が周囲を覆い尽くすよりも早く、フリーレンの体内の魔力の流れを読み、攻撃を予測した魔族は既に上へと跳躍していた。

 

 

(跳んだか。なら、やりやすい)

 

 

 フリーレンは掌に魔力を集中する。

 そして、握った手を解放すると、そこから高速で回転する楕円形のナニカが現れた。

 黒い球体を中心に、灼熱を思わせる燈色のエネルギーを纏った物質が高速回転しながら、フリーレンの手から離れていく。

 離れたソレはまるで重力でも持ったかのように、戦闘で散乱した瓦礫を吸い上げていく。

 そして、空中にいたリーニエもまたその瓦礫と一緒に、その暴風に吸い込まれようとしていた。

 

 まるで、掌サイズの恒星をもう一つ作り出したかのような、そんな規模。

 だが、それを前にして魔族は何一つ動揺する様子は見せなかった。

 

(・・・・・・あの球体の重力から逃れる事は不可能だ。────なら、その重力を利用してしまえばいい)

 

 アレに吸われたら最後、どうなってしまうのか見当が付かなかった魔族であったが、その前に対処してしまえばいい。

 魔族は再び周囲に宝剣を何本も生み出した後、そのまま周囲に待機させることなく手放した。

 手放した宝剣の数々は、次々と黒い核に吸い込まれている。

 ────狙わなくとも、勝手に向こうが吸い込んでくれる。後は・・・・・・。

 

 

魔力を爆発させる魔法(エクスファンタズマ)

 

 

 その核の中で、集中爆破させてしまえばいい。

 黒い核は、自身で吸い込んでしまった宝剣の集中爆破を受けて消え去る。

 内包した魔力と神秘の爆発は、たとえ人智を超えた魔法であっても容易く破壊してみせた。

 

「ッ!?」

 

 今度こそ、目を見開くフリーレン。

 もっと多くを吸い上げ、目の前の魔族ごと取り込んで、まるごと木っ端微塵に爆破してやるつもりだったのだが、先手を打たれ、先に核を爆破されてしまった。

 生み出した宝剣を爆発物に変えられる芸当にも驚いたが、何より、そんな方法で突破されるなど夢にも思わなかった。

 思わぬタイミングの爆破にフリーレンは思わず狂わされ、防御魔法で身を庇う。

 ・・・・・・振れ幅の大きい魔力から、魔族の現在の位置は容易に特定できるが、それでも、一時的にでも動きを封じられたのは、致命的だったと言わざるを得ない。

 

 

「────Steel is my body, and fire is my blood」

 

 

「ッ、なんだ」

 

 そして、空気を木霊する魔族の声に、フリーレンは思わず身構える。

 魔力の気配がする方向を注視すると、そこには八本の《ダッハの宝剣》を両手の指の間に挟んでそれぞれ持っている魔族の姿があった。

 その光景に、フリーレンは今更驚くことはしない。

 何本も生み出されるのだから、同じモノを同時に作り出せたっておかしくない。

 

 次の瞬間、魔族は両手を左右に振り、フリーレンの周囲を飛び回るように八本の《ダッハの宝剣》を投擲した。

 

 

「─────I have created over a thousand blades.」

 

 

 また、声が聞こえる。

 千年以上も生きてきたエルフであるフリーレンをして、何処とも分からない言葉が。

 それと同時に、また一本の《ダッハの宝剣》を生成した魔族の姿があった。

 

「・・・・・・」

 

 自身の周囲を飛び回る宝剣たちと、宝剣を手に近寄ってくる魔族。

 どちらを先に対処すべきか判断に迫られたフリーレンだったが、突如、目を見開いた。

 

(これは・・・・・・魔力探知が乱され・・・・・・周囲の宝剣たちが、共鳴している。・・・・・・いや、違う!)

 

 自身の魔力探知が途切れたのではなく、乱されていると理解したフリーレンは即座に見抜いた。

 この宝剣の性質と、敵の狙い。

 

(互いに、魔力を吸い合っている。八本の宝剣の間を、魔の力が、吸って吸われて繰り返して、絶え間なく高速で移動して・・・・・・狂わせに来ている!)

