剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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クラフト

 

 どれだけの剣を作ってきた事だろうか。

 どれだけの技を模倣してきた事だろうか

 その度に、どれだけの屍を積み重ねてきた事だろうか。

 

 分からないけれど、一つだけ確かな事がある。

 自分の心の中にある荒野には既に数え切れないほどの剣が突き刺さっている事だろう。リーニエが持っているソレは、剣そのものだけでなく、ソレに付与されている魔法効果すら複製する。

 その中には魔法効果のみならず、魔族の戦士達が作り出した、この世のモノならざる物質で構成された武具の数々すら内包されている。

 それは同時に、人間、魔族問わずリーニエが葬ってきた戦士達の墓標でもあった。

 

 それらの複製品が確かに己の中に貯蔵されているという自覚はリーニエにはあった。

 おそらく、彼が貯蔵していた英霊たちの宝具の数々と同じように、自分の荒野にもそれらがまた突き刺さり、リーニエが戦い続ける限りその数は増え続けている。

 

 ・・・・・・だというのに、リーニエは己の中にある筈のその世界をイメージすることができなかった。荒野に今まで葬ってきた戦士達の剣が突き刺さっているのだろうという推測をすることはできていても、それらを内包する、己の心象からなる風景を掴むことができないでいた。

 剣が突き刺さっているであろう事以外、その周辺の光景がまるでノイズに掛かったかのように思い浮かばない。

 魔法とは即ちイメージの世界。ならばこそ、己の心象を理解することができなければ、その世界は完成しない。単に無限に突き刺さっている剣を想像するだけでは、それは世界としてあまりにも不完全だ。

 そういった無限の剣を内包する世界の、空はどうなのか、背景には何があるのか、そもそも剣が突き刺さっている地面はどういった物なのか。いわゆる究極の自己理解。それに至ることができなければ、リーニエの剣製が心象世界として表に出る事は一度もないだろう。

 彼の絶望を表す、空に浮かぶ無数の巨大歯車もなければ。

 成る前の彼が持つ、力強く透き通るような赤い空でもない。

 

 自分の在り方は、自分が一番分かっている筈だ。

 己の無力を否定するために、魔族を殺し続ける。

 己の無力の証明たる、あの光景を完全に頭から消し去るために。

 

 なのに、自分のその在り方を自覚できている筈なのに、リーニエはその心象世界を思い浮かべることができないでいた。

 それ故に、余計にリーニエは止まらない。

 剣の丘に迷い込んだ仔は、されど剣の丘しか知らず、その周辺を構成する基盤(自分自身)を自覚できないでいる。

 

 口の中に残り続けたあの2人の肉の味がずっと、その間違いを知らせているというのに、その警鐘を鳴らし続けているというのに・・・・・・それすら分からないリーニエの中には、その道を歩み続けるという以外の選択肢などなかった。

 

 故に、リーニエの執行は未だに続き、加速していた。

 顔を知られはしていないものの、魔王軍に紛れ込んで魔族を殺し続けるリーニエの存在を、人類側の上層部は把握していた。リーニエもまた、彼らに存在を認知されている自覚はあった。

 リーニエがあらゆる経由で情報を流せば、向こうは即座に何も知らない兵たちを標的の魔族の軍勢へとぶつける。彼らと争っているその隙を突いて、リーニエはそんな同胞達を後ろから刺していく。

 そんな日々が続いていった。

 続ける度に、その手口に淀みがなくなっていくことをリーニエは実感していた。リーニエの存在を感知している向こうは、進んでリーニエに生け贄を捧げるようになっていた。顔も知れぬ誰かに自軍の兵士を生け贄として捧げる。どちらが魔族なのか分からない悪辣な所業であったが、それでも人類側はリーニエを利用する道を選んだ。

 リーニエもまた好都合だと言わんばかりに、彼らが差し出すソレを進んで利用していった。本来、顔が知れずとも己の存在を感知されること自体が御法度であるとリーニエは考えていたが、未だ末端に知らせず此方に生け贄だけを差し出してくれる向こうの理想的な動きを見れば、むしろこの方が効率的だった。

 

 いつの間にか、リーニエと彼らの間には、互いに顔を見合わせていないにも関わらず、互いに利用し合うという了見で一致していた。

 

 互いの歯車が、綺麗に噛み合ってしまった。

 魔族を殺したいリーニエと、できる限り犠牲を少なくしたい人類側。

 人類側が生け贄を差し出し、それを代価にリーニエが魔族の軍勢を確実に滅ぼす。そんな悪辣で奇妙な関係が、いつの間にか構築されていたのだった。

 まるで雇用主と殺し屋のような関係。それでいて互いに顔を知らぬという奇妙さ。

 

 好都合だ。

 もっと此方に寄越してくるがいい。自分はソレもろとも、標的を葬っていくだけ。

 警鐘を鳴らしてくるあの味とは裏腹に、端から見ればリーニエの執行活動は順調に波に乗っていた。

 今日も向こうが生け贄を差し出し、それごと魔族の軍勢を葬る。そんな日々。

 

 

 

 

 しかし、今日だけはそれが違った。

 

 

 

 

「悪いが、これ以上はやらせん」

 

 

 

 

 人間たちと魔族達の屍が散乱している状況の中で、少ない人間たちの生き残りを背に、リーニエの眼前に立つ男がいる。

 その見るからに筋肉質の体型からして、戦士なのは間違いなく、その男を前にしてリーニエは動きを止めざるを得なかった。

 一目でその男を強者だと見抜いたのもある。おそらく今まで自分が遭遇してきた人間や魔族の戦士など比べものにならないくらいの腕達者。その証拠に、血に塗れたリーニエを前にして動じる様子は微塵も無く、強敵を前にするような緊迫感は感じられなかった。

