剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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加速する執行

 

「お前、名前は何て言う?」

「・・・・・・リーニエ」

「リーニエか。いいな貴様。その魔力探知と脆弱な魔力。己の力では何も出来ない癖に、獲物の居場所を探る点においては一級品。まるで誰かの下に付いて役に立つためだけにいるような魔族だ。おまけに脆弱な魔力故に従えるのは容易く、裏切りの心配もない。

 いいだろう、貴様を我が軍門に加えてやる」

「・・・・・・有り難き幸せ」

 

 優美な動作で傅き、無表情で答えるリーニエ。

 このようなやりとりも、一体何回目になる事だろう。

 魔力を抑える事で従わせやすいと誤認させ、秀でた魔力探知というただ力の大小では測れぬ唯一無二の価値を以て自身を売り込む。

 それ以外に己にできることはないと、己にはソレしか価値がない。しかしその価値が部隊を率いる者にとって唯一無二であるが故に、リーニエが傅いた魔族の将軍は、リーニエの偽りの忠誠をあっさりと受け入れてしまう。

 

 魔斧を振るう将軍を討ってから更に数年。リーニエが数いる人類や魔族達にその存在を知られる事無く刈り取ってきた魔王軍の部隊の数は最早両手の指では数え切れない。

 その経験の密度は長きを生きる魔族でありながら名だたる戦士たちのソレを優に上回っている。停滞はなく、その経験と、合間に行ってきた弛まぬ鍛錬によって『模倣する魔法(エアファーゼン)』で模倣してきた戦士たちの技を己向けに鍛え上げ、剣製の精度も上げてゆく。

 

 そして――更にリーニエはそうやって得てきた己の力を、潜り込んだ魔王軍の部隊の面々に見せる事すらなくなっていった。

 己に何の力もないと思わせ、みせる己の手札は培ってきた魔力探知能力だけ。模倣し鍛え上げてきた戦士達の技も、ありとあらゆる武器を複製してみせる『武器を作る魔法』も見せなくなった。

 己の培った魔法に誇りを持ち、魔力の大小で上下関係を決する魔族達の中において、リーニエという存在は完全な異端と成り果てていた。

 

「が・・・・・・リーニエ、なぜ、貴様、ごとき、が・・・・・・」

 

 ・・・・・・そうして現在、何の疑問もなくリーニエを軍門に迎えた将軍が、同じようにリーニエの毒牙に掛かり、息絶えていく。

 リーニエの手に握られていた宝剣により真っ二つにされた将軍は、リーニエには最低限の自衛戦闘力しかないと思い込んでいた。

 故に、このように()()()()()()()()()()()()()()()程の斬撃を繰り出す宝剣を作り出せることも、ソレを使いこなす技量があることにも気付いてなかった将軍は、未だ現実を受け入れられないまま、魔力の塵へと消えていった。

 

「・・・・・・」

 

 将軍の死体が消えていったことを確認するリーニエ。

 

 

 

 

 

 ――――そして、その光景を見ていた第三者たちは困惑の渦に沈んでいた。

 

 

 

 

 

 先ほどまで、自分達が戦っていた魔族たちの内の一人が、こうして自分達の目の前で仲間を裏切り同じ魔族たちを一匹残らず斬り殺したのだから。

 意味が分からなかった。

 魔族は弱肉強食の社会だと聞く。このような裏切り自体は、おそらくごくありふれているものなのだろうと受け入れることは出来る。

 だがそれを個人で、しかも自分以外の全ての部隊を裏切るなど誰が想像できようか。

 しかも、その方法は仲間達が自分達人類と戦っている隙に、後ろから刺していくというモノ。裏切るという観点から見れば効率のいいやり方ではあるものの、結果として孤立無援を招いている。

 

 

「・・・・・・何なのだ、彼奴(あやつ)は?」

 

 

 彼らの先頭で、血濡れた宝剣を携えて佇むリーニエの姿を見て、そう呟くのはここで戦っていた帝国軍の部隊の隊長だった。

 彼らの隊長として、男は進軍する魔族の後ろで彼らに指示をしていたリーニエに最大限の警戒をしていた。

 だが、それは決してリーニエの戦闘力を警戒していた訳ではない。仲間の魔法使いの言では彼女の魔力は一般の魔族並で、直接的な脅威とは誰も見做していなかった。

 彼が警戒したのは、リーニエの異常なまでの探知力だった。どのように姿を隠そうともその魔力感知で場所を見抜かれ、たとえ魔法で姿そのものを見えなくしようとも、彼女の眼はその魔力の流れから間接的にその姿形を視認する。