 

 

「────Unfaced to darkness.」

 

 

 そして、フリーレンの魔力探知を乱した魔族は、目視の敵わない煙の中に隠れてまた唱える。

 

 

「────Nor faced to light.」

 

 

 そして、いつの間にか八本の宝剣の魔力が消え、同時に魔力探知が戻ったフリーレンだったが、時は既に遅かった。

 魔族の手に持っていた九本目の《ダッハの宝剣》の刀身が魔力の光を纏い、魔族の身の丈を超える長さにまで拡大する。

 あまりにも、濃い、魔力の密度。

 気が付けば、フリーレンに向けて矢として放たれ、壁や床に刺さっていた魔剣たちすらもが、魔力の塵に変換され、魔族の手元の宝剣へと集まっていた。

 

 

(魔族を惹き寄せるあの宝剣の効果は、副次的なもの。あの宝剣の本当の力は・・・・・・周囲の魔の力を取り込み、束にするものだったのか)

 

 

 道理で、何度も魔族たちに盗まれるわけだ。

 とても民を纏める領主が家宝として持っていい代物ではないとフリーレンは今更ながら思い知る。

 八本の《ダッハの宝剣》で魔の力を吸収し合い、その絶え間ない共鳴でフリーレンの魔力感知を乱し、最後に煙の中に隠れつつ9本目の宝剣で周囲全ての魔の力を束にし、距離を詰めて仕留める。

 これが魔族の作戦だった。

 

 気が付いた時には、もう遅かった。

 魔の光刃を携えた魔族の少女が、もう目前まで迫っている。

 

 

(─────詰み、かな)

 

 

 諦めの感情が渡来するフリーレン。

 この距離は、既に戦士のモノ。

 加えて、あの光刃に詰まった魔力の密度。

 どう考えても、防げないし、避けられない。

 

 

(────ヒンメルなら、最後まで諦めない)

 

 

 力強く杖を握り直し、魔族を迎え討とうとして。

 

 

 

 

 

 異変が起こった。

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

 

 

 それに反応したのは2人同時。

 互いの視線は横へと逸れる。

 

 

 

 

 

 そこには・・・・・・戦闘の影響で崩れ落ちた瓦礫が、倒れている人間の死体たちを押し潰さんと迫っていた。

 先に体が動いていたのは、魔族の方だった。

 とっさに、フリーレンに向けていた宝剣の切っ先の向きを変え、落ち行く瓦礫の方に向かって光刃を振るう。

 刃そのものは瓦礫には届かないものの、そこから発生した暴風が、少女と、子供達の遺体を押しつぶす寸前だった瓦礫を吹き飛ばした。

 

 

 その行動が、致命的だった。

 戦士だったからこそ。

 先に反応できてしまったからこそ。

 その隙を許してしまった。

 

 

 

 

「圧縮・・・・・・『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

 

 

 既に向けられていた杖から放たれた、白い光が、魔族を飲み込む。

 咄嗟にフリーレンの方へ向いて対処こそしようとしたものの、間に合わなかった。

 

 

 

「────あ」

 

 

 

 

 飲み込まれた光ごと、魔族の体は礼拝堂に並んでいた席の列へ吹き飛ばされる。

 煙が晴れる。

 フリーレンが見下ろすと、そこには席の瓦礫の中で、左胸半分を心臓ごと抉られ、血塗れの状態で崩れ落ちている魔族の姿があった。

 ゴシック風の給士服は所々が破れ去り、あらぬ無惨を晒していた。

 共に過ごした女の子とお揃いのツインテールで結っていた紐は解かれ、艶やかな桃色の髪は力なく背中まで垂れ下がり。

 ・・・・・・その手に持っていた宝剣は、先ほどまでの光が噓だったかのように、力なく塵となって消える。

 同時に、魔族の少女の体もまた黒い塵となって霧散し始めていた。

 

 

「ここで、お前を殺せてよかった」

 

 

 間一髪のチャンスを逃さず、魔族を仕留めることに成功したフリーレンはゆっくりと床に降り立ち。

 冷たく見下ろす。

 

 

「お前みたいに、何もかもが読めない魔族は初めてだ。最後の行動も含めて、終ぞ理解ができなかった。だからこそ、ここで仕留められてよかった」

 

 

 本心からの言葉だった。

 ともすれば、フリーレンは下手な大魔族を相手にするよりも、この魔族を厄介と感じた。

 師から受け継ぎ、己が培ってきた対魔族のノウハウがまったく通用しない可能性のある相手だった。

 だからこそ、最後に見せた隙を突けて、倒せてよかったと思った。

 

