剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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決着

 

 満月の光差す闇夜の「剣の丘」にて、絶え間ない剣戟の音が鳴り響く。

 焼け焦げた大地、死者を弔う線香を思わせるような黒く細い煙が各所で立ち昇り、遠くの丘では歪に枯れ果てた樹木が生え乱れている。

 葉を彩ることも、実を付けることも忘れ、朽ちゆく樹木。

 あの村で暮らしていた頃は、もしくは天使の如き少女と共に過ごしていた時は、ほんの一時でもあの木に実は実っていたのだろうか。それを知る術は最早誰も持たない。

 この世界は既に死んでいた。

 死んだ世界を、ただ目映い月光が照らしているだけ。

 

 無意味ではない。だが、この光景がこれからナニカを成すことも、ナニカをもたらすこともまた有り得ない。

 

 この世界は、剣以外は死んだ世界だった。

 何もかもが死んでいる中で、剣戟を成す鉄の鼓動だけが、生きていた。

 無限に剣を内包した世界。

 

 その名は『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)』。

 

 剣しか存在しないこの世界は、同時にこれまでのリーニエの旅路の成果でもあった。

 勇者ヒンメルの手により次々と攻略された迷宮。

 その解放された宝物庫を後追いのように訪れ、納められていた宝剣を次々と解析、模倣し、この世界に貯蔵されていった。中には神話に登場した剣すら例外なく。・・・・・・皮肉かな、執行者の活動はヒンメルの旅路を切り開いていたと同時に、ヒンメルたちの旅路は執行者に間接的にだが力を与え続けた。そんな奇妙な相互利益関係が、あの時は成立していた。

 迷宮の宝物庫だけでなく人類軍と魔王軍の戦場を渡り歩き、魔族たちの生み出すこの世ならざる物質で作られた魔剣すら例外なく、それが“剣”であるならば例外なく模倣し、貯蔵されていった。

 故に、この世界にない剣は存在しない。既にこの世に存在しない剣すらも例外なく。

 

 

大地の破片で巨人を生み出す魔法(フェルカーフェーゼン)

 

 

 魔法で浮き上がった大魔法使い(フリーレン)を中心に、取り巻くように丘の大地の破片が巻き上がっていく。

 巻き上がっていく大地の破片は、周りの剣群からの防御手段も兼ねていた。

 防御魔法では、まずぶち破られるのは目に見えている。

 無名有名問わず、全ての剣が魔力と神秘を内包しており、それらに高速で飛んでこられては防御魔法など意味を成さない。

 だから、フリーレンは防御を兼ねて大地の破片を自らの周囲に巻き上げた。

 まるで小さな天変地異を起こすかのような所業。だが、これを魔力を制限している状態でいとも簡単にやってのけてこそ大魔法使い。

 だが、フリーレンは分かっていた。

 ────本来ならば、この魔法を発動する瞬間にすら、相手がその気ならば自分は終わっているという事実を。

 巻き上がった大地の破片はやがて収束し、巨大な岩のゴーレムのような姿となる。

 そのゴーレムの頭の上に着地したフリーレンは目下の敵を見下ろした。

 

石を弾丸にする魔法(ドラガーテ)

 

 残った大地の破片を、即座に弾丸にして飛ばす。

 石というにはあまりにも大きすぎる大岩を、舞い上がり浮いたソレを容赦なく差し向ける。

 既にゾルトラーク対策としての防御魔法が浸透しつつある現代の魔法戦において、もっともシンプルながらも最適な攻撃法の一つ。

 だが、これほどの大岩を弾丸として飛ばせるのはやはり魔法使いたる所以か。

 

 向かってくる大岩の群れに対し、少女は躊躇なく前へ踏み出す。

 向かってくるのが巨岩ならば、こちらもまた巨岩の如き重さで対応すればいい。

 地面に突き刺さっていた無限の剣の一つである魔剣・・・・・・『神技の砕剣(レヴォルツヴァイ)』を手に取る。

 かの四本腕の魔族の将軍が、魔法で生み出し振るう「神技の砕剣」。それを程よく振るえるサイズにまで縮小した改造品。振るう時は羽根のように軽く、当たる時は巨岩のように重い。そんな都合のいい矛盾を内包した魔剣。

 それと併用し、模倣したアイゼンの技を剣技に落とし込んだ技を以て振るい、迫りゆく巨岩を次々と砕いていく。

 最後の巨岩を砕いたと同時、目前にまで迫っていた光の槍を目前にしてリーニエは後ろへ飛んだ。

 

裁きの光を放つ魔法(カタストラーヴィア)

 

 弾丸として放った巨岩すら、目眩ましに過ぎず。

 砕けた巨岩の隙間から絶え間ない光の矢が降り注ぐ。

 だが、少女はひらりと、空中で身を翻しながら全てを紙一重で避けていく。

 ヒラリと、翻す体に合わせて衣服をはためかせながら、舞踏のように舞って避ける。

 幾千にも瞬時に降り注いだ光の矢を躱しながら着地した少女であったが、着地のその隙をフリーレンは見逃さない。

 

破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)

 

 時間は十分に稼いだ。距離だって十分に離した。

 今度こそ仕留める。

 幾十条にも重ねられた青白い破滅の雷撃が迫る。

 あまりにも理不尽にも思えるその光景。

 それに対し、少女は動くことなく立ち上がると同時。

 

 

 

 遠くの丘で、眠っていた剣たちが躍動し(うごき)出す。

 

 

 