 彼女の五感による探知から逃れることは至難の業であり、潜伏していた仲間達は次々とリーニエに見つかった。そしてその居場所を知らされた仲間の魔族達により、奇襲を伺っていた部下達は為す術なくやられていった。

 

 仲間の魔族達も彼女の指示には何の躊躇もなく従い向かっていた事からも、その能力の信頼ぶりが窺える。

 だから、どうにかしてまずはリーニエを討とうと仲間たちに指示を出そうとした矢先に――この異変が起こった。

 自分達に気を取られていた魔族達は、後ろで獲物の場所を知らせていた筈のリーニエの突然の裏切りによって、次々と後ろから討たれて、瞬く間に壊滅した。

 将軍級すら斬り殺してみせる程の業物と技を以て、それを1人で成し遂げた。

 

 もしこれを行ったのが人間なのだとしたら、ソレはどれだけの偉業なのだろう。

 元々限りなく勝ち目の薄い戦いだったことを考えると、この結果は奇跡以外の何物でもない。

 

 でも、それを行ったのは、まだ年端もいかない少女の姿をした魔族だ。

 困惑で頭が破裂しそうだった。

 

 

 そして――――消えていく将軍の魔族の体を看取っていたリーニエの眼がゆっくりと、彼らの方へ向けられる。

 何の光も映さぬ無表情。華奢な躯ながらも、儚い薄桃色の髪を下ろした美少女。見る者によってはそれだけで魅了されてしまうだろうが、それこそが魔族達が人間達を欺くために手にした姿であることを彼らは知っている。

 まるで先ほどまで仲間の魔族達に向けていた殺意などが噓であるかのように、その表情には何もない。

 

 

 

 ――――ドクン、と隊長の胸に悪寒が走った。

 

 

 

 あの眼には覚えがある。

 あれはこれから殺す獲物に向ける目ではない。

 あれは――――

 

 

 ――――コレカラ掃除(後始末)ヲ行オウトスル者ノ目ダ。

 

 

「ッ、全員、ここから逃げ―――!!」

 

 その目を見て確信した隊長は後ろに振り向き、部下達に呼びかけようとする。

 不意打ちとはいえ、1人で大勢の魔族と、それらを束ねる将軍すら単身で葬ってみせた相手。この場全員でかかった所で勝てる確率は0。幸いにも相手方の将は既にあの魔族が始末してくれた。もうここに留まっている理由はない。

 

 

模倣(ソード)変化(シフト)

 

 

「――――え?」

 

 しかし、呼びかけようと振り向いた途端、黒い魔力を纏ったナニカが後ろから通り過ぎる。振り向いた隊長が目にしたのは、額に細剣が突き刺さったまま既に息絶えていた何人かの部下達の姿だった。

 冷や汗が止まらない。

 まさか、と隊長は恐る恐る再びリーニエの方を見る。

 

「・・・・・・」

 

 その手にはいつの間にか、白い洋弓が握られていた。持ち手の部分が黒く、少女の身の丈以上の全長を持つ白い弓だった。

 ――馬鹿な、いつの間にッ!!?

 隊長が振り向くと同時に、リーニエは既に宝剣を魔力に分解し、弓に複製し直して速射を行っていた。

 卓越した剣技のみならず、瞬時に武器を生み出し、弓による狙撃すら行う。

 (魔族側)味方(人類側)も含め、魔力探知のみが脅威と思われてきたその魔族は、その実遠近どちらにおいても無双の腕を持っていた。

 華奢な少女の見た目で油断を誘い、技量すら偽り、背中を見せた所をその無双の武芸を以て仕留める魔族――一体どんな悪夢だと、叫びたくなる。まだ先ほどまで正面から自分達を蹴散らそうとしてきた将軍の魔族の方が好感が持てる。

 

「ヒッ―――」

 

 ソレを見た部下の一人が恐怖のあまり短い悲鳴をあげる。

 あの魔族は自分の仲間達を殺すという暴挙を犯しておきながら、自分達すら見逃す気がないのだとこの場の人間達は悟る。

 

