「ついに、至ってしまうのか・・・・・・」
とある時代、とある場所において男はそう呟く。
男の表情は複雑で、悲しんでいるようにも、僅かに祝福しているようにも見えた。
男が見たのは一つの、可能性の未来。
悲劇に見舞われ、自らも悲劇を作り出し、自覚した罪悪感に押しつぶされ、再び喪失を味わい生きる気力を無くした魔族の少女が、それでも家族同然に過ごした人間の少女の言葉で、再び前を見て歩き出す未来だった。
そして、同時に、“正義の味方”が本当の地獄に歩を進め始める瞬間でもあった。
その、比較的マシな未来に進むためのピースに、先ほど自分は会ってきた。
そのピースに、自分はこう言い残した。
“今から1年後、自分は志半ばで死ぬだろう”
どのような選択をしようと、覆らない未来だった。
恐れていない訳ではない。
だが、前から分かっていた以上、覚悟を決める時間は嫌という程あった。今更泣き言は出てこない。
“近い内に、君の元に若い勇者が訪れる”
────世界を救うのは彼だ。実に不本意ながらな。
本当は、己の手で救いたかったと。そう言える資格すら己にはないのだろう。
地獄とはありふれたものであるということを、男はよく知っている。
だからとて、その地獄で生まれてしまった彼女が、苦しみ続けることを許容したのは自分だ。ならば、歴史に名が残らない咎くらいは、受け入れるつもりだ。
「・・・・・・すまない、フリーレン。君には少々、嫌な役を背負わせてしまうかもしれない」
ある意味では同類な2人。
だが、ある意味ではまったく正反対な2人。
それでも、あの魔族の少女が、少しでも己に納得できる未来が切り開かれるのならば。
未だ、人を理解できないエルフが、少しでも人間を理解できるようになる、その一助になるのであれば。
2人が出会うことは、必要不可欠なのだ。
互いに欠けたモノは同じ。
魔族を殺すために身に付け、磨き上げた技術も同じ。
だが、出会いは異なる。
魔族の少女になかった出会いを、エルフの魔法使いにはなかった出会いを、互いに持っている。
本来ならば、出会いが違えば互いに補い合えるような、そんな関係にだってなれるような因果にあるのだ。
「・・・・・・運命、か。君たちのゆく道先に、どうか救いがあらんことを」
あらゆる未来を観測できる目を持ちながら、それでも、南の勇者は祈る。
己は大罪人だ。
故に死ぬ覚悟はできている。
先を傍観し、他者を思うように動かして世界の行く末を勝手に選別してきた己に、救いが来ることは望んでいない。
だがそれでも、これからの人類に、より良い未来を願おう。
・・・・・・ただそれでも、一つだけ心残りがあるとするのであれば。
「あの魔族の少女の力の元となった“錬鉄の英雄”・・・・・・叶うならば、直接会ってみたかったな」
世界すら違うのだ。たとえ未来が見えていようと叶う筈がない。
それでも、己のような未来視も持たず、剣才も持たず。
それでも名だたたる英雄たちと渡り合う程に凡人の剣を磨き上げ、自分と同じ双剣を振るい、己の理想のために戦場を駆けた英雄に。
そんな、異世界の“正義の味方”に、できるならば会って話をしてみたかったと。そんな心残りを抱きながら、南の勇者もまた己の理想に殉じて命を落としていった。
◇
瓦礫が散乱し、荒れ果てた修道院の礼拝堂。
僧侶の少女が子供達を魔族から守る為に奮闘し、そして魔族の少女とエルフの白い魔法使いのぶつかり合いにより荒れ果てた修道院内。
その中で、リーニエとフリーレンは未だ睨み合っていた。
右手にはフリーレンも見覚えのある“ダッハの宝剣”を握り、背中まで下ろした桃色の髪を靡かせ、まっすぐにフリーレンを見据えるリーニエ。
一方で、そんなリーニエに杖を向けたまま、氷のような目線で警戒の姿勢を崩さないフリーレン。
睨み合う中で、先ほどリーニエの言ったある言葉が、繰り返しフリーレンの中で再生される。
『死者は声を上げられない。生者も、都合良く死者の声を聞くことなんてできない』
その言葉を最初に聞いた時、フリーレンの脳裏にヒンメルの顔が過ぎり、思わず杖を握る手に力が入った。
ただの
『だから、生きて、願いを届けるしかないんだね』
やめろ、それ以上嘯くな、と何度叫びたい衝動に襲われた事か。
もっと人間のことを知りたいと謳いながら、一番知りたかった人間に対しての願いなんて、自分は持っていなかった。持とうとすらしなかった。
『誑かしたんじゃない。願いを、受け取った』
噓を吐くな。
私は、ヒンメルの
なのに、なぜお前がその言葉を発する。
どうせそのよくできた擬態で、あそこで倒れている僧侶の少女を騙し、殺したのだろう。
彼女の、最後の
先ほど、私から背を向けてあの少女の死体に向かったのも、その魔法が受けられなくなる恐れがあったからだろう?
