暗がりの世界に閉じこもったフリーレンの心の内、未だあの戦いの映像を何度も再生していた。
自らの心象世界を映し出す魔法────そんな魔法を扱う魔族との戦い。
それは、フリーレンにとってはただの戦いではなかった。
自ら引き返せない道を選んだ自分の正しさを、何が何でも証明しなければならない戦いだった。
縦えそれは、かつての恩師であるフランメの教えを殺し、勇者ヒンメルの意思を殺すことになったとしても、自分が前に進み続けるためには何としても勝たねばならない戦いだった。
でも、己は負けた。
徹底的に殺さないように手加減されながら、自らの大切なモノを殺していく己を、詰め将棋のように追い詰められ、敗北した上で惨めに見逃された。
あの戦いを、フリーレンは忘れることができない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
聖都シュトラールの教会の部屋に閉じこもってから、既に1年が経過しようとしている。
だが、フリーレンは一度も部屋の外へ繋がる扉の取っ手に手をかけることはなかった。
フェルンやハイターによって毎日運ばれてくる食事を辛うじて口にすることになり、それによって無気力に生きてきた。
死にながら、フリーレンは生きてきた。
1年・・・・・・それはエルフであるフリーレンにとっては瞬く間の時間であったが、人間にとってはそうではない。
一度それを思い知っておきながら、それでもフリーレンはこの1年を無為に過ごしてきた。
このまま2人が運んでくる食事に手を付けることがなければ、自分は惨めらしい最期を迎えることだってできるのに、そんな度胸すらなくだらだらと時間を消費し続ける自分が、フリーレンは嫌だった。
ならば、さっさと外に出ればいい。
後悔なんて捨てて、全てを忘れて・・・・・・また未知の、下らない魔法を求めて旅に出るがいい・・・・・・それを簡単に決意できていれば、どれだけ楽なことか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・魔法、なんて・・・・・・・・・」
だが、フリーレンはもう魔法なんてモノに興味が持てなかった。
いや、正確には興味を持つ資格など、もうないと思っていた。
(・・・・・・・・・・・・・・・滑稽だ・・・・・・本当に・・・・・・
いや、理解せず、ただ無意味に魔法を知ることだけに、フリーレンは消費してきた。
かつてフランメはフリーレンに言った。
これから人間の時代がやってくると。
魔法が魔族や一部の魔法使いたちだけのモノではない。
魔法を身近とした人間たちは、これから次々と新しい、下らない魔法を生み出していくだろう。
その下らない魔法を集めるのが、フリーレンは好きだった。
これから生まれる、人間たちが作る魔法を、フリーレンは常に心待ちにしながら旅を続けてきた。
そうだ、あくまで、人間たちが作り出す魔法に。
(・・・・・・結局、私は、
魔法にしか興味が持てない自分が嫌になった。
その魔法で何もできなかった自分が嫌になった。
だからフリーレンは、もう魔法を嫌いになるしかなかった。
嫌いになることでしか、今までの己を否定することでしか、フリーレンは己を保つことすらできなかった。
自分の正しさを証明するために、大切なモノ全てを否定して間違え続けるという矛盾。
『魔法の世界では、天地がひっくり返ることさえある』
かつて神話の女神様にもっとも近いと言われる魔法使いに、フリーレンはそんな言葉を貰ったことがある。
あぁ・・・・・・そうだ。
文字通り、天地を引っ繰り返した魔法の世界に、フリーレンは敗北したのだ。
あの、『剣の丘』に。
「・・・・・・ッ」
あの世界を思い出す度に、フリーレンの体が小振りに震える。
まるで怯える小動物のような仕草。
勝ちようのない、覆しようのない恐怖。
そこで味わった屈辱と、悔しさ。
あの世界で、魔法使いが生き残ることは極めて困難だ。
どれだけ強力な魔法を持とうが、その前に、先に用意された剣群によって為す術なく殺されてしまう。
特に、フリーレンの場合は、魔法を使う瞬間に一瞬だけ魔力探知が途切れるという致命的な弱点を抱えているため、あの世界が牙を向く、“後”の“先”の瞬間にまったくの無防備になってしまう。
それに加え、それらの剣群の多くはフリーレンにとっては見覚えのあるモノだった。
かつてヒンメルたちと共に多くの迷宮を踏破し、解放した宝物庫に眠っていた宝剣たち。
それらは正に、フリーレンにとってはヒンメルとの思い出の象徴にもなりえる光景だった。
だが、その光景が、その象徴そのものが、一斉にフリーレンに牙を剥いた。
あの『剣の丘』は正に、フリーレンという存在を徹底的に殺すためだけに存在する世界なのではないかと。
今まで時間を浪費し、人間たちを知る機会を悉く無意味に消費した己を裁くためだけに用意された処刑場だったのではないかと、そんな思いさえフリーレンの中には芽生えていた。
ならばいっその事、その通りに断罪して処刑されていればよかったのに・・・・・・。