「撤退だ!! 総員撤退!! 軍司令部に報告だ!!」

 

 最早惑う必要はない。

 ただでさえ自分達は先ほど少女が殺し回った魔族達との戦闘で消耗している。対して少女の魔族はその鮮やかな不意打ち故にその消耗はほとんどない。

 その上にこの力量差――部隊を率いる者として当然の判断だった。

 

 が、彼の騎士から模倣した弓捌きと、今まで同胞たちを観察し続けるために鍛え上げてきたリーニエの目から逃れる術はなかった。

 

 ――既にリーニエの姿は彼らの視線の先にはなく、全員がリーニエの動きに気付く前に、彼らの上空から降りしきる剣の雨が襲いかかってくる。

 

「ガッ!?」

「グァッ!」

「クソ、ウッ!?」

 

 切り裂かれ、突き刺され、貫かれる。

 降り注ぐ剣矢の一本一本は彼らの急所を的確に射貫きながら仕留めていく。

 中には魔法で反撃を試みようとする者もいたが、その隙すら与えられずに剣矢で射貫かれる。

 

 着地したリーニエはまた跳躍し、彼らの死角へと回りながら反撃を許さず、どこからともなく魔力で作り出した剣を弓で飛ばし、一方的に虐殺していく。

 

 

「・・・・・・馬鹿な、あの弓捌きは・・・・・・」

 

 

 ソレを見ていた隊長が呆然と呟く。

 正確無比な射撃に加え、魔法の発動の隙すら与えぬ速射力。

 リーニエの披露したその弓捌きに、隊長は覚えがあった。

 何十年か前に、黄金郷のマハトの討伐に赴いたまま行方不明となってしまった、北側諸国の三大騎士の一人。

 

 

「その技は、ヴァールハイト殿(どの)の――――」

 

 

 その後の言葉が続くことは無かった。

 隊長の男の胸から、剣の刃が生え立つ。

 既に部下達は剣矢の餌食となり残った1人となった隊長は、いつの間にか背後にまで回り込んでいたリーニエの剣に刺し貫かれる。

 弓から再び作り直された宝剣の刃は、容赦なく隊長の体内で向きを回され、引き抜かれる。

 その先の言葉を綴ることはなく、傷口から血を流しながら隊長の男は息絶えた。

 

「・・・・・・」

 

 隊長の死亡を確認したリーニエは、宝剣を再び白い洋弓に作り替えて周囲を見渡す。

 一般的な視覚だけでなく魔力の流れを視認し、魔力探知すらフルスロットルで動員して残党がいないかを確認する。

 残るのはリーニエ一人である必要があった。この狩り場を見た者は人間、魔族、その他の魔物、使い魔の類であろうと見逃す気はない。

 より効率の良い狩りを行う代わりに、新たに背負ってしまったリスク。だからこそ、念入りにそのリスクは消さなければならない。

 

 ふぅ、と一息つく。

 ・・・・・・かつて遭遇した弓使いの騎士の技を模倣していたリーニエだったが、この狩りの方法を始めてからソレを使う機会が著しく増えていた。

 狩り場を見た者は一人たりとも逃がしてはいけない現状、リーニエの剣が届かない所まで逃げる敵に対しても即座に遠距離攻撃ができる手段をリーニエは欲していた。ある程度距離が近ければ槍や短剣を投擲することで対応できるが、それ以上に離れている場合は対処ができない。

 いくらリーニエが魔族として人間の戦士達を遙かに超える身体能力を持とうとも、散り散りに逃げていく人間達を1人1人接近しながら切っていくのは手間がかかり、何人か逃してしまう可能性も出てくる。

 そこでリーニエの中で白羽の矢が立ったのが、かつて己が模倣した北側諸国の騎士、ヴァールハイトの弓術だった。模倣した当初は彼の弓術そのものを模倣することはできても、動きながら獲物に狙いを定めて正確に当てることは難しかった。しかし、魔族を殺すために如何なる状況においても彼らの一挙一動、その魔力の流れまで逃さず観察するために鍛えられてきたリーニエの目は、いつの間にかヴァールハイトの弓術を使いこなすのに十分過ぎる程の代物になっていた。

