剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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長らくお待たせしました。


執行の終わり

 

 ある未来を視る魔族は悩んだ。

 この異分子は排除すべきか、放しておくべきか。

 ソレに対して最低限打っておくべき対策は勿論ある。だが、自分が手を加える、加えない事象などに関わらず、ソレが生まれるかは不透明だった。

 ソレの誕生を許すことによるデメリットは確かに大きかった。だが、将来魔族の脅威となり得る戦士達の芽を多く摘み取ってくれるという、長期的に見れば確かなメリットも存在していた。だがその長期を見据えて現在の魔族達の犠牲に目を瞑るには、その犠牲はあまりにも大きすぎた。その結果として勇者パーティが魔王にたどり着く時期が早まり、敬愛する魔王の死期を早めてしまうというのが見過ごせない理由だった。

 だが、どの未来であろうと魔王は勇者ヒンメルに敗れるという未来は確定してしまっていた。ならばソレに対する対策よりも、他にしておくべき対策の方が多く存在していたのも事実だった。彼とて1人の魔族に過ぎない。限られた時間の中で、打てる手の数にも限りがある。

 そもそも、ソレの誕生を観測した時点では、現時点でソレが生まれるかは不透明だった。その村を襲うはずだった魔族の部隊を敢えて解体した場合の未来を覗いても、ソレが生まれる可能性が見えていたからだ。逆に襲わせた場合でも、生まれない未来があった。自分が手を出す出さないに関わらず。

 どの世界線が確定するかは、その時までに待ってみなければ分からなかった。

 結果として、“ソレ”は生まれた。生まれてしまった。

 

 

 ある未来を視る勇者もまた悩んだ。

 生きてきた時期の違いから、その勇者がソレを観測したのは、既に“ソレ”が誕生した後だった。ソレを放っておくことで、人類側の犠牲が減ることにも気付いてしまった。

 人類を憂う者としてならソレの誕生は祝福すべきだった。だが1人の人間として、何より最強の勇者として見れば、ソレの存在はあまりにも痛々しかった。

 ソレ自身がそのことを自覚せず、奔走する姿はあまりにも見ていられない。自覚する分岐があろうとも、待ち受けているのは後悔か、それとも摩耗か。実際にソレの心象世界を目にしてしまった時は、こんな重く寂しい世界をこのような少女が持っていいのか何度嘆いた事か。そうする資格自体、己にはもうないというのに。

 何より、こんな痛々しい憐れな存在に、人類の犠牲を託してしまって本当にいいのか。ソレが自覚する自覚しないにかかわらず、自分はソレに勝手に押しつける最低な存在へ成り下がろうとしているのではないか。それを許容した時、自分は果たしてそれでも己が勇者であると胸を張りながら、彼の魔族と刺し違えられるのか。

 許容すべきではない、断じてソレの道を切り開くべきではない。道を閉ざしてしまった方が、余程ソレにとっては救いとなる。だが切り開けば、助からなかった筈の多くの人が助かるのだ。だが自分とは異なり、助けられた人間たちは自分たちを助けてくれたソレを認識することはない。死んでいく自分にはどうせ、功績に対する報いなどないだろう。それは別に良い。

 だが、自分がソレを利用すると決めたからには、せめて然るべき救いがあってもいいと願ってしまうのは傲慢か。それが叶わぬのならば道を閉ざしてしまった方が余程救いになる。

 

 

 

 

 

 否、どう考えた所で今更遅いか。

 

 

 

 

 

「「まったく、本当に度し難い」」

 

 

 

 

 

 刺し違える2人の言葉が重なる。

 結局どの未来が最善か決めきれず、主の死期を早める選択をしてしまった大魔族。

 これが最善と知りながらも、己はもう勇者は名乗れないと自嘲する、南の勇者。

 

 これで本当によかったのか。これが最善だ。否、いい訳がない。

 刺し違えた2人の複雑な心情は、奇しくもこの時だけは完全に一致していた。

 

 

     ◇

 

 

