修道院の、玄関の開く音が荒廃した礼拝堂内に重く響く。
月光が差した礼拝堂の身廊を、幼子の遺体を抱いた桃色の髪の少女が歩いた。
リーニエに修道院の危機を伝え、息絶えた幼い女の子の遺体を連れ戻したリーニエは、優しく、まだ比較的損傷の少ない会衆席に寝かせてあげた。
祭壇の上に建てられた女神像の方を見る。
・・・・・・別に、信じているわけではなかった。
詠唱を唱えるときにあの女神像の前で祈ったのも、単にアンジュの真似をしただけのこと。
それでも、アンジュが言っていた通り・・・・・・もしも見守ってくれているのだとしたら、彼女にとって今の自分はどんな風に映っていた事だろうか。
背を向け詠唱を唱えていた自分を愚かと嘲笑うか、憐れむのか、それとも祝福してくれているのか、それはきっと女神様自身にしか分からないだろう。
────それでも、この際存在の有無はいいのかもしれない。ただ、信仰するだけで、救われたような気になれる、そんな人間もいるのだという事をリーニエは知っている。
・・・・・・いつかは自分に救いを与えてくれるのだろうか、とあのモンクみたいな思考が過ぎってしまう。
その思考を自覚して、ゆっくりと頭を振る。
救いを求めているわけじゃない。
彼らみたいに持て囃されたいわけではない。
そんな資格など、自分は既に持っていない。
それでも、許されるならば。
今からでも追い求めることだけならば、焦がれるだけならば。
・・・・・・その行為だけは、
首に下げたアンジュの形見を握りしめながら、リーニエは内心で女神像にそう問いかける。返事が返ってくることはない。
「・・・・・・よし」
用意したいくつものバケツの中に汲んできた水を見渡しながら、呟く。
空いた会衆席の上には酒蔵から持ってきたいくつもの酒瓶が用意されており、みな蓋を開けていない新品の状態だった。
あの日、アンジュが聖女と呼ばれるようになってから、街の教会を利用すればいいのに態々、家族の葬儀にこの修道院を選ぶ街の人達が増えてきて、「ここは教会じゃなくて修道院なんですけど・・・・・・なんで態々立地が厳しいここを選ぶのぉ・・・・・・?」と書斎に突っ伏しながら愚痴っていたアンジュの姿が思い出される。その葬儀に参列した街の人達が、女神様・・・・・・というよりかは“聖女アンジュ”への貢ぎ物としてたくさんの酒を納めていくのだ。当然、女神様の戒律に忠実であったアンジュは後ずさりながらやんわりと断っていたが、結局は押し切られてこの有り様だった。遺体の棺桶も修道院に保管されるわけではなく、街へ帰る遺族と共に乗せられたリーニエが馬車の護衛に付き合わされる始末であった。
結局は専用の酒蔵まで用意する羽目になったが、今ではその存在にリーニエは感謝していた。
・・・・・・無論、飲んだくれるために用意したわけではない。
用意された酒瓶の列の横には、医療用と思しきメスや糸らしき器具がトレイの上に綺麗に掃除された状態で、綺麗に並べられて用意されていた。
「・・・・・・女神様の魔法が使えるなら、こんな物用意するまでもなかったんだろうけどね・・・・・・」
生憎とそんな魔法など使えない。無力な自分の手を見つめながら、リーニエはそう自嘲する。
自分にできるのはただ、模倣することだけ。
メスを手に取り、瞑想する。
「────憑依経験」
メスに魔力を流し、読み取る。
そのメスの元々の持ち主である記憶を読み取る。
救えた喜び、救えなかった無念。
医師として戦場を奔走し、多くの負傷者の治療を手掛けた人間の思いを。
共感することは、叶わない。
だが、以前は読み取ることすら叶わなかった。
だが、その成長に至る過程に共感することはできない。
それはやはり、リーニエが人間ではなく、共感性に欠けた魔族という種族の宿命だからなのだろうか。
(・・・・・・所詮、偽物なんだ)
だが、偽物でも別に構わない。
たとえこの身が偽物であっても、あの日、あの人達が、アンジュたちが自分に向けてくれたものだけは、偽物なんかじゃないんだから。
確かに共感することはできない。
けれども。
「────
その成長に至る過程で辿り着いた動きを、模倣することはできる。
たとえ共感には至らなくても、流れ込んできた記憶の映像から、その当時の所有者の体内の魔力の動きを記憶し、魔法で模倣することはできる。
所謂、「疑似・憑依経験」と言った所か。