 後はヴァールハイトの技そのものをリーニエ向けに最適の流れへとアレンジすることで、リーニエはこうして名だたる人間の戦士と同等の弓の腕を身に付けたのだった。

 矢としてつがえるための剣もリーニエの魔力が尽きない限り手元でいくらでも作り出せるので、このヴァールハイトの弓術はリーニエにとって抜群の相性を誇った。

 

「・・・・・・これなら、より効率的に刈れる」

 

 洋弓を魔力に戻しながら、リーニエは呟く。

 必要に迫られた時、リーニエはいつもこのように己の手数を増やしていた。この場で出来ることがなくても、今回のように、今まで模倣してきた戦士達の技の中からその方法を導き出す。

 彼の者から模倣して得た剣製ではなく、それこそが魔族として生を受けたリーニエの魔法の真骨頂だった。

 この調子だ、と意気込んだリーニエは、ふと、自分の足下にある隊長の男と、その部下達の死体を見渡した。

 半分は自分が殺した魔族たちの手に掛かって死んでいった者達だが、もう半分は自分自身の手で葬った人間たちだった。

 

「・・・・・・」

 

 元より、リーニエが何かしなくても散っていた命だった。リーニエの狩り場を見た者は誰一人として生きて返す訳にはいかない。謂わばコレは、帳尻合わせのための掃除だった。

 故に、リーニエには彼らを殺したという意識自体湧かない。そもそも魔族が人間を襲うのはその生態故であり、実利があったとしてもそれは快楽目的の捕食だ。普通の殺しですらそこに感慨など湧きようがないのに、必要な殺しを行ったリーニエにその認識が湧いてくる筈もなかった。

 

 

 ・・・・・・だというのに、また、あの光景が脳裏にチラついた。

 

 

 燃える村と農園。

 悲鳴を上げる人々。

 そして、自分の腹の中に入っていく農園の夫婦の死体。

 

 まただ。

 己は力を付けた。その証明に今まで数え切れないくらいの同族を殺してきた。

 己が屈服させられたあの場所。魔族としての己の無力の証だった、あの光景。

 

 未だに、その光景が消えない。

 

「・・・・・・」

 

 リーニエはしゃがみ込み、自分が殺した人間の隊長の死体をゆっくりと見つめる。

 この人間は、あの2人とは違う。

 自分は魔族なのだから、久々に食べられる人間の味はきっと、美味の筈だ。

 そう自分に言い聞かせたリーニエは、口を開き、その牙を隊長の死体に突き立てようとするが。

 

 すんでの所で、その牙は止まる。

 そしてあの光景と共に――――再び2人を食べたあの味が口の中をフラッシュバックした。

 

「ッ」

 

 嫌悪感のあまり立ち上がるリーニエ。変わらぬ表情の中で、眉間の皺だけが僅かに寄っていた。

 ・・・・・・本当に、自分は何をしているんだろうかとリーニエは我に返る。

 同族を殺したいという衝動はあるのに、殺しても殺しても、その原因であるあの光景が頭から離れることはない。

 人間を利用したより良い効率の狩りを編み出したというのに、ソレを始めてからむしろ余計に頭からあの光景が離れなくなっているような気がしたのだ。

 

「・・・・・・もっと、殺さないと駄目なのかな」

 

 より力を付けて、より強力な魔族を倒せば、己の無力の証明もきっと消える。

 だから、リーニエはこれからもソレを信じて戦い続けることにした。

 

 己の痕跡を残さぬよう、リーニエは人間たちの死体に火を付けて立ち去っていく。魔族は殺せば消えるので問題なかったが、人間達の死体はそうもいかなかった。

 死体から、己の手の内がバレる事を嫌ったリーニエは都度彼らの死体を何らかの方法で処理する事にしていた。自分では食べられないので、火を付けたり、魔物の巣に置いて餌にしてしまったりなど、方法は様々だった。

 ・・・・・・そういった行為が、余計にあの光景が頭から離れなくなる要因である事にも気付かずに、リーニエはこれからも走り続けていく。

 

 

 

 

 

 それでも、結果としてリーニエはあの焼かれた村の人たちの数千倍の人々を、既に救っていた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

「おかげで助かりました。勇者御一行の皆様」

「いえいえ。困ったときはお互い様です、ボーゲン伯爵」

 