 各地の丘で引き抜かれた宝剣たちが、雷撃の数と同数で、空を切り裂きながらリーニエの元へと向かう。

 先に放たれた雷撃よりもそれは早く。

 リーニエの元へと到達した宝剣たちは、フリーレンの雷撃を受け止め、地に再び突き刺さった。

 剣は砕けず、その内の一本はリーニエの目前の地面に突き刺さる。

 当たる寸前であった雷撃を前にしてリーニエは臆した様子もなく、岩のゴーレムの上に佇むフリーレンを見上げる。

 

(これでも、駄目なのか)

 

 手加減されている自覚はある。

 相手がその気なら既に終わっているという事には気付いている。

 それでも、相手が魔法勝負に乗っている今こそが好機なのだ。

 なのに、届かない。

 既の所で大地に突き刺さる剣に邪魔される。

 どれだけ早く魔法を撃ったところで、先に剣を用意している向こうのほうが、どう足掻いても早いのだ。

 

(やはり、速射性に優れたゾルトラークでないと・・・・・・でも、そのゾルトラークすら・・・・・・)

 

 最初にゾルトラークを潰された光景を思い出すフリーレン。

 魔法使いならば、到底反応できない隙間時間。

 その隙間を縫うように、魔法使いならばどれだけ極めても発生してしまう意識の空白の瞬間を突いてきた剣戟。

 

「らしくないね、魔法使い」

 

 遠くからかけられたリーニエの言葉に、フリーレンは思考を中断する。

 魔族の言葉など聞くに値しない戯言()ばかり。

 此方を動揺させ、隙を突くためのモノでしかない。

 ・・・・・・それでも、思考する時間ができるのは都合がいいと判断したフリーレンはリーニエの言葉に声を傾ける。

 

「60年前に遠くから見掛けた時とは大違いだ。魔法を発動する間隔、私を殺そうとする焦り・・・・・・あの時の余裕が、貴女からまったく感じられない」

「・・・・・・」

 

 黙りこくるフリーレン。

 その自覚はある。

 だが、魔族の口車に乗せられるつもりはない。

 

「仲間がいないのは怖い? 勇者一行でなくなった貴女は、ただの独りの魔法使いに戻る。みんな、貴女を置いていく」

 

 ・・・・・・あぁ、やっぱり、こいつは今ここで殺すべきだ。

 ここまで人を理解し、煽れる魔族は、これから多くの人を騙し、食らう。

 こいつは、“孤独”という概念を理解しているのだ。

 現に、それを突かれた私は今、少し苛立っている。

 

「でも少し、分かる気がする。それだけ勇者一行(アナタ達)の背中は眩しかった」

 

 そして、私という獲物に寄り添うような言葉をかけてくるコイツは、やはり危険なのだ。

 だから、こいつはここで殺すべきなのだ。

 

「・・・・・・そうだね、でも」

 

 その言葉を、フリーレンは否定しない。

 

「お前が、ヒンメル達を語るな」

 

 その言葉だけは、許せない。

 自分でさえ、失ってからようやくその眩しさに気付いたというのに。

 ただ一度、遠くからその背中を眺めただけで理解した風に装っ(擬態し)ているこの魔族を、許すわけにはいかなかった。

 

「・・・・・・そうだね、語るには、気付くのが遅すぎた」

 

 どこか諦観じみた呟きを零しながら、リーニエは目の前に突き刺さった剣を左手で引き抜く。

 黄金に装飾された柄、刀身に余す事無く描かれた紋章が特徴の、名も無き宝剣。

 されど、この丘に突き刺さった他の剣の例に漏れず魔力を帯びた剣。

 

「所詮、無くしてから気付いた────半端者だ」

 

 その剣先をフリーレンに突きつけながら、そう言い放った。

 ナニカが、切れるような音が聞こえる。

 リーニエの吐いた言葉は己自身に向けた自虐であることを、フリーレンは理解できない。

 そのような心が備わっているという前提を外しているのだから、今の言葉は、紛れもなく自分に向けられた言葉であるとフリーレンは受け取った。

 

 そして間の悪いことに、その言葉は的を射ていた。

 

「・・・・・・そうか、」

 

 俯いたフリーレンは。

 静かに、言い絞って。

 

 

 

「やっぱりお前達魔族は化け物だ。容赦なく殺せる」

 

 

 

 無表情とは本来、殺意の発露である。

 杖を構えるフリーレン。

 心の世界で現実世界を上書きする魔法。確かに強力だ。

 魔族の魔法を認めるのは億劫だが、人智も人の理も超えた魔法というのは、確かに説得力がある。

 ともすれば、規模はともかく規格でいえばアウラの「服従させる魔法(アゼリューゼ)」やマハトの「万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)」すら上回るかもしれない。

 既にあるものを従える、変質させるモノとはまったく異なる、世界そのものの上書き。

 これを規格外と言わずして何という。

 

 でも、これ程の規格の魔法ならば、相手の魔力消費も半端なモノではない筈だ。

 

(一番の問題は、私が奴から一時感じていた魔力の最大量が、私が探知した量と本当に同じかという所だね)

 

 何せその時でさえ魔力制限の精度そのものは自分に並んでいたというのだから、確証がないのだ。

 もしフリーレンが感じていた通りの魔力量だとすればこの世界は長くは持たない。

 ・・・・・・となれば、指標となるのは相手の行動次第ということになる。

 

(皮肉だね。ある意味では私でさえなし得ないことだ。精度そのものに揺れ幅を持たせて、単純に精度を上げることよりも、効果的な誤認効果を生み出している。一度誤認させてからそれきりではなく、誤認を繰り返して私が混乱させられている)

 