 結局、目の前の魔族が見せた魔法がどのようなからくりなのか、知る事ができないのが唯一の心残りであったが、仕留めれば同じことだった。

 これ以上、この魔族の脅威が人類に襲いかかることはない。

 それでいいのだと、フリーレンは氷のような目を閉じて悟った。

 

 

     ◇

 

 

(・・・・・・・・・・・・負けたのか、私は)

 

 消えていく、朧気な意識の中で、リーニエはそう悟る。

 手に力が入らない。

 持っていた宝剣は霧散し、まるでそれが己そのものであったと証明せんばかりに、リーニエの体もまた黒い塵となって霧散しようとしていた。

 

 ・・・・・・無意味な戦いだって事は分かってた。

 この事態を仕向けた張本人の顔に心当たりはあるし、フリーレンはたまたま居合わせただけだろう。

 フリーレンはアンジュ達の仇という訳でもない。

 己にとってフリーレンは戦う意味のない相手だった。

 

 フリーレンは己に殺意を向けてきた故、自衛という意味こそあったが、勝ったところで、その後己はどうすべきなのか、リーニエには考えがなかった。

 鬱陶しかったのは確かだ。

 ただでさえ頭の整理が追いつかない所に、それを許さんといわんばかりに介入してくるフリーレン。

 間の悪さもあって、フリーレンはリーニエにとって鬱陶しい存在で仕方なかった。

 

(でも・・・・・・もう)

 

 塵になっていく体を見て、思う。

 

(・・・・・・もう、これで、いいのかな)

 

 不思議と、リーニエは悲観をしていなかった。

 いや、諦めていた。

 

(間違え続けた分際で、それでも、やり直したいって、思ったのが、間違い・・・・・・だったのかな・・・・・・烏滸がましかった、のかな・・・・・・)

 

 せめてもう一度、何も残っていなくてもあの村に戻りたいという、その気持ちすら、自分には許されないのだろうか。

 きっと、許されて良い物じゃないから、こうなっているのだろう。

 

 そう考えると、勇者パーティの一人であるあの『葬送』のフリーレンが己に引導を渡すのは、必然の、道理だったのかもしれない。

 きっと、己に来るべき結末だった。

 

 目を開け、遠くを見上げるリーニエ。

 薄れた、モザイクがかった視線の先に、遠くから見下ろす白い魔法使いの影が見える。

 

 それを認めた途端、自分の口が、ナニカを言おうとしている事に気が付いた。

 

 ────ごめんなさい。

 ────許して下さい。

 ────もうしません。

 ────助けて下さい。

 

 魔族としての本能が、反射的にリーニエの喉にそんな言葉を言わせようとしていたが、口すらもううまく動かないのか、言葉という鳴声として外へ出ることはない。

 だが、それに反比例して、本能の命令は強くなっていく。

 

 ────タスケテ!

 ────脅サレテイタダケナノ!

 ────タスケテ!

 ────オ願イタスケテ!

 

 本能の命令のままに、口が動こうとするが、動かない。

 

(・・・・・・うるさいなぁ)

 

 だが、リーニエの心は、もうその本能の声にすらうんざりしていた。

 チラリと、横を見る。

 奥の方で、血を流したまま眠っているアンジュと、子供達。

 

(黙ってろよ・・・・・・もう・・・・・・疲れたんだよ・・・・・・)

 

 本能の声とは裏腹に、リーニエの心は既に生きる力を失っていた。

 このまま消えて、楽になるだけだ。

 何も怖れることなんてない。

 

 

 ────タスケテ!

 ────タスケテ!

 

 

(・・・・・・だから・・・・・・うるさいって・・・・・・)

 

 

 いよいよ、なりふり構わなくなってきた本能の声に文句を上げたくなったリーニエだったが。

 その、本能の声が。

 リーニエの脳裏に、別の声を想起させた。

 

 

 ────タスケテ!

 

 

 ────助けてっ!

 

 

(────え?)

 

 

 突如、聞こえてきた別の声に、リーニエの意識は茫然となった。

 

 

(・・・・・・違う、今のは、本能(わたし)の声じゃ・・・・・・)

 

 

 ────助けてっ!

 ────助けてくれぇっ!

 ────パパ、ママ・・・・・・いやぁっ!!