(・・・・・・・・・・・・なんで、私は、生きてるんだ・・・・・・)
自分の掌を見つめる。
死人のように白い手はそれでも、脈という生命の鼓動を残している。
(・・・・・・なんで・・・・・・私を生かしたッ)
その次に頭に思い浮かぶのは、あの桃色の髪の魔族。
もう既に、自らの否定の象徴としてフリーレンの中で確立されてしまったあの魔族の顔が、フリーレンの中に思い浮かべられる。
その幻影に向かって、フリーレンは泣きそうな顔で問うた。
(あれらの剣があの世界にあるって事は・・・・・・お前は、見てきたんだろう? 私達の旅路を、裏からずっと・・・・・・ずっと私達に気付かれる事無く・・・・・・そうやって・・・・・・ヒンメルとの時間を消費した私をッ)
そんな自らの醜態を、あの魔族はずっと見てきたに違いない。
そんな魔族が作り出した心象世界が正に、フリーレンの全てを否定する体現のような物だというのならば、なぜ自分は今も生きている。
(・・・・・・そうまでして、嘲笑いたいのか、お前はッ・・・・・・)
そんな世界を見せつけて尚、自分を生かす理由など、それくらいしかフリーレンは思い浮かばなかった。
そんな考えに至った時、フリーレンの胸に去来したのは空しい安堵だった。
(・・・・・・なんて、最高に悪趣味な魔法だ。あぁ・・・・・・やっぱり、魔族の魔法なんじゃないか。やっぱりアイツは魔族なんだ・・・・・・なら私の行動に間違いなんて・・・・・・)
纏まりすらない。そんな滅茶苦茶な思考をした所で、その更にその思考はピタリと止まった。
(・・・・・・間違い、なんて・・・・・・)
フリーレンは思い出す。
あの『剣の丘』を。
殺風景な荒野に延々と突き刺さる無限の剣。
枯れた木々。
(正に、魔族に相応しい世界じゃないか。自分を研鑽する剣以外全て不要な世界。必要としない世界・・・・・・暖かさも思いやりもない・・・・・・心なんてない・・・・・・魔族にとって不要な物を、全てそぎ落としたような・・・・・・)
自分を正当化させるための思考が止まることはない。
相手は魔族なのだからと。
自分の行動は間違っていないのだと。
だが、そこまで思考しても、やはり引っかかってしまう。
(・・・・・・じゃあ、なんで、何もないんじゃなくて・・・・・・『枯れた木』があるんだ・・・・・・。魔族の精神性なら・・・・・・そもそも最初から木なんて・・・・・・それが、枯れてるってことは・・・・・・)
『所詮、失ってから気付いた────半端者だ』
もしあの言葉が、自分に向けられたモノでなかったとするならば。
その世界を明確にイメージできるということは。
────あの魔族もまた、“何か”を失って、その喪失を心の中で抱え込んでいるという事なのでは?
────じゃあ、その“何か”とは何だ?
フリーレンは思い出す。
あの魔族と戦う前の光景。
(あの時・・・・・・修道院に入る前、アイツのモノじゃない、大きな魔力の探知が消えたのを感じた・・・・・・そして・・・・・・残っていたアイツ)
次に思い出すのは、魔族に襲われて殺されたあの修道院の僧侶や引き取られていたであろう子供たちの遺体。
(アイツが守ろうとした・・・・・・僧侶や、子供たちの遺体・・・・・・)
そして、次に思い出すのは、あの女神の魔法。
(アイツを蘇らせた・・・・・・おそらくあの僧侶が遺した、回復魔法・・・・・・)
そして、冷静になったフリーレンの中に、1つの解が生まれる。
ともすれば、それはフリーレンにとっては何に代えても認め難い事実。
いや、その事実を認めるわけにはいかなかったから、そもそもフリーレンは今までの大切なモノを蔑ろにしてでもあの魔族を殺そうとしたと言って良かった。
「・・・・・・アイツは・・・・・・あの修道院を襲撃した魔族たちの・・・・・・一味じゃ、なかった・・・・・・?」
震える口で、その解が導き出された。
錯乱している一方で、大魔法使いたるフリーレンの頭脳は否が応でも論理的にその解を補足するかのように、次の事実が頭に思い浮かぶ。
(そもそも・・・・・・あんな拙い魔力制御をしていた奴が、魔族たちの一味に入れるとは思えない・・・・・・そんな魔法を侮辱するような魔法使いを・・・・・・彼奴らが許す筈がない)
そんな彼らの気持ちは、フリーレンが誰よりも分かっていた。
魔力制御を行い、魔力量を誤認させ、魔法使いとしての力量を隠し、油断した所で不意を突く。それが魔族達にとって、否、魔法使い達にとってどれほどの屈辱と侮辱行為に当たるのかを、それを行うフリーレン自身が誰よりも知っている。
よりにもよって同族がソレを行っているという事実を、彼らが認める筈がない。
そんな同族を、彼らが自分達の一味として迎え入れる事などあろう筈がない。
(修道院に入った時に目に付いた・・・・・・アイツの手に握られていた・・・・・・ダッハの宝剣。・・・・・・入る直前に消滅した、1つの大きな魔力反応・・・・・・私が入る前から・・・・・・“アイツ”は何かと・・・・・・戦っていた・・・・・・?)