 北側諸国のある町にて、王国から魔王討伐へと旅立った勇者一行は行く先々で人々を助けながらこの町までたどり着いていた。

 現在、北側諸国は魔王軍との戦線の拡大でそれに連鎖して様々な問題が起きている。

 まず挙がるのは魔族による襲撃、魔物による被害、はたまた人間同士の争い。

 魔王討伐という大きな問題から見れば些細なそれらの問題さえ、彼ら一行を率いる勇者ヒンメルは見過ごすことはしなかった。

 結果として寄り道ばかりで、せっかく北側諸国にまで辿り着いて数年もたつというのに一向に魔王の元へたどり着ける道行きは見えなかった。

 それでも、勇者ヒンメルはそんな彼らを見捨てることは絶対にしなかった。

 

「約束していた報酬です。どうかお受け取り下さい」

「有難うございます」

 

 彼らの前に出てこの町を治める伯爵から報酬を受け取る青髪の美青年、勇者ヒンメル。

 その様子を見ていた他3人のパーティメンバーが小声で話し始める。

 

「・・・・・・やっと終わったな。今回も至極長引いた」

 

 呆れたように呟く、背中に斧を背負い、鎧を着込んだドワーフの名はアイゼン。

 

「いやー、今回の討伐対象の魔物はしぶとかったですねー。さすが北側諸国の戦士の方々が手こずるだけはあったというか、私の祝福がなければどうなっていた事やら・・・・・・」

 

 片手で頭の後ろを掻きながら、そう言って微笑む。眼鏡を掛けた長身の僧侶。その男の名はハイター。

 

「・・・・・・その手こずった原因の半分は、二日酔いで呂律が回らず、祝福の詠唱を中々上手く唱えられなかった僧侶でしょ。この生臭(なまぐさ)坊主(ぼうず)

 

 そんなハイターに対して素っ気ない声ながらも、どこか棘を含んでそう呟く、銀髪のツインテールの女性エルフ。

 彼女の名は千年を生きる魔法使い、フリーレン。

 そんなフリーレンの苦言に対し、ハイターは照れくさそうに頭を掻くだけだった。全然褒めてない、と突っ込みたくなったフリーレンだったが、毎度の事なのでもうやめることにした。

 

「道中が長引いたのは、魔導書に釣られたお前がことある毎にミミックに食われてたのが原因だがな、フリーレン」

「・・・・・・何の事かな」

 

 ジロリと、アイゼンから流し目でそう言われたフリーレンはそっぽを向く。自分も人の事は言えないということを自覚しているのか、その目は少しばかり泳いでいた。

 3人がそのような会話をしている間にも、伯爵とヒンメルのやりとりは進んでいく。

 

「あなた方御一行は、いつこの町を発たれますかな?」

「明日にはここを発とうと考えております。僕らの旅路はまだまだ遠い。魔王を倒し平和を取り戻すまでの旅路、その道中でも、困っている人々がたくさんいるでしょうから」

「ハハハ、その精神性はまさしく勇者、ですな。それなら今夜はどうか我が屋敷に泊まっていって下され。部屋は既に用意させております」

「有り難い申し出ですが、よろしいのですか?」

「はい。あなた方も長きの旅でお疲れになっていることでしょう。ディナーも用意しますので、どうか」

「では、お言葉に甘えて」

 

 伯爵の提案により、今夜は屋敷に泊まることになった勇者一行。

 実はこれから宿を取る予定であった彼らは、路銀が節約できたことに内心で歓喜しつつも、伯爵の好意に甘えることにした。

 

「所で皆様は、この北側諸国で出回っている、“執行者”の噂はご存じですか?」

 

 伯爵自らが勇者一行を部屋に案内する途中で、彼らにそんな問いを投げてきた。

 “執行者”――――聞き慣れないその言葉に、各々が首を傾げる。北側諸国にたどり着いてから数年は経つが、そのような噂は聞いた事がない。

 

「現在、北側諸国の戦線で魔王軍と戦っている兵士達の間で流れている噂なのですが、その様子ですと耳にした事はないようですね」

「聞いたことがありませんね。一体どういう噂なのですか、その“執行者”とやらは?」

 

 顎に手を当て、思案しながらハイターは伯爵に問いかける。

 