 あくまで余裕の自然体、それでいて隙は見当たらない。

 しかし、それ以上にその男の尖った耳の形状に、リーニエは目を見張る。

 

「・・・・・・エルフの、男?」

 

 訝しげに、リーニエは呟く。

 『旋撃の巨斧(ベルヴィント)』を構えながら、リーニエは男を注視する。

 エルフ特有の尖った耳に、僧侶を思わせる黒い法衣。されど魔法使いのような特有の魔力の流れは感じ取れず、その流れはむしろ戦士のソレ。

 人間社会に紛れ込んで得てきた知識の中で、リーニエの中で一つの解が導き出される。

 僧侶の真似事をする戦士。女神の魔法は使えないけれど、本物の僧侶のように女神に対しての深い信仰だけは持っている、僧侶にも戦士にもなりきれない半端者。

 この男は、おそらくモンクなのだろうとリーニエは当たりを付ける。

 

(・・・・・・こいつ、何年生きてる?)

 

 エルフという種は既に今の魔族達を率いる魔王の手によって大半が絶滅したと聞く。

 ソレを生き延び、今もこうしてここに立っているというその事実だけで、リーニエはこの男を警戒せざるを得なかった。

 魔王の粛清を逃れ、今も生き続けるエルフの戦士。こうして肩書きを書き出すだけでも、どれだけの強者であるかは一目瞭然だ。

 自分が模倣してきた戦士達の技など、それこそあの戦士アイゼンの模倣だろうと敵うかどうか分からない。

 

「・・・・・・迂闊に飛び込んではこないか。その歳で、君も相当な修羅場を潜ってきたと見える」

 

 そう言いながらリーニエを見る男の目には、憐憫が宿っている。それを察することは魔族のリーニエにはできなかったが、なんとなく不快だとリーニエは感じた。

 

「人も魔族も殺す少女よ、お前がどのような理由でその修羅を歩むのかは聞きはせん。だが、命が惜しいのならば失せろ。たとえ魔族だろうと、背を向ける者をオレは追わない」

「・・・・・・」

 

 ソレはできない相談だった。

 たとえ相手が目にした事が無い程の強者であろうと、その程度の理由でリーニエは引かない。エルフの男の背後にいる、怯えた目でリーニエを見る人間の戦士達。あの人間達には既に、リーニエの狩り場を見られている。

 その顔を、手口を、手札を、リーニエは彼らに晒してしまっている。

 であれば、彼らを殺す以外にリーニエに選択肢はない。

 

 されど、この男を前にして勝利できるビジョンを、リーニエは思い浮かべることができなかった。

 

 ならば、この男と戦わずして彼らをどうにか抹殺する方法を考えるしかない。

 

「・・・・・・」

 

 ならば、ここは魔族らしく行こうとリーニエは考える。

 斧を下ろし、エルフの男に対して背を向けながら立ち去っていく。

 ゆっくりとした歩調で、エルフの男から離れていく。

 

 視界に入れずとも、背後にいる人間の兵士達を安堵が包み込んでいるのをリーニエは感じ取っていた。

 そして、男が一足では踏み込めないであろう距離までたどり着いたその瞬間――

 

 

 ――――模倣(ブレイド)変化(オフ)

 

 

 いつの間にか、大斧を白い洋弓へと変化させていたリーニエは振り向き様に矢を放つ。

 淀みなく行なわれる動き。動きすら察知されぬ変わり身の速さ。

 矢として放たれた剣は高速でエルフの男の隣を通り過ぎ、その奥にいる人間達に当たる・・・・・・筈だった。

 

「――――ッ!?」

 

 だが、頭の中で思い描いていたのとは違う光景にリーニエは思わず目を丸くする。

 

「浅い手口だな。オレがその手に乗ると思ったか?」

 

 目を丸くするリーニエの視界に映るのは、高速で飛来した筈の剣の数々を、片手の指で全て掴んで受け止めている男のエルフの姿。

 あり得ないと、リーニエは頭の中で叫ぶ。

 防がれるだけならまだ分かる。避けるだけならば分かる。

 本来ならば防げる威力でもなければ、避けられる速度ではない。ヴァールハイトの弓技と、とある魔族の操る糸の複製品を弦として用いた魔弓。そしてそこにリーニエの眼が組み合わさった弓の絶技だ。易々と防いでも、避けられてもいい代物ではない。

 それでもまだ納得できる。なぜならこの男ならそれくらいしても可笑しくない筈だから。それを見越した上での狙撃だった。

 なのに、あろう事か片手で、しかも指だけで受け止められた。

 

「そこの兵士達、今すぐ逃げろ」

「・・・・・・え?」

 

 驚愕しているリーニエを余所に、エルフの男は後ろで固まっている人間の兵士達に声をかける。

 

「向こうはお前達を見逃す気はないらしい。ここはオレが引き受けるから、お前達はさっさとここから逃げろ」

 

「あ、あぁ・・・・・・」

「お、おい! さっさと逃げるぞ!」

「・・・・・・分かった。名も知れぬモンクよ。礼を言う」

 

 各々そう言うと、彼らは背を向けて退散していく。

 ハっとなったリーニエは今すぐにでもソレを追いたい衝動に駆られるが、ソレを阻む者が立ちはだかる。

 エルフのモンクは、先とは違い明確な敵意をリーニエに向け、拳を構える。

 

「何もしなければ追わないと言った筈なのだがな。何となくお前は他の魔族と違うように見えた。だから、もしくはと思っていたが――」

 