 その存在を目撃することができたのは、所謂奇跡、だったのだろう。

 自分は、これから行われる王国軍による魔王軍の軍勢の討伐に義勇兵として参加することになっていた。

 冒険者とは自由であると同時、不安定な職業だ。多彩な職種により、冒険者同士のパーティによってはそこいらの士官以上に名を上げることだってできる。だが、それができるのはほんの一握りだ。

 できることなら、やはり伯爵の抱える領兵だとか、宮廷を守る衛兵だとか、そういった所で名を上げてより安定した人生を築き上げたいという者も、冒険者の若者の中には少なくない。かくいう自分もその一人なのだが。

 無論、そういった夢すら成し遂げられずに無名の冒険者に甘んじてしまっているのが現状の自分であるのだが。

 

 その討伐任務の直前、装備や回復薬を調達しようと町の市場を回り、最後に槍や剣を売っている行きつけの武具店に入ろうと思ったら、その店の入り口から出ていく妙な人物を目撃した。

 体型と背丈からして少女だろうという事は推測できるが、フードを被っているせいか全体的な容姿は窺えなかった。

 

 ・・・・・・だが、フードの隙間から僅かに覗かれた素顔に、思わず見入ってしまった。

 

 僅かに見えた儚い桃色の髪。無垢な少女らしからぬ、退廃的な匂いを発する紫暗の瞳。成熟しきっていない、陶磁器のように白く丸い肌。明らかに陽ではなく陰に属するような存在感でありながら、まだ墨ひとつ入っていない白紙のような無垢さをどことなく感じた。陰と無垢は互いを尊重しながら共存し合えるのだと認識した瞬間だった。

 そのような部分にまで見入ってしまえば、自分でも認めざるを得なくなる。

 率直に言って、一目惚れしてしまった。一部分を垣間見ただけだというのに、思わずその背中が見えなくなるまで見つめてしまった。

 

 ハッ、と我に返る。

 

 危うく変質者になってしまう所だったと反省する。

 正確な容姿すら掴めていないというのにこの気持ちはなんだろうか。早まる気持ちを抑えながら、再び武具店の方へ目を向ける。

 普段から行き付けの武具店であるが、あのような客が出入りしている所を自分は見たことがない。さりとて、先ほどの少女の手持ちからして何かを買ったような様子もない。

 あの少女はこの店で一体何をしていたんだろうか。

 

 ――店主さんにでも聞いてみるか。

 

 武器を調達するという本来の目的を念頭に置きつつ、そんな好奇心を抱いたまま店に入った。

 

「いらっしゃいって・・・・・・なんだ、おめえか若いの」

 

 怠そうな髭面の店主が入ってきた自分を見掛けていつも通りのいい加減な接客で迎える。相変わらずやる気のない爺さんだ、と思いつつも、なんだかんだ装備品をいい値段にまけてくれたりするので自分はこの人の事が嫌いではなかったりする。

 

「今日もお願いしますよ店主。あぁそれと・・・・・・ちょっと聞きたいことがあって」

「あぁ、何だ藪から棒に?」

 

 意を決して、頭の中で言葉を選びながら店主に件の少女のことについて聞いてみた。

 

「ああ、あの子か。路銀も持ち合わせていないっつうんで最初は追い出そうと思っていたんだが、買い物をしにきたわけじゃないとか訳わかんない事言ってな・・・・・・」

 

 顎に手を当てながら何かを言い淀む店主。

 いやほんとにあの娘と何があったんだよと問い詰めたくなる青年だったが、ここはグッと我慢して店主の言葉を待つことにした。

 暫くして店主は話してもいいかと思ったのか、奥にあった引き出しから手の平より少し大きいくらいの小包を取り出し、包みを解いた。

 出てきたのは黒塗りの茶器。

 黄金や銀といった装飾材などが一切用いられない、目立って人を引くような代物ではないことは一目瞭然だった。

 しかし、青年は何故かそれから目を離せなかった。

 

