『正義の味方』になる。
本当に全てを救えるとは思っていない。でなければ、執行者という存在だって生まれない。
でもせめて、今度は見えない誰かのために目の前の誰かを殺し尽くすのではなく、己の目に映る世界では、誰にも涙してほしくはないから。
人の悪辣さなど、十分に身に染みている。
執行者時代の自分を利用し、同じ人間達を散々使い潰した北側諸国の役人たち。その中でも特に帝国は酷いものだった。そんな雇い主と殺し屋のような関係の中で知った、影の戦士を始めとした暗部の存在。実際、自分を利用するだけ利用して最後に影の戦士を差し向けてくるといった行為など数え切れなかった。だがそんな彼らも、結局はリーニエが利用した人間たちと同じ末路を辿った。
そんな彼らの屍を何も思う事も無く見下ろす自分も。
どれも反吐が出そうだった。
そんな影の戦士たちや、私を利用するために使い潰された若い兵士たちの事を考えれば、私は目の前の最も救うべき人間たちをこそ、その手でそぎ落としてきた。その癖、その行為で救われた人間達の営みを見掛けては、無自覚に安堵してしまっていた。その行為で失われたモノが、まるで補われたかのように、己もまたそれで勝手に救われたような気持ちになっていた。
それが間違いであると、アンジュたちのおかげでようやく気付くことができた。
なら、今度こそ間違わないために進まなきゃ。
その道は、きっとアンジュが私に進んで欲しい道ではないことは承知だ。
でもそれを知った上で私に生きて欲しいと願ったのもアンジュだ。
なら私がすべきことは、私が生きた上で、この抱いた理想のために進み続けること。
今更、間違いを取り消せはしない。
侵した間違いは、決してや消えやしない。
あの2人・・・・・・『お父さん』と『お母さん』を食べた時の味は、今でも口の中に残っている。
後悔だって消えはしない。
でも、消す必要もないのだと、気付かされた。
失ったのであれば、その後悔も含めて大切なモノの筈だから。
だから、私は決して忘れない。
奪った物も、失った物も、この胸に全て抱えながら、この理想を追いかけると決めた。
でも、その前に1つだけやることがあった。
気掛かり、とも言うべきか。
だから、正義の味方になりに行く前に、私はある場所へと向かった。
「お主・・・・・・何だね、その・・・・・・魔力がカラッカラだぞ?」
「開口一番に痛い所を突くね」
番兵さんの案内で屋敷の部屋へと入った私は、そこで開口一番に言われた言葉に苦笑するしかなかった。
仕方ないじゃないか。
相手は何せあの『葬送』のフリーレンなのだ。
私が憧れた勇者一行の一員にして、長き時を生きるエルフの魔法使い。
それを殺さないように気を使いながら追い払うともなれば、この程度で済んだのは安いものだ。
苦笑してくる私に対して、長老さんの瞳には私を案ずるような目線と、そして僅かな警戒が含まれていた。
まあ、こんな魔力がからっきしの状態で新しい死の匂いも付けてきたとあらば、元カンム一族のこの人が警戒しないわけがないよね。
・・・・・・でも、もう決めた事だ。
現状、頼れるのがこの人しかいないのだから。
私の正体を知りながら、それでも私がこの街に出入りすることを許してくれたこの人だからこそ。
「・・・・・・今日は、お願いがあって来た」
「一体、どんな用事じゃ?」
訝しげに問う長老。
如何に目の前の魔族が例外といえど、こんな夜中にたった1人で、衛兵に気付かれることもなくこっそり自分の所まで乗り込んできてまで来る用事と来れば身構える他ない。
それに、何となくだが、嫌な予感がした。
この少女が訪れる前から、漠然と長老はその予感を感じ取っていた。
「私はもう、ここを去らなければいけない」
その一言に、長老さんの目が少し見開かれた。
しかし、言いたい事を言わずにごくりと、その息を飲み込むような音が私の耳に入る。