 シュン、とエルフの姿がリーニエの視界からかき消える。

 

「ッ!!」

 

 その反応は、見てから、ではなく本能のみで感じ取ったが故のものだった。

 上体を反らすリーニエのすぐ傍を、突風が通過する。

 モンクの放った掌底の、その余波がリーニエのすぐ傍を通過していた。

 たまらず、リーニエは矢を宝剣へと作り替え、上体を反らした状態から躯を回転させ、宝剣による斬撃と回し蹴りを男の足下へ見舞う。

 回避からの流れるような反撃に転調するリーニエだが、男は僅かに跳んでそれを回避。同時にその瞬間には片方の足でリーニエの頭を踏み潰さんとその鉄槌を下す。

 

 咄嗟にリーニエは宝剣を大斧へと変化させながら、それをその場で手放して飛び上がる。

 盾にするためではなく、武器の形状変化により向こうの攻撃を逸らしながらの離脱。それでいて、その前に既にリーニエはその武器を手放していた。

 あの攻撃の衝撃を武器越しにでも食らえば、己は無事ではいられないだろうという直感があった。

 

 その見事な魔法と体捌きにエルフの男は思わず感嘆を抱く。

 

「・・・・・・戦い慣れているな。その若さで、一体どれほどの修羅場をくぐり抜けてきた?」

 

 距離を取ったリーニエを見ながら構えを解き、口調を少し穏やかにしながらリーニエに再び問う。魔族としては若輩のリーニエだが、その見た目と年齢は人間のように比例していない。それでも、魔族よりも遙かに長い時を生きるエルフの男からしてみれば、リーニエは生まれたての小娘も同然の年齢である。

 にも関わらずこの一瞬の攻防でここまで動いて見せるのは、単純な潜った修羅場の数だけではない。その密度と質。これらが両立していなければ到底なし得ぬ動きだった。

 それも、格上ばかりを相手に勝ちに行くような動きだと、エルフの男は直感した。

 

「オレは、女神様を信仰している」

「・・・・・・?」

 

 唐突なエルフの男の独白に、リーニエは思わず眉を顰める。

 

「いつかこの長い人生を終えて、その果てにいる女神様に褒めて貰いたくて、オレはこの道に入った。・・・・・・だから、相手が魔族だろうと背を向ける相手に拳を振るう事だってしない」

「・・・・・・」

 

 男の話を聞きつつも、リーニエは男の一挙一動から目を離さない。

 

「君はどうだ? 人も魔族も同時に手に掛ける魔族など、オレはこの長い人生で初めて見た。それだけならば別に驚きはしないが・・・・・・君は人間よりも、同じ魔族の方を獲物として優先しているように見えた」

 

 見抜かれていると、リーニエは背中に冷や汗を流す。

 

「世俗から離れたオレがこの戦いに介入したのは、目の前の命を拾う為なのもある。だがもう一つの理由は、そうする君の事が気になったからだ。

 ・・・・・・一体、何が君を突き動かしているんだ?」

 

 この男は、危険だ。

 己の狩り場を知られる所か、人間よりも魔族を殺す方を優先していると知られてしまった。この男はこの場で殺さなければならないとリーニエは思った。

 でなければ、己の狩りはそこで破綻してしまう。

 

「――――」

 

 エルフの男の問いに答えることなくリーニエは跳び上がる。

 手元に現れた黒い魔力の球体が形を変え、再び白い洋弓を型取り、もう片方の手で細剣を矢として番える。

 番えられる剣は一本に留まらず、八本。

 指の間にそれぞれ2本ずつ挟まれ、番えられる剣の1本1本は、先ほど人間達に放たれた剣よりも遙かに多くの魔力が込められている。

 

 横向きに構えられた弓から、一度に発射される8本の凶刃。それぞれがエルフの男の四肢、眉間、心臓を始めとした弱点へと穿たれる。

 先ほどのように全てを指で受け止めるわけにも行かず、片手に持っていた荷を投げ捨てたエルフの男はその全てを淀みない動きで受け流す。

 リーニエの突然の攻撃にも動じないその動きから、元々まともな回答が得られるとは踏んでいなかったのだろう。

 

 受け流された矢はそれぞれ、エルフの男に背後にあった木々を切り裂き、地を抉り、はたまた岩を砕いていく。

 舞い上がる噴煙、その奥より姿を現したリーニエは、空中できりもみ回転しながら、弓から作り替えた『旋撃の巨斧(ベルヴィント)』を振り回しながら迫る。

 オリジナルの斧の持ち主であった将軍を葬った時よりも遙かに多い回転数を加え、さらに模倣したアイゼンの技を組み合わせた絶技。

 まともに食らえば将軍はおろか七崩賢を始めとした大魔族すら即死しかねない旋風の一撃。

 その風を感じ取っていた男はソレを――――あろうことか片手でソレを受け止めてみせた。

 何もないように受け止めた男だったが、その周辺の地面が轟音を揺らしながら凹んでいることから、その威力が生半可なモノでないことは証明されている。

 

 にも関わらず、微動だにしないまま受け止められた。

 

 月明かりを背後に、再び驚愕に目を開くリーニエの顔を、エルフの男は目にする。

 無表情であった筈の少女に宿る人間らしい表情は、それだけで戦意を削がれるだろうが、エルフの男は意に介さない。

 

「次は此方から行くぞ」

 