「あの娘曰く、ダンジョンの宝物庫の中にあった宝物の一つだそうだ。魔道具を使って鑑定してみたんだが、確かな値打ち物だ。これを通貨代わりと言われれば此方もさすがに対応に困った所だったんだが・・・・・・どうも向こうの目的はこの店の売り物ではなく、奥にある儂のコレクションみたいだった」

「・・・・・・コレクション?」

「・・・・・・これを貰った以上、本当はあの娘以外には見せるつもりなんてなかったんだが、まあいか」

 

 付いて来い、と指をクイッとする動作で招きながら、奥の方へと案内してくれる。

 展示された武具が並んでいる壁の横にある廊下、その更なる奥へ、青年は店主の案内の下その部屋に入った。

 ・・・・・・その部屋は、コレクション置き場、と称するにはあまりにも重々しかった。

 外の光を一切取り入れぬ石造りの部屋。壁や床、天井には一切の装飾もなく、遊び心といったモノが一切無い。

 何か世に出してはいけないモノを封印しているような、そんな空気だった。

 

「・・・・・・察しの通りだよ。こいつらはコレクションというよりは、どう見ても売り物にしちゃいけない代物ばかりだ。なまじ希少性や値打ちはありそうなモンばかりだから、手放すに手放せなくてな、だからといって売って金にする訳にもいかなくてこの様だ」

 

 いっその事あの娘が全部引き取ってくれりゃ良かったんだがなぁ・・・・・・とぼやく店主。

 そこにあった数々の代物を見た青年は、確かに、と納得する。

 どういった物なのか、というのは分からないが、如何にも曰く付きですと言わんばかりのオーラを漂わせている物ばかりだった。

 

「特に扱いに困ってるのが、これだよ」

 

 そういって店主が持ってきたのは、壁掛けにかけてあった一振りの剣。

 いや、剣というよりは刀といった方がいいのか。

 だがどう見ても一般的な刀剣のように鉄などで出来ているようには見えない代物だった。

 その質感はどう見ても固い有機物のソレで、刀身には数本の突起が並んで生えていて、まるで何かの骨のようだった。

 

 ――――いや待て、骨?

 

 いや、そんな事はどうでもいいのだ。

 何より問題なのは、その刀から発せられる黒い邪悪なオーラ。形状もそうだが、刀剣と称するにはあまりにも有機的な禍々しさを持っていた。

 

「あの・・・・・・この如何にもやばそうな剣は一体・・・・・・」

 

「・・・・・・コイツは『暗黒竜の骨刀』。暗黒竜っつーと、主に魔法使い達の間で召喚魔法の触媒として取り引きされる『暗黒竜の角』の方が有名だな。

 この刀はその暗黒竜の・・・・・・幼体の背骨を削って作った骨刀だとよ」

「よ、幼体ッ!?」

 

 その言葉を聞いて、青年の身が竦む。如何に凶悪な暗黒竜とはいえ、その赤ちゃんの骨を削って刀にしたというのだ。

 これを作った鍛冶職人は頭のネジがぶっ飛んでるのではないかと疑う。

 

「よく知られている角の方も同様の邪悪なオーラは放っているが、今の所なんらかの呪いがあるって話は聞いてねえ。だがコイツは、明確に呪いが宿ってやがるんだ。それが原因かどうか分からんが、この刀を作った鍛冶師は謎の発狂死を遂げたって話だ」

「・・・・・・そんな物、なんで持ってるんですか」

「オレだってこんなん持ちたくはねえよ。でもだからといっておいそれと渡す訳にも行かねえだろうがこんな代物。だからできればあの嬢ちゃんに持っていって欲しかったんだが・・・・・・」

 

 丁度ソレに見合いそうな対価だって貰ったことだしな、と店主は手元の茶器を眺めながらそう言う。

 ・・・・・・そうだった。目の前の骨刀に纏わる恐ろしいエピソードで忘れていてしまったが、元々自分はあの少女のことが気になってここまで来たのであった。

 