「簡単に言うならば、今我々が戦っている魔王軍の部隊。その部隊の数々が原因不明の失踪を遂げているという話です」

「随分と都合の良い、突拍子のない話ですね。その話が、“執行者”とやらとどう結びつくのですか?」

 

 伯爵の説明にそう聞き返したのはフリーレンだった。

 魔族の生態に詳しいフリーレンは、その話が、事実を都合の良いようにねじ曲げたい現場の兵士達の現実逃避にしか聞こえなかったからだ。

 伯爵もソレに同意するように苦笑しつつも、フリーレンの質問に答える。

 

「これだけならばただの噂で済むのですが――不思議なことに、失踪を遂げたと聞く魔王軍部隊による被害はソレ以降ないのですよ。その数は最早両手で数え切れない程です。

 この現象を、意図して起こしているのでないかと考え、その何者かを、彼らは“執行者”と呼んでいるようなのです」

 

 伯爵の話は続く。

 

「私も最初は眉唾話だと思っていたのですがね・・・・・・どうも、この“執行者”と呼ばれる何者かは実在するようなのです」

「……どういう事だ。魔王の部隊を単身で失踪に追い込むなど、とても個人でできる事とは思えない。一度だけならまだしも、それを何度も」

「アイゼンの言う通りだね。もし失踪して、ソレ以降被害がないというのならば、その部隊は失踪したのではなく何者かに全滅させられたと考えるしかない。魔族は殺されると、その躯は魔力の塵となって霧散していく。もしその“執行者”とやらが実在するなら、尚更表舞台に姿を現さず魔族を狩り続ける理由が・・・・・・いや、どうだろう・・・・・・」

 

 その噂を否定しようとしたフリーレンだったが、マハトに敗れ、魔族との戦いを一時期やめる前の自分を思い出し、言い淀んだ。

 何処にも属さず個人的な理由で魔族を刈り続ける存在ならば、自分という前例が既にいるからだった。もしその執行者とやらの戦う理由がソレならば、案外自分に近い境遇の人間なのかもしれないとフリーレンは思った。

 

「その“執行者”とやらが何者であれ、魔族を刈り続けてくれるのならば、我々人類としても助かる行いであるのは確かです。・・・・・・ですが、この噂の問題は、ここからです」

『・・・・・・?』

 

 深刻そうに顔を俯ける伯爵に、一行の全員が首を傾げる。

 

「最近、その執行者の活動が活発化したのか、失踪する魔王軍の部隊の数はここ数年で更に増えるようになりました。ですが――それと同じように失踪する我々人類側の部隊も出てくるようになったのです」

『――――ッ!』

 

 伯爵の言葉に、全員が今度こそ目を丸くして顔を見上げる。

 

「しかもソレは決まって、魔王軍の部隊に関する情報をもたらされ、討伐に赴いた人類軍の部隊に限って起こっているようなのです。

 ・・・・・・そして、あろうことか上の方々は、ソレを黙認する方向になりつつある」

 

 伯爵の口から放たれた真実に、何の言葉も出なくなる勇者一行。

 何者かが情報を人類側に流し、魔王軍の討伐に赴かせ、結果として両軍とも失踪を遂げるという謎。

 最初は魔王軍側だけだったのが、失踪頻度が高くなるにつれて、同時に失踪するようになった人類側の部隊。

 

「・・・・・・なんだソレ、意味が分からない」

 

 フリーレンの呟きに、全員が同意する。

 

「上の方々が黙認するのはおそらく・・・・・・その方が結果として此方の被害が少ないという事実に気付いてしまったから。魔族の部隊は1つ存在しているだけで多くの人間を食い荒らすでしょう。ですが、此方から生け贄を差し出すことで、最小限の被害で確実に葬ってくれる何者かがいる。

 その存在に、上は気付いてしまわれたのです・・・・・・」

 

 拳を強く握りながらそう言う伯爵に声をかけられる人物は、この場にはいない。

 

「勇者一行の方々、我々はどうすればいいのでしょうか?」

 

 用意した部屋のドアの前までたどり着いた伯爵は、勇者一行の方へ振り向き、問いかける。

 先ほどまで優雅さを崩さなかった伯爵の男が、ここに来て苦悩の表情を晒し出していた。

 