 ぴしりと、エルフの男に握られていた刃の部分に罅が入っていくのを見たリーニエは悪寒を感じ取り、即座に『旋撃の巨斧(ベルヴィント)』を宝剣へと作り替える。

 更に片手にもう片方の宝剣を作り、2本の宝剣の腹で迫り来る掌底を防いだ。

 さすがは名だたる魔族が振るっていたという宝剣というべきか、ソレが2本とも存在するとあらば、男の掌底を受け止めるにも傷一つ付かなかった。

 しかし、その衝撃は殺しきれず、リーニエの体を駆け巡る。

 

「ッ」

「見覚えのある剣だな。彼の魔族が振るっていた剣・・・・・・同じなのは見てくれだけではなさそうだ」

 

 駆け巡った衝撃で動けない体に、横から回し蹴りが来る。

 為す術なく吹き飛ばされたリーニエの華奢な体はそのまま岩へと激突する。

 

「――――あ」

 

 思わず吐き出される空気。

 リーニエの背と激突した岩はその部位に大きなクレーターと罅を作る。

 並の戦士ならばとっくに粉々になっている一撃だが、それでも耐えられたのは単に魔族の体のおかげだった。

 岩から崩れ落ちるリーニエの体。

 それでも息はあり、宝剣を杖代わりにしながらなんとか立ち上がった。

 

 力量差を理解しながらも、その目から敵意は失せていない。

 普通の魔族ならばこの力量差だけでも命乞いの演技をする所だが、リーニエはソレをせず、如何にこの男を殺すかという思考を念頭に置きながら、その紫暗の瞳は男を見据えて離さなかった。

 本格的に、この少女は他の魔族とは異なると理解するエルフの男は、その痛々しさに目を細めながらもリーニエに問いかける。

 

「もう諦めろ。お前が狙っている彼らは既に遠くへ離れていることだろう。今更追いつくことはできん」

 

 リーニエにそう諭すエルフの男だが、ソレに対してリーニエはペっと血を地面に吐き捨て、口元を拭いながら宝剣の切っ先を男に向けて構えた。

 

「聞こえなかったのか。さっさと失せ―――」

「1つ、教えてあげる」

 

 顔をしかめてリーニエに去るように促そうとしたエルフの男の言葉を、リーニエが遮る。初めて聞くリーニエの声に一瞬、唖然となるエルフの男。淡々としながらも、華奢な少女らしい可愛らしい声なのも相まっての反応だった。

 

「次の一手は、常に用意しておくものだよ」

 

 光を点さぬ冷たい目で言い放つと同時、リーニエはパチンと片手の指を鳴らす。

 その直後――

 

 

 

 

 

 男の背後の遠くから、大きな爆発音が響いた。

 

『うわあぁぁああぁぁぁああぁぁッ!!!!』

 

 そして、同時に聞こえてくる数々の悲鳴が、男の耳に届く。

 

 

「なっ・・・・・・」

 

 驚き、その悲鳴を咄嗟に耳にした男は思わずその方向を振り向く。

 その方向は、先ほど男がリーニエから逃がした人類側の兵士達が逃げた方向だ。

 そして――その先に見えていた崖下の道が落盤で塞がっていた。

 

 あの落盤ではもう、彼らは助からないだろう。

 今頃瓦礫の下で押しつぶされ、無惨な姿となっていたに違いない。

 

 そこで、リーニエの今までの意図を察した男は、してやられたといった表情でリーニエの方へ振り向く。

 

「・・・・・・まさか、最初から逆だったのか?」

 

 絞り出すように、モンクのエルフはリーニエに問いかける。

 

「オレが彼らを逃がすために君を足止めしたのではなく、万が一にも彼らの元へ行かせないために、オレが足止めされていたということか?」

「・・・・・・」

 

 その問いにリーニエは目を瞑って沈黙する。

 男の言う事は正解でもあり、間違いでもある。

 彼らを逃す訳にはいかなかった。それでも彼らを追えない距離にまで逃がしてしまった以上、次の一手のために目の前の男の足止めをすることにした。

 最初からそうだった訳ではない。

 ただそういう想定もしていただけの事。

 戦闘が行われる前に、予め彼らが逃げそうなルート上に、模倣で複製した剣を仕込んでおき、万が一逃がしてしまった場合はその剣に込められた魔力を次々と爆発させ、落盤を起こして一網打尽にする。

 本当に逃がしてしまう下手を打ってしまうとは思わなかったが、念には念を入れて正解だったとリーニエは思う。

 

 手痛い一撃を食らい逆に冷静になったリーニエは、少ししてあることを考えていた。

 今までは己の手口が外に漏れてしまう危機感から、目の前の男を排除しようとしたリーニエだったが。

 よくよく考えてみれば、この男と戦うリスクの方が余程大きいという事実に気付いた。

 この男を殺せなかったとしても、そのデメリットは小さいという結論にリーニエは至っていた。

 

 故に――

 

「これで私がこれ以上戦う必要も、貴方が私を止める理由もなくなった」

「ッ」

 

 淡々とそう言い放つリーニエに対し男は歯がみしつつも、悟ったように目を閉じる。

 これでいいだろう。

 この男を逃がしてしまうのは確かに危ない。この男を通じて自分の正体が魔族側や人類側に露見してしまうリスクは確かにある。

 だが、自分は現状ではこの男に勝てるビジョンが浮かばない上に、そのデメリットも他と比べれば小さいという事にリーニエは気付いたのだ。

 これほどの戦士が表舞台に立っているというのであれば、とっくに人間側にも、魔族側にも名前が知れ渡っている筈。なのに、リーニエはこの目の前の男についての噂や情報を一度たりとも目にした事が無かった。

 それだけ長い間、この男は世俗との関係を断っているのだ。

 その男から早々に自分の情報が漏れる確率は低い。

 ならば此方の目的を最低限達成しつつ、目の前の男の戦う理由を無くしてしまえばいいという結論に落ち着いた。

 