「それをあの嬢ちゃんと来たら、一目見ただけで此方に一瞥もくれることなく出て行きやがって。割に合わねえだろうがよ、主に向こうが」

 

 店主からしてみれば、得体の知れない物を見せてしまっただけなのに、ただで良い物を貰ってしまったので人としても商売人としても据わりが悪かったのだろう。だがあの少女はそんな店主の気持ちを我関せずといった具合に立ち去っていったという。

 

「確かに一目見せてくれるだけでいいっつったから見せたが、本当に一目見るだけで帰る奴がいるかよまったく・・・・・・」

「でもなんでその娘は本当に一目見て帰っていったんでしょうか。目的の物がなかったのか、それともやっぱりこういった物が怖くなって逃げ出したんでしょうか?」

 

 その割には対価自体は渡して帰っていくという奇妙さに、青年も頭を捻る。

 

「さぁな。だが商売人としての勘だがあの嬢ちゃんの様子は・・・・・・なんとなくだが、『何かの買い物をした』っていう背中だった。だからこそコレを渡したままってなると、あの嬢ちゃんは一体オレから何を買ったんだって話になるんだが・・・・・・」

 

 分からねえなぁ、とため息を吐く店主。

 青年も悩む店主と一緒に考えていく内に、ふと思い浮かんだ言葉が口に出た。

 

「もしくは、目的の物がなかったからだとか、怖くなったからとかじゃなくて――――本当に、()()()()でよかったって事は・・・・・・」

「なに言ってんだ若えの。一番意味が分からねえじゃねえかそれ」

 

 ですよね、と青年は冗談気味に返す。何となく思ったことが口に出ただけで、自分でも何でなのかうまく説明ができなかった。

 だが店主にはしっかりと対価を渡した辺り、少女にとっては何か意味のある買い物をしたのだろうと妄想するしかない。

 

「と、ところでつかぬ事を聞くのですが店主さん。ソレを渡してくれたあの娘に見せてやるのはともかく、なんで何も持ってない自分にまでこんなモノを見せてくれたのでしょう、か?」

 

 ふと、気になった事を聞いてみる。

 最初はあの少女がこの店から出てきた理由が知りたくてここまで来たら、よくよく考えてみたら何の対価も差し出してない自分にまでこれを見せてくれたのか分からなかった。

 

「何って、お前さんはまだ若えんだ。世の中にはこういった物があるから注意しておけって教訓だよ。ほら、好奇心に負けて下手に触っちまって何かあったら拙いだろう?」

「そこまで子供じゃありませんよ。早々呪われたりしません」

「ガハハハッ。それもそうだな!!」

 

 悪かったなって笑顔で青年の背中を叩いてそう言ってきた店主と共にこの趣味の悪い部屋から出る。この後、いつも通りに買い物を済ませて店を出た青年だったが、結局少女の買い物とは何だったのかを知ることはできなかった。

 

 

 そして、この後すぐにソレを思い知ることになるという事も、この時点で知ることはなかった。

 

 

 

 募集に応じた冒険者たちや、正規に集められた兵士達は、意外にも自分と似たような人間たちばかりだった。兵士達もまた村から応募して訓練を受けたり、冒険者から転職して新米の兵士となった人達で、出陣前に彼らとこれからの未来について話し合い、思いを馳せるのは楽しかった。

 そんな彼らと少しの間話して、これからの戦場は彼らと乗り越えていきたいとさえ思っていた。

 

 思っていた、その、はずなのに。

 

 

 

 

 

「あ、あぁ…………」

 

 

 

 

 

 なのに、この惨状は、なんだ?