それで一度やられてしまっては世話ないが、此方としては二度手間なことこの上なかった。
それなのに、その筈なのに。
────なんで、魔族があんな目をしているんだ?
さっきまで、あの少女の回復魔法を受ける前の目とは、明らかに違う。
その
その光に、フリーレンは見覚えがある。
何度も見てきた/そして何度も見ないフリをしてきた。
勇者ヒンメルの瞳に、少しだけ似ていた。
(本当に、何なんだ、コイツは・・・・・・)
初めて見たときから、他の魔族とは違うと感じてはいた。
魔力制御の試みがみられる魔力の揺らぎ。
独自の魔法を極めるのではなく、魔族の中では魔法とも呼べない、極めてオーソドックスな基本的な魔法を極め。
その魔法は、明らかに魔力消費に見合っていない結果を作り出す出鱈目さ。
そして、自身の全開の魔力を前にしても動揺一つ出さなかった。
これだけでも、不気味、であったのに。
あの回復魔法を受けてから、明らかに違う。
更に違う。
でも、何が変わったのか、フリーレンには理解できなかった。
そしてもう一つ、フリーレンにとって最悪な現象が起こっていた。
(魔力の揺らぎがなくなっている。私が一瞬だけ感じていた最高精度の魔力制御を・・・・・・維持し続けている)
一体何が起こって、“揺らぎ”がなくなったというのだ。
最悪だ、これは。
ただでさえ相性が悪かったのが、ここに来て最悪になってしまった。
この礼拝堂の広間も飛行魔法で飛び回りながら魔法の打ち合いができる程の広さがあるのが救いとはいえ、彼女ほどの戦士を以てすれば距離を詰めるのは容易いだろう。
なんてことだ、己のアドバンテージであった魔力制御の優位性すら、フリーレンは失った。
おまけに握られているのはあの“ダッハの宝剣”。
そしてその宝剣やその他多種多様な剣を造り出す異様な魔法。
相性が最悪な上に、フリーレンは未だこの魔族の力の正体を見抜けていないのだ。
「もう一度言う。そこを退け、魔法使い」
リーニエが再度、フリーレンに警告する。
普段のフリーレンならば、その警告に従うことだろう。
たとえ魔族が相手でも、いくら魔族が憎くても、己の技量を弁えているフリーレンは、分が悪ければ撤退する判断を取る。
だが、フリーレンは強気な姿勢を崩さずに言い返す。
「断る。お前は危険な魔族だ。ここで殺しておかなければならない」
故に出た本心を、そのまま口にする。
全てが得体の知れない魔族。
魔法使い、魔族としての格で判断できる次元ではない。
自分にすら匹敵する魔力制御。これ程の技術ならばおそらく完全に魔力を隠匿しての白兵戦も躊躇すまい。あたかも、帝国の影の戦士の様に。
力を誇示せずに効率よく殺す業を磨いてきたと思しき軌跡は、完全に魔族の習性から逸脱している。
おまけに、あの僧侶の少女の奇跡すら使わせた、高い擬態能力。
たとえ刺し違えたとしても、フリーレンはこの魔族を葬る気でいた。
単純な脅威度ではマハトやその他七崩賢、大魔族に劣るにしても、その在り方は彼らの危険度を補って余りすらある。
そう、フリーレンに思わせる程のものを、目の前の魔族から感じたのだ。
「退く気はないのか・・・・・・なら、せめて場所を変えよう」
「・・・・・・?」
突然の魔族からの提案に、フリーレンは構えながらも眉を顰めて反応する。