 魔力制限に造詣の深いフリーレンのような魔法使い(卑怯者)であればあるほど、その効果は高くなっていくだろう。

 フリーレンがリーニエに感じた魔力量の指標は確証材料にはなりえない。

 

(その気になればいつでも私を殺せるという余裕・・・・・・それは認めざるを得ない。確かにこの世界は魔法使いに─────特に、私にとっては天敵だ)

 

 ならば、その油断を突くしかない。

 時間に余裕がなくなればなくなるほど、相手はその気になっていくだろう。

 逆にいえば相手が此方を殺す気になればなるほど、相手に時間も余裕もなくなっている指標となりうる。

 その焦りを突ければ、あるいは。

 

────ゆえに、一般攻撃魔法(これ)しかない。

 

 たとえゾルトラークでさえこの世界では遅くとも、これが一番早いのだから、それで対抗するしかない。

 大地の破片でゴーレムを作って足場にしたのも、地面に突き刺さった剣から少しでも離れた位置に陣取るためだ。

 『空を飛ぶ魔法』で宙に居続けては、剣に撃ち落とされてはどう畳みかけられるか分かったものではないからだ。

 

 そう思い、杖の狙いの先をリーニエの方に合わせ。

 ゾルトラークを放とうとし。

 

 

 その目算すら、甘かったという事を思い知らされる。

 

 

 今までは地上にしか突き刺さっていなかった筈の無限の剣。

 しかしフリーレンがゾルトラークの術式を発動したその瞬間、突如としてフリーレンを囲むように周囲の上空に出現した剣の数々が、その剣先をフリーレンに向けていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

其れ(ゾルトラーク)は、困るんだよね」

 

 上空から取り囲んだ幾十もの宝剣たちが、一斉に殺到する。

 紫色に煌めく魔力の軌跡を描きながら、まっすぐに。

 人の叡智を突き詰めた結晶の贋作でありながら魔族(リーニエ)により操られ、人間(フリーレン)へと、刃の弾丸となって到来する。

 一つ一つが、防御魔法では防ぐことは叶わない。そんな宝剣の雨。

 最初よりも幾十にも展開した筈のゾルトラークの光がかき消されていくのを見たフリーレンは咄嗟にゴーレムの頭の上から飛び、避難する。

 すれ違いゆく宝剣たち。

 宝剣たちの行く先は、フリーレンではなかった。

 紫色の光を纏いながら殺到した宝剣たちの行く先は、フリーレンの目下にあった巨大なゴーレム。

 切り裂かれ、砕かれ、あっという間に塵となって爆散していく。

 その直後。

 

 

 真上から、魔力の反応を探知した。

 

 

「ッ!?」

 

 

 咄嗟にフリーレンはその方向へと防御魔法を展開する。

 だが、防御魔法は魔法そのものに対する耐性は優れていれど、物理耐性は比較的脆弱だ。

 受け流すことも叶わず、単純な物理に押されたフリーレンは防御魔法の防壁ごと地面へと落下させられた。

 落下地点を中心に衝撃による爆破と粉塵が舞う。

 大地を揺るがす衝撃を叩きつけられたフリーレンは肺の空気を一気に押し出され咳き込むも、致命傷は避けた。

 咄嗟に自らの真下にも防御魔法を展開し、地面との衝突による衝撃を緩和したのだ。

 そして、自らを落下せしめたソレを防いだ方の防御魔法は、未だにその剣先と拮抗しながら互いに火花と魔力を散らしている。

 

 

「修道院で貴女のゾルトラークに合わせて初めに奇襲を掛けた時から、違和感は感じていた」

「ッ」

 

 

 フリーレンの防御魔法を宝剣で押し込みながら、フリーレンを地面に激突させた下手人たるリーニエは話しかける。

 爆散したゴーレムの破片を足場にフリーレンよりも高い上空に跳び上がったリーニエは、そのまま剣先を真下に向けたままフリーレン目がけて落下して奇襲したのだ。

 

「そして貴女の魔力の流れを観察して、確信した」

 

 表情を変えないながらも、その眉を苦しげに顰めるフリーレン。

 それに構わず、仰向けに倒れたフリーレンの体を、リーニエは防御魔法ごと上から宝剣で押し込みながら、淡々と続ける。

 先ほどまでフリーレンがリーニエを見下していた筈なのに、その構図はあっという間に覆った。

 

「貴女は魔法を使う瞬間に、ほんの一瞬だけ魔力探知が途切れる」

「・・・・・・」

 

 やはりバレていたと、フリーレンは眉を余計に顰める。

 

「この世界は、初動において魔法使いに絶対的な有利を取れる。いくら早く魔法を発動しようが、先に剣を用意している私が、常に一歩先を行く」

 

 フリーレンも、そんなことは十分に分かっていた。

 

「でも、貴女のソレはより一層致命的だ。他の魔法使いを相手にするよりも、この世界が貴女に対して向ける牙は、より鋭い」

 

 喋っていく内に、防御魔法に罅が入っていく。

 魔法攻撃に耐性はあっても、物理耐性に乏しいその術式は、修羅場を潜り抜け技を蓄積してきたリーニエの剣腕と宝剣を以てすればいつでも割ることができる。

 それでも話をフリーレンに聞かせるためか、フリーレンが身動きを取れない程度に力を弱めている。

 話を聞いていたフリーレンは、そんなことはとっくに分かっていた。

 自分の弱点は、その未熟さは、自分が一番痛い程分かっている。

 だからこそ、努力はしたし、長年の研鑽でその隙はなるべく小さくしていった。

 見習い魔法使いによく見られる弱点とはいうものの、その隙自体は彼らと比べるのも烏滸がましいくらいに微小で、大抵の魔法使いにとっては見抜くことすらできない程の僅かな隙間だった。