 ────誰か、だれかいないのかっ!?

 ────お願いします、どうか、この命だけは・・・・・・っ!

 

 ────逃げて・・・・・・リーニエちゃん!

 

 

「・・・・・・ッ・・・・・・」

 

 

 最後に、いつか聞いた、自分を案じてくれた近所の女性の声を最後に。

 リーニエの視界は再び、炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ここは・・・・・・」

 

 目を覚ますリーニエ。

 それと同時に、目の前に広がった光景は、忘れられようがない、あの地獄だった。

 燃える村。

 助けを求める人々。

 

「・・・・・・戻って、きた?」

 

 際限なく広がる、あの火の地獄を前にして、リーニエは茫然とする他なかった。

 燃える炎の音と、人々の悲鳴を背景に暫く立ち竦んでいると。

 

 突如、自分の傍を通り過ぎる小さい影が目に映った。

 

 タタタタタタ、と足音が通り過ぎていく。

 

「・・・・・・ッ、今のは・・・・・・」

 

 瞬く間に遠くなっていくその後ろ姿を忘れる筈がない。

 その小さい背中を、忘れる筈がない。

 紛れもなく、あの日のリーニエ自身だった。

 

(・・・・・・僅かに、所々、足が、止まりかけている)

 

 端から見れば分からないが、リーニエの目から見れば、その背中は確かに、人々の助けの声を聞く度に少しだけ足が遅くなっていたのが見て取れた。

 それでも、それも束の間。

 それに構う事無く、その背中は足を止めることはなかった。

 

 見ていられなかったリーニエは、その背中を追いかけようと前に一歩踏み出して。

 

 

『おい!』

 

 

 後ろから、影がリーニエを呼び止める。

 

 

『その先は地獄だぞ?』

 

 

 あどけない少年のような声が、そう言ってリーニエを呼び止める。

 赤い外套の彼の、どこか悟ったような諦めたような声音とは異なる、リーニエを純粋に案ずるかのような少年の声。

 

 

「・・・・・・分かっている。でも、行かなくちゃ」

 

 

 そう返して、リーニエもまた走り始めた。

 

 

 知らなくてはならない。

 元々、そのためにこの村に戻ってくるつもりだったのだから。

 自分は、何をしたかったのか。

 

 

 ────本当は、助けたかった筈。

 ────でも、その声を、地獄を振り切ってまでして。

 ────一体、(あなた)は、何のために走ったの?

 

 

 そんな自問を抱きながら、リーニエはあの日自分が走った道を辿った。

 今度こそ、知るために。

 己は一体、何をしたかったのか。

 

 

 村の外れまで辿り着いた。

 燃える農園の前で、2人の人間の遺体と。

 それを見下ろす魔族の男と、あの日の自分。

 

 

「・・・・・・あ」

 

 

 その現場に追いついたリーニエは、再び目撃してしまう。

 魔族の男に唆され、その牙を2人にかけようとする自分。

 

 

「やめて!」

 

 

 手を伸ばすが、届かない。

 まるでナニカに阻まれるかのように。

 過去を変えるのは許さんといわんばかりに、見えない壁がリーニエを拒んだ。

 

 

「やめろ・・・・・・食べるな、お願い、だから・・・・・・」

 

 

 壁の前に崩れ落ちるリーニエ。

 止められない。

 幼きリーニエの牙はついに2人の遺体へ届き、貪り始める。

 夢中に、ただただ夢中に。

 ムシャリ、ムシャリ、と現在のリーニエに見せつけてくる。

 

 

 

「・・・・・・あぁ、なんだよ・・・・・・」

 

 

 

 止められないと悟り、崩れ落ちたリーニエは呟く。

 

 

 

「たった・・・・・・それだけの、ことだったのか・・・・・・」

 

 

 

 押し寄せる嘔吐感を必死に抑えながら、リーニエは悟った。

 本当に、たったそれだけのことだったのだ。

 それなのに、間違えた。

 

 

 

「・・・・・・これが、リーニエ様が味わった地獄なのですね?」

 

「・・・・・・」

 

 崩れ落ちるリーニエの背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 それが誰であるか今更問うまでもなく、リーニエは崩れ落ちたまま無反応だった。

 