 これで――――

 

「確かに、オレが君と戦う理由はなくなった。だが――」

「・・・・・・?」

「これでオレは、君を見逃すわけには行かなくなった」

 

 いつの間にか、リーニエの眼前まで迫っていたエルフの男。

 迫る拳打。まったく体勢を変えないままでの高速移動。

 先ほどのように受け止めるわけにはいかなかったリーニエは、上体を反らしながら宝剣で受け流す。

 たまらずもう片方の手に複製した剣と、宝剣を交互に投擲し、距離を取る。

 

 なんのつもりだ、と言外に訴えかける目でリーニエは男を見る。

 

「・・・・・・その用意周到さ。君からは他の魔族に見られるような驕りがまったく感じられない。それでいておそらく、君は自分の魔法や武の研鑽にも余念がないのだろう。そういった魔族は、これからどんどん力を付けていく。そして多くの人を殺す。

 世俗から既に離れたオレだが、そんな君を前にして見過ごす訳には行かない」

 

「――――ッ」

 

 再び距離を詰められるリーニエ。

 迫る拳打、掌底、蹴り。一見力が入ってなさそうなその一打一打は、当たれば確実にリーニエの体を粉砕しかねないモノだった。

 

 それでも、この男はまったく本気を出していない。

 それは幸いと思うべきか、それでもこの男をその気にさせてしまった自分の失態を呪うべきか、それを思考する余裕はリーニエにはない。

 リーニエにできることはただ一つ、己の培ってきた持ちうるもの全てでこの男の攻撃をやり過ごすことだけだった。

 

 剣を作る、剣を槍に作り替える、ソレを更に短剣へと、更にそれを大斧へと、絶え間なくその武器を作り替え、その度に動きも変えて男の攻めを翻弄する。

 

(武器を作り替え、ソレに合わせて動きも変わる。型そのものは安定していながら常に変化し、此方の対応を許さないか)

 

 少女の武技に感嘆と敬意をエルフの男は抱く。

 そして再び憐憫を抱かざるを得なかった。

 何がこの少女を突き動かすのかは分からない。

 だがきっと、ずっと孤立無援の戦いを強いられていたのだろう。この手数の多さも、そんな戦いの中で必要に迫られて獲得していったのだろう。

 相手を上回るための戦いではなく、確実に不意を突いて殺すための変化殺法。

 おそらく、常に不利な戦いを強いられてきたに違いない。

 たとえ相手が魔族であろうと、そこに敬意と憐憫を抱かざるを得なかった。

 

(ならば、此方もすこしギアを上げよう)

 

 目を見開くリーニエ。ただでさえ凌ぐのがやっとだった男の攻撃が更に鋭さを増した。

 スピード、動き、拳打の威力に至るまで、その全てが。

 

「――――ッ!」

 

 ジワジワと衝撃がリーニエの体を蝕んでいく。武器越しでさえ、本気を出していないのに、これだ。

 この威力を持ちながら、周辺には被害が一つも無い。一体どれだけの時と武錬を積めばここまで至れるのかとリーニエは内心で呆れる。

 

 それでもリーニエは凌ぎながら、男の動きを見逃さない。

 

 見ろ、よく見ろ。

 魔力の流れをよく見ろ、そして記憶しろ。

 模倣まで行かずとも良い、その動きを記憶し、積み重ね、動きが先読みできるまでになれば、まだ活路は見えてくる。

 

 そして――男の拳打がリーニエの手に握る剣を打ち砕いた。

 

 

 その事に、違和を男は感じた。

 武器を砕くこと自体、少女にとっては何の脅威でもない。壊されたのならばまた作れば良いだけだ。その芸当を少女は易々とできることを男は知っている。

 だが今の動きは――まるで此方に()()()()()()()()()()()()

 

 その思考したその瞬間、此方の拳打とすれ違い様に跳び上がり、無手の状態で逆に懐に詰めてくる少女の姿を視認した。

 

「ッ!?」

 

 目を見開く男。

 次の瞬間、リーニエは男がしていたのとまったく同じ動きで拳打を見舞う。

 威力は大したモノではないが、スピードについては男と遜色ないモノだった。

 

 受け流し、逆に反撃するエルフの男だったが、少女はまるで予測していたかのように躱し、逆にカウンターを見舞う。

 

「クッ!?」

 

 動きを真似された事と、動きを読まれたことによる二重の動揺を突かれ、どうしようもないまでの接近を許してしまった男は堪らず防御の構えを取った。

 巡る衝撃と共に、男の体は後方へと弾かれる。

 ここでリーニエはようやく初めて、男を押し返すことに成功した。

 

(武器を壊させる事で無理矢理受け流して懐に詰めてくるとは、無茶をする・・・・・・!! それに先ほどの動きは、そういう事か)

 

 仮にこの少女がたった今自分の技を真似したという事ならば、今まで見せた多芸っぷりにも納得が行く。今まで相対してきた戦士達の技の模倣。絶えず変化する戦闘スタイルの正体はここにあった。

 無論、ただ模倣しただけという訳ではないのは男でも分かった。いくら多芸を披露しようとも、少女の動き、その根底にはちゃんとした芯と言えるべき部分がある。

 少女の身は華奢な体一つ。それに対して、相対してきた戦士達の殆どは少女よりも背丈の高い戦士達ばかりだろう。故に、己の体に馴染むように全てアレンジしている努力の形跡が感じられる。

 だからこそこのような変幻自在の武芸を披露できるに至る訳だが、型が絶えず変化しようと、少女の根底にある動きには基本として根付くモノがあった。

 男ほどの武芸者でなければ感じ取ることの出来ない程のモノだが、完全な変幻自在ではない。

 