魔力の大きさからして、恐らく襲撃した魔族たちを率いる存在だったのではないかとフリーレンは今にして思う。
あの大きさはきっと大魔族か、それとも将軍クラスか。いずれにせよ、それに匹敵する魔力量であったことは間違いない。
そして、フリーレンはあの桃色の髪の魔族の力量を思い知っている。
アイツの技量ならきっと、縦えあのクラスの魔族であっても打ち倒す事は可能だろうと。
ならば、なんでアイツは態々・・・・・・あの修道院の中で、その魔族と戦っていたのだ?
そんなの答えはもう・・・・・・1つに決まっている。
(・・・・・・まさか、あの僧侶と、子供達を・・・・・・守る、ため・・・・・・?)
それでも守れなかったからこその、あの枯れ木なのだとしたら・・・・・・納得しうるに十分な判断材料だった。
それが、魔族でなかったら。
・・・・・・でも、結局アイツは魔族だ。
(有り得ない・・・・・・そんな事・・・・・・万が一にも有り得ない・・・・・・でももし、仮に、そうだとしたら・・・・・・)
────私は結局、
そんな思考が、過ぎってしまう。
今まで正しいと信じてきたものを、また行った結果、あの場の全てを踏みにじっていたのは、自分の方だったのではないかと・・・・・・そんな思考が、過ぎってしまった。
「・・・・・・違う・・・・・・」
でも、そんなの認められない。
「違う、違う違う・・・・・・違う!」
両手で押さえた頭を必死に振りかぶりながら、フリーレンは自らの中に浮かび上がった思考を必死に否定する。
「・・・・・・だって、結局、魔族じゃないか・・・・・・私に、あんな呪いまで、刻み込んで。よりにもよって、呪いを纏った剣で私を斬って・・・・・・その呪いで・・・・・・私をシュトラールまで辿り着くまで苦しめて・・・・・・待って・・・・・・・・・・・・・・・“呪い”?」
今まで何度も繰り返してきた否定の末、フリーレンの頭の中にまた1つの考えが過ぎる。
今の今まで忘れていたが、あの時、あの桃色の髪の魔族が最期に自分に振るったあの剣・・・・・・彼女は《暗黒竜の骨刀》と言っていた。
「・・・・・・あの骨刀が纏っていた瘴気・・・・・・今考えてみれば恐らく・・・・・・暗黒竜の角の瘴気と同質のもの・・・・・・」
同じ魔物を素材に作り出した魔道具であれば、当然その結論には辿り着く。
だが、今まで暗黒竜の角が纏う方の黒い瘴気には何の効果も確認できていなかった筈である。
「・・・・・・違う、効果がないんじゃ、ない・・・・・・恐らく弱いだけ・・・・・・それが実感できない位に・・・・・・だから今まで魔道具として問題なく、流通してた。でも、あの骨刀の方は違う・・・・・・」
斬られた箇所からたちまち、傷口に残留した黒い瘴気がフリーレンの体を侵食し、その肌を暗黒竜の鱗と同じものに置換させていった。
幸いその呪いこそ、ハイターのおかげで解呪できたものの、教会に着くのがあと少し遅れていれば、呪いをレジストするための魔力も尽き、フリーレンは全身を黒い鱗に変えられながら惨死していた事だろう。
だが、今問題なのはそこではない。
「・・・・・・じゃあ、強弱は違えど・・・・・・同じ、モノ、なら・・・・・・」
ある答えが、フリーレンの中で更に導き出される。
だが、それは今度こそ彼女の頭の中で導き出されてはいけないものだった。
「・・・・・・ヒンメルの老いが、早かった原因は・・・・・・・・・・・・私が預けた・・・・・・」
その弱い呪いは、発症には至らない位には弱いものだろう。
だが、ヒンメルは、フリーレンから預かっていたソレを、身近なタンスの中にずっと大切に仕舞っていた。
その漂わせる黒い瘴気を身近に、ヒンメルは50年も暮らしていた。
なら、呪い自体は発症しなくとも、何の影響もない筈がない。
「・・・・・・あ・・・・・・あぁ・・・・・・」
その答えに辿り着いたフリーレンは、胸をかきむしりたくなる両手を強く握って抑えながら、嗚咽の声を漏らす。