「リーニエ様はちゃんと、リーニエ様なりにご両親を守ろうとしていた」

「・・・・・・」

「でも、自覚のない感情と、魔族としての習性が合わさって、このような行為に及んでしまった」

「・・・・・・」

 

 

 リーニエは黙ったままだった。

 後ろの声はそれに構わず続ける。

 

 

「間に合わなかった、守れなかったから。せめて、奪われないように、誰の手にも届かないように、自分の身に取り込もうとした」

「・・・・・・う」

「それが、当時のリーニエ様が唯一できた、ご両親の尊厳を守る手段だったのですね?」

 

「違うっ!」

 

 その言葉を、リーニエは声を上げて遮った。

 背後から聞こえる声の主の言うことが、正しい事だなんて分かっている。

 それでも今のリーニエは、当時の自分が行った最善の判断だと認めたくはなかった。

 

 

「守りたいとか、奪われたくないとか・・・・・・そんな事、思ってる筈、ないっ」

 

 

 地面を握りしめて、リーニエは叫ぶ。

 

 

「もし本当に、そう思っていたなら」

「たとえ、勝てないと分かっていても」

「たとえ、2人が戻ってこないと分かっていても」

 

 たとえ全てが無駄だと分かっていても。

 それでも2人の家族として。

 

「それでも、立ち向かうべきだったんだ・・・・・・どんなことが、あってもっ」

 

「・・・・・・リーニエ、様・・・・・・」

 

「バカ、みたいだ。助けたい、という思いを振り切って、走った筈なのに、間に合わなくて・・・・・・結局、全部取りこぼして・・・・・・本当に、バカ、みたいだ・・・・・・」

 

 この地獄を、覆したいと願っていた筈なのに。

 自分は真逆の行為に加担した。

 家族と、助けを求める人達、結局はどちらも取りこぼして。

 この地獄を踏み台に生き残ってしまった。

 

「・・・・・・でも、それでは、リーニエ様は今頃ここにはいないじゃないですかっ」

 

 そんなリーニエに、背後の声は返す。

 

「私も、あの子たちも、こうしてリーニエ様に出会えなかった」

「でも、私と一緒にいたせいで・・・・・・貴女達は・・・・・・」

「そもそも、リーニエ様に助けられなければ、私も、子供達も、今頃ここにいなかったんです。何が正しくて、何が間違っているかなんて・・・・・・そんなの、分かるわけ、ないじゃないですか」

 

 優しく、諭すように背後の声はそう言う。

 

「リーニエ様。・・・・・・ご自身がやりたいことは、見つかりましたか?」

「・・・・・・私は・・・・・・」

 

 背後の声の問いに、リーニエは俯いて言い淀む。

 分かり切っていた、そんな事。

 執行者時代だって、たまたま助けることができた人間たちの集落を見て、その度自分がどのような顔をしていたか。

 あの親子を助けたとき、自分は如何に充足していたか。

 

「今度こそ、私は・・・・・・」

「・・・・・・そう、ですか」

 

 言い切れない様子を見せるも、その先の答えを悟った背後の声は、優しく・・・・・・だが、どこか悲しげに、そして残念そうに笑った。

 

「・・・・・・ずっと、そんな気がしていました。だからそんな貴女を変えたくて、貴女と幸せになりたくて、ずっと一緒にいました」

 

 呟いて、声の主はリーニエの前に出る。

 後ろに手を組んだ、修道服の背中が目に入る。

 俯き、背けた表情は伺い知れない。

 

 やがて、燃える農園の背景が消え、真っ暗な世界で二人きりとなった。

 

「でも、そんな夢のような時間も終わり」

 

 そうして、声の主は振り向く。

 少し寂しそうな、けれども花のような笑顔を浮かべて、目に僅かな潤いを宿しながらアンジュは言い切った。

 

「もう、行かなくちゃいけないみたいです」

「・・・・・・待っ、て・・・・・・」

 

 そんなアンジュにリーニエは思わず手を伸ばす。

 

「行かないで、よ・・・・・・お願い・・・・・・」

「・・・・・・リーニエ様」

「・・・・・・私、噓を吐いた。貴女達と別れる覚悟なんて、全然、できていなかった。貴女達に、私は何も返せていない、何も報いていないのにっ・・・・・・」

「もう、十分幸せにしてもらいました」

 

 えっ、顔を上げるリーニエ。

 