 自分たち新兵や若者の冒険者たちが、魔族の軍勢たちを討ち取って勝利するような、そんな夢物語が実現している訳でもない。

 だからと言って、やはり魔族の軍勢たちに蹂躙され、夢破れたという訳でもない。

 

 強いて言うならば、両陣営とも、蹂躙されていた。

 

 斬られ、刺され、魔力の粒子となって消えていく魔族の軍勢たち。

 討たれ、殺され、血を流して倒れていく、仲間たち。

 

 どちらも等しく、塵のように掃除されていっている。

 

 状況としてどちらが有利であるかは明白。

 明らかに、自分達人類側だった。

 なぜなら、魔族側の軍勢は既にある一匹の存在を除いて全滅していた。

 ならば後は残った自分達でその一匹を袋叩きにすればいい。

 そうすればいいだけの筈なのに――体が、言う事を聞かなかった。

 

「な、なん、で……」

 

 ガチリ、ガチリ、と剣を持った手の震えが止まない。

 他の新兵たちも同じように、その存在をただ怯えて見つめるしかない。

 

 敵はもう既に一体しか残っていないのに、青年はその存在に対して勝てるビジョンを浮かべることができなかった。

 

 なぜなら、この魔族の軍勢を倒してみせたのは自分達ではなく。

 このたった一匹残った……()()()姿()()()()魔族だったのだから。

 なぜこのような事をしたのかは分からない。魔族の軍勢たちの中から突如として反旗を翻した存在。

 魔族としての格は最小だと思われていたその少女は、自分達人類側の兵士達に気を取られている隙に、次々と後ろから魔族を殺していった。

 淡々と、淡々と、淀みのない常習化した作業のように、殺していった。

 

 

 なにより、青年の足が動かない理由は他にもあった。

 

 

 儚い桃色の髪、退廃的な匂いを発する紫暗の瞳。成熟しきっていない、陶磁器のように白く丸い肌。

 あの時は一部分しか見えなかったけれど、その特徴の全てが、目の前の少女に当てはまっていた。明らかとなった少女の全貌は、やはり己が想像していた通りに華奢で可愛らしかった。思わぬ再会に本来は喜ぶべき筈なのに、ソレを上回る更なる事実で頭が一杯になる。

 

 

 

 

 その少女の手に握られていた、一振りの刀。

 何かの背骨を削って作られたような、有機的なデザインに、禍々しい黒い邪気を身に纏った刀。

 馬鹿な、と青年は内心で狼狽える。

 だって、あの刀はまだ店主のコレクション部屋にある筈だ。あれがただ一人の鍛冶師によって打たれたたった一本の刀だと言うのであれば、もう一振り存在しているのはおかしい。

 そして、そんな禍々しい代物をあの少女が手に握っているというアンバランスさが、青年の頭を混沌に陥れていた。

 黒き呪いを纏った骨刀は、魔族の血を吸うだけでは飽き足らず、少女の無機質な紫暗の瞳はその意思を代弁するかの如く、自分たちへ向けられている。

 

 意味が分からない。魔族の軍勢を裏切り魔族を狩りきったというのならば、自分達と戦う理由だってもうない筈だ。あの少女にとっての自分達の役割が、獲物を引きつけるための囮だったのだとすれば、もうその必要はない筈なのに。

 

 

 どうして、と思考する前に、事は既に終わっていた。

 

 

「――――え?」

 

 

 気付けば眼前まで来て、骨刀を振るっていた少女。

 その骨刀の軌跡が残すは、青年の体に刻まれた一陣の傷。

 気配を感じることも、目視すらも許さぬ絶技によって振るわれた骨刀の刀身が、瞬く間に青年の体を斜め一文字に一閃していた。

 

 そして、更なる異常が巻き起こる。

 

「なッ」

 

 切られた傷口を中心に、その中に残留していた黒い邪気が広がり、同時に青年の肌が変質していく。

 人間の肌から、竜の鱗を思わせるナニカに、浸食されていく。

 それと同時に、体中に迸る痛みが青年に襲いかかった。

 

 

「あーーーーアァァァ嗚呼アアァアアァアアアアァッッッ!!!」

 

 

 胴体に斜線状の切り傷を負い、大量の血を流しているにも関わらず、青年はナニカに魘されるように激しく地面に転がり、のたうち回る。

 その間にも浸食は容赦なく進んでいき、彼の人間たる証は次々と醜い竜の鱗へと置き換わっていく。その呪いは、まさしく幼くして息絶えた暗黒竜の怨嗟そのものだった。人や魔族、その他の魔物すら恐れおののく誇り高い竜種への成長を断たれた、幼き竜の怨念だった。