「貴女もアンジュ達を助けようとしてくれた事は分かっている。亡骸とはいえ、巻き込むのは貴女の本意ではない筈」
「・・・・・・黙れ」
お前“も”。その言葉にフリーレンは思わず口を挟んでしまった。
まるで、目の前の魔族は、あの僧侶や子供たちの死体を、“亡骸と分かっていながら”それでも助けようとしていたかのような言い草に、フリーレンは苛立ちを感じた。
目的はあの僧侶を守るのではなく、あの僧侶の魔法の恩恵であったことは明白だ。
死体を守る、などという行為を魔族がする筈がない。
己の知る魔族から逸脱していると分かっていながら、魔族という枠に当てはめてしまっている矛盾に、フリーレンは果たして気付いているだろうか。
「
正直な所、場所を変えるという提案は確かに渡りに船だった。
この礼拝堂も魔法を打ち合うのに十分な広さではあったが、やはり屋外の方が魔法使いにとっては有利。
でも、それは今の状況に比べての話であって、目の前の魔族に対して明確な有利を取れるわけではないことを、フリーレンは知っていた。
「お前は戦士タイプでありながら、ゾルトラークの速射勝負では私を上回っている。戦士の業をそのまま
苦しい言い訳であることは、フリーレンも自覚していた。
それでも、実際は開けた場所に移した方がフリーレンに分がいくのは確か。
それでも、フリーレンはこの魔族の言葉に従いたくなかった。
もし従えば・・・・・・あの魔族の行為を・・・・・・認めてしまうような、気がしてしまったのだ。
「変える気ないのか。じゃあ・・・・・・もういいよ」
そんなフリーレンの姿勢に何を思ったのか。
リーニエは手元に持っていたダッハの宝剣を魔力に戻す。
そしてそのまま、その魔力を再利用し、そこから極東の刀と思しき剣を模倣した。
「────なら無理矢理にでも、変えさせてもらう」
『
その刀を周囲の虚空に向かって何回か振り始めたのと同時に、その刀から発生したいくつもの旋風がリーニエを中心に周囲へと飛んでいった。
「ッ!?」
それを警戒したフリーレンは即座に前方に防御魔法を展開する。
だが、放たれた旋風は一陣すらもフリーレンに襲いかかることはなく、近くを通り過ぎた旋風すらフリーレンの防御魔法の傍を通過する。
一体何が狙いだと周囲を観察し始めると同時。
この、礼拝堂内の明かりが全て消え去った。
真夜中。
礼拝堂に光を灯していた蝋燭の明かりが旋風の数々によって吹き消され、暗闇だけがフリーレンの視界を支配した。
(これは・・・・・・まずい!!)
フリーレンは即座に後悔する。
やはり、提案を受けておくべきだったと。
(アイツの魔力が、感じられない)
咄嗟にフリーレンも魔力を隠蔽するが、少しでも動けばその綻びは出る。
それは向こうも同じであろうが、戦士と魔法使いでは、初動に大きな差が出る。
それに加えてこの暗闇。
いつでも、相手は此方の命綱を握っている状況だった。
(早く、この状況を打開するには・・・・・・ん?)
焦るフリーレンだったが、突如として背後上空から差し込んできた光と、感知した魔力にその方向を見上げた。
・・・・・・光がひとりでに動いていた。
この礼拝堂の窓の隙間から差し込む唯一の月光が、勝手に動いていたのだ。
(・・・・・・違う、月光を反射する鏡が、魔法で動いているのか?)