彼の錬鉄の英雄との違いは、模倣で得た技をそのまま自分のモノとして会得できるという利点だろう。
劣っている点は、心技に至るまで模倣しているわけではないためかある程度の筋力の再現すら叶わないこと、そして何より憑依経験という一工程に加え、「模倣する魔法」を重ねる形で行使するという工程がプラスされるためか、模倣が完了するまでの時間が僅かに長いことか。魔法使いとの戦闘ならばまだしも凄腕の戦士との戦闘中にする余裕はないだろう。
戦闘に用いるのであれば、その前の下準備で行うのが適切だろうか。
「・・・・・・うん、これならいける」
執刀医の技を模倣し終わったリーニエは、子供達の遺体へと向き直る。中には体中をバラバラにされた遺体までもが、無惨に転がっている。
・・・・・・それでも跡形もなく消え去っていないだけ、まだよかった。
守ることはできなかったけれど、せめて、その亡骸だけは綺麗にしてあげたかった。
たとえ、今更であっても。
まずは、二人の遺体に駆け寄る。
アンジュの前に倒れていた、二人の男の子。
赤髪の子はカール。
そしてアベルだ。
二人の元へ歩み寄ったリーニエは、まずは毛布を敷いた会衆席の上に二人を乗せ、持ってきたメスをバケツの水で濯いで、二人の遺体の前に立った。
血抜きを行い、消毒液代わりの酒で全身を消毒、そして傷口を縫い、最後に化粧を塗って肌に艶を持たせる。
「偉いぞ、二人とも」
二人の傷口を縫いながら、リーニエは優しく微笑む。
「率先してアンジュの前に立って守ろうとして、一番足の速いエルゼに私を呼び戻すように指示したんだよね? ちゃんと、私の教えを守って、最後まで…………戦って…………」
泣きそうな笑みへと変わる。
細めた目からは、後悔が溢れていた。
「それに引き換え・・・・・・私は、本当に、駄目だね・・・・・・最後まで、こんな師匠で・・・・・・結局、また、間に合わなかった・・・・・・」
手先が震えるあまり、傷口を縫っていた手が途中で止まる。
「ごめんね・・・・・・本当に・・・・・・二人とも、よく、頑張ったよ・・・・・・」
化粧で二人の肌を綺麗にしながら、リーニエは精一杯、二人を褒め称えた。
二人の遺体を綺麗にしたリーニエは、そのまま身廊の上に敷いた風呂敷の上に二人の遺体を安置する。
手で優しく、目を閉じさせ、安らかに眠れるように。
「エルゼ・・・・・・こんな傷なのに、よく、私の元まで走ったね。・・・・・・彼奴らの、追撃も避けながら、私の所まで、辿り着いて、知らせて・・・・・・最後まで、役目を全うしたんだね」
続いて他のスペースに寝かせていたエルゼの方へ駆け寄り、二人と同じ処置を施しながら、弔いの言葉をかける。
「結局、貴女との約束は、守れなかったね。貴女ほど、即決できなかったんだ。でも、貴女は一歩も足踏みしないで私の所に来た」
「最初は、みんな頼りなかったのに、こんなに強くなって・・・・・・いや、違う」
「あなたたちは、最初から強かった」
間を置いて、リーニエは言い直す。
アンジュの負担になってしまう事を案じて、率先してリーニエに教えを請おうとした。
そしてリーニエの扱きに耐え続け、やがてリーニエの与えた武器を持ち、農園を脅かす魔獣を追い払える程にまでなった。
そうなるまでに至れたのは、紛れもなく、この3人の強い意志の贈り物だった。
「ありがとう。あなた達は私なんかより────ずっと立派な戦士だよ」
叶うことならば、師匠として彼らの先を見たかった。
私なんかより、よっぽど生き続けるべき存在だった。
その先で、きっと見知らぬ誰かを救うことだってあっただろうに。
「・・・・・・ごめんね、もう少し、話していたいけど。他の子たちも綺麗にしなきゃだから・・・・・・もう少し、待っててね」
綺麗にし終わった3人を横に並べたリーニエは、新たにメスと、針、そして酒瓶を取り替えて次の子の所へと向かう。
次の子は、アンジュたちの元へ逃げ遅れたのか、先ほどの3人よりもより悲惨な状態だった。無惨にも解体された状態だったが、リーニエはそれに臆することなく、血抜き用の器具とメスを構えて取りかかる。
どんなにバラバラになったっていい。必ず繋ぎ直して、綺麗にしてあげるのだから。
「エルマー・・・・・・」
血抜きと消毒を行い、針と糸で綺麗に繋ぎ直した遺体の正体を口にして、リーニエは呆れたように、笑った。
あの雪遊びの時、リーニエに上着とマフラーを用意してもらってたカールを羨ましがって、最初に態とらしく叫んで上着とマフラーを雪の中に投げ捨てた男の子だった。