 「呪い」とは、魔族を含めた一部の魔物たちが行使する魔法を指す。どのような魔法式によって発動されているかの原理が解明できず、多くは対象の肉体の状態を変化させる効果を持つ。通常の魔法では解呪が叶わず、肉体の状況を変化させられた者を救うには僧侶のみが扱える「女神の魔法」が必要だという。

 

 当然、その「女神の魔法」とやらが使える僧侶の役職の者は、この中にはいない。故に、青年が助かる手段は、既になかった。

 明らかに死が近付いている事を実感しながらも、その意識は遠のくことはなく、その瞬間まで怨嗟が痛みとなって青年を放してはくれなかった。

 

 

 それでも、苦痛に蝕まれ、死にゆく意識の中で、ぼんやりと他の仲間達をその骨刀で切り捨てていく彼女の背中が目に入る。

 

 

(・・・・・・あぁ、ちゃんと・・・・・・、買い物、してたんだなぁ・・・・・・)

 

 

 怨嗟の痛みに呑まれながらも、最後に振り絞った意識で出た心の声は、よりにもよってあの少女の事だったことを自嘲しつつ、青年の生涯は閉じる事となった。

 

 

 

 

 この光景もまた、彼女の行ってきた狩りの一端に過ぎなかった。人類側から差し出した生け贄を対価としてもらい、魔族の軍勢を滅ぼす。

 だがその一端の積み重ねは確実に人類側の犠牲を減らし、魔王軍を追い込む事に貢献し。

 

 そして――――魔王を直接討つ事となる勇者パーティの道すら知らずに切り開いていく。その道が少なからず、裏で執行を行っていた魔族の少女と、その犠牲になった多くの人間たちの犠牲によって切り開かれていたのを彼らが知るのは、魔王を討伐してからずっと後の話だった。

 

 

     ◇

 

 

 これは新人でもできる仕事ではない。ベテランの戦士や名有りの騎士にできる仕事ではない。

 これは、「()()()()()()できる仕事である」、と誰かが言った。

 仕事の内容は至って簡単、ただ生け贄になればよいのだ。生け贄として送り出せば、執行者とよばれる何者かがそれを代価に魔族の軍勢を確実に葬ってくれる。

 我々の知らぬ方法で、その場所で、その生け贄ごと魔族たちを葬ってくれるだろう。

 我々はその生け贄たちに何も知らせぬまま、これはお前達が戦士として名を上げるチャンスであると嘯き、彼らを送り出す。

 悪辣だろう。悪魔の所業だろう。一体どちらが魔族なのか分かった物ではない。

 

 執行者と呼ばれる者が、何者なのか気になっていた時期はあった。だから新人たちに混ぜて何人か、どのような修羅場であろうと帰ってくるだろうと信頼できる戦士や魔法使いたちを共に送った。

 だが結果はこの様だ。

 隠密の技すら意味を成さず、彼らは帰ってくることはなかった。それは執行者からの警告のメッセージだったのか、それとも己の狩り場を見た者は誰であろうと狩るというスタンスを貫いただけだったのか、ソレを知ることはできない。

 

 だが、我々にはいつか報いが下ることだろう。

 その味を、我々は覚えてしまった。必要最低限の新人たちを死地に送るだけで、確実な成果となって返ってくる。魔族の軍勢は存在しているだけで多くの兵士や無辜の民が食われていく。その食われていく筈の者達の数十分の一の犠牲で、確実に魔族達を刈り取っていけるのだ。

 その味を覚えてしまえば、もう後戻りすることはできなかった。歴史の中では何度も繰り返されてきた事ではある。執行者が現れる以前にも似たようなことは幾度となくやってきた。だが、その時の我々は少なくとも心を痛めていた。中にはそのような犠牲を出してなおも上手くいかない時が多かった。