「貴女様に会えたこと、貴女様に助けて貰えたこと、貴女様に守って貰えたこと、貴女さまの・・・・・・笑顔を、見れたこと。他にも、全てが幸せでした」

「・・・・・・アン、ジュ」

「きっと、奇跡のような時間だったんです。ただ、その駄賃を払う時が来た・・・・・・それだけ。だから、リーニエ様は何も気にしなくていいんですよ」

「嫌だ、そんなの・・・・・・ッ」

 

 受け入れられないリーニエに、アンジュは首を横に振って諭すように笑う。

 

 

「幸せになってください、リーニエ様」

 

 

 奥に光が見える。

 その光に、アンジュは徐々に吸い込まれていく。

 アンジュの背後には、同じようにリーニエに笑いかける子供たちの姿もあった。

 

 

「貴女様がまたいつか、いつかの笑顔と、幸福を取り戻せること・・・・・・ずっと、願っています」

「・・・・・・アンジュ」

 

 アンジュと、子供たちの姿が光に呑まれて見えなくなっていく。

 それでもリーニエは、最後まで顔を逸らさなかった。

 

「さようなら、リーニエ様」

「・・・・・・うん」

 

 光の中に見えなくなるアンジュを見送り、リーニエは立ち上がる。

 

「・・・・・・さようなら、アンジュ。ずっと、忘れない」

 

 今度こそ、本当の別れの挨拶を告げる。

 そうして、リーニエもまた足下の光に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 黒い塵となって消えゆくリーニエ。

 それを消えるまで見届けるつもりのフリーレンだったが、目映い光とともに、その異変は起こった。

 

「・・・・・・?」

 

 異変を感じ取ったフリーレンが眉を顰めたのも束の間、突如として、黒い塵に散っていく筈のリーニエの体が光に包まれ始めたのだ。

 

「なッ──」

 

 優しい、明緑色の光。

 その光を、フリーレンはよく知っていた。

 何せ、自分だってその心得はあるのだから。

 

「この光は、回復魔法?・・・・・・しかも、強力な」

 

 目の前の魔族が自力でかけた、なんてことはあり得ない。

 魔族が女神の魔法を使うなんて聞いたことがないし、たとえ使えたとして、そんな傷が治せるはずがない。そもそも、魔族が塵となって消えていく段階になる程の致命傷を治す程の、回復魔法の使い手など、フリーレンはハイターくらいしか心当たりがなかった。

 だが、当然だが彼がここにいる筈がない。

 

 急いで、フリーレンは魔力探知でこの回復魔法の源を追った。

 そして、感知したその方向へ目を見やる。

 ・・・・・・フリーレンはそこで、更に信じられないものを見た。

 

 

 礼拝堂の奥に倒れている死体・・・・・・その一つである、修道服を着込んだ僧侶と思しき少女の死体の、その腕に抱えられていた聖典が・・・・・・あるページを開いたまま、ひとりでに光りだしていた。

 

 

「・・・・・・まさか、そんな事が・・・・・・!」

 

 

 驚愕にフリーレンは目を見開く。

 ともすれば、今日一番の動揺だった。

 

(術者が死ぬまで、発動し続ける魔法は確かにある。術者の死後も残り続ける魔法結界だって存在する。でも・・・・・・()()()()()()()()()()魔法だなんて、聞いたことがない)

 

 それも手を加えたり、改良することができない。

 悪く言えば融通の利かない女神の魔法でそんな芸当をするなど。

 

(おそらく、聖典に予め魔力と発動条件を仕込んで、条件が揃ったときに自動的に回復魔法が発動するようにしていた・・・・・・こんな才能を持った僧侶がいただなんて)

 

 込められた癒やしの魔力はその強力さ故か、撫でるような風を発してフリーレンとリーニエの衣服を揺らす。

 

(そして、その才能がよりにもよって、こんな魔族に使われるなんてね・・・・・・)

 

 何を思って、あの僧侶がそんな事をしたのか分からないが、余計な事を、とフリーレンは内心で舌打ちした。

 あの魔族に何を誑かされたのか知らないが、魔族にそんな優しさをかけたって無駄だというのに。

 その優しさを、よりにもよってこの魔族が利用した。・・・・・・そう判断したフリーレンは再びリーニエの方を睨み付けた。

 

 

(・・・・・・この、光は・・・・・・)

 

 