只でさえ恩人である私に、止める権利などないと向こうは考えているのだろう。
でも、その剣も込みでの相談である。
「安心して」
そんな長老の様子が少し可笑しくなって苦笑しつつも、私は諭すように、長老がまず一番気になっている憂いを取り払うことにした。
「あの竜に関しては、私がちゃんと釘を刺しておく。一度、力関係を分からせた後なら言うことを聞かせるのは容易い」
それに、あの時は披露できなかったが、私の結界内の貯蔵の中には竜殺しの宝剣だってある。その前に先走って「
「・・・・・・そうか、いや、すまん。元々、そんな義理などお主にはないというのに。元々、儂等に恩人であるお主をここに縛り付ける権利などないというのに、そこまで、してくれるのか」
「礼はいらない。この街の人達が傷つくのは私だって見たくない。だから、出て行く前に出来る限りのことはしたい、それだけの話だから」
私の言葉に、長老はさらに驚いたように目を見開く。
私の言葉を疑っているわけではない、しかし、その頬には冷や汗が流れていた。
「・・・・・・本当に、何があったんじゃ?」
「・・・・・・私の言葉自体は疑わないんだね。カンム一族ともあろう者が、魔族の言葉をそんな簡単に信じていいの? 今の私は、雀の涙程度の魔力しかない。危険な魔族を逃がしたくないなら、ご自慢の一族秘伝の魔法で封印するなら今だよ?」
「そんな事する訳がなかろう!!」
私の言葉に、長老の声が張り上げられる。
その迫力に、今度は私が喉を鳴らす番になった。
ピリピリと、罪悪感、嬉しさの両方が同時に湧き上がってくる。
・・・・・・あぁ、こんな感覚、執行者の時の私では感じることはなかったな。
いや、感じていながら、見て見ぬフリをしていたと言う方が正しいのか。
アンジュ以外にも、私の言葉をこんなにも信じてくれる人間がいるなんて。
「・・・・・・ごめん、ちょっと、悪趣味な言葉だった」
「・・・・・・いや、儂も怒鳴ってすまん。お互い様じゃ」
あぁ、やっぱり駄目だな。
アンジュ達を守れなかったとはいえ、少し、自罰的になりすぎてしまっているかもしれない。だからこそ、先ほどの言葉が漏れてしまった。
前を向いて、理想を目指すと誓ったのに、未だこの調子では先が思いやられる。
今の私に、自分を責めるなというのは土台無理な話。
それでも、今からでもやり直すと誓った以上、それに捕らわれてばかりでは行けない。
────私は、『正義の味方』になるんだ。
「ありがとう、私の言葉を信じてくれて。・・・・・・今から、何があったのか、全部話す」
「・・・・・・」
アンジュの事も、子供達の事も。
魔族が襲来してきた事についても、私という執行者についても。
そして、フリーレンとの戦いの事も、私が抱いた
それを踏まえて、私は頭を下げて、『お願い』を言った。
「・・・・・・お願い、します。貴方しか、頼れる人がいないから」
「・・・・・・分かった」
────達者でな。
窓から飛び降りて屋敷から去って行く私の背中を、長老はそんな言葉をかけて見送ってくれた。
不憫と、やりきれない自責の目線が背中に突き刺さるのを感じた私は、思わず振り返って窓から此方を見下ろす長老を見上げる。
私はそんな長老に軽く微笑んで、今度こそ街を出た。
◇
「・・・・・・本当に、度し難い事じゃ。あんな目を見せられては、引き留めることも出来ぬ。あの目は、あまりにも眩しすぎる」
窓下の少女の背中を見送りながら、長老は顔を俯かせて呟く。
長老は過去、一族の一人として魔族を封印することに己の生涯を費やしてきた。
だが、そんな長老を以てしても、あの魔族の少女の目はあまりにも眩しすぎた。
漂う血の匂いなど、長老が若い頃封印してきた魔族たちとは比べ物にならぬ。だからこそ長老はあの少女を警戒した。
そんな長老を以てしても、あの目を持つ少女を引き留めることはできなかった。