「お前・・・・・・あっちではあんなバカなことするなよ? カールとも、ちゃんと仲良くね」
あの一件以降、ことある毎にカールに突っかかっていたことを思い出すリーニエ。
尤も、リーニエの扱きを受けていたカールにとってはまるで豆粒でも当てられた程度のモノだっただろうが。
あの時はしてやれなかった、エルマーの遺体をそっと撫でてやりながら、風呂敷の上に安置したリーニエは更に次に向かう。
「レーナ・・・・・・いつも私とエルゼの弓の鍛錬を覗いてたね。教えて欲しいなら、エルゼと一緒に扱いてやったのに」
「ニコラ・・・・・・貴女が当番の料理、とてもおいしかった。あの村にいたときに教わった菓子料理、お前にも教えてやれたらよかったね」
「ラルフ・・・・・・男の癖に泣き虫だったよね。玩具を無くしたときとか特に。その度に私が同じモノを模倣してあげててさ・・・・・・あっちでは、無くさないようにね」
直した男の子の手に、そっと模倣した玩具を握らせながら、話しかける。
当然、返事は返ってこない。
リーニエもそれは分かっている。
返事も、反応もないのに、そんな行為を続けるのは、魔族としては馬鹿げているだろう。意味のない行為だと同族からは首を傾げられるだろう。
それが分かっていても、リーニエは一人一人直していって、各々話しかけ続けた。
「オスカー、パウル、アンナ・・・・・・お前達、最初は私のこと特に怖がってたよね。ずっとアンジュに引っ付いててさ・・・・・・でも、段々私にも近付いてくるようになったときは・・・・・・今思えば、嬉しかったんだよ?」
最初は勿論、子供達全員がリーニエに好奇心を向けつつも、怖がられていたなとリーニエは苦笑する。
だが、段々と好奇心の方が勝り多くがリーニエに歩み寄ってくれてきた中で、この3人は特にそうなるまでに時間がかかったなと思う。
その後も、リーニエは一人一人の遺体を回り、同じように話し続けた。
たとえ体がバラバラになっていようと念入りに消毒と縫い付けを丁寧に行い、元通りの綺麗な体に戻してあげながら、過ぎ去った日々を振り返るように話しかけ続けた。
ひとりひとり、名前を呼んで、彼らとの思い出を忘れぬように、己の胸に刻み続ける。
「ありがとね、みんな。こんな私を受け入れてくれて・・・・・・私は、アンジュと同じ、みんなの“お姉ちゃん”に、なれていたかな・・・・・・?」
綺麗になった遺体が、身廊に次々と並べられていく中、残された遺体はついに最後の1人となった。
最後の1人に駆け寄るリーニエ。
鮮やかで長い金髪に、黒い修道服を身に纏った少女。
聖女のような笑みが似合い、この修道院の中心であった僧侶の少女。
「・・・・・・アンジュ」
その名を呟く。
うまく、言葉が出てこなかった。
あの時と同じだ。
言葉では言い表せない。いや、言い表したくない、のかもしれない。
出る言葉が思い付かず、その間に耐えきれなくなったリーニエは思わずアンジュの遺体を観察して・・・・・・目を見開いた。
「・・・・・・笑ってる?」
凄惨な目に遭わされたにも関わらず。
自分と一緒にいたせいで、命を落としたにも関わらず。
それでも彼女は、優しい笑みを浮かべながら、目を瞑って満足そうに眠っていた。
「あ、あぁッ・・・・・・」
崩れ落ちるリーニエ。
手に持ったバケツも、メスも、その他器具も床に落としてしまい、リーニエは両手で涙を必死に抑えた。
魔族の魔法をその身に受け、全身から血を流しながらも、それでもアンジュは、優しい、美しい笑みを浮かべたまま、息絶えていたのだ。
自分の死に際に、彼女がかけてくれた回復魔法を思い出すリーニエ。
きっとアンジュは、自分がまたここに戻ってくると分かっていた。
ここで死闘を繰り広げると、予想していたのだ。
さすがにフリーレンが来る所までは予想してなかっただろうが、それでも、あの時、寝ているリーニエにかけた願いが無駄にならないことに安堵して、笑ったのだ。
全ては、リーニエのことを想って、その奇跡を託せた、たったそれだけの満足に笑いながら死んでいったのだ。
「・・・・・・ずるいよ、なんで・・・・・・どうして、貴女は、そこまで・・・・・・」
────貴女に、何も返せてないのに。
────そもそも、こうなったのは、私と一緒にいた所為だというのに。
────なんで、そんな幸せそうな顔で、死ぬことができるの?