 だが、その僅かな隙間すら、この世界相手ではより致命的となってしまう。

 そんな出鱈目な世界を敵に回す想定を、大魔法使いたるフリーレンを以てしてもできる筈がなかった。

 

「初めて使うのに、まさかこんなにも貴女に嵌まるなんて。こんな偶然あるんだね────運命というのは面白い」

 

 防御魔法がパリンと割れる。宝剣の刀身が、フリーレンの右肩を切り裂く。

 吹き出る血。

 即座に魔力の膜を覆って出血を止めるフリーレンであったが、受けた傷は覆しようもなかった。

 即座に距離を取ったフリーレンは宝剣を持ちながら棒立ちするリーニエに向けてゾルトラークを放とうとするが、その前に。

 

 

 またしても、周囲の宝剣がそれを阻む。

 術式を発動してから、実際に発射されるまでの隙間時間。

 フリーレンの場合は更にそこに魔力探知の穴が出来てしまう、隙の時間。

 そして今度は、その狙いはゾルトラークの術式のみならず、フリーレン自身にも襲いかかる。

 反応することも、探知することも叶わず、宝剣の牙はフリーレンの体を容赦なく切り刻む。

 

「ッ」

 

 顔を歪める。

 しかし、痛みに反して、傷はそれほど深くはなかった。

 

「『皮剥猫剣(カッツバルゲル)』・・・・・・皮を剥ぐ事に特化した宝剣。その代わり本体へのダメージ能力は低いけどね」

 

 言外に、今のは手加減したのだとリーニエは言い放つ。

 剥がれた己の皮膚の皮が地面に落ちるのが、フリーレンの視界に映る。

 皮膚が剥がれた部分は肉組織が剥き出しになり痛々しい様相を呈したが、今のが他の宝剣だったら命がなかったのは確実だった。

 

「そんなチマチマした物を撃たれても困るんだよね。私がしたいのは本気の貴女との魔法勝負。もし本気を出さないのなら────ソレを撃とうとした瞬間、容赦なくその首を落とす」

「くッ・・・・・・!?」

 

 この世界に唯一まともに速度で対応できるであろうゾルトラーク。

 ソレを捨てて、リーニエは本気の魔法で掛かってこいと言うのだ。

 ゾルトラークさえ捨ててしまえば、晒す隙はより大きくなるというのに、そうしろと言い放つ。それはともすれば、たたでさえ致命的な隙を晒している己が、更にその首を晒すようなモノであった。

 本来ならば、相手がその気ならば既にない命。

 それを引き延ばしてまで、相手がフリーレンとの”魔法勝負“に拘る理由に、フリーレンは思い至った。

 あぁ・・・・・・なら、()()()()()

 この世界が、お前の魔力を吸い尽くすまでの短い間、精々付き合ってやろうじゃないか。

 そう意気込もうとして、次のリーニエの言葉で、時が止まった。

 

「ほっとした?」

 

 顔を見上げるフリーレン。

 見開かれた目は、呆気に取られたように揺らいでいた。

 それに対して、リーニエは呆れたように口を開く。

 

「どうしてそんな顔するの? 常にお前を殺せる状況にも関わらず・・・・・・全力のお前と魔法勝負をしようとする私の()()()()()言動に、安心しているのに?」

 

 見透かされたその言葉に、滑稽と嘲笑うかのような声にフリーレンは言葉を失う。

 魔族ならば当然のことで、魔族達のそのような習性(驕り)を逆手に取り、フリーレンは彼らを欺いたまま正面から叩き潰してきた。

 この魔族を相手にしてきたとき、そんな自分の常識が通用しないのではないかと、フリーレンは常々不安に思っていた。

 だから、本来ならば安心するまでのことでもない。

 ただ単純に、ソレが一番効率が良いから、それが常識だったから。

 

 その常識が、今になって目の前の魔族が当てはまりそうな驕りを見せたことで・・・・・・安心してしまったのだ。

 逆に言えばその安心は・・・・・・目の前の魔族の、「あの僧侶と子供達の亡骸を守ろうとした行動」を認めることで。

 

 もし・・・・・・ヒンメルならば、確実に止まっているであろう瞬間で。

 それなのに自分は躊躇なく、撃って。

 それが当然だと、自分に言い聞かせて。

 

 ・・・・・・やはり、()()()()()()()()、自分が正しいのだと安心して。

 

 ────そうやって、お前は勇者ヒンメルを殺すのだ。

 お前が今まで共に時を過ごした、知ろうとしなかった他の人間たちと同様に、同じ過ちを繰り返していくのだと。

 

 そう、言われたような気がした。

 

 普段のフリーレンならば、そこまで深刻にならなかっただろう。

 だが、リーニエというイレギュラーを散々見せつけられて、根底を散々揺るがされた所に、この言葉だった。

 

「・・・・・・れ」

 

 皮膚が剥がれた部位を魔力の膜で覆い、フリーレンは杖に魔力と力を込める。

 

「黙れぇ!!」

 

 今度こそ、フリーレンの中でナニかが決壊した。

 今まではどんな動揺を見せようと、その表情は氷のままだったフリーレンがついに。

 その形相を本格的に歪めてリーニエへと躍りかかった。

 

「黙れ、黙れ、黙れぇーーーーーッ!!」

 