これからも、少女は多くの血を浴び続けるだろう。
今まで、少女が犯してきた間違い、過ちと同等か、それ以上の夥しい量を浴び続けるだろう。
その地獄は、彼女が執行者として歩んだ日々の比ではないことは、容易に想像できる。
その更なる地獄を、少女は今度は紛れもない自分の意思で歩き抜くというのだ。
その地獄を歩きながらも、届かないと知りながらも、少女はそれでもその“理想”を追いかけるというのだ。
あろうことか、それを魔族の少女が宣言したのだ。
その宣言を、在り方を、誰もがみれば“擬態”でしかないと宣うだろう。
いや、あまりにも非人間的すぎて擬態すら出来てないと
だが、長老は、少女の眼を見て分かってしまった。
確信してしまったのだ────この少女はきっと、止まることはないのだろうと。
心は折れない、どれだけ足掻き、地に伏せようとも、それでもあの少女はきっと敗北を認めないだろうと。
それが、とてつもなく悔しかった。
この街に留まる、と言ってくれなかった少女が。
あの日、あの竜の息吹からこの街の人間達をあの異様な盾で守り、そして、守った人々を見て
抱いた理想以上のモノを、この街に見出してくれなかったことを。
この街に留まらないのか、この屋敷に住んでも良い、仕事だって紹介する。衛兵たちへの教練、林檎を作りたいのであれば農場となる土地をやる、それも嫌ならのんびり生きているだけでもいい、この街で君を拒絶する者は誰も居ないぞ、と長老は少女を引き留める言葉を多様にぶつけた。
それでも、少女は呆気に取られた後、困ったように笑いながらも、それを断った。
当然だった。
少女が抱いた理想以上に大切なモノは、結局はあの焼かれた村の人々と家族か、アンジュと子供達くらいで、それを失ったのであれば、少女はそれでもその思い出を胸に理想を目指す他ないのだから。
ただ買い出しに行くことが多くて、交流も少しあった程度の自分達で、それほどの存在にはなれなかったのだから。
長老は、少女を引き留めることができなかった。
そして少女は、果てもない荒野を歩き出すのだろう。
「ああ、じゃが・・・・・・せめて、この願いだけは叶えてやらんとな」
そんな誰よりも優しく、そして誰よりも残酷な少女が唯一、自分に頭を下げて言った願いとあらば。
アンジュがリーニエに願いを託したように、そのリーニエもまたそんな自分を信じて願いを託してくれたというのであれば。
「女神様よ、アンジュの嬢ちゃんと子供たちに、どうか安息な眠りをお願いします」
────あぁ。今は街の皆にアンジュの嬢ちゃんの死を伝えるのが、一番怖いのぉ。
街を守ってくれた聖女の死。
彼女たちに襲いかかった悲劇。
それを伝えねばならないしんどさに、長老は胃を痛めるのだった。
そして一年後、その約束を果たす時がやってきた。
「お待ちしておりました。聖都からはるばる来て頂き、誠に感謝いたします、ハイター様」
1人の子供と、もう1人
戦火が飛び交う南側諸国中で、それでも中央諸国の聖都の司教を招き入れることができたのは、街を去った後も少女に釘を刺されて街の抑止力として在り続けた竜のおかげだった。
(・・・・・・いよいよじゃな。遅れて済まんかったな、アンジュお嬢さん、坊やたち。だがこれでやっと、あの子との約束が果たせそうじゃ)
『私も出来る限りの弔いはしたけど。ずっとあそこにいるわけにはいかないから』
いると、いつまでも離れられなくなりそうだから、と困ったように笑い出すリーニエの顔を思いだす長老。
『だから、貴方の伝手で、何処かの僧侶を招いて正式に弔って欲しいのと、それまでアンジュたちの墓を守って欲しいんだ』
その約束を果たす時が、いよいよ来たのだ。
きっと今も、この南側諸国のどこかで誰かのために戦い続けている少女との約束を。
◇