「姿も見せない何者かに頼って、犠牲になるとわかりきっている者達を送り出して、約束された最大限の結果を享受すればいいのか。いや・・・・・・本来ならばそんな何者かに頼ることなく、目の前の犠牲を抑えながら勝利するのが我々のあるべき姿の筈だ!! だが、それだと犠牲者の数が・・・・・・!!」

 

「ボーゲン伯爵・・・・・・」

 

 苦悩する伯爵の姿に、ヒンメルを始めとした勇者一行は終ぞ、彼にどう声をかけていいのか分からなかった。

 

 

 

 

 

「君はどう思う、フリーレン?」

 

 宛がわれた部屋の窓から外を覗きながら、ヒンメルは椅子に座り込んでいるフリーレンに話しかける。

 魔導書を閉じたフリーレンは目線をヒンメルに向けながら答える。

 

「どうもこうも・・・・・・分からないとしか言えないよ。魔族だけを殺すならば、私と似たような感じかなとも思ったけれど、結果はどうあれ人間達にも手を出しているのなら、一体どういう動機かさえ分からない。もし伯爵の言うように、総合的な犠牲を視野に入れて行動しているというのなら、最早ソイツは鉄の心を持った怪物だ。とても人間の仕業だとは信じられないよ」

「人間じゃない、か・・・・・・」

 

 ふむ、とヒンメルは顎に手を当てて考える。

 

「なら、その執行者が魔族ならどうかな?」

「・・・・・・はぁ」

 

 突拍子もないヒンメルの問いに、フリーレンは呆れたようにため息を吐いて細めた目をヒンメルに向ける。

 大凡、ヒンメルの考えが分かってしまったからだ。

 ヒンメルは以前、ある村を襲おうとした子供の魔族を見逃そうとして、結果として更なる惨事を招いてしまった過去がある。

 それ以来、フリーレンの忠告も相まってヒンメルから魔族に対する容赦は消えていったが、それでもこの男はどこかで諦め切れていないのだろう。

 もしその執行者が魔族だったとしたら、手を取り合うこともできるのではないかと。

 その甘い思考を苦く思いつつも、フリーレンは正直な思いを答える。

 

「到底あり得ない、と言いたいけれど人間である線よりはずっと信じられるっていうのが正直なところだね。魔族は弱肉強食の社会だ。魔力の上下による力の差が全てを決定づける。だから裏切りだって日常茶飯事。だから、人間にも魔族にも敵対するという行動だけを切り取るなら、魔族の線の方がよっぽど強い。

 ・・・・・・それでも、伯爵の言っていた人間側の犠牲者の数を視野に入れているという話から遠ざかっちゃうから、余計に不可解な部分が増えるんだけど」

 

 結局は分からないよ、と言い綴り、フリーレンはまた魔導書を読み始めた。

 ちなみにハイターは町の酒場で酒を飲み耽っており、アイゼンは町の郊外で修行をしているため現在この部屋にはいない。

 

 一人思案に耽ったヒンメルは、思わず呟いた。

 

「例え人間にも手を掛けているのだとしても・・・・・・1度会って話をしてみたい、と思うのは間違っているのかな」

 

 かつてフリーレンにも咎められた己の苦い過ちを思い出しながらも、ヒンメルは俯いてそう呟く。

 そう思ってしまうのは、あの伯爵の苦悩に歪む顔を見てしまったせいもあるかもしれない。どうにかして当事者を見つけて、その上で彼の悩みに寄り添いたいと願うその心は、紛れもなく勇者であった。

 

 

 そう思いながらも、勇者一行と彼らが執行者と呼ぶその魔族が、彼らの旅路で交わることは終ぞなかった。

 




・ヴァールハイトって誰?
原作10巻冒頭のマハトの回想で登場した戦士の男。北側諸国三大騎士の1人・・・・・・らしい。本作唯一の名在りの弓使いキャラなので、リーニエの模倣元として名前を出しました。
多分、時系列的にマハトに黄金化される前にリーニエと遭遇していてもギリギリ可笑しくない・・・・・・筈。

マハトの黄金化によりあっさりやられた噛ませだが、黄金化を使わせるまでマハトに魔法を使わせる隙を与えない程の弓捌きを披露していたので、相手が悪かっただけでおそらく弓使いとしては最上級の腕を持っているのではなかろうか。
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