 だからこそ、犠牲者を送り出してでも成果が確実に返ってくるか確信できないからこそ、我々は最低限、心を痛めることができていたのだろう。彼らに対して祈ることが出来ていたのだろう。まだ、人でなしの領域でいられたのだろう。

 

 だが、確実に返ってくると分かったら、驚くほどにその心すら忘却してしまったよ。

 確実に返ってくる成果に比べれば、今から送り出す若者達の犠牲など苦にも値せぬと。あぁ、もし神話の時代に降臨なされた女神が今も天から我々を見守って下さっているというのであれば、我々は確実に女神様から裁きを受けているだろうさ。

 それが分かっていても、我々はこの味を手放すことができなくなっていた。

 犠牲になった若者たちの中には将来、人類の未来を担う事になる戦士の芽が大勢いたかもしれない。いや、実際そうだったのだろう。そうした若者達の未来を守るのが我ら老骨の役目であった筈なのに、ソレすら忘却してしまった。

 

 貴方方の尽力により魔王が討伐され、魔王軍が瓦解した今、ソレを狩っていた執行者と呼ばれる人物は一体何者だったのかを知る手段は最早ない。

 同じ狢の我々が執行者の行いの是非を問う資格など今更ないだろう。

 

 だから、これは老骨の最後の見苦しい悪あがきだ。

 多くの若者を生け贄として送り出し、最低限残っていた人心を捨て去った老骨の、それでも今際の際で己はまだ人心が残っていると思い込みたい、懺悔という名の最低な自己満足だ。

 

 貴方は私を軽蔑されるだろうか。

 如何なる罪であろうと女神様はお許しになると貴方は仰られたが、こんな魔道に落ちた老骨を女神様は許されるだろうか。

 ・・・・・・いや、許してくれるかくれぬかはこの際、今はどうでもよいのだ。許してくれぬというのならばどの道、地獄に堕ちるだけなのだから。

 

 さて、長々と懺悔を語ったが、結局の所、私は貴方にこう伝えたかった。

 主犯の私が告げるべきではないことは承知している。

 それでも、もう語れる人物は私しかいないと思った。誰も彼も、我々の所業を闇に葬ろうと必死だ。だから態々、私はあなたのいるこの聖都の教会にまでやってきた。

 

 

 故に、司教ハイターよ。

 これだけは、どうか覚えていて欲しい。

 

 貴方方勇者パーティは確かに魔王を討ち取った。その功績は貴方方が死んだ後も代々語り継がれるだろう。

 でも、彼らの事を語り継げるのはもう私しかいないのだ。

 

 魔王を討ち取った貴方方の旅路は、この老骨共が送り出した若者達の犠牲によって、少なからず開かれていたという事実だけは、どうか覚えていて欲しい。

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

 そんな老人の懺悔と懇願を聞き届けていたハイターは暫し、貼り付けた笑顔さえ浮かべられぬまま沈黙していた。

 

 

     ◇

 

 

 ――――勇者ヒンメルが魔王を討伐してから数年後。

 

 魔王軍が敗れ、人類の歴史に再び平和が戻ってまだ束の間の時。

 未だに王都は魔王を討伐した勇者パーティを称えたパレードの、その名残というべき賑わいを残していた。

 勇者ヒンメル、僧侶ハイター、戦士アイゼン、魔法使いフリーレン。

 

 彼らの功績を称え、建てられた四人の銅像を見上げる人影がいた。

 黒い外套とフードで身なりを隠してはいるもののの、その背丈と肌の丸みからして未だ少女ほどの容姿であることは容易に想像が付く。

 

 

 その人影が、事も無くその4人の銅像を見上げる。

 

 

 フードの少女にとっては、己の執行の日々に終止符を打った者達。

 どういう訳か、人間達は彼らのこうした功績を銅像という形で残し、後世に残そうとしているらしい。そこにどんな意味があるのかは少女には理解できないが、人間達にそういった習性があることは理解していた。

 