時はまた遡り、街を出たリーニエは岩の上に座りながら、雪が溶けかけて出来た水たまりに反射した自分の顔を見つめていた。
「これで良し、と」
手を下ろすと、そこにはフリーレンとの戦いで解けてしまった髪を、再びツインテールに結った自分の髪が映っていた。
「アンジュが結ってくれた時ほど上手く出来てるかは分からないけど、これならエルゼの奴も喜ぶかな」
今は亡き、短い間の弟子を思いながらリーニエはそう呟く。
そしてまた、あの日々に思いを馳せる。
この200年ちょっとの生の中ではあまりにも儚く、そしてあまりにも短い時間だった。
・・・・・・それでも、決して忘れない。
この思い出をずっと秘めて、歩き出す時が来たのだ。
「────
岩から立ち上がり、リーニエは黒い魔力から模倣した1本の宝剣を地面に真っ直ぐ突き刺す。
────ダッハの宝剣。
執行者時代からずっと、リーニエと共にあった愛用の剣だった。
「お前とも、長い付き合いだね」
その柄をそっと優しく撫でながら、リーニエは薄らと微笑む。
あの日、あの村を焼いた魔族の下に付いてから、この剣のオリジナルがその魔族の手によって盗まれた瞬間。
その瞬間に、それに付き従っていたリーニエもその剣の贋作を固有結界の内に貯蔵した。
コイツを手に入れたその日、その瞬間こそが、自分があの魔族に対して反旗を翻す狼煙となった。
前々から準備していたのもあるが、この贋作の剣を手に入れた瞬間、そして相手がオリジナルを手にして力に酔いしれている瞬間が、同時に絶好の機会となった。
リーニエの執行者としての生は、この剣と共に始まったと言っても過言ではない。
それから自分は、この剣で幾度となく死線を乗り越え、その度に間違いを重ね続けた。
魔族を惹き付ける性質を持つこの宝剣の性質故か、固有結界から魔法で取り出す際にも他の宝剣に比べて消費魔力は少なく済み、そして魔族である自分に対して対魔法、対物理、身体能力などあらゆる面で強化してくれるという恩恵を与えてくれていた。
必然と、リーニエがこの剣を愛用するのは無理もなかった。
そして他の、歴代にこの宝剣のオリジナルを盗み出した魔族たちと同様、リーニエもこの剣に強く惹かれているのを感じていた。
誘蛾灯に誘われる蛾なのは、リーニエもまた変わらなかった。
「上等だよ。そこまで私を放してくれないというのなら、お前も最期までこの
かつて名だたる魔族によって振るわれ、多くの命を奪ってきたこの宝剣。
それを今度は、多くの人々を守るために振るうのは、ともすればかつていた本来の担い手の魔族へのこれ以上ない皮肉とも言える。
そんな嫌味も込めての、これから苦楽を共にする相棒への挨拶の言葉をリーニエは語りかけた。
そして、宝剣を再び魔力の塵に戻した少女は、こうして荒野を歩き出した。
模倣武具紹介
【ダッハの宝剣】
もう何度紹介したか分からない上に、全話の模倣具設定集でも十分解説してるのにしつこいと思うかもしれないが、イメージ作成完了記念に解説。
オリジナルが例の魔族によって盗まれ、リーニエの結界内に貯蔵された瞬間から、その模倣のしやすさとバフ効果の便利さから一瞬でリーニエの相棒となった宝剣。
模倣武具設定集や9話のアンジュとの会話でも説明した通りに、魔族を惹き付ける性質を利用して時には、他の魔族をおびき寄せてブロークンファンタズムするゴキブリホイホイ戦法をやったりと割と散々な扱いもしてきたが、やはりリーニエが最も多く愛用する愛剣である。
以下、原作での登場コマを元にPowewPointで描き起こしたイメージ図↓
【挿絵表示】
そしてこの描き起こしたイメージ図をAI君に参照させて作り、今話で乗せた挿絵が此方↓
【挿絵表示】
配色とかはアニメ版を参照したりしなかったりしたけど、シルエットは原作に寄せてます。・・・・・・というか、アニメ版はやっぱり刀身が太くなりすぎてるッピ!!