「・・・・・・・・・・・・・・・バカ・・・・・・だから、納屋にでも放り込んでくれればいいって・・・・・・そう、言ったのに・・・・・・私は、ヒンメルに、なんて・・・・・・事を・・・・・・」
彼との時間の大切さに気付かず、彼と過ごせる時間を蔑ろにするだけでは飽き足らず、自分は彼自身の時間すらも奪っていたのではないかと、そんな最悪の考えが出てくる。
実際、あの呪いを直に味わい死ぬ一歩直前だったフリーレンにとって、その考えは現実味を濃く帯びていた。
確定事項ではない。
あの瘴気なんて、ヒンメルの早逝とは関係ないのかもしれない。
でも、一度浮かび上がった考えは最早止まらない。
『そうはいかないよ。君にとっては軽い気持ちで預けたものかもしれないけれど、僕にとっては大切な仲間から預かった大事なものなんだ。いつか君にこうして返すべきものだったんだ』
きっとヒンメルならば、縦えそれが分かっていたとしてもそう言っていたであろう事が容易に想像できてしまい、だからこそフリーレンは耐えられなかった。
この瞬間でさえ、まるで彼に甘えてしまっているようで、そんな自分に反吐が出た。
「あぁ・・・・・・」
「アアァアアァアァアァアァアァアアアアァアアアーーーツ!!!!!」
とうとう、フリーレンは発狂の声を上げてしまった。
木霊する慟哭の発狂。
自らの大切なモノを殺し、自らの行いが間違っていたのではないかと疑念を抱き、心身ともに追い詰められ煩悶の釜の底に突き落とされた彼女に、追い打ちをかけるかのように浮かび上がった推測。
自己嫌悪と罪悪勘で押し潰れたフリーレンは、もう、まともな言葉すら発せられず、狂ったように声を挙げるしかなかった。
そして当然、その声が部屋の外にいる外野たちにも聞こえないわけがなかった。
「フリーレン様、一体どうされて・・・・・・ッ!?」
フリーレンの悲鳴のような慟哭を聞きつけた幼いフェルンが入ってくる。
1年の歳月を経て背が伸びたフェルンとフリーレンの身長差は既に十数センチ程縮んでいる。
そんなフェルンが部屋に入るや否や、ベッドの上で頭を押さえ、のたうち回るように暴れるフリーレンを見たフェルンは顔面蒼白となり、急いでフリーレンの方へと駆け寄った。
「フリーレン様、どうか落ち着いて────!?」
フェルンがそう言いながら差し伸べた手を、フリーレンは振り払った。
パシ、と高い音と共に。
ゼェ、ゼェ、と息を挙げながら、フリーレンは怯えたような表情で、フェルンから視線を逸らし、蹲った。
「・・・・・・来ないで・・・・・・」
「え?」
「お願い!来ないで!」
エルフの叫び声が木霊する。
その勢いにフェルンは圧倒されたまま、思わず後ずさってしまった。
「・・・・・・お願い・・・・・・だから、もう・・・・・・私に構わないで・・・・・・」
フリーレンの自己嫌悪は止まらない。
もうどう生きようが、フリーレンは己の罪を雪ぐ方法が思い付かなかった。
あの桃色の魔族との戦いに敗れてから、フリーレンの中で全てが狂った。
悪夢と化した思い出、罪悪感と自己嫌悪に苛まれる毎日、頭から離れることのない、己の罪の象徴たるあの『剣の丘』。
全てが、フリーレンにとって己を苦しめる責め苦でしか最早なかった。
「・・・・・・お願い・・・・・・もう・・・殺してよォ・・・・・・」
呆気に取られるフェルンを見上げながら、フリーレンはそう懇願した。
1番書きたい所(無限の剣製発動)を書いてしまったせいかな・・・・・・続きが思い浮かばず、書くとしたら結局フリーレン曇らせになってしまう現状・・・・・・いい加減どうにかしなければ
主人公のリーニエも長いこと曇らせちゃってたし、その次に曇らせられるフリーレン・・・・・・あれ、この小説の主人公ってフリーレンだったのかな(白目)
一応、この後の展開の構想みたいなモノは確かにあるんですがね・・・・・・。
21話の挿絵を修正したモノに差し替えました。
詳しくは此方 → https://www.pixiv.net/artworks/146377971
修正前の挿絵も右の方に残してあります。