 炎を纏った杖を振るい、リーニエへと襲いかかる。

 接近戦の心得だって、当然ながらフリーレンは持っている。

 いくら魔法使いは戦士に近付かれれば為す術などないといえど、それはフリーレンの反応を上回る戦士が相手だからこそ成立する話だ。

 並の戦士がいくら数を作って囲んだ所で、フリーレンは容易に反応し、躱し、魔法なしで反撃する程の体術の心得は持っている。

 だが、その相手の戦士はリーニエ。

 炎を纏った杖は、難なく宝剣によって防がれる。

 距離を取るリーニエ。

 それに対して、フリーレンの体は魔力となって消えた。

 消えたその瞬間、リーニエの目前まで、杖にゾルトラークの光を溜めたまま、その杖先を向けた状態で転移してくる。

 本来、距離を取るべき戦士を相手に、フリーレンらしからぬ戦い方であった。

 それでも並の戦士。否、歴戦の戦士であっても唐突に現れ、突きつけられた光を前に対処することは難しいだろう。

 

 だが、その光がリーニエを飲み込む前に。

 フリーレンの視界が影に覆われた。

 杖を宝剣で振るって逸らすと同時に、その回転の勢いのまま飛び上がり、見舞われた足蹴りがフリーレンの目前に迫る。

 皮を剥いだ部位を強打され、フリーレンの体が吹き飛ぶ。

 

 地面に叩きつけられ、尚も止まらぬ衝撃で地面との摩擦による跡を作りながら吹き飛ばされる。

 舞い上がる土煙。

 その土煙の向こうを、蹴り飛ばした張本人であるリーニエはただ静かに見据える。

 

「・・・・・・やっぱり、魔力が多い奴は頑丈だな」

 

 淡々と、そんな感想を言いながら、晴れゆく土煙の中で、ヨロヨロと立ち上がる影の姿を認める。

 やがて土煙が晴れると、そこにはボロボロになったフリーレンの姿があった。

 

「・・・・・・もう、いい。何もかもが、どうでもいい」

 

 衣服に付いた土を払いながら、フリーレンは絞り出すように呟く。

 奇しくもその言葉は、最初にリーニエが言った言葉と同じであった。

 

「もう、殺す。私の存在すべてに代えてでも、お前をここで殺す」

 

 もう既にリーニエという存在は、フリーレンにとっては何に代えても否定しなくてはならない存在に変わっていた。

 決して認めてはいけない存在。

 己の根底を、揺るがしかねない存在。

 自らもまたソレを揺るがしてでも、リーニエという存在を否定しなければならなかった。

 単純な勝ち負けの問題ではなかった。

 その全てを否定しなければ、できなければ、フリーレンはこれから前に進める気がしなかった。

 

 魔力の制限を解く。

 その途端、外に放出される膨大な魔力の流れがリーニエの目に入る。

 魔力と、殺意の嵐。

 

 それを前にして、普通の魔族ならば跪いて命乞いをし、そうでなければ一目散に撤退していた所を・・・・・・それでも、リーニエは()()()()()ほくそ笑んだ。

 

 ────これでいい。ようやく本気の貴女と戦える。

 態々殺さないように手加減しながら戦い、挑発した甲斐があった。

 たとえこの世界を相手にする最適解がゾルトラークしかないとしても、それではフリーレンの心を折ることはできない。

 最新の魔法であるゾルトラークは本来、長命種であるフリーレンにとっては馴染みのない魔法なのだ。たとえ産みの親であるクヴァールから奪い、研究し、人類に広めた第一人者ではあっても、それは覆らない。

 それをチマチマ撃ち落として倒しても、フリーレンの魔法使いとしてのプライドが折れることはないだろう。

 故に、長く生きた彼女にとって慣れ親しんだ、彼女の本当の魔法を打ち破る必要があるのだ。

 

 ────されど、此方も時間はない。

 ────故に、ここが正念場だ。

 

 魔力制限を解いたフリーレン。

 

『目立たず生きろ、フリーレン』

『お前は、平和の時代を生きる魔法使いだ』

 

 ・・・・・・まずは、そうした(フランメ)の教えを殺し。

 リーニエに殺意の光を向ける。

 ・・・・・・次に、ヒンメルの意思を殺す。

 

 そうしてでも、ねじ曲げてでも、フリーレンはリーニエを完膚なきまでに消滅させるつもりだった。

 

 未知の魔法の扉が、開かれる。

 リーニエを以てしても理解できない魔法の数々。

 風、炎、水、光、闇。

 否、そういった概念すら超越した魔法の数々がリーニエへと襲いかかる。

 

 それに対して、地面に突き刺さっている宝剣で魔法をなぎ払っていく。

 何度か振るう度、宝剣が砕けるが。

 その度に新しい宝剣を引き抜き、相殺する。

 段々と後退していくリーニエ。

 

 宝剣を砕かれつつ後退していくリーニエを目にしながら、十分に距離を取れたと判断したのか。

 フリーレンの背後に巨大な魔法陣が出現した。

 一つの魔法陣が大々的に現れるのではなく、異なる系統の複数の術式が掛け合わさり複雑に絡み合い、その複雑な術式の絡み合いを表すかのように、小さな魔法陣がいくつも繋がり絡み合い、空を覆い尽くす一つの巨大な魔法陣として出現した。

 

 葬送の大魔法使いによる、紛れもない大魔法。

 今まで最も多くの魔族を葬ってきたとされる葬送の名にふさわしい魔法が、リーニエに牙を剥く。

 

 

 

 

 その前に。

 再び遠くの丘にあった宝剣たちが躍動した。

 

 

 

 

 フリーレンから見て、それは流星のように映った。

 大魔法が放たれる直前。

 たとえ一つの術式を壊されても他の術式がそれを補いすぐに再生する。一つや二つ、否、十や二十を壊したくらいでは阻止できない大魔法。

 それに呼応するように、幾十もの宝剣たちが遠くの丘から飛び出し、紫色に煌めく魔力の軌跡を描きながら、同時に、的確に残すことなく大魔法の術式を成す魔法陣の数々を撃ち落としていく。