 ふと、ソレに対して己はどうかと少女は自問する。

 多くの魔族を刈り取ったという意味では自分も同じ。だが自分はその刈りのスタイルからして、目撃した者は人間であろうと例外なく刈り取ってきた。

 故に、己を語り継ぐ人間などいないし。いては困る。

 

 

 だがふと――――あの時、戦ったエルフの男から言われた言葉が脳裏を過ぎったのだ。

 

 

『このような事を続けていて、君の成した事を、一体誰が覚えていてくれると言うんだ・・・・・・』

 

 

 あの時、去り際に後ろから聞こえたその台詞。

 なんとなくだが、少女はあの時言われた言葉の意味を理解した。

 あのエルフも、きっと昔なにか大きな事を成し遂げたのだろうか。だが、それが知られる事なく、もしくは長い時を経て忘れ去られてしまったが故にあの言葉が出たのだろうか。

 

 自分達魔族に例えるのならば、研鑽した己の魔法に見向きもされないのと同じようなものだろうと少女は漠然と思う。

 

 だが、あのエルフはなぜ態々ソレを自分に言ったのだろうかと少女は考える。

 

 自分としては覚えられていたらむしろ不都合だった。

 己の行動を功績と言われようが悪行と罵られようがといった問題ではなく、知られること自体が問題だった。

 勿論、ある程度自分という存在を知られる事によるメリットは存在していた。向こうが進んで自軍の生け贄を差し出してくれるようになるという、確かな恩恵は存在していた。

 

 だが、その事実は向こうも公然では明かさないだろうし、暗部として葬られる事だろう。自分としてもその方が助かった。

 だから、あのエルフが態々あの言葉を自分に言った意味が分からなかった。

 

 

 

 こうして魔王は討たれたのだ。

 

 自分からあの村の人達を奪った魔族共を刈って、刈って、刈りまくり、それが巡り巡って彼らの魔王討伐に繋がった。

 そのつもりは自分には微塵もないが、確かにそう考えれば自分の行いは功績とも取れなくはないだろう。・・・・・・それを行ったのが魔族でなければ、という接頭辞はつくが。

 

 

 執行の日々は終わった。

 執行の数々が語り継がれる事はなく、生け贄になった兵士達の犠牲と共に闇に葬られる。

 どこにも少女にとって不都合などない。

 

 

 

 強いて残るとすれば、魔族狩りと、人殺しがうまいという事実だけだろうか。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 ふと、思考にノイズが迸る。

 未だ口の中に残る苦い鉄の味。魔族を殺しまくり、己のアイデンティティーを取り戻したつもりなのに、未だに残り続けている。

 魔族としての生の、その第一歩をようやく歩めると思ったのに。

 

 

 

 ――――人も食えない欠陥品が、人殺しがうまい事に何の意味があるのだろう?

 

 

 

 終わった後だからこそ、今までは浮かんでこなかった思考が、頭の中に浮かび上がってくる。

 

 未だに消えない。

 口の中に残り続ける味が、燃える村が、農園が、頭から離れない。

 

 

「・・・・・・何なんだよ、一体」

 

 

 気怠そうに呟きながら、少女は銅像に背を向け立ち去っていく。

 徐々に、彼女自身も自覚していない何かが、蝕み始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 魔族でも、人間でもない。

 その身はとっくに――――剣で出来ていた。

 ただの剣に享楽も、安息もないのだと、彼女はまだ知らない。

 




・今回の投影品
「暗黒竜の骨刀」
 とある変態鍛冶師が暗黒竜の幼体の背骨を素材に鍛え上げた骨刀。
 よく召喚魔術の触媒として魔法使いたちの間で取り引きされる「暗黒竜の骨」と同様に禍々しい邪気を放つが、邪気に反してこれといった呪いが乗っていない向こうとは異なり、此方はガチで呪いが宿ってる。

 呪いの効果すら複製するリーニエの剣製がやばいというよりかは、複製品にすら宿ってしまう呪いの方がやばい感じ。
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