お人好しにも程があるよ、とリーニエは零す。
「・・・・・・でも、なんだか、貴女らしいや」
自分も、もし最期の時が来れば、あんな顔をして終われるだろうか。
誰かを助けることができたという、たったそれだけの満足で逝くことができるだろうか。
ともあれ、その笑顔に、リーニエもまた救われていた。
アンジュはきっと、満足して笑いながら死んでいったのだと、分かって。
その笑顔は、とっても綺麗だった。
「今、体の方も綺麗にするね」
落としてしまった器具を拾い上げ、新しい方へと交換して再びアンジュの遺体へと戻ってくるリーニエ。
祭壇の上に寝かせ、まずは汚れた修道服を脱がしてあげる。
次に血抜きを行い、肌に付着した血を酒をしみ込ませた布巾で念入りに拭いていく。
彼女の体から血が一滴もなくなった事を確認したリーニエは、その傷に、丁寧に針を通しながら糸で縫っていく。
なるべく、その肌に傷が付かないように、丁寧に、繊細に、塗り上げていく。
次に汚れた修道服を処分し、アンジュの私室から新しい修道服を持ってきて、それを着せてあげた。
気が付けば、汚れ一つない体で、綺麗な笑みを浮かべながら祭壇で眠る聖女がそこにいた。
器具を片付けたリーニエは、その祭壇の前に座りながら、アンジュの綺麗な顔を覗き見た。
「貴女は私に色々なモノをくれた」
「貴女の笑顔が眩しくて、私のために流してくれる涙が、愛おしくて・・・・・・いつだって貴女は、私に寄り添ってくれた」
いつだって、そうだった。
あの農園だって。
あの時、自分に“罪”について説いてくれたことだって。
あの日、傷だらけで帰ってきた自分を、泣きながら抱きしめてくれた時だって。
アンジュは常に、リーニエの傍で支えてくれた。
執行者時代にすり切れていた心を、アンジュは癒やしてくれた。
「たった、それだけのことに、今更気付くなんてね・・・・・・本当、鈍感だよね・・・・・・」
街の住民を竜の攻撃から庇って吹き飛ばされた時、初めて貴女の大切さに気付いた。
それから、貴女との触れ合いの中でようやく、子供達が私に向ける慕情に気付くことができた。
全部、あの地獄の中にはなかったこと。
それはまるで、あの村での日々を思い出させるようで。
それは本当に、幸せな日々でした。
「貴女のおかげで、私は私の本当の思いに気付けた。貴女が、本当の私を、見つけてくれたんだよ?」
そんな本当の私で、もっと貴女達と一緒にいたかった。
でも、貴女は言っていた。
きっと、奇跡のような時間なのだと。
その代償を払う時がやってきたのだと、でも、だからといって。
「ずるいよ、本当に。こうして私だけ、また生き残るなんてさ」
でも、きっと仕方ないんだよね。
残された以上は、立ち上がらないといけない。
立ち上がらなければ、今度こそ私はあの村の人達に、あの2人に、貴女達に合わせる顔がなくなってしまうだろうから。
この理想を目指した先に何があろうと、最期まで歩みを止めないと、そう誓ったのだから。
「・・・・・・だから、これで、お別れなんだね。アンジュ」
最期に、愛おしくアンジュの体を抱き寄せながら、リーニエはすすり泣く。
何分も、何十分もすすり泣いて、やがて泣きはらした顔をあげ、リーニエは優しく笑みながら言う。
「最期に、みんなでおいしい林檎、食べよ?」
そう言ってリーニエは、外に出た。
◇
子供達とアンジュの遺体を予め用意していた棺に入れたリーニエは、燃え残った農園を整地し始めた。
燃え残った林檎の木を避け、焼け焦げた木を伐採し、戦士の力で根っこから抜き取り、埋め立てる。
そうすると、全員分の棺がなんとか内に埋められるくらいのスペースを確保することができた。
生き残った木々の枝が丁度上から見守ってくれるくらいの割合で確保され、みんなの眠る場所としては丁度理想的くらいの良い塩梅となった。