 

 そして、殺到した流星と共にリーニエもまた躊躇なく駆け出し、跳んだ。

 

 決め手となる大魔法を阻止され、此方に跳び上がりながら向かっていくリーニエに対し、フリーレンはまた容赦なく魔法の嵐を叩き込む。

 光と剣が衝突し、絶え間なく鳴り響く剣戟。

 その嵐の中で、道中で手に取った宝斧を持ち、身を翻しながら体ごと回転させて宙でソレを振るい、前進していく。

 

 第一波を突破し、一旦地に着地したリーニエは、遠くにいるフリーレン目がけて、持てる魔力を振り絞って全速力で距離を詰める。

 右手に長柄の宝斧を持ちながら高速で距離を詰めてくるリーニエを前に、フリーレンが距離を取らない訳も無く。

 

 空を跳んで距離を取ろうとするフリーレンだが、周りの宝剣たちが逃がさない。

 魔法を使ったその瞬間、魔力探知が途切れ、宝剣達は容赦なくフリーレンにその刃を突き立てるだろう。

 その未来を容易に想像できたフリーレンは途中で魔法による攻撃をやめざるを得なかった。

 

 魔法使いが、この世界に招かれた時点で、ある種決まり切っていた結果ではあったが。

 空を跳ぶフリーレンの体を宝剣たちの刃が掠めていく。

 既に幾十もの切り傷を体中に負ったフリーレンだが、バランスを崩すには至らない。

 

 だからこそ、距離を詰めたリーニエは手元の斧を手放し、道中にあった一振りの魔剣を手に取り、跳び上がった。

 

 飛びゆく宝剣たちを足場にさらに跳び上がったリーニエは、宙で宝剣たちに翻弄されるフリーレンを見下ろし、魔剣を逆手に持ち替えて狙いを定める。

 そして。

 

 

偽・偽・神紀の砕剣(シュヴェア・ヴォルケⅢ)

 

 

 その手に持った魔剣の力を、最小出力で解放しながら、槍投げ使いの戦士を模倣した技で渾身の力で投げつけた。

 強烈な重力波を身に纏いながら殺到した魔剣は、フリーレンの傍を通過すると同時に、その重力波の圏内に入ってしまったフリーレンごと引っ張りながら地面に突き刺さった。

 

 巻き上がる粉塵と共に、再び地面に叩きつけられたフリーレン。

 

 再び宝斧に持ち替え、突撃するリーニエ。

 身動きは取れず、確実に距離を詰めてくる戦士。

 フリーレンほどの魔法使いを以てしても絶望的な状況の中で────顔を上げたフリーレンの瞳が、まっすぐにリーニエを見据えた。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 目を見開くリーニエ。

 何も感じない。

 何の脅威も感じられない。

 ただ真っ直ぐ見つめられた、ただそれだけ。

 

 

 だが、感じることはできなくても・・・・・・リーニエの瞳はしかとその流れを捉えた。

 

 

 突如として、衝撃と共にリーニエの体は上空へ吹き飛ばされる。

 今度こそ、決着がついた、そのつもりだった。

 

 

「────っ!?」

 

 

 今度は、フリーレンが目を見開く番だった。

 足下周りの地面に魔法陣を展開し、発動したソレ。

 視界に入れたリーニエを、容赦なく吹き飛ばし、彼方へ追い殺すつもりでいた。

 

 

 吹き飛ばしたその方向を、見上げる。

 剣しか生きていない世界。

 荒涼とした、焼け焦げた大地。

 もの悲しい黒い煙が、寂しく立ち昇る。

 そんな世界であっても、尚も満月は輝き優しく包み込むように照らし出している。

 

 

 その月を背後に、申し子はいた。

 

 

「────”応報せし魔花の葉鏡(ローア・ケイオス)”」

 

 

 地上にいるフリーレンに向けて突き出した右手から、盾状に重なった、透明に光る巨大な葉を展開しながら。

 涼しい流し目で、光の盾越しにフリーレンを見下ろしていた。

 

 

(やっぱり、貴女はすごい)

 

 

 罅割れていく、ケイオスの盾を見ながら、リーニエは驚くフリーレンに対し内心で感嘆する。

 この盾は、本来魔法であれば、なんであれ跳ね返す、リーニエが持ちうる最高の守りの筈だった。

 なのに、盾は跳ね返すどころか衝撃すら殺すことなく、リーニエごと宙に打ち上げた。

 

 

(私も、この盾も、今の魔法を、魔法と認識できなかった。やっぱり貴女は、今まで会ってきたどの魔法使いよりも、遙か高みに立っている)

 

 

 改めて、フリーレンに対する憧憬を強くするリーニエ。

 ・・・・・・そんな貴女達に焦がれたからこそ、私はここで立ち止まる訳にはいかないんだ。

 ケイオスの盾はフリーレンの「魔法と認識できない魔法」を跳ね返すことはできなかった。衝撃も殺せずリーニエの体を宙高くへ打ち上げるに至った。

 それでも、リーニエはその魔法を防いだ。

 

 魔法と認識できなくても。

 その魔力を探知することはできなくても。

 直前に、フリーレンの体内の流れが変わった事を目にして、ナニカが来ると察知することができたのだ。

 呆気に取られるフリーレン。

 

 このままフリーレンが魔法を切らなければ、ケイオスの盾は割れ、リーニエは彼方へ追い殺されるだろう。

 だが────この世界が、ソレを許しはしない。

 