(だからどうしたという話ではあるが、このまま長引かせる訳にもいかないな)

 

 反撃に転じるリーニエの攻撃を受け流しながらエルフの男は考える。

 独楽のような回転を織り交ぜながらの動きは、舞踊を見ているようで確かに美しい。そこに変幻自在の武が加わることで、とにかく翻弄する事に特化した動きが完成している。完成しながら、進化し続けている。

 本当に、こんな魔族は初めて見るなとエルフの男は一周回って新鮮な気持ちになっていた。こんな気分は長く生きてきた中でも随分と久しぶりだ。

 

 それでも、生かしておくわけには行かない。

 

 もう一段、ギアを上げる。

 男の動きが本格的に変わる前から、その魔力の流れの変化を見たリーニエは顔を僅かに顰める。

 男の動きそのものはほとんど模倣できたと言っても良いが、元よりスピードもパワーも、そして体格も劣っている身で放っても、リーニエの放つソレは大幅な劣化品にしかならない。模倣して得られるモノは、精々先読みの精度が上がる程度のモノ。

 

 相手が更に本気を出してしまう前になんとかしなくてはならない。

 しかし、現段階ですらリーニエの本気が彼の手加減に通じていない。

 ならば、ひたすら彼の動揺を突き続けるしかない。

 それを本気を出させる暇もなく与え続ける。

 …………口にしてみれば馬鹿の一つ覚えの無茶だが、やるしかない。

 

 相手の想定を、此方がひたすら上回り続ける。

 

 リーニエは再び右手に宝剣を生成し、動きを()()()()()()()()エルフの男へと踏み込んだ。

 

「ッ!?」

 

 再び、驚愕に歪むエルフの男。

 踏み込みも動きも、魔力の流れも殆ど変えないまま、無手ではなく剣を持って迫る姿。

 ただ模倣してできる動きではない。

 元々は無手で行われていた動きを模倣していた筈なのに、剣を振るいながら模倣されるその動きに一切の淀みがない。

 

(コイツ・・・・・・見抜いたのかッ!?)

 

 自分の本来の得物は素手ではなく、剣であることに。

 今まで多くの戦士達の動きを模倣したことによる経験則と、目の前の男の動きを模倣し実際に動いてみることで、この男の格闘技が剣術から転用されたモノであるとリーニエは見抜いた。

 その踏み込み方も、四肢の振るい方も、あらゆる工程において、剣を振るう動きに転用できる。

 

 これでまた一つ、リーニエは男の想定を上回る。

 ならばここでまたもう一つ、暇を与えずリーニエは想定を上回る何かをしなければならない。

 

(コイツはモンク、僧侶と同じように女神とやらを『信仰』している。それなら、アレを使おう)

 

 浮かび上がった女神という単語から紐付き、リーニエの中にある武器が思い浮かぶ。

 その武器は今ここにはない。しかし、リーニエの剣製ならばその場で作る事も理論上は可能だ。

 

(問題は、私はアレの複製を今まで試したことがないこと)

 

 そもそもアレは武器というよりは、魔法攻撃なのだ。

 それでも、放たれるソレは確かに武具という概念を持ちうる物。

 なぜなら、確かに『槍』という名前が付いているのだから。

 

 ならば、一度見ているのならば出来るはずだ。

 

 

I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 

 

 一節、そう唱える。

 リーニエの中に思い浮かぶのはあの日の光景。

 自分が戦士アイゼンの技を見て、模倣したあの日の事。

 戦士アイゼンの隣にいた一人の僧侶。

 その僧侶が行使していた女神の魔法の一つ。

 ぶっつけ本番であるが、今ここで模倣してみせるしかない。

 

 

 手に収束した黒い球体の魔力が、やがて神々しく輝く光の魔力へと変貌する。

 

「なッ――――」

 

 その暖かくも感じる覚えのある光に、エルフの男は思わず目を奪われる。

 まさか魔族がアレを放つとでもいうのだろうか。

 自分のような戦士崩れの半端者がいくら信仰しても使えなかった物を、よりにもよって目の前の少女の魔族が使うとでもいうのか。

 

 

 

『擬・女神の三槍』

 

 

 

 光はやがて一条の槍へと姿を変える。

 三条へ分かたれた光の槍が、三方向からエルフの男を挟撃せんと高速で迫った。

 反応が遅れるエルフの男。

 そうなるのも無理もない反応だった。

 

 なぜなら、あの光の槍は、かつて共に世界を救った相棒が放っていたモノと同じモノだったからだ。しかも、女神から与えられた聖典すら用いずに放ってみせる荒技。

 何もかもが信じられなかった。

 

「ッ、だが――」

 

 即座に冷静になるエルフの男。

 確かに驚きはした。

 魔族がコレを放つ所を見るなど。長い人生の中でも久しぶり所か、初めての経験だ。

 でもそれだけだ。

 所詮は真似事に過ぎない。

 

「ハァッ!!」

 

 かけ声と共に、エルフの男はその玉体を振るい、迫り来る光の三槍を軽々と弾いてみせる。弾かれた光の槍は周囲の地形に当たり、爆散して衝撃と煙を辺りに舞い上げる。

 

(これでも、駄目ッ・・・・・・)

 

 その光景を見たリーニエは内心で歯噛みする。

 あの僧侶ハイターの放つ『女神の三槍』の複製ですら駄目だと言うのか。

 元々は槍ではなく、槍を放つ魔法であるが故だろうか。

 いくら飛びゆく光槍そのものを複製しようとも、魔法の複製ではないが故、精度としてはどうしても劣ってしまうのか。

 