農園の火を消してくれたフリーレンに再び感謝を抱くと共に、罪悪感が湧いてくる。
「・・・・・・フリーレンには、悪いことしちゃったかな」
バツが悪そうに笑うリーニエ。
だが、リーニエはフリーレンのことについては悲観していなかった。
憧れた人達の一人だからこそ、リーニエはまた彼女がどこかで立ち上がってくれると信じていたからだ。
農園を整地し終えたリーニエは、それぞれの棺の場所の土を綺麗に並べて掘っていく。
掘り終えると、棺を持ち上げ、掘った穴に納めては埋めていく。
最初にアンジュの棺を、その次には子供達の棺を次々と埋めていく。
次にどこからか調達してきた岩を用意する。
そして魔力で手元に戦斧を模倣し、戦士アイゼンの動きを模倣して、大岩をそれぞれ丁度良い墓石の形、サイズになるまでにカットしていく。
アイゼンの技の使い所を間違えているような気もしたリーニエだったが、死者を弔うためにその技を振るうことを、きっとアイゼンは許してくれるだろうと思い直した。
個々の墓石をカットし終えると、それを棺を埋めた場所の前に建て、そこに眠っている人達の名前をそれぞれ丁寧に刻んだ。
────Ange、Carl、Abel、Else、Elmar、Lena、Nicora、Ralph、Oskar、Paul、Anna、Ein、Kurz……。
他にも、リーニエと共に過ごした全ての子供達の墓を作り終わったリーニエは、林檎の木の上に登り、人数分の林檎を取る。
そしてそれを、それぞれ1個ずつ墓石の前に供え置き、やがて彼らの墓が全員見える位置に立った、リーニエは自分の分の林檎を手に取る。
「…………
一口、齧り付く。
途端に、前が見えづらくなった。
溢れてきたそれを片腕で拭い取り、リーニエは一口、また一口、赤い実を頬張っていく。
やがて、口から離し、まだ食べかけの林檎を見ながら笑う。
「あれ、おかしいな・・・・・・すごく、酸っぱい」
きっと、涙が溢れてしまうのはこの酸っぱさのせいなのだと当たりを付け、それでもリーニエはまた両手に林檎を優しく持ちながら、手放さないように丁寧に頬張る。
一口、一口、ナニカを噛みしめるように。
願わくば、この味が、目の前で眠っているアンジュ達にも届くように願いながら。
「ご馳走様、やっぱり酸っぱいね、みんな」
芯まで食べ尽くしたリーニエは、可笑しそうに、墓に眠るアンジュたちに笑いかける。
寂しそうに、おかしそうに、笑いかけた。
暫く、リーニエは寂しく笑ったまま、墓の下で眠るアンジュたちを見つめ続けた。
やがて、満足したように目を瞑り。
「────そろそろ、行かなくちゃ」
踵を返し、背を向ける。
見送る彼らの姿を背中越しに幻視しながら、リーニエは、今度こそ最期の別れを告げた。
「さようなら、みんな。絶対、忘れないよ」
優しく言い放つその背中の奥にある表情を、我々が伺い知ることはできない。
今分かるのは、今度こそリーニエは、彼らに本当の別れを告げたことだけだった。
そのままリーニエは、アンジュたちに背を向けながら修道院の敷地を出て行く。
そんな彼らをリーニエが振り向くことは、二度となかった。
◇
ザッ、ザッ、ザッ、と雪道を歩く。
さっきまでリーニエが行こうとしていた道とは逆の方向を、リーニエは目指していた。
北を目指すことは、既に頭になかった。
リーニエが北に向かおうとしていたのは、あくまであの村に戻り、自分の原点を知ることにあった。もしくは執行者に戻り、再び魔族を内側から狩り続ける生活に戻るためか。
だが、その前に、リーニエはこの南ですべきことがあった。
・・・・・・北に向かうのは、当分先になるだろう。
「・・・・・・積雪も、もうそろそろ終わりだね」
融けかけの雪が葉から落ちていくのを目にしたリーニエは、そう呟く。
再び雪は溶け始め、この冷えもおさまっていくだろう。
ならば、その先はどうなるか、目に見えている。