 一方、朧気ながら意識が覚醒したリーニエの視界が最初に目にしたのは、消えつつあった自分の体を包み込む癒やしの光だった。

 フリーレンと同じく、それが回復魔法であるとすぐに思い至るリーニエ。

 

 

(・・・・・・あぁ、そうか。アンジュは、こうなることが分かって・・・・・・)

 

 

 リーニエは思い出す。

 あの日、アンジュに髪を結ってもらったあと、そのまま椅子で寝てしまったときの事を。

 眠っている最中、朧気な意識の中で、アンジュが聖書を開いて自分にナニカの魔法をかけていたことを、朧気ながら思い出す。

 時間差で発動する回復魔法を、リーニエに仕込んでいたのだ。

 

 

(・・・・・・そうだね。ありがとう、アンジュ。もう少し、頑張ってみるよ)

 

 

 崩れ落ちた体勢から、徐々に立ち上がるリーニエ。

 光に包まれたその体は、既に崩壊が留まり、傷が癒えつつある。

 傷や欠損箇所が塞がり、流血した血が残りつつも、リーニエの体は完治へと向かっていた。

 

 

「・・・・・・お前ッ」

 

 

 此方を睨み付けるフリーレンの、心なしか苛立ったような声が聞こえる。

 それに構わず、リーニエは。

 

 

「────体は・・・・・・」

 

 

 そして、傷が治りきり。

 両手に黒い魔力を出現させる。

 

 

 

 

 

 

────(つるぎ)で出来ている

 

 

 

 

 

 

 白い魔法使いの向けた杖から放たれた、極太の光がリーニエへと迫る。

 常人の魔法使いでは成せない、膨大な魔力を秘められた、リーニエの体を丸ごと飲み込むほどの規模のゾルトラークだった。

 

 それをリーニエは。

 両手に再び模倣した、《ダッハの宝剣》を握り。

 

 

「まだ、終われない」

 

 

 その滅びの光を、一刀の下に切り伏せた。

 切れ伏せた衝撃は前方にいたフリーレンにまで伝播し、フリーレンは思わず身を庇った後に再びリーニエの方を睨み付ける。

 

「これが正しいのかは分からない。でも、前に進むしかないんだよね、アンジュ」

 

 俯き、そう呟くリーニエ。

 その手に握るダッハの宝剣からは、力強い魔力の輝きが出ていた。

 先の、高密度の殺意を集めただけの光とは異なる。

 力強くも、優しく刀身を薄く包み込むような、光だった。

 

 そんなリーニエに対してフリーレンは杖を向け、睨み付けたまま話しかける。

 

「まさかここの僧侶まで誑かしてたなんてね。やっぱり、お前は危険な魔族だ。だからここで──」

「違う」

 

 そんなフリーレンの言葉をリーニエが遮る。

 大きな声量ではない、いつもの、気怠げな声。

 だが、どこか力のある否定だった。

 

「誑かしたんじゃない。願いを、受け取った」

「・・・・・・なに?」

 

 今度こそ、明らかに魔族らしからぬ言葉に、フリーレンは訝しげに眉を顰める。

 

「死者は声を上げられない。生者も、都合良く死者の声を聞くことなんてできない」

「ッ!?」

 

 その発言に、フリーレンは何を思ったのか。

 表情こそ変えないものの、杖を握る手に明らかに力が入っていた。

 

「だから、生きて、願いを届けるしかないんだね」

「お前、何を言って・・・・・・」

 

 いよいよ、この魔族が何を言っているのかフリーレンは分からない。

 言わんとしていることが分かったとして、それを魔族が言っているという事態を、受け入れられる筈がなかった。

 

「────そこを退け、魔法使い。私の討つべき敵はお前じゃない」

 

 まっすぐ、フリーレンを見つめてリーニエはそう言い切る。

 先ほどまで、殺意を向けてきた相手に対して、到底信じられない言葉だった。

 

「それでも邪魔するというのなら、まずはお前を打ち払おう」

 

 右手に掲げた《ダッハの宝剣》の切っ先を真っ直ぐにフリーレンへと向け、リーニエは力強くそう宣言した。

 

 星屑に捧げた祈りは永遠(とわ)へと。決して忘れ去られることはないだろう。

 




題名の「星屑」の部分を伏せ字にしてたのは、そうしないとなんとなく皆さん展開が読めちゃうだろうなー、という判断です。
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