 周囲に突き刺さっていた宝剣たちが躍動し、フリーレンに襲いかかる。

 傷を負い、隙だらけのその体目がけて。

 フリーレンがソレに対処するには・・・・・・必然的にリーニエを拘束している魔法を解くしかなかった。

 

「クッ」

 

 迫り来る宝剣の対処に追われるフリーレン。

 拘束から解放されたリーニエは、前方にケイオスの盾を展開したまま落下していく。

 

 その最中、もう一方の手にある剣を模倣した。

 既に盾を構える必要もない程の距離まで落下したリーニエは、上空からフリーレンへと躍りかかる。

 

 勇者ヒンメルの剣を、その手に握りながら。

 そしてその動きもまた、かつて見た勇者ヒンメルの動きを模倣したものだった。

 

 目を奪われるフリーレン。

 最早理解すら追いつかず、ヒンメルと重なったリーニエの振り下ろしに対し、ただ茫然と立ち尽くした。

 

 対処しようとした所で、魔法使いが戦士相手にソレが叶う筈もなく。

 

 

「────あ」

 

 

 着地と同時にリーニエは、ヒンメルの剣で、杖を持っていたフリーレンの右手を容赦なく切り飛ばした。通り過ぎる衝撃と共に、かつて旅を共にし、人間を知りたいと自分に思わせてくれた、今はいない思い人の一撃が、絶望の刃となってその腕を奪った。

 切り飛ばされた腕の断面を一瞥したフリーレンの、力ない声が漏れる。

 

 そこに容赦なく。

 リーニエはヒンメルの剣を捨てて、手元にあったとある魔剣に持ち替える。

 握ったのは骨刀。

 

 杖を腕と共に吹き飛ばされ、距離も詰められ。

 絶望の淵に立たされたフリーレン。

 

 それでも、フリーレンの瞳は、まだ希望を失っては居なかった。

 

 

(そろそろだ・・・・・・私の見立てが正しければ、もうすぐ・・・・・・!!)

 

 

 迫りくる骨刀を前に後退するフリーレン。

 前に踊り出たリーニエの骨刀の刀身が、フリーレンの脇腹に食い込んだ所で。

 

 

 

 

 

 空間中に迸った罅割れと共に。

 その世界は・・・・・・終わりを告げた。

 

 

     ◇

 

 

 元通りとなった世界。

 再び静寂が訪れた、荒れ果てた修道院の礼拝堂内で、再び2人は向かい合っていた。

 傷一つ負ってはいないものの、魔力切れを起こして崩れ落ちたリーニエ。

 片腕が欠損し、体中が血塗れになり、息が絶え絶えながらも、拾い上げたその杖を、崩れ落ちたリーニエへと向けるフリーレン。

 

 膝を突いたリーニエの周りには、彼女を中心に放射状の罅割れがいくつもあった。

 先の世界を発動した時の衝撃か、それとも世界そのものの悲鳴の跡か。

 そんなモノはフリーレンはどうでもよかった。

 

 此方の魔力は、僅かだが残っている。

 対して相手は、既に魔力切れ。

 

 

(勝・・・・・・った・・・・・・)

 

 

 フリーレンは賭けに勝った。

 相手の挑発に乗り、全力の魔法勝負に出たものの。

 それでも、フリーレンは最後の冷静さを失ってはいなかった。

 

 相手の魔力切れが訪れるまで、あの世界を耐えきること。

 それがフリーレンがリーニエに対して、元より抱いていた唯一の勝算だった。

 

 

「これで、終わりだ・・・・・・」

 

 

 静かにそう言い放ったフリーレン。

 その内心は、空しい喜びに満ちあふれていた。

 ようやく、この忌々しい魔族を消すことができると。

 同時に、自分はナニカを決定的に裏切ってしまったような、そんな二律背反の感覚に見舞われていた。

 

 だが、結果がこうなった以上。

 

 正しいのは、自分だ。

 

 

 

 

 そう思った、その直後。

 

 

 

 

 フリーレンの視界が、グラついた。

 まるでリーニエの対称となるかのように、同じように膝を突いて崩れ落ちる。

 

「なん、だ・・・・・・」

 

 

 突如として襲いかかる痛み。

 その痛みの源を辿ると・・・・・・先ほど、リーニエの骨刀を食い込まされた脇腹の傷が躍動しながら、悲鳴を上げていた。

 黒い靄のようなものが、まるで溢れんばかりに出始め、フリーレンの傷だらけの体を侵食していく。

 

 

「クッ!?」

 

 

 侵食していく黒い靄を、フリーレンは残りの魔力で必死に抑えながら、思考を回す。

 ────これは、呪い・・・・・・まさか、あの骨刀。

 その原因に当たりを付けたフリーレンは顔を見上げ、同じく崩れ落ちて息を上げているリーニエを睨み付ける。

 その口元は、薄くほくそ笑んでいた。

 

 

「賭けは、私の勝ちだね」

「お前・・・・・・さっきの刀は・・・・・・は、ぁ・・・・・・」

 

 

 再び脇腹の傷を押さえ、悶えるように苦しむフリーレン。

 

 

「『暗黒竜の骨刀』・・・・・・その贋作。あまりにも扱いが難しいから、一度使ってそれきりだったんだけどね・・・・・・どうやら結界内だとそれなりに呪いを制御できるみたいだから、勝負の決め手には打って付けだった」

 

 