雪が解け、季節が戻ってくれば、冷戦が終わり、また戦乱の世が戻ってくる。
また、あの地獄がこの南側諸国の各地で跋扈するようになる。
機を伺い、力をため込んでいた愚者達は、一斉に暴れ始めるだろう。
溶けかけの雪は、その前兆であった。
ならば、それを無視するわけにはいかない。
全てを救えるとは思っていない。
もしかしたら、執行者時代よりも救える人達は少ないのかもしれない。
それでも、自分の目に映る世界では、今度こそ誰もが幸福であってほしかった。
なら、行かなくちゃ。
『本当に行くのか?』
立ち止まる。
男の声が聞こえる。
それが何者であるか、今更問うまでもない。
『その先が、矛盾に満ちた道だとしても?』
「・・・・・・うん。たとえ、この先後悔しかないのだとしても」
答えるリーニエ。
それに対し、男はため息をつき、言葉を続けた。
『後悔しない事と、間違わない事は、まったくの別物だ』
「・・・・・・」
『私もそうだ。己は間違いではなかったと答えを得た後でさえも、後悔は消えなかった。それを知っても、尚進み続けると?』
「・・・・・・うん。どうせ後悔するなら、せめて間違わないで、後悔したいから」
リーニエの言葉に、男は困ったように逡巡しているようだった。
男の人生が具体的にどういうものだったかを、リーニエは知らない。
彼から貰ったのは、ただ“無限の剣製”という心象の性質のみ。貯蔵した武器も、積み重ねた罪も、抱いた理想も、多少の影響こそ受けれど全てはリーニエ自身が歩いた末に出した答えなのだから。
『・・・・・・なら、私からはもう何も言わん。せめて、見失うことだけはするなよ?』
「うん」
諦めとも、激励とも取れる言葉を受け取ったリーニエは、淡々とソレを受け取る。
その次に、同じ人物の、別の声が聞こえた。
『だから、精々手放さないようにと言ったのだ、模倣者めが。よりにもよって一番守りたいモノから距離を取ってどうする、この馬鹿者が』
「・・・・・・本当に、そうだね」
腐った男が、現れ様に放った嫌味の罵倒に、リーニエは返す言葉もなく頷く。
せめて、自分が離れることがなければ、あのような結末にはなっていなかったのだと今更ながらに思う。
自分と一緒にいると危険だから離れるのではなく、それでも守るために共にいるべきだった。
でも、全てが遅い。
「でも、それが立ち止まる理由にはならない。確かに失ったけど、同時に気付かせてもくれたんだ、この願いに」
立ち止まる様子を見せないリーニエに、罵倒した男は勝手にしろといわんばかりに鼻をならし、以降喋ることはなかった。
『なら、行かなくちゃな』
最後に、あどけない少年の声が聞こえる。
先ほどの2人の男の声とは違う、理想に潰される前の、若い彼の声が、リーニエに発破をかける。
『君自身の願いと、彼女の願いのためにも』
「うん」
その発破を受け取ったリーニエは雪道を再び歩き出す。
その背を3人の男達に見守られながら、自身も託されたソレを背負い、歩き出す。
これからが、本当の地獄だろう。
だが、リーニエは決して臆さない。
進むと決めたのだ。たとえもう、ソレを名乗る資格がないのだとしても────。
まずは、この南側諸国の戦争を止める。
行く先々の、目に映る人々を救ってみせる。
────さあ、なりに行こう。
────正義の味方に
とりあえず、何とか一区切りついた感じで。
次回の更新は未定です。
南側戦乱篇を書くか、それとも一気に原作時間軸まで飛ばすか考えていないので。
憑依経験についてはどうするか悩みましたが、エミヤのように直接的な共感はできないものの、流れ込んできた記憶の映像の中の魔力の流れを『
アニメでとうとうレヴォルテが登場するようですね。
解像度の上がった「神技の砕剣」がどんな感じになるのか、気になります(だから気になるとこそこかよ)