ひとりでに動く、差し込む月光の正体に合点がいくフリーレンだったが、それで状況がよくなる筈がない。
幸いにも、光が動くルート上に自分はいない。
気にする要素はない。
なのに、フリーレンは、その光から目が離せなかった。
鏡に反射された満月のスポットライトは、まるでナニカに導かれるように礼拝堂の中心の道を通り、奥の方へと進んでいく。
そこに、ソレはいた。
片膝を突き、女神像を背後にして祈りを捧げるリーニエが。
「────」
今度こそ、フリーレンは呆気に取られた。
魔族の中には、僧侶に擬態して祈るフリをする個体だっている。
女神像の方に体を向けて祈るのではなく、女神像に背を向ける形で祈っているのも、フリーレンを警戒してのモノだとすれば納得できる。
・・・・・・それでも、この状況で、魔族が女神に祈る理由はなんだ。
フリーレンの目線が、祈るリーニエの手元に移る。
口元で捧げられ、右手に握りしめられた、血塗れの十字架。
フリーレンは与り知らないが、それはリーニエと家族同然のように過ごした僧侶の少女のモノ。
その少女の形見を以て、
女神像に向かって祈るのではなく、背を向けて祈る姿はまるで。
────おとなしく裁きを待つ、罪人のようにも見えた。
その考えを振り払ったフリーレンは、再び訪れた好機を見逃すまいと杖を構えた。
「
先の回復魔法を見せつけられた当てつけか、フリーレンはそんな言葉を口にする。
最後まで理解ができない魔族だった。
だからこそ、ここで仕留める。
「────
ゆっくりと、空気を伝って木霊するリーニエの声。
それは、今まで彼女が唱えられなかった一節。
あの日、同じように反射した月光に照らされ、女神像に祈っていたアンジュの姿勢を真似る。そして共に過ごした少女の形見を、その温かみを噛みしめるように握りながら、彼女は祈りの声を上げた。
────痛みに気付かないまま、
「────
────己に価値などない。それでも、償いはやめない。やり直してみせるんだ。
幸せになれ、と共に過ごした少女の言葉が脳裏に響く。
受け取ったその願いを、叶えることは難しいだろう。
でも、大丈夫。
この受け取った願いがある限り、私は頑張っていける。
あの村で過ごした家族と、優しい村人達。
そして少女と、子供達と一緒に過ごした記憶が、走馬灯のように呼び起こされる。
共に林檎を育てたこと。
共に遊んだこと。
業を教えたこと。
温かみを分かち合い、抱きしめてもらえたこと。
過ぎ去ってしまえど、確かに、あそこに私はいたんだ。
だから、忘れないよ。
「終わりだ」
向けられた杖より放たれる無慈悲な光。
膝を突き、目前まで迫る光を前にして、リーニエはソレを避ける手段を持たない。
だが、リーニエは目を開けることも、微動だにすることもなく、祈りの言葉を捧げ続けた。
「────
迫る殺意の光。
その光に呑まれる直前────僅かに開いたその目から、一筋の涙が零れていたのが、フリーレンの目に入る。
驚愕に目を見開くフリーレンだったが、それに構うことなく。
その祈りは完成した。
「────
突如、リーニエの中心に黒い炎のようなものが広がる。
その炎はリーニエの目前に迫ろうとしていた光すら飲み込み。
「なッ・・・・・・」
広がった黒い炎はフリーレンすらも飲み込み、周囲が闇に呑まれていく。
世界は上書きされ、広がりながら浸食する黒い炎は止まることを知らない。
やがて、黒い炎が全てを飲み込んだ。
そして。
────世界は/暗転/する。
アニメでようやく「南の勇者」と、「剣の魔族」が出ましたね。
南の勇者がようやくアニメで見られたのが嬉しかったけど、何より執筆者として嬉しかったのは、ようやくアニメで振るわれる《ダッハの宝剣》を見れたこと
・・・・・・なんだけど、君原作と見た目少しちがくなぁい?
細い柄は変わらんけど、鞘も含めて装飾が豪華になってるし、何より刀身が少し太くなってなぁい?
宝剣らしい見た目になったといえばなったけど、拙作ではどっちの見た目を採用しようか・・・・・・(悩み所そこか)