 本来、あの骨刀に付く呪いは、あの世界単体ではとても再現しきれるような代物ではなかった。

 真に恐ろしきその呪い。剣製がその呪いすら再現しているのではなく、呪いの方が贋作にも宿ってしまうのだ。

 故に、「無限の剣製」内ではその呪いは不完全で、フリーレンほどの魔法使いならば意にも介さない弱い呪いなのだが。

 

 こうして────結界外に放り出された今、正真正銘の本物の呪いに変質し、フリーレンの体を蝕んだ。

 黒い靄と共に、浸食された己の体の部位が、暗黒竜のモノと同じ鱗になっていくのを、フリーレンは身を震わせながらも悟った。

 残った魔力でレジストしているから、今はなんとかなっているものの・・・・・・このままでは、目の前の魔族を殺すことすら叶わない。

 千載一遇のチャンスが、無駄になってしまった。

 

 その事実に、悔しさに、フリーレンはただひたすら打ち震える。

 

 

「まだ、間に合う」

「・・・・・・?」

 

 

 浸食していく呪いに苦しみながらも、フリーレンはリーニエの言葉に顔を見上げる。

 立ち上がったリーニエは、フリーレンを見下ろしながら言い放つ。

 

 

「ここら辺は、丁度この南側諸国と中央諸国の境目だ。戦争から逃げ延びた人達の多くは、その検問を潜って聖都まで避難している」

「────」

 

 

 リーニエの言わんとすることを悟るフリーレン。

 だが、それを認められるわけもなく、リーニエもそれが分かるからこそ続けた。

 

 

「聖都の教会には、貴女のかつての仲間の僧侶がいた筈だ。残りの魔力で呪いに耐えながら急いで駆け込めば・・・・・・その腕も呪いも、間に合うかもしれない」

 

 

 優しく、諭すように言い放つリーニエ。

 先の剣呑とした雰囲気は、リーニエから既に感じられない。

 本気で、リーニエは自分を見逃す気なのだと、フリーレンは悟る。

 

 

「・・・・・・なぜ、だ・・・・・・」

 

 

 肺から絞り出すように、フリーレンは問う。

 絶え絶えの息。

 覚束ない口調。

 流れすぎた血。

 浸食していく呪い。

 それらの苦しみに蝕まれながらも、フリーレンは問わずにいられなかった。

 なぜ、魔族であるお前が見逃すんだ。

 散々、敵意を向けてきた私を、なぜ見逃すのだ。

 

 

「それを聞いている暇が貴女にある? こう見えてあと一本くらいは造れる魔力は残っているけど・・・・・・それとも、貴女ともあろう者が、魔族からの介錯を望むの?」

「・・・・・・」

 

 

 立ち上がるフリーレン。

 回答を濁したリーニエの態度から、答えは得られないと悟ったのだろう。

 ゆっくりと、修道院の玄関の方へ、切り落とされた腕を拾って、覚束ない足取りで、ゆっくりと、玄関の取っ手を掴んで外へと出る。

 

 敗北感に満ちたその背中を見届けたリーニエもまた、暫くして修道院の外へ出る。

 

 現実の月光が、寒い世界に佇むリーニエを照らした。

 

「聞いたって、貴女はきっと信じないでしょ?」

 

 己の理想の、その肝心の一歩のためというのもある。

 純粋に、憧れたフリーレンを殺したくなかったのもある。

 

 だが、何より一番の理由は。

 

 リーニエが横を向くと、そこには焼け焦げた農園がある。

 アンジュたちと共に育て、リーニエの情緒と共に育んだ農園を。

 ・・・・・・そこに、少し焦げながらも僅かに燃え残っていた林檎の実を見ながら、リーニエはその答えを呟いた。

 

「────農園の火を消してくれた礼、だなんてさ」

 

 月を見上げ、自嘲するようにリーニエは薄く微笑んだ。

 




・リーニエの無限の剣製

無限の剣が突き刺さる丘、という点はエミヤたちと変わらない。
違う点は空は暗夜で、満月の光が地表の丘を照らしていること。
さらに丘の大地は所々が焼け焦げ、死者を弔う線香のような、もしくは戦場跡のような、細く黒い煙が暗闇の空へ立ち昇っている。
遠くの丘には、枯れた巨大な林檎の木が歪に生え並んでおり、現在のリーニエの心の有り様をこれ見よがしに表している。

そんな荒涼とした大地であっても、優しく照らしてくれる満月は、今では過ぎ去った優しい人間たちとの思い出の象徴である。
過ぎ去れど、この光がある限りリーニエの心が折れることはないだろう。


ちなみに、内包されている剣の半分ほどは、ヒンメルたち勇者一行たちが行き先のダンジョン攻略で解放した宝物庫を後追いで訪れて貯蔵したものばかりであるため、実質この無限の剣製を育てたのはヒンメルたちの旅路といっても過言ではなかったりする。










《以下、特にこれから役に立つこともない情報》










ちなみにオルタ化した場合は、枯れた木がなくなり、代わりに巨大な錆び付いた煙突が立ち並ぶようになる。
その煙突から、赤い煙がぼーぼーと立ち昇り、それによって空は赤暗く覆われ、月は完全に見えない。
加えて、地表の剣の丘には白い灰が積もって、あたかも雪原のような様相を取っている。

月すら見失った赤暗い空、白い灰が降り積もった剣の丘。
それがオルタ化した世界線の彼女の心象である。

第六話「執行の終わり」の冒頭部で南の勇者が「こんな少女が持ってはいけない」と嘆いた心象世界は此方の方。
イメージとしては64版「ゴールデンアイ」の「雪原2」ステージみたいな感じ。
オルタ化ルートの分岐は第七話「揺らぐ鉄心」で既に回避済なので、それを実際に目にする日は来ないだろう。
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