 ならばどうする。

 次の一手で、もう一つ上回らなければならなくなったリーニエ。

 しかしもう、考えつく手札はリーニエの中にはない。

 

(ならどうする? 考えろ、この一瞬で)

 

 出来ないのならば、出来るようにするまで。必要に迫られればリーニエはいつもそのようにしてきた。

 多数模倣し蓄積してきた引き出しの中から、新たな手札を生み出す。そんなこと、もう両手で数え切れない程リーニエはやってきた。

 それをこの一瞬の間にやればいいだけの事。

 

 リーニエは状況を整理する。

 己が推測するに、目の前の男は本来は格闘家ではなく剣士。彼から模倣した動きをすぐさま剣技に転用できたことから容易くソレは想像できる。

 彼が剣を持っていないのは幸いだった。

 剣を持っていれば自分は為す術なく――――。

 

(待てよ、あえて剣を持たせてやれれば・・・・・・)

 

 一つ思考が進む。

 

(彼に剣を持たせるには、此方が剣を持たざるを得ないくらいの一撃を・・・・・・)

 

 ならばその一撃はどうやって放つ。

 うかつに近付くのは愚の骨頂。しかし、自分が持ちうる遠距離攻撃の手段の中で一番威力が高いのは先ほど複製した『擬・女神の三槍』くらいしかない。

 しかし、魔法そのものの模倣ではないため劣化品も良いところにしかなり得ない。

 ならばどうする。

 これ以上威力のある遠距離攻撃なんて自分には――――

 

 

 

 

「―――――あ」

 

 

 

 

 そして、思い至る。

 

 そもそもどうして態々、『三槍』なのだろうか?

 確実に相手に逃げ場がないように放つのであれば確かに理に適っているが。

 態々一カ所に集めた魔力から3つに分かたれて放つなんて、その意味は極論不明だ。

 女神の魔法は、人類が作ったモノではなく、女神から与えられたモノ。

 故に理解はできず、発展性はない。使用そのものにも聖典とよばれる書が必要だ。

 女神の魔法とはそういう物。手の加えようがない。

 『女神の三槍』という魔法があっても、ソレらを束ねる術は存在しない。

 

 あくまで、本来ならば。

 

「――――これだ」

 

 そして、リーニエは思い至る。

 『女神の三槍』という魔法ではなく、『女神の三槍』を複製した武器として扱うリーニエだからこそできるであろう芸当。

 女神の魔法そのものではなく、あくまで劣化した複製品だからこそできる方法がある。

 

 

 それが、魔力でできた槍であるというのであれば。

 

 

 魔力制限のために、魔力制御を磨いてきた自分ならばできる。

 

 

 

 これもまたぶっつけ本番。

 けれど、目の前の男の想定を上回り、勝ちうる手段は最早これしかない。

 これが通じなければ、今度こそリーニエの狩りの人生は幕を閉じるだろう。

 

 

 

 再び、黒い魔力を手に集中する。

 先ほどと同じように黒い魔力はやがて神々しい光の魔力へと姿を変える。

 そこから飛び出すように姿を現したのは、三条の光の槍。

 

 

「・・・・・・また同じ手か。そう何度も驚きはせん」

 

 

 呆れたように目を細めながら言い放つエルフの男だが、リーニエはそのまま意に介さず、上空へと()()()

 エルフの男へ襲いかかる筈の三条の光槍は、未だリーニエの手の平で浮かぶだけ。

 

(・・・・・・槍を放ってこないだと?)

 

 女神の三槍を放たず、そのまま跳び上がるというリーニエの行動を訝しむエルフの男。

 一体何を考えていると身構えていると――――

 

 

 エルフの男は更に信じられないモノを目にした。

 

 

 

I am the bone of my sword.(我が骨子は重ね弾ける)

 

 

 先ほどと同じ一節。しかし、そこに込められた意味はまったく異なる。

 その一節を唱えると同時、リーニエの手元に浮かび上がっていた『女神の三槍』が、再び1本の光へと重なっていくのを、エルフの男は目撃した。

 

 

「・・・・・・まさかッ!?」

 

 

 本来、3本の槍としてあるべき姿を、無理矢理1つに束ねるという所業。

 女神を深く信仰するエルフの男からしてみればこれまでの人生の中で一番ありえない光景だった。

 だって女神から賜ったはずのソレに、女神への信仰も、女神からの許可もなく大幅に手を加えているのだから。

 

 3本の魔力を束ねるために、さらに激しい魔力がリーニエの手の平の中で迸り続ける。

 激しい痛みに耐えつつも、リーニエは苦悶の表情一つ見せず、目下の標的を見下ろす。

 

 

 やがて、三本の光の槍は1本の神聖な光槍へと姿を変える。

 本来は魔法により飛ばす筈の三槍を無理矢理1つに纏めた代物だ。

 これは最早、標的に向かって飛びはしない。

 ただでさえ元から魔法の模倣自体はできていなかったのに、肝心の槍の方に手を加えてしまっては、手元に残り続けるただの爆弾でしかない。

 

 

 でもリーニエにはそれで十分だった。

 

 これが飛ばない代物であるというのならば。

 

 弓で無理矢理飛ばすか、あるいは――――手動で投擲してやればいい。

 

 

 

三束(みつつか)神槍(しんそう)

 

 

 

 手元に新しく出来た槍の名前を言い放つと同時、リーニエはソレを持ちうる限りの全力を以て――――その光の槍をエルフの男に向けて投擲した。

 かつて相対した槍の投擲の名手。女神の三槍を束ねた光の槍と、その技との合わせ技。

 

 

 それが今、高速の流星となって真っ直ぐ、エルフの男へ迫り来る。

 

 

(ッ、まずいッ!!!)

 

 

 アレは弾けない。

 もし素手でアレを迎え撃とうモノならば、たとえ()()()()()()()只では済まないだろう。

 

 それは、無意識の反応だった。

 エルフの男は思わず、目に入ったその剣を手に取る。

 その剣は先ほど、リーニエが投擲したモノを己が弾いた物。

 

 勇者ヒンメルが使う、「勇者の剣」の贋作、その更なる複製品。

 ソレを手に取り、エルフの男は迫り来る槍を迎え撃たんとする。

 長年剣を持って戦ってこなかった自分だが、これならばアレを弾けると確かな自信を持って迎え撃とうとしたその時。

 

 

 

「――――持ったね、ソレを」

 

 

 

 心なしか、そんなエルフの男を嗤うリーニエの声。

 エルフの男は失念していた。

 今自分が持っている剣は自分が使()()()()()モノではなく、声の主であるリーニエが魔法で生み出した代物であるという事を。

 

 

 

魔力を爆発に変える魔法(エクスファンタズマ)

 

 

 

 同時に、エルフの男が手に取った勇者の剣の贋作が、黒い魔力となって爆発した。

 

 

 

「―――――ッッッ!!?」

 

 

 

 右腕に迸る痛み。

 ――――しまった!?

 してやられたと、エルフの男は自分の咄嗟の判断を後悔する。

 罠にかかる形で得物を失い、次に迫り来るは本命の一撃。

 

 殺意の塊となった光の槍が、迫り来る。

 得物で迎え撃つことは叶わず、素手で受け流すこともできない。

 ならば、せめて直撃だけでも避けるしかない。

 

 後ろへ下がるエルフの男。

 

 光の槍は、先ほどまで男がいた地面へと命中し、そのまま――――

 

 

「グ、オオォォオオォオォオッ!!!!」

 

 

 着弾と共に、辺り一帯を巨大な爆発が包み込む。

 その着弾地点のすぐ傍にいた男の悲鳴が響き渡る。

 

 だが、そこで終わりはしない。

 

 両手に巨斧を持ち、回転しながら落下してくる魔族の少女。

 落下しながらその手に持つ『旋撃の巨斧』は何度も回転を加えられたことにより、その刃にありったけの魔力が充填されている。

 

 放つは、リーニエの基礎となるまでにしみ込んだ彼の戦士の技。

 目の前の男が彼の戦士を遙かに上回る戦士であろうとも、やはりリーニエが最後に頼ったのは戦士アイゼンの斧術だった。

 

 途中で斧の回転をやめ、魔斧を上段で構えながら落下する。

 

 そして、ソレを放つ。

 

 

閃天撃(せんてんげき)

 

 

 振り下ろしはやがて光の斬撃と衝撃波となりて、エルフの男に降り注いだ。

 

 

 

 

 

 すぐさまリーニエは『旋撃の巨斧』を魔力に戻すまでもなく手放し、背を向けて走り去っていく。

 既に魔力の大半を使い切り、体はダメージと魔力の酷使によってボロボロ。

 

 対して相手の方は――分からない。

 確かに手応えはあった。だが――――倒せた気は微塵も起きなかった。

 これ以上ここにいるのはマズい。相手はしばらく動けないだろうが、一方で未だ動ける筈の自分は最早これ以上戦闘を続けられる余裕などなかったのだから。

 

 酷使され、痛みに蝕まれる体に喝を入れながら、リーニエは全速力で逃亡を選んだ。

 

 その途中で――――後ろから声が聞こえた。

 

 

 

「・・・・・・何が、君をそこまで突き動かすのかオレには分からない」

 

 

 先ほどまでの敵意の籠もった口調からは一転して、また穏やかな声。

 

 

「・・・・・・だがこのような事を続けていて、君の成した事を、一体誰が覚えていてくれると言うんだ・・・・・・」

 

 

 男の寂しそうな、憐憫の籠もった静かな言葉が、リーニエの背中を突き刺す。

 

 それでも、リーニエは止まらなかった。

 これまでも、これからも、自覚しないナニカに突き動かされながら、リーニエは執行の日々を歩んでいく。

 




・モンクのエルフ
本文中で名は明かされてないけれど、今話の題名でもろ名指しされてる人。
作中ではユーベルを取り囲む盗賊たちを軽くあしらった以外に碌な戦闘描写がないため、彼の本文中での戦闘スタイルは全て作者の想像。

シュタルクが真顔で「強いな」っていう位なので、今話では手痛いダメージは負ったけれど、本気は全然出していないという形で。ちなみにリーニエとは異なり、戦闘続行はバリバリ可能。化け物か。

戦いに割り込んだのは、目の前の命をすくい上げるという理由もあるけれど、何より人間も魔族も殺し尽くすリーニエちゃんにどこか危うさを感じてつい前に出てきてしまったという理由もある。


・今話の複製武器

「擬・女神の三槍」
元は原作でザインが聖典を用いて行使した女神の魔法。
今作ではハイターが使っている所を目にしたリーニエが、その魔法でなく、光の槍だけを複製したという形で登場。

「三束の神槍」
上述の「擬・女神の三槍」を1本の槍に束ねた改造品。
多分、エミヤがカラドボルグを偽・螺旋剣に改造したのと同じようなモノ。
「女神の三槍」という形そのものから離れてしまったため、単体では飛ばすことができず、手元に持つしかできない特大な爆弾。
そのため、何らか別の方法で飛ばす必要がある。

弓で放っても良し、ゲイボルグの如く投擲しても良し。
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